幼女、癇癪を起こす
出発してからすでに3日目。特に面白いイベントもなく王都周辺まで来た。
王都を通り過ぎて更に道を進めば国境となる高い壁が見えるらしい。国をぐるっと壁で囲んでいるという訳ではなく、重要な王都付近だけを囲っているみたいだ。
「予定通り今日中に国外に出れそうね」
「はい」
何というか…遠目から見ても王都がバカみたいに広い事が分かる。王都を回りきるのに何日かかるんだ…そもそも遠すぎて城が見えない
「王都ってどんだけ広いの?」
「五丁目の7倍はあるかと」
つまり直進しても100km以上…あり得ない、寝ずに歩いても1日はかかりそう…
「王都の道は広いので馬車でもスイスイ進めますよ」
「それでも全てを見て回るのは難しそうね」
しかし、今は王都を気にしても仕方ない。近い内にどうせ来ることになる、その時に面白そうな事を探す事にしよう
3000ポッケ分のおやつをボリボリ食べながら王都を通り過ぎるのを見る。材料が全く分からないが、せんべーとか言うらしい。まあ美味いならいいや
「…食べ過ぎてはいけませんと言いましたのに」
「流石に全部は食べないわよ」
太りはしないが身体に良くなさそうだし、適度な所で食べるのをやめた
☆☆☆☆☆☆
目の前に国境となる壁がそびえ立っている。高さは不明だが、15mくらいの高さはあるように見える。
幅も3mは有りそうだし、大抵の魔物は侵入出来ないと思われる。
流石に国境だけあって兵士の数が多い…20人くらい見えるし、詰所もあるのでもっと居るのだろう。
「何か言われそー」
「大丈夫です。ギルドカードが有りますから」
じゃあ大丈夫か、初級者なのに国外とか注意されそうだけど、依頼は自由に受けれるし、中には国外に出る初級者も居るかもしれないし…
……
結果として、ユキの言う通りあっさりと通れた。「お気をつけて」と言われたぐらいで本当にすんなりと……気になったのは対応した兵士がユキにデレデレていた事か…
「そんな事より国外ね!すでに草原に魔物が見えるわ」
「この辺りの草原は虫型が多いです」
大きいバッタとかてんとう虫が見えるから虫型と分かる。だが全く襲ってくる気配がない…
「襲って来ないわね」
「はい、あれらは魔物というより害虫扱いされますね」
害虫かよ…てんとう虫もデカいと気持ち悪いな…でも国内に居るわけじゃないのに害虫というのも可哀想だ
「この虫達を食べる為に鳥型の魔物達がやってきます。その鳥の魔物が国内に入って来るのです」
「そういう意味の害虫なのね」
まだ国外から出たばかりだからか、これと言って危険そうな魔物は見えない。面倒事が無くてなによりだ
「次は何処へ向かうの?」
「道なりに進めば中継都市に着きます」
「中継都市?」
「はい、どこの国にも属さない独立した都市です。中継都市が無ければ他国領内に入るまで補給無しで進む事になりますので重要な場所と言えます」
「へー、その中継都市を作った人に感謝ね」
「そうですね」
しかし、ここまでですでに3日経った…間に合うのだろうか?
「間に合うの?」
「5日目には中継都市に着きます。その後は私がご主人様を抱っこして目的地まで走ります。6日目には何とか着きますので、7日の内にユニクスと交渉、残り3日止まらず四番地まで帰ります」
何というスケジュール…聞かなきゃ良かった、本当。絶対抱っこして走る時高速移動だ…起きてられないです
「中継都市って楽しい?」
「えぇ、催し物はたくさん有りますよ。旅の疲れを癒す為の温泉もあります」
「温泉とか入らない訳にはいかないわ」
「その様な余裕はありません」
温泉を目の前にしておあずけとな…
「中継都市で馬車を預けたらすぐ出発?」
「そうなります」
休みも無し、私は常に休んでる様なもんだけど…折角の温泉も無しとか何の楽しみもないっ!誰だ!たった10日でやるとか言った奴は!私だっ!おバカッ!
「面白くないっ!早く終わらせるわよっ!」
「…3日なら我慢出来た方でしょうか、わかりました」
何か言われたが、癇癪起こした私は気にしないっ!高速移動しなきゃいけない上に楽しみも無いなら私が我慢できるわけ無いのだ!
★★★★★★★★★★
「うおおおおぉぉぉぉっ!?」
私は今、先程起こした癇癪で叫んでいる訳ではなく、悲鳴をあげてるのだ。
早く終わらせるとは言ったけど、正直怖いです……
現在ユキは神獣の棲む森を突っ切ってる真っ最中。高速で移動してるせいで、デカい魔物が一瞬で目の前に現れてはユキの振る鞭によって血を飛び散らせる。
あまりに一瞬すぎて何の魔物かも判らない…前を見た瞬間いきなり大きい口が目の前に来たと思ったら血飛沫と共に肉塊になればそりゃビビる
「結界はどうなってるの!?めっちゃ接近されるじゃないっ!」
「以前申した様に私は魔法の技術があまり無いのです。この辺りの強力な魔物に通用する結界を走りながら維持するのは無理です」
「何ですわぎゃああぁぁぁっ!」
目の前に20m程の壁が現れたかと思ったら、ユキはジャンプしてデカい口を蹴り上げそのまま壁になっていた魔物を飛び越えていった
「絶対今のドラゴンだわっ!何よこの危険区域は!」
「ただの二本足で立つ大きいワニですよ」
「十分怖いっ!」
今度は何か3mくらいの熊っぽいのが団体で来た!?何か角を生やして強そうだけど、ユキは鞭を斬撃タイプにして進行方向にいる熊だけぶったぎる。
「追ってきてるわ!」
「振り切る事は可能ですが、これ以上はご主人様の身体が持たない可能性があります」
「じゃあ迎撃する?」
「いえ、こうしましょう」
と言ってちらりと後ろを向き右手をかざすユキ、途端にすぐ後ろでズカアアァァァンッ!と爆発が起こった
「あつっ!?あっついってば!熱風が熱いんだけどっ!?」
「手っ取り早く済ませました。技術が無くてもすぐ後ろを爆破する程度なら可能です」
「爆発させるなら事前に言って!!……うわッ!?」
今度は眩しいくらいの閃光と共に轟音がし、通り過ぎた後が焼け焦げていた。
「今度はなに!?」
「右をご覧下さい。世にも珍しい雷を放つ虎でございます」
「ぎゃああぁぁぁっ!!?言ってる場合かアホオオォォォッッ!!」
………
……
…
「一応危険な場所は突破出来ましたね」
「…そう、それは何よりね…私は今、魔物はお腹いっぱいなの」
魔物の群れ突破ツアーは数時間に及ぶ絶叫ツアーだった。
「予定より大分早く着きそうですね」
「そう…もうすぐ神獣の棲み処って訳ね」
「いえ、まだ半分ほどしか進んでません」
「…」
また数時間もの間、魔物達の屍を越えていかなきゃいけないのか…もう死んじゃう…大分早く進んだならゆっくり目でいい…
「…大分時間を短縮出来たなら、もうゆっくり進みましょう…」
「いえ、明日の内にユニクスの件を終わらせましょう」
…勘弁してください
「そうすれば1日余裕が出来ますので、中継都市に一泊して温泉に入れます」
「………温泉?」
「はい、ご主人様が温泉をご所望の様でしたのでそのように調整しました」
…じゃあ今までの強行軍は温泉に入るためか…病人が待ってるとはいえ、私に尽くすメイドの好意を無下にする訳にもいかない!
「わかったわ、明日までに終わらせて温泉に入りましょう」
「かしこまりました。少し休んで神域手前まで進みましょう」
神域?何となく意味は分かる。神聖な場所って事だろう…多分。神獣ってそんな所にいるのか
「神獣って神域にしか生きれなかったりする?」
「いえ、生きるのは何処でも可能です。ただ、生まれるのは神域だけです」
家畜みたいに交尾で子供産むんじゃないのか?それなら神域でなくても大丈夫そうだけど
「神獣は神域でいつの間にか産まれます。家畜と違って種族同士で産むのではなく、世界が産むのです」
「…何となくわかった」
「…実はユニクスの産まれる神域は特殊なのです。普通…神域はこんな強力な魔物が産まれる様な魔素の濃い所には無いのですが…」
「そんな事私に言われてもわからないわ。それよりも魔物は魔素から産まれるのね」
さらっと私の知らない事を言われたので聞いてみる。
「そうです。魔物の始まりは魔素を取り込んだ動物が変化したと言われてます。魔素を取り込んだトカゲが進化し続けたのがドラゴンになったとも言われてます」
「なるほど…だから良く見る獣の魔物が居るわけね…犬や熊やウサギやら…元はただの獣だったって事ね」
「はい、魔物は家畜同様に種族同士で繁殖可能ですが」
なるほどねぇ…デカいバッタが意味もなく産まれたのも魔素のせいか…スライムは謎だけど…アメーバから進化したのか?
「ありがとう、中々良い知識を得られたわ」
「いえ、では…そろそろ進みますか?」
「そうしましょう」
私の休憩というより、ユキの疲れを少しでも取るための休憩だ。ユキが出発を促すなら大丈夫になったという事だろう
☆☆☆☆☆☆
今、私は『抱っこちゃん』から『おんぶちゃん』にクラスチェンジしている。その方がユキの両手が使えて効率良いからだ。
私は紐で縛られて固定されてるので大丈夫。ユキの肩に顎を乗っけてダラダラしている。
頬と頬が引っ付きそうなのだが、ユキが心なしか嬉しそうな表情をしているので褒美がてらそうしてる。
「見て、何か女の子っぽい格好のが居るわ」
「あれはキキーモーラです。フードの下は醜い人狼です」
「ふーん…まあ身体を見れば獣っぽいのが分かるけど…何かこっち来てるし」
「なんでもキキーモーラは怠け者を喰うとか…」
誰の事だ、何か私を狙ってやがるぞあんにゃろう…勝手に怠け者認定するとはふざけた奴だ!合ってるけど
私を狙う不届き者は走り出した時には伸びた鞭によって斬り捨てられた。
「何か魔物の量が減ってきたわね」
「神域に近付いてますから」
ふーん…魔物は神域が嫌いっと、まあ魔物が神聖な地を好むわけないか
魔物が減った事でよりサクサクと進めた。おんぶちゃんにならなくても良かったかも……
☆☆☆☆☆☆
やっとこさ神域とやらに着いた。何というか…青い。青く小さな光が辺り一面漂っているからだ。
「綺麗ね」
「神域は浄化の力があるとされています。呪いを受けた際には神域に来れば良いと言われてます」
「呪われてるのに来れるものなの?」
「無理ですね。なので、教会という人工的な神域で呪いを解くのが一般的です」
教会か…神官共が寄付金を貰う為だけの場所では無かったか…そりゃそうか…何もしなけりゃ寄付金貰えないし
そんな事よりふよふよ漂ってる小人達はなんなんだろう…ちょー可愛いんですけどぉ?
「この小人達はなに?」
「…小人、ですか?…いえ、私には見えませんが…」
「…そうなの?」
近くに浮いてた小人を捕まえて手に乗せてみる。やたらびっくりした小人は私の顔を見て更にびっくりした……何なの?
小人は男の子とも女の子とも思える容姿だ。私の手から飛び立ち、何が嬉しいのか私達の周りをくるくる回っている。
しかも段々増えてきた……可愛いけど、鬱陶しい…何か喋ってくれればいいのに…
「鬱陶しいから回らないでくれる?」
するとピタリと止まってくれた。何故か私の言う事を聞いてくれたが…私に従う謎の小人は羽根が無いから妖精ではない様だ。
こりゃ精霊かも…神域に住んでそうなイメージあるし…精霊が見えるという事は私は選ばれし者!流石は私…選ばれても何もしないけど
「あなた達は精霊?」
フルフル
一斉に首を横に振られた。違うんかい…
「私は選ばれてない者だったのね…」
「何の話でしょう?」
小人が見えないユキには何の事か分からないだろうが、私が普通の一般人認定されただけだ。気にしないで欲しい
「この辺に白い馬がいるでしょ?案内して貰える?」
コクコク
今度は縦に首を振ってくれた。やっぱり可愛い…そして皆ある方向に向けて飛んでいく
「ユキ、私が言う方向に進んでちょうだい」
「わかりました」
案内してくれる小人達の速度に合わせて、私達はユニクスが居るであろう神域の奥へと向かった。




