08 少年が少女を抱き締めた意図は?
本当、もう、どうすればいいの、これ。
異性に抱きつかれた事に顔を赤くすればいいの?
それとも、第一王子に恐れ多くも抱きつかれたと顔を青くすればいいの?
「あ、あのー……」
「ああ……ごめんごめん? 嬉しくてつい勢いあまっちゃったよ」
おずおずと口を開くと、ルシアさんが苦笑気味に謝り、緩慢な動作で私から離れる。
嬉しくてついって何ですか。
勢い余るって何ですか。
「せ、説明を求めますっ……!」
「……君は」
「ルシア様!!」
ルシアさんから僅かに距離を取ると、身構えながら叫ぶ。
そう、説明だ、説明。
何故、私がいきなり抱き付かれるの。
ルシアさんが驚いた様に数回瞬きを繰り返した後に、口を開くが、ユシアスさんがそれを遮る。
「その様な得体の知れない貧相な女に触るなど。御身が汚れます」
「ま、まさかの私は汚物……?!!」
慌てた様に駆け寄って来たユシアスさんが、言いながらルシアさんの黒く長いローブを埃でも払う様に軽く手で叩く。
初対面にも関わらず、有り得ない物言いに思わず声を上げた私は悪くない筈だ。
「あはは……ユシアス、彼女に失礼だよ」
「……こんな女に払う礼儀などありません」
酷い言い様だと私は思うのだが、どうだろう。
この場合は、笑っているルシアさんも同罪か。
私は静かに、二人に恨めしげな視線を向けた。
「そんなに睨まないで? 大丈夫、君は貧相じゃないよ。とても柔らかかったし、どちらかと言うと……」
「っふぉ、変態っ?!!」
「テメェは余程死に急いでるらしいな」
ルシアさんが楽しそうに笑ったと思うと、突然口からセクハラ発言が飛び出す。
私が思わずぎょっと後退ると、ユシアスさんが冷たい眼差しと共に、剣の切っ先を向けてきた。
いや、待て。
これ、私何も悪くないよねっ?
寧ろ被害者じゃないだろうかっ。
なのに、何この仕打ち……!
「駄目だよ。双黒色の客人を傷付けちゃ」
「分かっています。殺しはしませんよ」
おい、殺しはしない、て……殺す以外はするって事か。
何この人、恐い。
私に何する気ですか。
痛いのは嫌いです。
全力で拒否します。
「わ、私……用事があるので……」
「こんな夜更けに?」
「私にはこれから爆睡すると言う使命がありますので……!!」
「どんな使命だ」
この場を逃げる口実を作ろうと口を開くも、首を傾げるルシアさんと、訝しげな視線を向けてくるユシアスさんにより敢え無く撃沈。
……お願いします、見逃して下さい。
何だか、家主に犯行現場を見られた泥棒の心境だ。
恐らく、逃がしてくれないよね。
私、不審者っぽいし……。
はぁ──心内で小さく溜め息を付くと、肩を落とした。
◆
「へぇ~、ワカナさんの出身地はニッポンって言うんだ」
「えー、ああ、はい、まあ……」
中庭の隅に置かれたベンチに、ルシアさん、私、ユシアスさんの順で座りながら、にこにこ笑顔のルシアさんに質問責めに合う私。
何故、こうなった……!
答えは簡単だ。
ルシアさんに乗せられたのだ。
見事に自己紹介させられ、雑談に持ち込まれた結果、相手のペースにハマって、逃げられず終い。
後、ルシアさん達は、私が双黒色である事が分かった時点で、エリオスさんの保護した異世界人だと気付いたらしく、そのせいもあって雑談に縺れ込んだそうな……。
「あの、ルシアさん……何で、私に抱きついたりしたんです?」
どうせ雑談させられ続けるならと、先程中断された話題を蒸し返す。
「ん? んー、双黒色の話は聞いた?」
「え、えぇ、まあ……」
「ほら、双黒色って珍しいでしょ? だから、自分以外の人と会ってみたかったんだよね」
ふんわり、と柔らかく嬉しそうにルシアさんが笑う。
……双黒色、は稀人の証。
そう簡単に会えない、よね。
この人は、ルシアさんは……お母さんが双黒色だから、自分も同様の双黒色で生まれてきた、て漫画に書いてあったけど……。
「あはは、そんなに難しい顔しないで? 別に深い意味はないんだ。抱きついたのは思わずだから」
「……そういうもんですか」
「そういうもんです」
ルシアさんが頷きながら、再びにっこと笑った。
「じゃあ、ルシアさんは異世界人なんですか」
「いや、俺は違うよ。俺の場合は母が双黒色で、その遺伝なんだ」
「そうなんですか……異世界人って意外と多いんですね」
作中でも、珍しいと言いながらも異世界人とか割りかし出てたし……意外と多いんじゃない?
今回なんて私達、四人も異世界人がステラシアに来た訳だし。
「……決して多くはない。このステラシアに迷い込む稀人は数年に一人だからな」
「?」
「はっきり言って、テメェ等は異例だ」
……異例。
細められた鋭い視線と共に言い放たれた言葉に、私は顔をしかめる。
まあ、そうだろう。
予想はしてたよ?
だって、異世界人なんていっぱい居る筈なくて……おまけに、この世界を漫画やアニメの作品として知る人間なんて、ある一定の未来を知る人間なんて、異例以外の何ものでもない。
けど、そんな……突き放すみたいに言わなくても……。
「この世界に黒髪黒眼は存在しない。居るとしたら、それは異世界人に他ならない」
「……存在、しない」
ルシアさんが、双黒色に付いて語り出す。
私は隣で、ただ黙ってそれを聞いた。
「けれどね、俺の様に異世界人を親に持つ者は稀に黒の色素を受け継いで生まれる。そして、アルラウネの加護を受ける者もまた黒の色素を持って生まれる」
「アルラウネ……え、じゃあ、稀に双黒色も生まれるんじゃ……?」
「前者は低い確率でね? 後者は黒の色素、て言っても髪だけだよ。瞳にまで黒の色素は反映されない。よって、双黒色はこの世界には存在し得ない色なんだよ」
……複雑だ。
何故、黒髪は稀とは言え生まれるのに、黒眼は生まれない?
いや、でも、そこは女神の加護云々だもんな……。
原作でも一度この手の説明はされ、知っている事なのだが、私は思わずルシアさんに問い返す。
すると、予想通りの返答が返ってきて、私は心内で自嘲した。
既に知ってる事を聞き返してどうする。
「全ての始まりと生を司る女神と、対を為す全ての終わりと死を司る女神。始まりの女神は金色の髪を持ち、終わりの女神は漆黒の髪を持つらしい。そして、アルラウネとは終わりの女神の名前」
「終わりの女神の色って……それ、疎まれたりしないんですか」
「いや、寧ろ逆だよ、女神の色を持つ者に何かあれば女神の不興を買うからね」
恐らく皆最初に浮かぶだろう疑問を口にし、当たり障りなく、今この話を初めて聞いた体を装う。
ルシアさんは丁寧に説明してくれた。
「……なら、金髪も同様に?」
「ううん、アルラウネと違って始まりの女神は生みの親みたいな者だから、彼女が加護を与える事はない。皆、平等……それに金髪は、別に希少ではないから。そんな大人数に加護なんて付与できないよ」
引き続き話は進む。
金髪は違くて、黒髪はそう。
始まりの女神は加護を与えず、終わりの女神は加護を与える。
黒髪は女神の加護の証で、黒眼と双黒色は異世界人の証。
何故、人間に加護を与えるのは終わりの女神なのか。
何故、始まりの女神は加護を与えないのか、これは……物語の根幹に繋がるもので……。
「!」
「ああ、もうそんな時間か」
遠くから私の名前を呼ぶ声がして、思考を一時中断した私は思わず立ち上がり、辺りを見渡す。
た、多分、シギさんだ……!
あまりにも私が遅いから、探しに来てくれたんだよ、きっと。
隣でルシアさんが、少し淋しげに呟くの聞きながら、私はシギさんの姿が見えないかを探した。
「じゃあ、俺達はもう行くね?」
「え、あ、はい」
辺りを見渡す私に、二人も立ち上がると、ルシアさんが告げる。
それに私は小さく頷いた。
何となく、この二人には近い内にまた会う気がした。
「……第二王子には近付かないで」
へ? えーと、第二王子って、またシャルティーニ殿下の事?
去り際にルシアさんが言い残した言葉に、目をぱちぱち瞬かせる。
どんだけ、第二王子が要注意人物なの。
原作の裏に、一体どんな顔を隠し持ってるんだ。
いや、そもそも私の記憶には残らなかっただけで、相当悪い性格なのかもしれないし。
「……分かんないな」
はぁ──私は溜め息を零すと、がくりと肩を落とす。
その後、シギさんが見つけてくれるまで、私はその場で第二王子の疑問について唸り続けたのだった。
今回は双黒色と女神のお話でした!
これにて、ルシアとユシアスのターン終了です。