幼女、敵将を仕留める
「気をつけなさいと送り出したのに偵察だと言われながら乗り込むとかホント馬鹿」
「ほう、報告するなり罵倒とは流石サユリだわ」
「貴女の頭のイカれ具合も流石と称したくなるんだけど」
ふむ、馬鹿正直に正面突破で乗り込んだと報告したのは不味かったかもしれない。
ツンデレのくせに面倒見のいいサユリとしてはお説教対象だったようだ。
だがしかし、情報自体はきちんと入手してきたのだからお褒めの言葉の一つくらいはあってもいいのではなかろうか。
解せぬ。
「その辺にしなさいなサユリ」
「ヒミコは甘っちょろいわね。まあいいわ、じゃあ更に詳しく聞きましょうか」
「と言われても、伝えるべき情報なんてもうないわよ」
ピコハンの部屋に居た3人の詳細。
それ以外に何を伝えろと言うのだ。
「城内の戦力はそれだけじゃないでしょうが。騎士達だっていた筈よ、そいつらの数とか国内に残ってる戦力とかあるでしょ」
「うーん、眼中になかったから数なんて数えてないわ。それに実力を発揮される前に気絶させたから強さも分からん」
「何しに行ったのよ!」
「偵察よ!」
「じゃあ偵察しろ!」
私の中で偵察とは敵の主力がどういう奴かを知る為のものなのだが……
雑魚は強さがバラバラだろうがどうせ雑魚。知る必要ない。
再びサユリがおかんむりな状態になったのでヒミコの後ろに退避する。
何でか知らんがサユリはヒミコに強く言えないみたいなので避難場所としてはベストだ。
「なに安全地帯に逃げ込んでんのよ」
「仕事をしてきた私に対して罵倒を浴びせる鬼ババの鑑」
「このガキんちょ!」
「お黙りなさいサユリ。経緯はどうあれ情報は得られたのです。むしろ感謝の言葉がない事の方がおかしいとは思わないのですか?」
「くっ……確かに。情報としては微妙だけど、感謝はするわ」
サユリとヒミコの力関係が何故にこうなっているのか謎だが、ヒミコの側なら心置きなくサユリをおちょくれるな。
「はあ……サユリは気が短い事さえ無ければそれなりに優秀な参謀になれそうですのに。もっと我慢というものが出来ないのでしょうか」
「サユリ、そういうとこだぞ」
「コイツが煽ってこなきゃいいんでしょうが!」
ご尤も。それもこれも軽々しく他人を煽ってしまう私の口が悪いのだ。
口が悪いのであって私が悪い訳ではない。
「皆様、じゃれ合いはその辺で。敵に動きがありました」
「あ、ごめんカオル……」
一人我関せずと覗き水晶で戦局を見つめていたカオルがぼそっとのたまった。
ハン国におちょくりに行ったばかりだと言うのにもう動きがあったのか。
どうせ精霊魔法か何かで前線に命令をしたんだろうけど。
あれだけ小馬鹿にしてやったのだから撤退はあるまい。
キキョウ母が何かしら指示したのかピコハンが頭悪いなりに作戦を思いついて指示したのか知らんが、行動が早いのは良い事だぞ。
「敵の動きがバラバラです。元騎士団長のローエンが率いる兵達は北の城門に進軍してきていますが……雇われ冒険者らしき者共は城壁に向かって来たり迂回しようとしていたりと纏まりがありません」
「そうねぇ……独断専行なのか物凄い勢いで向かって来てる奴等もちらほら居るし」
しかし大多数の奴等は動揺しているのかおろおろしてる様に見える。
一体どんな命令受けたらこうなるのだ。
敵の動きが分からないなら知ればいいじゃない。
精霊を使って伝令を送ったのならこちらも精霊経由で敵の作戦を知る事が出来る。
普通は無理だがウチにはメルフィが居るからな。
「という訳でメルフィ。精霊に聞いてハン国がどんな命令されたか聞いてちょーだい」
「分かった」
返事と共にメルフィは目を閉じた。
目を閉じる必要はない筈だが、何故か目を閉じた。
私的にこれは精神統一していると思われる。
別に精霊の声を聞く為にやっている訳ではない。コイツ、良い声劇場をやる気だ。
「緊急特別精霊にゅーすをお伝えします。つい先程、ハン国のトップであるピコ・ハンから戦線の兵達に向けて命令が下されました。
精霊達によると、ピコ・ハンから伝えられた作戦は各自好きな様にヒノモトを攻めろという極めて異例な作戦であり、命じられた兵達もどう言う事かと首を捻る者が後を立たない様です。
緊急性が高いため、専門家達による敵の思惑の早期解明が望まれます」
専門家って誰だよ。
というのはともかく、命令を下したのがピコハンだって事は分かった。
まあ大方予想通りだ。
キキョウ母は良くも悪くも馬鹿じゃない。すでに私に対してどんな行動をした所で意味が無いと判断してしまったのだろう。
これがキキョウだったらそこから道連れにしてでも始末するぐらいの作戦を考えるだろうが、キキョウ母は無駄に年くったせいか無謀な挑戦はしてこない、筈。
「これじゃあもはや作戦というか、当たって砕けろ的な玉砕特攻ですねぇ」
「ですが姉さん、一人一人の行動を把握するのは難しいので、これはこれで厄介な作戦ではないでしょうか」
全くだ。
城壁を上ろうと思ってるのか門に向かってない奴等も居るし。
こっちもバラバラに対処して戦力分散するとなると面倒だぞ。
「新たに追加の情報が入りました。ランク七段冒険者であるアゼル氏からピコ・ハンに質問がなされた様です。
どうやら好きにしていいとは、戦巫女を捕らえたら好きにしていいか。というゲスさを醸し出した内容の質問だった模様です。
これに対してピコ・ハンの解答は、自由にしろ、殺したければ殺せ、その場で犯したければ犯せ、というまるで賊の様な発言でした。
しかしモテない底辺冒険者達はこの発言を受けて俄然やる気になっており、士気は極めて高いと言えるでしょう。
普通なら強姦など刑罰の対象ですが、今やヒノモト一帯は無法地帯。レイプ合法、レイプ合法でございます!」
「やめろ」
メルフィ劇場に皆は冷めた目で見つめている。
がっかり美人とはこの事だ。
「クズ共が、まるで戦巫女が狩り対象だわ」
「そうねサユリ。けどどうするの?符術が使えない上に捕まったら口では言えない様な行為をされるとなると……戦巫女を下げるべき?」
「何を馬鹿なヒミコ様。我が国の兵の半数以上を占める戦巫女を下げるなど愚の極め。符術は使えずとも薙刀や弓は使えます。撤退はありえません」
そりゃカオルが言う通りだろ。
戦巫女を下げたせいで国内に侵入されたらそれこそ馬鹿な話だ。
流石はヒミコ、頭の悪さが加速している。
「……カオルの言うとおりよ。戦巫女を撤退させたせいで住民に被害が出たらそれこそ大事だわ」
「それは、そうなのだけど」
「……ならば、ここに居らっしゃる強者の方々を使えばよいではないですか。恐らく世界最高位の冒険者パーティの方々を。それが一番犠牲を出さずに済む手段ではないのですか?」
なんと、偵察に続いて戦闘までやれと申したか。
雇われ冒険者は扱き使われるもんだ。世知辛いなぁ。
サユリやヒミコは悩んでる顔をしているが、回りのモブ文官共はあからさまに反対という目をしている。
てか反対って言った。
何がどうして反対なのか、まあ政治的な理由だろうな。
如何に私達が冒険者として雇われたとはいえ、他の国からしたらアルカディアがヒノモトの救援にやって来たと解釈するのだろう。
ヒノモトとハン国の戦なのにアルカディアばかりが活躍してヒノモトは何もせず見ているだけど知られたら……どうにかなるのだろうか?
まあどうにかなるんだろう。少なくとも情けない国とは思われる。
「まあいいわ。手助けしてやろうじゃない」
「ゲスさが少ない……これはお姉ちゃんの偽者ですっ」
「安心なさいマオ。その分後でゲスくなってみせる」
手助けと言っても敵を殲滅する訳ではない。
ヒノモト兵は直球で言うと平凡な奴等ばかりだ。隊長であるカオルだってそう。
優秀ではあるが、単に平凡が優秀になるまで努力しただけにすぎない。
だから、生まれながらの化け物には勝てないだろう。
私達が討つべきは、厄介であろう実験体の生き残り共と、何か偉そうな元騎士団長とかかませっぽい冒険者ぐらいか。
他にも同じくらい厄介な奴等が居るかもしれないが、残りはヒノモトの奴等に頑張ってもらおう。
私達がするのはお膳立てだけだ。
★★★★★★★★★★
周りの冒険者仲間達がやけに張り切ってやがる。
ま、気持ちは分かるがな。
捕らえた女兵を好きにしていいって言われちゃモテない底辺冒険者としちゃやる気になるだろう。
だからこそあんな事をピコ・ハンに聞いたんだけどな。
「どうだいフィフス王国の誇りでもあったローエン元騎士団長殿。あんたも乗るかい?」
「戯け。ワシの目的は敵の殲滅のみ」
「老兵だから枯れてんだなぁ」
タメ口を使っちゃいるが、これでもローエンの旦那を頼りにしている。
だから他の冒険者達が好き勝手に行動してるってのに俺と俺が率いる連中だけはこうして旦那と共に動いているのだ。
そのローエンの旦那だが、どうやら馬鹿正直に北門を突破するつもりらしい。
まあ無謀に突撃するだけじゃないだろうし、お手並み拝見と行こうじゃないか。
「…………はて、もう北門が目の前なんだが、歓迎がないぞ?」
「ふむ、すでに弓兵達の射程範囲内だが……何かしらの罠か、それとも逃げたか」
「逃げはないだろ旦那。符術はないだろうが、警戒した方がいいかもしれねぇぜ」
何をしでかしてくるかは、先頭を歩く捨て駒達の犠牲で見せてもらおうじゃないか。
…………おい。
進んでねぇぞ。
先頭を歩いていた低ランク冒険者共が、北門前の橋の手前で止まっていやがる。
何を怖気づいてやがるんだ。
その理由は進んでいく内にすぐに分かった。
全身の毛穴が開いたんじゃないかってくらいゾワッとした感覚。
訳がわかんねぇぐらい生存本能を脅かしてくるその気配が、俺等の進軍を止めていやがるんだ。
気配を読むとか出来る訳ない雑魚ですら金縛りにあったみたいに動けずにいる。
ヒノモトにそんな化け物が居やがるってのか!
まさか、神か?
「おいおいおい、ヤベーぞ。こりゃヤベーんじゃねぇか旦那?」
「無駄口を叩けるだけお前はまだマシなようだな」
「どうする……門の向こうに間違いなく化け物がいやがる!」
「そうさなぁ、陛下にお借りした実験体とやらをぶつけてみるか?」
いきなり切り札投入かよ。
いや、そうも言ってられないか。この化け物っぷりだ、ヒノモトもいきなり切り札を投入してきたのかもしれない。
符術の使えない腑抜けどもを始末するだけの簡単な戦だと思ったんだがなぁ。
「あっ!門が開くぞ!?」
「化け物が出てくるのか!」
「どうすんだ!逃げるか!?」
「ピコ様は撤退は無しだと仰られただろうが!」
すでに戦意喪失。逃げ出しても不思議ではないが、その場に留まり続けるのはピコ・ハンに対する忠誠か。
健気だねぇ……。
睨みつけながら開いていく門を見ていると、小さな影がのそのそと歩いてくる。
それと同時に先程より凄まじい寒気が襲ってくる。
おいおいマジか、この俺が恐怖で動けないってのか。
「アルカディア女王、か」
「はぁ!?あの化け物が!?」
「敵兵の前に一人で堂々と出てくる幼女なぞ、アルカディア女王しかおるまい」
うっそ、アルカディア女王って人間じゃなかったのか。
いやここから見る限り見た目は人間だが……
いや見た目も何か魔王辺りが羽織ってそうな不気味なマントしてるし、何か紅い目も魔属性っぽいし、ホントに人間か分からん。
幼女が歩いてくる度に下がっていく腰抜け共。
背中で押してくんじゃねぇよ!
「どうすんだ旦那ぁ!」
「どうも何も、実験体共で倒せなかったら打つ手なしだな」
なにこの無能な元騎士団長。
頼りにならないってもんじゃねぇぞ。
北門前の橋の途中まで進むと幼女の足は止まった。
そして、完全に悪人顔の表情で嗤った。
★★★★★★★★★★
ふははははははっ!
何だこの腰抜け共は!
最弱系幼女の私がこの恐れられよう、実に天晴れ。
げに恐ろしきはヒメ特製のまがまがマントよ。
まさか着用時間が経つにつれて災厄並の禍々しい気配が出てくるとは思わなかった。
城の中で着用した時は「お前禍々しいな」とサユリにツッコまれる程度だったのだが、北門に到着して敵の進軍を待ってる内に周りに居たヒノモトの兵が逃げていく程に意味不明な禍々しさになっていた。
過去最高のハッタリぶりに、これにはフィーリア一族のご先祖様達もニッコリしている事だろう。
この恐怖の視線を独り占めにして優越感に浸るのも悪くないが、逃げられると厄介だからやる事を済ますとしよう。
マントの中で、マオに借りたグローブからワイヤーを地面に向けて伸ばし地中に潜らせる。
次に偉そうな指揮官的なジジイとオッサンの足元に向けて伸ばす。
その後は奴等の首にワイヤーを巻きつけて頭部切断する予定だが、このままではバレる可能性がある。
なので奴等の目を逸らす為にみみみに動いてもらう。
意味ありげに上を向き、上空に待機している実験体共を睨む。
睨むと言っても口元は嗤っているが。
しかしご丁寧に3体固まっててくれて助かった。戦力を一つに集めるとか馬鹿かと。
「みみみ、上にいる3体を3秒で狩れ」
「お任せ下さい」
いきなり背後に現れたみみみは一言残すと次の瞬間には上空に居た。
みみみの実力なら3秒もかからないだろうが、あの馬鹿2人の首にワイヤーを巻きつける時間を考えたら3秒は欲しい。
私の目線、そしてみみみの行動で敵は思惑通り上を見つめてしまう。
簡単すぎる。
そしてキッチリ3秒でバレずに奴等への処刑の準備が済んだ。
みみみも一人1秒で首を刎ねてきっかり3秒で終わらせた。
「あぁ?……おい、あっさりやられちまったぞ?切り札……」
「う、うむ」
「お前等もなー」
「!?」
一気に締まる様にワイヤーを動かす。
手ごたえがあったので目論見通り首と胴体が離れた事だろう。
強いと言っても所詮は人間の範囲内。
ウチの人外共みたいにワイヤーが硬すぎる皮膚に阻まれるなんて事はなかった。
ボトリ、とこれから戦で活躍したかもしれぬ敵将共の首が落ちる。
突然の事態に泣き叫んで雑兵共が逃げるかと思ったが、事態が飲み込めないのか棒立ちしたままだ。
…………うむ。
「ふえぇ……」
「ぎゃあっ!鳴いた!」
「邪神が鳴いたぞ!」
「うわあああぁぁぁぁ!?」
「こんな戦いに参加できるか!!俺は国に帰るぞ!」
幼女の可愛い泣き声が邪神扱いされるとは驚いた。
何て失礼な奴等だ。
だがピコハンへの忠誠を私に対する恐怖心が上回ってニッコリ。
これだけ戦意喪失させれば後はヒノモト連中だけでも大丈夫だろう。
問題があるとするなら……あの城に居たエルフだな。
★★★★★★★★★★
「お見事ですお母さん。もはや相手は敵にあらず、ただの獲物です」
「ヒメのお手製マントが非常識すぎる件について」
「メルフィさんは初見でしたね。いやぁ、まさか災厄並の気配を出してしまうとはこのサヨでさえ予測出来ませんでした」
「カッコいいですお姉ちゃんっ!」
ヒノモトの城の中で例の水晶越しにお母さんの勇姿を見ていましたが、まさかこの城に達する程の禍々しい気配を発するとは思わなかった。
流石はお母さん、いとも簡単に意味不明な事をしでかしてくれる。さす母。
「もうコイツ等だけでいいんじゃないかな?」
「しっかりなさいサユリ!」
ああ、ヒノモトの方達はお母さんの所業に頭がついていってない模様。
凡人には理解し難い状況だから仕方ない。
と思ってたが、どうやらカオルさんだけはパニックになってないようだ。
お母さんが見込んだだけの事はある。
そのカオルさんは、何処か羨望の眼差しをしながらお母さんの映る水晶を眺めている。
惚れたか?またお母さんに近付くメスが増えたか?
「アルカディア女王陛下、いえペド・フィーリア様は自らが先頭に立って行動されるのですね」
「?……そうですね、時に無茶をなさるお母さんから私達は目が離せません」
「はっはっは、お姉様は好奇心の塊ですからね」
「そうではなく、何と言いましょう……あの方は、目の前に何が現れようと隠れもせず、臆せずに前に出る。周りに、貴女方の様な強者が居ると言うのに、人任せにせず……ああ、それでフィーリア一家ですか、家族を守る大黒柱……それがあの方。どれ程身内が強かろうと、あの方にとってはフィーリア一家の方達は守るべき対象なのでしょうね」
何かお母さんが過大評価されてきた。もっとやれ。
好評価になる分には娘である私は一向に構わん。
「お姉ちゃんはそこまで善人じゃないですっ!ピンチな時はわたしだって盾にする人ですっ」
「実際された人の言葉は説得力ありますね。まあ確かにお姉様はそんな崇高な想いをしてる訳でなく、単に面白いから出しゃばってるだけでしょう」
「うん。自分大好きだから危険な場合は前に出ない」
「そうでしょうか……あの方なら災厄相手に一人で立ち向かってもおかしくないと思いますけど」
大体合ってる。
正確には2人と1体だけど。
実はカオルさんはお母さんが災厄とやり合った事を知ってるんじゃなかろうか。
「何にせよ、私にはあの方の背中が大きく見えます」
それには同意しよう。
お母さんの背中は私達でも生涯追いつけないほど広いのだ。さす母。
そんなお母さんは逃げ出すハン国の兵達を見ながら高笑いしていた。




