幼女と世界
落下してからどれだけ時間が経ったか不明だが、一分は間違いなく経ってる
どんだけ深いんだよ
どうしたもんかと考えていたらボフッと、何か空気の層みたいな物に当たった
相変わらず落下はしているが、何となく落下速度が遅くなってる気がする。完全に捲れ上がってぱんつ丸出しだったスカートが若干直ってるから間違いない
「何とかなりそうな予感」
再び奇跡すてっきを壁に突き立て更に落下速度を下げようと試みる
「後は足から落ちるか尻から落ちるか…足でいいか」
バフッ……
と、どうやって着地するか考えきる前に何か柔らかく暖かい物体の上に落ちた
モゾモゾ動いてるし獣くさい、落とし穴の次は結構デカい獣らしい
暗いからよく分からないが、どうも立ち上がって移動を始めたようだ。私を乗せたまま
「……とりあえず乗っておくか」
襲ってこないなら別に警戒する必要ない。襲ってきてもリディアのお守りが何とかしてくれる筈だ
寝っ転がって何処に連れてってくれるかなー、と考えてたら真っ暗だった視界がうっすらとだが明るくなってきた
ぼんやり見える風景を見る限りなんか部屋っぽい
「…アビラテ、何とも珍しい客人を連れてきたな」
「にゃあ」
人型らしき者の声と猫みたいな鳴き声が聞こえた。
こんな所に部屋があるって事はこのダンジョンは引きこもるために作ったって事か
その面を拝んでやろうと声がした方に顔を向けると、そこに居たのは……
「ようこそ、我が根城へ」
骨だった
☆☆☆☆☆☆
「まあ座りたまえ、久方ぶり…ん?初めてだったか……?いや、ワシを見るなり攻撃してきた馬鹿がいた覚えがあるから久方ぶりの来客であってるな」
「そりゃ急に動く骨が出てきたら攻撃するでしょ」
「だが君は攻撃しなかった」
カタカタと笑う…笑ってんのか分からんけど
座れと言われたが、きったない椅子なのでその辺にある服らしき布で綺麗にして座る
元は広い部屋だったのかもしれないが、主に無駄に多い本棚によってかなり狭苦しい
「ここに来るとしたら落ちようがない落とし穴に落ちた間抜けか、はたまた自ら落とし穴に飛び込んだ馬鹿のどちらかだと思うが……君はどっちかね?」
「どちらでもないわね、落ちても問題ないと判断して飛び込んだから」
「結局自ら飛び込んだという事じゃないか」
「予想通り無事で済んだから馬鹿ではないわよ」
なるほどと頷く骨、流暢に喋ってるけど骨だけのくせに良く声が出せるな
「どこから声出してんのよ」
「音の聞こえる仕組みは知ってるかね?あれは空気を振動させる事で」
「つまり風魔法で声を出してるのね、わかったわ」
「え……あぁうん、そうな…」
長くなりそうな説明だったので無理矢理終わらせた
風魔法で喋ってる、の一言で済む話を長々と話すんじゃない骨め
「あなたはどこの誰?」
「忘れてしまうほど永い時を過ごしたからな、もはや名前すら覚えておらんよ」
「なら骨折りゾンビって呼ぶわ」
「くたびれ儲け、か?変な名前はやめたまえ…ゾンビでもないしな」
永い時ってどんだけ引きこもっていたのだろう……ずっと同じ場所に居れるとは引きこもリストのペドちゃんもビックリだ
「ダンジョンってのは結局あなたみたいな奴が引きこもる為にあるわけ?」
「まあ最初に造られた理由はそうだな…その最初に造った奴がいくつダンジョンを作成したか想像できるかね?」
「三つ」
「二百だ。お前完全に適当に言っただろ」
知らないんだから適当に言うに決まっているだろ、頭悪いな骨折りゾンビ
「何故そんな数のダンジョンを造ったかと言えば、ワシの様に誰にも邪魔されずに隠れ住むためだ」
「もっと詳しく話なさいよボケ」
「最近の童女は口が悪いな…まあよい。まず最初の創設者は人目につく所に簡単なダンジョンを造った。そして最深部に宝を置いた」
「おい、この家は客人に茶のひとつも出さないっての?」
「なんなのこの童女……」
なんなのって良く言われるな私
「あー……何故そうしたかと言えば、人々にダンジョンの事を認識してもらう為だ。そして次々に難易度の違うダンジョンを造っていった。最終的にはかなり危険な迷宮が出来ておったな…その分置いてある宝も価値の高い物だが」
「ふーん、で?」
「君にとって…いや、この世界に住む人々にとってダンジョンとはどういう存在かね?」
「あなた大きいけど、見た目は子猫なのね」
「にゃあ」
「そう!ダンジョンとは危険な魔物や罠が沢山あるが…制覇出来れば一攫千金の宝を得られる場所という認識が植え付けられたのだ!」
巨大なのに子猫とは如何に…でもそんな生き物だから他に言い様がない
「そんな常識を定着させるのにかかった時間は何と500年!だが長い時間をかけた甲斐があったのか、ダンジョンの最深部より深い地下に隠れ住む者が居ると考える人間はほぼ居なかった」
「あなたモコモコしてるからモコモコって呼ぶわね」
「にぅ」
「げふんげふんっ!お陰でワシもこうして過ごせるから感謝しておる。このダンジョンの様な簡単な場所に住むのにも訳はあるぞ?
創設者により根付いた常識により、簡単なダンジョンには複雑な仕掛けは無いと思われておる。まさか一つの落とし穴の下に住んでる者が居るとは思う奴は居まい……君を除いてだが」
「……」
「……」
「…そろそろお腹が空いたかも」
「なんなのこの童女」
話が長いんだよ骨め
しかし、カモフラージュとして造った無人のダンジョンが無数にあるなら…入口と見せかけて普通の落とし穴でした!…って事もあるかもしれない……注意しよう
「ところでこの猫なに?見た事無いんだけど」
「猫などと呼んでやるな…こいつはアビラテという動物だ」
「猫じゃないのね」
「違う……そうだな、着いてきたまえ。ここに来れた褒美として素晴らしいものを見せてやろう」
こちらの返事を待たずに立ち上がって奥へ進む骨
仕方ない、着いていってやるか……この私を歩かせたんだからそれ相応のものを見せてもらわねば
進んだ先には本棚しかなかった。背を向けているから見えないが、何か操作をしているらしい
きっと本棚が動いて開く仕組みなんだろう。
そして予想通り本棚が左右に開いて道が出来た
その先をしばらく進むと――
「……これは」
「驚いたかね?」
目の前にある光景は見た事ない景色な筈なのに、何だか懐かしい感じのする不思議な景色……
赤や青や黄色など妙にカラフルな木々、しかも普通に歩いてる始末。葉だけがカラフルなのではなく、木の幹からして色とりどりだ
魔物かと思ったが、あれは普通の植物なのだと何となく分かる
草花も同様に地上では見た事はない物ばかり……
あの部屋に居た、アビラテだっけ?猫っぽい動物も複数ゴロゴロしている
「ここに存在するものたちは地上世界から追いやられたものばかりだ」
「追いやられた?」
「そう……君が地上で目にしている光景はほぼ全てが外の世界から持ち込まれたもの」
「……異世界のこと?」
「ほほぅ…異世界か、良い呼び方をする。では今後は異世界と呼ぶ事にしよう。
異世界はこの世界に色々ともたらした。それは良いものも有れば悪いものも有る。例えば我々がこうして会話出来る言葉という文化は意志疎通の手段として非常に素晴らしいものだ」
異世界語か…癪だけど、今や言葉無しに生活は出来まい。
言葉だけではなく、通貨も料理もほとんどの文明が異世界人によってもたらされた
「文化だけなら良かったのだが…動物に植物、野菜や家畜と言ったものまで持ち込んだ馬鹿者が居てな…」
「良く持ってこれたわね」
「話によれば其奴は異世界とこの世界を自由に行き来出来たようだ。異世界人はそれぞれ妙に強力な力を持っているからなぁ」
私で言う所の奇跡ぱわーみたいな感じだろうか?もしかしたらそれ以上の能力かも
「先ほど話に出てきた猫だが、猫を持ち込まれた事によりアビラテは淘汰されていった。大きいアビラテより小さくて愛らしい猫の方が受け入れられたのだよ。
そして植物達…異世界は植物までもが生命力が強いらしくてな、元々この世界に存在した植物は侵食されてもはや地上では見られまい」
「そう……私が今まで見てきた景色は偽物だったのね」
「喜びたまえ、君は今初めてこの世界の本来の光景を目にしたのだ」
「悲しいわね……今や人工的な世界でしか生きられないあの子達は」
「そうだな…だがまだ絶滅してはいない。ここに存在する限りはな……そうそう、海の向こうに陸地があればもしかしたら昔の光景が見られるかもな」
なるほど、異世界人も海の向こうまでは行かなかった可能性はある
「時に、君は好きな食べ物はなにかね?」
「……きのこ」
「茸…?いや予想外な回答が返ってきたな……何という茸だ?」
「名前は知らない。15cmくらいの茶色いきのこ」
「その茸が生えてる場所の近くに精霊が住む場所はあるかな?」
「割と近くに妖精が住んでたわね」
「ふむ…恐らくそれはスピリットファンジャイと呼ばれる茸だな。今どう呼ばれてるかは知らんが」
スピリットファンジャイとか長いな……きのこでいいや、あれしか茸類は食べてないし
「スピリットファンジャイは紛れもなくこの世界の食べ物だ。良かったな、好物が外来の物じゃなくて」
「ええ」
「ふむ…特に矯正する必要無さそうだな」
異世界の食べ物を言ってたら矯正するつもりだったのかこの骨野郎は
骨折りゾンビを睨んでいたらズンズンと赤い木が近寄ってきた。本当に植物かよ……
私の前で止まると、緑色の丸い実がついた枝を差し出してきた。くれるのか?
「それはコポラという木に出来る果物だ。美味いぞ?……しかしコポラが自ら差し出すとは珍しいな…君はひょっとしなくても自然の加護を持ってるだろう?」
「加護は知らん。ただ、前に妖精に自然に愛されてるとは言われた」
美味いらしいから食べてみる。丁度お腹空いてたし
シャリっと噛んでみると、何とも不思議な味がした。何だこの味……甘くてみずみずしい、一番似た味は桃だな
今まで食べた中で一番美味しいという訳ではない、ないのだが――
「よく分からないけど美味しい」
「泣くほど美味かったかね?」
「……あら」
不思議と涙していた
何だろう……この郷愁の念にかられた様な感じ……今や忘れられた味に何かしら無意識に想ったのか
ただ一つ分かった事は、私が間違いなくこの世界の人間であることだ
「――童女よ、君は元の姿を取り戻す為に一度世界を破滅させようとは思わないかね?……嘆いているのだろう?今の世に」
「思わないわね」
「おや…それは意外だな」
「別に地上の動物、植物に非はない。勝手に連れてこられて見知らぬ土地で死なない様に頑張っただけでしょ」
「……そうか、ただ強く生きてきた動植物に罪は無し。君のそんな考え方が自然に愛される理由かも知れぬな。
さて、名残惜しいが君は地上に戻りたまえ。どうも君の仲間がワシが魂を込めて造ったダンジョンを壊そうとしておるのでな」
心配性な家族だからなぁ……しかし、あの人外連中にまだ壊されてないとか丈夫なダンジョンだ
「よく分かるわね?」
「このダンジョンを造ったのはワシだからな……どれ、君にも見せてやろう」
骨が懐から取り出したのは丸いガラス玉…いや、水晶か?
何やらブツブツ唱えると映像が映し出された。無駄に凄い技術だな
『ちょっとユキさん、気持ちは分かりますが殴って壊すのは無理ですよ……』
「声まで聞こえるのね」
映像の中では、床…私が落ちた落とし穴の場所をユキがぶん殴って壊そうとしてる姿が
他の皆はそんなユキを止めようとしているみたいだ
『ええいっ!物理的な攻撃では無理…ふぅっ!?ぐっ……!』
『ああっ!ユキさんがサヨさんに本気の腹パンを食らわせてます!サヨさんはダウン!立てませんっ!』
マオは何故か説明口調だった
水晶からじゃ良く見えないが、ユキの手からは出血が見られる…無茶をする娘だ
「悪いのは私だけどね。骨、戻る前にこの植物達の種や苗木をくれない?」
「おや?気が変わって世界を破壊させる気になったか?」
「違うわ、ただ私の住む家の周りぐらいはカラフルでもいいかなって思っただけ」
「…それもよし、か。よかろう…ただし、ちゃんと育てるのだぞ?」
「当然よ」
骨は亜空間から数種類の種と苗木を取り戻す。種はともかく、苗木が複数あると持っていきづらいな
「君をあの場へ送った後に転移させて届けよう」
「あら、助かるわ」
じゃあ戻るか、見送ってくれてるアビラテや植物達に別れを告げて骨に転移してもらう
が、その前に――
「また、この子達に会いに来ていい?」
「君だけなら歓迎しよう」
「ふん、ケチ」
ま、一人で来れたら来よう
「じゃ、さよなら…骨」
「うむ…また会う日を楽しみに待っていよう。あと、君に本を一冊プレゼントしよう。暇な時に読むと良い…バッグに入れておこう」
「ありがと」
お土産を更にもらった。骨のくせに気前が良い奴だ
転移先をユキの背中にしてもらい、隠し部屋に別れを告げた
☆☆☆☆☆☆
ドサッとユキの背中におぶさる形で飛ばされた。注文通りで何より
「ただいま」
「……」
「血、出てるわよ?」
「……また、無茶をされました」
「悪かったわ」
「こう立て続けに無茶をされたら両手両足を縛って身動き出来なくするしかありません」
「やめて」
「やめません」
「謝ってんだから許してよ」
「許しません」
……
「許してにゃん?」
「今回だけですよ?」
「あなたチョロすぎでぐぅっ!?」
「ああっ!?サヨさんがさっき殴られた所を再び殴られてダウンです!」
マオはやっぱり説明口調だった
「…ユキ、そこの荷物を亜空間に仕舞っておいて」
「これは…?」
「植物よ植物」
「地下で何があったかは後で聞きますよ?…では仕舞っておきますね」
定位置である抱っこちゃんに戻ってから外を目指して進む
そして何事もなく外に出ると、今まで暗い場所に居たせいか若干眩しく感じた
外は見慣れた緑色の風景…
元の世界を知ってしまったせいか、何だか少しつまらない世界に思えた
「私、島を手に入れるから」
「家から島に急にランクアップしましたね…」
「島なんか入手してどうするんですか?」
決まっている…骨に言った様にせめて私の周りだけでも在るべき姿に戻す
「楽園をつくるためよ」
ただの一町民には不相応な夢かもしれないが、この家族達と一緒ならきっと叶う
私は気持ちを新たに次なる目的地であるトゥース王国を目指す事にした




