幼女と妖精
「やっぱり馬車はいいわ、旅してるって感じ」
「ご要望通り一般的な馬車の速度にしてますが、満足そうで良かったです」
満足ではあるが、風景はまだ見覚えある景色ばかり、その辺を楽しむにはまだ先になりそうだ
この速度だと国外まで一週間はかかる。だがこれが普通なのだ
「私は馬車は初めてです」
「そんな長生きしてんのに?」
「自分で走った方が早いので」
人外はこれだもんなぁ
馬車を体験する事によって良さが分かればいいが…何というか、慣れると家の中って感じになるのだ
「…さっきから何してるんですか?」
「んー…?ほら、例の爆薬って威力高いじゃない。小型化して程よい加減にしようと…」
「お姉様、火薬は危険な物ですから取り扱いには十分ご注意を…」
「大丈夫、理解してるわよ」
要するに火を近づけなきゃいいのだ
ここには火気の類いはない、つまり問題ない
「お姉ちゃん、意外と器用なんですね」
「嫌がらせには手を惜しまなかったからね…こう言った工作も結構したわ」
「ろくでもない理由です」
何とでも言え
理由はともかく、こうして経験は生かされてるんだから悪くない学園生活だったと言える
「元の半分の火薬量にしたら威力も半減すると思う?」
「さあ?」
マオに聞いた私が馬鹿だった
まぁ試してみれば分かるか
「ペドちゃんのイタズラ話は学園で有名になってるよねぇ」
「そうなの?」
「うん、久しぶりに学園に行ったら先生達が卒業してホッとした人物第一位だって言ってたよ」
と語るのはソープお姉さん
私が厄介者扱いされていたとは…納得出来るけど
「少しいいですか?」
「どうしたの?何か魔物でもいた?」
御者をしてるユキが割り込んできた
この辺の魔物に珍しい奴はいないと思うが…
「悪戯って淫猥な響きがする言葉と思いませんか?」
「黙って御者してなさい」
何事かと思えば実にくだらない理由だった
馬鹿娘はほっといて作業を再開する。
火薬主体だから岩を破壊するには結構な量が必要だ…火属性の魔石とか実在したら何か高い威力の代物が作れそうだが
まあ私の遊び道具だから威力は弱くていいんだけど
「試作品が出来たわ、名付けてスライム飛散くん1号」
「スライム限定ですか…」
いかに綺麗にスライムを爆散させるかを考えて作った代物だし
「スライムって爆散したらやっぱり死ぬ?」
「死ぬでしょうね」
「むぅ…なら止めとくか」
襲われない限り殺す必要無いし
爆薬は私達の命を狙う愚か者に使おう。口に突っ込んでやろうか
「手が汚れてますよ、これで洗って下さい」
「ありがと。魔法って便利ね」
サヨが出してくれたのは魔法で作った宙に浮いた水の塊だ
それに手を突っ込んで綺麗に洗った
「ペドちゃんには優しい子達がついてて羨ましいなー」
「まあね…」
甲斐甲斐しく世話してくれる者達が居るのは悪くない
一般人だと言うのに貴族気分が味わえる
「貴族ごっこでもしてみようか、一人称は妾とか言えばいいの?」
「貴族でも妾は使いませんね」
女王クラスが使う言葉なのか…?でも妾って何かババくさいかも
オバハンが使ってる雰囲気がある。幼女の私が使ったらロリババアなんて呼ばれかねない
多分偉ぶった感じで言えば貴族っぽくなるのかな?
「うむ…苦しゅうない、尻を出せ」
「出しませんよ!わたしと言えばお尻って定着しないでください」
「貴女が尻ばっか強調するからでしょ」
貴族ごっこ終わり
全然貴族っぽくなかったけど
本物の貴族はきっと堅くるしい言葉を使ってるんだろ、敬語が苦手な私は尊敬しちゃう
「お母さん、後方から迫ってくるものが複数います」
「お…魔物のお出まし?早速口に爆薬を突っ込む機会がきた?」
「頭パーン…想像するだけでこわいです…」
「ユニクス達みたいです」
「なんだ馬か」
無視する方向で、と指示してマオの太股に座る
神獣だろうとユニクスにはもう飽きた。後は私の知らない所で好き勝手に生きてくれ
「外が喧しくなってきましたが?」
「ほっときなさい。でも余りに五月蝿い時は制裁よろしく」
「お任せください」
五丁目では結局一度も遭遇しなかったから忘れてた
そういえば亜人騒動の時の礼を言ってないな…馬鹿以外のユニクスには一応言っておくか
「久しぶりね馬鹿」
『おうおう!最高の功労者である俺様達に挨拶無しとはヒドイんじゃないか嬢ちゃん、馬鹿じゃねーけど』
「分かってるわよ、だからこうして無視しないで構ってあげてんじゃない…馬鹿以外のユニクス達、ご苦労様。そしてありがとう」
予定通り馬鹿には言わないでおいたら騒ぎだした
こいつが役に立ったのは血だけだ、でもまぁお陰で早く完治したのも事実か…
「馬鹿もご苦労様ね。あなたの血には助けられたわ」
『…ふはははっ!良いって事よ!』
一気に上機嫌になった
単純な馬だな…労いの言葉だけでこの喜び様、子供みたいな奴だ
「あなた達は今後どこ行くの?」
『神域に帰るぜ…その後は適当にどこかへフラッと出かけるかもな!五丁目に気の合う人間も居たし、たまには五丁目にも行くつもりだ』
「へー…誰かしら?」
『アインとか言う冒険者だ』
聞き覚えがある…が、誰だったっけ?
「モブオさんじゃないですか?」
「何だモブオか…亜人の時は見なかったわね」
『アイツは学園の方を守ってたらしいぜ!』
それでか…
大きい被害が出てないって事は、私達の様な非常識な存在に頼らず守りきったという事か…なかなかやるな
「ま、あなた達も達者で暮らしなさい」
『嬢ちゃん達もな!あっさり死ぬんじゃねぇぞ!』
「当然よ」
軽い挨拶をしてユニクス達と別れた
そしてまたゆっくり四丁目を目指す。今日中に着いても夜になるだろうし、久々に野宿でもするか
「今日は適当に野宿しましょうか」
「かしこまりました」
その後しばらく進んでぺけぴーも休めそうな場所で野宿をした
特に面白い事は無かったが、やはり外で食事するのは悪くないと再確認出来た
★★★★★★★★★★
朝になって再び四丁目を目指し、ほどなくして到着した
今日中に試験を終わらせる為に早めに着くよう近くまで進んでいたようだ
二度目なので観光する事も特になく、宿を手配したらさっさとギルドへ向かう
四丁目はあまり被害が見当たらないが、守備が優秀だったのか…はたまた修復が早かったのか
ギルドはどこも町の入口の近くに建てられてるのですぐに着く
「では私と姉さんは試験に参りますので…マオさん、お母さんをお願いします」
「わかりました!」
抱っこちゃんポジションがユキからマオに変わった
安心感がだだ下がりである
「ここは二階が食事処になってるから、そこで休憩した後は宿で待ってるわ」
「了解です。なるべく早く終わらせます」
二人と別れ、私とマオとお姉さんは二階へ上がる
吹き抜けのスペースがあるらしく、一階の様子が伺える場所があったのでそこに座った
「何か頼む?」
「お水でいいです」
「みみっちぃわねー…こんな時こそお小遣いを使うべきじゃない?」
「ぅー…じゃ、じゃあ…お任せで…」
お前は初めて店に来た客かと
仕方ないから私が適当に注文してやるか、マオはパフェとか食べた事なさそうだし甘いものでも注文しよう
注文してからおよそ数分で運ばれてきた。マオはパフェだが、私とお姉さんは紅茶だ
「…わたしだけ豪勢で申し訳ないです…」
「気にしないでちょうだい…正直私にはパフェは重すぎる」
「私は甘いもの苦手だから気にしないでねー」
申し訳なさそうな顔をしてたが、パフェを一口食べたら目を輝かせてパクつき始めた。見てて和むなこの娘
「下が騒がしくなってきたぜ」
「ん?ランクアップ挑戦者でもいるのか?」
「ああ、何でも五丁目の冒険者なんだとさ」
「何だ五丁目か…」
下で何かあるんだろうか?
五丁目の冒険者なら間違いなくユキ達の事なんだろうが…
吹き抜けスペースから一階を見下ろして観戦してる者達がいるので、私達も習って下を見る
ガチャっとドアの開く音が聞こえたとほぼ同時にユキが現れた。サヨの姿はないので一人ずつ何か試験があるのか?
「よう姉ちゃん、ランクアップ試験を受けるんだって?やめとけやめとけ!」
「そうだぜ!綺麗な顔に傷がつく所か命すら失ってしまうぞ?」
下にいたチンピラ風な冒険者が絡みだした。
ユキは何なんだろ…って感じで聞いている
「黙り込んじまって…脅しすぎたか?だが親切心で言ってやってんだぞ?下心もあるがなっ!」
「ほらほら、ろくでなしにヒドイ目にあわされる前に帰んな」
「そうそう、嬢ちゃんみたいな奴は帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろってな!」
「望むところです!」
「なぁにー!言ってくれるな…威勢だけはいいじゃねぇか!このまま」
「まてまてまて!セリフが違うぞ」
「違うって…あんな返し台本にねぇぞ?!」
どうやら小芝居だったらしい…
だがウチの馬鹿は想定外の返事をしたらしく大分混乱している
「…この場合はどうなんだ?」
「この子の表情は冷静だし…大丈夫と判断して通してやろうか…」
「そうだな…」
よく分からんが合格をもらえたようだ
冷静な判断が出来るかを試す試験だったのかも。キレて殴りかかったら失格みたいな
続いてサヨが現れた
頼むからユキみたいな恥は晒さない様にと願う
小芝居してる冒険者達はユキの時と同じ様にサヨに罵声を浴びせる
「…嬢ちゃんみたいなガキが初段になろうなんざ10年は早いぜ?出直してきな!」
「そうだぜ?ガキらしく帰ってママのおっぱいでもしゃぶってろ」
「ふむ…母と呼べる方とはとっくに死別してますので無理です」
サヨの返しに場が静まりかえった
チンピラ風の冒険者達は何とも言えない表情になってしまっている
「その、なんだ…悪い事言ったよ」
「別に気にしてません。母は居ずとも私には姉と慕う方がいらっしゃいますし」
「…そうか、ならいい」
ユキとは違い温かい視線を浴びるサヨ
ユキも変態発言しなければ良かったのに…身内の恥だ
「…聞かないのですか?」
「…?何をだ?」
「姉のおっぱいでもしゃぶってろ、と」
「さっさと行ってください」
「何だ…ガッカリですね」
こっちがガッカリだよ
サヨも変態だった…
ウチの二大戦力が揃って変態とは恐ろしい…
スタスタと先へ進むサヨを複雑な表情で見送る仕掛人達
「…最初の女性って薬草狩りのユキさんじゃね?」
「ユキさんがおっぱいしゃぶりを望むわけないだろ…」
「だよな…人違いか……その後に来た小さい子も変だったな…」
「ああいうのが残念な美少女なんだろうな…女の子まで変とか五丁目って恐ろしいわ」
何という言われ様
四丁目に滞在してる内は他人のフリしてよう
「ごちそうさまでした」
「初パフェの感想は?」
「死ぬ前に食べれてよかったです」
「大げさすぎるわ」
マオが食べ終えた事だし、宿に行って待っているかな…どうせ二人が帰ってくるのは夕方ぐらいだろうし
「あれ?君達は…」
「?…何だ…誰かと思えばジェイコブじゃない」
「久しぶりだね、僕はファルクスだけど」
「名前忘れたくせに変な名前をあたかも本名の様に言わないでちょうだい」
「怒りんぼもいたのね」
ちなみに前回会った時に終始無言だったメンバーももちろん居る
彼らも食事休憩しに二階にきたみたいだ
「今日は依頼でも受けにきたのかい?」
「別に…旅の途中で休憩がてら寄っただけ」
「そうなんだ…僕達も今から休憩だから、後ろの席に失礼するよ」
「どうぞ」
特にユキの話題は出なかったな…あの時で完全に諦めた様だ。潔くていい
「私達は出ましょうか」
「はーい」
「わかったー」
二人して子供か
私は今所持金がないのでマオに支払いを任せる事にする
もちろん後で紅茶代はちゃんと返すが
いざ立ち上がって店を出ようとしていたら開け放たれていた上方の窓から何かが侵入してきたのが見えた
「……妖精?」
「ちっちゃい人です。あれが妖精さんですか」
実物を見るのは初めてだから断定は出来ないが、30cmほどの小さい身体に透明なトンボみたいな羽根…髪は青く短い。服も青でワンピース風になっている
まさに今から見に行こうと思ってた存在が向こうから現れるとは…何とも都合の良い展開だ
これは助けを求められちゃうパターンじゃなかろうか
亜人の時に活躍しちゃった事だしなぁ…
「助けてくださいっ!」
☆☆☆☆☆☆
案の定助けを求められた
何でわざわざ四丁目に来たのか不明だが…妖精の住処って意外と近くにあるのだろうか…
「あなた達の力を貸してください!」
「いやまぁ…妖精の頼みは聞きたい所だけど、まずは何で助けがいるのか教えてくれないかい?」
後ろでそんな会話がなされている
この妖精、私達を素通りして後ろの席にいたジェイコブ達に助けを求めたのだ
「何だか主役を奪われた気分ね」
「お姉ちゃんの嫌いな面倒な事が回避できたじゃないですかー」
「そうなんだけど…むー」
まぁいいや…この妖精には縁が無かったって事だ
姿を見れただけマシだな
「…じゃ、宿に行きましょうか」
最後にチラリと再度妖精の姿を見てからギルドを後にした
「妖精め…私達を素通りとはいい度胸だわ」
「どう見ても一般人なわたし達に助けを求めるわけないじゃないですかー」
そりゃそうだ…ジェイコブ達は如何にも強いですみたいな装備してたし
「面倒事…という名のイベントに巻き込まれるジェイコブはやっぱり英雄になるかもね」
「だからファルクスさんですよ」
「どっちでもいいわよ…そういえば、あなた普通にパフェ食べてたけど…割れた歯は治ったの?」
「はい!サヨさんに治してもらいましたっ」
「へぇ…歯も治るのね」
なんやかんや喋ってると宿に着いた
宿の横には馬車が置いてあり、小屋には馬が休む休憩所がある
ぺけぴーはそこに居るのだが…
「…何やってんの?ぺけぴー」
『くるっくー…』
何やら困った様に鳴いた
恐らく原因はぺけぴーの頭に乗ってる物体のせいだ
ぺけぴーの頭の上には、先ほど見た妖精とは別の妖精がスヤスヤと眠っていた




