部屋から出たらゾンビが居ました
城はやはりと言うか当然と言うか荒れ果ててしまっていた。
帝国に攻められ陥落したのは一週間ほど前で、三日前ほどにこの地を去ったため帝国兵の姿はもちろん、ラビアナ国の民の姿も無かった。
四日ほどで城から略奪の限り尽くした帝国は物資はもちろん人材までも連れ去っている。
連れ去られた人材は奴隷として、すでに死んでいたりこれから死んでしまう魂だけの存在は捕獲されて持ち帰られてしまうのだ。
そこで少し気付いて欲しいことがある。
じゃあ、ほっとかれた死体はどうなるのか。
しかもその場所がダンジョンになった城であったなら。
「ウウ……」
結論、彷徨う死体、ゾンビになっておりました。
「あれは……恐らく城に逃げ込んできた民でしょうなあ。元はラビアナ国の民ですが残念ながら自我が無く完全にモンスター化して別の存在になってしまっておる。意志の疎通は難しいでしょうなあ」
「だよなあ。同じ場所を行ったり来たり。口からうめき声しか聞こえないとモンスターになってるんだなあって実感しちまうよ」
俺がいた部屋は三階にあったので、そこを出て少し歩いた場所にいた廊下の曲がり角の向こうに歩くゾンビを見ながら俺とボルツのおっさんは小さい声で会話をする。
意志の無い死体の様子を見て、完全に化け物になってしまったことを二人で確認を取っていた。
この様子では契約も難しいようだ。
ある程度意志のある存在じゃないと自分で生み出した存在以外との契約は今の時点では不可能であることは遠くから死霊魔法による接触を試みて分かってしまった。
しかし彷徨う死体が歩くダンジョンってちょっとどころかかなり嫌だよな。
いや、これから俺はそういう存在を連れて歩くことになるんだと思うけどこうも意思無く活動を続ける肉体を見てしまうと、今生きている人達に同じ目にあって欲しくないって思うのは悪いことなのだろうか。
そして俺は思う、こうして意志の無い肉体でもそれは魂が抜け落ちてしまったからだ。
意志がある死体ならば、死霊魔法で契約すればきっと何とかできる、ボルツのおっさんが掲げ今や俺の目的ともなった王国復興にも役立つ橋掛かりになるという確信があった。
「まずは生存者の確認、そして意志というか魂か。この魂が宿った死体の捜索、さらにボルツのおっさんみたいな魂だけの存在との契約でどうだ?」
「うむ、そうしましょう。しかしヨハン様、まずはゾンビとの戦闘が始まりそうですぞ?」
は?と思わず声を出して無意識にそらしていた視線をゾンビの方を向けるとゾンビがよたよたと腕を前に出しながらこちらに向かって歩いていた。
そのイカレタ視線はボルツのおっさんの方では無く俺を見て存在を捉えていた。
「ちょっ、いきなり戦闘とかどうしたら」
「落ち着きなされヨハン様。たかだがゾンビですぞ。我々と同じく生まれたばかりの存在で死体の元が一般人なら戦闘力は10未満。恐れることなどありませぬ」
ボルツのおっさんはそう言うがこちとら平和な世界の一般人。
戦闘技術など学校の授業で習う護身術や剣道や柔道くらいしかしたことがない。
ゲームの主人公のように剣の練習をしていた訳でも攻撃的な魔法が使える訳でも無いのだ。
「ほれヨハン様、そこに落ちている木の棒で戦いなされ。それだけで圧勝ですぞ」
ボルツのおっさんが指で示すところには何かの枠だったらしい木の棒が無造作に落ちていた。
言われた通りにそれを拾い、棒が振りやすいように廊下に出てゾンビに相対する。
「ええい、なるようになれ!」
こうして俺の異世界バトルの初めての相手はゾンビ(男)でした。
何で可愛い女の子じゃないんだと自らの主人公能力の無さを疑いたい。
「でえい!」
少しばかり歩く速度が上がったゾンビに木の棒を振るう。
打ち下ろしによって思いっきり勢いが付けられた攻撃はゾンビの頭の頂点に当たり、ゾンビが跳ね飛ぶように後ろに飛んでいく。
「お、おおう」
攻撃できてしまったよ。
しかもゾンビは起き上がらない。
あれ?
これで終わり?
ピコーン!
「うむ。歩き方がおかしく肉体も損傷しておりましたからな。頭に強烈な一撃をもらえば人間でも倒せるのだから当たり前だ」
どうやら本当にこれだけで終わってしまった。
何と呆気ない戦闘だったのか。
しかも何やらパワーアップまでしている始末だ。
早速ステータスの確認をしてみる。
『名前 ヨハン
レベル 2
戦闘力 17
スキル 【ダンジョン操作】【魔力精密操作】【死霊魔法】』
レベルと戦闘力が上がっている。
雑兵がレベル8で戦闘力が20なら上がり方としては大きいんじゃないか?
「それはやはりヨハン様がダンジョンマスターだからでしょう。人と違い魔物である点も強くなりやすい理由でしょう」
「そうなるとボルツのおっさんもってことか」
俺と同じく魔物で生まれ変わってレベル1になったボルツのおっさんもレベルが上がれば能力も上昇しやすいということになる。
ゴーストっていう霊体なら戦闘力が上がるよりスキルを覚える方になるのかもしれない。
ボルツのおっさんには魔力操作のスキルもあるから生前は苦手だった魔法も覚えるのかな?
「でもどうやってボルツのおっさんはレベルを上げるんだ?」
「むむう。……閃いたっ!」
ピキュイン!っと腕を組んで唸っていたボルツのおっさんの両目が光る。
光が若干青白いのは魔力操作で光らせてみたのだろう。
地味に芸の細かいおっさんである。
その自信満々なドヤ顔はきっと何か素晴らしい手段を思いついたのであろう。
そこはかとなく嫌な予感がした俺は魂の抜けたゾンビに会うことなく生存者が見つかることを願いながら一応自分のダンジョンである城の散策を再開した。