幼女、あっさり大軍を得る
「で?どこの誰?何でこの娘にとり憑いてるの?」
「はっはっは!誰と言われてもマオとしか言い様がないぞ姉上!」
「うぜぇ…」
朝っぱらから不愉快になった
この状況についてユキかサヨに聞こうと思ってたら、どこかに行ってたユキが丁度部屋に戻ってきた
「おはようございます、お母さん」
「おはよう。こいつ何者よ?何がとり憑いてるか教えて」
「マオさんですが?」
違うだろ、中身が
仮にたった一晩で性格変えたのだとしたら大したもんだ
「今日は6月6日、悪魔の日ですからね」
「そんな日あったのね」
「はい、朝6時から夕方6時まで悪魔らしく好戦的で偉ぶった態度になります」
それは悪魔らしいのか…?
夕方までこんなマオと過ごせとは何て罰ゲームだ
「サヨはどこ行ったのよ」
「マオさんに絡まれると鬱陶しいので外に散歩に行くと」
「めっちゃ疎まれてるじゃないこの娘」
家族付き合いのメンバーにウザがられるとは可哀想な娘。私もその内の一人だけど
「仕方ないわね…半日くらい我慢しましょう…」
「はっはっは」
「だがムカつく」
初めからこんな可愛げないマオだったら間違いなく仲間にしてなかったな
眠たそうな垂れぎみの目が今やつり上がっていて面影すらない
「ただいま戻りました、いやぁ…朝の散歩も良いものですねぇ」
「逃げた奴が戻ってきたわ」
「ごめんなさい」
まあいい…気持ちは分かる
ウザいもんな
「お母さん、今のマオさんなら立ちはだかる敵に臆する事なく戦えると思います。なので予定を変更して今日鬼の里に乗り込みましょう」
「お姉さんはどうするのよ」
「お留守番で」
「待って待って、私も行きたいな!こんな経験もう出来ないかもしれないし」
なんとお姉さんまで行くとか言い出した
正直私以外にも守る対象が増えたら皆の負担増えそうなんだけど
「…行きたいの?」
「うん」
「絶対安全とは限らないけど?」
「何とかなるって!」
もしもの時に何とかするのはユキ達なんだが…
まあいいか、サヨも増えた事だしどうにかなるだろ
「じゃあ皆で行くわよ」
「わかりました。ではお母さんが指揮を、私とマオさんが前衛、姉さんが後衛、そしてソープ様がエロ担当で」
「それでいいわ」
「いくない!そんな担当いらないでしょ!?」
「鬼達に捕まったら宜しくお願いします」
「守って!?」
ぎゃーぎゃー喚くお姉さんを無視して馬車へと向かう
行くのを止めるかと思ったが、結局同行する気みたいだ
ちなみに妖精は私の肩の上で器用に寝ている。よく落ちないな…
馬車に乗ってすぐの事
「さあ姉上!いつもの様にわたしの太ももに臀部を乗せるがいいぞ!」
「だが断る」
「なぜ断る」
今のマオが生理的に無理だからだ
「ふーむ…変な姉上だ、臀部が痛くなったら何時でも座るがよい。はっはっは!」
うぜぇ…だが私は我慢が出来る娘だから我慢する
座布団を敷いて座り、早速町の外に出たのだが…いつもは少ない冒険者が今日はやたらといる
パーティを組んでいるのであろう集団一つにつき妖精が一人ついている。道案内でもしてるのか…?
こんだけ固まってるんだから一匹だけで案内すればいいと思うんだが…
「今日は冒険者が多いわね。邪魔でしょうがないわ」
「妖精からの依頼…というか頼みですからね、国から報酬が出るので張り切っているのでしょう」
「なんだ、金の為か」
「中には正義ぶった善人気取りもいるとは思いますが…まあ大抵はお金の為でしょうね」
こんだけ大人数なら分前も少ないだろうに…馬鹿め
妖精達も誰彼構わずに声をかけたんだろうな…余計な事をしおって。おかげで人が邪魔で馬車の速度が遅くなるじゃないか
「…マオと出会った山なら鬼の里と続いてるって事よね…あの茸の山」
「初段の試験場の一つである場所ですね。逆方向ですが確かにそちらから行った方が早めに着きそうです」
「ならそうしましょ」
少し進んでみたが、これでは予定の時間内に里に乗り込めない可能性が高い
という事で進む道を変えるようかな~と考えて何気なく言ってみたらあっさり決定された
「それでも時間がかかるかぁ…」
遠回りするんだから仕方ないわけだが…
そもそも鬼の里の場所が分からない。マオは覚えてないだろうし知ってるのはサヨだけだ
「鬼の里ってどんくらい遠い?」
「ここからですと…まあ山を三つ四つ越える程度ですよ、十分間に合うでしょう」
「あなたは程度という言葉の使い方を間違ってる」
どんだけ高速で行く気だよ
あんまり飛ばすのはやめてくれよ…酔うから
「ああ…途中まで転移で行きますので心配は無用です。麓までは馬車で行きますが」
「そう…安心したわ」
「最初から転移すればいいんじゃないの?」
「お姉様は楽な冒険がお嫌いみたいですので」
その通りだ
恐らく里に近づけば中ボス辺りが出てくるハズ…無視して行くのはよろしくない
本当なら転移無しで行きたいところだが、時間制限があるから仕方ない
「ペドちゃんも面倒な性格してるね」
「知ってる」
面倒くさい事は嫌なのに楽な旅はつまらないという…我ながら何とも難しい性格だと思う
でもそういう性分だしなぁ
「姉上、姉上。麓まではまだ時間かかるだろうから遊ぼうじゃないか!」
「馬車の中で何しようってのよ」
「……あや取り!」
「子供か」
そんな事するくらいなら何か本でも読んで時間潰した方がいい
「いいではないかぁ…」
「もっとマシな事にしなさい。他に何かないの?」
「やりたい事はいっぱいあるぞ!鬼ごっこもかくれんぼもやってみたい…が、馬車では出来ないから」
「む…」
どれもガキっぽい遊びだが…どれも一人では出来ない遊びだ。普段のマオは言わない事だが、ひょっとしたら言いたくても言えなかったのかもしれない…遠慮がちだもんなぁ
…ちっ!私も何だかんだで家族に甘い
「分かったわよ…やりゃいいんでしょ」
「ふふふ…姉上は優しいなぁ」
「うるさい黙れ。で?あや取りってどうやんの?」
「知らん」
「じゃあ出来ないじゃないアホ」
いっそ新しい遊びでも考えるか
名付けて言葉のあや取り…うわ、我ながらつまんね
「ユキ殿もサヨ殿も知らないのか?」
「残念ながら遊びについての知識はあまり…」
「右に同じです」
「そうか…なら教えてエロい人」
「分かったわ、まずは高い木に先を輪にした縄を吊るしなさい。そして輪に首を通してぶら下がれば完成だよ」
やはりアホの娘はアホの娘だった。そりゃお姉さんもイラッとくるわな
とりあえず真に受けて縄を準備してるアホの娘を止めておこう
…………
「時間が空いたら鬼ごっこでもかくれんぼでもやってあげるから機嫌直しなさい、鬱陶しい」
「…約束だぞ?」
「はいはい」
結局あや取り遊びを却下したら拗ねやがった。精神年齢低いと扱いも面倒くさい
「せっかく冒険者達が沢山居るんだからどんな奴等が居るか見るのも面白いでしょ?…ほら、あそこにユキ達に絡んでたおっぱいしゃぶりのチンピラ共がいるわよ」
「おお…確かに。あの人達も妖精助けに行くのだな!おーい!頑張れっ!おっぱいしゃぶりの冒険者達ぃっ!」
「うおおおおおっ!?どこの馬鹿だ!人聞きの悪い事言う奴はっ!」
「おい、周りからすっげぇ白い目で見られてるぞ!」
可哀想に…
だがマオの気も逸れた様だし良しとしよう。奴等は犠牲になったのだ
「やはりマオさんは悪魔ですね、何と惨い」
「本人に悪意が無いから尚惨いわ」
「とりあえず絡まれる前に逃げましょう」
いちゃもんつけられる前に馬車の速度を上げて逃げる事にした様だ
私達は反対方向に向かうため、どうやら追っては来ないらしい
「大丈夫みたいね」
「私達を追うより周りに弁解するのに必死なんでしょう」
「…何だかわたしのせいで済まない」
「別にいいわ、貴女が言ってなかったら私がからかってたハズだし」
ふてぶてしいマオも心なしかしょんぼりしている。態度がデカくても迷惑をかけるのは嫌みたいだ
「…うに」
「おはよう寝坊助さん」
「…はふ」
人の肩で熟睡してた妖精がやっと起きた
まだ眠たそうではあるが…妖精って朝弱い生き物なのか?
「おはよう妖精殿…うーむ…そろそろ妖精殿の名前を教えて欲しいぞ、外に他の妖精が沢山いてややこしい」
「確かにね…何か教えてくれそうにないから渾名でも付けときましょう……そうね、乳がデカイからパイパイで」
「クルル!」
「……クルルね、分かったわ」
「流石お母さん、見事な脅迫でした」
してねぇよ…私のネーミングセンスは脅迫に値するんかい
しかしクルルね…今更だが、正直妖精に名前が有るとは思わなかった。書物はどれも妖精としか表記してなかったし
「クルル殿とは可愛らしい名前だな!」
「…」
「やはり無視か…」
「クルルは人を選ぶみたいだから仕方ないわ」
「姉上だけズルい…まあ姉上が好かれるのは分かるが」
自然に何たらって奴か…実感無いんだよなー
「わたしは正直姉上が羨ましい…容姿とは裏腹に性格悪くてもこうして種族関係なく好かれる姉上が」
「何でちょっと毒吐くのよ」
「…ただの嫉妬、かも」
私はどちらかと言えば敵の方が多いと思うが…人間では、だが
人外は知らん、あっちから勝手に寄ってくるんだ。
「私が好かれてるかはともかく、私が気に入った相手は限りなく少ないわ…その少ない中の一人に貴女も入ってるんだから光栄に思いなさい」
「……くふ、ふふふふ」
「何の発作よ」
「いや…姉上はやはり優しいなぁ、と思って」
ニヤニヤしながらこちらを見てくる…何かムカついてきたな…喋り方がよりいっそう腹立たせる
「…何かあちらが良い雰囲気になりだしましたね」
「それで姉さんは逃げてきた訳ですか」
「今回はマオさんに譲ってあげただけです」
「そういう事にしておきましょう…ではこちらはこちらで姉妹の絆でも深めますか?」
お、腹違い…もとい奇跡違いの二人が何かやりだしたぞ。出会った当初がちょっと険悪だっただけに仲良し度がどれくらい上がったか気にはなる
「マオ、ちょっと黙ってなさい」
「む?分かった」
ほんとに分かったかは定かではないが、聞き分けが良くてよろしい
「最近悩みがあるので是非とも姉さんに相談したいと思っていたのです」
「ろくでもない事じゃなければ聞きますよ」
「実はお母さんへの忠誠心が薄れてきたのではないか、と思うのです」
「気のせいですね、ではこの話は終わりという事で」
はえーよ
いや私も気のせいだとは思うが…ユキの忠誠心が下がるとか考えられん
「まあ聞いて下さい…例えばこの前のランクアップ試験の時なんて、マオさんが一緒に居るとはいえあっさりお母さんから離れた自分に驚きました」
「マオさんを信頼してるんですよ…龍人を倒せるんですから、その辺のチンピラ程度は余裕でしょう」
「それはそうなんですが…」
「…忠誠心が心配なら常に…とは言いませんが、お姉様の事を考えておけばいいじゃないですか」
「常にお母さんの裸を…」
「そこまでは言ってません」
忠誠心より欲情心の方が上回ってんじゃないか?いよいよ身の危険を感じる
サヨに何としてでも真っ当な奇跡人に矯正して頂きたい
「ふむ…ユキさんは最近従者から親子へとなったのですよね?でしたら忠誠心より愛情度が勝っただけだと思います。お姉様の妹であるマオさんも同様に信頼度が上がったのでしょう」
「なるほど…流石は姉さん、納得できます」
「なら良かったです」
「しかし、愛情度が上がりすぎたのかお母さんに対して邪な事を考えてしまうのですよね…ですがお母さんの嫌がる事は出来ない…という事でせっかく姉が出来たのでこの様な物を仕入れてみました」
「…な、なんでしょう」
「姉妹物のエロ本です」
「助けてお姉様っ!?」
こっちくんな
身の危険を感じたのは私だけではなかった様だ
そのまま私の身代わりになって欲しいが…無理だろうなぁ
「とりあえず離れなさい暑苦しい…」
「氷符と風符を快適な温度になるように作動してますが」
「まあ快適…そういう事じゃないわ」
通りで涼しいと思った
サヨがいれば暑かろうが寒かろうが快適に過ごせるな…良い事だ
ちなみにユキは結局サヨをからかってみただけとの事だった
「皆さん、今の内に昼食を取っておきましょう」
「移動しながら食べるのもいいわね」
ユキが亜空間から取り出したのはサンドイッチだ、まあ妥当な所だな
これで鍋とか出てきたらそれはそれで面白いが
朝いなかったのはサンドイッチを作っていたからか
「肉じゃないけど、食べる?」
「たべゆ」
妖精は何でも食う、と
案外雑食かもしれないな
「卵にレタスにハムにチーズ…何とも普通ね、美味しいけど」
「うむ…相変わらず美味い」
「私は料理出来ませんからね…」
「私も私も」
サヨとお姉さんは料理出来ないらしい…サヨは何となく分かるな、料理を覚えるより色んな技を修得する方を選ぶ感じだ
お姉さんはずぼらなだけだろ
ある程度お腹がふくれたら昼寝でもしておくか
…………
………
……
…
「では、馬車はここに置いて転移するとしましょう」
「わかったわ」
「…亜空間に転移……エルフでも使える者は少ないのに」
「へぇ…結構高度な魔法だったのね」
倉庫と移動手段なのに
「はいはい、皆様固まって下さい」
サヨに言われた通り皆サヨの周りに集まる
私はすでにユキの腕の中に抱っこちゃん済みだ
「では参りましょう」
☆☆☆☆☆☆
転移が終わると、すでに囲まれてました
「何も敵陣のど真ん中に転移しなくてもよくない?」
「想定外でした」
囲まれてると言っても、どうやら鬼ではない
どう見ても虫だ。カマキリやらカブトムシやらクワガタやら…とにかく二本足で立つ虫の亜人が見渡す限りいる
「虫人ですね、よくもまあこんなに集まったものです」
「虫人?亜人とは違うの?」
「はい、亜人は人と交配して生まれた種族ですが、虫人は独自に進化して人に近づいた種族になります」
ほー…それは長い時間かかっただろうに…
確かに二本足で立つと言っても人の足ではなく虫の足だ
「それよりもどうします?手っ取り早く燃やしますか?」
「ここ山よ?山火事になるからやめなさい」
あっちもいきなりこちらを襲ってくる様子はないし…
そもそも敵かどうかも決まっていない
どうしたものかと考えていたらカマキリ型の虫人が一匹寄ってきた
「何しに参られたのでしょう?」
「めっちゃ流暢に喋っとる」
これはこれで想定外だ
しかもやたら丁寧な口調で喋りかけられた
「何でそんなに畏まってるわけ?」
「貴女様の様な自然に愛されし者には当然の敬意…我らは自然無しでは生きられませんので」
また自然云々か…何で判別出来るんだ。何か変なオーラでも出てるのか?
「…あなた達って鬼の仲間?」
「仲間…ではありません。一時的に協力してるだけです」
「何で?」
「鬼達の目的に手を貸し、事が済めばこの山を我らに与える、と契約しております」
皆と顔を見合わせる
たぶん考えている事は一緒だろう
虫人は利用されている、と
「言っておくけど、あなた達が山を入手する頃には自然は失われてるわよ?」
「…どういう事でしょう?」
「鬼達が今やってるのは自然の象徴である妖精を襲う事、目的は不明だけどね。そんな鬼に手を貸したらあなた達も自然に嫌われるんじゃない?」
「……」
…静かになった
住む場所を手に入れるハズが、山どころか自然の加護すら無くす所だったからな…ショックなんだな
「……」
「……」
誰一人として動かないな
脳内会議が忙しいと見える
……ふむ、一度やってみたかった事があるからこの際試してみよう
「虫人共っ!固まってる暇があったら真の敵に立ち向かえ!今からでも妖精達の為に戦え!さすれば自然の怒りにも触れずに済むやもしれぬっ!」
「…!……はっ!」
「いけっ!敵は鬼の里にありっ!!全軍突撃ぃっ!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!」」」」」」
おお…まさか成功するとは思わなかったが、私の号令で虫人達がある方向に向かって走り出した
恐らく鬼の里を目指したのだろう…急に現れた幼女の命令聞くとか何なの?馬鹿なの?
「…貴女は」
「早く行きなさい、あなた達に自然の加護を」
「貴女達にも…!」
カマキリ型の虫人も走り出した。あいつがリーダー的な存在らしい
しかし、あっさりと中ボスエリアを突破出来たな…まあ楽でいい
私達も遅れていられないので、虫人が向かった方へ走り始めた




