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幼女の誕生日の為に家族が頑張る話

「お誕生日会でもするんですか?」

「そのつもりです」

「…私はお誕生日会とか経験無いので何をすればいいのやら…」

「わたしもです」


 …まぁこの二人はそうでしょうね

 いや私もお誕生日会なんて経験無いんですけど


「去年はどんなお誕生日会をしたんですか?」


 ……


「…去年は、私がお誕生日会を開きますか、と聞いたのですが


『それは私がぼっちと知っての発言であるか?仮にお誕生日会を開くとしてもだ、結局は身内だけに祝われるなど虚しきことこの上なし』


 と、一蹴されました」

「誰ですかそれ」


 結局去年はいつもより多少豪勢な夕食とデザートにケーキを食べただけに終わった

 セティ様は何かしらプレゼントを渡したみたいだが


「今年は…姉さんにマオさんという新しい家族が出来ました。結局身内だけになりますが、この四人で迎える初めてのお母さんの誕生日…やるしかないでしょう!」

「そこまで言うならやりましょう」

「ですっ!」


 二人もやる気になってくれた。問題はお誕生日会って何をすればいいか分からない

 プレゼントを用意して、何か披露すればいいとは思う


 更に問題なのは―


「出来ればサプライズでやりたい…のですが」

「お姉様にはすぐバレますよ」

「そうですよね…」


 勘の鋭すぎるお母さんを相手に一ヶ月も隠し通せるわけがない…でもお誕生日会を実施する事はバレても内容ぐらいは隠したい


「ところでプレゼントはどうするんですか?」

「私はそろそろ本格的に暑くなるので帽子を編んで贈ろうと思います」

「…編む?」

「猫耳ニット帽にするので」

「余計暑いでしょうが…」

「そこは魔法で快適な温度を維持する様に付与するつもりです」

「魔道具にするとかなんと贅沢なニット帽ですか…」


 この姉は何を言っているのだろう…お母さんが使用する物なら最高の物にしなくてどうするというのだ。市販ならともかく自作なんだし


「なんで猫耳なんですか?」

「姉さんと違って良い質問ですよマオさん、お母さんには猫耳ニット帽が似合うと思いまして」

「「……あー」」


 何か微妙な反応だけど、帽子を被ったお母さんを見ればその可愛らしさに悶える事になるハズ


「私達は何をプレゼントしましょうかねぇ」

「お二人には普段やらない手料理を振る舞って戴こうと思います」

「…なぜ私達は料理で、あなたは帽子なのですか?自分だけ形として残る物を贈るとはズルいですよ」

「お母さんは装飾品など、飾りだけで役に立たない物は基本的に身に付けません。同様にただの贈り物には難色を示す可能性もあります。例えばぬいぐるみとか…」


 セティ様の集めている貴金属など、お母さんにとってはお金かゴミでしかない

 その辺りは親子なのに真逆の性格をしている。ただし、高級宿に泊まるなど浪費癖だけは困った事にそっくりだが…


「私が料理を作っても普段と変わりないので、せっかくですからお二人にお任せしようと」

「…自慢じゃないですが、私は一人で料理なんか出来ませんよ?」

「わたしもです」

「そこは当日まで私が指導致しますからご安心を」


 一ヶ月もあればそれなりの料理が出来る様になる…と願いたい。

 問題はお母さんの邪魔が入る可能性が結構あるという事だが…


 一応寝室は二部屋ある家を選び、お母さんだけ個室にして隔離しているが…何か嗅ぎ付けてきそう


「お母さんが就寝した後ならバレずに練習出来るのですが」

「朝が辛いので嫌です」

「わたしは起きてるのが無理です」


 これである

 先程まではお母さんの誕生日を真剣に考えていたのに、今となっては本当に祝う気があるのか疑わしい


「仕方ありません。バレたらバレたでお母さんには当日に初めてお二人が作った料理と気付いた、というテイでお願いしましょう」

「やらせじゃないですか」


 だったら徹夜して料理の練習をして欲しい


「…とりあえず、なるべく隠し通せる様に頑張りましょう」


 果たして何日隠し通せるか…



★★★★★★★★★★



「何でユキが急に妙な事を言い出したか多分わかったわ。夕べ私なりに一ヶ月の間にあるイベントを考えたの」


 何という事でしょう

 まだ隠れて料理の練習するどころか、誕生日に何をするか決めた次の日にバレるなんて…

 姉さんとマオさんも終わった…って表情になってしまった


「お姉さんが言ってたんだけど、亜人撃退祝いとして何か王都で小さいお祭りがあるらしいわね。それを見るためでしょ?」


 …神は存在した……!

 姉さん達がこの国を襲ってくれたお陰で都合良くお祭りがあるらしい……そのお陰で誕生日の事は忘れてくれてそう。ありがとう!姉神様っ!


「…その通りです。当日にお伝えして楽しんでいただこうと思ったのですが、ご存知でしたか」

「あらそう?サプライズは失敗ね」


 いいえ、まだ成功の可能性が残された……!後はこのまま忘れたままでいてくれれば。そしてお母さんに何とか悟られないようにしなければ…!




「まぁ嘘だけど」

「……はい?」

「お祭り何か無いわよ、私が王都の催し物なんか興味あるわけないじゃん。思いつくヤツで一ヶ月以内にある行事って私の誕生日くらいよねー」


 ……姉神なんていなかった

 お母さんのカマかけに私が引っかかった事で完全に隠し事があるとバレた…それがお誕生日会という事にも気付かれただろう


 流石に早すぎではなかろうか。ここは自分の誕生日を忘れてて、当日に『今日…誕生日だったんだー、忘れてた』って言う場面であって欲しかった


 でも自分の誕生日を忘れる人なんてそうそう居るわけないか…


「これが現実ですか…」

「何を悟ったか知らないけど、誕生日とか祝わなくていいから」


 …それは無理だ

 私達にとってお母さんが生まれた日はとても大事な日なのだ


「いくらお姉様の御言葉でもそれは聞き捨てなりません」

「そうです!絶対お誕生日会をします!」


 二人も同じ気持ちみたいだ

 だがそこまで祝う気持ちがあるなら徹夜ぐらいしろと言いたい


「別にいいじゃない、もう十七才よ?お誕生日会なんて年じゃないわ」

「いいえ、お母さんが何と言おうと今回は…この四人で迎える初めての誕生日だけは必ず祝わせていただきます」

「…そんなに大事なこと?」

「はい。私達はお母さんのお陰で今ここに居るのです。お母さんが居なければ勿論私は存在してません。マオさんもあの時亡くなっていたかもしれません。姉さんだって呪いのせいでグロいまま死んでいたでしょう」

「ちょっと待ちなさい愚妹」


 真面目な説得中に何の用があるのだ姉さんは…もう少し黙っていて欲しい


「少しお待ち下さい、グロリアル姉さん」

「いいでしょう…この売られた喧嘩、買おうじゃないですか」

「こほん…という訳で私達にはお母さんの誕生日は大事な日なのです。ましてや家族が増えた年なら尚更です」

「ふぅん…そこまで言うなら好きにしなさい」


 良かった…何とか許可は得られた。


 ……何で誕生日を祝うのに当人の許可がいるのだろうか


 まあ何はともあれ私は帽子作成、姉さん達は料理を当日まで頑張る事にしよう



★★★★★★★★★★



 という訳で早速二人に料理を指導するのだが

 マオさんには手伝って貰った事があるため大体の腕前は分かるが、姉さんは未知数だ


「まずは姉さんの技量を見せていただきます」

「わかりました」

「ではこのジャガイモの皮を剥いてみて下さい」

「ふむ…いいでしょう。では皮剥き機用の治具作成から始めますので数日お時間をいただきます」


 何を言ってるんだこの姉は

 たかがジャガイモ相手に時間取りすぎじゃないか。猶予は一ヶ月しかない事を自覚して欲しい


「包丁でやって下さい。数日とか流石に待てません」

「ほう、ちょうですか」

「……」

「…今のは『ほう、そうですか』という所を」

「説明しなくていいです」


 真面目にやる気があるのかこの人…何か当日を無事に迎えられる気がしない


 …皮剥きはもういいか、皮さえ取れればいいんだし…やり方は任せよう。姉を指導出来る自信がない

 本題の料理のレシピから決めよう。ケーキは私が作るとして、この二人には他の料理全てを考えてもらう


「お姉様の好物って何ですか?」

「お母さんは基本的に何でもお食べになります」

「では…唐揚げとかオムライスとか定番の料理でいきますか」


 簡単そうで割と難しいんだが大丈夫か?練習すればいけるか…この姉でも


「ではマオさんはスパゲティとかスープ…後は野菜料理でどうですか?」

「それで大丈夫です」


 よし、決まった所で早速始めよう。スパゲティは材料が無いのでそれ以外をまずは試しに作ってもらおう



 ガチャ…キィィ……



 …キッチンのドアが開いた。間違いなくお母さんだ

 しまった…お母さんが嫌がらせ大好きな事を失念していた。コッソリ覗いてる風を装っているが、私達が気付くようにわざとドアの音を出したに違いない


「……じー」


 くっ…私、見てますアピールしまくりじゃないですか!お母さんにドアの隙間からジッと見られてたら集中出来ない!

 早く飽きて部屋に戻ってと願っていると―



「お姉ちゃん、気が散るので閉めますね」



 ガチャ、バタン


「「……」」


 ―勇者だ。勇者が降臨した…!

 勇気ある者が勇者と呼ばれるのだ。あのマオさんがお母さんを相手にあの様な行動をしてくれるとは……!


「…マオさんの勇気を評して私も精一杯お教えしますね」

「…?はい」



 ガチャ……



 魔王は復活する

 よくある話じゃないか。あのお母さんがあの程度で引き下がるワケなかった

 でも二人の邪魔する事でご自身が不味い料理を食べる事になるかもしれないと分かっていらっしゃるのか?


 今度は中まで入って来られた…そしてお母さんを気にしない事にしたのか、黙々とスープらしき物を作っているマオさんの元へ向かわれた


「なに作ってるの?」

「秘密です」

「…あ、マオのお尻にゴキブリが」

「うひょぇっ!?」


 マオさんが驚いた拍子に手に持って作っていた料理が床にぶちまけられてしまった。

 しばらく呆然としていたが、段々目に涙が…あれはマジ泣き寸前だ


「ぅぁ……うぇぇ……」

「マオ」

「…ぅ?」


 お母さんがマオさんにタオルを差し出す。この前からお母さんはマオさんに少し甘くなってる気がする


「泣いてる暇があったら床を拭きなさい」

「うわーーーーんっ!!」


 そんな事なかった。タオルではなく雑巾を渡したらしい

 嫁に優しくない姑を見てるみたいだ


 こんな仕打ちをしてもお母さんがマオさんに嫌われる事は微塵もないはず

 先日更に急上昇したであろう好感度はこの程度では揺るがない。その辺を計算しての行動と思われる…悪女と言われるだけの事はある…かな


 姉さんは矛先が自分に来ない内にさっさと退散したようだ。これでは今日はもう無理か……



………


……



 日が替わり、次の日からは大丈夫と思ったが結局今日も邪魔された

 今回は昨日逃亡した姉さんが標的にされた。具体的には包丁で皮をスムーズに剥けない姉さんを終始笑いっぱなしだった。姉さんはしばらく我慢してたが、最後は泣きながら再度逃亡した


 料理の練習は全く進まなかったが、何かスカッとした



★★★★★★★★★★



 あれから大分日にちが経った。進展状況の確認などのため、またキッチンに集まって会議を始める。


「この家を借りてからおよそ三週間経ちました。さて、その内お母さんに邪魔されたのは何日有りましたか?はい、姉さん」

「二十日の内十九日ですね」

「そうです。しかも邪魔されなかった一日はお情けで頂いた日になります」


 あまりに嫌がらせをスルー出来ない私達に一日時間をくれたのだが…その時の言葉が


『あんたら楽勝すぎて嫌がらせしてもあんまり面白くないから今日は好きにしなさい。私は外に遊びに行くわ』




「そのお情けで頂いた一日もお姉様の尾行に費やしてしまったワケですが」

「一人で外出なんて心配ですから」


 何が心配かって、王都にいる貴族相手についカッとなって喧嘩売らないか心配だった

 あとは誘拐されないか…もしくは悪い虫がつかないか、まあこちらはそんなに心配してなかったけど


 今はそんなことより


「非常にマズイ事に今日は七月一日です。もう明後日にはお誕生日会になります」

「結局まともな練習はしてませんが、どうするんですか?」

「…今日と明日、邪魔をしないでいただくように説得します」


 私のニット帽はもう用意出来ているが、このままでは当日はケーキ以外の料理がヤバい。最悪私が料理も用意する事に…

 だがそれでは二人のプレゼントが無くなってしまう。それでは意味がない


「必ず成功させましょう」

「ええ」

「はいっ!」


☆☆☆☆☆☆


「という訳で今日と明日は嫌がらせを控えていただきたいのです」

「善処するわ」

「それは嫌がらせすると言ってる様なものです……何卒…何卒お願いします!」

「わかったわかった…邪魔しなきゃいいんでしょ」


 何とか説得出来たか?

 ちょっと心配だが、お母さんは約束はそうそう破らない方なので大丈夫だろう


「ただし、ユキは手伝わずに私の相手をすること」

「私としては願ったり叶ったりな話ですが、それでは二人の料理が…」


 まさかお母さんは不味い料理が希望?そんなわけないか


「あのね…包丁捌きや料理に必要な材料を教える程度は構わないけど、料理の手順を最初から最後まで全て教えるのは許容出来ないわ。

 そんなの作った奴が違うだけで完成するのは結局ユキの料理じゃない…二人には自分で試行錯誤して料理して欲しい、それが私の欲しいプレゼントよ」


 …そうか、妙に邪魔してきたのはその為か

 言われれば確かに、とは思う。私はお誕生日会を成功する事ばかり考えていたのだな…


 お母さんは二人の本当の手料理がご希望…それがお母さんの欲しいプレゼント。ならば後は二人に頑張ってもらうしかない。

 お母さんを祝う気持ちは一緒だ…きっと大丈夫


「わかりました。お母さんのご要望通り、料理はお二人にお任せします」

「ええ、それでお願い」


 料理は愛情。例え出来が悪くても、二人が一生懸命作った料理ならお母さんは満足してくれるだろう


 私はその旨を伝えるために二人の元へ戻る事にした



★★★★★★★★★★



 いよいよお母さんの誕生日当日がやってきたが…何だろう、この緊張感

 問題の姉さんとマオさんは自信ありげに堂々としてるのに私の方が不安で仕方ない


「では、私はケーキを作りますので…くれぐれも宜しくお願いします」

「任せて下さい。私の料理ならドラゴンだろうと即死です」


 やっぱり不安しかない。お母さんを殺す気かこの姉は…見た感じ毒物だったら真っ先に作った本人の口に突っ込もう


「マオさんは大丈夫ですね?頼りにしてます」

「バッチリですっ!いつでも来いです!返り討ちですっ!」


 何が?


 マオさんは何かと戦うつもりなのだろうか?ゲテモノ料理だけはやめてと願う

 いやいや、流石に食材を狩ってくることはあるまい


「念のため胃薬は用意しておきましょう」

「なんと失礼な…マオさん、私達の実力見せてあげましょう」

「もちろんです!」


 実力と言われても、たった二日で劇的に腕が上がってるとは思えない。しかしそこまで言うからには期待しておこう


 さて、私はケーキを作ろう。四人分ではなく少し大きめにしておくか…良く食べそうな娘も増えたし



……



「マオさん、塩は大さじ一杯みたいです」

「大さじでいっぱいですね!わかりました!」


 …大さじ「で」いっぱいとはどういう事だ。まさかの塩分多量摂取になるというのか?

 いやいや…言葉を間違えただけだ、二人を信じないでどうする


「ところでもはや何のスープか分からないのですが、何のスープですか?」

「…ォ、オリジナルです」

「ほほう、創作ですか。私も負けてられませんね!私しか作れないオリジナル料理を今ここで披露するとしましょう!」


 やめて!?なんで素人はまともに出来ないのにオリジナル料理に走るのか……っ!


「どんな料理にするんですか?」

「そうですね、果物でオムレツを作ってみましょう」


 どういう事?作らなくても不味いと分かりそうなものだが…流石にこれは聞き流せない


「姉さん……頭大丈夫ですか?」

「貴女に言われたくないです」

「果物でオムレツ?キチガイの発想ですよ、それ」

「ふぅ…素人はこれだから」


 皮剥きすらまともに出来ない真の素人にこんな事言われたらそりゃ腹立つ


「食材はなんとメロンです。なので問題ありません」

「意味がわかりません」

「メロンですよ?高いし美味しい、つまり間違いない」

「何を言ってるんですかこの人」


 どうしたんだこの姉…前は理知的な少女だったのに急にアホの娘になってしまった

 孤独だった日々から解放されてはっちゃけてるのか?


「めろんって美味しいんですか?」

「もちろんです。マオさんは食べた事無いみたいですね、では今晩期待していて下さい」

「楽しみです!」


 可哀想に…期待は見事に裏切られるだろう。というかマオさんよりお母さんの方が可哀想だ


「スパゲティのソースって何がいいかなぁ…」

「贅沢に色々混ぜればいいんじゃないですか?」

「それですっ」

「えーと…トマト、玉ねぎ、ミンチ、チーズ、牛乳、片栗粉、鶏ガラスープ、とうもろこし、オリーブオイル、バター、にんにく、コンソメ、唐辛子、後は調味料を色々、そして…メロンです」

「おお……!」


 ……片栗粉が出てきた時点で嫌な予感しかしなかった。しかし何でメロンにこだわるのだ

 そのまま切ったやつを出せばいいじゃないか…まさに食材を殺している


 メロンの事より二人があまりにもふざけすぎだ。せめて真面目に作るように注意しよう


「二人とも、真面目…に……」


 …二人の目は真剣だった


 顔に笑みこそ浮かべてはいるものの、それは優しい微笑み。きっとお母さんが料理を食べた時の反応を思い浮かべているのだろう


 心配する必要はなかった…二人がお母さん絡みの事で真面目にやらないワケがない

 私も黙々とケーキを作ることにしよう。大丈夫、今日はきっと良き日になる


 ただし、料理はほとんどメロン味になってるだろう



★★★★★★★★★★



「では始めますね」

「ええ」

「まずは挨拶を僭越ながら私が…えー、今日という日を」

「お姉様、お誕生日おめでとうございます」

「おめでとうございまーす」

「二人ともありがと」


 …まあいい、長い挨拶を途中でぶったぎるのはお約束だし、うん


 ついにお母さんのお誕生日会が始まった訳だが、何ともいつも通りの態度でいらっしゃる。これは何とかして盛り上げないと


「お二方、何か盛り上がりそうな事出来ませんか?」

「わたしがやってみます」


 マオさんが申し出てきた。自分から進んでやるとは珍しい…やはりお母さん絡みのマオさんは違う


「では、何もない背中に羽を出す手品をやります!」

「知ってる」

「………以上です」


 とぼとぼと戻ってきた

 すでに知られてるネタで手品をやるとはある意味勇気がある。流石は勇者だ


「マオさんはアホの娘ですね、次は私がやります」

「ぅっ…お願いします…」


 姉さんが簡易ステージに上がるが、お母さんは胡散臭いものを見る目で姉さんを見ている。

 流石はお母さん、頭がおかしくなった姉さんに瞬時に気付いたようだ




「ぶたを…たぶた」

「…」

「ね、ねこが」

「寝込んだとか言ったら尻に奇跡すてっきをブチ込む」

「………以上です」


 とぼとぼと戻ってきた

 姉さんには同情の余地はない。あれだけ自信あったくせにやったのが駄洒落とは…

 お母さんを楽しませるどころか苛つかせてどうするのだ


「気を取り直しまして、次は私からのプレゼントをお渡ししますね」

「おー…一応用意してたのね」

「はい。……どうぞ」

「何かしらねぇ……わぁ、暑苦しいニット帽…てい」

「ポイ捨ては厳禁ですっ!せめて説明させて下さい!」


 何とかポイ捨てを阻止できた…危なかった

 誕生日プレゼントを容赦なく投げ捨てようとするのはお母さんぐらいじゃなかろうか


「こほん…そのニット帽は時期的に見た目暑苦しいかもしれませんが、被ると快適な温度を保つように魔法をかけているのです」

「ふーん…猫耳を除けば良さそうな帽子ね」

「まずは被ってみて下さい」


 お母さんは言われた通りぐしぐしとニット帽を被ってくださった。被り方もなんとも可愛らしい…


「おぉぉ…猫神様が降臨なされた」

「ぬぅ…ペド神様の名は譲れません…!」

「お姉ちゃん可愛いです」

「うるさいだまれ。確かに快適ではあるわね」


 猫耳と言っても獣の様な耳が付いている訳ではない。猫耳の形になる様に編んでいるだけだ。その辺は店にある物と大体同じに作った

 色はお母さんが好む黒、抱っこした時に見える様に左側にだけ小さくリボンをつけた。我ながら良い仕事をしたと思う


 被ってから帽子を取らない所を見る限りお眼鏡にかなったらしい…良かった




「…そろそろ料理をお出ししますね。心して食して下さい」

「何を食わせる気よ」


 それは私にも分からない…出来上がりは見てないから。でも大体メロンだな


 姉さんとマオさんが蓋をして見えない様に料理を運ぶ。蓋を開けたら違う意味でサプライズしそうだ


「私とマオさんの力作です。どうぞご賞味あれ」

「まずはスープをどうぞっ!」

「…お湯にしか見えないわ」


 スープ用の小皿に入っているのは透明な液体…確かにお湯にしか見えない


「限りなくお湯に近いスープです」

「どういう意味?」

「はい。スープを作ったはいいのですが、お鍋を持っていこうとしたら熱くて思わず手を放したらこぼれて全部ダメになっちゃいました。

 もう一度作ろうと思ったんですが、お湯を沸かしたところで時間がなくなったのでこうなりましたっ!」

「結局お湯じゃない」

「はぃー……」


 いつの間にそんな惨事を起こしていたんだ…いやまぁ塩分多量スープよりはいいか


「スープはダメですが、スパゲティなら自信があります!…これですっ!」

「あら凄い。緑色のスパゲティとか初めて見たわ…もちろん緑黄色野菜の色よね?」

「めろんです」

「…………そう、そうよね。漂うフルーティーな香りで分かってたわよ。高級果物であるメロンが無惨な姿になっちゃって…」


 お母さんに哀愁が漂い始めた…おいたわしや


「味見はしたんでしょうね?」

「主役であるお姉ちゃんより先に食べるワケないじゃないですかー」

「…そう」


 しばらく死んだ魚の様な目でメロンスパゲティを眺めていらしたが、意を決したのかフォークをお持ちになる




「世に生まれ 外道の道を 歩むれば 我を討つ者 身内にありけり…」

「辞世の句を読むのはまだ早いです」


 気持ちは分かるが

 お母さんは一度深呼吸をしてからスパゲティを一口お食べになり…


「うん、不味い。メロンが死んどる。メロン以外にトマトやらにんにくやらの味がして意味不明ね」

「…だ、ダメでした?」

「ダメダメね、やたら調味料入れた様に味が濃い。何故かあんかけみたいにもなってる。でもスパゲティの固さは良いわ。調味料を適量にして、後はメロンが無ければもっとマシになってたかもね」

「が、頑張ります…」


 マオさんの出番は終わった。次は問題の姉さんだが…


「次は私です。その前に私を胡散臭いものを見る目で見ないで欲しいのですが」

「おら、はよ出せ」

「何で私だけそんな扱い……では、まずはハンバーグです」

「…ハンバーグ?ハムみたい。そしてソースは安定の緑色」

「力いっぱい捏ねてたらそうなりました」

「自分が人外の力を持ってると自覚しなさい」


 …やはりソースはメロンらしい。しかし確かにハムだ


「…味はメロン、歯ごたえは焼きすぎたステーキの様な固さ。ハンバーグの要素がない」

「で、ではオムレツをどうぞ」

「もぐ……予想はしてたけど、メロンがごろっと入ってるわね。てか具がメロンだけじゃない」

「素材を生かしました」

「だから死んどるわ」


 具がメロンだけならわざわざ卵に包んで温めなくてもいいのに…


「か、唐揚げ!唐揚げなら大丈夫ですっ!」

「ふむ…確かに見た目は鶏の唐揚げね。多少焦げてるけど」

「特製のメロンだれに漬け込みました」

「メロンが絡んでると思ったわよ…」


 このメロン推しは何なんだろう…後から私達も食べるのに…この料理達


「…ふぅ、二人の料理を食べた感想としては……メロンは味付けに使う果物じゃない。用意された食材以外を勝手にオリジナルとして使わない。以上」

「「……」」


 マオさんは普通に落ち込んでるが、姉さんは「そんな馬鹿な」と目を見開いている。こっちがそんな馬鹿なだよ


「マオ、別に落ち込む必要ないわよ。初めて自分で作った料理なんだし」

「で、でも…今日は」

「安心なさい。貴女のプレゼントであるこの料理は素直に嬉しいわ。メロンを料理に使う何て余計な事を考えた奴が悪い」


 全くだ

 私もこれ見よがしにうんうんと頷く


「サヨ」

「…はぃ。お叱りは甘んじて受けます」

「形はどうであれ、誕生日にメロンが食べれたのは嬉しかったわ。ありがとう」

「申し訳ありません……あれ?」


 あらんかぎりの罵倒が飛んでくると思っていたのか、姉さんは不思議そうに首を傾げている

 お母さんは何だかんだ言って家族にはお優しい方なのだと言う事をそろそろ覚えて欲しい


「二人ともありがとう、もちろんユキもね。お誕生日会なんて柄じゃないと思ったけど、やってもらうと案外嬉しいものね」

「「「はいっ!」」」


 後はケーキを出して…和やかな雰囲気のまま終わろう…うん、それがいい


「ではケーキも持ってきますね」

「その前に…皆でこの料理達を全て食べましょう。ケーキはそれからよ」


 ですよね…

 お母さんが平気そうだし、激マズという事はないハズ…


 だが、いざ自分達が食べるとなると躊躇してしまう…お母さんはそんな私達を楽しそうに見ていた

 お母さんが楽しそうならお誕生日会は成功と言って良いだろう。良かった…笑顔が見れて


 念のため用意した胃薬の出番が無いことを祈りつつ、私達もメロンだらけの料理を食べる事にした

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