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異世界論破! ~魔法も奇跡も認めませんっ~  作者: 南野 雪花
第1章 ~ひっどいスタートだっ~
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 かつん、というかすかな音が聞こえた。

 気がした。

 アトルワ男爵マジョルカの寝室前に控えていた兵士たち。

 そのうちのひとりが、読んでいた書類から顔を上げる。

 もうひとりは、席に座ったままこくりこくりと舟を漕いでいた。

 渋面を作りつつも、起こすべきが否か逡巡(しゅんじゅん)する。

 何か音が聞こえたような気がする、という理由だけで揺り起こすのは、さすがに可哀想だ。

 そもそも夜番が居眠りというのは言語道断なのだが、そこまできっちりとルールが守られているわけではない。

 よく見ると、ごくわずかに扉が開いている。

 男爵の寝室ではなく、廊下に通じる方の扉だ。

 ちゃんと閉めていなかったのだろう。それが何かの拍子で開いた。

 脳内で勝手に推理を構築して席を立つ兵士。

 伸びをしながら扉に近づく。

 扉を閉める前に、一応は廊下を確認しようと思ったのだ。

 まったく無警戒のまま扉を開く。

 ロウソクの明かりのみとはいえ、光源のある前室から真っ暗な廊下を見たため目が慣れない。

 薄ぼんやりとした白いものが赤い絨毯の敷かれた床にある。

 裸の女が廊下に倒れている、と、脳が認識するまで一瞬の時差が生じた。

 驚愕に見開かれる瞳。

 それは、すぐに光を失った。

 背後に忍び寄ったなにかに口を塞がれたまま、頸椎を貫かれて絶命したからである。

 シンの仕業だ。

 その間に、ユウが部屋へと侵入してもう一人の兵士の息の根を止める。

 わずか数秒の出来事。

 あまりにも鮮やかな手並みだ。

 満足げな顔で立ちあがったナナが、ふたたび手早く黒装束をまとった。

 じっと見つめる北斗。

 スケベ心からではない。

 裸になる必要はあったのかとか、どうしてそんなに楽しそうなのかとか、問い質したいことが山ほどあったのだ。

 だが、もちろん今は声を出せないし、質問している時間もない。

 頭を振って埒もない思考を追い出す。

 まだ作戦は半分も終わってはいない。

 ここからが本番なのである。




 天蓋(てんがい)つきの豪華な寝台。

 マジョルカという名を持つ壮年の貴族は、ごくかすかな魔力を感じて半身を起こした。

 そして目にしたのは、音もなく開いてゆく扉である。

 侵入者。

 警戒信号が全身を駆け巡り、男爵の脳細胞は完全に覚醒する。

 大声で誰何(すいか)したりしない。

 そんなことをすれば、賊どもは焦ってマジョルカを害そうとするだろう。

 貴族たる我が身が平民ごときに後れを取る道理はないが、かすかではあるが魔力を感じたのも事実。

 戦闘は避けた方が無難だろう。

 少なくとも魔法騎士たちが駆けつけてくるまで。

()の者たちに安らかな眠りを。誘眠(スリープ)

 枕元の杖を引き寄せ、魔法を放つ。

 足元から噴き出した催眠ガスが侵入者どもを包み、眠りへと誘……。

「ない」

 たった一言で、弾かれたようにガスがとまった。

 もちろん北斗である。

「このガスは何かいってみろ。クロロホルムか? 自然界にある物質じゃねえ。どうやって化合した? 答えてみろよ」

 意味不明な言葉。

 それにより霧散してしまう魔法。

 吸引麻酔薬として知られるが、たとえばドラマなどで用いられるように、ハンカチに含ませて相手の口に当てたところで眠ったりしない。

 揮発してしまうからだ。

 実験などで使う場合でも、密閉した容器にマウスを入れ、その内部をゆっくりと麻酔薬で満たしてゆく、という方法が取られる。

 こんな密閉もされていない広い場所で、しかも瞬時に人間を眠らせるほどの量の睡眠ガスなど、どうやったって調達できない。

 作り方自体が、塩酸とクロロメタンを五百度で加熱するというもので、素人が簡単に作り出せるものではないのである。

 唖然とする男爵。

 彼が最後に目にしたものは、床を蹴って迫り来る獣人たちと、剣のように伸びた爪だった。

 四方八方から貫かれ、切り裂かれ、断末魔を残すことなく息絶える。

「うん。見事な屁理屈バリアだったね。ホクト」

「だから屁理屈バリアっていうなって」

 手放しの賞賛をくれるナナに、北斗が嫌な顔をした。

 もうすこし、もうちょっとで良いから、格好いい名前にして欲しい。

「けど、よくスリープの魔法だって判ったね?」

「そりゃあ、あれだけはっきりと言ってればな」

「あいつが唱えてた魔法言語(カオスワーズ)が判ったの!?」

 ナナが目を見張る。

「なにいって……」

 言いかけて、はたと北斗は気が付いた。

 ナナやドバの言葉だって、本来は判らないはずなのである。それが、彼の耳には普通の日本語として認識される。

 魔法言語とやらも、また同じことなのだろう。

「たぶん、世界を渡ったときに、変なチカラを持たされたんだろうな。高次元生命体に。縁を結ぶとかいっていたし」

「文字とかはどうなんだろ?」

「さあ?」

「確かめるのは後刻で良いのではないかな。そろそろ撤収するぞ。ナナ」

 少年少女の会話に割り込むドバ。

 苦笑混じりに。

 のんびりしている時間はない。

 夜番の交代が来れば、事態は発覚してしまうのだから。

 それまでに、できるだけ距離を稼ぐ。

「それじゃ」

「いこうか」

 両側から肩を掴まれる北斗。

 もちろんシンとユウである。

 往路と同じように、復路もまた彼らの力を借りることになる。

 それはまったくかまわないし、とてもとてもありがたいのだが、

「なんか顔が近くないか? おまえたち」

「きのせいだよ。ホクトくん」

「うんうん。べつにどさくさに紛れて、面白いことをしようとか思ってないから」

 にやにや(チェシャ猫)笑いの兄弟であった。

 絶対に声を出せない状態のときに、くすぐったらどうなるのかなーとか、考えているわけではない。

 たぶん。




 来た道を逆にたどって、速やかに逃げてゆく一行。

 侵入に使った明かり取り窓は、しっかりと施錠しなおしてあげるくらいの親切さだ。

 城が騒がしくなり、各所にかがり火がともったのは、北斗たちが城下町を過ぎ、荒野へと踏み出してからのことであった。

「おーおー 騒いでる騒いでる」

 振り返り、笑みを浮かべるのはエナ。

 ドバの奥さんである。

 ほとんどナナとそっくりで、ぶっちゃけ北斗にはあんまり見分けが付かない。

 髪型も髪の色も目の色も同じ。

 体型もほぼ変わらない。

 母娘というより双子の姉妹みたいだ。

 これで年齢は三十五だというから、なかなかに侮れないだろう。

 そして侮れないといえば、聴覚や気配読みなどの狩りの技能も凄まじい。

 三キロ以上も離れた城の様子がわかるのだ。

 彼女がいなくては、男爵が起きていることを知らずに北斗たちは突入し、あえなく魔法の餌食となっていたことだろう。

「思ったより遅かったね。予定通り、このまま夜通し駈けて、夜が明けたら服を変えよう」

 ドバが決断し、逃走の足を速める仲間たち。

 灯火のひとつもない深夜の街道。

 夜目の利く獣人たちにとっては、べつに日中の行動と異なるところはないし、前方に何か異変があれば、エナが察知してくれる。

 足手まといの北斗は、シンとユウがフォローする。

 こうして彼らは、まったく危なげなく目的を遂げ、他の仲間たちが待つジャコバの街にたどり着いた。

 ドバの村から南に二日ほどの場所にある、それなりの規模の街である。

 要した日数は四日。

 変に急ぐこともなく、ごく普通の旅人の体を装って旅を続けた結果だ。

 その間、男爵の死はまったく発表されなかった。

「どう読む? ホクト」

 仲間たちが根城にしている宿屋に入り、人心地ついた後、ドバが訊ねる。

 彼としては、男爵の死はすぐに発表され、犯人探しが始まるだろうと読んでいた。

 にもかかわらず、事件から四日も経過しているのに、なんの発表もない。

 病死だとすら。

「男爵に死なれると困るってことだろ。だから名目上は生きていてもらわないといけねえ」

「それは何故だ?」

「アトルワ男爵家も、一枚岩じゃないってことさ」

 不敵に唇を歪める北斗。

 この日、辺境に位置する小さなキャットピープルの集落が、アトルワ家からの離脱を宣言した。



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