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帰宅と食事とお勉強

 渓太はユリを背負ったままゆっくりと歩き続け、もう少しで太陽が見えなくなり空も暗くなりかけた頃、家に着いた。


 右手に鞄、左手に食品の入ったレジ袋、背中にはユリを背負っていたので、膝を使って両手で持っていた荷物を地面に置き、鞄の中から鍵を取り出し、ドアの鍵を開ける。


「……よいしょっと」


 プッシュプル式のドアノブなので、渓太はユリを背負ったままドアに右手をかけ、体を動かしてドアを開けた。

 荷物を置いたまま玄関に入り、ユリを起こさないように心の中でただいま、と言う。靴もてきとうに脱ぎ、リビングへと向かった。


 リビングは朝に家を出たときと少し変わっていて、ソファーにユリの姿は無く、掛けていた毛布はソファーの横に寄せられていた。


 渓太はゆっくりとソファーの前に移動して膝を曲げ腰を下ろす。ゆっくりと体を下げていき、体にかかる負荷が立っている時よりも格段に小さくなったときに、膝裏においている手をどけ、首に回されている腕を外し、後ろを向いてユリの背中に手を回し足を持ち上げ、ゆっくりとソファーの上に寝かせた。そして、毛布をかける。


「……疲れた」


 一段落ついたところで渓太は息を付いた。

 玄関を出て荷物を取る。中に戻り、ドアの鍵を閉めた。


 渓太はリビングに戻り、鞄を机に置き、キッチンにある冷蔵庫に買ってきた食材を入れる。そのあと鞄を取り、自分の部屋へ置きにいった。


 渓太の部屋は一階の洋室。内装はモノトーンで、押入、ベッド、勉強机、本棚、タンス、そしてゲーム機やその他色々な物がおかれている棚が配置されている。

 勉強机に鞄を置いたあと制服を脱ぎ、上はシャツの上に灰色の薄手のパーカー、下は同色のスウェットという構成の部屋着に着替える。

 そして、リビングに向かう前に隣にある和室に向かう。


 その部屋は、智恵子がまれに泊まりに来たときに使っている部屋である。


 やれ近くで飲み会があっただの、ここに置いていた荷物を取りに来ただの、渓太君の顔を見に来ただのと言って急にやってくる。

 普段、学校以外では一人の渓太は少し嬉しかった。飲み会の帰りに寄るときは半分の確率で吐いてしまうことは面倒だと思っていたが。

 夏帆や駿がこの家に遊びに来ることはあるが、夜には既に帰っている。

 朝起きたときに、他の誰かの存在を感じるというのは渓太にとって嬉しいことだった。


 部屋の中は、床は畳、畳まれた布団、タンスに足の短い木製の机が配置されている。


 渓太は部屋の中に入り、タンスに近づく。四段のタンスの一番上を引いた。


 中から出てきたのは、女性用の下着だった。

 それも、ブラジャーとショーツが分けられていて、見映えが良く収納されていた。

 様々な色があり、また種類も無地の物から、フリルの付いているかわいい物や着けたら透けてしまうのではないかというのはものまである。


 いつの間にこんなに増えていたのかと渓太は疑問に思う。


 智恵子がこの家に泊まりに来た時に着替えた物は渓太が洗濯して収納していたが、最近は寄るだけで夜には帰っていた事を思い出す。

 だから、渓太がタンスに触れる機会はなく、気づけば増えていたのだ。


 なぜ泊まらないのに衣類だけ増えているのだろうという新しい疑問を後回しにして、渓太はユリに着せる服を考え始める。


「ユリに合う下着……」


 渓太はユリの体を頭に描く。


 雪のように白い素肌。つつましながら全体が細くスラッとした体。なるべく見ないようにしていたが、目に映ったその姿はとても美しく、脳が忘れることを許さない。


 簡単に想像することができた。


 そして、だんだんと血の巡りが速くなり、体温が上がっていく。


「……っ!」


 ドン!と渓太はタンスを勢い良く閉める。

 そして、深呼吸をする。


「……はぁ。なんか危ない気がした」


 渓太は智恵子が泊まりに来たときに、酔っ払ってきわどい姿や、お風呂上がりの艶かしい姿を見ているが今のようになったことは無かった。

 勿論、中学の初めの頃は智恵子のそのような姿を見たときはドキッとしていたが、それは見てはいけないような物を見てしまった罪悪感のようなものだった。

 最近は慣れたのか、身内で家族みたいなものだからなのか、そのような気持ちになってない。


「もしかして、これが恋と言うやつなのかな」


 そんなはずはないけど、と渓太は自分自身に茶々を入れた。


「とりあえず、服は俺のものを着てもらおう。それとなく夏帆や智恵子伯母さんに聞いてみるか」


 そう言って、部屋を出て自分の部屋に入り、大きめの服を取ってリビングに戻った。

 智恵子おばさんにはどうやって説明しようか?隠すのは無理があるしなと考え始める。

 その頃には、沸き上がってきた不思議な気持ちは渓太の中から消えていた。



 ◇◇◇



 リビングに戻ると、ユリはまだ規則正しい寝息を立てていた。

 渓太はその近くに、持ってきた服を置く。そして、キッチンに向かった。

 チェック柄の青いエプロンを着て、使う食材と調理器具を取り出し料理を始める。


 初めに米を三合研いで炊飯器にセットし、ボタンをおす。

 次に鍋の中に水、鶏ガラスープの素、醤油、塩、胡椒を入れて沸騰するまで待つ。

 その間に水溶き片栗粉を作り、ボウルに卵を割り入れてかき混ぜておく。

 じゃがいも、ニンジン、玉ねぎの皮を向き、一口サイズに切る。今回はユリも食べるので、いつもの一口サイズよりも小さめに切る。

 別の鍋にサラダ油を引いて、牛肉、じゃがいも、玉ねぎ、ニンジンを入れて炒める。

 少しして、水を加えて沸騰するまで待つ。

 鶏ガラスープを入れた鍋が沸騰したので、中をお玉でかき混ぜながら、水溶き片栗粉を入れ、とろみをつける。

 とろみがついたら、溶いていた卵をゆっくりとスープをかき混ぜながら入れていく。

 そして、火を止めて、卵スープの完成。


 カレーを作る方の鍋が沸騰する間に使ったピーラー、まな板、包丁を洗っておく。

 沸騰したら、出てきた灰汁を取り、蓋をして中火で煮込み始める。


 後はカレールーを入れるだけなので、終わったも同然と渓太は思い一息つく。


 独り暮らしが長いので渓太は料理に慣れていた。初めは失敗を繰り返していたが、段々と上達していき、料理をすること自体が楽しくなっていた時期があった。料理本も何冊か買ったり、図書館で覚えてきたりしてレパートリーも増えていった。

 しかし高校に入ったときから、時間をかける割合が変わったり、料理が少しめんどくさくなったりというのもあって、スーパーの弁当や簡単に作れる食事、2日3日続けて食べられるような食事を作る生活になってしまった。土日は真面目に料理をしている。


 渓太は料理を作っている間、ユリが起きてしまわないかと、そわそわしていた。

 ユリが起きる気配もなく、時間だけが過ぎていく。


 鍋を弱火にしてカレールーをいれて煮込む。少ししてカレーの匂いが漂ってきた。


 キッチンからユリの寝ているソファーを見ていると、むくりと銀色の髪が起き上がってくるのが渓太の目に写った。


「目が覚めた?」


 キッチンからソファーに座っているユリに聞こえる声で渓太は問いかけた。

  しかし、ユリからの返事は無い。

 後は煮込むだけだからと、弱火にかけたままの鍋をそのままにして、ユリの元へと向かった。

 ユリはまだ眠いのかそのサファイアのように綺麗な目を擦っていた。


「寒い?大丈夫?何かしたいことある?」


 渓太はゆっくりとユリに問いかける。


「……ポカポカする?」


 首をかしげ、帰ってくるとき最後に聞いた言葉が疑問系になって帰って来た。


 渓太にはユリが何が伝えたいのかわからなかった。

 とりあえず、持ってきた服を渡してみる。


「これを着てみない?」

「………ん。………ん!」


 渓太が持ってきた服をユリは受け取ったが、何かがダメだったのだろう。ユリは頬をぷくっと膨らませ、押し付けるように渓太に服を返した。


 全くもってわからない。初めて会った時の真剣な目で自分にキスをしてきたユリはどこに行ってしまったのかと。あの黒い空間で黒い獣と戦っていたときの、まるで主人公をサポートする立場にいるかのように的確なアドバイスをしていたユリはどこにいってしまったのかと。と渓太は思った。


 思えば、あの空間から抜け出せたときからユリの様子がおかしかった。そもそも出会ってまだ一日も経っていないのにユリの普段の様子を知らないのに様子がおかしいなんて断言は出来ない。もしかしたらあの時のユリがおかしくて、今のユリが本物かも知れない。もしくはどちらも本物かもしれない。


 少し考えていると、渓太の耳にぐぅ~というお腹が空いたときに鳴る音が聞こえてきた。

 音の発生源はユリのお腹。

 ユリはふくれた顔をやめて、音が鳴ったお腹に手を当てていた。不思議そうに音の鳴ったお腹を見ていた。


 今のユリはなんだか泣かない赤ちゃんの様だと渓太は思った。

 言葉はまだ理解していないけど、表情や声の雰囲気から状況を理解して、本能のままに動く。感情を言葉に変える知識も方法も持っていない。そんな感じ。


「もう少し待ってね。そしたらご飯にしよう。今はテレビでも見ようか」


 ユリに返された服を端に置いてテレビを着ける。

 そして、ユリの隣に座った。


 テレビからは、よく知らない曲が流れてきた。

 よく見ると、ニュース番組で最近話題のアイドル特集が放送されていた。そこに映るアイドルは笑顔で歌を歌い踊っていた。


 横を見るとユリは無表情でテレビを眺めていた。今、彼女が何を考えているのか渓太にはわからなかった。



 ◇◇◇



 十五分後、キッチンにある炊飯器から炊き終えたこと知らせるアラームが聞こえてきたので、渓太はソファーを離れ、弱火で放置していた鍋の火を消す。


 棚から、大きめの皿と小さめの皿、二つのカップ、二つのカップを取り出す。

 二つの皿にご飯を盛り、カレーをかける。カップに卵スープをついで、テーブルに向かい合わせに置いた。

 急須に緑茶の茶葉を入れ、ポットからお湯を入れる。

 緑茶の入ったスプーンと二つのスプーンもテーブルに置いた。


「ごはんできたよ。食べよう」


 ユリの前に行き、白く小さな手を取る。

 ユリはソファーから降りて渓太に連れられ、テーブルのソファー側、小さい皿とカップがおかれた所にある椅子に座った。

 渓太もユリの向かいにある椅子に座る。


 ユリは何が何だかわからないといった感じで、渓太とテーブルに置いてある物と交互に視線を送る。


 渓太は見本を見せるように胸の前で手を合わせ、いただきますと言う。

 それを見たユリが真似をするように手を合わせ、


「いただきます」


 と、小さな声で言った。


 渓太はまた見本を見せるようにカレーを食べた。

 カレーはいつも通りの味だった。普通に旨い。


 ユリも真似をして、カレーを口に含む。

 ユリは何も言わなかったがほんの少し頬が緩んでいることに渓太は気づけた。


 それから二人は無言で食べ続けた。


 渓太がカレーを食べると、ユリもカレーを食べる。渓太がスープを飲むと、ユリもスープを飲む。始めはいつものペースで食べていた渓太だったが、いつしかユリが一口を食べ終わるまで待ってから次の一口を含むようになっていた。


「おかわりする?」


 ユリが皿に入っていたカレーを全て食べ終えた時に渓太は問いかけた。意味が伝わるように、皿を差してその後に食べるジェスチャーも加えた。


 ユリはコクっと頷いた。


 渓太は意味が伝わったことに嬉しくなり、なぜかガッツポーズをしたくなったが、おかわりをつぎに行くという使命をユリからの授かったので、席を立ち、ユリが使っていた皿を取ってキッチンに向かう。

 ユリも席を立ち渓太の後についてった。

 その事に気付いた渓太は、これが親の気持ちか!いや、カレーが気になっただけかもしれない。と変なことを考えるが表情には出さない。


 渓太がご飯をついでカレーをかける一連の動作をユリはずっと近くで見ていた。

 テーブルまで戻ってきて、また席に座り直す。

 そして、また食べ始めた。

 先程と変わったことと言えば、ユリが自分の真似をすることなく自分自身のペースで食べ始めたことだ。

 渓太はまた、これが子供の成長か!と変な考えをした。


 それから、また無言で食べ続ける。

 途中、渓太もおかわりをしに席を離れたがその時ユリはついて来なかった。渓太は少し悲しかった。

 やがて、二人とも食べ終わった。渓太はまたユリにおかわりをするか聞いたが今回は首を横に振った。もう十分だったみたいだ。


 渓太は食べ始める時と同じように、胸の前で手を合わせて、ごちそうさまと言った。続けてユリも同じように手を合わせごちそうさまと言った。


 ユリは感情を伴わない目で渓太を見つめる。渓太はそれが、次は何するの?と言ってるんじゃないかと考えた。


 渓太はこれから何をしようかと考える。いつもなら、食器を片付け、お風呂に入って、洗濯物が溜まっていたら洗濯、その後は勉強をする。残った時間でテレビを見たり、マンガを見たりしている。そして夜遅くなったら寝る。という生活を送っていた。


 ただ、今回はユリがいる。見た目は小学生でも、中身は赤ちゃんなのか、幼く演じているのかわからない。したいことがあるならともかく、何を考えているのかすらわからなかった。渓太はどうやって接すればいいのかわからない。


 なので、とりあえず目の届く範囲で放っておくことにした。


 渓太は食器を洗うために二人分の食器を重ねて、キッチンへ運ぶ。

 シンクの隣にある、食洗機に食器を全部入れスタートボタン押した。

 椅子に座っている、ユリは微動だにしていなかった。まるで人形みたいだった。


 ユリの元へ戻る前に、風呂へ向かう。浴槽に栓をして近くのディスプレイを操作、お湯はりを開始した。これで、少しすれば風呂にお湯がたまる。


 渓太はユリの元へ戻った。ユリは渓太の存在を見つけると渓太には視線を向ける。

 渓太はユリの向かい側に座る。


「名前、ユリ。名前、渓太」


 渓太は自己紹介を始めた。言葉を理解していないユリに伝わるように、単語だけを言って、その言葉に合わせるように指を指す。そのせいか、片言になってしまった。


 ユリは指で自分を指し、


「ユリ」

「そう!」


 次に指で渓太を指し、


「ケイタ」

「そう!」


 と名前を言った。


 渓太は合うたびに笑顔で頷き、合っていると伝えるために言葉を発する。

 ユリは、にぱぁと笑顔になり名前を交互に連呼する。渓太もその度に笑顔で頷いた。


 そのやり取りが少し続いた後、渓太は両手で手のひらをユリに向けて、ストップの意思を伝える。

 それを見て、ユリは発言を止める。


 それから渓太は色々な事を言葉と動作を一緒に伝えた。立つや座るなどの動作。頭や目などの名前。部屋の場所や名前なども。

 ユリはその一つ一つを覚えていった。文章には出来ないが、単語で話すことは出来るようになった。



 ◇◇◇



 お湯はりが終わった事を知らせるアラームが鳴り響いてから数十分後。とりあえず必要そうな言葉と意味を教え終わったと思った渓太は、ユリを連れて洗面所の先、風呂場に繋がる脱衣所へとやって来た。勿論、お風呂に入るためである。


 色々な言葉や動作をユリに教えた渓太だが、実際にやってみないと教えられないこともある。百聞は一見に如かずということわざがあるように体験してみないとわからないことは多い。


 お風呂はどうしようかと悩んでいたが、渓太は決意をした。

 ユリに恥ずかしいという感情は見られない。だから、渓太自信が恥ずかしがらなければ、他に誰も見ていないことだし大丈夫なんじゃないかと。

 そういえばユリはあの空間で剣に変身したし、いつの間にかワンピースも来ていたし、魔法とかそういった概念の物で清潔を保てるのではないかと。

 そもそも、暑いとか寒いとか言うが概念も無いんじゃないか?それなら別の服をいやがる素振りを見せたのも納得だし……じゃあ、お風呂に入る必要は無いんじゃね?

 と色々と考えを巡らせた結果、帰ってくるときに、例え人間ではなくても自分だけは人間として人として接すると思っていたことを思い出す。


 自分と同じような生活を必要としなくても、同じような生活をさせてあげる。その決意をしていた。

 その結果、二人でお風呂に入って自分がユリを洗ってあげないといけなくなった。いや、その言い方は合っていない。しないといけないからするのではなく、してあげたいからするのだ。ここに下心はない。これは親心というものだ。


「服を脱いで」


 渓太はそう言いながら見本を見せるように、着ているパーカーとその下のTシャツの両方に手をかけ脱ぎ服を籠に入れた。

 ユリも渓太の行動を真似るように、ワンピースをゆっくりと脱いでいく。


 渓太は脳にフィルターをかけた。目線はユリの顔目の目の間、眉間に固定。それから下は無理やり靄がかかるようにした。首から下にある綺麗な鎖骨、張りのある白い肌、その下の小さいながらはっきりと女性であることを主張している膨らみなど見えてはいない。


 ユリが脱いだワンピースをもうひとつ用意した籠に入れたのを確認すると、下の服もまとめて脱いだ。


 そして、浴室の中に二人で入る。

 湯船にはちょうどよくお湯が張られていて、白い湯気が上がっていた。


 渓太はシャワーヘッドを持ち排水口に向けて、蛇口をひねった。

 すると、シャワーヘッドをから勢い良く水が飛び出てくる。

 それをシャワーヘッドを持っている手とは反対の手で温度を確認する。

 初めは冷たい水が出でいたが、やがてちょうどよい温度になったのでお湯を椅子にかけ、そこにユリを座らせた。


「熱かったら熱いって言ってね」


 シャワーの勢いを弱め、ユリの手を取ってちょうどよい温度なはずのシャワーをかける。


「……ポカポカする」


 どうやら大丈夫らしい。そしてその言葉が気に入った様だと渓太は思った。


「じゃあ髪を洗うから、目をつぶって」

「目。つぶる」


 風呂に備え付けられている鏡を通してユリが目をつぶった事を確認した渓太は、一度自分の体全体にシャワーをかけ、そしてユリの頭にシャワーをかけた。シャワーから流れ出るお湯がユリの髪を伝って地面へと勢い良く流れていく。

 髪全体が濡れた事を確認したら、蛇口をひねってシャワーを止めた。


 風呂の中にある金属製の棚におかれている、長所しかないシャンプーの容器の頭を二回プッシュして中身を取り出す。

 手のひらに伸ばした後、ユリの頭に手を持っていく。

 出来るだけ優しく爪をたてないようにワシャワシャしていると、すぐに泡がたった。その調子で髪全体を洗っていく。


 渓太は人の頭を洗うことが初めてでうまくできなかった。立ち位置と髪の長さが自分と違うのでやりにくい。自分の頭を洗うときは真横から手を頭に持ってきているが、今は後ろから前に手を伸ばしている。

 慣れない位置での作業はうまくいかない。


「痒いところはないですかー」

「んー」


 渓太は気分だけでも盛り上げようと、お店で必ず言われる台詞をいってみたが、伝わらなかったのかよく分からない返事が帰って来た。


 とりあえず全部洗おうと、片手で髪を支え、片手で泡を塗り込んでいく。時折鏡越しにユリを見ると、ユリは律儀に目をつぶっていた。


 長い髪も長ければ長いほど大変になっていく。

 女性は苦労しているな。夏帆も髪が長いけど苦労しているのかな?と女の子の髪を洗っている時に別の女性の事を考える渓太。


 結局、渓太が髪を全部洗い終わる頃には、初めに自分にかけたお湯で上げた体温も下がり、肌寒く感じていた。


「今から流すから、もう少し目をつぶっててね」

「ん。瞑る」


 渓太は出来るだけユリの顔にお湯がかからないように、優しく頭にかける。

 お湯が流れていくと同時に白い泡におおわれていた銀色の髪が姿を現した。やがてすべての泡が排水口に流れていく。


「じゃあ次に体を洗うね」

「洗う~」


 次のステップは体を洗うこと。その同意をユリから得た渓太は、壁にかかっているボディタオルをとりシャワーをかけ、ボディソープをかけ、ボディタオルを擦って泡立てる。


「…んっ。…んっ」


 右の掌、右手首、右腕、右肩、首、左肩と、順番にタオルで優しく擦っていく渓太。ユリはタオルがくすぐったいのか、時折くぐもった声をあげていた。


 体を洗うという作業に集中している渓太には聞こえない、というより聞かないようにしていた。タオル越しに伝わる感触も知らないふりをする。

 右から左、上から下というように順番に洗っていく

 背中を洗った時、髪に泡がついてしまったので、体を洗った後に髪を洗えばよかったかなと、渓太は少し後悔をした。


「立って」

「立つ~」


 お腹まで洗い終わった渓太はそれから下を洗うためにユリに立ってもらう。

 そして、お腹から下を洗っていく。


「座って」

「座る~」


 最後にまた座ってもらい、足の裏を洗う。

 足の裏はとてもこそばゆいのか洗おうと触れるとユリは逃げるように足を動かしていた。


「よし終わり」

「終わり~」


 体を洗い終わり、シャワーで体の泡を流していく。

 またユリに立ってもらい、体の泡を全て流せたか確認する。


 この時渓太は既にユリに馴れてしまっていた。

 初めはあまり見たことない女性の体に想像して興奮もしていたが、ユリの子供のような動作やしゃべる言葉が親の気持ちを連想し、抵抗はなくなった。

 将来のユリの事を考えると罪悪感はあるが。

 つまり、親のように接しようと渓太は開き直った。


「じゃあ、お湯に浸かろうか」

「浸かる~」


 渓太は浴槽のお湯の温度を確認して、シャワーのお湯と同じような温度だから大丈夫だろうと結論を出し、ユリに湯船に入れるように指示をだす。


 ユリは浴槽に片足づつ足を入れ、両方の足が入ると体を下ろして湯船に使った。


「暖かい?」

「ポカポカする~」


 温度はどうかと問いかければ、笑顔で何回も聞いた台詞を笑顔で伝えてくるユリに、渓太は嬉しくなる。


 ユリが湯船に使っている間、渓太はユリが座っていた椅子に座り、髪と体を洗っていく。

 人にするときとは違って、慣れている自分の体ではてきぱきと無意識でも出来るようになっていて、あっという間に髪と体を洗い終えた。


 自分は湯船に浸かろうかな?と考える渓太。

 浴槽は一人で入る分には少し大きいが、二人で入る分には狭く、ユリの体が小さいとはいえ、結構密着しなければならない。

 先程と親のように接しようと開き直った渓太だが、流石にこれはまずいんじゃないかと思った。

 ユリを風呂から上げて一人で入ることは出来るが、目を離すのは危ないと思ってしまう。目の届く範囲にいるときは見守っていたという気持ちが渓太の中で大きくなっていた。


「じゃあ、お風呂から出ようか」

「出る~」


 渓太が出した結論は自分は湯船に浸からないこと。暖かいお風呂に入るのは好きだが、とりあえず今はいいやと自分に言い聞かせる。


 ユリは浴槽に入るときと同じように片足づつ足を出していく。

 いつでも対処できるように、ユリが浴槽から出て来るの見ていると渓太。

 足を滑らせることなく浴槽から出てきたユリと一緒にお風呂を出た。


 脱衣場で渓太はプラスチックのタンスからバスタオルを取り出しユリの体を拭いていく。

 タオル越しに様々な感覚が伝わってきても、そういう気持ちにはならない。

 拭き終わるとユリが脱いだワンピースを取り、ユリに着せた。


 少なくとも半日以上はユリが着ていたワンピースだから、洗いたい欲求が渓太の中にあったが、他に着られる服はなく、着せようとした服も断られてしまったので、この件については後回しにした。


 渓太はユリの服の下に入っている長い髪を服の外に出すために、紙と首の間に腕を通して、長い髪を服から出す。

 長い髪は湿気を帯びてまとまっていたので舞うことなく外に出てきた。


 ユリが服を着たのを確認した後、渓太は自分の体を拭いていく。

 体を拭き終わり、服を着ると隣の洗面所にユリを連れて移動した。


 ユリを洗面所にある大鏡の前に立たせ、渓太は横の棚にあるドライヤーを取り出しプラグをコンセントに刺して、ユリの後ろに立つ。

 ドライヤーを起動してユリの髪に当てていく。適切なやり方はわからなかったので上から下へと乾かしていく。


 水分を得てまとまっていた銀髪が、やがて水分を失うことでさらさらと動き出した。手櫛をしても途中で引っ掛かることなく流れていく。

 天井のLED電球から発せられる白い光で銀色の髪がキラキラと輝いている。


 渓太はふと鏡をみるとユリは心地良さそうに目を細めている。

 身長の低いユリの後ろに写っている自分の姿を見て、これは親子なんかじゃなく年の離れた兄妹だよなぁと思った。

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