幼女と母狐
「偵察に向かうメンバーを選抜する」
「まあ団体で偵察はどうかと思いますのでよろしいかと。では索敵が得意な私は参加と言う事で」
「なら鑑定という偵察に持ってこいな能力を持ってるあたしも参加よ!」
「そうね。後は私を入れて三人で行くとしましょう」
メンバーはあっさり決まった。
決まったが文句が出ないとは言ってない。最後までやかましかったのはユキだった。
私が一番上手くお母さんを抱っこ出来るんです!とアホな主張をしていたが却下した。
「じゃあ行ってくるわよサユリ。私達がバッチリ情報を持って帰ってきてあげるわ」
「そう、頼んだわ。それと……」
「まだ何かやらせる気?」
「違うわよ。まあ、あれよ……気をつけて」
デレた。サユリがデレたぞ。
やはりサユリはツンデレだったか。
まあ一番危険そうな敵本陣の偵察だ、一応悪いとは思っているらしい。
しかしボソっと言ったため私以外には聞こえてないんじゃなかろうか。
「サヨ、火をつけてだって」
「分かりました」
「伝言ゲーム失敗してんじゃないわよっ!」
「サユリ!伝言ゲームしてる場合じゃないでしょう!?」
「してないわよ!?」
サヨもカーテンに火をつけようとしている場合じゃないぞ。
言われた事を忠実にこなす下僕の鑑だが、ただの冗談を真に受けるでない。
「じゃあ今度こそ行って来るわ。何も無いとは思うけど、私達が不在の間は頼んだわよ」
「了解しました。お母さん達のお帰りをお待ちしております」
ユキ達は気をつけてと言ってくれなかった。
まあ私達がどうこうされる訳無いという信頼の表れ、とでも思っておこう。
★★★★★★★★★★
アルカディア女王が早くも参戦して来た様ですね。
予定していた事態とは違いましたが、一応あの子の望み通りと言えましょう。
それにしてもアルカディア女王……予想以上に化け物みたいですね。
何ですか、洪水起こして火までついたのに被害ゼロって。
彼女の功績については聞いてましたが、何と言うか人を相手にしてると思えません。
『あは、凄い!凄いねアルカディア女王って!』
『突然謎の光で消滅された父である王はよいのですかピコ様?』
『死んじゃったものは仕方ないよ。ねえ、それよりもっとアルカディア女王、いいえペドたんの事が知りたい!……おじさま、おじさまなら他の事も知ってるよね?』
『ま、待てピコ。今の兄の消滅を見ただろ?アルカディア女王について喋ってしまったら消されてしまうのだ!』
愚王達がアルカディアと接触したと聞いて急いで戻ってきたピコが行ったのは愚王達への質問、という名の処刑でした。
まさかアルカディア女王の功績を喋っただけでこの世界から消されるとは思ってもいませんでした。
それよりも恐らく消滅する事を知ってたくせに娘の為に嬉々として語る王の馬鹿っぷりにドン引きです。
『うん。おじさまは喋らなくていいよ。妖精さんに記憶を見てもらうからー』
『だから、俺は妖精じゃねーって』
セロへ行われたのは強制的に記憶を覗かれるという行為。
見た目は妖精、しかし何者かに創造されたという彼。記憶を覗くどころか書き換え出来るなどデタラメです。
彼を創り出した人物とは何者でしょうね。
疑問はさておき、結果的にセロは消滅されました。
どうやら喋らなくても他人に知られると消されてしまうみたいです。例えそれが強制的に記憶を覗かれたとしても、です。
「どうしたのーカエデ、ぼーっとして」
「ああ、すいません。アルカディア女王について考えていました」
「お、カエデも気になっちゃう?だよねー、凄いもんねーペドたん」
「そうそう、盛大なキャンプファイヤーは消化されたようですよ」
「え、そうなんだー……残念。まいっか、失敗しちゃったなら別の手段考えればいいしー」
その別の手段を考えなきゃならないのは誰だと思っているのでしょうね。
と言っても考える必要は無くなったのですけど。
「その必要はありません。何故ならヒノモトを救ったのは何を隠そうアルカディア女王なのですから」
「ほんと!?」
「はい。何とも奇跡的な展開でした。まさかアルカディア女王を誘き出す為にヒノモトを炎上させるその日にアルカディア御一行がヒノモトを訪れるとは」
本来ならヒノモトを壊滅させられた事に怒ったアルカディアが私達に牙を剥くはずでしたが、まあヒノモトに手を貸して共闘してくれるみたいですので概ね問題ないでしょう。
ヒノモトの戦力が減ってないのがアレですが。
「次は貴女にも手伝ってもらいますよ、ミュノスさん」
「……ねもい」
「あはー、相変わらず駄エルフだねーミュノスちゃん」
主の部屋だと言うのに惰眠を貪る駄エルフことミュノスさん。
前線に出ている雑魚エルフと違い、彼女はエルフの中でも力の有る方です。
ピコが適当に彷徨って辿り着いたとあるエルフの集落から引き抜いてきた子です。
まあ、実際はあの妖精もどきの手で記憶を書き換えられているのですけど。
如何に駄エルフと言えど、そう簡単に人間に手を貸す訳がありませんからね。
「どうせなら怠惰な性格まで変えてくれませんかねぇ」
「おいおい無茶言うなよ。記憶と性格は別モンだろうが……こうして仲間に引き入れてやっただけ有り難いと思えよな」
「んふー、えらいえらい」
「お、俺様はこんな安い奴じゃねぇ!」
口ではそう言いながらピコに撫でられる妖精もどきの表情は満更ではなさそうです。
やれやれ、今からあのアルカディアと事を構えるというのに暢気な事です。
「頼りにしてるよー。頑張ってペドたんをピコにちょうだいねー」
「相手が創造主の子孫ってのが恐ろしいが、まあ俺に任せとけ!」
そう、此度の戦はピコがアルカディア女王をただただモノにしたい、それだけの為に引き起こされた戦いです。
あの子達は楽観視していますが、そう簡単に行く筈がありません。
まああの子達はあの子達で勝手にやって頂ければいいですけど。
こちらはこちらで、目的を達成させて頂きますよ。
『お久しぶりですお母様。急に手紙が届いたかと思えば内容は我が君ことペド・フィーリア様の情報が欲しいとか。
なんですか?我が君相手に荒事でも起こそうとお思いで?
では母を案ずる娘として一言、やめておきなさい。相手が悪すぎます。
と、言った所で止める貴女ではありませんよね。
ハッキリ言いますと、詳しい情報など与えられません。当然ですね、何せ敬愛する我が君の個人情報なのです。教える訳がないでしょう。
しかし、こちらとしても育てられた恩はあります。なので一つ忠告しておきましょう。
我が君と、まともにやり合いたいのでしたら目を合わさない事です。
たった一度目を合わす、それだけで後は我が君に全てを見抜かれ翻弄されて終わりになるでしょう。
なので、我が君と長く戯れたいのならば注意する事です。
私の母ですからどうせ勝てないと分かっているのでしょう?
実力を見たいのならば、我が君に興味を持たれるよう世界にでも祈ってて下さい。
ああ、ひょっとしたら言葉を交わす事も最後になるかもしれませんね。
何せ我が君は可愛らしい容姿をされておられながら非情で残酷な方ですので。
ですから言っておきます。育ててくれた貴女に感謝を』
娘であるキキョウにアルカディア女王の情報を教えて貰えないかと思い送った手紙。
その返信がこれです。
流石の私でも精霊どころか世界に愛されるアルカディア女王の情報を単独で集めるのは無理でした。なのでもしかしたらと思い娘に手紙を出しましたが、うーん。
もう完全にアルカディア女王の臣下と化してますね。
あのキキョウがねぇ……正直、誰かに従うとは思いませんでした。
「我が君、か。仮に買われた相手が大国の王族だろうが手玉に取り上を狙うであろうあの野心家がそう呼ぶ、それだけでどれ程手の届かない場所に居る存在か分かりますが……それでも娘が従うに相応しいか見極めるのが親心ってものです」
何より、面白いじゃないですか。
娘が従うその主を娘が見た事のない表情で驚かせる事が出来たなら――
ドガシャアアァァ!
音に例えるならそんな感じの音がいきなり聞こえ、何事かと振り返ればピコの部屋のドアがぶち壊されてました。
敵が攻めてきた?
「ちわー、偵察にきたわ」
「偵察って何だっけ」
「ふ、馬鹿ねマリア。サユリは偵察してこいと言ったけど、密偵してこいとは言ってない」
「どう見ても殴りこみです。本当にお姉様でした」
「どういう意味よ」
壊されたドアから騒々しく入ってくる3人組。
3人共気にはなりますが、マリアと呼ばれた神官服に身を包んだ女性に抱っこされてる幼女……どう考えても今さっきまで話題になっていたアルカディア女王ことペド・フィーリアですよね?
驚かせるつもりがこっちが驚きですよ。
あのミュノスですら普段眠たげな目が見開かれてます。
「こうも堂々と……一応騎士たちが城の警備をしている筈ですが?」
「うむ。無事に気絶してるわ。いつもなら普段の訓練の成果を発揮させる前に殺してるけど、今回は偵察だしね、生かしておいてあげたわ」
「このあたしが普段の訓練の成果を発揮される前に全員気絶させたわ!」
訓練の成果を発揮させる前にやられた騎士たちが悪い訳ではないでしょう。
この方達がおかしいのです。
死んでは無い様なので次の機会に成果を発揮してもらうとして、どうしたものやら。
アルカディア女王は部屋の中にいる私達を無邪気に観察しています。
本当に偵察に来ただけみたいですね……非常識な手段ですけど。
「あはっ、あははー!ペドたんだ、本物のペドたんだよ!初めまして、僕はピコ!今はハン国の女王だよ!お揃い!」
「あっそ」
「あれ……?」
ピコに対して微塵も興味が湧かないのか、つれない返事をするとミュノスの方をジーっと見ています。
キキョウが言ってましたね、全てを見抜かれると。
全てを見抜く者としてはピコより強大なミュノスの方が気になる、という事でしょうか?
まあ見られてるミュノスの方は何とも居心地悪そうですけど。
「ふむ、フルート並か、それ以上みたい」
「ほほぅ、フルートさん並ならば、精霊を操り符を発動させたのは彼女ですか」
「あたしの鑑定によればエルフの名前はミュノス。色は青……なんだ、クソ雑魚なめくじじゃん」
「それはマリアさん基準でしょうに」
いきなりの暴言に流石のミュノスさんもムッときた様です。
しかし何も行動は起こしません。
理性が働いているのでしょうね、世界に愛されてる者に逆らってはいけないと。
エルフの彼女からすればアルカディア女王は天敵もいいとこです。
と、今度は私に興味が移ったようです。
私はミュノスさんと違って普通ですよ、だからあんまり見ないで下さい。
しかし、思いとは裏腹にアルカディア女王は私を見て、嗤った。
「くはは、そうか、お前か。天狐族の女狐。貴女に似た目をした奴を私は知ってる。なるほど、キキョウの母親だな……敵にキキョウが居ると勘違いしても不思議じゃないわね」
「随分と、察しがいいですね」
「あと、私と微妙に目線が合わない様にずらしてるわね。どうやら誰かに入れ知恵されたみたい、私と目を合わすなって」
いやいや、察しがいいとかそんなもんじゃありませんって。
これ絶対知ってて言ってますよ。
もしやキキョウ、あの手紙の事を話しているのでは……可能性としては高い。
どうやらアルカディア女王は私に興味津々の御様子。
はいはい、やりましたよキキョウ。無事に幼女の興味は引けましたよ畜生。
「僕を見てっ!!」
訳分からなくなってた空間に突如響いた大声。
どうやら自分に興味を持ってくれない事に癇癪を起こした様です。子供か。
「そういや後一匹居るはずよね」
「ああ、創造主の子供ですね」
……アレの存在までバレてるのですか。
いやおかしくはない、ですね。カオルとやらを始末する為に差し向けた何とか副隊長とやらから発覚したのでしょう。
どうやら、姿形までは分かってないようで。
アルカディア女王の左肩、記憶を書き換えるべくすでにアレは動いてるのです。
「よっしゃ、待ってろピコ!すぐにお前のモノにしてやらぁ!」
「あは、あはははは!」
解せない。
アルカディア女王は元より、連れである2人までもがアレの存在に気付かないのはおかしいのではないでしょうか?
何より、アレが精神体となりアルカディア女王の中へ入ったと言うのに動揺が全くないのも変です。
まさか、わざと?
★★★★★★★★★★
創造主の子孫って割に随分とあっさり心の中に入り込めたな……楽だからいいけどよぉ。
にしても暗いな、コイツの中。
真っ暗じゃねぇか……いや真っ黒か?
どっちにしろ普通じゃねぇな。薄気味悪いったらありゃしないぜ。
てかこれじゃどっちに行けばいいかわかんねぇじゃねーか!
イライラしながら適当に進むと、ふと明かりが見えた。
あれがコイツの記憶か?
その明かりを目印に先へ進むと――
何かめっちゃピンクな空間に辿り着いた。
めっちゃピンク。
もう見渡す限りピンクだわ。何だこれ趣味悪ぃ……
『あら、あらあらあら。こんな所にお客さん、もとい侵入者が。まあ主様の事です、自ら招いたのでしょうねー。面白い事好きにも困ったものです』
有り得ない筈の声がした方向、ピンクの空間の下を見るとこれまたピンクの家具に囲まれ、座布団に座ってお茶を飲んでるこれまたピンク色した服を着た何者かがこちらを見ていた。
その何者かが、目の前に居た。
二代目より多少成長したぐらいの幼女……いや少女?
「って、うおおおぉぉぉ!?何だてめぇいきなり!?」
『いきなりも何も、勝手にここに来たのはあなたでしょうに……と言いますか、誰かと思えばあなたはフィーリア様と私の子供の一人ではないですか』
「なんで創造主の名前を……」
『人の話を聞かない子ですねー。ですから、私がお母さんでフィーリア様が旦那様です。ああ、そういえば最近無数に散らばった欠片の一つと融合したので容姿が若干成長しましてね、それで分からない……じゃないですね。直接会った事など無いですから』
何言ってるかわかんねぇ……分かるとすればコイツがキチガイって事だ。
てか誰だよ。何で創造主の子孫の心の中に入って誰かに会うんだよ、意味わかんねぇ。
『ま、そんな事は置いておきましょう。どうせ私が母だとか、あなたが子だとかもはや関係無いのですから』
急に雰囲気が変わった。
別に何かされた訳じゃねぇが、ゾワっとしやがった。
やべぇ、何かわかんねぇけどコイツは絶対やべぇぞ!
『と言うか、存在する全てのモノは等しく我が子、主様とて例外では有りませぬ。しかし、しかしです。フィーリア様、そして今の主様であるこの方は私にとって特別な存在。特別な子供なのです』
俺に向かって掌を向けてきた。
『如何にフィーリア様との子と言えど、過ちを犯したものには罰を与えねばなりませぬ。主様の御心に入り込もうなど……ああ、主様の心を守る番人。いいですね、今は私の事はそう称しましょう』
もうヤバイ。
本能がヤバイって言いまくってやがる。死ぬ、絶対消される。
じゃあどうするか、逃げるに決まってんだろ!
『おやおや、欠片の一つと融合したとはいえ今はちっぽけな力しか残ってないというのに多少は勘付かれましたかね』
逃げた先にはヤツが居た。
マジか、何なんだ創造主の子孫の心の中は……何を飼ってやがるんだ。
『どうして逃げられると思うのでしょうか。理解出来ません。あそこまで私が危険な存在だと分かっているのなら……逃げる事も不可だと分かるでしょう?』
な、何だ……コイツ何者なんだ?
『ほほう、母の事が知りたいと。私はですねー……色々と呼ばれてますねー。原初、根源、ゼロ、万物の母』
訳、わかんねえ……
クソったれ、やっぱり二代目に手を出しちゃいけなかったってのか!
「原初だか母だか知った事か!もういい自棄だ!てめぇをぶちのめしてやらぁ!!」
『うーん……馬鹿。フィーリア様の子がこんなに馬鹿とは母は悲しいです』
くっちゃべってるピンク野郎をぶっ飛ばしてやろう、そう思ったが身体が全然動きやがらねぇ……まるで金縛りだ。どうなってやがる。
『ちなみに、私がぺらぺら喋ってあげたのは私の存在が世に広まる事が無いからです。どうしてだか、分かりますよね?』
ち、やっぱり俺を始末するって事だろ。
『そうなります。しかも衝撃の事実!……今まで話した事は過去の話。つまり全部間違いでしたー』
ピンク野郎は何処からともなく変な杖を取り出した。
いや、何か見覚えがある……?
ありゃ、確か創造主の――
『あはー、ちゃんと教えてあげますよ。私は原初?根源?万物の母?』
ああ、コイツは、創造主が使っていたあの理不尽な……
『いいえ、奇跡ぱわーです』
★★★★★★★★★★
アルカディア女王の心の中に入っていた妖精もどきが飛び出したきました。
しかし様子がおかしいです。
顔は青褪め、まるで――
「まるで化け物にでもあったような顔をしてるわね」
不敵な顔でそう告げるアルカディア女王。
……特に変わった様子は見られません。つまり、記憶の書き換えは失敗したのでしょう。
「あ……あぁ、ダメだ、ヤベーんだ、あれ、あれ!」
ぶっ壊れました?
ぶるぶる震えて意味不明な事を言う妖精もどき。
一体、アルカディア女王の心の中で何を見たと言うのでしょう。
『ふぅ、数秒の猶予を与えたのは、主様へ謝罪する時間の為だと、言ったでしょう?……ほんと、ダメな子』
「っ!?……何ですか、今の声?」
「んー?何か聞こえたー?カエデ」
「え?……何か聞こえましたっけ?」
「カエデもおかしくなったのー?」
え、いやいやいや。私は正常ですとも。
しかし、私は今何に対して驚いたのでしょう……つい今さっきの事なのに、思い出せません。
不気味ですね……。
「ほう、証拠隠滅もバッチリか」
「リーダー、何の話?」
「何でもないわ。そんな事より先代の忘れ形見の一匹がぶっ倒れたわよ」
「死ん……ではないようですが、もう二度と目覚める事は無さそうですね」
結果的には何も為せずの無駄死にですか。
ピコの為に張り切っていた割にはあっけない最期でしたね。
「偵察のつもりが一匹やっちまったか。まあ許容範囲ね、じゃあ大体分かったところで帰りましょう」
「待って!ペドたん、僕ね!」
小走りでアルカディア女王に駆け寄るピコ、ですが彼女がピコに視線を向ける事無く巫女服を着た方の少女に蹴り飛ばされます。
大丈夫でしょうか、まあ死んではいないでしょう。
件の幼女様は、神官の女性から降ろされトコトコとこちらへ近付いてきます。
こっちくんな。
「言わずに帰ろうかと思ったけど、やっぱ言うわ」
「……コソコソと何の話でしょう」
というか一応私達は敵同士ですよ?
えらい無用心に近付きますね。どんだけ自信があるのですか。
「精霊をけしかけてヒノモトの惨劇を起こしたの、お前だろ」
「……何を」
「前線のエルフはダミー、そしてそこのエルフも実はダミー。いえ、アイツは実際に精霊に命令する事は出来るのでしょうけど」
馬鹿な、この子供は何を言っているのですか。
「初めてキキョウに会った時、あの子は私の事を良く知っていた。天狗を倒した事も、抱っこちゃんなんて呼ばれてる事も知っていた。当時は全くの無名だった筈なのにね、情報通ってもんじゃないでしょ」
「……たまたま知っていただけでしょう」
「引き篭もりがどうやって知るってのよ」
「私が教えたからです。ワンス王国からやってきた商人からヒノモトの商人に伝わり、それを取引にやってきた私達が聞きキキョウに語っただけです」
「はっはー、ワンス王国じゃ天狗なんて知ってる奴は五丁目のごく僅かのヤツしか知らないっての。そのごく僅かの奴から話を聞いたヒノモトへ向かう商人が居たとかどんな確率よ。というか五丁目の馬鹿共に関わろうとする商人が居るわけねーだろ」
つまり、可能性はゼロではないと。
多少の可能性はあるが、この幼女の中では私が何らかの手段で情報を得てキキョウに伝えたと、もはやそう結論付けられてるみたいです。
「私の事を知ったのは偶然でしょう。貴女が精霊を使って常に監視し、情報を得ていたのは天狗のこと」
「……はいはい、そうですよ。天狗を監視していたからこそ、ユキという方と貴女が天狗を倒した事を知っていた。これで満足ですか?」
「ええ満足。これで戦の最中あのエルフが誰かさんの思惑で倒され、ヒノモトの戦巫女達が符術を使っても大丈夫、と思った所で貴女によって自爆したかの様に発動されてやられる……なんてしょーもない展開が起きずに済むわ」
どこまで読むつもりですかこの幼女はっ……確かに大体同じ様な事を考えてましたけど。
一応動揺を見せない様に振舞っていますが、内心焦りまくりですよ。
「貴女の事だから、わざと追い詰められていよいよって時にやるつもりだったんでしょうね。ざまぁ展開好きそうだもの」
「偵察は済んだのでしょう?……そろそろお帰りになられては?」
「ふぇー、じゃあ帰るー」
完全に舐められてますよ……。この子の中では、私なんてただの遊び相手、なのでしょうね。
私に今の話をしたのは、煽って焚きつける為。
ああ、なるほど。この子にとって、ハン国なんざ戦う価値もないのですか。
そうですよね、アルカディアの二対の羽を持つあの女性1人だけで滅ぼせますもんね……。
「あと、ピコハンには内緒だけど、あの手のアホはご執心な相手にそっぽ向かれると何仕出かすか分からない。良い感じに頭に血が上ってるから何をやらかすか期待しとくわ」
「……もう帰ってください」
「ふぁー」
意味不明ですか妙に腹立つ返事をして神官の女性のもとへ行ってくれました。
そしてそのまま抱っこされると何故か窓の方へ行き、窓ガラスを粉砕して飛び去って行きました。
嫌がらせか!
後に残されたのは世界の加護持ちを相手にし疲れた様子のミュノスさん。
普段からは考えられないほど無表情になって手を握りしめて震えているピコ。
死んだも同然の妖精もどき。
そして私。
『我が君と、まともにやり合いたいのでしたら目を合わさない事です』
ああ、全くその通りでしたよ我が娘よ。
キキョウの言葉が本当ならば、私がこれから考える事など全て見通され、こちらが翻弄されるのでしょう。
もうヤダ。幼女ヤダ。
娘が付き従うに相応しいが見極めるとか考えるんじゃなかった。




