表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/245

幼女と従者がクビになった日

 とりあえず未だに左腕に噛みついてコウモリを外すため左腕ごと思いっきり地面に叩きつけた。


「ひぐっ…」


 叩きつけた衝撃で一瞬より深く牙が突き刺さったが、何とかコウモリを外す事は出来た。


「…用心深い性格してたハズなんだけど、心のどこかで楽観視してたのね」


 今まではユキのお陰で危険な場所だろうと楽に乗り切ってきたが、私一人だとこれだ…


 油断した理由は色々ある。散々平和に暮らしてきた事も、一丁目の危険と無縁そうな姿を見たばかりなのも、何より今までユキのお陰で魔物から脅威を感じた事がない、地竜にすらだ


「…メンバー最弱の私が慢心していたとか笑えない」


 メンバーどころか奇跡ぱわーが無ければ冒険者全体の最弱だろう。

 弱いからこそ用心していたのに…自分で言っていたじゃないか、危険な場所に村があると。魔物の巣窟である山の麓ならコウモリ程度の魔物じゃ済まない可能性もあったのに


「つぅ……うっりゃあぁっ!」


 また左腕を噛まれて叩きつけた。だが今度はわざと噛ませた、私には今の所この手段でしかコウモリは倒せない

 叩きつけたあと、地面に落ちてた石で止めをさす。何とも野蛮で不恰好な戦い方だと思う。


「…あの娘に贈り物を渡すまでは気絶できない」


 だから奇跡ぱわーは使わない。コウモリ達を一掃した所で他の魔物がやってきたらお仕舞いだし


 それにしても背中の痛みが酷い。顔も左腕も痛いが、それ以上に背中が痛いのだ。どれほど抉られたのやら…


「何か喋ってないと…寝ちゃいそうなのよね…」


 マイちゃんの援護はまだない、あの鳥が予想以上に強いか、または複数存在しているのだろう


 一匹じゃ厳しいと思ったのか、コウモリどもが複数で襲ってきた。奇跡すてっきを呼び振り回すも全く当たらない


「どいつもこいつもっ!いたいけな少女に傷をつけおってっ!」


 吠えて噛んでるコウモリを叩きつけるのを繰り返すが、日頃の運動不足によりだんだんと動きが鈍くなってくる

 出血のせいか寒くなってきてるし、早くなんとかしないとかなり不味い


「…動きたくないわ」


 というかあまりの痛みと、コウモリが群がってきた時に足まで攻撃されて動けない状態なのだ。こんな雑魚にこの様とは屈辱だ

 だが私の抵抗に多少は警戒したのか、コウモリどもは寄って来なくなった…違うな、コウモリは逃げたのだろう、何故かと言えば…


 バッサバッサと鳥の魔物と思われる羽音が降りてきた。こいつが来たお陰でコウモリは去ったのだろう。鳥の分際で陸で戦うつもりか…もしくは私程度なら陸でも余裕って事だろう


「ゆ、許せん…!ミンチにして肉団子にしてやるわっ!」

「クケッ!」


 馬鹿にされてるなこれは…だが動けないので間違いなくやられるのは私だろう



「…じゃあ動けるようにすればいい。まさか他人に奇跡起こすばっかじゃないわよね?たまには私に起こしなさいよ…一時間でいいから自由に身体を動かせるように!代価は後で好きなだけ気絶させればいい!言う事聞きなさいよ奇跡ぱわー!!!」


 叫んだ瞬間身体が動くようになった。言ってみるもんだな…だが、欠点があった


「う、動けるけど…めちゃくちゃ痛いじゃない!激痛でまともに動けないとか意味ないわ…」


 だがそんな事も言ってられない、鳥の魔物が走って来る音が聞こえるからだ


「鳥目のくせに見えてるのね…私は見えないってのに、せめて曇ってなければなぁ」


 月明かりも無いから真っ暗な中での魔物との戦闘は難易度が高すぎる…


 鳥の気配が目の前に来たと思ったら、左肩に嘴を突き刺してきた。

 もちろん痛いが、コウモリで学んだ私が攻撃を当てるための手段はこれしかない!


「お前のせいでまた服がダメになったわっ!このクソ鳥めっ!」

「グギャッ!?」


 動けるようになった際に、銀細工はポケットに入れて石を掴んでおいたのだ。

 それを鳥の頭と思われる部分に思いっきり殴り付けたのだ。だが鳥はバサバサと再び空に舞う。私の力が弱かったか、暗くて見えなかったので狙いとは違う場所に当たったのだろう


「腹立つわね…大人しくやられなさいよねっ!」


 石を捨て、空からの攻撃を奇跡すてっきでガードしようと思ったが、あっさりふっ飛ばされた


「い゛っつぅ……気持ち、悪い」


 動けるが、フラフラするし気持ち悪い…奇跡ぱわーで無理矢理動いてる状態だから正直もうしんどい…


 だが、そろそろ頼りになる仲間が来てもいい頃だろう……いや、きっと来る!私の為だけに存在するあの娘が…!







「お姉ちゃーん?どこですかぁ?」


 マオかよっ!空気読め!…と、言いたい所だが有難い!私の人外ファミリーズの一人だし、鳥の魔物も迂闊に攻撃はしてこないハズだ!


「…ここよ」

「あ、はぁい」


 この状況が全くわかってないのだろう、やたら能天気な返事をされた。お前の姉は今まさに棺桶に足を突っ込んでるというのに…


「お姉ちゃん大分お疲れみたいですねー」

「…えぇ、早いとこ抱き上げてちょうだい」


 ぐいっと持ち上げるマオ、痛いんだよ馬鹿ヤロー!!今の私は『こわれもの注意』な商品より優しく扱わないとヤバいんだからっ!!


「うわ、お姉ちゃんびしょびしょです!?…凄い汗、大変だったんですね…」

「えぇ…そうよ」


 今はアホの子より鳥の魔物だ、あんちくしょーに一矢報いてやりたい!


「マオ、ナイフか何か持ってる?」

「はい、ユキさんに一応持っておくようにって渡されました」


 上出来だ、マオじゃなくてユキがだ。あの鳥に私をこんな目にあわせた償いはしてもらう!

 マオのナイフを貸してもらい、鳥の魔物が止まるのを待つ。流石に空にいる相手を狙うのは難しい。


 奇跡すてっき以外の武器を持つと電気が走ったような痛みがあるが、他の傷がそれ以上に痛いのでまだ我慢でき…ないけど頑張る!


「マオ、あなた鳥の魔物の気配わかる?」

「はい、飛んでる鳥さんですよね?」

「そうよ、止まったら教えて…」


 …なんか呼吸が荒くなってきた、喋るのも億劫になったのでじっと動かずに鳥が止まるのを待つ


……


「あ、あの木の所に止まりましたよ」

「…わかった」


 待つこと数分…もしかしたら数十秒かもしれないが、ようやく止まったみたいだ…ついにチャンスがきた


「マオ、私をあのクソ鳥に向かってぶん投げなさい」

「えええええぇぇぇぇっ!!?」

「うるさい…」


 マオに投げ飛ばしてもらったらナイフで刺して殺す。奴は必ず私がやる…!ゴスロリ服は高いんだっ!


「大丈夫、投げた後の事も考えてあるわ、マオが私を投げたらすぐに着地点に向かって走」

「わかりました!奇跡ぱわーで何とかするんですねっ!」

「れば…え…?違…!痛たたたただぁっ!?」


 このアホ!私の説明を聞かずにぶん投げやがった!しかも思いっきり掴んだので激しい痛みで思わず泣いた


「クケァッ!」

「…上等」


 鳥も私に突っ込んでくる…だが勝つのは私だっ!

 左手に持った奇跡すてっきで嘴を運良くガードできた。投げ飛ばされた勢いのまま、私は鳥の腹部にナイフを突き刺す!


「グギィ」

「いだっ!」


 腹部を刺されても私の両肩を足で掴んでくる鳥。だが、真正面向きで掴むとは馬鹿だな!


「…死、ねっ!」

「ギュ…ィ…!」


 こんだけ近ければ鳥の喉元にナイフを刺すのも可能だった、ざまぁ!弱者に負けたのを恥じながら死んでいけ!


 鳥が片付いたら次は落下をどうするかだ、こいつを下敷きにして衝撃を和らげようと考えていたら


「クケッ!」


 やはり複数居たらしい鳥の仲間がこちらに飛んでくる気配がした。何とか殺した鳥の羽を盾にして突進を防いだが、死んだ鳥の身体から離されてしまった

 仲間はまた私を狙うつもりだったんだろうが、私ではない存在に吹っ飛ばされた


「助かったわ…マイちゃん」


 親友が助けてくれた、後は何とか着地するだけ…奇跡ぱわーは発動する気配はない、やはり重複は出来ないらしい

 すでに地面は目前だったので、私は頭は守らずポケットの中の贈り物だけを死守する…我ながら馬鹿な選択をしたと自嘲した


 私はこの程度じゃ死なない、と目を瞑って衝撃に備えた……






「お母さんっ!!」






 地面にぶつかる衝撃は無かった。あるのは慣れ親しんだ感触……ずいぶん遅い登場だと思う。




「……遅かった…わね」

「…申し訳、ございません…!」


 ユキの魔法だろう光によって暗闇から解放された。それにより後悔の念にかられてるのだろうユキの歪んだ顔が見える。


 私が見たいのはその表情ではないのだ…だが、その表情にさせてしまったのは私、謝るべきはこちらだな…


「ごめんなさい、無茶したわ」

「…今は何も仰らなくて結構です、すぐに治療します」

「待って…まずは魔物を一掃しなさい、まだマイちゃんが戦ってるハズよ、私は大丈夫だから。これは命令よ」

「…かしこまり、ました……すぐに蹴散らしてみせましょう」


 言って私をゆっくり降ろし、一瞬で消えるユキ。言葉通りすぐに終わらせるだろう……しかし


「お母さん、か……」


 咄嗟に出たのであろうユキの言葉を思い出し、思わず顔が綻んだ。

 あの娘に『ご主人様』と言うように指示していたのは私、ひょっとしたら…あの娘は従者より娘の立場で居たかったのかもしれない…


「そうよね…一番付き合いの長いユキが一歩下がった従者ってのも変か…あの娘は私の子供」


 いきなり現れた親友や妹分の登場にあの娘はどんな心境だったのだろうか…




「お、お姉ちゃんが!死んでますっ!?」

「…生きてるわよ、お馬鹿」


 せっかく感傷に浸ってたのにこのアホは!…ああ、一時間経ってないけどもう動けない…安心したら動きたくなくなった


『くるっくー…』

「…ぺけぴーまで来たのね」


 なんだか死にゆく私を見守ってるんじゃないかと錯覚する。死なないから…


 ふと、ポタポタと顔に水の様なものが当たる、雨か?と思ったが違った。液体が当たった箇所の痛みが消えていく…


「ぺけぴー…あなた…」


 顔に当たっていたのはぺけぴーの涙。血じゃなくても治癒効果があるのは驚いた…


「マオ以外の皆は過保護よね…」

「わ、わたしだって心配してます!」

「マオはアホだもの」


 ぐるりと回転してうつ伏せになり、ぺけぴー先生に背中の傷も治してもらう


「うぇ…酷い傷です…かなり抉れてますよ?」

「痛くなるから言わないで」


 ぺけぴーが背中の傷に涙を落としたお陰で痛みが取れた。神獣マジ凄い…

 そして魔物を掃討したと思われるユキが、マイちゃんを肩に乗せてこちらに走り寄ってきた。やっぱりすぐに片付いたな…



☆☆☆☆☆☆



 傷は癒えたが、まだフラフラな私。やっぱり飲まないと全快しないのか?でもまたぺけぴーを泣かすのも気が引ける


「ご主人様の危機に遅れてしまい、申し訳ございませんでした…この処罰は何なりと」

「それより何で遅れたの?」


 そもそもこちらに非があるんだけど…むしろマオが悪いな、うん


「はい。カレンダーを見た所、もうすぐ母の日というイベントがあるのに気付いたので、花を買いに一丁目に行っておりました」

「母の日…」


 どうぞ、と渡されたのはカーネーション…贈り物を渡す立場が逆に渡されるとか…後だしは何か恥ずかしいんだけど…


「…去年はくれなかったけど」

「実は先程知りましたので…買いに行く暇は今後無いかもしれないので、今のうちにと買いに行ってしまったのが今回の不手際に繋がりました…」

「別にユキは悪くないんだけどね…」


 と、言ってるのに罰を受けなきゃ気が済まないと変に頑固なユキ。罰ねぇ…丁度いいか




「じゃあ、今をもって貴女は私のお世話係をクビという事にしましょう」

「………は、はぃ…」

「あ、あんまりですっ!」


 愕然とするユキと激昂するマオ、話は最後まで聞いて欲しい、何も捨てるワケじゃないのに…


「まあ聞きなさい、ユキ…従者をクビになった貴女は今や私の娘でしかないわ。今後は娘として母である私のお世話をしなさい」

「…そ、それは?」

「主と従者の関係は終わったの…以後、母娘として私と接する事!以上!」


 他人には結局お世話して貰うなら変わってないと思われるかもしれないが、これは大きな違いだと思う。


「そうそう、ユキに贈り物を渡さなきゃ、どうぞ」

「これは…?」

「私が初めて人に贈るために作った銀細工よ…モチーフにしたのはゼニアオイ…下手くそだから分かんないし、安物だと思うけど」

「いえ…私には何よりも素晴らしい宝物です…ありがとうございます」


 初めて自作した物だからこそ、この娘にあげたかった。魔物と戦って壊れて、また作り直してもそれは一番じゃない


「ご主人様は…ゼニアオイの花言葉をご存知でしょうか?」

「当たり前でしょう?」

「…ありがとう、本当に……ありが、とうございます……」


 泣かしてしまったが、嬉し泣きなら私が見たかった表情だ。ユキもだが、私もこの花を選んだという事は心の中でユキと母娘になりたかったのかもしれない…


 マイちゃんとぺけぴーは静かに、マオはおろおろと見守ってる中、私は涙を流すユキの頭を撫でてやる




 ゼニアオイの花言葉は『母の愛』




 今までお母様と冗談混じりに言われた事はあったが、今後は違う…今日は何時もと変わりない平凡な日のハズだったが、私とユキが形だけの母娘から本当の母娘になった特別な日となった。


 そして一時間経って奇跡ぱわーの効果が切れたのだろう、何時もの気絶タイムが始まった…何とか間に合って良かった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ