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初戦闘とその後

 渓太は二頭の獣の攻撃を避け続けていた。直線の攻撃に対しては横に、上からの攻撃に対しては後ろに下がって。


 二頭の獣に挟まれないように、後ろに壁が来ないように、獣に対して十分な距離をとって動いていた。


 獣が襲ってくると思った瞬間に、現象を発動させる。白い空間が自分に重なるビジョンが見えた瞬間に現象を止める。内容は覚えているので簡単に避けることができる。


 問題はビジョンが見えなかったときである。見えないときという状態は、初めて見る攻撃だと言うことである。

 そのときは限りなく獣との距離を取り、どんな行動をしても避けられるようにしていた。


「そろそろ良いかな?」


 渓太は呟く。


 渓太が避けることに専念して20分が経っていた。

 この間に渓太が見た獣の攻撃パターンは多岐にわたる。

 単体での突進、跳躍、左右に移動しながらの突進。


 獣たちも最初は単体で攻撃していたが、当たらないと悟ったのか協力して攻撃を始めた。

 時間差での突進、突進と跳躍の組み合わせ。なかでも危険だったのは、片方がもう片方の尻尾を噛み、回転して遠心力をつけ放す超スピード突進だった。他にも片方が尻尾を噛み回転しながら近づいてくるハンマー投げ選手のような攻撃もあった。これには渓太もサーカス集団かな?と思ったほどだ。


 そんなこんなで攻撃を避け続けて、もう大丈夫だろうと渓太は感じた。

 渓太が避け続けたのには訳がある。


 一つは絶対に攻撃を受けてはいけないという前提条件があったからである。

 ただの突進でも壁を壊すほどの威力なので、人間がその衝撃を受けたらひとたまりも無いだろう。


 もう一つは、自分の能力の確認である。

 渓太は避けることだけに専念していたので、少し余裕があった。なので自分だけが見える世界、この能力のことを詳しく知ろうと思った。

 自分が知る知識、経験からほんの少し先の未来を知る能力。その存在を知った。




 渓太は、二体の獣を正面にして大きく距離を取る。そうして、獣たちが動くのを待った。


「さあ、どうくる?」


 いつ、どう来ても大丈夫なように獣たちを見据え構える。

 そして、獣たちが動き出すのが見えた。


(……っ!)


 渓太はすぐに能力を発動する。


 獣たちの動きが止まる。そしてこれから先の行動が白く塗られていく。

 二体の内、手前にいる獣の行動は跳躍。その場からひとっ飛びで渓太が今いる位置に移動している。

 奥にいる獣の行動は突進。その場からまっすぐやって来るように渓太には見えた。


 能力が消え、獣たちが動き出す。

 渓太は前に走り出す。


「ガァ?」


 今まで避けるために動いていたのに、今回は獣たちが動くと同時に渓太は動いた。そのことに獣は驚いた。

 渓太は跳躍した獣の下を通りすぎ、突進してきている獣と対峙する。

 突進している獣も敵の予想外の行動に驚いたが突進は止められなかった。


「はぁ!」


 渓太は走りを止めないまま、手に持った、剣を構え、明確に意思を持ち獣に向けて剣を振るう。


 できればもう現れないでくれ。できるだけ遠くに行ってくれ、と。


 剣に獣が当たる。

 剣を持つ渓太の手に衝撃が走る。

 獣は後ろに吹っ飛んでいった。


「はぁ?」


 獣は塀にぶつかって、横たわった。よく見るともがいている。すぐに動き出すだろう。


 渓太は初めに切った時のように切れると思っていた。だが今回は切れなかった。その事に驚いてしまった。 


 すぐに気持ちを切り替える。

 なぜなら吹っ飛ばしてしまったことで、二匹の獣に囲まれてしまったから。

 普通自動車二台分の幅しかない一本道では、回り込むことが出来ない。

 渓太はどちらが攻撃してきても良いように、構えた。

 そのまま考える。


 なぜ、一回目は切れて二回目は切れなかった?

 どうやったらあの獣を倒せる?


『マスター、この力はイメージが大切。思いが力になる 』


 考えているところに、少女がそういった。

 その言葉をもとに考えを巡らせる。

 一回目は何も考えていなかった。二回目は遠くにいけと願った。


 何かが思考に引っ掛かった気がして、手に持っている剣をみる。


「これは!?」


 手にある剣は刃がつぶれていた。


「……遠くにいけと願ったから、剣がそういう形になったのか」


 続けて少女が話す。


『あの獣たちはシャドウ。つまり影。影を無くすには強い光が必要。強い光は暖かく優しい気持ちから生まれる。その気持ちをマスターはもう持っている』


 少女が話した内容を渓太はすぐには理解できなかった。が、なぜか心の奥で少女が言っていることは合っているという根拠のない自信があることを理解した。


 だから渓太は考えるまでもなく走り出す。起きようともがいている獣の方へ。


 走っている間に考える。


 この空間はイメージが大事だと。イメージが全てだと。遠くへいけと願ったから遠くへ飛ばせるように剣が変化した。

 あの獣たちを倒すには暖かく優しい気持ちで戦う必要があると。


 その気持ちを自分は既に持っていると少女が言った。記憶を遡るとすぐにその記憶を見つけた。


 それは今日の昼休みの出来事。三人で保健室で食べた昼飯。誰もいない空間だからこそいつもよりも心の距離は近くなる。閉めたカーテンに透けてくる暖かい光が部屋も心も暖める。お互いがお互いを気にかけ、他愛のない話をする。ずっとこのまま続けば良いなと思った時間。


 そんな出来事が思い出された。その気持ちを持って意識を記憶から現実に戻す。


「手に持っているものは剣。何でも切ることが出来る剣」


 体全体で意識するために言葉に出して耳で聞く。


 心のなかは思い出したあの時間。駿と夏帆に向けている優しい気持ち。それを剣にこめる。すると剣が白く輝きだした。


「はぁ!」


 そのまま、獣に近づいて、獣が起き上がる前に二つに切った。


「グギャァァァァァァァ……」


 切り口から白い光があふれ、二つになった獣を侵食していく。黒を全て白に塗り替えると、強く光輝き、渓太の視界をも白に染めた。


 渓太は目をつむる。


 まぶたの奥に伝わる光が静まり、目を開けると、そこには獣の姿は無く、獣が飛んできた衝撃でヒビが入った塀だけが残っていた。


「……ふう」


 渓太はどうなったかはわからないが、何かがうまく行ったことに安堵して、力を抜いた。

 この時、もう一体の獣の存在を頭の中から抜け落ちていた。


「ギャォォォォォォン!」


 その声が聞こえたとき渓太は反射で振り返り、直ぐに剣を構え、獣を見た。

 獣はいなくなってしまったもう一体に伝えるかのように天をめがけ叫んでいた。

 また初めてみる行動にどんな対処でも出来るようにと注意を張り巡らせる。


 叫び終わり渓太の方を向く獣。


 少しの間、渓太を睨み付ける。そして氷が少しずつ溶けて水になるようにその体が形を崩し始めた。

 渓太は能力を発動する。が、なにも見えなかった。何が起きるかわからないのでその場を動くことが出来ない。

 渓太の目の前で、獣だったものが地面に広がっていく。

 それが、電柱の根本にまで広がると、電柱が少しずつ地面に沈んでいった。


「物をとりこんでいるのか?」


 獣だったものが満たされた場所の上にある様々な物が沈んでいく光景をみて渓太はそう思った。

 それの侵食は少しずつ広がっている。半分ほど沈んだ電柱はつなげられている電線がぴんと張られていた。


 これ以上広がっていくと被害が大きくなる。そう考えた渓太はそれに向かって走り出した。


「大丈夫。一回攻撃を加えるだけ」


 何が来るかわからないことが不安を増幅させる。ただ一回剣を当てるだけで終わると知っていたが、それ以上の死への恐怖があった。言葉にして自分自身を鼓舞する。


 明確な敵意を感じたのか、獣だったものが波打つ。黒い水面から複数の突起が出て、それが伸びていく。それは、うねり動く触手のようなものになった。


 黒い触手が渓太の元に素早く伸びていく。能力を発動させるが思った通りなにも見えなかった。

 その場から横に移動して、横を過ぎていった触手を切りつけた。そして、そのまま後ろに下がる。


「よし。当たった」


 渓太にとって、相手から近づいてくれることはありがたかった。何故なら、一回でも当たれば光が侵食して全体に広がっていく事を知っていたから。


 これで、全体を光が侵食するまで待てば終わるはず。そう思っていた渓太の前で獣だったものが行動を起こす。


 別の触手が光に侵食されている触手の根本をちぎったのだ。地面にぼとりと落ちた触手は光に全体を侵食しされ消えていく。そして、また新しい触手が黒い水面から産まれてきた。


「理解している?」


 明らかに、光に対しての対策をしていたことに、すこし動揺をしてしまう。

 獣だったものは渓太の動揺していたことを理解したのか、触手を渓太に伸ばす。

 能力を発動して、動作を見る。見えた動作は避けながら切り、見えなかった動作は大きく避ける。

 触手の攻撃は直線的な攻撃と、円を描くような軌道での攻撃が主だった。

 触手を避ける度に、横や後ろから何かにぶつかった音が聞こえてくる。


 渓太は動けずにいた。


 切っても切っても生えてくる触手。終わらない連鎖攻撃。光の侵食も本体に届く前に止まってしまう。近付こうにも、触手が来て進めない。

 手に持っている剣は、少しずつ色が薄くなっていた。

 どうしようと考えて、一つ考え付いた。

 その策は、今までとは違いリスクを伴う策。失敗してしまえば死んでしまうであろう策。


「……よし」


 このままでは変わらないと感じて覚悟を決める。


 渓太は、迫り来る触手に能力を発動する。来る触手の全ての動作を記憶。そして、剣の長さを考慮して、一振りで一番多くの触手を切れる場所を探す。


 能力を止めると時間が動き出す。迫り来る触手。それを避ける度に後ろから大きな音が聞こえてくる。


「……ここ!」


 渓太は剣を振り下ろした。


 音もなく複数の触手が切断され、ぼとぼとと地面に落ちる音がする。

 残っていた触手が本体への光の侵食を恐れ、切られた触手の除去に取りかかる。


 そこに時間が生まれた。


「いっけぇーー!」


 渓太は剣に思いを込め、剣を逆手に持ち、やり投げのように空に思いきり投げた。


 白い光を纏った剣が勢いよく黒い空をかけ上がる。

 それはだんだん速度を失っていき、やがて勢いを無くす。

 剣先が下を向き重力にしたがって落ちていく。


 落ちていく先には獣だったものがいた。


 獣だったものは触手の除去を終え、新しい触手を産み出し、渓太へと攻撃をしようとした時に上にあるそれに気付いた。

 そして、それが自分に害をなす物だということを理解した。

 止めるために触手を天へと伸ばす。光に手を伸ばすように触手を伸ばす。


 だが、触手はそれを止めることは出来なかった。触れる度に切れていく触手。何層に重ねても簡単に突き破っていく。そして、剣は獣だったものに刺さった。


 剣から光があふれ、獣だったものを侵食していく。そして、全体を白に染めたあと、弾けた。

 ばらばらに細かくなった黒の破片が空へと登り、その全てが消えたかと思ったその時、黒い空にヒビが入った。


 ヒビが拡がり崩れて、黒い破片が地面へと落ちていく。黒い空の隙間から見えたのは、長い間見ていなかった夕暮れの空。オレンジ色が空に広がっていく。


「きれいだなぁ」


 ふと、渓太の口から声が漏れた。


 空で生まれた黒い破片が、渓太の目の前に落ちてきた。両手で水を掬うように構え、破片を手に取る。黒い破片は直ぐにぼろぼろになって消えていった。


 そこで、元々手に何が在ったかを思い出す。そして、それを投げたことも。

 獣だったものがいた所を見ると、そこは異常な空間が広がっていた。


 電柱は沈み、斜めに刺さっていて、塀は高さが同じではなく波打っている。

 獣だったものが広がっていた地面は抉れ、コンクリートではなく土が見えていた。


 そして、なにより異質なのが、獣だったものがいた場所の中央に立っている、白いワンピースを来た銀髪の少女。


 渓太は少女の元へ駆け寄る。


「大丈夫?」


 安否を問うと、少女がその幼い顔を横に傾け、


「大丈夫?」


 と、問う。


「俺は大丈夫。君は?…ええと、君の名前は?」


 安否を確認するぐらいだから、彼女自信は大丈夫だろうと決めつけ、そういえば名前を知らなかったな、と思いだし、少女に問いかけた。


 少女は少し考えるそぶりを見せ、


「ユリ?」


 と、これで合ってる?というような口調でそう答えた。


 そもそも、出会いからして意味不明だったのに、さっきの黒い空間の事や恐らく彼女であっただろう白い剣、道路の破壊具合、彼女自信の不思議な言動。渓太は混乱していた。


「ユリって言うんだね。わかった。とりあえずここから離れよう!」


 混乱した頭で出てきた答えは、後回しにすることと、この場から離れること。傾いた電柱や抉れた地面は普通の生活で発生することはほぼ無い。なので発見されれば、すぐに騒ぎになるだろう。時間帯も学校の下校時刻と生徒の目に触れる可能性の高い時間帯である。


 スマートフォンや、SNSが身近になったこのご時世、面白がってインターネットに投稿する人もいるだろう。黒い獣や、少女が変身した剣など、説明しても理解されることはまず無い。ならば、当事者である事をバレないようにするしかない。渓太はそう考えた。


 ユリの手を掴み、この場から離れようとする。


「……っ!」


 三歩ほど動いたときに、渓太の耳にユリの何かを耐えるような声が聞こえた。


 振り替えると、ユリは下を向いていた。

 その視線の先にはユリの素足。

 渓太はユリが靴を履いていないことに気がついた。


「ごめん!痛かったよね」


 靴があれば。そう考えたが、ここにあるのは渓太が履いているローファーしかない。この靴を代わりに履いて貰うことが出来ても、その時ユリはどう思う?俺だったら申し訳なく思う。そう思って渓太はあきらめた。


 変わりに出た答えは一つ。


「えっと、おんぶするから掴まって?」


 少し恥ずかしかったからユリの返事を待たず、背中を向けてしゃがみ、おんぶをする姿勢になる。


 少し待つと、背中にユリが近づいてくる気配。そして、肩に重さが加わり、腕が前に回される。


「立つよ?」


 返事の代わりに回された腕に力が加わったのを確認して渓太は立ち上がった。ユリの膝裏を腕で支える。


「じゃあ、行くね」


 そういって、その場から移動した。



 ◇◇◇



 ユリを背負ったまま移動して、たどり着いたのは、おじいさんと出会ったスーパーの近くの通り。

 そこに行くと、おじいさんが地面に散らばった玉ねぎや、人参、レトルトのカレーの箱を拾っていた。


「おじいさん!」


 少し歩く速度をあげて、おじいさんに近寄る。おじいさんは荷物を拾い終え、渓太に気付いた。


「おお、渓太くん。どこに行っておったのかえ?いきなり消えたからビックリしたぞ。それにその女の子はさっきはおらんかったよな?」

「えっと、急にトイレに行きたくなっちゃって。この子は親戚の女の子で、ユリっていいます」


 おじいさんの発言で、黒い空間がある時の記憶が無い、もしくは無くなっていることを渓太は理解した。

 そして、適当に考えた嘘をおじいさんに言った。

 ユリはおじいさんに目を会わせたが、おじいさんを見ているだけだった。


「そうかいそうかい。最近の若いもんはとても素早く動けるんじゃね。その子もめんこいのう。じゃが、食材を捨てるのはいかんぞ!せめて、どこかに置いておくとかせんと、バチがあたるぞい!ほれ」


 と、集め終わった食材が入ったビニール袋を差し出してきたので、渓太は受け取った。ユリを背負っている状態なので持ちにくいが、まだ問題はない。


「ありがとうございます。では、帰ります」

「ほいじゃあのう」


 そういって、おじいさんから離れていこうとしたが、


「渓太くん!」


 おじいさんに呼び止められた。


「なんですか?」


 渓太は振り返って、おじいさんに問いかける。


「嬢ちゃんな、素足だから背負うのは男としていいことだが、その服装でおんぶはちとばかし危ないけんの気を付けちょけよ」


 その発言で理解した。

 元々が丈の長いワンピースだが、おんぶするときに、足を開いてしまうので必然的に裾が上に上がってしまう。

 しかも渓太は、ユリと初めての出会った時は彼女が全裸だったことを知っている。

 だから、彼女がいまワンピースを着ているとはいえ、その下は全裸かもしれないという危険がある。

 とても大変な状況であることを改めて理解した。


「わかりました。お気遣いありがとうございます。では」


 渓太はそういって、少し速足でその場を離れた。



 ◇◇◇



 渓太は出来るだけ人に見られないように速足で家に返っていたが、スピードをあげるとそのぶん左手に持っている食材の入ったレジ袋が揺れ、バランスを取ることが難しくなってくる。やがて、いつもよりも少しゆっくり速度で歩いていた。


 渓太は沈黙があまり好きではない。人といるときは静よりしゃべっていたいと思っているが、今は会話の内容が思い付かないのに加え、先ほどの戦闘で疲れていたこともあって、考えるのが面倒になっていた。


 二人の間に会話はなく、夕焼けが二人を赤く染め上げていた。


「大丈夫?」


 ユリの高く優しい声が聞こえ、その吐息が耳にかかる。


「大丈夫だよ。それよりも寒くない?」


 長い間の沈黙を破った問いかけに返事をして、ずっと考えてたけれど言い出せなかった言葉もまとめて声に出した。


 四月も終わりに近く、だんだんと温かくなってきたが服一枚で出掛けられるほど温かくない。そこにワンピース一枚で外にいるユリが寒くない訳がないと渓太は思っていた。


「……ポカポカする」


 そういって、渓太の肩にのせている腕の上に自分の頭を乗せるユリ。

 距離が近づいたので、呼吸の音が渓太の耳に届いた。


(人間と変わらないじゃないか)


 渓太はそう思った。

 耳に伝わる呼吸の音も人間と同じ。

 肩から、背中から伝わる熱も暖かい。

 これだけ見れば、どこからどう見ても人間だと答えることが出来る。


 だが、どうしてもあの光景が忘れられないでいた。

 黒い空間。シャドウと呼ばれた得たいの知れない何か。明確な敵意。白い光で確かには見えなかったがユリが剣に変化した。剣から伝わり頭に響いたユリの声。

 どうしても頭から離れていかない。


 自分は知ってはいけないことを知ってしまったのではないか。普通と思っていたことが、普通ではなかったのではないか。


 あの戦闘が終わり、少し落ち着いてから、考えが止まらなくなっていた。


 その全てを知っているであろう人物。

 それが、今背中に居る。

 今聞けば、この不安が解消されるかも知れない。答えてくれないかもしれない。


「そう。……帰ってから、聞きたいことがいっぱいあるんだ」


 でも、今はいいや。疲れてるから帰ってからにしよう。渓太はそう思った。

 少し待ってみても、返事は帰ってこなかった。帰ってきたのは、規則正しい呼吸だけ。


 横目で見ると、ユリは眠っていた。


 とても可愛らしい寝顔だな。渓太はそう思った。


 もし人間じゃなくても、俺は、俺だけは、この子を人間だと思っていよう。

 だって、背中から伝わる熱はこんなにも暖かいのだから。


「おやすみ。ユリ」


 渓太は家に着くまで、ゆっくりと歩き続けた。

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