幼女と完成した馬車
「では問題です。現在の通貨の単位は世界共通でポッケです。まぁ一部違いますが……で、そのポッケとなった由来は何でしょうか?」
「ポケット」
「惜しい、正解はポケットマネーです。元々の意味はお小遣いですが、当時通貨の単位が無かったため良く支払い時に使用されていたこの言葉を縮めてポッケといつの間にか呼ぶようになったそうです」
「たまに使ってるオッサンいるわよね。ここは俺のポケットマネーから払っておくよ、とか」
「はい。では……そうですねぇ、たまにはお母さんが出題してはいかがでしょう?」
私が?学生時代に授業を聞き流し続けて卒業したこの私が一体どのような問題を出せと言うのだ
ちなみに今日は大工仕事はお休みだ。空間は何とかなったが資材が無いため昼過ぎてからお買い物という計画となっている。朝は暇つぶしがてらにユキが何かしら問題を出して私達が答えていた
「別に今日は勉強してる訳ではありませんから面白そうな問題を出して頂ければいいですよ」
「そうねぇ……じゃあルリ、こっち来なさい」
「ワシか?……わかったのじゃ」
何も知らない哀れな大精霊がこちらに来る
「昨日紹介した可愛いペットのルリについて問題を出すわ」
「うむ、可愛いのじゃ」
「自分で言いましたよあの子」
「では問題。このルリは泣き虫ですが、これから出す選択肢でルリを泣かせる事が出来るのはどれでしょう。ちなみに複数回答可
1.ルリの着てる服を破る
2.奇跡すてっきを向ける
3.マオを泣かす
さあ選びなさい」
「おい主殿、問題に悪意しか感じぬぞ!」
「無関係なわたしが犠牲になってるのもおかしいですっ!」
だから面白いんじゃないか
「これは何とも……無難な所ですと1か2ですが……」
「私はあえて全部にします。お姉様ならあの手この手で泣かせるでしょうし」
「では私は1と2で」
「……3」
「メルフィさんはチャレンジャーですね……」
「わ、わたしは3以外で!!」
「つまりユキさんと一緒という事ですね」
皆答えが出揃ったようだ。正解は私にも分からないためそれぞれ実践しながら回答する
マイちゃんは興味無い様で不参加だ
「じゃあまずは服を破ることね」
「やめるのじゃ!?こ、こはれアイリス殿が……って前にも言うたじゃろうが!う、うぅ、うぇぇ……」
「……服を破る前に泣きましたが、これは有効ですか?」
「有効ね、じゃあ1番は正解で」
速攻すぎて面白くない、次はもうちょっと頑張ってほしいものだ。次は奇跡すてっきを向けるってやつだが、これは微妙だな。トラウマがあるのは確実だが向けるだけで泣くかどうか……
一旦ルリが泣き止んだのを見計らってから実践する
「ということでそりゃ」
「ふぉ…!?」
驚きはしたが泣きはしない……ジリジリ間合いを詰めて奇跡すてっきは今やルリの目と鼻の先だ。しかしそれでも泣かない……めっちゃ嫌そうな顔はしてるけど
「耐えるわね」
「いや……その杖は確かに嫌いじゃが、今の使い手はあの外道ではなくて主殿じゃからの……別にあやつ程に酷い事はされんじゃろうから泣くほどではないな」
「ふむ……なるほど。でも場合によっては先代よりも外道な手段で泣かすから覚えておきなさい」
「やじゃ」
何にせよ2番は不正解。この時点ですでに正解者が居ないという
「もう皆さんダメなので3番はしなくていいと思います」
「折角だからやるわ」
マオはマオで泣き虫な方だから泣かす手段は色々あると思う。が、最近精神的に成長した様なので以前の様に楽に泣かすのは難しいかもしれない
マオの座っている椅子まで近づき、目線が合うように私も椅子に座った。ずいっと顔を近づけると怯えた様に仰け反る……こうも良いリアクションする所がこの娘のいいところだ
「い、言っておきますけど昔のわたしより強くなってますよ!?」
「知ってる。別に暴力や悪口で泣かせるつもりはないわ」
「ぐ、むむむむ……!」
私が何をするのか分からないんだろう……やたら警戒している。とりあえずルリを泣かせる問題だからマオの横に並ぶ様に座らせた。椅子に座ってもちっこいなコイツ
「では3番の答えね……人間好きな悪魔の青年のお話」
「「?」」
「とある田舎の村の外れにある森に悪魔の青年が住んでいました。悪魔は人間の敵、しかし悪魔の青年は人間が大好きなので村の近くでひっそりと住んでいました
いつも遠くから見るだけの生活をしていましたが、何とか村の住民と一緒に暮らしたいと悪魔の青年は次第に強く思い始めました……」
……
…
「……そして悪魔の青年は村人による処刑を甘んじて受けます。何の罪も犯していない悪魔の青年が死罪となる、こんな理不尽な事なのに怒ることも悲しむこともせずただただ受け入れました
いよいよ処刑が始まります。長方形に掘られた土の中で悪魔の青年の胸に杭が打たれました。処刑される際の村人達の罵言を静かに聞きながら死を待ちます。しかし死を迎える前のこと
『待ってっ!……あぁ、ごめんなさいっ!ごめんなさい悪魔さん……私のせいでごめんなさい』
ふいに聞こえた言葉。悪魔の青年が死罪となるきっかけとなった村娘の謝罪でした。今まで意識を失い怪我で動けなかった村娘ですが、起きてすぐ悪魔の青年の処刑の事を知り何とか駆けつけたのです。そして何の事かさっぱり分からない村人達に説明しました。自分が怪我をしたのは森にいる魔物に襲われたから、そして悪魔の青年が助けてくれたのだと
『……悪魔が、助けてくれたのか』
『そうです……それなのに……!』
勘違いで殺そうとした恩人を助けようにもすでに杭は悪魔の青年の心臓に刺さっています
『よいのですお嬢さん……これでよいのです。人間は悪魔を倒すことが正しい、人間を愛する私の方が異端なのです』
悪魔の青年の言葉を聞き、村の娘を助けてくれた悪魔が本当に人間の敵であると村人は思えませんでした
『そんな事はありません。悪魔などと称したのは私達人間です。あなた達は……少なくともあなたはこんなにも優しい心をお持ちで人間を愛してくれると言ってくれました。そんなあなたを誰が敵として憎むのでしょう』
『すまない……あなたはもう助からないかもしれない。種族なんぞで悪と決め付けて本当に済まなかった』
薄れゆく意識の中で村人からの謝罪と感謝の声が悪魔の青年の耳に届きました。心臓の杭は抜かれましたがやはり命は助かりません。かろうじて意識がある内に青年は言いました
『あなた達が……その様なことを言ってくれるあなた達の様な人がいるから、私は罵られようと命を奪われようと人間が嫌いになれないのです、大好きなのです。だからありがとう、あなた達のおかげで私は人間を愛したまま天へと旅立てます』
その言葉を残し、青年は息を引きとりました。村人達はこの優しい悪魔を丁重に葬り、悪魔全てが悪と決め付けてはならないという教訓を心に刻みました。それからこの村では悪魔だろうと亜人であろうと害をなさない相手なら快く迎える様になりました。広い世界の小さな村ではありますが、人間と他の種族が共存して暮らす第一歩、その第一歩を人間好きの悪魔の青年が成し遂げたのでした
おしまい」
「「えぐえぐ」」
「二人とも見事に泣いたわ、3番は正解ね」
「こう来るとは思いませんでした。有りそうで無さそうなお話ですね」
「悪魔が主役の時点で無いでしょうが……しかし良いものを聞かせて頂きました」
思いつきで話した割りに好評じゃなかろうか?実は私には文才があるのやも……本を出そうものなら売れまくってどうしようみたいな
「買い物に行く前にギルドに行ってきますね」
「何かあったっけ?」
「魔物討伐の報酬を頂きに、まぁすでにそれ以上の収入がありましたが貰えるものは貰っておかないと」
「そうね。ならいってらっしゃい」
「ついでにルリさんの登録とかしますか?」
「どう見ても登録出来る容姿じゃないからいいわ、別の国に行くときは不法入国してもらいましょう」
「確かにこの小ささじゃ無理ですね。正体を明かせば大丈夫でしょうが要らぬ注目を浴びますしやめておきましょう」
と言ってユキは出て行った。多分ギルドから戻ってきたら昼食を食べてその後に買い物に行くつもりだろう。外で食べても大した料理無いし
「さて、ユキさんが戻ってくるまでどうします?」
「しりとりがいいです」
「マオがやりたい遊びって金がかからなくていいわね。いいわ、いつぞやの約束通りマオがやりたい遊びをやりましょう」
こんだけ人数集まった事だし馬車が広くなったらかくれんぼもしてやろう。鬼ごっこはダメだ、私が圧倒的に不利だもん
「じゃあマオからね、しりとりのりよ」
「り……リス」
「すまない……俺はここまでのようだ」
「ダメだ!一緒に帰るんだろう?諦めるな!」
「何を言う……この傷ではどうしようもないのじゃ」
「じゃあ諦めよう」
「待って下さい待って下さいっ!メルフィさんなに簡単に諦めてるんですか!……じゃなくて!しりとりになってるけど何か違う!?」
「マオの負けね、罰ゲームとして尻を蹴らせなさい」
「何で!?」
と納得いかない様子のくせに言われた通り尻を向けるアホの娘。向けられた以上蹴るのが礼儀なので椅子に立ってジャンピングキックを食らわせた
今日もフィーリア一家はほのぼのです
☆☆☆☆☆☆
「なにこれ美味い」
「トウモロコシのスープです。出店で見かけたので真似してみました」
「きっと店のを買ってたら普通だったんでしょうね」
宿屋にいるのだが食事はユキに作ってもらった。その方が美味いし。いやしかし本当に美味いぞこれ……こうパンに浸したら更に良し。うむ、これはトウモロコシを大量に仕入れといてもいい気がする。買い物の時に店という店から買い占めよう
「ギルドで何か良さそうな依頼とかありました?」
「依頼はありませんでしたが、面白そうな話が聞けました」
ほほう……それは是非ともお聞かせ願いたいわ
「最近あちらこちらで少女の幽霊が目撃されるそうですよ」
「幽霊とか私好みだけど、あちらこちらってどちらよ」
「色々です。ワンス王国でも目撃された様ですね。どうも一国に留まる事無く転々と移動しているみたいですよ」
「行動的な奴ね。でも転々としてるなら会えそうにないわ」
「お姉様なら何か出会っちゃいそうですが」
移動するって事は浮遊霊というやつか。流石に移動してる霊に会うのは確率的にも難しい。その場でジッとしてくれてたらいいのに
「少女の幽霊は今もなお何かを探し求めて彷徨っている……とでも、言うのだろうか……」
「あなた最後の台詞が言いたかっただけでしょ」
「お約束ですから」
「あっそ」
まぁ幽霊は今は置いておこう、一人くらい仲間に欲しいがのじゃロリが加入したばっかだし急ぐ必要はない。縁があればどうせ会う。
食事も済んだ事だし買い物だ。さっさと豪華になった馬車を見たいのだ
☆☆☆☆☆☆
「では二手に別れましょう。私と……そうですね、メルフィさんに同行お願いします。私達は資材の方を調達します」
「分かったわ、なら私とユキ達は家具の方ね」
すっかり大工担当になったなサヨ。建築知識をどこで仕入れたのか謎だが
場所が分かっているのかサヨ達は迷う事無く歩いていった
「では私達も参りましょう」
「場所分かってんの?」
「例の依頼先ですよ」
そういや家具の輸送の依頼を受けてたか、無事に運んだ上に商品も買うんだから依頼主はさぞかし感謝するだろう。しかし家具ったって何が必要なんだ?ベッドはいるけど
「何を買うの?」
「逆に何が必要と思いますか?」
「ベッド」
「それだけですか?……わかりました、私の方で必要そうなものは選んでおきます」
やっぱりベッドだけではダメらしい。確かに部屋にベッドだけあってどの辺が豪華なんだって話だ。とはいえ要らないものを部屋においても仕方ない
「全員分の衣服を亜空間に仕舞いっぱなしと言うのも何ですからタンスは購入しましょう。後は何か作業する時用のテーブルと椅子……後は小物類を適当に見繕いましょう」
「それでいいわ」
「ちなみに今後の事も考えて10人分は買います」
そりゃ高くなりそうだ。そんなに人数増やさないと思うんだけど、リディアやミラみたいな旅先で仲良くなった客人用って感じなのかもしれない
「馬車って自分たちの部屋以外になんか作るの?」
「全員が寛げる居間の様な空間と……そうですね、ソファーも購入しましょう。後は台所に風呂場にトイレ……後は本棚をいくつか買って資料室でも作りますか」
「もはや家ね」
「高級な宿屋風をご要望でしたから」
てことは内装にも凝ったりするのか?確かに言ったけど所詮馬車だし内装は普通でいいんだけど……高級から一般的な宿屋にランクダウンさせて作らせよう
……
家具屋に着いた。運んだ家具の量からして大きな店かと思ったらやっぱりそれなりに大きかった
横に更に大きな建物があるが、恐らく在庫を置いておく倉庫だろう。あの量を一気に店に並べるのは無理そうだし
「普通の国とはいえ王都、大きい店もあるじゃない」
「まぁ大きくせざるを得なかったって感じですが……一応この国の貴族がよく利用する店らしいです」
この国にも貴族なんて居たんだ、と少々失礼な事を思いながら早速入店した
ベッドやタンスはともかく、小物類はいちいち選んでいられないのでこういうのは店員に頼んだ方が楽でいいか
「ユキ、紙に必要な小物類は書いて店員に頼みましょう」
「わかりました。まぁ選んで頂いたのは一応確認はしますけど」
「えぇ。……えっと、そこの店の人」
名札を付けているから多分店員であろう女性に声をかける。やっぱり店の者だった様で小走りで近づいてきた
「何か御用でしょうか?」
「今から紙に書く商品を用意して欲しいの、高くていいから質の良い物で宜しく」
「かしこまりました」
すんなり引き受けてくれた。高くていい発言から上客とでも思ったのだろうか
ユキが必要なものを書き終え、店員に渡したところで移動する
「では寝具売り場へ参りましょう」
「えぇ、家具とか自分で選ぶの初めてだから楽しみね。マオはどんなベッドがいい?」
「えぇっと……藁でも敷いてあれば……」
「分かった。最高の寝心地のベッドを買いましょう」
「ユキ殿、ワシの部屋に池とか作れぬか?」
「池は無理ですが、姉さんに頼んでルリさんの部屋にお風呂を作ってもらいましょう……いえ、いっそ全員分の部屋にお風呂とトイレ、そしてそれとは別に大浴場とか……」
私としても部屋に風呂とトイレがあるのは便利で良いから異論は無い……サヨにはご愁傷様と伝えよう
寝具売り場まで来たが、実家にある様な普通なベッドから貴族が好きそうな大きなベッドまで色々あって選ぶのに迷う
「お母さんにはあそこにあるキングサイズで」
「私の身体じゃ面積余りまくるっての、普通でいいわ。部屋も狭くなるし」
「わかりました。ただそれですと添い寝しにくいのでダブルベッドにしときます」
おい、と言っても聞きゃしないだろうから好きにさせるけど
「神木と呼ばれる樹から作られたベッドがありますね、これをお母さん用にしましょう」
「何その罰当たりなベッドは」
「神木と言っても神域に生えてる樹ですよ、別に世界樹みたいな大層なものではありません。取りに行くのに苦労する分値段は高めです」
「神域に生えてるってだけでそんなに良いの?」
「マナを放出してるので疲労回復には抜群です。」
疲労する事が結構少ないんだけど、可能性は低いが気絶時間を短縮してくれたりしないもんかね。まぁ良い物ならこのベッドでいいや
「お値段は300万です」
「高っ!?たかがベッド一つで予算の三分の一とか有り得ない」
「私達のはもっと安い価格なので大丈夫です。質の良い物を選ぶのでそれでも一つ30万はしますが」
それを9人分か……つまりベッドだけでかなりの額を使うって事だ。いやまぁ2000万あるからいいんだけど
と思っていたがタンスやらテーブルやらは滅法安いのを選んだ。どうやらユキのこだわりはベッドだけだったらしい。素材はそれなりに良いのを選んだそうだ
マオとルリは家具の事とか私と一緒で全く分からない様なので口は出してこない。ただ値段を聞くたびに驚いている。まさに高い買い物をした事が無い貧乏人の反応だな
さっき小物を選ぶ様に頼んだ店員が戻ってきた。他にも店員が応援に来て二人がかりで商品を持ってきてくれた。それをユキが選別して納得すれば家具の買い物は終了である
「占めて700万弱……高い買い物だこと」
「後は姉さん達ですが、まぁ300万以内で収まるでしょう」
「ルリさん……私達って何も役に立ってませんよね?」
「ワシらは家具なんぞ分からんから仕方ないのじゃ」
買った品物はもちろん亜空間行き、高額な買い物だったからか従業員総出で見送られた。では宿に戻ろう、後は帰りに店という店からトウモロコシを買い占めるのを忘れてはならない
宿に戻るとサヨ達がすでに帰っていた。どうやらちゃんと予算内で収まったらしい。ただユキが全部屋に風呂とトイレを付ける様に言ったら嫌そうな顔をした
★★★★★★★★★★
買い物をした日から一週間、未だに同じ宿に宿泊中である。無駄に優秀なあの娘達の事だから3日もあれば済むかと思ったが流石に家を建てる並の改装には時間がかかるようだ。しかしそれでも一週間後の今日には出来上がるだろうと言っていたのでやはり侮れない娘達だ
「ここんとこマイちゃんと駄弁るくらいしかする事無かったわね」
「ホボネテタヨネ?」
「寝てました」
話題が無くなったら寝るしかないじゃん。大体美味しい花の蜜ランキングとか聞いてもあっそうとしか思えないっての
とか考えてる間に部屋のドアが開きユキが入ってきた。やっと改装が終わったのか
「お待たせしました。出来上がりましたのでお呼びに参りました」
「わかったわ、どんな出来か楽しみね」
……
馬車の所へ向かうとサヨがすでにドヤ顔で待っていた。労う場面なんだろうが何かムカつく。他の皆もやりきりましたって感じだ
「いやぁ……良い物が出来ましたよ!寝室10室に居間とトイレ二箇所に台所と大浴場!……と呼ぶほど大きくは無いですが広いお風呂。そして使うか不明な資料室!」
「ご苦労様」
「では早速ご案内を……まずはこちらから見てください」
と見せられたのはいつも乗り込む側面の場所とは違い反対側に新たに付けられたドア……限界まで大きくされたドアだが一体何なんだろうか?普段は馬車を覆う帆で隠すようだけど今は外されている
ドアは押せば簡単に開く様だが防犯はどうなってんだろうか……という疑問は結界という言葉によって解決した
「ぺけぴー、あなたが先に入って下さい」
『くる?』
「さあさあ」
ぺけぴーが訳も分からず入ったのを見て私達も中に入る。入ってみれば結構広い部屋でベッドこそ無いが床にふかふかしてそうな絨毯が敷いてあった。他にも水のみ場や食事を置く食器類があるのを見ると間違いなくぺけぴーの部屋だろう
「今までぺけぴーには外で眠って頂いてましたが、折角なので私達と同様に馬車内で寝てもらおうと作りました」
「へー、仲間はずれはいけないからね。良かったわねぺけぴー」
『はいなの!うれしいですっ!かんどうです!ありがとうなのですぅ!!』
「「「「「「……」」」」」」
『くるっくー』
「何だ気のせいか……じゃあ私達の部屋も見ましょう」
「はい、ではぺけぴーはここで寛いでおくといいですよ。ちなみに入り口の近くにある色違いの床を踏めばドアが開きます」
つまりぺけぴーだけでも出入り出来るってことか、そりゃ良いことだ。見終わった所でぺけぴーの部屋を後にしていよいよ立派になった馬車の中へ――
行く前にぺけぴーの部屋の前で聞き耳を立ててみる
『ふ、ふかふかでしゅ!わーい!ただのばしゃうまであるわたしにまでへやをくれるなんて……わたしはなんてしあわせなゆにくすなんだろっ……』
………
ガチャ
『くるっくー?』
「……何だ気のせいか」
パタン……
そりゃぺけぴーが幼い子供みたいな口調で喋る訳ないもんな……納得した所で今度こそ部屋を見に行く
いつもの入り口を通ると外から見たら絶対に分からないほど広い空間が急に広がった。天井も高く、帆ではなく屋根の様に板張りになっている。入ってすぐ真正面にある部屋はどうやらユキの部屋みたいだ。御者をするので先頭に一番近い部屋割りになったのだろう
その隣は私の部屋になってるらしい……なぜ変態の隣にしたし
「部屋割りの説明をしますと、ユキさんが一番手前……これは御者をするので近い場所が良いという理由、その隣がお姉さまですがこれはユキさんが強引に決めました」
「止めなさいよ」
「いやまぁユキさんの隣ならいざって時にも安心ですから……まぁ結界を五重に張ってますので早々危険な事は無いでしょうけど」
「まぁいいけど。私の隣がマオの部屋でその隣がメルフィ、ルリ、最後尾にサヨ……寝室は片側に集めたのね」
「はい。残りの四部屋は二階にあります。同じ様に片側が寝室で、向かいは全て資料室となっています。今は本棚の中はスカスカですが。で、一階の寝室の反対側に居間……リビングですかね、それと台所にお風呂場となってます。トイレは風呂場の隣、あと二階にもあります」
うむ、素晴らしい。廊下の壁にはユキ画伯が書いたと思われる絵が飾ってあった。変な絵は無い様で一安心だ
リビングには皆で駄弁ったり出来る様に人数分より多いソファーとテーブル……今後の家族会議はここでやるんだろうな、他は特に何ともない普通のリビングだ
台所は私には縁は無いのでスルー、次に大きい風呂とやらを見るが、5人は一緒に入れそうなくらい広かった。岩っぽい風呂みたいだが素材は何だろうかと思ったら大理石を加工して作ったんだと。お湯は符を使って入れるらしい
いよいよ寝室に行くのだが、私の部屋以外は同じらしいのでまずは自分の部屋へ……
中へ入ると確かに宿屋で見る様な窓の付近に小さいテーブルと椅子、少し間を空けた横にタンス、奥にはこの前買ったベッドがあった。入り口横が出っ張ってドアが二つあるが、多分トイレと風呂だ。床はぺけぴーの部屋にあったふかふかな絨毯が……これ土足禁止とかじゃないよね?
「土足で構いません。家具の配置は勝手に決めましたが、変えたい時は申して頂ければ変えます」
「これでいいわ、ところであの端っこにあるのはなに?」
「あれは……ちょっと実践してみましょう。お姉様たちはルリさんの部屋へ行ってみて下さい」
と言われたのでルリの部屋へ行く。私の部屋と違って絨毯は無いし広さも若干狭いがそれでも中々いい部屋だ
私以外の皆は何をするのか分かっているようで迷う事無くある場所に向かう。ルリの身長にあった横長になってるガラス張りの食器棚にコップが沢山並んで置いてあり、その隣にはテーブルある。テーブルの上には符を用いた何かしらの装置が……何となく分かった
「聞こえますか?察しのいいお姉様ならすでに分かったと思いますが、これは符を使ってルリさんに好きな飲み物を注文し、更に転移符を応用して部屋まで送ってもらおうという便利な機能です」
「わざわざルリの部屋まで貰いに行く必要ないって事ね。こりゃいいわ」
「実際に試してみましょう、何か適当に飲み物を送ってみて下さい」
「じゃあトマトジュースにしましょう」
「なぜにトマト……いやいいですけど」
装置の横にお品書きが貼ってあり目に付いたので言ってみた。作る側のルリにお品書きが必要なのかと思うが
いつも通り不可思議な現象でトマトジュースを作るルリにコップの半分までにするように伝える。当然不思議そうな顔をするが言われた通りに半分でいれるのをやめた。このトマトジュースにユキに出してもらった赤い色した激辛の液体調味料をいれて完成だ
匂いでバレるかと思うがトマトの匂いが強いので大丈夫だろう。ちなみに皆一様に嫌な顔をしていた
「これをどうすればいいの?」
「コップを置く場所に丸い印をしてると思うので円内に置いてください。その後に装置の胴の部分にあるお姉様の名前が書かれたボタンを押して下さい、それでこの部屋まで転移される筈です」
「何か凄い技術なんだけど使用目的がドリンクバーってのも勿体無い話ね」
符術の出番がやたら多いな……それほど便利って事だけど。
ルリの身長に合わせて作ってあるので少ししゃがんでボタンを押す。特にうるさい音がする訳でもなく装置が作動したのか円内にあったコップが消えた
「……お、無事にきましたね、成功です。…………ぶはっ!?」
「やったわ、成功ね」
「一番の功労者がこの仕打ちとは少々可哀想ですね」
「サヨさんも律儀に飲むから……」
律儀にというかサヨの事だ、味がおかしくなったりしないか確認すると思った
今頃咽ているであろうサヨの所へ一旦戻る
「いえね、私としてはご褒美なんかあったりと期待しちゃってましたが、まさか罰ゲームをするとは思いませんでしたよハイ」
「悪かったわよ、でもあそこで悪戯しなきゃ私じゃないっていうか」
「いいですよ……気付かなかった私も悪かったです。いかに身内だろうが油断はいけないと学べました」
「はいはい、これで説明は終わり?」
「後は空間について一応……お姉様の助言通り精霊が常時魔力を提供してくれるそうなので突然空間が縮まるなんて事はほぼありません。あと、風魔法の件についても採用しましてこの家というか荷台を多少浮かせて馬車の軽量化と振動の軽減も出来たと思います」
「うん、流石ね。あなた達のおかげで快適な旅が出来るわ……ありがとう」
「いえ、私達も利用するわけですしお気になさらず」
流石にここまでしてくれたのだから礼ぐらい素直に受け取って欲しい。でも礼だけじゃ何なのでその内なにかサプライズで贈り物してやるかな……
「他に質問はありますか?」
「部屋にあった窓ってどうなってんの?開けてもいいの?」
「いいですよ。外から見ると小さい四角形の部分が複数あると思います。それが各部屋の窓です」
「入る前に見たかな……でもあれ本当に小さかったわ。やっぱり中の空間が広くなってるんだと思わされるわねぇ」
中から見ると普通の大きさなのにまさに不思議。中に居る内は私達も小さくなってんじゃないかと思ったが違うらしい。空間を広げた後に入ってきたものの大きさは変わらないんだと……原理は不明だが
さて、確認も終わったことだし宿屋を退室手続きして早速馬車を利用しよう。御礼の一つとして料理を手伝うのもいいかもしれない。とりあえずユキから自分達の着替えなど荷物を亜空間から出してもらいそれぞれの自室で整理することにした




