幼女と貴族の息子
現在再び四番地の村へ向けて再出発している。結局母は貴族の贅沢な暮らしが出来ると言ったら反応があり、謝礼で馬車以外に貰う金品を譲ると言ったらドアを開けた。
開いた所を速攻で捕獲してから馬車へ猛ダッシュで戻り、四番地に無理矢理連れて行ってる最中だ。
「実の母にこの仕打ちは酷くない?」
「いいじゃない、贅沢な暮らし出来るんだし」
「ここまでされたら諦めるけど…せめてどんな所に連れていかれるか教えてくれる?」
「四番地の村よ、重税で民は苦しみ、息子は長年に渡る闘病生活。民を苦しめる極悪な領主は醜く肥え太り妻に逃げられた、そんな領主の所」
「ごめん、無理。降ろして…危険しか感じない」
「大丈夫よ」
聞いた感じだけでは大丈夫な要素はないが、問題ないだろう。私達の馬車の為に頑張ってもらおう
「人質の他に何で看病までしなきゃダメなの?」
「使用人が居ないもの。護衛が数人居て、その人達が看病もしてるらしいわ」
「護衛って男性ばっかでしょ?野獣の棲み家に放り込まれるとか益々嫌よ」
「寝込みを襲うゲス野郎は居ないらしいから安心して。せいぜい風呂に入ってたら領主がうっかり入って来たとか、その程度で済むわ」
「本当か分からないし、十分嫌な程度よ。そもそも私の裸は家族にしか見せない」
私は見たくない。実際の所息子の命がかかってるんだから自分に不利になるような事はしないだろう…
母に何かあったらユニクスの血は渡さないとでも言っておけばいい。不安要素があるとすればカールとキール兄弟以外の護衛の忠誠心ぐらいか…その辺をキールに聞いてみる
「他の護衛って男爵に忠誠を誓っているの?」
「もちろん。というか…忠誠を誓っている方以外出ていってしまったんだ…」
あらまぁ…お気の毒だが、それなら尚更心配は無用だと思う。
「良かったわね、お母さん…存分に貴族暮らしをするがいいわ」
「…もういいわよ」
拗ねた。歳いってるくせに子供みたいな母だ。嫌いじゃないけど
☆☆☆☆☆☆
四番地まで半分の道のりを走った頃か…母が諦めてから順調に進んでいたのだが、今はなかなか面倒な事になっている
「えぐ…うぐぐっ…私のペドちゃんをあなた達何かに渡さないわよ!」
「はぅー…ぅぅー…」
私は今、母にホールドされている。ホント苦しいんでやめて欲しい
私がマオの上に座ってたもので、ずっと気になっていたらしい母が「その娘は誰か」と聞いてきたから
『この娘はマオ、最近家族になったの。マオのお母さんと母娘の契りを結んだから妹みたいなものよ』
と言ったら素早くマオから私をかっさらった。別に養子になった訳じゃないんだから過剰に反応しないで良いと思う。
「落ち着いて、別に養子になったんじゃない。今でも父さんとお母さんは間違いなく私の親よ」
「ならいいわ…マオちゃんだっけ?ペドちゃんの母のセティよ。宜しくね!」
「は、はいっ!よよよ宜しくお願いしますっ!」
この変わり身である。納得したなら離して欲しい…何故なら香水が臭いからだ。密着するとより臭い。馬車の揺れも合わさって気分が悪くなる……
「臭いから離れてちょうだい」
「毎日お風呂には入ってるわよ…仕方なく洗濯だってしてるわ」
「香水が臭いのよ」
「ペドちゃんにはまだ香水は早いか~」
「…仲良いのですね」
マオが羨ましそうに見てくる。が、舞王の方がよっぽど母親らしいと思う…
「私はマオの母親の方が好感がもてるけど」
「その牝犬をつれて来なさい」
「療養中よ」
こんな有り様の母だが、今から行く沈んだ空気にあるだろう屋敷には、その性格が有難い存在になるかもしれない…
結局離してくれそうにないので、久しぶりに母に抱かれながら八番地の村へ向かった。
★★★★★★★★★★
屋敷に戻って早速アグラダに人質である母を紹介する。
「という訳でじゃんじゃん働かせてあげて」
「うむ…いや、人質という名目だと流石にな?見た目が良いだけに悪評が広まりそうなんだが…」
「今更じゃない」
「働くと言っても私は看病以外はしませんけど?豪華な暮らしは保証して頂きますが」
人の事言えないが、貴族相手にこの言い様…確かに人質らしくない。
何か護衛達も微妙な顔をしている。女性の人手が増えてもこれじゃあね…
「ご覧の様なクズだけど、戻るまでの間よろしくね。ほら、こんなのでも見た目は良いらしいし、脱いだ下着を洗濯出来ると思ったら少しはやる気でない?」
と言ったら護衛が少し元気になった気がした。分かりやすい奴等だ
「自分の服は自分で洗濯します」
母が言ってすぐ護衛達が悔しそうに顔を歪めた。正直で結構。だが、この反応を見た母が愚図りだした
「今の反応見た?やっぱり一人で残るのは無理。帰る、私は帰るわ」
「…まぁ待ちなさいな、そうね…マオも残すから我慢して」
「わ、わたし?」
「えぇ、一人でなくお母さんも一緒なら大丈夫でしょ?なんならマイちゃんも残していい」
「是非そうしましょう」
私の案にユキは即答した。二人旅は色々な意味で危険だが、この際仕方ない。マオとマイちゃんを残しておけば何とかなるだろう。
マオは母の助手、マイちゃんは護衛…大丈夫そうだ
「良い機会だし、私の母と親睦を深めたら?」
「まだ、お姉ちゃんと会ったばかりです…」
「それは悪いと思うけど、この仕事さえ終わればずっと一緒に旅出来るじゃない」
「…うー…わ、わかりました!お姉ちゃんのお母様は任せてくださいっ!」
「頼んだわ」
説得が終わった所で早速出発!…と言いたい所だが、五丁目と四番地を往復したおかげで出発するにはもう遅い。
「今日は泊まって、明日出発する事にしましょう」
「うむ…ではそのように手配しよう。出発が遅れる分、明日から少しは急ぎめで頼む」
「わかってるわ。いつまでも身内を預けてる訳にもいかないし」
だがどのくらいかかるか私には検討もつかない…困った時はユキに聞くに限る
「神獣の血を手にいれるまでどのくらいかかる?」
「最低でも一月以上はかかるかと」
「ちょっと待って、そんな長い事私達を屋敷に閉じ込めておく気?」
母が不満たらたらな顔でそう言うが…一ヶ月かかるのは普通の冒険者なら…だが、私達なら?
「ユキ、私達ならそれをどのくらいまで短縮できる?」
「二週間もあれば…」
「10日よ、それで終わらせる手順でお願い」
「お任せ下さい」
普通の3倍のスピード…厳しいだろうが、一生の内に世界を回るなら3倍では足りないかもしれない。
だが、それさえ終われば好き勝手に旅が出来る。今回は結局依頼で神獣と対面するが、次からは興味の赴くままに神獣に会える。
この世界は興味深い存在が多そうでなによりだ……
☆☆☆☆☆☆
しばらく会えなくなるため、一つの部屋に皆して寝る事になった。
今は母がマオに昔の私を暴露している所だ。余計な事しか喋らないので、マオの中で私の評価は暴落中だろう
「お姉ちゃん…昔は今よりすごい怠け者だったんだ…」
「そうよマオちゃん!この子嫌がらせだけは大得意だったんだからっ」
「はぅー…」
ほぼ合ってるから反論はしない。マオだって私がやる気ない奴だって気づいてるし、そこまで失望しないはず
「ちっちゃい頃からお母さんを蔑ろにする酷い子なんだから!今日の事だってそうよ!」
「そ、そんな事ないですよ」
「そうよ、お母さんのせいで早くて長い反抗期を迎えただけ」
「…ああっ!そういえば…大きくて気色悪い芋虫を捨ててからペドちゃんの態度がわ…いたたたたたっ!痛ぁいっ!助けて!魔物が髪をっ!」
気色悪い発言を受けてマイちゃんが母の髪を引っ張りだした。巨大芋虫だったものがまさか目の前に居るとは思わなかったか…ざまぁない
「自分が投げ捨てた存在に復讐される気分はどう?」
「ごめん!ごめんなさい!抜けちゃう、髪が抜けちゃうぅ!」
「おいでマイちゃん。あんまり引っ付いて香水臭くなったら嫌よ」
パタパタ
素直に母の髪を離して私の頭に止まる。やはり良い子だ。
「痛かったぁ…まさかあの芋虫が生きていたなんてねー」
「復讐を糧に逞しく生きてきたのよ」
「悪かったわよー…」
この10日の間に存分に復讐されるがいいわ…
ふと、トイレに行きたくなった。部屋には風呂もトイレもあるが、探検がてら部屋の外に行く事にする
☆☆☆☆☆☆
トイレから出て部屋に戻る。付き添い人はユキだ。良く考えなくても財政難なら見るものも少ないか…
夕食も済んでる時間なので外は当然暗い。夕食はそれなりに豪華だった。戻る途中に窓の外を見れば空き家が多いのか、明かりがまばらに点いている。
「逃げ出した村民も結構多そうね」
「そうですね」
私達には関係ないが、果たして息子が回復した後はどのように信頼を取り戻すのやら…
苦労するだろう、と考えてたらテラスに人影が居るのに気付いた。割と背の低い者に見えるが、この屋敷で背丈の小さい者と言えばアランか…?
「こんばんわ。こんな所で何をしているの?」
「…君達は?新しい使用人かい?」
「私達は依頼を受けた…冒険者よ」
「そうなんだ…父上はまた僕の為に高価な薬に手をだしたのかなぁ」
やはりアランだ。昼間は死んでる風な状態だが、割と調子は良いらしい…
「調子はどうなの?」
「昼間はずっと寝てるから…夜は少しは調子いいよ」
あの状態からここまで喋れる様になるなら、確かに調子は良さげだ
「何で夜に起きてるわけ?」
「…何でだろうなぁ、気付いたらそんな生活してたよ」
「そう…」
私も気付いたら夜型だったし、きっとそういうもの何だろう
「君達は…昼間の村の様子を知ってるかい?」
「えぇ、昼に来たもの」
「酷い有り様だったろ…?その元凶は僕の病気だ…」
「それは仕方ない事ね」
「仕方ない…か。…初対面で済まないけど、少し聞いてくれるかい?……僕はね、今の時間くらいにこのテラスから村を見るんだ…そしたらさ、たまに灯りが点かなくなる家があるんだ…その後はずっと暗いままさ……それが日が経つにつれ増えていく。そして僕は思うんだ…あぁ…また僕のせいで一つの家族が住みかを失ったんだって」
やはり貴族…年齢的に中等部くらいであろうこの少年は日に日に廃れていくこの村を嘆いているようだ
「いつからだったか、僕を心配してくれていた民達が…優しく僕を見てくれていた民達が殺意を宿した目で僕達を見てきたのは…。原因は分かっているけどね」
護衛のキールが言ってたか…アグラダは昔は良い統治をしていたと、あれは事実らしい
「僕は、民達が僕達に向ける視線が怖い、どうしようもなく怖い…親の仇を見るような目が…そんな目を向けられるのも仕方ないと分かってる……!」
昼間、馬車に向けられた視線を思い出す。確かにあれは領主を、領主一族を憎む目だったかもしれない。
「……僕は逃げたんだよ、民から…!…昼間寝ているのだってきっとそうさ。夜なら民は家の中だ…もし外に居ても顔は判らないしね…」
「…死には逃げなかったのね」
「死か…考えたよ。何度も…でも、今まで服用した薬や治癒士の費用は民達から預かったお金だ。使うだけ使って死ぬ事など出来ないさ…父上も心配だし」
民からは逃げたが、死には逃げなかったと…
「あなたはまだ完全に民から逃げてはいないわ。自分の言葉を思い出しなさい、使うだけ使って死ぬ訳にはいけないなら、あなたはどうする訳?」
「どうする…たって…」
「民から預かったと言うのなら、あなたが領主になった暁には精々民に還元する事ね」
「僕が…領主に…?無理だよ…病気が治る見込みもないのに…」
今までは無かっただろうが、私達なら可能なはずだ…
「私達が戻るのを奇跡を願いながら待ってなさい」
「…君は」
「そういえば、あなた母親が居ないんだっけ」
何か言いかけたアランを遮って聞いた。
「あぁ…まあ、ね…」
「私の母を貸してあげる。短い間だけど精々甘えなさい」
言ってユキにさっさと踵を返して立ち去る様に指示する。
アランがまだ何か言ってる気がするが、無視して進む。
「奇跡ぱわーを使わなくて宜しいのですか?」
「助ける手段が有るならわざわざ他人に奇跡を起こす必要ないわ。10日もあればあの子も色々考えられるでしょうし」
すでに神獣の血を持ってくる方向で話進んでしまったし…今更すぐ治せますとか言い辛い…
アランと話すまでは長い時間気絶してまで助ける価値は無かったしなー…だがそれ以上の理由はこれだ
「ユニクスが馬型だったら、私達の馬車を引かせましょう」
「ご安心下さい。ユニクスはちゃんと白馬型の神獣です」
そういえばユキは会ってたか、良いことを聞いた。ユニクスに会うのが楽しみだ
「ユキが走った方が早いけど…馬車で間に合う?」
「どうせ馬車で行けるのは途中までです。神獣の棲み処の森は走っていきます。それに帰りの馬車をユニクスが引けば大丈夫です、休み無しでも余裕で走ってくれるでしょう」
何とも頼もしい存在みたいだ。やはりユニクスは今後の旅の事も考えて必ず仲間になってもらおう
今日はもう部屋に戻って10日間という初の長旅に備えて休む事にした




