幼女と純粋な妹
「余が虫人達を従えるフィーリア15世である」
「まだやってるんですか?」
気に入ってしまった
何かもう私は指導者として目覚めてしまったかもしれない
「爽快ね、見なさい…この私に従う大軍を!」
「いや、別にお姉様に従ってるわけでは…」
「その場の勢いというやつですね」
わかってるわい…
しかし多いな…数も種類も…丁度私達の上をトンボ型の虫人が飛んでいる
「カマキリスー」
「…もしかして私の事でしょうか?」
「そうよ」
安直な名前をつけられて微妙な顔をしている…カマキリだから表情は良く分からないが、恐らくそんな顔をしている
「あなた達も亜人みたいに人間に嫌われてる側?」
「そう、ですね…昔は人間と共に暮らしていた事もあるのですがね…特にカブトムシやクワガタから進化した虫人は子供達に人気者でした」
あー…何か知らんが人気あるよね…似たようなカナブンは大分嫌われてるが…何が違うのだ…角か?
「何で嫌われちゃったの?」
「ある虫人が誕生してから急に…良い奴等なんですが、受け入れられなかった様で」
「ふーん…良い奴だってなら不思議ね」
「ほんとです…ゴキブリの何がダメなのでしょうか」
「ごめん、そりゃ無理だわ」
デカいゴキブリが二本足でノッシノッシ歩いてたら悲鳴をあげて逃げるだろ…常識的に考えて
「お母さん」
「なに?」
「ソープ様がすでに死にかけです」
「早すぎんでしょ」
「ぜぇ…ぜぇ……ぺ…ペドちゃんは抱っこされてるから、この辛さが分かんないのよ!」
元気じゃないか
だが確かに山道をこの速さで登るのは一般人にはキツイかもしれない
ここは一つ、人間と虫人の信頼関係向上の為に手を打ってみるか…
「お姉さん…ゴキブリの背中に乗せてもらえば」
「私は元気だよっ!!」
やはりお姉さんも心底嫌らしい…即答が返ってきた
虫人と人間が再び共存するには、ゴキブリの存在が消滅しない限り無理そうだ
そんな事より、転移してから妙にマオが静かになったな
「マオ、急に静かになったけど…どうかした?」
「う、うむ…久しぶりに里に行くと思うと…緊張して」
「…そ」
緊張何かじゃない…この娘は明らかに怯えている
やはり10年以上に渡る虐待生活はそう簡単に忘れられないか…どんなに強くなっても散々受けてきた痛みが心に刻まれている様だ
「…難儀な娘ね」
「はい?」
「何でもない、さ!かっ飛ばして行くわよ!」
「待って!?手加減お願いっ!」
ほんとお荷物だなぁ…お姉さんは
今は何時くらいだろうか…多分2時3時あたりとは思うが…
この調子じゃ悪魔タイム中にたどり着くのは難しい気がする
「そうだ…サヨ!転移符を一枚ちょうだい」
「構いませんが…結局転移で行くのですか?」
「いいえ、いざピンチになって逃げようと思った時に使おうかなってね」
「なるほど…」
「お姉さんにはこれを貸してあげるわ、友達から貰った物だからちゃんと返してね」
「なに…これ…」
いよいよ倒れそうだな
適当に休憩するか、ユキにでも運んでもらうしかないな
「お守りよ、多分お姉さんを守ってくれるわ」
「あり…がと…早速この苦しさから助けて!」
ダメだこりゃ
仕方ないなぁ…今考えた通りしばらく休憩して、それでもダメならまたユキに小脇に抱えてもらうか
☆☆☆☆☆☆
結論だけ言うと結局ダメだった
「ユキ、ポジション変更よ。あなたはお姉さんを運んでちょうだい」
「お母さんは?」
「私は…サヨにおんぶしてもらうかな、もしくはまたぺけぴー乗るか」
「…いいのですか?私の士気が激減してしまいますよ?そりゃもう無気力に」
「どんだけ嫌なのよ…でも今回は我慢して」
しぶしぶ…というか嫌々な態度で私を降ろしてお姉さんを小脇に抱える。扱いは実に雑だ
「ごめんねぇ…ユキちゃん」
「………ちっ」
「舌打ち?!今舌打ちしたよねっ!?」
あのユキに舌打ちさせるとはお姉さん恐るべし…最近抱っこちゃんの機会が減ってるのも原因かもしれない
私はサヨにおんぶしてもらう事にする。流石に何も着けてないぺけぴーに座るのは尻が痛くなるからだ
「という訳で宜しく…あらまぁ、視点が少ししか上がらないわ」
「どうせ私もチビですよ…しかし、背中に柔らかお姉様…これはなかなか」
「やっぱり貴女も変態の素質があるわ、奇跡人ってのは変態ばかりなのね」
たわいもない会話を終わらせる
早速鬼の里を目指して再出発した。先ほどまでとは違って速度はかなり上がっている
「鬼か…どう料理してくれようか」
虫人達を追い抜きながら、私達は鬼の里に向かった
★★★★★★★★★★
同じ様な風景を走り続けていると、遠目に集落の様なものが見えた。あれが鬼の里とやらだ
「先行した足の速い虫人達が何やら近付けずに立ち往生してますね」
「何かしらね」
クルルが言うには魔法が効かない、との事だがまさか結界でもあるのか…
近付くに連れて段々状況がわかってきた。集落から何やら霧状の物が噴射されていて虫人達が近付けないみたいだ
「おのれ!殺虫剤とは卑怯な!」
「これでは近付けぬ」
殺虫剤かよ…
しかし殺虫剤なんて用意しているという事は虫人達が裏切るのは想定内だったって事か
「マオ、適当に魔法を放ってみて」
「わ、わたしがか?」
「えぇ…龍人に使ったウォーターランスだっけ?あれでいいわ」
「よ、よし…いくぞ?アクアランス!」
名前変えんな
マオが放ったウォーターランス改めアクアランスは集落に当たる寸前で結界に阻まれた
「まさか本当に結界があるとは…」
「ふん、生意気ね…まあいいわ。魔法がダメなら物理作戦よ!仕入れた爆薬で襲撃しましょう」
「「おー…」」
「サヨ、空を飛べる符術があるならお願い」
「お任せ下さい」
ふはははは!鬼共もまさか大量の爆薬を用意されているとは思っていまい…奴等に一泡ふかせてやるわ!
☆☆☆☆☆☆
サヨが用意したのは皆で乗れるほど大きな符だ。ぺけぴーもちゃんと器用に乗っている
現在は集落の上空を飛んでいる最中…うむ、空の散歩もいいものだ
「異世界の魔物にこんな奴がいたっけ…確か…おっぱい揉めん」
「一反木綿ですね、その間違え方はかなり苦しいものがあります」
ですよね…
そんなくだらない事はいいんだ、早速作戦に取り掛かるとしよう
「まぁ作戦という程のものじゃないけど…空中から片っ端に爆撃するのよ」
「実に楽しみです」
「そうね…さあ!やっておしまい!」
「「はいっ!」」
私の号令と共に火を付けた爆薬を集落に次々と投下していく
お粗末な造りの家ばかりだから簡単に破壊されていく…外道万歳!
「ふはははははは!」
「高笑いが様になってますね」
「これがフィーリア15世の力である!」
「あ、続いてたんですね」
下を見れば急に始まった爆撃に鬼と思われる奴等があたふたしているのが分かる
「ある程度数を減らしたら乗り込むわよ」
「了解です」
「な、なあ…姉上、やはりその…殺さずともよいのでは?」
何を今更…とは思うが、マオにとっては長い間育ってきた第二の故郷…散々虐待されて尚鬼共を身を案じるのか…
「私達が見逃した所で、他の冒険者達に鬼共は殺されるわよ?どの道奴等に生きる道はない、そういう事を鬼はやったのよ」
「…それでも、もしかしたら死なずに済むかもしれない…」
好戦的になっても結局甘いじゃないか…が、この娘らしい
マオにとってはクソ野郎共でも大事な存在なのかもしれないな…だがそれこそ奇跡でも起きなければハッピーエンドは迎えられまい
「…いいわ、降りましょう」
「ありがとう…姉上」
「言っておくけど、歯向かう奴等に容赦はしないから」
地上に近付くにつれて鬼達の風貌が見えてくる。確かに人間に角が生えたような容姿だ
角はどいつも20cmは越えているであろう立派な角だ…邪魔そうだけど
あちらも私達に気付いたのか、臨戦体勢で待ち受けている
「さて、どうなるやら」
☆☆☆☆☆☆
地上に降りて対峙する
力馬鹿との事だから、拳一つで戦うのかと思えば普通に武器を所持している
「…里だ…ほんの少し前まで居たのに何故だか懐かしい…」
「懐かしい?良い思い出なんて無いでしょ」
「まあ…そうなんだが…」
過去を懐かしむマオとは裏腹に、鬼達はマオの存在に気付いて無さげだ
「…その、なんだ…久しぶり」
「野郎共!愚かにも我等の里に攻めいってきた馬鹿共に死を与えてやれ!」
「「「「「おう!」」」」」
「…と、言いたいが中々良い女共だから捕まえろ!」
「「「「「おおおお!!」」」」」
マオが語りかける前に向かってきた。せっかちな奴等だ…そしてゲスい
「いくわよ!格の違いを見せてやりなさい!皆殺しにしてやるわ!…ユキ達がだけど」
「待って待って姉上!」
「うるさい!あっちが攻めてくるんだから仕方ないでしょ!」
「ぬぬぬ…」
鬼共は一直線に突っ込んでくる。見た感じ何の作戦も無さそうだ、きっと馬鹿なんだな…
「こりゃ楽でいいわ…ユキは鞭を伸ばして攻撃、サヨは符術で取り逃しを攻撃…それで大丈夫でしょ」
「「了解です」」
「姉上!わたしは?」
「待機。ぺけぴーも待機ね」
『くるっくー』
「ペドちゃんペドちゃん、私は?」
「裸になって鬼の注意を引き付けたら?」
「やだよ」
と、くだらないやり取りをしてる間に鬼共はウチの人外ズに次々と吹っ飛ばされている
ちなみに私達はその場を全く動いていない
「ふははは!圧倒的ではないか!…弱い、弱すぎるぞ鬼共よ!」
「姉さんと違って手応えないですね」
「私とこいつ等を比べないでください…失礼な」
亜人の時と比べて強さも数も段違いだ…そりゃサヨや龍人、オマケのショタロウと比べたらいかんわな
「あれね、私達は序盤で強敵に当たっちゃったみたい」
「すでにラスボスを倒した後…みたいなものですね」
「私をラスボス扱いしないで下さい」
鬼共は捕まえるどころか近付く事も出来ない私達を警戒し始めた。遅すぎるだろ…
「何なんだこいつら…」
「…ひょっとしたら例の天狗をぶっ殺したのはこいつらかもな」
てんぐ…サヨの事だろうな。死んだ事になってるのか
「お前達なにをしておる」
里の奥にある一際大きい屋敷から偉い存在と思われる鬼がやってきた
「長…」
「あ、やっぱり?」
薄々わかっていたが、マオの呟いた言葉で奴こそがこの里の鬼を統べる者だとわかった
「長!こいつら…例の天狗を倒した一味じゃ…?」
「ふむ…まあ違うだろうな」
「そ、そうなんですか?」
「天狗を倒したのは小さい子供と人間の言うメイドにその他一名、こいつらは子供とメイドは一緒だが、その他三名に妖精に馬…数が違う」
「「「なるほど!」」」
「…その他一名ってわたしの事だろうか」
間違いない…マオだろうな
「サヨ、どこが知恵を与えたっての?馬鹿も馬鹿、大馬鹿じゃない」
「脳みそが小さい奴等にはこれが限界でした」
サヨは遠い目をして語る
鬼が得たのは悪知恵だけだったみたいだ
「それに、外に出て行動している者共から連絡があった…条件に合う子供とメイドとその他一名を見つけた、と」
連絡…?サヨの情報もそうだが、魔法も使えない鬼がどうやって連絡を取り合うのか
それよりも聞き捨てならないのが
「…鬼共が言ってる連中に最近会った気がするわ」
「奇遇ですね、私もです」
「気がするじゃなくて、リディアさん達ですよ」
彼女達以外に考えられないよな…そんな変なパーティ。私達のせいでとばっちり食らった訳か
「でも強いから大丈夫よね」
「はい」
だったら心配する必要はない、私達は私達で目の前にいる鬼達に集中しよう
「今回の主役はマオだけどね…この娘は一体どうするのやら。クルル、悪いけど私達は妖精の為に戦うって訳じゃないから」
「ん…結果的に妖精も助かるからだいじょぶ」
とりあえずマオを押し出して長に言いたい事を言わせてやろうか…
マオの尻を押して先頭に立たせる。何故尻を押すかと言えばもちろん身長的な意味でだ、他意はない
「…少し時間をあげる。言いたい事は今の内に言いなさい」
「わかった…」
私達はもしもの時に供えて身構えて待つ事にした
★★★★★★★★★★
何なんでしょうか?たくさん冒険者達が同じ山に向かって進んでいるので、何か楽しい事でもあるのかなー…と思って冒険者達から離れた所を着いていったら囲まれてました
「角がある…鬼かしら?」
「そのようですね。しかし私達に何の用でしょうね?」
ほんと…たくさん居る冒険者達の中で何で私達に絡むのでしょう…集団から離れていたせいですかね
「…ガキにメイドにその他一名…情報通りの連中だな」
「とりあえず長に報告しておこう、予想通り正義面して参加してきたってな」
何?私達の事をどこからか知ったの?まさかナイン皇国と繋がってるとか言わないですよね?
「どうしましょうかねマリー?」
「私達の情報をどこから知ったか吐かせましょう」
まずはそれね、しかしその他一名とはエリーの事でしょうか…護衛とか騎士とか他に言い様あるでしょうに
「いくぞお前達、相手はあの天狗を殺したって猛者だ…相討ち覚悟でかかれ!」
「うむ…一番注意すべきは亜人の頭領をあっさり倒し、天狗に止めを刺したあの子供だ。心してかかれよ」
…何の事でしょう?
亜人やら天狗やら…私達は関わる前に終わってましたが…人違い?
だとしたら…
「ひょっとしなくても私達ってペドちゃん達と間違われてます?」
「その可能性は高いですね」
「天狗ってなぁに?」
「本能だけで生きてきた亜人達に知能を授けた賢者ですよ、最近亜人が会話する様になったのはその者のお陰みたいです。更に龍人でも全く相手にならないその強さも有名です…もしかしたらお嬢様でも勝てなかった相手かもしれませんよ?」
凄い方じゃないですか…そんな人物をペドちゃんが倒したなんて
亜人のボスもペドちゃんが楽に撃破したみたいですし、私は実はとんでもない娘とお友達になったのかもしれません…
「やっぱりペドちゃんとお友達になって正解でした」
他人ならば戦う可能性はゼロではありません。あの娘と戦うなんて恐ろしい…仇なす敵は何の躊躇もなく殺す…そういう目をしていました。勝つ為の手段も瞬時に考えつくような頭脳もありそうでしたし…その上実力まであったら勝てる見込みがないじゃないですか
「っと…考えてる場合じゃありませんでしたね」
ぼーっとしてたら眼前に剣の切っ先が迫ってました。まあ余裕で避けれますが
「マリー、エリー…この方達は私が頂きますね」
「お一人で宜しいので?」
「えぇ、私のお友達を狙う不届き者ですからね!代わりに私が始末してあげます」
「たまには実戦も必要ですしね…わかりました。この場はお任せします」
本当に久しぶりです…今までは襲われてもマリーとエリーに任せっぱなしでしたから
「さあ…遊んであげましょう…あなた達の情報は間違っているけど、正しくもあります。この中で一番注意すべきなのは確かに子供の容姿をした私ですからね」
★★★★★★★★★★
「長…その、久しぶりだ…です」
「うむ、久しぶりだな…再び会えて嬉しいぞ。ところでお前は誰だ?」
「わかってから返事しなさいよ」
何が会えて嬉しいだ…
「マオ、じゃなくて…わたしは少し前まで里に住んでた…女、です」
「…居たか?」
「さあ…?」
「いたぞ!?たった少し前なのに何故忘れてる!」
いや、忘れてるんじゃなくて判らないんだ。ガリガリな悪魔だったし
「マオ、里に住んでた頃の痩せこけてた貴女とは全く違うから気付かないのよ」
「あ、ああ…そうか……こほん、わたしは里の隅にある小屋で住んでた者だ」
「…ほぅ、思い出したぞ…あの悪魔か…見違えたな…そして妙にふてぶてしくなった」
そりゃ今のマオには驚くか
にしても長か、一際大きい角が長である証なんだろうな…爺と思っていたが、結構若い。不老ではないな、隣に老いた鬼が控えているから
「何だ…戻ってきたのか…うむ、歓迎するぞ。またここで暮らすがよい」
「え…?いや、そうでなくて」
「…ああ、お前を追い出した馬鹿者共は処刑した。今後は安心して過ごせ」
「な、んで?わたしは…厄介者だったんじゃ…」
「厄介者を10年以上育てるわけなかろう…しかし、美しくなった。なんなら嫁にでもするか?はっはっは!」
何だこの胡散臭い奴は…
…?何かユキが空を見ている。少し薄暗くなっているな…もしかして
「…もう6時になる?」
「はい。時間切れですね…ソープ様が同行する事で予定時間を大幅に越えた様です」
「私のせい!?」
いつの間にそんな時間が経っていたんだ…
今いつものマオに戻ったらどうなるやら…
「わ…わたしは…里の皆とは仲良くなる事は無理かもしれないって…ほとんど諦めてた」
「…そんな事はない。お前を迫害したのは例の馬鹿者共が仕向けていたに過ぎん…そいつ等が居なくなった今ならお前も幸せに過ごせるだろう」
やっぱり胡散臭い…事前にサヨと鬼共の考えを聞いていた事もあるし…
そもそも妖精を襲ってる時点で信用ならん
「お、おおお…」
「…お?」
「おねえちゃああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁんっっっ!!!」
…………何なの?
「これは悪魔の日を締めくくる大絶叫です」
「今一番好きな相手を叫ぶという恥ずかしい行為です」
そりゃ恥ずかしい…
ていうかお姉ちゃんって私か?同性愛とか無理なんですけど…
「そんな慣わしがあったのか…だが俺はオネエ・チャンなどと言う名前ではないぞ?はっはっは!」
「お前じゃねーよ」
「予想通りお姉様でしたね」
「賭けにもなりませんでした」
恥ずかしい思いをした上にこの言われようである
空に向かって叫んだあと、マオはおもむろに爆撃で吹っ飛んだ家の破片である板を拾って地面を掘り出した
「…何してんの?」
「穴を掘って入ろうかな…って」
穴があったら入りたい、というのを実行しているらしい。アホだ
「やめなさい…どうせ穴に入っても尻だけ出るんだから」
「出ませんよ!?」
完全にいつものマオに戻っている。何かホッとした
「てか、有難いけど…私は同性愛とか結構です。ごめんなさい」
「はぅぅぅ…うぅ…」
「お姉様…別に愛してるとかではなく、家族として好きとか、友達として一番好きな場合もありますよ?なのでマオさんをきっぱりフラなくてもいいです」
「お陰でマオさんが余計なダメージを受けてしまいましたね」
先に言ってくれ…
「ぬぅ…男同士は気色悪いだけだが…女同士となると凄く胸が高鳴るな…なんだ?このト・キ・メ・キ」
「黙ってろハゲ」
「誰がハゲだ馬鹿者」
「角抜いたらそこだけハゲんでしょ」
って、いかんいかん…思わぬ出来事で忘れてしまっているが…今はマオにとって重要な時だった
「マオ、何か緊張感薄れたけど…もう言いたい事ないの?」
「は…!?そういえば!」
「何だ?まだ何かあるのか?」
「あの…長さん…ほんとに、本当にわたしが…この里に住んでも…」
「…急に態度が変わったな…まあいい………何度も言わせるな、好きに暮らせ」
「もう…殴られたり、いじめられたりしませんか?」
「当然だ…殴る理由もない」
「い、一緒に…遊んだり…ご飯食べたり…」
「約束しよう…見よ、里の者たちの表情を…皆お前を受け入れる」
マオが鬼達に歩み寄る…今までの仕打ちとは真逆な態度に心が揺らいでいるみたいだ
「いいのですか?マオさんが私達の元を去っても」
「あなたはあの鬼の言葉を信用してるわけ?」
「…いいえ」
「お姉様に比べたら言葉に重みが無いですね、実に薄っぺらい」
サヨの言う通りだ…私達は全くもって信用しないが、だが純粋なマオは違う…
ああ…またあの娘が傷付いてしまう…泣いてしまう…
「あの…」
「うむ」
「わたしは…今は…わたしを家族として受け入れてくれてるお姉ちゃん達と一緒に居るんです」
「ふむ…なら一緒に住めばいい」
「え?いい、のですか?」
誰が住むかハゲ…今すぐその口に爆薬を突っ込んでやろうか?
「お母さん、殺気殺気」
「おぅ…思わず」
「気持ちはわかります」
「あ、たぶん無理です…お姉ちゃんは旅がしたいと思うので…」
「そうか…ならお前だけ住めばよい」
「い、いえ…わたしは…お姉ちゃんと一緒に…だから、お姉ちゃんとお別れしたら…戻ってきていいですか?」
「…」
長の雰囲気が変わった
ふん…もしかしたら本当にマオを受け入れるんじゃないかとほんの少しは思ったが、やはり外道は外道か
「駄目だ…俺達はまさに今お前の力が必要なのだ」
「…?」
「まさか里から出たお前が今この時に戻ってくるとは思わなかった…小さい頃から見せつけてきたお前の力…俺達の為に使え」
「あの…?」
「長いこと暮らしていた故郷だろう?守ろうと思うよな…なあ?」
…ふ、しょうもない
流石にこれ以上は聞くに耐えないな
「ユキ、サヨ…やっちまえ」
「「はい!」」
二人が鬼の長をぶっ飛ばすべく走り出す
このゲス野郎は楽には殺さん…という私の考えがわかっているのか、二人は武器は持たず素手で長に迫る
だが………
「…!っと…邪魔しないで下さい」
「ま、待ってください!」
「そこを退いて下さい…そいつがあなたを求める理由は聞いたでしょう?あなたは鬼達にとってただの道具なんですよ」
「…ひ、必要って……言ってくれました」
「だから力だけですって」
「わからないじゃないですか!…今は、その…大変そうだからそんな事言ってるだけで…里を守れたら、お姉ちゃん達との旅が終わったあと…幸せに暮らせるかもしれないじゃないですか…」
凄いなぁ…あの娘はどこまでも純粋なんだ…この広い世界、あの娘以外にこうも他人を信じ続けられる者がどれほどいるのだろう…
「愚かな…里を守る…?それは構いませんが、妖精達はどうするのです?鬼達に苦しめられてる妖精は」
「はぅ…そうでした……ごめんなさい、長さん…でも大丈夫です!…きちんと謝ればきっと許してもらえますよ」
「…く、くく…謝れば許してくれる、か…そうだな…すまないな」
「い、いえ…そんな急に私に謝られても…」
「受け取っておけ…貴様は俺達の為に死ぬのだから」
「はい…?」
「穢らわしい悪魔め…もう貴様に付き合ってる時間も惜しいのだ…役に立たぬなら、せめてその心臓を寄越すがいいわ!」
長は懐から短剣を取り出し、マオの心臓目掛けて降りおろした…
私の距離からでは助けが間に合わな……
ズブリ…と短剣が刺さったが、それはマオの心臓ではなく私の背中だ。
もしもの為に転移符を用意しておいて良かった…
マオの方を見やればすぐ目の前にマオを庇う形で構えているユキとサヨの姿…なんだ、皆して考える事は一緒だったらしい
お人好しでどうしようもなく甘っちょろい…けど、可愛らしくて大事な家族を守ろうとしたのだ
「きさま…」
「外道の考えてる事なんて丸分かりよ、何故なら私も外道だからね」
「小娘ぇ…邪魔しおって…だが取るに足らぬ小娘と思っていたが、まさか転移など使えるとはな…丁度いい、悪魔の代わりにこのまま貴様の心臓を抉り出しでっ!?」
クソ長が私に刺さった短剣に力を入れた瞬間、紅い目をギラつかせたユキに思いっきり吹っ飛ばされた
「おか」
「ユキ、あなたは鬼共をやりなさい…私達に近付けるな……私は大丈夫、サヨも居るし」
「…かしこまり、ました」
悪い事したかな…過保護なあの子が今の私から離れるのにどんな気持ちだったか…
「お姉、ちゃん…?」
「情けない顔してるわね」
「あ、ああぁ…お姉ちゃんが…わた、わたし…また…迷惑…」
「気にしなくていいわ」
「しますよっ!だ、だって…わたしのせいで…」
…かなり参ってるな
やはりマオには鬼が如何に下劣な奴等か教えておくべきだった…
私の判断ミスかもしれない…根本的に鬼が悪いのだが、マオを必要以上に傷付けたのは私だ…もはや今更だが
「安心しなさい…そう何度も重傷を負う私じゃないの。今回はちゃんと背中のリュックで防いだわ」
「え…?……な、なんだ…良かった…良かった、です…」
まあ嘘なんだけど…バッチリ私の背中に突き刺さっている…正直めっちゃ痛い
だが我慢しよう…この娘に悟られる訳にはいかない、バレたらどれほど自分を責める事になるか…
「…何か、言いたい事あるんじゃないの?今度は私に」
「……えへ、へへ…お姉ちゃん達の言う通りでした…結局、ここにはわたしの居場所も味方もいなかったんです……力だけ必要とされてたんです…だれもわたしを見てなんかいないっ…」
「…そうね」
「馬鹿みたいですよね…?10年以上も…いつかわたしも、里の皆さんに…受け入れてもらえるって…」
「…」
短剣が刺さった背中が熱い…
だがそれ以上に怒りで全身が熱い。今なら舞王をぶん殴ってしまうかもしれない…彼女ならマオの身体を操って悪魔の里に帰れただろう…何故辛い思いをさせた…と
「馬鹿でした…わたしが馬鹿でしたっ!!もっと早く気づけば良かったのにっ!…うああぁぁっ…!…こんな、もの…こんなもの、こんなもの!こんなものっ!!」
マオの頭に埋まっていた…自ら刺した尖った小さい骨…ユキが加工してネックレスになっていたが、今はマオの降りおろした拳により砕け散ってしまった
ネックレスの下にあった石も同様だ…そしてマオ自身の手も負傷してしまっている
「ひぐ…つぅぅ…どう…すれば…どうやったらお姉ちゃんみたいになれますか…?どうすれば裏切られない様になれますか…?
何を信じれば良いか分からないなら、いっそ…自分だけ信じるしかないんですか?………もう…わたしは、どう生きればいいんですかぁ…」
「…あなたは、そのままでいなさい」
「ダメです…それじゃあダメなんです……今のままじゃ、またお姉ちゃん達に迷惑をかけちゃいます…」
「迷惑かどうかは私達が判断する」
私みたいに?冗談じゃない
マオは悪魔らしからぬ優しい娘だからこそ良いんだ。私の様になって欲しくない
「マオ、私もね?少し前…12才くらいかな…そのくらいの時に苛めにあった事があったわ。まあ貴女に比べたら悪口を言われたり身長を馬鹿にされたりする様な小さな事だけど」
「…お姉ちゃんが?」
「えぇ…貴女は何度殴られても…何度受け入れられなくても、それでも諦めずに里の住民に歩みよった…どうすれば仲良く出来るかを考えた。
だけど、私は違う…私がやった事は誰が信用出来るかを見極める目を鍛える事だったわ…結果はこの様よ、学園に絶対に裏切らない人間なんて居やしない…だったら友達なんか要らない、私は全ての人間を遠ざけたわ…それから私は常に独りよ」
「お姉ちゃん…」
別に後悔はしていない…
そんな生活を送って得られた物もある…嫌がらせばっかして孤立する様な問題児だった私だから、当然母が呼び出される事も度々あった
でも…叱られた事はなかったっけなぁ…いつだったかな、母が言った忘れられない言葉を聞いたのは
『家族である私まで見捨てちゃったら、ペドちゃん独りぼっちになっちゃうじゃない』
何となく思いついた言葉を言っただけかもしれない…私のご機嫌を取るために言っただけかもしれない…だけどあの言葉は妙に私の心に響いた…そして思った…家族だけは信じられる、家族は私を裏切らない …だから私も家族だけは裏切らない
「マオ、貴女は今のまま優しい悪魔でいなさい…私みたいに孤立する必要ないわ」
「でも…でもっ…こんな生き方したって、どうにもならなかった…!」
「大丈夫、大丈夫だから…これから先、ずっと、ずっとずっと信じて、信じ続けて…裏切られ続けても、諦めなかった先に…きっと貴女を愛してくれる者が現れるから…いつか私達が居なくなっても…貴女なら大丈夫…」
こんな良い娘が好かれない訳がない…
優しい悪魔の娘…どうか諦めないで…あなたは誰よりも愛される存在にきっとなれるから
「お姉ちゃんは…わたしを、愛してくれますか?」
「当たり前でしょ…」
「えぐ…わたし…がんばるから…他の誰でもない、わたしを愛してくれるお姉ちゃんの言葉を信じて、がんばるからぁ…!…いつか…一人になってもがんばるから…」
「そう…それで、いいの」
気分が悪い…
フラフラする…くそ、幼女の身体は根性がないから困る…
「でも…お姉ちゃん達が居なくなるまでは…一緒にいてください…ちゃんと強くなります…から?…お姉ちゃん?」
身体がだるいなぁ…立ってるのもしんどくてマオに向かって倒れ込んでしまった…
今までの虚勢が無駄になったな…だらしない
「…?血…?なんで?」
「お姉様は、無傷などではありません…鬼の放った短剣は、お姉様にしっかりと刺さっているのです。どいて下さい…すぐに治療しますので」
「なんで……!…嘘つき…お姉ちゃんの嘘つき!嘘つき嘘つきっ!!…し、死んじゃったら…」
…死…死ぬ?この私が…?
ないなぁ…あり得ない…だって
「…私は、家族を裏切らない」
「え…?」
「約束…したでしょ…?鬼ごっこだろうがかくれんぼだろうがやってあげるって…子供がする様な小さな約束だけど、私は必ず守る…だから死なない、私は家族を裏切らないって決めてるの」
「お、姉ちゃ…おねえちゃん…」
あ…
く、くくく…あははははは!やっと…やっと呼んでくれたなぁ…私の事を姉と…ただの呼び名じゃなく、心から姉と…
「もう一度、呼んでくれる…?」
「お姉ちゃん…ぐす…」
「ふふ…さて、マオ…あなたは行きなさい。鬼共にケリをつけるのは妖精達でも他の冒険者達でも…私達でもない、あなたなんだから」
「で、でも…!」
「サヨが居るから大丈夫…早く行きなさいって…」
「はぅー…」
「行けって言ってんでしょっ!!」
「はぅ!?…い、行きます!…うう、お姉ちゃんの馬鹿!嘘つき!死んだら後を追ってやるです!」
だから死なないって…
ああ…立ってたら辛かったが、座ったら多少は楽になった
「では、短剣を抜きますよ」
「サヨ、なるべく痛くしない様にね?ほら、注射する時に医者が注意を逸らした隙に済ませて痛くなかったーって、私としてはそういうのを希望して」
「えい」
「いてええええぇぇぇぇっ!?」
痛くしない様に言ったのに…おのれサヨ…!遠慮なく引っこ抜きおってぇ…
「もう傷口治してますから痛みも薄れてきたでしょう?」
「…そうね、後で覚えておきなさい」
「失った血は治りませんから、しばらく安静が必要です」
似たような事をユキに言われた事がある…だが今回は安静にするのはまだ先だ
「はぁ…私達に任せてくれてたら、誰も怪我する事なく終われましたのに」
「いいじゃない、皆生きてるんだし」
「あと少し右にズレていたら死んでました」
「へー…まぁ生きてたし」
「あと少し右にズレていたら死んでました」
「終わり良ければ全て良しよ」
「あと少し右にズレていたら死んでました」
「ごめんなさい」
無表情で同じ言葉を繰り返すサヨが恐ろしいので思わず謝ってしまった
「はぁ…私達がどれほど心配したか…」
「悪かったって…だけど仕方ないのよ、サヨは知らないだろうけど…初めてマオに会った時、あの娘はガリガリに痩せてて…身体には魔物に受けた傷と虐待の痕が無数にあったの。
この上更に鬼共に傷付けられようとするマオを私が黙って見過ごすわけないじゃない」
「…だからと言って、お姉様が傷付いたら余計にマオさんが悲しみます」
わかってる…だけど、そんな事考える前に動くんだから許して欲しい
「けど…怪我した甲斐があってか、大きな収穫もあったわ」
「収穫…?」
「あの娘がね…やっと、私を姉と呼んでくれたの」
「今までも呼んでましたが?」
「あれは私がそう呼ばせてたの…あの娘も気付いてなかったでしょうけど…今まで私達は、マオにとって家族ではなく命の恩人に過ぎなかった…だから私も妹じゃなく妹分として接していたの」
だがそれも昨日までだ…今日、この日…私達は家族になった
「6月6日…私達にとってはただの悪魔の日ではなくなったわね」
「記念日…になりましたね」
一年に一度、マオがデカい態度になる度に思い出すだろう…
果たしてマオは、記念日となった夕暮れ時にいつまで私の名前を叫んでくれるだろうか…
私は足元に散らばっている欠片を拾い集めた。マオが拳で砕いたあの角擬きだ
「サヨ、五分寝る」
「五分で済みますか?」
「起きなかったら叩き起こしなさい」
「無理ですよ…」
そう長い気絶時間にはなるまい…これはまだマオに必要な物だと何となく思う…だから直す
「…調べたい事もあるのよね」
起きたらサヨに頼んで運んでもらおう
一度、鬼を容赦なく蹴散らしている娘とチラチラとこちらを気にしてる妹を見て、私はマオのネックレスが元に戻る様に奇跡ぱわーに願った
「フィーリア…愛を意味する名前、か…創造主も良き名を残したものですね」
気絶という名の眠りにつく前に、サヨのそんな呟きが聞こえた気がした




