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幼女、先代の娘に終わりを与える

「再開する前に一つ訂正しておきます…鞭使い、いえ…ユキさんでしたか……あなたに名乗る名などない、と言いましたが…違うのです」

「どういう事でしょう?」

「…私には名前などありません、いえ…フィーリア様によって創られた者は総じて名前を頂いてはいないのです」

「そう、でしたか…」


 なんとまぁ…誰しも、ではないが、人型に属する種族ほぼ全ての者が生まれて一番初めに貰うものを貰えてないとは…


 という事はユニクスという種族名も先代以外の誰かが勝手に付けたか、自分達で名乗ったかだ

 …ユニクスで思い出したが、いやに馬鹿が静かだと思ったら血を流しすぎて死にかけとる…いや、ただの貧血か。神獣があの程度でくたばるワケない


「名前がないって、昔のわたしみたいです」

「舞王が付けてないハズがないでしょ、その後に私が勝手に名付けてマオが定着しただけよ」

「ほへー…つまり、お母さんが付けてくれた名前がわたしの真の名前!その名を解放した時、わたしの隠された実力がっ!」

「まだ治ってないじゃない」


 妄想癖が

 そういや舞王の本名も不明だな、悪魔って言えば…真名を知られると危険なんだっけか、一生服従の契約されたり何だったり

 悪魔も生きるのが面倒な種族だなぁ




「それはさておき、先代は初めから創った者たちとすぐ別れるつもりだったのね」

「そうなんですか?」

「多分だけど。余計な愛情を持たない様に名前を付けなかったんでしょ、私もすぐに捨てるつもりだったら名前なんて付けないわ」


 名前貰えて良かったです…としみじみ呟くマオ。この娘も厄介な面が増えたが、まだ面白可愛いから許せる。今しばらくはマオと別れる事はないだろう





「…名乗り返す事が出来ず、申し訳ありませんでした……言いたい事はそれだけです」

「仕方のない事です。お気になさらず」

「……では参ります、手加減は無用ですよ?」

「そちらも」


 てんぐが札を数十枚ほど手元に引き寄せる。すると札が縦長に並んだかと思ったら槍の様な武器に変化した

 槍にしては形が変だな…先についてる刃がやたら反っている


「珍しい武器ですね」

「薙刀と言うらしいです。この衣装は巫女服と言う神に仕える者の正装らしく、巫女服と言えば薙刀と言われたのでこれを使ってます」


 見た感じ叩き斬る事に特化してそうだ。というか身長に合ってない、間違いなく使いづらそうだ


「では……!」


 一気にユキに接近して薙刀を振るう。やっぱりある程度距離をとらないといけないみたいだ

 身長的に横薙ぎにしか振るえなさそうに見えたが、かろうじて見える残像を見る限りそうではないようだ


 てか浮いとる


 足の裏に札でも貼って浮いてるっぽい。何だか便利すぎて符術覚えたくなった。空中浮遊とかやりたいわぁ




「よく、捌きますね!」

「ふっ…気を抜けませんけど!」


 鞭と薙刀なのにぶつかって響いてくるのはやたら甲高い金属音

 現在ユキは鞭を普通の剣ほどの長さにして棒状の形態にしている。恐らく硬化した上に斬撃型にして正に剣として使っているのだろう


「あなたの武器も大概変ですよ!」

「お母さん特製ですからっ!」

「武器すら贈り物です…か!……聞かなきゃ良かったですよ」


 ユキは何とか相手の懐に入ろうとチャンスを伺ってるが、てんぐも流石に隙は見せない


 斬りつけるスピードから察するにお互いほんの僅かな時間で相手の攻撃を予測して防いでるのだろう。あり得ん…会話しながら集中力が保てるのもあり得ん…


「こいつらが世界で一番強い二人と言われても疑問に思わないわ」

「全くです」

「主様すごい…」


 何でてんぐがハーピーの主様なんだろ?


「あいつはハーピー達の親玉なわけ?」

「そうなの?」

「こっちが聞いてるのよ唐揚げ」

「からっ!?」


 バサッと空中に逃げようとするが、簡単に逃がす私ではない

 余裕で足を掴んで地面に落とす


「質問の最中に逃げるとは躾がなってないわね」

「うー…みんな主様って言ってるから僕も主様って言ってるだけだもん」


 oh…僕ときたか…髪もショートカットだし、男の子の様に育てられたのか?


「それじゃなに?何で主様か分からないのにてんぐに従ってるっての?」

「僕達が生まれる前に主様がハーピー達を救ったから…主様に仕えなさいって…ママ達が」


 ほー…てんぐがねぇ

 元々悪い奴では無いだろうし、別に不思議ではないか


「習得した術を試すために襲った相手がたまたまハーピーを襲っていた人間達だった、それから懐かれた…それだけの事です」

「お忙しいのにどうも」


 戦闘中なのにわざわざ私の疑問に答えてくれた。それだけまだ余裕という事か



「しかし、これでは埒があかないですね…全力を出したあなたは中々に厄介です」

「あなたも、私がこうも懐に入れなかった者は初めてです」

「当然です。フィーリア様と別れて以降、私はずっと力を求めていたのですから…」

「何で?」


 ちなみに聞いたのは私だ


「…置いていかれたのは自分が弱いから、あの頃の私はそんな結論を出してしまったのです」

「ふーん」

「ふふ…これでも創られた当時はそこの龍人程度の強さしかなかったのですよ?」


 強くなりすぎだろう…いや、数百年も鍛えてたらそれぐらいにはなるか

 こいつは先代の強さを越えてるのに気付いてるんだろうか…?いや無理か、先代は奇跡ぱわー使い放題だったし…まず勝てん


「てんぐにも弱っちい時期があったのか」

「…同族の名誉の為に言っておくが、龍人は弱い訳ではないぞ?お主等がおかしいのだ。見たであろう?ワシが現れた時、冒険者達が絶望の表情をしてたのを…本来なら龍人と出会った者は」

「長い」


 必死な龍人をバッサリ切る

 もう龍人は出番なくていい




「で?力を求めて最終的に身体を蝕む呪法に手を出したってわけ?」

「…ユニクスですね?全く、口が軽い。……新たな技を修行してる時はフィーリア様を忘れる事が出来ましたので…でも、いつしか伸び悩む様になり、仕方なく呪法に手を出して更なる力を得る事にしたのです」

「馬鹿者め…強くなった所で死んでどうするっての?」



「いいえ…こうしてペド様達に会えました…同じ力から生まれた妹の様な存在と戦えてます。結果的に無駄にはなってません」

「…そう」


 私は黙って再び見守る事にする。てんぐが後悔してないなら言う事はない




「あなたに面白いものを見せてあげます…式紙」


 若干大きい札を投げたと思ったら光って小さい人の形を形成していく


 てか、あれ私じゃね?


「!!?……そ、その技は…?」

「式紙です。こっそりペド様の髪を拝借して、ペド様の式を作らせて頂きました」


 ユキが興奮している。ろくでもない事を考えてるに違いない


「教えて下さい、式紙とやらは肌触りも本人と一緒ですか…!?」

「…?…まあ、私くらい極めていたら大差はないでしょう。ただ、符ですからね…体温は無いです」

「おぉ…素晴らしい術を教えて頂きありがとうございます。あなたは私にとって神の様な存在です」

「ろくでもない術教えてんじゃないわよ!このクソ野郎!」

「…真逆の反応にどうしろと?」


 黙って見守るハズだったが、これは見過ごせない!ユキは間違いなく符術の修行を始めてしまう!



「ま、まあいいです、さてユキさん?あなたは自分の主の姿をした者を倒せますかね?」


 私を溺愛してるユキだしなぁ…これは苦戦しそうだ




「…あれはお母さんじゃない…なら…お母さんに出来なかった事が…」

「何か不穏な事言ってるわよ!?おいてんぐ!さっさとソイツを引っ込ませなさいよ!」

「そんな事言われましても…」


 私とてんぐの言い合い中にユキは動き出してしまった

 私の姿をした式紙とやらは何の抵抗も出来ずユキに抱き締められる


 抱き締めるって何だよ


「ありがとうございます!ありがとうございます!」


 何故かお礼を言いながら式紙をギリギリと容赦なく抱き締めるユキ


 ご褒美じゃねぇんだよバカ野郎


 そしてボンッ!という破裂音と共に式紙が消えた。後に残ったのは己を抱きしめてる風になったユキだけだ


「……その倒し方は予想外です」


 私もだよ


「ああ…念願の思いっきりお母さんを抱きしめるという夢が叶いました。天狗殿、ありがとうございます」

「いえ…あなたの為に作ったんじゃないんですが…」


 結局式紙は何も出来ずに倒されてしまった訳だ

 てんぐも何かガックリしている


「一つ分かりました。あなた変態ですね?」

「いきなり中傷とはどうしたのですか?同志として悲しいです」

「勝手に私を同志扱いしないで下さい」


 てんぐも災難だな…だが元はと言えば勝手に私をモデルにした式紙を作るのが悪いんだ



「…なるほど、思えばペド様もマオさんも同じ様な展開に持って行ってましたね…こうして相手のペースを乱して油断した所を撃破する、それがあなた方の戦い方という訳ですか」

「バレましたか、その通りです」


 断じて違う

 こいつらが真面目に戦わないだけだ


 ん?私もか…じゃあ戦法として誤解されてた方が外聞が良いな、黙っておこう




「だったら、乱される前に倒すだけの事です!」

「今度はまた純粋な体術ですか…いいでしょう」


 体術は体術なんだが、てんぐの方は今度は足技がメインみたいだ。まさに何でも出来ますって感じだな


 空中に浮いてるお陰か、何とも不規則な動きでガードしづらそうだ…ユキの下半身を狙って蹴りを出したかと思えば急にハイキックになって脇腹にもろに食らってしまう。低身長じゃなければ顔面コースだったろう

 しかし、体術だけに気を取られると例によって札を使って死角から攻撃してくる。めんどくさい奴だな


 てんぐの蹴り技はガードしても痛そうなのに、ユキは数発まともに食らっても表情も変わらないし、動きも鈍らない


 何者だよ…あいつは




「そこまでダメージ無さげに振る舞われては不気味ですよ」

「何故でしょうね?急にあなたの攻撃が軽くなった気がします」


 ユキの方が変態パワーで強化されたんじゃないか?ギャグキャラはこれだから困る。変なパワーアップするから


「く…だったら…!?」

「そろそろこちらも行きますよ!」


 攻撃が効かないと分かるや、ノーガードで接近するユキ


 見た感じとしては嫌がって必死に抵抗する少女に容赦なく迫る変態の図だ。これはひどい


「捕らえましたよ」

「離…しなさいッ!」

「散々殴ってくれたお礼です…お受け取り下さいっ」

「…あ!顔は……がっ!?」


 バゴォ!ッとてんぐの顔面にグーパンをぶちかますユキ。女同士だと「顔は殴らないで!」は通用しないみたいだ


 見事にてんぐの顔面にグーパンが入った為、ついにてんぐのお面が外れた

 果たしてどんな顔か楽しみだ、お約束としては美少女の素顔が隠されているハズだが


「あなたの素顔が漸く見れますね、お母さんも気になってたみたいですし」

「いつー…ほんと、容赦なく殴ったものですよ…」


 てんぐが顔を押さえていた手をどかす…さてさて、その顔を拝ませて頂くとしようか





「…これは、グロ……いえ、良い美少女だと思います」

「はい、ナイス美少女です」

「何で敬語になりますか?思ってもない事は言わず、素直に醜いと言えばいいじゃないですか」

「きめぇ」

「ペド様ひどいッ!」


 素直に言えって言ったのはお前だろ


 てんぐの素顔はハッキリ言って分からない


 何故なら痣なんだかよく分からない何かに顔がほとんど覆われてしまってるからだ

 特に左半分は黒いムカデでも引っ付いてんじゃないか、ってくらい黒いうねうねに覆われている。目は完全に白目になってる…恐らく機能してないだろう



「禍々しい気配がします…それが呪法による代償ですか」

「はい。もちろん顔だけではなく、腕以外はこの様になってます。始めは外側から…次第に内側にかけて侵食し、心臓にまで広がった時、命を失います」


「それが分かってて、呪法に手を出したのですか」

「愚かだったのですよ…行き場のない憎しみを持ち、いつか現れるフィーリア様の末裔に復讐する為なら呪法だろうと手に入れる!そして必ず殺してやる…そう思ってたんですが…ペド様を見た瞬間、私に憎しみなどさっぱりありませんでした。

 結局、私はフィーリア様を恨んでなどいなかったのです。一人になり、数百年も経ちながらずっと…ずっとお慕いしてたのです。俗に言う行き過ぎた愛情は憎しみになるって事ですかね」


 数百年も想い続けるとは恐れ入った。先代がそれほど凄い人だったって事か…流石は愛の意味を持つフィーリアって感じか




「何となくですが、あなたの望むものが分かりました。ですから…私はあなたを倒します」

「…来なさい、今代の娘」


 ユキは次で終わらせるつもりみたいだ。という事はどこかで魔法も使って戦うかも


「さて、いよいよ決着がつきそうね」

「不死身になったユキさんなら勝てますね」

「主様が勝つの」

「あら、あの姿を見てもまだ主様って慕うのね」


 今のてんぐを見たら大多数の者が嫌悪感を覚える様な姿をしてるんだけど…


「…中身は主様だし」

「偉いわね…それだけてんぐが好かれてるって事か」


 ただ助けただけではこうは好かれまい…あいつも何だかんだ言ってハーピー達を守ってきたんだろう


「あいつも…もっと早くハーピー達に出会えてれば、ね」


 上空にはハーピー達が戦いの行く末を見守っていた





「はぁッ!」

「ふん…ぐ!?…重、い?」


 ユキの鞭を軽く受け止めたかと思えば地に膝をつく事になったてんぐ

 なんだ限界か?


「小賢しい!…魔法なら私も得意なんですよ!」

「それは見せて頂きたいものですね!」

「言われずとも!」


 てんぐが放ったのは太いビーム、あれ魔法か?属性で表すと何になるんだ…


「ふっ……と、なるほど、避けても…軌道を変えられるっと…!」

「はい、ですがあなたなら簡単に避ける事が出来るでしょう…なので符術も使わせて頂きます。精々逃げ回って下さい」


 今度は投げた多数の符が炎の鳥となってユキに向かう。だが、ユキに当たる前に結界に当たって消失する。あれくらいなら大丈夫らしい


「なら…もっと、もっと力を…ぐ、あぁ…」

「…それ以上力を求めると危険ですよ?」

「はぁ…承知の上ですよ…!」

「…っ!…危ないですねっ」


 また同じく符を飛ばすが、今度は結界を破る。呪法を強化して更に力を引き出したんだな…てんぐの顔の右側まで痣が蝕んできている


「…く、私も限界になりそうなので」


 存在してる符全てを黒い炎で纏い、ユキ目掛けて放つ。数が異常すぎて避けるのは無理か…


 案の定当たってしまった。何とか最小限の被害で済まそうとしてるが、何とあの札、当たると爆発する


「爆発でどうなってるか見えないわね」


 てんぐも余計な追撃を……?てんぐの姿が見当たらない、て事は…


「てんぐめっ…爆発に乗じてユキに止めを刺す気ね」

「マズイじゃないですか!?」





 それはユキに賭けるしかない…が、爆発も黒い炎も消え、二人の姿を確認すると…


 ユキの心臓にナイフの様な、たぶん札で作った刃物を突き刺したてんぐが確認できた


「ユキさん…が…」

「……」


 まだ…ユキは負けちゃいない





「申し訳ありません…残された時間が少ない故、少々姑息な手を使わせて頂きました……ですが……読まれていた、かふっ……ぐぅ…」

「…私の勝ちです」


 ユキもまた、てんぐの腹を鞭で貫いていた


「な…ぜ…確かに、心臓を刺した…手応えが……」

「手応え?…あぁ、そういえば」


 自分の胸に刺さっている刃物を引っこ抜くと、刃の先に鳥が刺さっていた。何でだよ


「あなたの短刀が刺さる瞬間、私は刺さる位置を亜空間に繋げました。あなたが感じた手応えは亜空間に仕舞っておいた食材の鳥に刺さったからですね」


 そういやマイちゃんがやたら鳥を狩った事があったっけ…その時の鳥だろう


「亜空間…ふふ、その様な使い方もあったのですね…」

「私は人の中で暮らしてますから…弱い人間が強い者を倒すにはそう言った知略も必要なのです。

 私はそう言った手段も身に付けましたが、あなたは一人で生きてきたみたいですからね…純粋に強い力だけを得てきたのでしょう」

「…ただの収納魔法も使い用ですか……確かに、私には思い付かない方法です…あぐっ……何に、せよ…私の敗け…です」


 仰向けにバタリと倒れるてんぐ…決着はついた、勝ったのはやっぱりユキだった




「…ユキさん、私の攻撃が軽いと仰ってましたね?……実はあの時、すでに私は身体に力が入らなかったのですよ」

「そうでしたか…」

「ほんとに…ここにきて呪いが悪化するなんて、運の無いです…仕方なく呪法を強化しても結局敗れました…

 誰よりも強くあろうと力を手に入れたはずだったのに」


 禁忌に触れた所で最強になるのは無理だ。今のてんぐの様に結局まともに身体が動かなくなりただ死を待つ存在と化す


「あの人…死んじゃいますか」

「死ぬわね」

「呪いで死ぬのって…きっと苦しいです…」


 だろうな…徐々に心臓を蝕んでいく最後の時、短い時間とはいえ尋常じゃない苦痛を味わうはずだ、それが呪法に手を出した者の末路か


「でも…あいつは呪いじゃ死なない」

「え?助けられるんですか!?」







「私が殺すの」



☆☆☆☆☆☆



 もはや見えているか分からない目を開き、夜明けの空を見やるてんぐ…いや、先代の娘

 私は娘に最期を与えるべく近づいてきた


「ペド様…ですか……」

「やっぱり見えてないみたいね」

「はい、ですが…あなた様の神聖なオーラは感じられますよ」



「腹を貫かれた割に余裕そうね」

「ふふふ…お腹から下の感覚はもうありませんから…お陰で痛みも感じません」


 たったあれだけの力を使っただけで一気に呪いが進行したか…何て割に合わない力だ


「光栄に思いなさい、呪いで死ぬ前に私が直々に殺してあげるわ」

「それは有難い事です…ですが、あなた様の手を汚さずとも」

「ユキはそのつもりでお前を殺さなかったのよ」

「……そうなのですか?」

「はい。貴女には…最後はフィーリア様に縁のあるお母さんの手で眠りにつかせてあげたかったので、あなたもそう望んでいたでしょうから」


 本来ならユキがそのまま殺すと思っていた。だが、ユキは心臓ではなく腹を貫き、先代の娘を生かした


 そして、娘が倒れ伏したあと、ユキが私の目を見つめてきた。その目を見てユキの望みが分かったのだ。これでもあの娘の母だからな


「私は、あなたを完全に殺すつもりでしたのに…お人好し過ぎますよ?……でも、ありがとう…」

「…さようなら、姉さん」

「こんな私でも…姉と呼んでくれますか……さようなら、私の妹。あなたは幸せに生きなさい」


 幼女な母に少女の姉ときたか…一番年下が大人とかどんな家族だよ


「主様…死んじゃうの?」

「ええ…私はここまで。あなた達はちゃんと私達が作った国で元気に暮らしなさい…決して、ペド様達を恨んではいけませんよ?」

「うぅぅ…」


 良いこと言ってくれた。これでハーピー達に恨まれる心配はないかな?



 ハーピーとの話が終わってから、娘を殺す準備をする。

 先代の娘に跨がる形になったが、私が奇跡すてっきで殺すにはこんな格好になるしかない


「…最後に、言いたい事は?」

「そう…ですね……フィーリア様は何故、私を…お創りになられたのでしょう…あの子は獣人達の為…ユニクス達だって移動手段ですが目的をもって生み出されました

 しかし、私は?特に命じられた事もなく、ただ好きに生きろと…」

「それはあの世で直接聞きなさい。先代の考えは先代にしか分からない」


 この娘も、いっそ何かを命令されてれば良かったかもしれないな…自分で決めた生き方が滅びの道だったのだから


「質問を変えましょう…ペド様…あなたなら…どう想って私をお創りになられますか?どんなお考えで永い時を好きに生きろと仰いますか?」


 私なら…?そもそも無駄な命は生み出さないが…しかし、あえて創るならば



「…人間はどう足掻いても精々数十年しか生きられないわ。死ぬまでに世界を見尽くす事が出来ても、百年…千年後の未来の世界を見て回る事なんか出来ない

 だから…私の代わりに未来の世界を生きて欲しいとは思うかもしれない。そして、たまに墓の前で未来の様子を語ってくれればそれでいい。後は先代と同様ね、あなたの好きに…自由に生きろと願うのみよ」


「…きっと、フィーリア様もペド様と同じお考えだったでしょう…だとしたら…私は、何と愚かな人生を送っていたか…っ!わ、私は…フィーリア様に語るべき、誇れる事を何もしていない…数百年もっ…ただ、力を求めただけで…」


 見えてない眼だが、涙は溢れ出るみたいだ…何もしていない?馬鹿な事を言う


「あなたは見えてないだろうけど、今…周りには沢山のハーピー達が居るわ、あなたが助けたハーピー達がね」


 いつの間にか数十を越えるハーピー達がこの娘の最期を見届けていた


「実に慕われているわ…ただ助けただけで、果たしてここまで慕われる?あなたは知らぬ間にハーピー達の生きる希望になっていたのね…」

「…」

「あなたは死ぬ、ハーピー達の主は居なくなってしまう。けど…死後に…ハーピー達も含めた亜人達の生きる為の国がある。その国は亜人達にとって楽園となるでしょう…それを作ったのは他でもない貴女達よ」

「…っ」




「私は先代じゃない…けど、フィーリアの血縁者として言いましょう…貴女は素晴らしい事を成し得た…人の歴史には残らないけど、亜人達には語り継がれるでしょう…よく、やったわね」

「あ…あああぁぁぁぁ!わた、わたし、は…!フィーリア様に…顔向け出来ますか?少しは…誇らしく語れる事ができますか…?」

「ええ…」


 大体適当な事を言う私だが、今回は素直に賞賛に値する…複数の亜人を纏めた時点ですでに偉業だ。ショタロウの頑張りもあるだろうが


 とりあえず泣き止むのを待つか…跨がってる状態だけど



☆☆☆☆☆☆



「もう…大丈夫です」

「そ、じゃあ…覚悟はいいわね」

「…マオさんの言ってた事が分かりました。ペド様の言葉は心に入り込んで…なんでしょうね、満たしてくれます…ペド様の言葉はフィーリア様の神の如き力より強い力です」

「そんな大層なもんじゃないって…」


 奇跡すてっきを両手で持ち、持ち手の方を刺すべく限界の高さまで持ち上げた


「…いくわよ」

「はい…」


 一度深呼吸する。いざ、何の恨みもない者を殺すとなると結構躊躇うな…だが、やるしかないか


「…さようなら、先代の娘」

「おさらばです…ペド様…」


 そして

 奇跡すてっきを思いっきり心臓目掛けて突き刺した。

 刃物じゃなかったが、先代に借りた馬鹿力のお陰で娘の肉を突き破る事が出来た


「がふ…あ゛ぁ…!」

「…」


 ふと、力の限り奇跡すてっきを握っている私の両手に、先代の娘が震える手をそっと添えてきた


「…ぁ……ま…だ……死に……」

「……れ」

「ほん……は…ペド様、と…と、もに…」

「黙れッ!未練を残すなッ!!…笑え……笑いなさい!お前は、微笑みながら逝け!!」

「……ぁ…は…」


 私の叫びに…この娘はちゃんと微笑んでくれた…心臓を貫いたのに、未だ死には届かない。

 どれほどの激痛か想像出来ないが、それでも微笑んでくれたのだ


「…ぁ、め……?」

「…ええ、降ってるわね…温かい雨が」


 死に逝く娘を覗き込む様に見守るハーピー達の流す涙が娘の顔へと落ちる




 いつの間にか、目を閉じながら微笑み…物言わぬ者となっていた娘


「…あ、れ?」


 急に身体が動かなくなった

 どうやら奇跡ぱわーの効果が切れたらしい…

 まだ切った覚えはないのだが、戦いが終結した事が原因か…はたまた限界だったのか…


 どうする事も出来ずに先代の娘の上に倒れ込む。だが気絶する前に、まだ言いたい事がある


「…今度は、大好きなフィーリアと一緒に…ずっと一緒に、幸せに過ごしなさい…」


 意識を失う直前に何とか言えた…

 物言わぬ者となった先代の娘からは当然返事はなかった

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