初めて
ジリリリリリ~という目覚まし時計の六時に設定したアラームの音が鳴り響く。
すぐに上にあるボタンが叩かれ音が止むが、止めた本人はまだ起きない。
二分後、まだ鳴り出す。そして直ぐに止む。
この行程が、あと三度ほど起こされた時、深海渓汰はやっと目を覚ました。一人暮らしが始まってから、いつもと同じ目覚め方である。
渓汰はベッドから出て、カーテンを開けた。射し込む太陽の光が眩しくて、思わず目を細めてしまう。
窓から見える外の景色は晴れ。
だが、渓汰の心はもやもやしていた。
「なんか、変な夢を見たような気がするんだよな。……覚えないけど」
普段なら、忘れていても気にしないようなことなのに、今日は思い出さなければいけない、だけどどうしても思い出せない。そんな感覚に囚われた。
いつもと違う違和感に原因を考えるが、何も思い付かない。だから渓汰はもう考えないようにした。
朝、起きた渓汰はパジャマのまま、洗面所に行く。
鏡には、寝癖でボサボサの黒い髪に平均的な顔立ちの少年が写っている。そう、渓汰である。もう高校生二年生になるが、寝起きの顔はとても幼く見える。
ぬるま湯で顔を洗い、水とドライヤーで寝癖を直していく。何度もやっているので手慣れたものだった。
次に、朝御飯を作ろうとキッチンへ行こうとする。顔を洗ったのにも関わらず、まだ眠いのか足取りがおぼつかない。これもいつも通りである。
いつもなら、キッチンで料理を作っているときにだんだんと体が起きてくるのだが、今日は違った。
話は変わるが、深海家は二階建ての5LDKである。
一階には、リビング・ダイニング・キッチンが一体となった部屋、洗面所とお風呂場、トイレ、玄関、和室が二部屋、洋室が一部屋ある。
二階には、トイレ、和室と洋室がそれぞれ一部屋ある。
キッチンからは、ダイニングとリビングが見えていて、2つの空間が広がっている。
一つは、食事をする所。四人用の木の四角いテーブルと四つの椅子があり。キッチンに近く、いつも渓汰はここで食事をしている。
もう一つは、くつろぐ所。フローリングに黒の絨毯が敷かれており、壁側に液晶テレビ、中心側にソファーがある。テレビとソファーの間には何もなく、絨毯が敷かれているだけである。
「……は?」
キッチンへ行こうとリビングに入った瞬間、渓汰の眠気は完全に吹き飛んだ。
リビングにあるテレビとソファーの間、いつもなら絨毯が敷かれているだけで家具もなにも無い空間。
そこに、少女が全裸で倒れていた。
正確には、絨毯の上に横になっていた。少女の長い銀髪が乱れていて、倒れているように渓汰には見えたのだ。
ずっと一人で暮らして来たのに、朝起きてみるとリビングに銀髪の少女が全裸で絨毯の上に横になっている、という意味不明なシチュエーションに渓汰は入り口で立ち尽くしていた。
数秒後、我に帰った渓汰は、一旦、洗面所に戻り大きめのバスタオルを持って、少女のもとに駆け寄った。そして、なるべく少女の体を見ないようにしてバスタオルを掛け体を隠した。
呼吸しているかどうか確認するためバスタオルの上から胸元を確認するが、胸が上下してない。
少女が呼吸していないことに焦った渓汰は、人工呼吸をしなければならないと思ったが、そう思ってしまったために少女の顔をしっかりと見てしまった。
「……可愛い」
幼いながらも整った顔立ち、どこからどう見ても可愛い。そして長い銀髪が少女の神秘さを際立たせていた。
そんな少女に人工呼吸をしなければいけなくなってしまった渓汰。その柔らかそうな唇に自然と視線が行き、渓汰の心臓の鼓動は加速していく。
(落ち着け俺!これは人工呼吸!そう、これは義務。しなければいけないことなんだ!)
上を向き、天井の一点を見つめ、深呼吸を繰り返す。
本来なら全く知らない人が家の中にいるという、とても怪しい状況に疑問を覚える所だが、渓汰の頭の中は"少女が倒れている"ということでいっぱいだった。
覚悟を決めて人工呼吸をしようと下を向くと、少女と目があった。
少女の眼は、寝起きの朦朧としたような眼ではなく、何かをしようとしている明確な意志が宿った真剣な眼だった。
「おはよう?」
少女が目覚めたことによる喜びや人工呼吸をしなくてよくなった安堵、端から見たら自分が少女を襲おうとしている構図。色んなものが頭のなかでぐちゃぐちゃになって、渓汰は少女にそう問いかけることしか出来なかった。
しかし、少女はその問いに答えることなく、全く別の言葉を口にした。
「お願い。私たちの未来を守って」
少女が言った言葉の意味を考えようとした渓汰だったが、それは出来なかった。
なぜなら、少女が渓汰の頭の後ろに手を回し、体を起き上げ、自分の唇を渓汰の唇に触れさせたからだ。
「……っ!」
唇に柔らかい感触。
急に訪れた人生初のキス、彼女の居ない渓汰にはまだ訪れるはずの無かった出来事。
そんなキスの余韻に浸ることが出来ず、触れた唇から何か熱いものが、渓汰の体の中を駆け回る。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
熱いのでは無く、痛い。
熱さを越えた痛みに、手足の先から次第に体の感覚が無くなっていった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
必死に耐えていた痛みも退いていき、少しづつ体の感覚が戻ってくる。完全に痛みが退いたところで渓汰は目を開く。
目の前には、初めて見たときと同じように眠っている少女。起き上がったせいで渓汰が掛けたバスタオルが剥がれている。
改めてバスタオルを掛けなおす。少し眺めていると胸が上下している。呼吸をしていることに渓汰は安心した。
そして顔を上げ、壁に掛けている円形の時計を見ると、針はちょうど八時を指していた。
「やばい!遅刻だ!」
渓汰の通っている高校は、八時までに登校しなければ遅刻となってしまう。渓汰の家から学校まで徒歩で三十分もかかる。つまり、これからどう頑張って登校したとしても遅刻は免れない。
でも、登校しないという選択肢は無いので、出来るだけ早く登校出来るように、渓汰は行動を開始した。
とりあえず渓汰は朝食を諦め、パジャマから制服に着替える。ズボン、カッターシャツにブレザー、そしてネクタイ。
外はまだ少し肌寒いが、ブレザーの下にカーディガンを着るほどではない。
教科書類を入れた鞄をもって部屋を出る。
そうして制服に着替えた渓汰は問題に直面する。
それは、少女の存在。
少女は、深い眠りについているのか、まだ起きる気配はしない。でもいずれ起きてしまうだろう。
かといって、名前も身元も住所も知らない少女の事をどうするとこも出来ない。
なので渓汰は、仕方なく後回しにするとこにした。
絨毯の上で眠っている少女を持ち上げ、近くのソファーの上に寝かせる。少女の体は見た目通りに軽く簡単に持ち上げることが出来た。三人用のソファーなので少女が、はみ出ることはない。
そして、寝室から持ってきた毛布を少女に掛けた。
普通は服を着させればいいのだが、渓汰に眠っている少女に服を着せるという行為は出来無かった。
万が一起きてきても良いように、テーブルの上に"心配しないで。午後5時頃帰ってきます。"と、書いた紙を置いた。
そのあと、リビングの隣にある和室に渓汰は行く。和室には端に仏壇だけが置かれていた。まるで、仏壇の為だけにある部屋だった。
仏壇には、二枚の写真。
1つは、眼鏡を掛けた、しっかりとした印象の男性が写っている写真。
もう1つは、やさしそうな印象を抱かせる、笑顔の女性が写っている写真。
どちらも、渓汰の両親である。
渓汰の両親は、渓汰が小学校を卒業してから、中学校に入学する前に、事故で死んでしまった。
父親は有名な企業の課長で、結構の額を稼いでいた。
母親は専業主婦だったが、ある日なんとなく行った株の運用で大当たりして、かなりのお金を持っていた。そんな夫婦の一人息子だった渓汰は、不満のない生活をしていた。
しかし、そんな生活も終わりを迎えた。両親が事故で無くなってしまったのだ。
幸い、両親は生命保険に入っていてその金は全部一人息子である渓汰が遺産として受け継ぐことになった。
一生とはいかないが、ある程度まで遊んでも暮らしていけるお金を手に入れた。
それ以来、親戚の手も借りながら、育ってきたこの家で渓汰は一人暮らしをしている。
「おはよう。行ってきます」
渓汰は仏壇の前に立って、両親に挨拶をした。
学校に行く前に必ずすること。たとえ遅刻していたとしても絶対に欠かせない行為。両親が事故で他界してから今まで続けている日課。これからも続けていくこと。
両親への挨拶も終わり、学校に行くために渓汰は玄関で靴を履く。
そうして玄関のドアをあけて、
「行ってきます!」
自分が住んでいる家に向け、そう言ってドアを閉めた。
「行ってらっしゃい」
家の中から聞こえてくる声。ドアが閉まったため、渓汰はその声に気づかなかった。
◇◇◇
家を出た渓汰は学校に向けて走り出した。
同じ学校の生徒はもうとっくに学校についている時間なので周りに生徒の姿は見えない。代わりにごみ袋を持った主婦や散歩をしている人が見える。
渓汰はあまり運動は得意ではないが、人並みに出来る。スピードを落とさないようにテンポよく走っていく。
入学式から二週間ほどたった今でも吹く風はまだ冷たいぐらいて、走っている渓汰には涼しく感じられた。
家から少し走ると大通りにでた。交通の整理された道路では、車が走っている。歩道には散歩している人の姿も見えた。
この大通りを真っ直ぐ行けば学校に着く。
渓汰の視界には、自分の通っている学校が映った。といっても、すぐ近くにあるわけでは無くまだかなり距離がある。
でも、見えるということに渓汰の足は軽くなった。
渓汰が通っている高校は県立桜貫高等学校という。
渓汰の住んでいる地域の中心にあり、この辺りを住んでいる人なら誰でも知っている。
なぜなら、災害時の緊急避難場所のために造られた高校だからである。
桜貫高校は石垣の様にコンクリートで組み上げられた土地の上に造られている。
高い所に造られているからどこから見ても場所が判る。
桜貫高校を上から見ると、正方形に見える。
配置は中心にグラウンド。それを囲むように、校舎、副校舎、体育館、プール、テニスコートがある。
桜貫高校の入り口は四ヶ所あり、東西南北にそれぞれある。正門は南にあり、になだらかな坂から行くことが出来る。生徒は登校時にはここを通る様に言われている。
残りの三ヶ所は階段があり学校に繋がっている。緊急時の道なので、清掃するときにしか訪れない場所である。
桜貫高校は各学年それぞれ六クラスあり、全校生徒六百五十人。
進学校だが、目立った実績を残す生徒も少なく、過去に数人、有名な大学に行ったぐらいである。
部活動の面でも、それなりである。
なので、良い大学に行くためにこの高校で勉強する、という人は少なく、大半の生徒が「近いから」という理由でこの高校に通っている。もちろん、それ以外の理由を持ってこの学校に入学した人もいる。
そのため、高校に来ても、同じ中学の人ばかりということが、多々発生している。
渓汰が大通りを高校に向けて走っていると、正門に行くための坂が見えた。
歩道には桜の木が植えられていて、散りかけているがまだ完全に散ってはいないので、まだ綺麗である。
桜が散っている時期に車でこの道を通ると、車のあちこちに花びらがついて掃除が大変なので、車で登校する先生や用事があって学校に来る人たちは、とても迷惑していた。
余談だが、桜が満開のときのこの坂は奥まで桜で埋め尽くされて先が見えないので、近くに住んでいる老人には、"天国への道"と呼ばれている。
坂を登ると、渓汰の前には桜貫高校の正門が現れた。
門を過ぎると、すぐに校舎がある。
今年で創立五十年になる校舎だが、過去に何度か改築や塗装がされているので、綺麗に見える。
校舎は、長さの違う直方体を二つくっ付けたようなL字の形をしていで、四階建てである。
一階は各学年の下駄箱や職員室、保健室、売店等がある。
二階から四階までは、各学年の教室がそれぞれあり、二階は一年生、三階は二年生、四階は三年生の教室となっている。
校舎に入ると、二年生専用の下駄箱で靴を履き替えた。渓汰が履いたのは青色のスリッパ。
校舎は土足禁止なので一年生は黄色、二年は青色、三年生は緑色のスリッパを履いている。
誰もいない階段を一段飛ばしで登って、二年の教室がある三階までかけ上がっていく。
着いたのは二年六組と書かれた札が扉の上部に取り付けられた教室。渓汰のクラスである。
まだ、朝のホームルームが終わっていないのか、中から先生の声が聴こえてくる。
渓汰は後ろの扉の前に立ちタイミングが来るのを待つ。
それは先生の話が終わり、委員長の号令でクラス全員が立ち上がる瞬間。その一瞬だけは、椅子を引きずる音が大きくて扉を開いても周りにばれることはないだろう。そして、立ち上がるので前にいる先生は死角になって見えないだろう。
完璧だ!
渓汰はそう思っていた。
そして、その時はやって来る。
先生の声が聞こえなくなったのだ。
あとは、委員長の号令だけ。
その瞬間を間違えないように、渓汰はすぐ開けられるよう扉に手を添えた。
(3、2、1…………あれ?)
すぐ来ると思っていた号令が来ず、代わりにコツ、コツ、コツと誰かの足音が聞こえる。
前の扉が開き、そこからスーツを着た男が出てきて、渓汰の方を向いた。
「深海、前の扉から入ってきなさい」
「……ワカリマシタ」
渓汰は先生には逆らえなかった。
◇◇◇
「はぁ、疲れた」
ホームルームと先生の軽い説教も終わり、渓汰は教室の一番後ろにある自分の席に座る。
桜貫高校のだいたいのクラスの人数は三十六人なのに対して、渓汰のクラスである二年六組は全員で三十七人と中途半端な人数である。
机の配置も一番前に教卓、そして六行六列の並びが一般的だが、二年六組はその並びの後ろの一番窓側に一つ机がある。
それが渓汰の席である。
渓汰の名字が深海で、順番は五十音順なのにも関わらず一番後ろの席になっているのは、別に渓汰がクラスでいじめにあっているから、という訳ではない。このクラスにはいじめをするような人間はいない。把握していないだけで行われているかもしれないが。
これは、二年生の始まりの日に行った席替えでまたまた、一番後ろの席に渓汰がなってしまったと言うことである。運が良いのか悪いのか誰にも判らない。
渓汰は高校に入ってから初めてしてしまった遅刻に軽いショックを受けながら、その原因を思い出す。
銀髪の少女。
意味不明な発言。
唇に触れるキス。
渓汰は無意識に手を唇に当てていた。
その時、横から渓汰に声がかけられる。
「大丈夫?渓汰。体調でも悪いの?」
声をかけられたことで渓汰の意識が戻る。そして、唇に当てている手に気付き、すぐに戻す。
そして顔をあげるとそこには、一人の女性が立っていた。
その女性の名前は高崎夏帆。クラスメイトであり、渓汰とは小学校からの幼馴染みである。
はっきりとした目に魅力的な唇。ブラウンの長い髪をあごと両耳の上を結んだラインの延長線上にある、頭のセンターラインと交わるところ、所謂ゴールデンポイントというところで結んだポニーテールが印象的である。
可愛いというより綺麗な方で身長は渓汰と同じぐらいの高さ。そして大きくは無いがはっきりと存在を主張している胸。
この学校で五本の指に入るほど男子に人気だが、美形で女子平均の身長よりも高いので女子にも人気である。
小学校、中学校、高校とずっと同じ学校に通っていて、何か無い限り、夏帆は渓汰と大抵いつも一緒にいる。渓汰としては、お馴染みなのでそういうものだと思っていた。
そのせいか、渓汰と夏帆が二人でいるときは、周りの男から渓汰に向けて妬みの視線が送られる。だが、夏帆はその事に気づいていない。
「おはよう夏帆。大丈夫、ちょっと寝坊しただけだよ」
朝起こった出来事を言える筈もなく、適当に誤魔化す渓汰。
「……そう。なら、よかった。朝居なかったから、心配したのよ」
「本当に面白かったぞ。お前がいないからってこいつがそわそわしていて」
二人が会話していると、一人の男が加わってきた。
男の名前は福永駿。
藍色の髪にきちっとした目。整った顔立ちをしていて、誰がどうみてもイケメンと答える程の容姿をしている。学年一カッコいいとも言われている。
身長は渓汰よりも少し高い。頭も良く、学年では一桁の番数である。体つきもよく、運動も出来て、全てが揃った人間である。
渓汰とは、一年生の時に意気投合して、それ以来親友と呼べる関係となった。
渓汰が遅刻で学校に遅れていた時、夏帆は渓汰のことが心配で落ち着きが無くなっていた。
その時のことを思い出したのか、突然笑い出す駿。
「うるさいわね!本当に心配していたのよ!」
恥ずかしいのか顔を赤くして、駿にあたる夏帆。
元々、渓汰とのつながりで知り合った駿と夏帆。イケメンと美女が話している姿はとても絵になり、周りの人々の視線も自然と二人に集まってくる。どちらか片方の容姿が普通かそれ以下だった場合、嫉妬や妬みが飛んで来そうなものだが、この二人なら諦めてしまえる、そんな雰囲気に周りに流れていた。
これ以上は夏帆がかわいそうだと思い、渓汰は駿に話しかける。
「駿、どんな感じだったか知らないけど、笑うのは酷いと思うぞ。ほら、俺のことを心配してくれたんだし」
「そうだな、やり過ぎたな。でも渓汰、どんな感じだったか知りたくないか?」
「知りたいかな。でも、どうやって?」
「こんなこともあろうかと、これで録っておいた」
そういって駿はポケットから物を取り出した。
それは、白色のスマートフォンだった。
しかし、駿がスマートフォンを取り出した瞬間、夏帆がそれを取り上げた。
「あ、おい!」
「こんなものは没収します。放課後に返してあげる」
スマートフォンは、授業中に使っては行けないだけで、学校に持ってくることはできる。
夏帆は自分の席に戻って、駿のスマートフォンを鞄に入れた。
自分に非があると思っているので駿は夏帆に強くは言えない。放課後に帰ってくるならそれでいいと思った。
「ほら、速く支度しないと一時間目移動教室なんだから、間に合わなくなるよ」
「俺は、もう準備出来ているけどな」
教科書をもって来た夏帆にそう言われて渓汰は今日の時間割を見た。
一時間目は、音楽。
音楽室は、副校舎の二階にあるので、すぐに移動しないと授業が始まってしまう。
「待って、すぐ準備する」
桜貫高校の授業間の休み時間は二十分。
普通の高校より時間が長い理由は、副校舎に移動する時間を考慮しているためである。校舎から副校舎までは、走って3分。歩くとそれ以上かかってしまう。
副校舎には、音楽室、科学室、調理室等の実技教室がある。
緊急時避難場所である桜貫高校では、危険物が同じ校舎にあるという状況にならないために、副校舎を校舎から離れて建設していた。そのため、副校舎に移動するときはその事も考えて行動しなければならない。
渓汰は机の横に掛けた鞄から音楽の授業に関係のあるものを取り出して、移動しようと立ち上がる。そして、扉に向かって一歩歩こうとした時、渓汰の視界が歪む。体から力が抜け、渓汰は崩れ落ちた。
「……渓汰!」
床に教科書や筆箱が散らばる。
夏帆が突然のことに驚いて声をかけるが、渓汰は返事も出来ずにそのまま意識を失った。
文法の間違い、誤字等がありましたら報告お願いします。