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目覚めたらおっさんの幽霊がいました

「――――きて下され」


重たい色をした視界が脳内を埋めている。

黒からゆっくりと色づく景色は黄色味を徐々に帯びてピンクから赤へと変貌する。

それは俺の意識が熟睡から微睡へと移っていくことを表しているようだ。


「起きてくだされ」


そして俺の側で誰かが俺を起こそうとしているのか声をかけてくる。

それは俺を微睡から覚醒に導こうとしているのだろうが、どうしてこんな聞いたことも無いようなむさ苦しいおっさんの声で起きなければいけないのか。


ここは現代の学生小説らしい幼馴染などという架空の存在に起こされるべきだ。

幼馴染さえ居れば寝坊しそうになっても毎日のように起こしてくれ、できる子であれば朝食を作ってくれたり、一緒に登下校してくれるというもの。

幼馴染さえいれば学校で汗臭い男達に囲まれて遠くから眺めていたキャッキャッと騒ぐ女の子達と会話できる機会も得られるというもの。

あるいはその幼馴染という存在とキャッキャッと同じように騒いでも良い。


朝起こしてくれ、ときに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれ、そして学園生活に色をつけてくれる幼馴染に起こされるべきなのだ。

あ、俺幼馴染居なかったわ。


「幼馴染が居なくて朝起こしてくれるのが女の子でも無い、そんな主人公能力が皆無な俺の妄想と現実逃避はこのぐらいにしておいて。で、誰よおっさん」

「おお!ようやく起きて下さいましたか主殿!」


目を開けると俺は見たこともないような部屋で寝ていて、そばに俺を覗き込むようにしてむさ苦しい笑顔を浮かべている男がいた。

しかもその男、重厚な鎧を着ているのにも関わらず宙に浮いている足の無いおっさんだったのだ。




「つまりここは帝国に征服されて滅ぼされたラビアナ国の城の王族の寝室で、おっさんは城で働いていた近衛騎士の一人だと」

「その通り。名前をボルツェノフ・スクレインと申す!気軽にボルツと呼んで下され!」


暑苦しい笑顔を浮かべて右手の親指を突き出してくるボルツに少し辟易とした気分になるものの、その明るさと気さくさは嫌いになれない。

改めて周囲を見ると割れた窓ガラスに荒らされた室内。

高価そうな芸術品の絵画は半分に割られ、元は高さ一メートルはありそうな巨大な壺は見るも無残に粉々になっている。


寝ていたベッドは刃物で切り裂かれたのかズタズタのボロボロになっており、寝ている場所が少しでもずれていたら怪我をしてしまいそうなくらいのボロボロさ加減だったので今は近くの倒れた椅子を起こして座っている。

そして目の前の無害そうな浮いているおっさんから話を聞いていたのだ。

そしたら自分の今いる知らない国が世界で最大規模の国家である帝国に滅ぼされたんだという到底信じられるような内容じゃなかったんだけれども。


「ボルツのおっさんが元はどういう存在かは分かったけど、今はそれどうなってんの?」


俺は椅子に座ったまま同じ高さに浮いているボルツのおっさんの主に足の部分を指差しながら尋ねる。

足が無いこともそうだがボルツのおっさんは微妙に背後の景色が見えていたり、若干青い光を全身から発しているようにも見え明らかに普通の人間とは思えない。

どっからどう見てもお化けである。


「うむ。実は吾輩、先ほど死んでしまいましてな。命からがら、魂を捕獲されないよう何とかこの王城まで辿り着いたのだ。そしたらこの王城が異界化、分かりやすく言うとダンジョンになりかけておりましてな。その中心の瘴気に当てられて魂だけの存在からゴーストという魔物に変貌したのだ」

「うん、前の状況確認から突っ込みたいところはいろいろあるけれどまずは魂が捕獲されるところから詳しくいこうか」


ボルツのおっさんが言うには帝国は征服した際、死んだ人間の魂を捕獲する邪法を操っており、その際に捕まった魂がどうなるか詳しくは知らないようだが軍事国家のすることならば兵器への転用とかそのあたりだと言うことは推察できる。

まあ、こんな異世界のお話、魔法やら魔物やらファンタジー染みたところがあるがゆえに魂の捕獲などという信じがたいことができるのだろう。


「次に異界化、ダンジョンについて」

「これは土地などの場所に瘴気という悪い魔力が溜まって魔物が発生する場所のことを異界、迷宮、ダンジョンというのだ。そして魔物は人類にとって害悪となる存在で基本的に人間を襲う怪物。そしてそんな怪物が生まれるダンジョンの中心で最も瘴気が濃いところにいたのが主殿ですな」


次に聞くところを説明したと思ったら突っ込むところが増えた!

俺は今一度自分自身の体を確認する。

肌の色は若干血色が悪く、冷たい以外は何の変わりも無い自分の体だ。

血もゆっくりとだが巡っているし、普段よりも十分の一くらいのペースで心臓が動いているが特に変なところは無い。



「おや、主殿も魔物になっておりますな。吾輩と同じ!ハッハッハッハ!」

「笑えねえよ!」


精一杯自分の体に起きている変化をスルーしようとしているのにこのおっさん抉り込むように事実を隠すことなく言い放ちやがった。

だが魔物になったと言えど外見の変化は全くない。

ボルツのおっさんはまだ可愛らしい方だが魔物っていえばもっと外見上に大きな変化がみられてまさしく化け物といった風貌になのだと思っていたのに。


「俺、外見がどう見ても人間なんだけど」

「恐らく主殿は吾輩が言っている通りこのダンジョン化しつつある場所の主殿なのでしょう。ゆえに普通の魔物とは別種の存在になっておるのだと」


そんなものになった覚えはない。

そう思って記憶を探ると何も思い出せなかった。

え?と混乱しそうになるが先ほどから感じている通り魔物になったせいか感情の抑揚の振れ幅が小さく、思考が乱れることは無かった。


つまり俺は、自分が元居た世界ではないと理解している知識を持ちながら自分が何者かも分からず、この場所に居たという訳だ。

今自分に起こっていることをボルツのおっさんに話すと深刻そうな顔で頷いた。


「これは古くからの伝承で真実ではないと言われておるがダンジョンの主はその場で生まれる場合と異世界から連れてこられる場合があるそうだ。異世界から来る場合この世界に適合するように体が生まれ変わるのだと言っている奴がいたのだ」

「まさしくその通りになっているんだが」


しかも記憶まで無いとかどんだけ変わったのよ俺。

見た目は人間なのに中身が違う化け物とか以前までの俺なら発狂して自殺しそうだ。

いや、ようやく物語の主人公的な存在になったのだと驚喜する俺の方が正しいのかもしれない。

何だかそっちの方がありえそうな気がして来て自分という存在に溜め息を吐きたくなる。


「で、俺は記憶も無く、ダンジョンの主だという線が濃厚な存在で、そんな俺にボルツのおっさんは俺に何を望んでいるんだ?」

「よくぞ聞いて下された!」


暑苦しい笑顔を振りまいたボルツのおっさんががばっと両腕を広げる。

抱き付かれるのかと体を硬くした俺だがどうやらボルツのおっさんは自分の体を見せたかったようだ。


「今の吾輩はこのように物にも触れられないゴーストになってしまった。それも全部、この王国のみならず世界を荒らしに荒らす帝国のせい!」


顔をしかめ握る拳だがその拳で触れられるものはもはや無いのだとボルツのおっさんは語る。

その表情には帝国への怒りと憎しみ、そして自分の無力さを嘆いているように見える。


「あれだけ物が豊かで人々も笑顔が絶えず文化もあったラビアナ国も帝国に滅ぼされてしまった。平和な毎日を過ごしていた民も多くが殺され、それでも生き残った者達でさえ奴隷となり連れ去られた。残虐の限りを尽くす帝国を許すことはできませぬ!そして吾輩はここに、かつてのラビアナを取り戻したいのだ!」


熱く語るおっさんの顔は決意に満ちている。

しかしそれを実現することはかなり難しい。

今現在民がほとんど居ないこともさることながら、敵国である帝国は聞いている限りは大陸全土の国に喧嘩を売って戦争を繰り返し、それでも毎回勝利を重ね、殲滅して征服するような超軍事国家。

幸い、このラビアナは山脈の近い僻地にあるためか今は帝国の影は無いがいずれこの土地を開拓するために戻ってくるだろう。


「頼む主殿!吾輩と共にここでダンジョンを生み出し、発展させてくれ!」


宙に浮いていたボルツのおっさんが地面に落ちたかと思ったら平伏して額を床に付けている。

こんな今の状態も大して把握してないような子供の俺にするものでは決して無い。

それだけの決意がボルツのおっさんにはあるのだと言うことを俺は理解した。


「うん、顔を上げろよボルツのおっさん。だけどこれから聞くことの答えによったら俺はおっさんとこの世界に来て初めての化け物同士のバトルを繰り広げることになるぜ」


床に額を付けていたおっさんの頭が上がって俺を見上げる。

この世界に来てから魔物だのダンジョンの主だとかいう存在になってしまった俺だが、元は平和を愛する日の元の人間。

例え存在が悪い方向に傾こうともそう簡単に心や魂まで傾かせようとは思わねえよ。


「おっさんが並々ならぬ想いで、たくさんの理由があって、それでダンジョンを立ち上げて王国を再興させたいのは理解した」


それでも俺は聞かなければならない。

倫理社会で育った一人の少年としてこの世界で再興を望む騎士に問いかける。


「おっさんがしたいのは、何よりの目的は自らの国を滅ぼした帝国への逆襲か?それとも残虐の限りを尽くした帝国兵も含めた帝国という全ての存在を含めた相手への復讐か?そうでもなく、かつてラビアナという平和で活気のあった国を取り戻したいのか?今も奴隷に落とされながらも生きているかつての民を取り返し、この土地に住まわせるのか?」


真っ直ぐに俺を見てくるボルツのおっさんの視線と俺の視線が交わる。



「ボルツのおっさん。あんたの答えを聞かせてくれ」



滅びた国の寂れた王城の一室で、俺は目の前で懇願する元近衛騎士に問いかけた。

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