幼女が死んでしまいました
確かに俺は願ったよ。
女の子成分が足りない、美少女や美女に現れて欲しいってな。
でも現実はどうよ。
このゾンビが彷徨うダンジョンで、帝国によって滅ぼされた城でそれを願うことがどれほど残酷で非情で罪深いことなのか、俺は理解していなかったんだ。
「……ぅ」
目の前には虚ろな光を宿した少女がいて、少女は流し台の下に隠れていたのをボルツのおっさんの索敵能力で発見した。
その少女……いや、少女というにはその身長は余りにも低く俺の腰くらいまでの高さしかないのだから幼女と言える年齢かもしれない。
髪はプラチナブロンドであり、可愛らしいショートカットで纏められており、サイドには赤いリボンがちょこんとついていた。
服はワンピースドレスというかワンピースとエプロンを合わせたような少しだけ生地の厚い服であり、恐らくお城で給仕見習いでもしていた子供だと思われる。
けど、その幼女は口から血を吐いていた。
お腹には刺さったままの刃物がある。
刃物は傷口に癒着しているのか、すでにそこから新しい血が溢れることは無い。
けれど刃物が刺さったままの傷口から発生する痛みと熱は健在で幼女の額や頬に脂っこい汗をかかせている。
余りにも痛々しい惨状に俺は思わず口を押え、ボルツのおっさんも無言になる。
しかしその様子は鬼気迫るものがあり、霊体だというのに激しい怒りさえ伝わってくる。
「い、や……。死にたく……ない。死に、たく……ない、の」
幼女の命を留めていたのはその生への執着からだった。
でも、恐らくそれは叶えられない。
血が止まっているとはいえ、服は既に血で真っ赤に染まっているし、もう乾いたとはいえ赤黒い水溜りだってできてしまっている。
今幼女が生きていることがどれほどの奇跡であるかを、この現状が物語っていた。
「……ん」
俺は震える手を伸ばし、幼女の頬に触れる。
幼女は急に触れられたからか体が固まったが俺が触っていることは認識できていた。
「だ、れ?」
「ごめんな。俺がもっと早く意識が戻ってここに来ていれば、君だって救えたかもしれないのに」
汗は、砂埃で泥水のようになっていた。
それを手で拭い、いたわるように頬を撫でる。
「あ、たし、死んじゃう……だね?」
悟ったように掠れた声を出した震える唇に俺は撫でる手を止めてしまうことで答えてしまった。
「そ……か。もっと、生きた、かった。遊びたかった。お料理したかった」
「お手伝いだってしたかった。お母さんにただいまって言って、お父さんにおかえりって言いたかった」
次第に何故か明瞭に聞こえてくる幼女の声。
きっともっと掠れて聞こえているはずの声なのに俺には確かに聞き取れてしまった。
その理由は明らかだ。
頬から伝わる熱が急速に無くなり、冷たさを伝えてくる。
死霊魔法が発動し幼女の意志を明確に俺に伝えてくる。
それは死期を理解した幼女の死が直ぐそこに迫っていることを示していた。
「こんな、こんなことが、許せるかよ」
溢れてくる涙を強引に拭い、幼女の状態を改めて確認する。
まだ生きてるんだぜ。
さっきまでずっと生きようとしてたんだぜ。
それが、俺が来たから、こんな。
「お兄さん、ありがとう。私、一人じゃ無かった」
幼女の目に光が戻っていた。
確かに見えるその瞳の奥の想いが幼女の視界に色を取り戻していた。
「ありがとう、最後に来てくれて。ありがとう、最後に一緒にいてくれて」
凝り固まった頬を無理矢理歪めて笑顔を作ろうとして感謝を述べる幼女だが、そんな結末誰だって望んでなんかいない。
幼女だってこんな結末望んでなんかいなかったはずなんだ。
「……願えよ」
でも俺には力が無い。
幼女を救い出すために、すぐさま目覚める運すらない。
死にかけの幼女の怪我を治す、魔法だって使えない。
死んでしまった幼女を生者として生き返らせる、チートのような奇跡も起こせない。
「名前、何て言うんだ?」
「イヴ。アリスって言うお姉ちゃんがいたけど、あたしが生まれる前に死んじゃったの」
そうか。
俺にもイヴにできることはある。
どんな勇者や英雄にだって使えないだろう、この力があるんだ。
「お兄、さん?」
「死んでもなお、もう一度、世界を見たいというならば――――――願え」
「死してなお、動くことを」
「意志を持って、本来そこで固まり朽ちるはずだった体を動かし、その目にまた世界の色を映すことを」
「……あ」
幼女イヴの目に涙が溢れる。
最後に戻った光が、色が、イヴの想いを、願いを。
心からの望むことを口から溢れさせた。
「もっと、もっと生きたかった!」
「ああ」
「もっと色んなことを知りたかった!もっと沢山のものを見たかった!」
「ああ」
「お花だって育てたい!歌だって歌いたい!絵だって描きたい!」
「ああ」
「でも死んじゃうんだよ!生きてることができないの!私、もう生きれないんだよ!」
「そうだ」
魂の慟哭が聞こえる。
命の炎を燃やしてなお、意志が、魂が叫んでいる。
「もう死んじゃうあたしが!まだ動いて、もう一度立って目一杯走れるなら!」
口から血を飛ばしながら、涙を溢れさせ、頬に触れる俺の手を濡らしながら。
イヴは望んだ。
「私を蘇らせてよ!お兄さんっ!!」
「生者として叶わなくとも俺が、絶対に、絶対にイヴを救ってやる」
その声が聞こえたかは分からなかった。
でもイヴは確かに笑って俺に微笑んでくれた。
そのまま、その小さな命を散らして。
ここからが俺の戦いだ。
この魔王みたいな力でも救える想いがあると言うのなら俺が、叶えてみせる。
目の前で力なく横たわるも、笑顔のまま命を絶った幼女イヴを前に俺は決意した。