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幼女、殺される

「おはようドンちゃん!今日は爽やかな朝だねっ!」

「……おはよう」


 一晩経ったらミラの機嫌がかなり良くなっていた。

 私が起きるまでの間に結婚する可能性がほぼ無いという事を聞いたのだろう。

 現金なヤツである。


「素敵な所だねアルカディアって!朝から食事も美味しいし」

「普通の朝食に見えるけど」

「見た目じゃなくて味の問題なんだよ」


 なるほど。確かにキャロットが作った料理なんだから普通王国であるトゥース王国より遥かに美味しいのは当然とも言える。

 というか他所で食う料理は例外なく美味しく感じるんじゃないのか?


 私にとっては割と普通になってきたキャロット製の朝食を頂いてやるとしよう。

 最近のペドちゃんは朝食も取るようになったのだ。たまに。


 パン二つに目玉焼きにウィンナー、あとサラダ。うむ、実に普通だ。

 こんな何の変哲もない料理でどうして差がついてしまうのか……食材の差か。


「そういや茂みハゲテラスの姿が見えないわね」

「神に対して何と言う渾名。あの方でしたらニボシ様の姿を見るなり星堕としが居る場所にいられますか、私は国を出ますと何か死にそうなこと言って出て行きましたよ」

「召喚主を置いて逃げやがったのか」

「一応彼女を呼ぶ為のアイテムは預かってますよ。この二つの鈴を鳴らせば来てくれるそうです」


 と言って渡されたのは直系5cmほどの丸い二つの鈴。

 これ振動とかで勝手に音が鳴るんじゃないかと思ったが、アマテラスを呼ぼうと思わない限り音は出ないらしい。神と言うのは謎アイテムを持ってるもんだな。


 まあいいや、呼べば来るならそれまで散歩でもしてればいい。


「私にもパン取って」

「あ、それなら私が取るよ。お世話になってばかりだしねっ」


 ブッ、スゥゥ……


 突然の屁。


 立ち上がる時に腹に力が入ったせいだろう。

 放屁する気はなかったが、ふとした拍子にボンバッヘ。あると思います。


 ぶちかました本人は立ち上がろうとした体勢のまま固まってしまっている。

 自分でもどうしていいか分からないのだろう、真っ赤な顔で硬直していた。


 ふむ、いつもなら全力で弄る場面なのだが、今のミラはお友達なお客様。

 フィーリア一家の面々は黙して語らず我関せずな空気。

 ここは私がフォローしてやるしかない。


「嫌な風が吹いてやがる……」

「素直に馬鹿にしたらいいじゃないっ!」

「くさっ」

「ひどいっ!?」


 素直に馬鹿にしたのに酷いとは如何に。


「気にする事はないわ。コウの門番が気体に対してホイホイ通行許可出しちゃう人間は大勢居るでしょうし」

「女性に対しては仕事して欲しいよ……」

「わたし、ミラさんに親近感持ちました」

「屁こき仲間か」


 マオとミラは性格面も何か似てるし気が合うかもしれない。

 年も近いし。


 屁によって訪れた気まずい空間が無かった事にされてきた所で談笑を再開。

 しようと思った所で邪魔が入った。


「仲良く会話してる所すまぬが、ミラ殿の国が少々大変な事になっておるのじゃ」

「え、どういう事でしょう?」

「さっさと詳細話しなさいな」

「うむ、今トゥース王国に向かって魔物の群れが侵攻中じゃ。食料でも求めて向かっておるのかもしれんのぅ」

「何処からよ」

「ワシの大森林の隣にある山々からじゃな」


 ならルリの管轄外の魔物って事か。

 トゥース王国の防衛はルリと幻獣頼りだろうし確かにミラが不在だと不味いか。


「ミラさんが居なけりゃ幻獣も守ってくれないでしょうしね」

「もう帰らなければならないとは残念ですね」

「……お昼食べてからじゃダメ?」

「自分の国より昼飯とは恐れ入った」

「いやー、あと数時間くらいは大丈夫かなって」


 数時間後にあの時、昼飯さえ食べていなければ!……って展開は流石にアホすぎるので帰った方が無難だろ。

 別に事が済んだらまた来ればいい訳だし。


「じゃあ仕方ないかぁ……もうちょっと休みたかったなぁ。あと10日くらい」

「長いわね。のんびり過ごすにはもってこいな国ではあるけど」

「夜の部が本番でしたが、残念でしたね」

「何それ気になる!?」


 夜の部と言うか、ただのキャロットの居酒屋の事だろ。

 まあ確かにあの店なら自分の好きなもんを好きなだけ頼めるから客側からしたら楽しいか。

 ただし金は必要。と言っても激安だから大した額じゃないが。


「女王陛下にも無縁の話ではなさそうです。ワンス王国にも魔物の大軍が向かっている様ですよ」

「誰の情報よ」

「精霊ですけど。ルリ様に話を聞いて念の為に精霊に尋ねたところ、大陸南部の魔物が大量に北上している様です」


 大陸南部となると広範囲だ。

 どんだけ山の中に魔物が潜んでたんだと言いたい。

 そこは置いといて、ワンス王国に向かってるって事は五丁目も下手したら危ういって事か。


「うーん、ドンちゃんの故郷も危ないなら我儘言って困らせちゃダメだね。分かった、今回は帰るよ」

「そ、まあ事が終わったらまた来ればいいわ」

「そうする!」


 ミラのお帰りは勿論転移だ。

 ルリの分体も当然一緒。魔物風情なら大群だろうとルリと幻獣達で対処出来るだろう。


「アルカディアは当然平和よね」

「魔物如きがニボシさんの結界を破壊するなど出来る訳ないですから」

「ならば、五丁目に行くか」


 と言っても五丁目にもヨーコ達が居るし、最近では黒竜を狩る化け物幼女も居るらしいから行かなくてもいい気もする。

 だが、アリスに良い格好を見せる絶好のチャンスと考えると漲ってきた。


「魔物が五丁目にやってきたら殲滅しましょう」

「何故にそんなギリギリで?」

「あわや五丁目が魔物に蹂躙される……そんな絶望の中、希望の光と化したペドちゃんが颯爽と町を救う。これでアリスはより一層お姉ちゃんスキーになるに違いない」

「お姉様の欲望の為に絶望する町の住人が哀れですね」


 うっさい。文句言うならまず自分達で魔物をどうにかしろって話だ。

 いや、ヨーコ達が実際にどうにかしてしまうかもしれない……


「魔物……頑張って私の見せ場を作れよ。ヨーコ達なんかに負けるなよ」

「うわー、クズー」

「とにかく、五丁目の監視はしときなさい。時が来たら出陣よ」



★★★★★★★★★★



「大変だノエルちゃんっ!!」

「大変です職員の皆さん!五丁目の筆頭クズ達が生きて帰って来ました!!」

「辛辣ぅ!」

「って、アホやってる場合じゃねえんだ!」


 あら、いつも馬鹿面してるのに今日は真面目な……真剣な表情なのに馬鹿面に見えるとはある意味特技と言えるでしょう。

 そしてクズ達に抱えられてる血塗れの冒険者。

 大変と言うのは彼の命が危ういという事ですか。


「クズに与えるポーションはありません」

「ひでぇ……というかコイツは隣町の冒険者だぞ」

「おっと、そう言う事ならこのポーションをどうぞ」

「扱いの差っ」


 そりゃそうでしょう。

 他の町の冒険者を治療しますと3割マシで相手ギルドに請求出来るのです。

 稼げる時に稼がないと。


 ポーションが効いたのか、血塗れの冒険者の方は呻き声を上げて起きました。


「しっかりしろ!何があった!」

「く、ま、魔物、大群が……」

「おいっ!」


 一言呟くと冒険者は再び意識を失いました。

 魔物、大群……五丁目に向かってきてるのでしょうか。


 狙いは、魔物が襲うとなると恐らく食料。

 この食料が危ういご時勢、魔物も空腹で困ってるのでしょう。


「魔物の大群、だと?」

「もうちょっと情報欲しいから殴って起こそうぜ。どうせ傷は治ってんだろ?」

「それもそうだな」


 顔面を遠慮なしに殴りだすクズ達。

 職員として咎める場面なんだろうけど、こちらとしても情報が欲しいので黙認します。


「ぶべっ!?……いてぇなクソヤロー!」

「お、起きたな。早速詳しい話を聞かせくれ」

「せめて謝れよ!?」

「時間が惜しいんだ」


 雑魚のくせに偉そうなのはどうなのでしょう。

 しかし、クズ達の意見も尤もだったようで、他所の冒険者の方は何があったか話し始めました。


 話によれば、彼が所属しているパーティーで食材調達の依頼を受けて山を登っていたところ、魔物の大群に襲われたそうです。

 驚いた事に彼の所属しているパーティーは全員がランク5段以上の実力者の集まり。

 そんな彼らが容易く蹂躙されて彼だけが町へ知らせる為に命からがら逃げてきたそうです。


「分かりました。各ギルドには通達しておきます」

「助かる」

「しかし、大群とはいえ貴方達のパーティーは実力者揃い。そんな簡単に負けるとは思えないのですが」

「ああ、それがな……マズイ事に魔物の群れのボスが神獣だったんだ」

「神獣だと!?」

「馬鹿なっ!」

「とりあえず驚いとくぞ!?」

「事の重大さが分からんがな!」


 外野は黙ってろ。

 神獣が魔物を率いて向かってきた……歴史上でもそうそう無い事が起きてしまったようです。


「案ずるな。五丁目にはペドちゃん達という希望が居る」

「アルカディアが建国されて居ませんけど」

「うむ。だがヨーコさん達も居る」

「ヨーコ様達は食材調達の為に他国に行ってます」

「……そうだ。俺等は王都で聞いた。五丁目に最終兵器幼女が新たに加入したと!」

「何やら大事な会議があるそうでしばらく活動休止して他所に行ってるみたいです」

「もうだめだぁ」

「五丁目終わったわ」


 諦め早いなあ。

 まだ手はあると言えばあります。


 神獣相手では町の結界なんて役に立たないでしょう。もはや住民に避難を促しても間に合う保障はありません。

 逃げるまでの足止めも、このクズ達では無理でしょう。

 だったら、神獣をあっさり倒してくれる方達を呼ぶしかありません。


「セティ様なら、恐らくペド様に連絡を取れると思います」

「おお!」

「つまりセティさんにペドちゃんを呼んで貰えばいいんだな!」

「……ペドちゃんの家って地味に遠いんだよなぁ」

「そこで、今回は特別に転移が一度だけ出来る魔道具をお貸しします」


 ギルドで緊急用に保管されていた転移の魔法が封じられてるらしい水晶をクズ達に渡しました。


 それでセティ様の所に行ってペド様に連絡をして貰いたい。


「任せろ!俺が一番足が速いからちょっくら行って連れてくるぜ!」

「ちょ、違いますっ!」


 忌々しいクズの一人は人の話を聞かずに飛び出していきました。

 思えば私が直接行った方が良かったのでは、と思いました。私も案外焦っていたって事でしょう。


「行ってしまったものは仕方ありません。あのクズが戻ってくるまでに魔物に侵入されない様にするしかありません」

「ふ、神獣と言えども結界は通れないからへーきへーき」

「そんなん言ったら破られそうじゃね?」

「確かに……なら、くっ!こんな町の結界程度じゃ神獣の侵入を防ぐ事なんか出来ない……!」

「それはそれで現実になりそうだな」


 使えそうにありません。

 コイツ等は居ないものとして扱うとして、どうすればいいでしょう。


「物見から連絡だ!すぐそこまで魔物達が来てるらしいぞ!!」

「マジかよ!」

「間に合わねえじゃねえか!」


 セティ様がやってくるまで果たして何時間かかるか。

 もはや、これまでかもしれません。


「お前等!朗報だ!援軍が現れたみたいだぞ!」

「やったぜ!使える奴等なんだろうな!?」


 物見と連絡を取り合っていた冒険者が駆け込んでそう言い放ちました。

 援軍?……どこから。


「もっきゅんだ!もっきゅん達が何か知らんが五丁目を守る様に陣取っている!」

「おお、もっきゅんなら神獣が相手でもしばらくは耐えそうだぜ!」

「ペドちゃん達がやってくるまで耐えろよ!」


 相手が魔物とは言え好き放題言い過ぎでしょう。

 守ってもらってる立場が偉そうとかもっきゅんも浮かばれませんね。


 何でもっきゅんが五丁目を守ろうとしてるのかは知りませんが、これならもしかしたら五丁目の危機が何とかなるかもしれません。

 どうか、セティ様早く――






「で、いきなり拉致されたけど何?」

「五丁目がピンチなんです!どうかペド様と連絡を取って頂けませんか!」


 セティ様がやってきたのは結局3時間が経過した後でした。

 今必死に防衛しているもっきゅん達が居なければ間に合いませんでしたね。


 とはいえ、流石に物理耐性が凄いもっきゅんといえど大群の前には辛い様で次々に倒されていくもっきゅんが増えています。


「ペドちゃんと連絡?」

「で、出来ませんか?」

「出来るけど……家に帰らないと無理よ?連絡用のアイテム無いもの」


 ……終わった。


「あぃー?」

「ふふ、アリス様は可愛いですねー」

「ノエルちゃんが現実逃避を始めたぞ!」


 現実逃避したい所でしたが、町の入り口の方から轟音が聞こえてきたので現実に戻らざるを得ませんでした。


「神獣だ!もっきゅん達を吹っ飛ばした勢いで突っ込んできやがった!」

「あと数分もすれば来るぞ!」

「えー、危険地帯に拉致されるとか酷すぎじゃない?ねーアリスちゃん」

「あぃ」


 た、確かに。

 むざむざと一般の方を危険溢れる場所に連れてきたのは非情に申し訳ないです。

 しかし、後数分もあればセティ様達だけでも逃がせるかもしれません。


 セティ様に一緒にギルドの外へ出て北の方角に逃げる様に伝えます。

 数百メートル先に宿屋があるのですが、そこの宿屋は地下室があるのでそこまで逃げる事が出来れば。


 と、外へ出てすぐ。


 ドスン、そんな感じの音が目の前から聞こえてきました。

 うっそぉ……数分どころか数秒で現れたんですけど。


「あら大きい」

「あー」


 確かに、大きいです。

 大きさとしてはドラゴンと同じくらいの巨体でしょうか?

 種類としては間違いなく虎の部類。白く輝く毛皮のなんとふわふわそうな事でしょう。


 虎型の神獣と言えば……白虎。


「ぐるがあああああぁぁぁぁぁっ!!」

「ぎゃああああああっ!?……ぎゃ?」


 突然の咆哮にはしたない声を上げてしまいました。

 咄嗟に防御の体勢を取りましたが襲い掛かってくる気配がありませんでした。

 何でだろうと目を開けると――


 倒れ伏した神獣の頭に座って足をぶらぶらさせて不敵に笑う一人の幼女。


 咆哮かと思われた叫びは断末魔だったのです。


「うおおおおおっ!ペドちゃんだ!!」

「ヒューッ!神獣だろうと一撃とは流石はペドちゃんだぜ!!」

「五丁目防衛戦、完!」


 お前等何もしてないだろ。


 とにかく、私もセティ様も無事で良かったぁ。

 しかし、私は見てませんでしたが神獣を一撃で倒すとは。ペド様の方がよっぽど最終兵器幼女じゃないですか。


 ペド様は神獣の頭から降りてセティ様の元へ歩かれます。


「ふふん、見たわねアリス?このお姉ちゃんの活躍を!」

「ぅー?」

「ふ、成長したら分かるわ。この私の偉業が。しかしこんな獣を見ても泣かないなんて流石は私の妹、ほーれ撫でてあげるわー」

「あー、うぅー!」

「嫌がってるじゃない。やめたげなさいよ」

「がーん」


 無敵の幼女様は妹に嫌がられた事に大変傷付いたようです。

 赤ん坊ですからね、機嫌悪い日だってあるでしょう。


「ふ、ふふ、アリスに嫌われるとは……もはや私には破壊の権化しか道がない」

「もっと進路の幅増やそ?」


 ふらふらと物騒な事を呟きながら徘徊しだしたペド様。

 このまま帰ってくれないかなぁ。


 ガキンッ――


 再び突如として響く音。

 今度は金属同士がぶつかりあった時の音に似てます。


 その原因は、ペド様に向かって放たれた槍による一撃をペド様がいつものステッキで弾いた時の音の様です。

 ペド様を狙った賊は頭に太陽をモチーフにしたような飾りを着けて、サヨ様が着ている服に似た格好をしている女性でした。


「周りに被害が出ないようにかなり加減したとはいえ神の一撃を楽に防ぎますか」

「あの程度の攻撃が私に効くか戯け」

「そう、みたいですね」


 え?

 何がどうなってるでしょう。

 どうしてペド様は謎の女性に襲われて……あ、何かペド様って至る所で恨み買ってるイメージがあるので納得です。


「では、次からは加減なしで参ります」

「その前に聞きたい。何で私を殺そうとする?」

「……なに、あなた如きが格上の存在を語る。それが許せないだけです」

「格が上とか下とか、まあいいわ。来るなら来なさい。お前でイライラを解消させてもらうから」


 良く分からない展開ですがお二人の戦いが始まってしまいました。

 一撃が繰り出される度に町の何処かしらが破壊されていきます。

 もう外でやって……何で魔物の次は人間同士なんですか。


「ぜ、全然見えねえな」

「だが何となくペドちゃん有利に見える」

「相手も美人だからなぁ……奴隷にして俺にくれないかなぁ」

「ペドちゃん頑張れ!勝ったらその美人を俺等にくれ!」


 クズ共が五月蝿すぎる。


 謎の美人は舞う様に槍を捌いているのに対し、ペド様は適当にステッキを振り回しているようなチャンバラスタイル。

 これで互角に見えるんだから不思議です。


「神罰です」

「む」


 槍でペド様のステッキを上に弾いた時、あの美人はあろうことかペド様に向けて槍を投げました。

 外せば自分の武器を失うというのに何故。


 案の定身体を捻って楽々とかわすペド様。

 しかし、避けた体勢のペド様の背中に向かって槍が方向転換して戻ってきました。

 

「危ない!」

「後ろだっ!!」


 ペド様もちらっと振り向いたので分かっている筈です。

 しかし、美人さんから放たれた謎の鎖がペド様の足に巻き付いて動きを止めています。

 原理は不明ですが、あの鎖に捕らわれると動けなくなる様です。


 もうだめだ、ペド様が殺される。


「誰が一人で来たと言った」

「……っ、ふ、ぐぅ」


 結果的に言えば、ペド様に槍が刺さる事はありませんでした。

 あの槍が刺さった相手は――


 サヨ様でした。


「ご、無事です、か?」

「ええ、貴女も生きてるようで何より」


 ペド様の無事を確認すると、サヨ様は満足気に倒れました。

 身を挺して主を守る……本当にそんな事が出来る方が果たしてどれほどいらっしゃるか。


「死ね」

「っ、死ぬのは貴女です!!」


 これからが本番なのでしょう。

 戦いの素人の私でも鳥肌が立つような気配。

 怒ったペド様ほど怖いものはない、というのは五丁目のクズ共の弁。なるほど、確かに恐ろしいです。


 先程とは変わって攻めるのはペド様。

 何の訓練もしてないでしょうが、ペド様が振るうステッキは恐らく相手の急所ばかりを狙っている。

 殺す事に特化しすぎじゃないでしょうか。


 だが、ペド様の健闘むなしく段々と対処されていっています。

 恐らく、どこかで隙を狙って仕掛けてきそう。


「ふっ!」

「っ!?」


 何と、ペド様のステッキを右腕で弾き防ぎました。

 そして隙が生まれたペド様に向かって左手のみで操った槍が放たれる。

 今度こそペド様が殺される。


「おおおああああぁぁっ!」

「またっ!?」

「死ね」


 美人から放たれた攻撃は突如現れたユキ様が言葉通り身体を張って止めました。

 代償として右腕とあわや胴体切断となるぐらい深々と斬られましたが。


 そして、そんなユキ様が作った隙をペド様が見逃す筈が無く、逆に美人の胸に深々とステッキを突き刺します。


「……け、ふ」

「私の仲間の事くらい、頭に入れておけ」


 勝った……どうにかペド様が勝利された様です。

 と言ってもユキ様とサヨ様はすぐに手当てが必要ですが。


 あの女性の止めはペド様に任せて、私達はユキ様達を救出しましょう。


「お、おい」

「うっそだろ……」


 クズ達の呆然とした声に思わず反応して再びペド様達の姿を見てしまう。

 そして見てしまいました。


 ペド様の胸に突き刺さるあの槍の姿を。


 なぜ、ペド様は勝ったのでは?

 ちゃんと、件の女性は地面に倒れてます。だったらどうして……


「……あーらら、なるほど、どーもね」


 何が分かったのか、寂しげな様子で呟くペド様。


「いかに私でも、何考えてるか分からないヤツ、何も考えてないヤツ、本心が分からないヤツの行動は分からない、わ」

「ぐ……はぁ、ふー……」

「あーあ、察しが良いってのも残酷よねぇ」


 いつの間にかあの女性は立ち上がっていました。

 胸を貫かれて何で無事なのか。


 それはペド様にも言えますが、彼女の場合はやせ我慢でしょう。


 荒く息を吐く女性は、ペド様に止めを刺そうとペド様から抜かれた槍を拾い構えます。


「邪魔するな」

「っ……わかりました」


 素直に言う事を聞く女性。

 誰もがこの展開に困惑している事でしょう。私だってもう何が何やらです。


 一つ分かるとしたら、ペド様が死ぬ、という事。


 やはりやせ我慢だったのか、フラフラとした足元で歩いていくペド様。

 向かった先は、倒れているお仲間の二人の場所。


「お、ねえさま?」

「治すなら、まとめてがいいでしょ」

「そ、ですね……」

「……ごめん。私に、奇跡は起こせない」

「はい」

「私には、奇跡が……起こせないっ」

「はい」


 心底悔しそうですが、ペド様は決して泣かれない。

 二人の前で、無様な姿は晒さない。


「約束、してた……っけ。終わりは、私が与えると」

「そう……」

「守るわ。他人の手で、貴女達の命は奪わせない」


 ペド様は何のためらいもなくお二人の心臓にステッキを刺す。

 その光景に誰しも言葉を発せないでいました。


 死んだ。亡くなられた……ユキ様とサヨ様が。


 ペド様は二人の亡骸の上に倒れこみ空を見上げます。


「私、には……この娘達だけ」

「そう」

「嫌でも、理解させられた。なんせ、奇跡、起こせない……から」

「分かった。もう、眠りなさい」


 ペド様を死に向かわせる最後の一撃が放たれました。


「この世に、ペド・フィーリアは私だけでいい」


 深々と突き刺さるステッキ。


 ペド様はペド様によって殺されました。


「召喚主」

「私を殺していいのは私だけよ」

「……覚えておきましょう」

「みみみ、跡形もなく浄化しておいて……3人一緒によ」

「かしこまりました」


 ペド様を殺したペド様はあの美人さんとお知り合いみたいです。

 もう何が何やら……つまり、殺されたペド様は偽者って事ですよね?


「赤い桜に天使の侵攻、私の偽者まで出てきたか。今年も忙しくなりそうね。一つずつ片付けるとしましょう、まずは赤い桜ね」

「偽者については予想出来ています。コリャマイッタワーを攻略しましょうお姉様」

「断る」

「くっ」


 何時の間に集合したのか、フィーリア一家の方々がこちらに歩いてこられます。

 いえ、正確には違いますか?


「良く分かんないけどお疲れ様ペドちゃん」

「ええ。アリス見てた?……偽者だけど本物っていうモヤモヤする存在をあっさりぶち殺した私の勇姿」

「でひーっ!」

「ぐひひひひっ」

「笑顔の差っ!?……何でペドちゃんはそんな気色悪い笑みなのよ」


 今度のアリス様は嬉しそうにペド様に向かって手を伸ばされてます。

 もしかして、アリス様はあのペド様が偽者だって分かったのでしょうか?


 何にせよ、五丁目は明日を迎えられそうです。

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