01 ただ、世界に落とされて
白雪が染める銀世界。
途切れる事なく流れ続ける軽快な音楽。
街を飾るのは色とりどりのイルミネーション。
道行く人は皆、一様に浮き足立ち、陽気な雰囲気が辺りを包む。
本日は言わずもがなクリスマスイブである。
そう、クリスマスイブなのだ、イブ。
もう、こんな時期。
もう直ぐ、また一年が過ぎ去る。
喫茶店の店員として朝の十時から今まで働き、やっと就業時間を終えた私は一人、カップルだらけの街道を抜けて行く。
さくさくさく、降り積もった雪が足跡を残し、更に降り積もる雪がそれを消し去る。
ああ、先に行っておくが、私は決して寂しいお一人様ではない。
これから、しっかりと約束がある。相手は女子だけれど。
「……ふぅ」
疲れを吐き出すように息を付く。
白くなってもやもやと消えてゆく息を見ながら、ああ今日も寒いな、なんて心内で呟き、コートのポケットからスマートフォンを取り出す。
……もう直ぐ七時、か。
時間だけを確認し、私はまたスマートフォンをポケットに戻した。
約束の時間は七時ジャスト。
少し急いだ方がいいかもしれない。
私は歩くスピードを上げ、早足で道を歩いてゆく。
街の中心、クリスマスツリーの装飾が施された巨木に向かって。
「お、やっと来たか!」
前方、クリスマスツリーの前に立つ見知った人物三人を見つけ、私は急いで駆け寄る。
向こうもこちらに気付いたようで、手を振っていた。主に、焦げ茶色の髪をツインテールに結い上げた、栗色の瞳の勝ち気そうな女性、と言うにはまだ幼い見た目だが一応は成人している友人の一人──時任星羅が。
因みに彼女は、男勝りな僕っ子ならぬ俺っ子である。
「うわ、私が最後?」
げそ、とした表情で問い掛けた言葉はあっさりと肯定、三人に頷かれた。
私が最後かぁ。うん、少し遅れたっぽいね。
「マジかぁ、ごめーん」
「ダーメ、許さないわ~」
軽いノリで手を合わせるが、短いクリーム色の髪をおかっぱ頭にした、焦げ茶色の瞳の少女、可憐な見た目に反して腹黒な友人、藍凪志乃にばっさりと切られる。
やっぱりか。予想通りの反応です。
「さて、一番最後の羽奏には何か奢って貰うかなぁ?」
黒髪をボブショートに、黒い瞳、赤ぶち眼鏡を掛けた、これまた女性と言うにはまだ幼く見えるけど星羅より年上な我が姉上、神崎葉璃が陽気に告げる。
私は苦笑しながらも頷いた。
「んじゃ、行くかぁ!」
星羅の号令で、皆歩き出す。
今日はこれから、私達は四人でクリスマスパーティーを行う予定だ。
帰りにケーキ屋さんに寄り、予約したクリスマスケーキを購入し、コンビニでローストチキンやローストビーフ、オードブル、シャンパンを購入。
その後、今回の会場である我が家に直行。
ご飯食べて、ケーキ食べて、シャンパン飲んで、そしてプレゼント交換!
ちょっと子供臭いかもしれないけど、こういうの割と楽しいからありじゃないかな、と思う。
騒げるのなんて若い内だけだと思うし!
「んー? 何々、羽奏、メール? 誰からよ? 男ー?」
「いや? 違うよ。何か、アニメルトからメールきた。アンケート、かな」
「なーんだ。つまんないの~」
ヴヴヴ、と不意にポケットの中でスマホが震える。メールだ。
私が一端立ち止まり、スマホの画面を確認すると、横から志乃が覗き込む。
私はにやにやと問い掛ける志乃に苦笑気味に首を横に振ると、志乃はそう言いながら引き下がった。
私は再び苦笑を浮かべた後、新着メールを開き、中身を確認する。
Q1もしも行けるとしたら、あなたが行きたいと望む世界を書いて下さい。(ゲーム、漫画、アニメの名前などなんでもどうぞ)
Q2もしもあなたが異世界に飛ばされるとしたら、どんな能力、または物が欲しいですか?
Q3もしもあなたが異世界に飛ばされたとしたら、何をしたいですか?
Q4もしも、上記の望みを遂げられるとしたら、あなたは何を対価としても構わない?
はい いいえ わからない
メールの中身には、アニメルト、アンケート、と言う件名の後に、そうアンケートらしき文章が書かれていた。
どういうアンケートだ、これ。
一体、何を計りたいんだ。
「……あ、あたしにもきた」
姉さんがキャメルのショルダーバックからスマホを取り出す。
私に続き、姉さん、志乃、星羅にもアニメルトからアンケートのメールが届いたらしい。
「異世界なぁ」
画面をスライドさせ、星羅が呟く。
異世界トリップかぁ。最近小説でよくあるネタだ。
道の脇に避け、四人でそれぞれのスマホを見つめる。
「うーん、行きたい世界……DFWの世界とか!」
「シーク様……!!!」
アンケートを見つめながら暫し考えた後に、思い付いた漫画の名前を私が言うと、隣で志乃が目を嬉々と輝かせて反応する。
あー、そう言えば志乃ってシークハイドの事好きだっけ。
漫画の登場人物で、長い銀髪に赤目の美形な悪役キャラクター、シークハイドを頭の中に思い浮かべる。
「確かにDFWならちょっと行ってみたいかも」
「美形キャラ多いもんな、あの漫画」
姉さんの言葉に星羅が頷く。
DFWとは、『The day in the fantasy world』の略である。
それは、全八十冊完結のファンタジー漫画の題名であり、アニメ化から映画化、ゲーム化までされた大作だ。
舞台は精霊が支える、人間とそれ以外を魔族に区分する世界ステラシア。
主人公は二人で、一人はヒルデ・カルタ、黒髪に赤目の猫っぽい、自由奔放な少年。もう一人はラルク・マーフィン。少しくすんだ金髪に、栗目の苦労性な少年。
この二人が世界の陰謀や、世界を守る為に悪者に立ち向かう、と言う王道的なお話。
絵は綺麗だし、登場人物は美形揃いで、魔法みたいなものが存在している。
と、まあ私達が話しているDFWと言う漫画はこんな感じの作品なのだ。
因みに、私達四人は漏れなく皆ファンだ。
「行きたい世界はDFW、能力はこんな感じで、やりたい事はぶらり旅? で、最後ははいっと、返信!」
何となく私はすらすらとアンケートに答えていくと、それを返信した。
Q2の欄に、超詳しく能力を書いちゃったのは気にしない。
何か、思い付きのままに書いただけだから。
「羽奏ちゃん、もうアンケート答えたのかよ」
「うん、ぱっと思い付きのまま返信したよ」
「マジかぁ、何て書いたか見せて」
星羅に軽く返事を返すと、今度は姉さんが絡んでくる。
いやいやいや、ならそっちから見せてよ。
「やだよ。で、姉さんは何て答えたの?」
「え、あたし? ……内緒!」
「何々、もう皆アンケート返答済み?」
志乃がタッチしていたスマホ画面から顔を上げて問う。
私と姉さんは頷き、星羅だけが首を振る。
「俺はまだ……後ちょっと」
「ふーん、後は志乃と星羅だけね」
志乃が言いながら、スマホに文字を打ち込んでいく。
──ヴヴヴヴヴ。
あ、またメール来た。
神崎羽奏様。
アンケート、ご協力ありがとうございました。
これより、景品の贈呈準備に移らせて頂きます。
へぇ、アンケートに答えただけで景品とか貰えるんだ。
新たに送られてきたメールの文面を見て感心する。
あれ、でも、私……名前も住所もアンケートで書いた覚えない。
ああ、でも、メルマガ登録されてるし、通販頼んだりしたな。
それで、なの? いやいやいやいや、流石にそれはないでしょ。
きっと、後から追加のメールでも来るのだろう。
「うっし、出来た」
「送信、送信っ、と」
星羅と志乃の二人が粗同時に返信ボタンを押した。
「……てか、あたし等何やってんの。早く行こ行こ」
我に返り、自嘲気味にふっと笑い姉さんが言うと、皆一様に笑って相槌を返し、再び歩き出す。
確かに、立ち止まってまでアンケート答えるとか、ちょっと笑える。
成人した女四人が揃いも揃って……いや、発端は私なんだけどね。
私は心の中で静かに苦笑した。
「……あれ、何……青い、薔薇?」
「はぁ? 薔薇ぁ? こんな冬の道端にか?」
「あれま、本当。凄いね、真っ青だ」
「……インクで染めた? それとも、絵の具……?」
それに始めに気が付いたのは志乃であった。
続いて、志乃が指さす方へ、私達三人が顔を向ける。
すると、そこにあったのは雪の降り積もる道端に咲く一輪の青薔薇。
純粋に驚く姉さんを余所に、私はそう呟きながら、悩ましげに首を捻った。
青薔薇なんて自然に咲く筈のないものが、何故こんな所に?
それも、今季節は冬なんだけど。
青い薔薇が一輪、道端に咲く光景はどう見ても、インクや絵の具を使った模造品が捨てられている、としか考えられなかった。
けれど、サファイアのように淡く深い色合いのその薔薇は、アスファルトに敷き詰められた白い雪にとても映えた。
景観で言うなら、きっと赤の方が最目立っただろうが。
「……模造品? でも、綺麗ね」
薔薇がある所まで歩き、再び立ち止まると、志乃が薔薇に手を伸ばす。
何となく、もやもやとした嫌な予感が胸中を過ぎる。
……なん、だろ、これ。
何か、あの薔薇がとても嫌だった。
何かはわからないけど、何故だか怖い。気味が、悪い。
「志乃っ……えッ?」
何これ、何これ、何これッッ……?!
私が志乃の名前を呼んだと同時──がらがらがらっ、と足元が唐突に崩れた。
ここは地面、だよ?
地面。アスファルト。
別にここは崖なんかじゃない。
下には落ちるような何かなんて何もない筈で……。
頭が混乱して一瞬、真っ白になる。
自分が何を考えているのか、理解しきれない。纏まらない。
「っっうぁあぁ……?!!!」
不快な浮遊感。後に落下。
崩れ落ちる大地と共に、私達四人の身体も支えを失い、宙に投げ出される。
咄嗟に手を伸ばす。けれど、それは誰にも届かないまま、落下する衝撃に耐えられず意識は外界から切り離された。