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死人達の家

 迂闊だった。少しばかり現代のテクノロジーを過信していたかもしれない。杉村は自分の軽率な行動を反省していた。

 彼は目が見えない。盲目というハンデキャップを背負っている。そんな彼でも昨今の優れた技術を用いれば、一人でドライブに行く事が可能だ。自動運転車である。つい最近その高い車を手に入れ、行動範囲が格段に広がった事が嬉しく、彼はつい遠出をしてしまったのだった。山を越えてやろうと、行き先を隣の県に設定して出発したのが失敗だった。山道の途中で車が動かなくなってしまったのだ。

 「機器に異常があるため、車の運転を停止しました」

 突然、警告音が鳴ったかと思うと、そんなメッセージが発せられ、それから車は緩やかに停車してしまった。原因を尋ねても「不明です。専門の業者を呼んでください」と応えるだけで、何も分からない。仕方なしに杉村は助けを求めるメッセージを警察などに送ったが、待機するようにとの返信があっただけで助けが来る気配は一向になかった。

 人口減少が進んだ所為で、ほとんど人が住まなくなった地域も今の日本社会には多い。車が停車した辺りは当にそういった地域の一つで、だから助けが来るのが遅いのだろうと杉村は考えた。仕方なしに彼は車内で待ち続けていたが、6時間以上が経過しても助けは来なかった。連絡もない。喉が渇き空腹が襲った。水だけでも飲みたかったが、目が見えない彼にとって山の道を歩くのは極めて危険だ。

 そのうちに誰かが車のドアをノックした。こんな山奥で、一体、誰が?と、彼は恐怖を感じたが、ようやく助けが来たのかもしれないと思い直すと「どなたでしょう? 警察ですか?」とそう質問した。するとその何者かはこう返す。

 「いえ、警察ではありませんが、こんな場所でどうしたのだろうと不思議に思いまして。車の故障ですか?」

 温和そうな男の声だった。杉村は助かったとそう思った。

 「はい。車が動かなくなって困っています。しかも私はこのように目が見えないものですから、どうすれば良いのかと…… せめて水だけでもいただけないでしょうか?」

 その彼のお願いにその何者かは「それは大変ですね」とそう応えてからこう続けた。

 「生憎、今水は持っていませんが、もしよろしければ我が家に来ませんか? 飲み物も食べ物もありますので」

 その言葉に杉村は即座に感謝の言葉を述べた。

 「本当ですか? それはありがたい」

 そう言ってから、もしもこの男が犯罪者の類だったらと彼は不安になったが、こんな状況でわざわざ自分を騙す必要もないと思い直すとドアを開けた。男は杉村の手を取ると、「こっちです」と言い、ゆっくりと歩き始める。目の見えない彼に気を遣っているのがよく分かった。

 その手の握り方は非常に優しく、まるでその男の性格の良さが伝わって来るかのようだったが、杉村は少しばかり不思議にも思った。質感が人の手のように思えなかったからだ。ただ、何か手袋のようなものを付けているのだろうと考え、彼はそれを特に気にしなかった。

 三十分ばかり歩くと、その男の家に着いた。「お邪魔します」とその家に入って、初めて杉村はその男の名前を確認していなかった事に気が付いた。

 「失礼ですが、お名前は?」

 それでそう尋ねると、男は「太田です。太田ロイといいます」とそう返す。“ロイ”。多少はその日本人とは思えない名前を彼は奇妙に思ったが、世の中には珍しい名前がたくさんあるのだから特別変でもないだろうと考えた。居間に通されると、他にも数人の気配がある。彼が気付いた事を察したのか、ロイはこう説明した。

 「私の他にも二人、この家には暮らしています。一人は森サナという女性で、もう一人は村井ケンという子共です。サナは料理が得意でして……

 サナ。お客さんです。お腹を空かしているらしいので、飲み物と食べ物を用意してください」

 「分かりました。がんばって作ります」と、森サナというらしい女性は直ぐに応えた。それを聞いて、杉村は礼を言う。

 「車が動かなくなり私は目が見えないものですから難渋していまして、非常に助かります。ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」

 すると、サナはこう返した。

 「あら、迷惑だなんて。この辺りにお客さんは珍しいので嬉しいくらいです。こちらこそよろしくお願いします」

 それから今度は村井ケンという子供が話しかけて来た。ケンはいかにも無邪気で、コロコロとした高い声をしていた。

 「おじさんは、何処から来たの?」

 「隣の県からだよ」

 「じゃあ、たくさん人が住んでいる場所だね。いいなぁ、いいなぁ、行ってみたいなぁ」

 やがてサナが食事を用意して持って来た。その食事は非常に美味しかった。「お味はどうですか?」とサナが尋ねて来るので正直に「美味しいです」と答えると、「良かった。わたし達には分からないものですから」と不思議な事を彼女は言った。それを他人の味覚は分からないという意味だと解釈すると、彼は食事を続け、食べ終えてから疑問を口にした。

 「あの……、苗字がそれぞれ違うようですが?」

 それを聞くと、ロイは多少言い難そうにしながらこう返した。

 「実は我々は、それぞれ別の家族のもとで暮らしていたのです。ちょっとした縁で一緒に住む事になったのですがね……」

 杉村は何か辛い事情があるのだろうと察するとそれ以上は追及しなかった。それからロイ達は彼に今日はここに泊まっていくべきだと提案して来た。それは半ば懇願しているようにすら思え、滅多に客人が来ない場所だとしても少し異様に感じられた。

 「今日はもう遅いです。あんな山の中の車に戻るよりも、ここで一晩を過ごした方が良いではありませんか」

 ロイがそう訴えて来るのを聞いて、杉村は納得するしかなかった。理に適っている。今日中に助けが来るとは考え難いし、もし仮に助けが来たとしても情報端末機は持って来ているから、連絡は来るはずだ。

 「食事までいただいた上に、宿泊までさせていただけるとは。心苦しいですが、有難いです。ありがとうございます」

 そう礼を言い、彼はこの家に泊まる事を決めた。「気にしないでください」と家族は言って来た。杉村が泊まる事を心から喜んでいるようだった。

 それから杉村は風呂を用意してもらった。彼は盲目なので、子供のケンが一緒に入って入浴を手伝ってくれた。ケンは甘えもしたが、それと共に確りと彼をサポートした。彼はそれに違和感を覚えた。出来過ぎている。感心するよりも不自然さの方を強く感じたのだ。

 風呂を出ると「どうでしたか?」とロイが尋ねて来た。「気持ち良かったです」と答えると「それは良かった。滅多に使わないものですから心配だったのです」とそんな事を言う。

 滅多に使わない? 風呂を?

 奇妙には思ったが、杉村は何も言わないでおいた。

 彼の為に用意された寝室はとても居心地が良かった。ベッドは肌触りが良く柔らかかったし、目の見えない彼の為に家族がラジオを用意してくれたお蔭で、暇を持て余す事もなかった。有難い。だが、そう感謝する一方で、どうして初めて会った自分の為にここまであの家族は厚遇してくれるのかと彼は訝しげにも思っていた。

 翌朝、起きると家族の気配がなかった。不安になって呼んでみると、外から声が聞こえて来る。どうして外にいるのかと尋ねてみるとロイがこう答えた。

 「我々はこうして日光浴をしないと活きていられないのですよ」

 それを聞いて、杉村はまた不思議に思う。日光浴が好きで堪らないという意味にも無理すれば解釈できるが、そんなニュアンスは感じられない。それから彼は朝食を御馳走になった。てっきり一緒に食べるのかと思ったのだが家族は朝食を取らないようだった。

 「あの、どうして食べないのですか?」

 そう尋ねると、家族は自分達は外で食事をしているとそんな事を言う。そこに至って杉村は恐怖を覚え始めた。

 この家族は、何かおかしくはないか?

 行動や言葉の端々に濃い違和感を覚える。普通でない事だけは確かだ。

 「色々とお世話になりました。そろそろ車に戻ろうと思います。流石に、今日は助けが来ると思いますので」

 早くこの家を去った方が無難だと判断した彼はそう言った。すると家族は、執拗に彼に家に残るように勧めてきたのだった。

 「まだ助けが来るとは限りません。もう少しいた方が良いと思います」

 「まだ、おじさんと遊びたいな」

 「もし来るのだとして、情報端末の方に連絡が入るのでしょう? こちらで寛ぎながら待ってもよろしいじゃありませんか」

 口々にそのような事を言って来る家族を杉村は不気味に感じた。どうして、この家族はこんなにも自分に執着をするのだ?

 「いえ、心配している者いると思いますので、できるだけ早く戻りたいのです」

 それで強い口調で杉村はそのように言った。すると、家族は黙り込んだ。しばらくの間の後でロイがこう言う。

 「分かりました。しかしあの車に戻るよりも麓に向かった方が良いでしょう。昨晩は遅かったので避けましたが、人が住む場所までそれほど距離はありませんので、私達が送っていきます」

 杉村は何とかしてその提案を断りたかったが、その上手い理由が見つからない。結局は断り切れずに送ってもらう事になった。

 家族三人に連れられて、山を下りる。家族は驚く程に彼を気遣ってくれた。だが、今の彼にはその親切こそが恐怖だった。不気味に思う。彼の手を引いていたのはケンだったのだが、そのうちに彼は気が付いてしまった。

 “この手、妙に冷たすぎないか?”

 昨日、ロイに手を引かれていた時にもその質感に違和感を覚えたが、この子の手は明らかに冷た過ぎた。これだけ長時間握っているのに少しも熱を帯びない。

 “本当に、こいつらは生きている人間なのか?”

 それで彼はそんな事を思ってしまった。聞いた事がある。死人は仲間を欲して、誰かを誘い殺してしまうと。もちろん、昔話や怪談の類だが、今の彼にとってそれはリアリティのある現実に思えた。この家族から感じた数々の違和感。食べ物を食べない。風呂に入らない。別々の姓を名乗っている。この家族は死んでから集まった死人達なのではないか? そして、自分もその仲間に入れようと、この死人達はこんなにも自分に執着をしているのではないか?

 “このまま、この家族に連れられていって良いのか?”

 彼は直ぐにでも逃げ出したい恐怖に駆られたが、目の見えない自分が一人で山道を行くのは危険過ぎることを分かっていたので、その衝動に耐えながら祈るようにして進んだ。どうか無事に人里に着いてくれ、と。

 随分と長い時間が経過したように彼は感じた。ある時にロイが言った。

 「もう大丈夫です。この道を真っ直ぐに進めば人家があります」

 そのタイミングで、ケンが彼の手を放す。思わず杉村は大きく安堵の息を吐き出してしまった。

 「あの……」

 と言いかけると、ロイが言う。

 「すいませんが、私達が送れるのはここまでです。少し事情がありまして、ここには顔を出し辛いのです」

 それを聞いて、死人だから顔を出せないのではないか、と杉村は思ったが、口には出せなかった。恐かったのだ。

 「大丈夫です。一人で行けます。お世話になりました。今まで本当にどうもありがとうございました」

 恐怖で上ずった声でそう返す。

 こちらこそありがとうございます。あなたと会えて、楽しかったです。どうか、お元気で。さようなら。

 家族は口々にそんな挨拶をして来た。杉村はそれにもう一度礼を言うと、それから教えられた道を歩き始めた。杖で道を慎重に確かめながら進む。もしかしたら、これは罠で先が崖になっているかもしれない。彼の頭からはそんな邪推が抜けなかった。

 やがてしばらく進むと、人の声が聞こえた気がした。

 「すいません!すいません! 助けてください」

 瞬間、彼は大きな声でそう言っていた。その必死な声を聞いて、誰かが近寄って来た。

 「なんだね、あんた?」

 そう男の声がした。彼はこう説明する。

 「実は山道で車が停まってしまいまして、困っているんです。見ての通り、私は目が見えませんし」

 すると、その男はこんな事を言った。

 「おー! あんたが連絡のあった人かい。なかなか下りて来ないから、悪戯かと思っていたんだが、なんだ目が見えない人だったのか。これは悪い事をした」

 それを聞いて杉村は察した。

 自分が盲目である事が伝わっておらず、それで助けが来なかったのだ。距離が近いから自力で来られると思われていたのだろう。

 続けて男はこう尋ねて来た。

 「ところで、昨晩はどうしたんだい? 車で一夜を明かしたのか?」

 そう言われて、杉村は「信じられないかもしれませんが……」と、あの奇妙な家族の事を話した。その家族の家に泊めてもらったのだと。すると、男は愉快そうな声を上げた。

 「ははー。お前さん、あいつらに会いなすったのかい。しかも泊めてもらったとは、面白い。しかし、あいつら、どうやって人間の食べ物を手に入れたのだろうな。不思議だ」

 その言葉に杉村は驚く。

 「人間の食べ物? やはり彼らは人間ではないのですか?」

 やはり死人だったのか…… そう杉村は思いかけたのだが、そこで男はこう言うのだった。

 「ああ、人間じゃないよ。人間じゃなくて、ロボットだ」

 「ロボット?」

 「そうさ。どっかで捨てられた野良ロボットだ。それが集まって来て、家族みたいにして暮らしているんだよ。廃屋に太陽電池が残っていたもんだから、そこを改造して使っているらしい。あいつら自身にも太陽電池が備わっているから、それで充電ができるんだな。

 ほら、ロボットってのは、人間に奉仕するように造られているだろう? それで今でも連中は人間が好きらしくってさ、あんたにしたみたいにしてよくその家に誘うんだよ。ま、誘いに乗る奴なんか滅多にいないし、廃棄物なもんだから回収されるかもしれないしであまり人里には近づかないがな」

 それを聞いて杉村は愕然となった。そしてあの家族がしていた日光浴とは太陽光発電による充電の事だったのかと思い至る。それから切なくなった。あの家族が自分に奉仕しようと懸命になっていた事を思い出したからだ。

 男は彼の様子から何かを感じたのか、続けてこう言った。

 「あいつらが一緒に暮らしているのは、お互いが人間によく似ているからなのかもしれない。自分達を慰め合っているんだな。だから、あいつらはあんたに泊まってもらって心底嬉しかったと思うぜ。本物の人間に奉仕できるのは随分と久しぶりだったろうからな。まぁ、捨てられたロボットなんざ、ある意味じゃ死んでいるようなもんだよ」

ジャンル・SF の時点で、オチがバレバレの予感……

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― 新着の感想 ―
[良い点] とにかく、プロットが最高ですね。オチは申し分なしだし、伏線もいろいろなアイディアが浮かんできます。作者の手腕が思う存分発揮できる短編小説だなという感想を持ちました。私もこんな素敵なプロット…
[一言] たしかにオチはバレバレでした。それはそれで面白かったのですが、ホラー的な恐怖感や最後に正体に気がついたときのロボットに対する申し訳なさの共感はなくなってしまうので勿体ないですね。 ジャンル分…
[良い点] ロボットたち。まるで人間のようでした。最後主人公と別れるとき、ロボットたちはどんなことを考えたのかなと、ちょっと切なくなりました。
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