続お勉強と翌日の変化
ユリの髪を乾かした後、ちゃちゃっと自分の髪も乾かした渓太はドライヤーを片付けて、ユリをつれてリビングに向かい、ソファーに座らせた。
続いて、渓太はユリと向かい合うようにカーペットの上に正座した。
構図的には殿と家臣である。ユリは女の子なので殿ではなく、姫と家臣である。
ユリは何かなー何かなーと渓太が何かをするのを期待してか、体を少し揺らしながら待っていた。
「今から質問するから、知ってるなら縦に、知らないなら横に首をふってね」
「うん!」
元気な返事が帰って来たので渓太は質問を始める。
「どこにいたか知ってる?」
「んーん」
「お父さんやお母さんはいる?」
「んーん」
「シャドウっていう言葉にについて知ってる?」
「んーん」
「自分の名前は?」
「うん!ユリ!」
「そっか。ありがとう」
初めの三つの質問は首を横に振り、本当にわからないのか、ただ聞いていなかっただけなのかわからなかった渓太だが、最後にした質問で、話を聞いてなくて適当に答えていたということではないことがわかった。
しかし、何もわからないのかと落胆する渓太。ユリの態度をみるとこうなることは薄々気づいていたが、あの空間で戦っていたときにハッキリとシャドウについて発言していたのに、今のユリはその事がわからないので、あの空間でのユリと今のユリは全くの別物なのかとまた謎が増えてしまった。
またあの空間に行けば何かがわかるかもしれないと渓太は思うが、あの空間の出現する時間や条件を知らないので自分から行動を起こすことは出来なかった。
そして、自分からあの空間には行きたくないと思っている。
それもそのはず、何度も死ぬかも知れないと思ったのだ。今回は偶然乗り切ることができたが、次はどうなるかわからない。
ユリのためかもしれないが、まだ出会って一日も経っていない女の子のために自分の命をかけられないぐらいには渓太は自分が大切だった。
渓太は正座をやめ、立ち上がる。短い間での正座だったので足がしびれることはなかった。
「ちょっと待っててね、何か本をとってくるから」
そういって、渓太は自分の部屋に向かった。
さしあたって、ユリに色々な事を覚えてもらおうと渓太は思った。
食事の後に一通りの動作や名詞は教えて、実践できたことは風呂で確認したが、これからの事を考えるとまだ足りないと感じたのだ。
明日になれば、渓太は学校に行くためユリは渓太が帰ってくるまで一人で生活しなければならない。
あの空間のことや、剣に変身することを他の人に説明できないので頼ることが出来ない。
そして、渓太自身もユリの事をまだ深く理解していないため、どう接してあげればいいのかと不安が残っていた。
部屋の中にある本棚の一番下の所、そこには色とりどりの薄い本が収納されていた。
長い間触れられていなかったのかうっすらと埃が被っている。
渓太は埃を気にせずに十冊ほどまとめて取り出した。
表紙をみると、赤い頭巾を被った女の子と狼の絵が描かれていて、その上には可愛らしいフォントで'赤ずきんちゃん'と書かれている。
他の本も同じように絵と文字が書かれていて、全部子供向けの絵本だった。
渓太はそれをきっかけにして思いを馳せる。
その絵本たちは、両親から貰った数少ない形のある思い出。
本の内容は全てを覚えているわけではないが、それを通して、母親の優しい声、体に伝わる暖かさ、父親の醸し出す優しい空気が思い出される。
しんみりとしてしまった空気を振り払うように本棚に残っている絵本を全部取り出す。全部で二十六冊。それにあわせて、上の本棚から国語辞典や広辞苑などの辞典を取り出す。
そして、取り出した本を全部抱えてリビングに戻った。
「……お待たせ」
渓太はソファーの近くの地面に持ってきた本を置いて、地面に胡座をかいて座り、ユリの座っている所から一人分隣のソファーに背中を預ける。
そして、ふぅーと息を吐いて、息を吸う。
「ユリ、ここに座って」
吸った息を全部吐き出すついでにそう言った。
渓太の指は自分の胡座をかいている所を指している。
ユリはソファーから立ち上がり、疑うことなく渓太に言われたまま渓太の胡座をかいている足の上に座った。
ふわりとユリの髪が舞い、天然由来の素材を使ったシャンプーの甘い匂いが渓太の鼻腔をくすぐる。
太ももには普段感じることのない重み、視界には銀色の髪とユリが少し動くと現れる艶やかな肌。いつも以上に身近に近づくことで勝手に沸き上がってくるいとおしさ、今までとは違う見え方、感じ方に母親もこんな感じだったのだろうかと渓太は思う。
これはいかがわしい事ではない。母親がやっていた、優しく暖かいスキンシップなのだと自分に言い聞かせる。
渓太は横にある積まれた本の中から一冊を取り出して、ユリの前に持ってくる。
自分も絵本全体を見るために、ユリの横から顔を出す。
「いまから」
「っ!」
いまから始めるねと、言おうとしたがユリがビクッと身じろぎをしたので声が大きかったことに渓太は気づく。
「ごめんね。声が大きかったね」
声を小さく優しい声で謝ると、今度は大きな反応を見せなかったので、話を続ける。
「むかしむかし、あるところに………」
よくある文章と共に渓太は読み聞かせを始めた。今どこを読んでいるか知らせるために、文を指で指しながら読み聞かせをしていく、名詞や動作が出できたときには、その言葉が示している絵を指で示す。そうやってゆっくりと朗読をしていった。
ユリがどんな表情をしているかは渓太にはわからなかったが、指を追うように頭が動いていたので見てくれているんだなと嬉しくなった。
母親が自分にしてくれていたことを思い出すように、忘れていた話を思い出すようにして絵本を読んでいく、渓太はいつしか自分のためにこの本を読んでいた。そこには渓太自身と母親との思い出しか存在していない。
「と、なりましたとさ、めでたしめでたし」
そう文末を締め、パタンと絵本を閉じるとともに、渓太は意識を今に戻す。
胸には、初めに感じなかった暖かさと重み。そこに視線を向けると、ユリが眠っていた。
渓太は手にある絵本を他の本が置いてある所に置いて、今日だけで何度繰り返すのだろうと思いながら、ユリを抱えてソファーに寝かせる。
そして、本はそのままにして自分の部屋へと向かう。
渓太は押し入れから布団と毛布を取り出して、ベットのすぐそばに敷いた。ユリをここで寝かせるためである。
そして、リビングに戻り、ユリをお姫様だっこをして布団まで運んだ。
それから、リビングの電気を消して自分の部屋の椅子に座った。リビングにある本は明日も使うはずだからと、綺麗に整頓してその場に置いておいた。
渓太は鞄から教科書類を取り出して勉強を始める。勉強は毎日の日課であり、その日の予習と次にやるだろう範囲の復習は欠かさない。
明日の行われる体力テストが終わると、すぐに実力テストの時期がやってくる。
範囲は先輩の話を聞くかぎり、去年一年間で習った所になっているとのことだ。
テストで悪い点を取ってしまうと、渓太は智恵子に生活面で負担が掛かってしまっているのではないかと心配されてしまう。たたでさえ無理を通して、両親と過ごしたこの家で暮らしたいと言ったのだ。
今以上の迷惑をかけないように、最近の勉強はより力を入れていた。
気がつくと時計は十時半を指していた。渓太はいつもこの時間ぐらいに寝ている。
キリがついていたので、開いている教科書を閉じて、明日、学校で必要なものを用意する。
といっても、午前は体力テスト、午後は部活動紹介なので、必要なものは体操服だけである。
すぐに準備は終わる。
ユリの方を向くと、変わらず規則正しい寝息をたてていた。
渓太は最終確認を終えてベットに潜る。改めて、戸締まりはしたか?とか、電気は全部切ったか?とかを思い出す。不安な所は無いと判断して、頭上のスイッチを押し、部屋の電気を切った。
「おやすみなさい」
明日も良いことがありますように。
そう心の中で思って、渓太は瞼を閉じた。
◇◇◇
これは夢なのか現実なのか渓太にはわからなかった。
周りは何も見えない黒い空間、上も下も右も左も無い。体は固定されたように動かない。
こうなる前は何をしていたか思い出せない。
ただ自分が自分であることだけはわかっている。
どうやったら抜け出せるのだろう?
なんでこんなことになっているのだろう?
何も見えていないのか、黒というものを見ているだけなのか。それすらもわからない。
変化しない環境にやがて焦りを覚える。
終わらない現状に不満が募る。
何も悪いことはしていないのに。
どうしてこんなことをされなければならないのか。
不満はやがで怒りへと変わっていく。
ふと、変わらない視界の中で何かが動いた気がした。少しの変化に期待をするように目を凝らす。
また動いた。
いつの間にか顔が首から上が動かせることに気づく。
変わったかもしれない変化を探すために、注意深く周りを見る。
そして、それがハッキリと見えた。
それは灰色の靄、この黒い空間を泳ぐように移動している。
渓太はなんのためにそれがあるのか知るためにそれを目で追う。
灰色の靄は、たまたまなのか、はたまた意思を持っているのかわからないが、自身を見ていた渓太の元へとかなりの速度で近づいてきた。
渓太もそれが自分に向かって移動していることに気づいた。
灰色の靄は姿に変化は無いが、近づくにつれて渓太の目には大きく写る。
そして、止まることなく渓太の頭にぶつかってすり抜けた。
『お前のせいで!』
灰色の靄がすり抜けた瞬間、渓太の中に男の人の言葉が響いた。
その言葉を言った本人が持っていた感情が渓太の中に流れてくる。
渓太の中に元々持っていた怒りの感情に加算され大きく膨れ上がった。
その怒りを出してしまえば、自分の中で何かが変わってしまう。そう思った渓太は感情を吐露しないように体に力を込め、耐える。
過ぎていった灰色の靄を確認するために周りを探すとそれらはすぐに見つかった。
灰色の靄は増えていた。
それらの灰色の靄達は初めと同じように渓太に向かって来る。
灰色の靄が体をすり抜けていく度に体の中に響く声と感情が伝わる。
『目の前から消えてくれ!』
『あなたがいたから……』
『お前さえいなければ……』
怒り、悲しみ、憎しみ……
『おれのせいで……』
『私がいなければ……』
『やらなければよかった……』
不安、絶望、後悔……
色んな負の感情が渓太の中にたまっていく。その度に吐き出さないように耐える。
感情に支配されているのか、少しずつ体が寒くなっていく。
もう無理だ……そう思ったその時、右手が白く光った。
右手から白い光が体全体に広がっていく。そして、愛しさと優しさと暖かさが広がっていく。
その感情が支配しようとしていた負の感情を包み込んで溶かしていくようだった。
頭の中には、夏帆の笑顔、駿の笑顔、そして、ユリの笑顔。
ここは夢の中なんだと、ただの夢でしかないんだと。じゃあ目を覚まさなきゃ。
そして、渓太は目を覚ました。
◇◇◇
渓太の目に写ったのは、よく知っている天井だった。
夢の内容が内容だったので、体の感覚を確認する。そして、五感が繋がっている感じがした。
右腕には違和感も感じた。
右肩から右手首までが肌寒く、右手は暖かい。
渓太は右側に目を向けると、そこには自分の右手を、両手を使って握っているユリの姿が目に入った。
「渓太さん、おはようございます」
ユリは優しく渓太に言葉をかけた。
渓太はユリの発言にあれっ?と違和感を感じて、思考が止まる。
その間もユリは続けて話す。
「渓太さんがうなされていたので、私にできることは何かないかと考えた結果、絵本の中でやっていた事と同じように手を繋いでいました。大丈夫ですか?」
ユリから沸き出ているおしとやかさと、話の内容から、昨日この家にいたユリとは全く別人じゃないのか?昨日のユリはどこに行ってしまったんだと、色んな事を考えているせいで、ユリの心配する声は聞こえない。
急に渓太の後ろからジリリリリ~と六時を知らせるアラームがなった。
渓太は反射で左手を出し、アラームを止めた。体を回したことで右手に繋がれていたユリの手も離れた。
アラームを止めたことで、色々と考えていたことが吹き飛び冷静になった。
「ユリ、おはよう。……一つ聞きたいんだけど、君は昨日のユリと同じユリなんだよね?」
「はい。昨日の私と同じですよ。カレーを一緒に食べました。一緒にお風呂に入りました。渓太さんが私に絵本の読み聞かせをしてくれました」
「そっか。そうなんだ」
昨日の夜の出来事を覚えているので、昨日のユリといま目の前にいるユリは同じだと渓太は思えた。ただ、どうしてもハッキリと話していること、質問を理解して分かりやすく返事をしていることが昨日のユリと結び付かずに違和感を感じてしまう。
「ねえ、どうして、そんなに……ええと、………成長しちゃったの?話し方とか」
話したことでは渓太の中に会った違和感の正体がはっきりとした。それは成長。
「昨日の夜、渓太さんが眠った後に私は目覚めました。リビングに行って、残っていた本を全て読んだんです」
「それでそんな話し方になったんだ……」
内容にびっくりして、思わず少し引いてしまう渓太。
ユリは渓太のその態度に不満があるのか、しかめっ面をしている。
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、別にいいんだけど、何か他人行儀な感じかしてね」
「では、渓太さんはどのような話し方が良いのですか?」
「別に今のままでいいんだよ。……あ、でも渓太さんはやめて。渓太でいいから」
「わかりました。そのようにします。では、渓太、改めてよろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
じゃあ、朝御飯にしようかと、渓太は立ち上がる。
このときには既に渓太の中から夢で発生した暗い感情は完全に消えていた。それよりもユリの変化にビックリしていた。
キッチンに移動する渓太の三歩後ろをユリはついてきていた。
キッチンに着くと渓太は昨日のカレーとスープを温めるためにIHクッキングヒーターのスイッチを入れる。
そのあと、昨日のご飯を電子レンジに入れて、起動する。
カレーとスープが温まるのを待っている時、渓太は横目で後ろを見ると、やはり自分から少し離れている所にピシャッと立っているユリの姿が目にはいる。真面目な表情からは何も読み取れない。
「ユリ、そんなところに立っていないで、もっと自由にしていいんだよ」
後ろにいられるとちょっと怖いし、何か距離感が気まずいんだよなぁ、と思いながら渓太はユリに言う。
ユリは少しの沈黙の後、首を傾げた。
「自由にってどんなことをすればいいのでしょうか?」
「……それは、ユリのしたいようにすればいいんだよ。ユリは何かしたいことはある?」
渓太の答えと新しい問いにまたユリは首をかしげる。
「……わかりません。……私は何がしたいのでしょうか?」
誰に向けてかわからない問いに渓太は悩む。
自分は何がしたいんだろう、と。今は学校に行って、智恵子伯母さんに迷惑を掛けないようにテストで良い点を取ることを目標にしているけど、将来のことについては何も見えていない。来年度には高校を卒業をしてしまう。働き出すのか大学に進学するかもまだ決めていない。
自分がわからないのに、ユリに答えるわけにはいかなかった。
二人の間で無言が続く。気が付くと、温めていたカレーとスープはグツグツと音をたて、ご飯が入っている電子レンジはチンと存在を主張した。
「とりあえず、朝御飯にしようか。ユリはお皿を出してくれる?そこの食洗機の中にあるから」
答えの出ない問題を終わらせ、渓太はユリに指示を出した。ユリはわかりましたと言い、食洗機の中から昨日使ったお皿と同じ皿を取り出して渓太に渡す。
渓太は受け取った皿にご飯とカレーを注ぐ。
それを繰り返して、朝食の準備が終わった。
メニューは昨日の夜と同じである。
お互いが昨日と同じ席に座り、昨日と同じように食べる前のいただきますを行う。それからは各自のペースで食べ始めた。
渓太はカレーを口に運びながらユリの方を見る。彼女はまるで機械のように同じペースでスプーンでカレーを取り、口に運ぶ作業をしていた。
今日はいつもより早く家を出ようと思っていた渓太は話すなら食事時間しかないと、どうにかして話そうと思っていたが、ユリに話しかけるタイミングか見つからない。同じペースで食べるので、どうしても止めるのをためらってしまう。
そんな葛藤を隠すように自分も淡々とカレーを食べていると、いつの間にか食べ終わっていることに気がついた。ユリが食べ終わるまでゆっくりとスープを飲む。
少し遅れてユリも食べ終えて、スプーンを置いた。
話すならここだと、渓太は口を開いた。
「あのね、もう一度聞くようだけど、シャドウや黒い空間について何か心当たりは無い?」
「シャドウという言葉が日本語で影を意味している言葉だと理解していますが、渓太が知りたいのはそういうことではないですよね。申し訳ありません。心当たりはありません」
ユリは頭を下げて、謝罪をした。
その動作に渓太はびっくりする。
「っ!ちょっと、待って、頭を上げて、そんなことしなくていいよ」
「ですが、わからないことですので、しっかりと謝罪をしなければならないと本に書いてありました」
「そ、それは、仕事とかそういう場面だから。俺にはしなくていいから」
「わかりました、そのように理解します」
本の内容を全て理解していることに渓太は驚く。短時間で辞典とかを含めた多くの本を読み終えてるので、とても頭がいいのでは?と渓太は思った。
「じゃあ、ユリが覚えている一番初めに記憶は何?」
「それは、渓太におんぶをしてもらった時ですね。それ以上前は思い出せません」
初めてあったときの記憶がないことが、ユリの口から話された。ユリが嘘をついているようには渓太には見えなかった。つまり、ユリと初めてあったときのユリは別の何かか、記憶が消えてしまっただけなのか、ということになった。どちらでも、それ以外でもおかしくない。時間の概念のない空間を作ったり、人間にしか見えないものが剣に変身したりするのだ、自分の知らない何かがあっても不思議ではないと、渓太はそこで思考を止める。
「わかった、ありがとう。俺はこれから学校に行くんだけど、ユリはどうする」
「渓太についていきます」
「……ごめん、それはできないんだ」
はっきりとついていく宣言をしたユリに、渓太はユリを取り巻く現状について説明をする。ユリの存在がよくわかっていないこと。戸籍を調べれば出てくるかもしれないが、望みは薄いだろう。それと、自分は一人暮らしということが近所に知れ渡っているので、ユリがこの家にいることが外に知られると色々と不味いこと。なので、外に出すわけにはいかないこと、そして、自分がユリを見捨てることは絶対に無いこと。それらを説明した。
ユリは知識だけは持っているので、渓太の説明に渋々納得した。
「わかりました。ここで渓太が帰ってくるのを待っています」
「……うん。出きるだけ早く帰ってくるよ」
真面目な顔で真剣な目で言われた言葉に渓太はドキッとしてしまった。
それからは食器の片付けや、着替え、身だしなみを整えて、学校にいく準備を済ませた。
最後に、仏壇に向かう。
そこで、両親に話しかけるときに、ユリも紹介した。
「父さん、母さん、新しく家に住むことになったユリだよ。彼女の身元がわかるまでだけど。……変な運命だよね」
両親にユリを紹介すると、ユリも両親に挨拶をした。
「はじめまして、ユリと申します。この度は渓太のご厚意に甘える形でここに住むことになりました。よろしくお願いします」
と、言って仏壇に深い礼をした。
固いなぁと渓太は思いながら、ユリの挨拶を見守っていた。
「家の中の物なら自由に使っていいからね。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
渓太はユリに見送られながら、玄関のドアを開け外に出た。
ユリはパタンとドアが閉じたあともずっと、渓太が出ていったドアを見ていた。