12 渦中へ走る、切っ先は己へ
引き続き戦闘パート!
後もう少し続きます。
「羽奏っ、こっち……!」
呆然と睨み合うバルミアスさんとヒルデくんを見つめる私の手を、星羅が引く。
私はただ、引かれるままに二人から離れ、吹き飛ばされたシギさんの元へと駆け寄る。
志乃と姉さんも同様に。
「し、シギさん! 大丈夫、ですかっ?!」
「問題、ないっす」
星羅がシギさんに手を差し出し、引っ張り起こす。
瓦礫がぱらぱらと落ちる。
幸い、シギさんは、打ち身、擦り傷はあれど、さほど酷い怪我はしていないようだった。
ほっ、と息を洩らすと同時に、交戦を始めたヒルデくんとバルミアスさんを横目に、浮かんだ思想に嫌気が差す。
……ああ、やだ、本当、やだ。
助けて貰ったのに。
バルミアスさんの矛先がヒルデくんに向いた事に、少なからず安堵してる自分が居た。
心臓の音はまだ五月蝿い。
けど、震えは大分治まった。
一時的としても、命の危機から離れたからだろう。
「ヨリ様、貴女達は隠れてて下さいっす。あいつは俺とあの少年でどうにかするんで」
「……分かりました」
静かに交戦中の二人を見据え、淡々と告げるシギさんに姉さんが少し戸惑いがちに頷く。
そして、シギさんは剣を握り直し、バルミアスさんへ一直線に向かう。
私達はそれを、黙って見送った。
勝算のない戦いだとしても、私達じゃ、何も出来ない事を知っているから。
早く、早くエリオスさん達が助けに来てくれる事を祈る。
「っらぁッ……!」
駆け出したシギさんが地を蹴り飛び上がり、ヒルデくんと交戦中のバルミアスさんの頭上から剣を振り下ろす。
ダガーナイフと大鎌、競り合っていた二人が瞬時に飛び退く。
標的を失った剣が、虚空を切った。
「何? あんたも、やっぱり敵?」
「違うっすよ、少なくとも今は」
「ふーん、まあいいや。じゃあ、手伝ってよ。あいつを倒すの」
「端からそのつもりっす、バラバラで行っても勝ち目薄そうっすからね、少年」
ヒルデくんとシギさんがアイコンタクトの後、頷き合い、各々の武器をバルミアスさんに向け構えた。
共闘は叶ったらしいけど、何処までやれるかは、やはり分からない。
「っ勝てると、思う?」
「分かんない。例えシギさん達が共闘したとしても、相手が悪いから、何とも言えない」
志乃が問う言葉に、私は静かに首を横に振り、そう返す。
壊れた建物の陰で四人ひっそりと、三人の戦いを見つめた。
戦況は、まだバルミアスさんが優勢。
二人を相手にしながらも、余裕の表情で攻撃を去なしている。
ヒルデくんが右から、シギさんは左から、左右略同時に切り掛かるも、バルミアスさんはヒルデくんの攻撃を身体を捻って躱し、シギさんの攻撃は大鎌で弾いた。
やはり二人の攻撃は当たらない。
二人の僅かに呼吸のズレた即席の連携が拙いとは言え、二対一でも、まるで遊ばれているように、歯が立たない。
こんなにも差があるものなのだろうか。
きゅっ、と唇を噛み、己の手を握り締めた。
「そんなもんかぁっ?! あぁッ?!」
「っ五月蝿いっすね!」
バルミアスさんが、また肩に大鎌を担ぎながら、二人を威嚇する。
顔をしかめ、シギさんが地を蹴り、一気に切り掛かる。
「軽いぞぉッ!!!」
「っ……」
「……っちょっとくらい、喰らってくれてもいいんじゃない?」
シギさんの攻撃はあっさりと大鎌で防がれ、弾かれる。
その僅かな隙に、ヒルデくんがバルミアスさんの背後に回り、二本のダガーナイフを横薙ぎに振るう。
「っから! 遅ぇんだよぉッッ!!」
バルミアスさんが振り向き様、ヒルデくんの斬撃を上体を反らして躱すと、武器を持つヒルデくんの左腕に横蹴り。
ヒルデくんはダガーナイフを一本、取り落とす。
そこに追い打ちを掛けるように、横蹴りの勢いを利用し、次いで素早く繰り出されるのは後ろ回し蹴り。
まだ地に足が付いていない状況からの二撃目はヒルデくんの脇腹に当たり、衝撃で身体が横に吹き飛ばされる。
蹴りが当たった瞬間、嫌な音が聞こえた気がした。
距離はあるから、そんな聞こえる筈もないのに。
視覚的痛みに、私は顔を歪めた。
ああ、やっぱり勝てる感じなんてしないよ。
「弱ぇ、弱ぇ、弱ぇ!! 弱ぇ奴に生きる資格なんざねぇ……!!!」
な、何……?
ぶん──苛立たし気に大鎌を大きく振り、地面に叩きつける。
そして、バルミアスさんは術の詠唱を始めた。
大鎌に取り付けられた、聖霊石と思われる黒い石が鈍く光る。
「深淵出ずる王、その黒き腕にて、卑しき生者を奈落へと引き摺り落とせ!」
淡々と紡がれる言葉。
シギさんが妨害するように切り掛かるも、あっさりと躱され、詠唱は続けられる。
こ、こんな序盤でこの人何使う気……?
晶霊術、てここじゃまだ使わないんじゃ……。
原作との差異に困惑する。
本来なら、直ぐにエリオスさんとラルクくんが駆け付けて事なきを得る。
けど、これは……明らかに不味い気がしてならない。
「黒淵ノ御手!」
バルミアスさんが言霊を紡ぎきった。
光る黒い聖霊石が、晶霊術が完成した事を警告する。
これは多分、闇属性の術だ。
シギさんが次に来るであろう攻撃に身構える。
ヒルデくんは、体勢を整えてから、バルミアスさんを警戒するように見据えた。
「……ッあ!」
術が発動する刹那、私は自らの視界の端に捉えたものに目を見開き、声を上げる。
周囲に人が居なかったから、皆各々で自主避難しているんだって、悲鳴が聞こえて皆逃げてたから、この場にはもう誰も居ないって勝手に思い込んでいた。
それは、間違いだったらしい。
……ああ、何て事だ。
頭で理解するよりも早く、身体が動く。
「羽奏っ?!!」
焦ったように姉さんに名前を呼ばれるも、気にせずにバルミアスさんが行使した術の最中へと駆け出す。
広範囲の闇属性、晶霊術。
地面から無数の真っ黒い手が現れ、蠢く。
シギさんとヒルデくんが迫り来る手を、己の武器で薙払っている。
私はその光景を横目に、まだ無事な地面を踏み締めて走った。
別に物語の中の勇敢なヒロインになりたい訳じゃない。
あそこまで、優しくも、お人好しにも、強くもなれない、て分かってるから。
だけど、ただ……ただ、今この瞬間、ここで出て行かなかったら、私の中の何かが変わってしまう。
私の中の何かを、私自身が壊してしまう気がした。
子供を見捨てる私なんて、許せない。
「ワカナ様ッ?!!」
「……っ?!!」
シギさんの焦ったような声。
ヒルデくんが息を飲む。
私は構わずに一直線。
目線の先──ふらりと術の最中へ現れ、恐怖に立ち竦んでいるであろう男の子の元へ。
「こっち!」
「……っ?」
迫る黒い手を振り払い、男の子を自らの腕の中へ抱き込む。
男の子が驚愕に身体を固くしたのが分かるが、私は構わず、庇うようにきつく抱き締めた。
嫌だ、やだっ……怖い。
黒い手が足を掴み、這い上がる。
背中にぞわりと悪寒が走る。
きゅっと唇を噛み、耐えるようにきつくを目を瞑る。
駆け出してきた事を後悔したくなる程の恐怖と不快感が、頭を支配した。
やだ、やだ、やだっ……冷たい。気持ち悪いっ。
一時は治まっていた、震えがぶり返す。
「っっ……!!!!」
黒い手が全身に絡み付く。
握り潰さん程に、腕を足を身体を掴まれる。
黒い手は首にまで伸び、ゆっくりと力が入れられる。
徐々に気管が圧迫され、息が出来なくなる。
痛い。苦しいっ。
やだ、触らないで。離して。
苦しいっ。気持ち悪いっ。
こんな、いやだっ……死にたくなんて、ない。
苦しさで生理的な涙が浮かぶ。
酸欠で頭がくらくらと揺れた。
意識が保たない。
このままじゃ、窒息してしまう。
混濁し始める意識の中で、それを連れ戻すように、事は起こった。
「……っえ……?」
唐突に、頭上から淡い光りが降り落ちる。
それと同時に消える圧迫感。
身体を掴んでいた、黒い手が溶けるように離れていく。
な、え、は……?
慌てて目を開き、上を見上げると、透明なキューブの付いたレース柄の銀の腕輪が、光りを零しながら宙に浮かんでいるのが、目に入った。
眩しさから、僅かに目を細めると、腕輪は光りを緩めながら、ゆっくりと落ちてくる。
もう、辺りを覆った黒い手は消え去っていた。
「……っ後ろ! 避けてっ!」
「っ……ッッ?!!」
呆然と事の成り行きを見つめ、落ちてきた腕輪を受け止める。
それと同時に、ヒルデくんから鋭い声が飛ぶ。
私は驚愕に肩を跳ね上げると、逡巡する暇も与えられずに、迫る生命の危機に、男の子を抱き締めたまま、悲鳴を上げながら地面に転がる。
その拍子に、帽子が風に流され、遠くはない地面に落ちた。
黒髪がばさりと流される。
……ッッあ、あ、あ、危なかったッ。
思わず、落ちた帽子と私に生命の危機を齎した人物を交互に見遣った。
顔から血の気が引き、青ざめる。
私達のさっきまで居た場所に、大鎌の鋭利な切っ先が突き刺さっている。
「……よぉ、どうやって俺の晶霊術を打ち消したかは知らねぇが……黒を野放しにはできねぇよなぁ? それに……」
犯人──バルミアスさんはニヒルに笑う。
その目付きは、獲物を狩るように鋭い。
けれど、新しい玩具を見つけたように爛々と輝いてもいた。
ああ、終わった。……かもしれない。
柄にもない事するからこうなる、なんて……自嘲しか浮かばない。
「お姉さん」
腕の中の少年に、服の裾を引かれた事により、私ははっと我に返り、慌てて立ち上がると、男の子を抱き締めたまま後退る。
ああ、もう、何これ、私にどうしろって言うの。
大人しく死ね、て?
ああ、本当に泣きたい。
何で、バルミアスさんこっち来るの。こっち見るの。
ぐるぐると、頭の中を思考が巡り、場面転換の早さにプチパニックを起こす。
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