幼女と滅びた都市
ダンジョン探索から早一日。私は帰りがけに貰った本の事を思い出したので、リュックから取り出してユキに差し出す
何でかって、自分で読むのダルいから
「という訳で読み聞かせてちょうだい」
「あの、ご覧の通り今はメルさんに勉強を教えてる最中でして……」
確かに…ブゥミンは小さいテーブルを用意され勉強道具をそれに置き、重要な箇所を紙にメモしているようだ。真剣にユキの授業を聞いてるなら邪魔はやめとこう
「サヨは御者やってるから、代わりにマオが読みなさい」
「わたしのお勉強はどうなったんです?」
「後からよ」
「わかりました、ではお膝にどうぞ」
マオは太ももに私を座らせ、私にも見える様に目の前に本を設置する
母親が子供に絵本を読み聞かせる時の光景だな
「読みますよー。……まえがき、わしは今の姿になる前はナイスガイだった」
「もういいや」
「早っ!?」
「何の本かと思えば自伝じゃない。植物の育て方でも書いてある方がマシだったわ」
「一応中身を読んでみましょうよ」
「まあいいわ」
パラパラとページをめくり、面白そうな内容が目についたら止めて読んでみる
「そこ、魔王の話とか良さげ」
「じゃあ読んでみましょう……えーと、実話を元にした勇者が魔王を討伐する物語がある。物語の中で魔王とは世界を破壊する異形の姿をした悪い者で、世界を守るために当時の外の世界から来た来訪者が倒す話になっている……
だが実際は魔王とはこの世界の人間であり、来訪者によって持ち込まれた様々な動植物により支配されたとも言える世界を在るべき姿に戻す為に、世界を一度壊した後に元の世界に再生しようと試みた者である」
世界を破壊するつもりだったならそりゃ悪役扱いになるわ
昔の人間達が世界というより自分達の命を守ってくれた異世界人側についたのも無理はない
その人間達によって魔王が完全悪の象徴として今日まで伝えられたのだな
「しかし魔王…ねぇ?今じゃ強大な悪魔の王の事を指すのに、最初は人間だったか……」
どこでそう変わったのやら……お?
「悪魔の項目があるわよ」
「ほんとです!……悪魔は亜人同様に外の世界の来訪者によって名付けられた蔑称であり、存在自体が悪として定着させられた……わたし、異世界の人って嫌いです」
「でしょうね。この本が正しければ、昔は種族関係なく一緒に共存してたみたい」
舞王が悪魔のくせに農作業やってるのはその名残なのかも
「今じゃ一部の馬鹿を除いてお互い不干渉になってるけど、昔は悪魔討伐が頻繁にあったみたい」
「わたし達を討伐して何の意味があるんですか……」
「女性悪魔って容姿が良い奴が多いからって理由で狙う輩も居たようね。性的な意味で」
「さいてーです」
「貴女は大丈夫よ、普通だし」
「喜ぶべきでしょうか?それともがっかりするべきでしょうか……」
安心して欲しい、マオの魅力は顔じゃない、尻だ
「貴女はお尻に注意なさい。その尻の虜になってしまった奴が襲ってくるかもしれない」
「わたしはお尻も普通です!」
「はいはい。一気に読む必要ないし、続きはまた今度ね」
「はぁい」
しかし本を読まないとなると暇になる。暇な内にマオに勉強を教えてやれって感じだが、あいにく私が勉強の気分じゃない
「サヨ、外に何か面白そうな物はないの?」
「魔物とたまにすれ違う他の冒険者達ばかりですよ。やはり馬車一台だけな上に御者が可愛らしい少女だと妙にジロジロ見られて腹立ちます」
「あっそ」
「あ、やっぱり可愛らしい少女のくだりは無しで」
自分で言って、こちらの反応が著しく無いと恥ずかしいようだ。なら言わなきゃいいのだが、ボケ担当としての使命なのだろう
あー退屈。旅する前に移動中が退屈とわかってたのに退屈
引きこもってる時は大丈夫だったのにいざ冒険を始めると何も起こらないと退屈になる不思議
気を紛らわせる為に再び本をパラパラ適当にめくっていると……
「怪獣ヌポポゴン?」
「何ですかそれ?」
「何でも実在した超巨大な生物みたい」
「ドラゴンみたいな奴ですか」
「いいえ、何と全長800メートルもあったらしいわ」
「それは凄い……」
しかしヌポポゴン……
「良い名前ね」
「にしても変な名前で…」
……
「ふむ、なかなか響きの良い名前です」
「サヨ、別に私に合わせる必要無いわ。変な名前って思うならそう言いなさい」
「……はぃ」
自分の感性が他人とズレてるのは薄々気付いている。
ヌポポゴンと名付けた者とは仲良く出来たかもしれない
「ヌポポゴンは魔法だろうが物理攻撃だろうが通用しなかったみたい」
「どうやって倒したんですか?」
「倒せないから地下深くに封印したって。復活したら面白そうね」
「そんなの私達でも倒せませんよ……お姉様か創造主なら可能でしょうが」
まあ確かに。だがそんな化物倒すには代償が酷そうだ。先代はともかく私は無理だ
というかどんな生物がそんな謎の成長したんだ?
「破壊行動しかしないヌポポゴンは突如として地上に現れた。天より更に上、宇宙と呼ばれる空間からやってきたという説もある、と」
「そいつも異世界人が送り込んだんじゃないですかぁ?」
「かもね」
「私にも少々読ませて頂いてよろしいでしょうか」
ブゥミンの勉強に目処がついたのか、ユキも会話に入ってきた
速読してるのか結構な早さでページをめくっている。ヌポポゴンの姿を想像しながら待っていると……
「異世界から来た、という線は無いかと」
「何で?」
「異世界には魔物の類いは居ないそうです。居るのは人間と動物と昆虫と植物ばかり。他の種族も精霊も居ません。つまり魔素もマナも存在せず、あるのは空気ばかり。当然魔法もありません」
……はぁ?精霊が居ない?自然ある限り精霊は存在するってのに?
この世界は異世界の植物に侵食された自然でも変わらず精霊は存在している。なら異世界も同様に精霊が居るハズ。なのに精霊が居ないって事は―
「その世界、死んでるんじゃない?」
「そうとも考えられます」
「死した世界で生きられるって凄い生命力ね。異世界人や異世界の植物の強さの理由はそれかもね」
「なるほど……良いご高察かと」
異世界については考え出すとキリがないからやめよう。
大体同じ世界から来た人間ばかりな時点でおかしい。異世界は一つしか無いってのか?
「違う世界なのに同じような人が居るなんて凄い偶然ですねー」
「…なかなか良い事言うわねマオ。違う世界で同じ人間として進化してる何てそれこそ奇跡よ。まあ他の種族は居ないし文明はあちらが上だけど」
てかヌポポゴンから話が逸れすぎた。何で異世界の事なんか考えなきゃならんのだ
「話を戻しましょう。ヌポポゴンって何処に封印されたの?」
「……それを聞いてどうなさるおつもりで?」
「べっつにぃー?」
「まあいいです。どのみち書いてありませんから……封印を解く者が現れる恐れがあるため場所は秘匿されたみたいですね」
「ちっ……」
あーあ、つまんないの
実物見なきゃ凄さなんか分かりゃしないってのに
「やさぐれたお姉様に良い情報がありますよ。前方に変な生き物がいます」
「お、どれどれ」
変な生き物とやらが道を塞いでいるのか馬車は現在止まっている
外で御者をしているサヨの元へ行ってみると……
「確かに変な生き物ね」
そこには道に寝そべる黄色く丸い身体をした生き物が……
大きさは二メートルほど、身体同様に丸い耳をして手足は短い
「これ魔物?」
「魔物にしては弱そうですが」
「危険な国外で生きてる生物ですから雑魚という事はないかと」
「なんか可愛らしい生き物だすなー」
ユキも知らない様だ。未知なる生物なのにこいつには全くワクワクしない
「魔物図鑑とか用意しときゃ良かったわね」
「まあ私達の敵ではないでしょう」
「とりあえず起こしてみよ、奇跡すてっきをくらえっ!!」
「えええっ!?」
投げた奇跡すてっきは柔らかい物に当たったかの様にボヨンと跳ねた。
念のため奇跡すてっきを手元に呼んでおく
「寝てる敵を何故わざわざ起こしますか!?」
「起きてないわよ?」
「……あの生き物も大概ですね」
「起きないなら仕方ない。マオ、通行の邪魔だし蹴り飛ばしてきなさい」
「やです」
フィーリア一家で私の命令を拒否るのはマオぐらいのもんだ
「ならユキが行きなさい」
「では……」
馬車から降り、謎の生き物の前まで行ったはいいが、立ち止まり何やら考えこむユキ
そして生き物の片耳を掴むと力で持ち上げて道の脇に叩き落とす
しかし何故かボヨンと跳ねて元の場所に戻ってきた。寝たままで起きる素振りはないが
「そいつ絶対起きてるでしょ」
「何か腹立ってきますね」
「次は叩き落とさず普通に退かしますね」
また耳を掴んで今度はズルズルと引きずって退かした。今度は動かない……やっぱり寝てるのか
「ま、先に進める様になったから行きましょうか」
「はい」
ユキが馬車に戻り、いざ進もうとしたら謎の生き物がゴロゴロ転がってきて再び元の位置で寝始めた
「口に爆薬突っ込んで爆破しなさい」
「そうしましょう」
と言ったら生き物が飛び起きた
やっぱり起きてんじゃないかコイツ……しかも言葉を理解している
「もっきゅん!」
「何だその鳴き声。面白い鳴き声はぺけぴーで間に合ってるわよ」
『くるっくー』
腹は立つが害は無さげだ
顔はつぶらな瞳に黒く丸い鼻、口は猫っぽいがデカい図体に比べて小さい
「あなた魔物?」
「もきゅっ」
魔物らしい
魔物のくせに身の危険を感じさせないとは妙な奴だ
「襲ってこないなら殺す必要ないわね、そこ通りたいから退きなさい」
「もきゅー……」
不承不承と言った感じで道脇にどく魔物。世の中には変わった魔物もいるもんだ
「よかったですね、後ろから他の冒険者達が来るみたいなので邪魔になる所でした」
「下手したら一緒に討伐してくれとか言われたかもしれませんね」
「危うく無駄な戦闘をする羽目になってたかもしれないって事ね。まあユキが本気で遠くにぶん投げれば済む話だけど」
道脇から心なしか寂しげに立ち去る私達を見守る魔物
マオとブゥミンは手を振って別れを告げる
「丸っこいブゥミンとは相性良さげだったわね」
「そのブゥミンっていうのやめて欲しいだ…です」
「お、言い直したけど、ちゃんとですって言えたわね。やるじゃないメル」
「そ、そうだすか?」
「やっぱ駄目じゃないブゥミン」
がっくりするブゥミン……いや、メル。普通に喋れる様になったらメルに格上げしてやろう
「魔物だっ!」
「よりによって危険度Bのモッキュンだ!お前ら注意しろよ!!」
「もぎゅらああぁぁっ!!!」
「ぐああぁぁ!」
「マイト!?大変だ!マイトの右腕が無くなった!!早く治療を!」
……何か後ろで激しい戦いが行われているようだ。あの冒険者達は何で襲われたんだか
「あの魔物は女の子には優しいのかもしれませんね」
「ただの女好きかい」
「あの見た目も女の子に好かれる為なのでしょう」
「残念ながら私には通用しないわ」
「でしたね」
危険度Bと聞こえたので滅法強い魔物だったようだ。ボヨンボヨンしてたから打撃は効かないと思う
「そしてこの鶏である」
「強い魔物が居なくなったので襲ってきたのでしょうね」
「でも弾かれてるだよ。結界って凄いだなぁ……」
「前の依頼の時はどうだったの?」
「たくさんの冒険者が交互に見張りながら進んだだよ。魔物が出る度に戦ってただ……わたす以外だけども。わたすは馬車の中に引っ込んでただ」
のんびり会話してる最中だが……フライドチキンに似た名前の魔物が群れで突っ込んできてバシバシ弾かれている
マイちゃんが居たら嬉々として蹴散らしていた事だろう
「貴女は足手まとい扱いされたってわけね」
「だす……」
「でもおかげで怪我せずに済んで良かったじゃない」
「そう言われるとそうだすな」
鶏肉には困ってないので結界に突っ込んで自滅した鶏は捨て置いて進む。気絶してるだけで死んではいない
しかし哀れな何羽かがぺけぴーに蹴られてあの世へと旅立ったようだ
★★★★★★★★★★
もう何日移動したか分かりゃしない。マオに勉強を教えてる時以外は暇すぎて苦痛だった
その間に遭遇した魔物は結構いるが、どいつもこいつも動物型で何処にでも居そうな奴ばかり
モッキュンとかいう奴にも複数会ったがやっぱり無害だった
「暇すぎてマオを裸にした後ロープで縛って引きずりたい」
「や、やめてくださいよぉ」
「もうすぐ中継都市に着きますよ」
「寄るわ。たまにはベッドで寝たいし、何より暇」
「お母さん好みの面白い出来事があればよいですが……」
「でも私達って中継都市では高確率で絡まれそうですよね」
「そうね、珍しい女だけのパーティだし」
絡まれた所で人外ズに何とかさせるけど
冒険者達が集まる中継都市なんだから武闘大会とかないのか?
「武闘大会とかやってない?」
「……私達を出場させるおつもりで?」
「違う。賭けで儲けてみようかと」
アホだな、出場させる筈がない。ユキ達が出場して優勝しようものなら目立つだろ。その後スカウトとかウザそうだし……
「私は優勝賞金よりも高い金額を賭けで稼ぐ自信がある」
「目利きが宜しいですからね」
「それはそれで目立ちますよ」
おお……確かに。いやまぁ別に賭けしたいわけじゃないけど。何か催し物やってればそれでいい
「よし!急ぎめで行くわよ!」
「とうとう我慢の限界がきましたか」
「まあこの辺りは代わり映えしない風景ですからね」
急ぐと言っても頑張るのはぺけぴーだけど。中継都市に着いたら何か褒美でもやるか
そして私は一番の時間潰しである昼寝をしながら到着を待つ事にする
★★★★★★★★★★
あれから二日、中継都市と思われる城壁に囲まれた都市が見えてきた
しかし不思議な事に前方には中継都市に向かう冒険者達が見当たらない。そして昨日からすれ違う冒険者達も居なかった
「一応注意しなさい。流石に中継都市付近に冒険者達の姿が無いのはおかしい」
「そうですね……」
「あの辺は妙に魔素が濃いですね、魔物と思われる気配も多数あります。あの中継都市はもう駄目かもしれませんね……まあ国外の都市が魔物に滅ぼされるのはよくある事ですが」
「寄らずに迂回しますか?」
「寄るわ」
「では行きましょう」
危険な場所だがあっさり了承された。結界の中に皆で固まってれば安全だからだろう
中継都市に着く前に魔物に襲われる、なんて事は無かった。気配はあれど襲ってこないとは如何に……
城壁には入口となる頑丈な扉があった筈だが、今や壊され自由にお通り下さいと言わんばかりに解放されている
なので馬車ごと中に入ると――
「まぁ、素敵な光景ね」
「不謹慎ですよお母さん」
「人影は無しと……他の冒険者達は迂回したのでしょうね」
そこは廃虚だった
廃虚とか見つけたらもう探索するしかないだろ
瓦礫が邪魔で馬車は通れそうに無いので私達は歩いて探索する事にした
あー楽しみっ




