表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ハッピーバレンタインデー2016

作者: 白いU字路

何でこんなの書いたんだろう







「ドザドザうるさいなあ。ねえ、なんか静かにする方法ってないのかな?」


「あったら発明したそいつはとっくにノーベル賞に名を連ねてるだろうね。」


「そりゃ残念。だけどこれじゃムードも出ないって感じだよー?」


グデーッとストーブの前で四肢を放り出しながら寝転がる私の戯言に、彼は一瞥も向けず印刷された文字を追いながら、それでも言葉を返してくれた。

テーブルの上には私の上げたチョコレートの入った箱が、開かれぬままに置きっぱなしになっていた。


「ねえ、食べないのそれ?おいしいよ、きっと。」


「後になったら食べるさ。」


今日はバレンタインデー。

お菓子会社の陰謀がどーたらとか、今宵はアベック粉砕の日であるとか、おのれドン千許すまじ、天狗の仕業、それも私だ、俺デーモンになっちゃったよ、等と巷では色々の怨嗟や嫉妬、神妙不可思議にして胡散臭い言葉の数々が流布しているが、そんなことも関係なく、私はロッテのホームページに従って、ガーナの板チョコを3枚使った手作りチョコを製作、綺麗にラッピングして彼の元にルンルン気分でやってきたわけだ。


だが家についた瞬間、突如として最近流行のゲリラ豪雨発生。

アイエエエエエ!?ゲリラ豪雨!?ゲリラ豪雨ナンデとか喚きながら雨に濡れ濡れ、泣きながら家に招き入れてもらったのが一時間ほど前の話。哀れな子羊を見るような彼のあの目は一生忘れない。許すまじ許すまじ。


それでももらったタオルで頭を拭きつつ気を取り直して

『はい、チョコレート!ワタシからのLOVEがいーっぱい入った、愛の手作りチョコレートだよっはーと!!』キャルルンッ!


鏡の前で数時間かけて習得した、横ピーステヘペロあざとポーズを決めて手渡ししたのだが、彼の反応はと言うと、


「ああ、そう。」


これだけであった。

酷いとかいうレベルではない。絶対にない。

少女心を彼がまったく理解していないのは付き合う前から承知のことではあるが、ここまですげなくされるとは思っても見なかった。

ほらそこ!そりゃうわキツとか思われたに決まってるとかうわキツとか口から漏らすんじゃない!!ワタシはまだ花もウンタラ22歳!!画面の中で必死に踊り狂うウサミン成人とは一回り・・・いや、きっと二回りも違うんだ!!

うるさい!肌の回り角とか抜かすんじゃない!!


結局彼は箱を受け取り、ソファに座って読書を開始し始めたのであったまる

それでも一体全体何を根拠としてその結論に至ったのかは謎であるが、彼がワタシのプレゼントについてモーションを見せるのではないかと思ったワタシは、ねえねえそのチョコ食べないのかおいしいよ、そういえば昨日のおそ松さんおもしろかったね今日の夜はポトフにしようかなキャッピピピピーンはぁと一生ラブライブします荒ぶる鷹のポーズ等と彼の周りをぐるぐる回りつつ、構ってオーラを出しながらうろうろしてみていた。


が、当然のごとく彼は厚さ数センチのレンガ本の世界から戻ってくることはなく、私といえば、深遠を覗く時深遠もまたお前を覗くのだフフフ怖いかとぶつくさたれながら、気力を失い石油ストーブの前でだらしなくもなくないヒップを持ち上げつつだらしなく寝そべってしまう結果となったのであった。

敗北。南無三。ハイクを詠め。


「だーいたーい彼女の贈り物とかー、もっと喜んでしかるべきだと思いまーす。こーんなかわいいワタシを放っておくとかー、万死に値すると思いまーす。」


それでも私は抵抗はやめないのである。ドゴールだって遠く離れてないイギリスからパリのレジスタンスを叱咤激励したのだ。ワタシがあきらめてどうするのである。バレンダインデーは一年に一度しか来ないのだ。それなのにその日を祝おうともしない彼の思考はちょっとナニカサレているのかもしれない。ならばワタシがマリクの洗脳から開放してやるのだ。城乃内君、大好きだ・・・///(チガウ)


「かわいいの意味、辞書貸してやるから引いてみなよ。」


「知ってまーす。私のことでーす。」


「僕の知ってるカワイイオンナノコってのは、身長190もないしパンツを彼氏の前にさらけ出したりもしない。」


ファック。ワタシの最も気にするところをずけずけと言い抜かしやがった。パンツと言うものは愛するヒトに見せるためにあるのだから別にいいが、身長190の一つ目モンスターギガンテスは言い過ぎである。私の肌は緑色じゃない。


「あとクマさんパンツでよく来れるね。大人としての尊厳も無いんだ。何で息してるの?」


どうやら穿いてくるパンツを間違えたらしい。なぜワタシのたんすにまだクマさんパンツが入っていたのだろうか。きっと母がまだ使えると選択して勝手に放り込んだに違いない。一人暮らしだがきっとこっそりやってきてパンツだけ仕込んだに違いない。違いないったら違いないのである。


「なーらアナタはどうなんですかー身長150もないもやしっ子クーン。」


アヘェとかいう擬音が最も良く似合うであろう顔芸を晒しつつ、彼のことを煽ってみる。彼は地味に身長のことを気にしているが、これは裁きである。顔筋をピクリとも動かさないが、きっと繊細なハートにダメージは入っているはずだ。ワタシの美しさを貶す真似をしたものは、等しく神の業火に焼かれてしかるべきなのである。後ワタシは別に自分の身長を気にしてなどいない。五月蝿いそこアトラスとか超大型奇行種巨人とか言うんじゃない脊髄ぶっこ抜くぞこのヤロー。


「Heyテイトクゥー、そんな身長で艦隊のcontrolなんてどうするつもりデスカァー?精々足掻いて見せろや。」目グリグリ


「えーマジ145㎝?145cmが許されるのは、小学生までだよねー!!キャハハハハ」


「あらーボク迷子ー?ボク幾つー?ママはどこにいるのかなー?」


「お前のチョコ返すから縁切るか。」「ごめんなさい見捨てないでください」


やりすぎたようだ。声の調子は変わってないが額に青筋浮かんでるし、目つきが少しマジヤバイ。即座に土下座しつつ足を舐めましょうかウエッヘヘ等と媚を売ってみる。


「それ以上その気持ち悪い表情と態度やめないとほんとに別れるよ。」


「ごめんなさい謝りますからどうかそれだけはやめてくださいまた独り身に戻りたくないんです」


一人ぼっちは勘弁である。御免被りたい。自分ひとりだけで大学に通って食堂でラーメンをすする生活に戻るのは本当にいやだ。お一人様用スペースの場所が私の分だけ自然と出来ているあの状況だけはやめてほしい。


「だったらチョコレートぐらいもっとまともなやつ作ってよね。」


おふう、痛いところを突かれたでござる。


「いやー、それでも結構ワタシがんばったんだよぉ?ホームページ見ながら色々試して・・・」


「その結果が、箱からすでにウイスキーの臭いがぷんぷんしまくるこの代物って訳かい」


「えへへへへ、スイマセン。」


最初はね、がんばってウイスキーボンボン・・・?作ろうとしたんだよ。材料もきちっと量りましてね。ただどこでどう間違えたのか、どうにもウイスキーが足りなくて、それで継ぎ足したら今度はすごく多くなっちゃって、でもその風味がウリだからいいかなって思いましてねはい許されませんね本当に申し訳ない(メタルマン感)


「大方部屋がウイスキー臭くなって大家さんに叱られる前に飛び出してきたってところかな」


何故そこまで気付くのだろうか。彼はやはり頭脳は大人の高校生探偵なのだろうか。まあすでに成人してるんだけど。


「ラッピングが適当すぎるからに決まってんじゃん。リボンと箱はともかく、この包装紙そごうのあれじゃんか。」


また痛いところを突かれた。いやね、ホントはもっとしっかりとしたの買ってあったんデスヨ?でもヤバイから早く届けに行こうと思ったら何処探してもなくてですね、ついでに時間もなかったんで仕方なくって路上の包装紙・・・・ではなくてですね!部屋に積んであったオカアサンからの仕送りの箱の包装紙を有効活用しましたって言うか、ほら、時代はやっぱりエコロジーが評価されますしね!紙資源を無駄にせずにこうやって大事に使っていくのが21世紀に生きるわれわれホモサピエンスに求められる知恵と言いますがなんていうか


「はあ・・・・・・まあ、君に料理の才能を求めるのはもう諦めてるけどね。」


完全敗北。ぐうの音も出ない。最初から見捨てられてるってすっごいきついよね。あれ、なんだか目尻から冷たいナニカがこぼれてくるぞ?あれ、おまけに胸のこの辺がトテモイタイぞ?やめてそんな哀れみの眼で見ないでそれならまだいつもの見下す眼のほうがいいからあなんかちょっと興奮してきたゾ?


「・・・・・・」「ごめんなさい許してください。」






================================================







「ごめんね、家事の一つも出来ない彼女で。」


「うん、ホントにそう思うよ。」


ぐさりと心に突き刺さる冷たい一言である。駄菓子菓子全くもって事実なのだから仕方がない。むしろワタシに家事一通りのできる彼氏がいること自体が奇跡である。最初カレシガデキマシターと数少ない友人にLINEしてみたところ、彼の容姿も相まって、『お姉さん許してあげるから、どうやってその子を誑かしたのか答えんさい』と言われたものだ。


「大体君に遭った切欠が、君が道端で行き倒れになってたからってのがそもそもね。もうどうしようもないよね。」


あのころの私はどうかしていた。

あのアホ高校のゴミ共見返してやると合格した某国立大に喜び勇んで入学、待ってろキャンパスライフと意気込んだは良いものの、身長で色々と悪い意味でアレな扱いを受けてきた私にコミュニケーション能力が備わっているはずもなく、誰とも馴染めぬままグループのできてしまった学部の中に私の居場所は無く、生きる意味とかそういうのとかを、完全に見失ってしまっていた。

大学には行かなくなり食事もそもそもまともに作れていたものではないがますます不摂生になり、まあ、話によく聞く救いがたい喪女と成り果て、それを通り越して母さんのいる三途の川の向こう岸の、三歩位手前まで来てしまっていたわけである。


『何やってんの、君。』


で、この時代にはある意味珍しい行き倒れという事態を引き起こし、これでもうお仕舞いかな。と言う思考に行き着いていた私の目の前に現れたのが彼であった。


『別に。』


とか何とか、私は彼にそう言葉を返した気がする。あの時は記憶がぼんやりとしていて、あまり良く覚えていない。そういえばあの日も大雨で、身体がすっかり冷えていたからだろう。


でもまあ、ほっといてくれ。そんな気持ちだったのは覚えてる。あの世にホントに逝っちゃったら、それこそ母さんに怒られて、きっと地獄に叩き落されるだろうなってのに、そう言われてたのに、私はそんなことしか考えられなかった。

母さんの分まで生きるとか、負けないとかそんな事ほざいておいて、結局自分のことしか考えない器の小さなガキだった。救いがたいものだ。


『ん。』


地面にうずくまっていた私に、彼は手を差し伸べてきた。


顔を上げた私がまず見えたのは、冷たい美貌とも言うべき、絵画のような彼の貌だった。


まるで物語のヒーロー。少女マンガのイケメンクン。ありえざる状況。ありえざるシチュエーション。でもそれは本当に私の目の前で起こっていた。正しくデウス=エクス=マーキナ。仕組まれたかのように幻想的で、一夜の奇跡のシンデレラストーリー。彼は平然と、それを行った。どうしようもない位救いがたい、この私に対して。


あの瞬間、彼は私にとって、特別になった。





ま、その後彼は私を彼の家に連れて行った、訳もなく無く、私は病院に連れて行かれた。

当たり前だが私は風邪を引いていた。身体が衰弱している状態で雨に打たれればそりゃ風邪を引くだろう。キキだって大雨の中配達をして、風邪を引いた。況や喪女をや。


「結局僕がいないと死のうとするし。救いがたいよね、君って。」


その後彼は毎日見舞いに来ていた。

どうして助けたのかとか、死なせてくれれば良かったのにとか在り来たりの台詞を、悲劇のヒロインか何かのように抜かす私に対して、そしたら警察のヒトとかに迷惑がかかるじゃん、君みたいな存在が他者に迷惑かけるとかおこがましいとか思わない?などと誹謗中傷を投げかけたり、毎日食欲無くて病院食でかわいそうだね、ほら、高級プリン、君にはあげないけどね、などという一連のS行為を見舞いというとすればだが。


「ごめんね、こんなのでホントにごめんね。」


最初こそ私は色々と反発していたものの、結局すぐに心を折られた私は彼に従順になり、引いては彼に惹かれるようになった。調教とかそんなものを食らっている気がするが、それ以上に、最初に彼に会った、あの印象がそのときも、今も心に染み付いていた、それ故なのだろう。


病院を退院して、一応大学に再び通い始めた私は、次いで彼の家にも訪れるようになった。と言うのも、ある日キャンパスにて偶然、彼を見つけると言う出来事が発生したからである。


・・・・・・そのときの記憶もまた、私の脳裏に刻み込まれている。

ベンチに座り一人本を読むことに集中している、大学生と名乗るにはあまりにも小さすぎる体躯。

どこか誰かと似ていると思ったのは、私一人だけだろうか。その彼があたりに発散している雰囲気、ヒトを寄せ付けようとしない痛いプレッシャー。その中に、私の知っている、とある感情、嫌いな思いが紛れ込んでいた。


『あ、あの・・・・・・、』


コミュ症丸出しのおどおどした態度で、誰も近寄ろうとしないベンチに一人のそのそとやってくる私の、近くの食堂のガラスに映った姿が思い出される。情けないほど哀れな姿である。


「ま、掃除はできるのがまだ救いだよね。掃除も出来ないとか人間として終わってると思うんだ。ああいう人種は。黒とか白とかより、優劣で人間は評価されるべきさ。」


『何かな、一体。ああ、君かい。未だ情けない姿を曝け出してるんだね、この世界に。ところで僕は思うんだけど、黒とか白とかより、優劣で人間は評価されるべきだよね。』


冷たい眼だった。まあ今も私に向けられてる眼は大して違わないけど。

ただそのときの彼の視線は、本当にゴミを見るに近いものだった。


「すいませんこんな女で、私は社会を這い蹲るゴミ虫でございます。」


『な、何でそんな眼で見るの・・・・・・、この前は、まだちょっとましな・・・・・・、その・・・・・・』


ビクビクと本当に情けない態度である。今も大して変わらないかもしれないけど。

ただそのときの私は、病院のときと全く違う彼の態度に、心底怯えていた。


「うん、そう思うんならさ、まずもうちょっとまともな料理作れるようになろうよ。」


『え、何。君自分が何様と思ってるわけ?まさか少し優しくしただけで対等になれたとかそんな感じ?』


「いえ、これでも毎日がんばってるんです。少なくともカレーはましに作れるようになれました。ただ始めてのはちょっと苦手と言うか。」


『ち、ちが・・・・・・、そうじゃなくて、お礼・・・・・・』




でも、違う。その言葉は、何も私に向けられてるものじゃない。

          彼の指導でやっとワタシの腕も上がってきたが、だからって思い上がりはよくないね、ウン




「だったら前もって練習すればよかったじゃん。何、君カレーがまともに作れるようになったからって、ほかの料理もいけると思ったの?」


『は?お礼?君が?笑わせるなよ。君がお礼するって言うなら、この視界どころかこの世界からいなくなってよ。ゴミ虫。』


「はい、本当にそのとおりです。予習は復習と同じくらい大事です。小学校のときから習ってます。」


『え、・・・・・・そ、そんな言い方・・・・・・私は・・・・・・・』




イラつく彼の視線が私を貫く。貫いて、それは何処へ消える?

       這い蹲るワタシを心底愉快に眺める彼、情けないものである。




「じゃあ何で出来ないのかなあ。僕の指導受けてるって言うんならさ、もっと真面目になろうって気概無いの?ボクの時間を無駄にする気?」


『じゃあ何かなあ、君みたいな世界のくずが、僕に何するって言うの?違うだろ?言ってみろや、おい。』


「すいません、ほんとうにすいません。も少し真面目にやります。ワンチャン、もうワンチャンください!」


『違うんです!私が言いたいのは、そういう事じゃなくて―――!』




母さんが昔言っていた。遠く離れた彼女も良く言っていた。一人はさびしいから、

      合掌してワタシは懇願する。今度は、今度はきっと上手くいくって、ワタシ信じてるから!




「本当に自信あるの?無かったら別れるよ?」


『ああもう五月蝿い、その下水みたいな口閉じてて―――』



「はいっ!!今度だけはご期待くださいご主人様っ!!」


『私と、付き合ってくださいっ!!!』







「そのキッツイ作り声やめてよね。本当に気持ち悪いから。」「ごめんなさいだから呆れないでイタイモノ見る眼やめて。」







==============================








「えーと、まずは、ガナッシュを作る、と。」


彼のキッチンを使わせてもらうことになったワタシは、家から持ってきたエプロンを着用しつつ、レシピを眺めている。

大家さんにはこっぴどく叱られた。そりゃもう叱られた。なぜなら実は大家さんは未だにワタシのついた嘘、すなわち私がまだ19歳であると言うでまかせを信じているからである。ウイスキーのにおいが換気扇からバンバカ溢れ出す、空っぽのじしょうじゅうきゅうさいの部屋。そりゃ飛んでくるよねえ、店子が犯罪を犯してるかもなんて思えば。

言えたもんではない。実はワタシ、22さいなんでーすキャピキャピッ!だなんて。


「よくもまあそんな見得張れるね。料理できない喪女でおまけに鯖読みだなんて、救いようが無いね、君は。」


ざっくざっく胸に突き刺さります。もうやめて!!ワタシのライフはとっくにゼロよ!!

ちなみに材料はこっぴどく叱られそうになるのを、彼氏と病気の母親のためにチョコレートを作るんです、親孝行なんです許してくださいと泣きながら頼んでどうにか説教を回避した後、改めてスーパーで買ってきた。違いとしては今回はロッテでなく明治であることだ。大体ロッテなんて信じ切れないよね!あんな企業!!明治のほうが何ぼか安全だよチョコもきっとこちらのほうがおいしいよ!!ねえ!!


「どこもどんぐりの背比べだし君に比べれば圧倒的に上だよ。要らない口聞くんならもう帰っていいよ。」


圧倒的毒舌力がワタシを襲う。

反論しようも何も事実なのでワタシには最早なす術もなく、ただワタシに許されたことと言えばこのとおりどうにかしてしっかりとウイスキーボンボンを作るのみである。

ここで泣いてもいいけどそしたら今度こそ家から放逐される気がするのでやめておこう。この大雨の下出て行けとかマジ勘弁なんですけど。


・・・・・・


鍋に生クリームを入れ、火にかける。沸騰するまで掻き混ぜて待つ。ワタシの場合、下手をすれば焦がしてしまうので、こんな作業にも油断はできない。


・・・・・・あの日どうしてあんな結論に至ったか。ワタシですらあのときの私はどうにかしてたと思う。

ふと思えば、彼のどうしようもなく驚いた顔を見るのは、すべてを見下す孤独な仮面なしの素直な彼を見たのは、あれが初めてだろう。


あまりにも常識外れ且つあほらしすぎる告白をぶちまけた私は、瞬間居ても立ってもいられず顔を真っ赤にして彼の手を引っつかみ大学の外へと走り去ったのだった。

身長差が開いているとかいうレベルではない私に引き摺られるようだった彼は、体が文字通り浮いていたと後に言ってきた。ワタシを踏みつけつつ。あれ、なんだかドンドン残念になってる気がするぞ?


生クリームが沸騰すると火を止め、ミルクチョコレートの入ったボウルの中に入れて、チョコが溶けたら次いで泡だて器のスイッチを入れて、掻き混ぜる。

あ、だめだ。実はチョコレートが何処にあるのか少し手間取ってたんだけど、そのせいでチョコ溶けない。ああああ温度下がっちゃった。仕方ないから湯煎しよ。


「全く持って君らしいね、せめてブランデーは良く量って入れてよ。」


「わ、判ってるよお。」


ブランデーをしっかり小匙二分の一、投入。よし、これ以上入れないぞ!!絶対に入れないぞ!!

あ、でも少しだけなら―――――「ふざけてるのかな。」何でもありません、サー!!


よし、とりあえずここまでは出来た。後はバットに流し込んで冷蔵庫に入れて冷やして、終わり!

・・・・・・もちろんこれからも続くけどね。でも一時間以上は、作業は中断しちゃう。料理って、こういう部分があるから面倒なんだよね。こんなに時間食っちゃうとか・・・・・・これじゃもうワタシ料理なんかしたくなくなっちゃうよ・・・・・・。





・・・・・・


あのさ


ワタシはこう切り出した。


「なんで、一緒に居るのかな。」


一時間の静寂。ただ部屋の中には、窓の外から響いてくる篠突く雨の轟音と、風が雨戸を揺らす耳障りなガタガタが時折席巻して、なんだか耐え切れなくなった。

中々言葉が返ってこない。ちらと彼の顔を仰ぎ見る。

すると、彼の眼は結局京極の綴った紙面から別に移動しては居なかったけど、その実、彼は印字された活字を追うこともできず、頭の中で中々纏まらない言葉を何とか紡ぎだそうとしているのが、付き合いの長い私にはなんとなくわかった。


「――――――、別に、君がそう、言い出したからだろ。」


やっと彼の唇が私の鼓膜に届けた言葉と言えば、これだった。


あの後、私は押しかけ女房のごとく彼の家に押し寄せ、彼に変わって家事をしようと宣言した。よくもまああんなことを言い出す勇気と言うか、そんなものがあったものである。今でも呆れる。

お察しのとおり、料理にまず着手した私は、当然のごとく失敗。消し炭を作った私と、デザイナーズキッチン完備の彼。この部屋での力関係は一瞬にして逆転し、私は彼に弄りつくされ、泣きながらカルボナーラを食する羽目となった。


そんな目に遭っても、私は次の日も彼の家に訪れた。

ここで逃してなるものかと、何を逃すのかと心のどこかで思いつつも、その根性で私は彼の家に通い続けた。幸い掃除洗濯くらいは出来たため彼の助けにはなったとは思うが、まあその助けと言うのも、私にとっても彼にとっても雀の涙くらいの価値でしかなく、何時追い出されるか何時心がへし折られるか、ビクビクしながら私は彼の足元にでかい図体を這い蹲らせ、毎日を過ごした。


「まあ、そうなんだけどね。」


「何、なんか僕に文句でもあるのかい?」


「い、いやあまさか、ワタクシメがそんなこと言うわけ、ないじゃないですかーアハハハ。」


――――――まあ今を見て判るとおり、彼は結局私を追い出すことはなかった。

大学で孤立しながらも私は彼の家に通い、洗濯物のたたみ方一つでいびられ、料理と名乗る資格など到底持ち合わせないナニカを眼前に置かれながらいじめられ、でもなんだかんだで、今の日常が続いてる。


ただ、何か明確なものが進んだとか、そういうのはない。そもそもまず、ワタシは彼のことさえよく知らないのだ。

彼が何故、ワタシと同じように孤立してるのか。他者を拒絶するのか。・・・・・・どうして私をまだおいてくれてるのか。ほかにも色んなことを、私は知らない。

ま、ワタシ自身、そこまで知ろうとは思わない。私みたいなどうでもいいつまらないことで色々に怯えて、迷子になって蹲ってるウドの大木ごときが、他者のことを根掘り葉掘りなんて許されるわけないし、絶対そもそも彼は許してくれない。


変わったことといえば、ワタシの態度が図太くなったくらいだろう。




雨がいつの間にか止んでいた。少しは静かになったかな。



あっ


「コーティング用のチョコ作るの、忘れてた。」


「・・・・・・。」


「ア、アハハハハハハ、申し訳ございません。このワタクシ、またもやレシピを忘れてしまっておりまして―――。」


「あのさ。」


「ハッハイ!!すぐにおつくり申し上げまする!」


急いでお湯を作って、チョコを溶かす。

ここからの温度管理が面倒で、50℃位のお湯で湯せんをし完全に溶かした後、チョコの温度を40~45℃にする。冷水(10~15℃)につけて、静かに混ぜながら冷まし、そして次に、26~27℃にする。そしてまた再び一瞬湯せんをし、チョコの温度を30℃に上げる。

うろうろとした温度管理だけれど、こうしないとチョコの中のカカオバターが結晶化してしまい、見栄えも風味も悪くなるのだ。

教えてくれた彼は、白いカビの生えたようなチョコなんてあったら、君、食べるかい?と、それはそれは冷たい眼でワタシに告げてきた。アレは人を殺す目だったね。ならワタシ死ぬじゃん。


温度計を見ながら丁寧に進めよう。ワタシはまだこんなところで命を落としたくはない。

しかもこの温度計あんまり使うことなんてないのにホームセンターでわざわざ買ってきたんだ。

ちゃんとやらないでどうするし。




ふ、と。


風もまた、少し収まってきたみたいだ。部屋の中には、換気扇の音と、チョコレートの甘いにおい、それだけがある。


「―――ねえ。」


また一言、言葉が飛び出る。なんかまたいやみ言われそうだけど、それでもなぜか、止まらない。


「口答えする暇があったら、手を動かしなよ。まともに頭も働かないんだからさ。」


ほら来た。


「ご、ごめんなさい。

 ――――――でも、なんだかお礼が言いたくてさ。」


「――――――は?」


溶かし終わったチョコをいったん放置。お湯の温度にも気をつける。そしてすぐさま、冷やし終わったウイスキー入りのチョこの方に取り掛かる。


「なんていうかさ、本当に私って、救いようがないって、常々思うんだ。」


バットを裏返してチョコを取り出す。取り出せたら溶かしたほうのチョコを塗りつける。このとき、あまりどばっと掛けないようにしよう。私って大雑把だし、特にこういうのは気をつけないと。塗り斑もないように。


「体は不必要にでかいし、愚図だしのろまだし、いっつも迷惑掛けてて、しかもチョコ一つ作るのにも失敗して、こうやってキッチン借りて作ってるし。」


冷え固まったら2cm大のサイコロ状に切る。切り終わったらそれを、溶けたチョコにくぐらせる。綺麗にコーティングされたら余分なのは落としといて、それをクッキングペーパーの上においておく。いっぱいあるからさっさとやらないと。


「そんなのでもなんだか家においてくれててさ、彼女って、呼んでくれてさ。だれかから、見てもらっててさ。」


チョコがまだ固まらないうちに、上に転写シートを貼り付ける。こうすることで仕上がりが綺麗になるんだとか。コジキにもそう書いてある。イヤーッ!!


そしたら、冷蔵庫に入れて、もう一度冷やす。何度も何度も行ったりきたりで、時間を掛けて。


作業終了。手持ち無沙汰で、自然とこの体は、彼の元へと向かう。


「うれしいんだ。誰かがそばに居てくれるってことが。なんとなく判るんだよ?いつもすげなくされてるけど、そういうのじゃなくて、他の人たちの様でもなくて、私をちゃんと、見ててくれるってことが。」


馬鹿みたいだ。自分でも何言ってるのか、さっぱりわかんない。デクノボーなんて馬鹿にされるわけだ。情けないな。座高差もありすぎで、隣に座っている彼の顔が全くわかんないけど、きっといつもの、心底呆れたような表情なんだろう。


それでも、なんだか止まらない。

もしかしたら私は、もう駄目なのかもしれない。何がとかすら良くわかんないけど、きっと駄目なんだ。

とっても華奢で繊細で、私なんかが上に乗っかったらすぐに折れてしまいそうで、それでも一人で、私よりも立派に気丈に風に立つ彼が、私には。

私には。


「一人がね、私本当に怖いんだ。弱虫で体だけでかい小心者だから、隣に誰も居ないってのが、本当に・・・・・・。」


私って、本当に弱いと思う。

もしかしたら世間一般の、そこらへんを歩いてる社会人も、同じゼミのあの子もそうなのかもしれないけど、私は特別そう。

誰かの目がとても不安で、怯えて隠れて、それで気付いたら誰も居なくなってた。居なくなって初めて、本当に怖くなった。もう遅かったけど。


「馬鹿だよね。自業自得だってのに。惨めに死に晒そうとしてさ。」


それでも、まだどこかに救いはあったと思う。でも私はとても臆病だから、自分をどんどん追い込んで、自分から好き好んでがけっぷちに立とうとしてた。


「だからありがとうって、言いたいんだ。こんな私を、引き上げてくれて。本当に。・・・・・・本当に。」


彼と私。どう見てもあらゆる点で両極端だ。でも、根っこに、なんか同じものを持ってる。私も彼も、どこかそんなふうに気付いてた。

それが確信に変わったのが、あのベンチの前だった。


卑怯だろう。私は。似たり寄ったりの同類を見つけたからって、近寄って擦り寄って、どうにかして、すがり付こうとした。もうあそこに居るのは、絶対にいやだったから、そんな、利用するような真似をして。


「でも貴方は、結局私のことを拒絶しないで居てくれた。おもちゃみたいに弄んで、でもその実、どこか私に優しくて。」


「だから、私は――――――。」







「自惚れないでよね。」


そんな言葉が、私の蝸牛管に響いた。

言葉にならない呟きを発して、私は彼を見た。


「大体さ、君、何様のつもりかな?お礼が言いたい?うれしかった?僕が優しい?笑わせるなって、このことだよね。

 ねえ、所有物。」


彼は言葉を紡ぐ。何の感情もこめないままの、すなわち絶対零度の音の響きが、静まり返った部屋に満ちる。


「僕が君をそばにおいてるのはさ、ただ君が役に立つから、それだけって、判ってるのかな?何?同属とか愛情とか、そういうの期待してた?ごめん、ならこう言うよ。


 頭大丈夫ですか?


         」


私は何もしゃべれない。それは許されない。


今この瞬間は、私は彼に支配されているから、だから、何も言えない。


「身の程知ろうか、君。僕が君と同列なわけないだろ?道端で行き倒れて死にそうになってる人間と、僕が、果たして同じって、一体誰が言うだろうね。言うわけないよね。ねえ聞いてる、所有物?」


小柄とかそんな話じゃない彼の体。とても小さくて、でもそこからにじみ出るものといえば。


「君と僕が付き合ってるって言うのは、君がせめてそういってくれって、僕に頼んだからだろ?だから僕は、わざわざそうしてやってるってのにさ。君は何時から、そんな勘違いが出来るほど頭が悪くなったのかなあ。僕そんな教育した覚えないんだけど。」


「・・・・・・いえ、そんなことされてないです、はい。」


「だよね。だったら二度とそんなこと言わないでよね。はっきり言って、耳が腐るからさ。」




「・・・・・・はい。すいません。」


相変わらずの言葉攻めだ。正直ガラスハートな私はもう限界来てる。心が砕け散りそう。


でもね。やっぱり彼は、こういうのは本心じゃない。私と本質は同じで、でも必死に守ってるんだ。私なんかと違って。


人はもしかしたら、ただのひねくれ屋だって、そう嘲るかもしれないけれど、私には、彼がとても強く見える。でもやっぱり、その体格同様、とても弱弱しかったりもする。

それでも彼には、何かそいつらに立ち向かう、絶対に譲れない何かがあるんだろう。もちろん、この私にも。結局のところ、たぶん一番彼に近かったりしちゃう、この私にも。


でもね、やっぱり彼は、どこか優しい。




「でも、これだけは、言わせてください。」




だって彼、










「ハッピーバレンタインです!!ご主人様!!!」キラッ!!



両目が真っ赤に、充血してるんだもの。










「・・・・・・・」「ごめんなさい許してください何も言わずに冷蔵庫のチョコを出すのやめてください。」





これに半日費やしました(半ギレ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ