城の二階を走り回ってみました
想像してみて欲しい。
全身鎧を着たとてもムキムキマッチョなおっさん。
その男は目をピキュイン!と光らすことができ、ふんぬっ!と鼻息荒くスキルを使う。
そんなガチムチなおっさんが背後から音も無く近寄り、人の後ろ姿を見ながらほう、これは中々と独り何かに納得しながら観察している様子を。
「平時だったら確実にお尻を抑えて飛び退いてるねっ!」
残念ながら今はゾンビに囲まれつつある状況で魔力精密操作をしながら逃げているので集中力が必要で馬鹿をやっている場合では無いのだが自分のダンジョンがホラー過ぎて馬鹿でもやって明るくしていないとどこかから呻き声が聞こえてくる素敵な仕様。
思わず漏らしちゃう人だっているかもしれない。
「むむう、仕方ないではないか。吾輩、前途有望な若者が目の前にいるとこう胸の内から沸々と沸き上がる想いが……」
「思ったよりも本気で危機感を感じる発言をありがとう!」
後ろを見ていると若干頬を赤くして高揚しているのかガチムチな腕を胸の前で乙女のように合わしているボルツのおっさんがいた。
「それではまるで吾輩がゲ」
「言わせねえよ!」
言わせたら最後、俺が物語の世界の世界観が一気に男ばかりの世界になることは間違いない。
大声で喚いていると背後から物音とくぐもった呻き声がした。
やはりゾンビはまだまだ大量にいるようだ。
「吾輩これでも妻帯者だったこともあるのですぞ?それならばどちらかというとバ」
「言わせねえってんだよ!」
ガシャリガシャリと複数の鎧の音も聞こえる。
三階では姿を見なかった兵士型ゾンビは二階にはそれなりの数がいるようだ。
少なくとも一体だけで無いことは確かである。
背後から、隣の部屋から感じる恐怖は尋常な物では無い。
命のやり取りをしている中で、こうもはしゃぐことができるのはボルツのおっさんのお蔭であることは間違いない。
そこには素直に感謝する俺だ。
ゾンビ達を撒いて人気の無い部屋に再び入り、息を整える。
ダンジョンマスターになったお蔭かは知らないが人間だった頃より体力がある気がする。
もしかしてこれも魔力精密操作の恩恵だったりもするのだろうか。
そうだったらとしたら凄いスキルを覚えていたもんだと思う。
しかしこの城は何と広く、部屋の多いことか。
忍び込めるのは有難いが部屋の数だけゾンビがいる気がして正直生きた心地がしない。
「ふむ、作戦はある程度成功しているようですなヨハン様。馬鹿騒ぎをすればゾンビ達の目は我々に向き、今も隠れているかもしれぬ生存者の生存確率を上げることもできる」
「え、これそういう作戦だったの?」
普通に大声出してたらボルツのおっさんが返してくれるから会話していただけなんだが。
恐怖を紛らわせるためだけに叫んでいた記憶と思いしかないんだが。
「またまたとぼけるのがお上手ですな。騒ぐことで我々がいることを生存者にも意志のある者達にも示すことができる。少々無謀ですがゾンビの戦闘力の低さと足の遅さを考えれば効率のいい作戦。いや、実に素晴らしい」
「何か凄い、胸にグサッと来るんだけど。視界が霞んでいるんだけれども」
このとぼけたおっさんよりも頭が回らない無力感。
だてに歳を取っていない証明ではあると思うが、如何せん悲しさが胸に積もります。
生暖かい液体が目の端から零れ落ちてしまいそう。
「ま、まさか何も考えずにいらしたのか?流石の吾輩でもこうも敵地とも言えるど真ん中で考え無しに騒いだりはいたしませぬぞ」
「もうやめて!俺のヒットポイントは零だよ!むしろマイナスになりそう!オーバーキルだよ!」
思わずうずくまって恥ずかしさのあまり熱くなった顔を両手で覆う。
あ、手に湿り気を感じる。
ぐすん。
強く生きような俺。
「ま、まあ、そういうこともあるであろう。何にせよ上手くいったのだからよしとしましょうぞ」
「え、それって?」
俺の言葉にボルツのおっさんは力強く頷く。
「うむ、この階にいますぞ。意志のある個体の気配を感じる」
ぴくぴくと頬の筋肉をレーダーのように反応させるボルツのおっさんにはドン退きするが情報は見捨てることができない内容だ。
場合によっては新たな仲間にもなれば戦闘にもなる。
「場所は動いておらぬようですな。二階の西側、給仕達用の調理場でその気配を感じるぞ」
「そうか、会いに行かないとな」
俺はよっこらせと立ち上がる。
ほんのちょっぴりではあるが魔力精密操作がしやすくなったように感じる。
もちろん毛ほどの成長な感じなので気のせいで済ますこともできる成長だとは思うが。
「しかしまだゾンビがその周辺にいるかもしれないので邪魔されないよう誘導しなければいけませぬぞ」
「また鬼ごっこかよ!」
悪態を打ちながらも俺は早速廊下に出てボルツのおっさんが指さす方に向かって走る。
「廊下をこのまま真っ直ぐ走っていきましょう。そしてゾンビを東側に引っ張りますぞ」
「分かった!」
直ぐ近くに目標があるのはなんといいことか。
俺は興奮してどきどきしながらも走る。
「むむ。ヨハン様、魔力精密操作が乱れていますぞ。しかも何やら邪な感情も感じますぞ」
「いいじゃないか!そろそろ女の子が恋しいんだよ俺は!」
期待したっていいじゃないか。
ゾンビの恐怖から抜け出すにはきっと美少女成分や美人成分が必要なのだ、多分、きっと、おそらく。
俺は希望を抱きながらゾンビを引き連れるために再びボルツのおっさんと大声で話しながら走り始めた。