幼女と黒い犬
ギルドを出たのはいいが、宿の予約と資金稼ぎ、どっちを先にするか…
「予定より大分時間が過ぎております。薬草の群生地までは結構かかりますので先に資金稼ぎを優先するべきかと」
「任せるわ」
「薬草の種類によって群生地は異なりますが、宿の受付時間は夕方までですので、それまでに帰れる距離にある群生地へ向かいます」
「任せるわ」
「豪勢な宿を希望との事でしたが、この町で一番値段の高い宿が同額で複数ありますので、利用者の評価が高い宿を優先で宜しいですか?」
「任せるわ」
「万が一の事があるかも知れませんので、いつでもご主人様を護れる様にダブルベッドの部屋をとり、添い寝させて頂きます」
「ツインベッドでお願い」
と言ったらこのメイド、あからさまにしょんぼりである。捨てられた子犬の目でじぃーっと見てくるが、私には通用しない。男の主人公なら「わ、わかった…ただし寝るだけだからな!」と渋々折れて承認した様な雰囲気を出しつつ内心小躍りしてるだろうが…
というか、これまで毎日私が寝静まった後に勝手にベッドに潜り込んで来るのを許してやってるんだからたまには一人で休ませて欲しい
「じぃー…」
「もの欲しそうに私を見ても無駄よ。というか口に出てる。さ、早く外に行くわよ!私この町出るの初めてだからそれなりに楽しみなの」
「…はぁぁ……かしこまりました……」
どんだけガッカリしてるんだ。どうせ私のベッドに潜り込んでくるクセに
という事で町の外に出る為の門までやってきた。この町は2メートル程の高さはあるだろう石造りの塀に囲まれており、東西南北の四方向に分厚い鉄製の門が設置してある。
今日は南門から出るみたいだ。門に近づくと門番と思われる二人組がいるのが分かる。
お互いの顔が視認出来る程の距離まで近付いたら知り合いなのだろうユキに話かけてきた。
「こんにちわユキ様。今日は…えー…ピクニックなら西門から出た草原に行く方がオススメです」
抱っこしてる私と背負っているうさぎのリュックを見てそう判断したようだ。そりゃピクニックに行くように見えるよね。
メイド(ちなみに素肌は晒さぬっ!とばかりに足首まである長さのいわゆるロングドレスだっけ?)の格好した女性とゴスロリ着た美少女、どう考えても危険な魔物がいる薬草の群生地に向かうとは思えない。
「これからいつも通り薬草を採りに行きます。この方は私のご主人様で、今日は…今日から一緒に行きます」
「…ユキ様の実力は分かっていますが…うーん、流石に子供をこの先へ通していいものか…」
はいはい見た目幼女見た目幼女。これまで幾度となく経験した子供扱いなぞとうに慣れたわ。
しかし、今の私は違う!てれれてっててー!ギルドカード!
「え?君ギルドカード持ってるの?12歳以下とばかり……って16歳っ!?合法ロリだって!?」
それはもういい
「いや、失礼しました。見た目で判断して申し訳ない…冒険者の方でしたら大丈夫です。どうぞお通り下さい」
「しかし、ランクは初級者の様ですのでどうぞお気をつけ下さい」
今まで喋らず立ってるだけだった門番Bの人も最後の最後に忠告してくれた。立ってるだけの疲れはするが楽そうな仕事してるなー…とか思ってすいません。
さて!いよいよ初めての外か、魔物がうようよしてるんだろうが、ボコボコにしてやんよ!
町を出ると、そこは森だった
「いきなり森はないわぁ…まずは草原で弱っちぃ魔物でレベル上げするもんでしょ……いきなりボス戦が始まりそうな予感しかしない」
「レベル…?なんでしょうか、それは…」
「気にしないで、今まで読んだ冒険の物語に結構登場した非現実的なシステムよ。魔物を倒せば何もしてない仲間にも経験値とやらが入って労せず強くなるという私にピッタリなシステムね」
「それは凄いですね、残念ながら実在しませんが。さて、ご主人様の初の冒険…もとい旅行がいきなり森で恐縮ですが、薬草の群生地が山奥ですので我慢して頂けたら助かります」
「別に文句はないわ。どうせ移動はユキが抱っこしてくれる訳だし…奇跡ぱわーが魔物に通用するかを弱い魔物で試したかっただけ」
「そうでしたか。ですが心配なさらずとも神獣が来ようがきっと大丈夫です。何故ならご主人様だからです」
ユキの良く分からないご主人様理論はアテにならない。この娘なら神獣だろうが楽々倒せるかもしれないが、私も同様に楽々倒せると思ったら大間違いだぞ!
山奥に向かってわずか数分歩いた時、チートなメイドが何か感じたようだ
「ご主人様、魔物の気配がします」
「ホント?まだ町から大した距離じゃないのに」
こんな町からすぐの距離に魔物出るとか、良く今まで無事だったな五丁目。
「恐らくブラックウルフと思われます」
「めっちゃ強そうじゃないですかーやだー」
明らかに苦戦しそうな相手だ。私の初の獲物には荷が重すぎる。スライムを呼べスライムを
「そろそろ来ます」
「よし、手柄はユキに譲ってあげるわ」
とりあえず丸投げする事にした
ユキの来ます発言から少し経って獣が地を走る様な音が聞こえ、徐々に黒い姿が見えた。
姿をハッキリ視認出来た所でブラックウルフとやらを確認する。
名前の通り黒い毛並みに荒い息づかい、つぶらな丸い瞳、下手すればユキの手の平に乗りそうな小柄な身体。
どう見てもわんこです
「…私には可愛いわんこにしか見えないのだけど」
「見た目と違ってれっきとした魔物でございます」
「なるほど…見た目に騙されて撫でようと近づいた冒険者の手を食いちぎるって訳ね」
「いえ、見た目通り甘噛みがせいぜいです。噛む力も弱く、牙が丸みを帯びてるのでまず怪我をする事はないかと」
「凄いっ!ちょー可愛い!この子にブラックウルフ何て似合わないわ!今日から『ぶらっくうるふ』と呼びましょ!」
「なるほど…確かにこの種にはピッタリかと。流石はご主人様です」
町の外にこんな可愛い生き物がいたとは…人生の8割は損した気分だ。ユキの足元にじゃれつく姿はまさに癒し
「とりあえず『ぶらっくうるふ』についてより詳しく」
「はい。この様に殺すのも戸惑う可愛い容姿なので多くの冒険者はまず殺しません」
「でしょうね」
「ですので、生息する数はかなりの物です。他の魔物に食べられる事もありますが」
この子達を害する魔物とか滅さないといけない
「過去に魔王退治したとされる異世界の勇者はまずこの『ぶらっくうるふ』を狩り経験を積んだそうです」
「また異世界人か…どれだけ外道な奴らなの」
私のぶらっくうるふを狩るとか異世界総辞書を発行した事並みに許せない。こんな可愛い存在どうすれば傷つけられるのだ。異世界人は血も涙もない奴らしかいないに違いない
見なさい、この汚れを知らない様な蒼い瞳を…!
「アンッ!」
うるふ萌え
「降ろしなさいユキ!もう我慢できぬ!」
「ご主人様お気をたしかに!一つ言い忘れていた事が…あぁっ!」
ユキが何か言ってるがどうでもいい!無理矢理ユキの手から抜け出して『ぶらっくうるふ』を抱きしめる。
今はこの愛くるしい魔物を愛でるのみ…っ!
見よ!このスリスリと身体を寄せてじゃれてくる姿を!感じよ!この柔らかな毛並み…っ!乙女心をガッチリ掴む絶妙な甘噛み加減を…!!
「…『ぶらっくうるふ』は本来群れで行動する魔物なので仲間を呼びます」
その言葉だけはハッキリと聞こえた。それとほぼ同時に『ぶらっくうるふ』と思われるかなりの数の足元が聞こえてくる。
期待に胸をふくらませて、私は目を前に向けた
「「「「「「「アンッ!アンッ!」」」」」」」
想い描いた理想郷がそこにあった……
★★★★★★★★★★
「反省会を始めます」
「はい」
結局初日の成果は0だ。うるふハーレムを築いた以外なにもしちゃいない。
仕方ないのでユキが貯金していたお金で当初の予定通り町一番の宿に泊まる事にした。
「あれね…やはりいきなり森というのは私にはハードルが高かったみたい」
「私の不注意でした」
「別にユキは悪くないわ…ただ『ぶらっくうるふ』が思わぬ難敵だった…それだけの事よ」
奴らが立ちはだかる度に私は足止めを食らってしまう。魔物と称するだけあって恐ろしい存在だ。
「策はあるわ。私のお昼寝タイムの時にユキが薬草の群生地とやらにまで運びなさい。寝てる間なら奴らに会っても惑わされる事はない」
「流石はご主人様、その聡明さに感服いたします」
明日こそは豪邸資金を初稼ぎするのだ。これからの私は前進あるのみ!
「ユキ、目標を魔物をペットに出来る国に住み、そこに豪邸を建てる事に変更するわ」
「かしこまりました」
日に日に目標が追加されたり変更したりしてるが問題ない。私は楽しく、かつ楽に生きれればいいのだ。
ぶらっくうるふのモフモフ具合を思い出しながら私は眠り、旅の初日は終わった