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幼女、異世界人を捨てる

「ここが待ち合わせ場所か。あっちが遅れて来るとはどこまで私を馬鹿にするつもりなのか」

「向こうは転移が出来ませんから」


 フィフス王国付近の比較的安全と言われる草原で取引は行われる。

 約束の時刻ほぼ丁度に私達はやってきてやったのだが、肝心の奴等の姿はまだ見えなかった。


「ところでお母さん。そろそろ私も敵との駆け引きなど覚えて戦闘の幅を広げようと思っているのですが、今回の敵を小馬鹿にする案とやらをご教授願えませんか?」

「駆け引きとか……今回そんな高度なもんじゃないでしょ」

「みみみさんはお母さんは相手の心理を上手く利用するとか仰ってましたし、その辺が知りたいのです」


 心理ねぇ……本当にそんな感心する程のもんじゃないんだけど。

 まあそこまで勉強したいのなら馬鹿共が到着するまでの間に少し教えてやろう。


 とりあえずギルドに依頼した依頼書を取り出してみる。


「まず、他人を騙す際に重要なのは疑いの目を逸らすこと。初歩の初歩よ」

「ふむふむ」

「で、ユキはこの依頼書を見てまず何を疑う?……と言っても私達はすでに答えを知ってる訳だけど」

「そうですね……知らなければお母さんがナキサワメを渡すつもりが無いと思うかもしれません」

「かもね。要するにナキサワメが本物か、という疑いをナキサワメを渡すつもりが有るのか、という疑問に誘導してる訳」


 その為にまずはナキサワメの譲渡、ではなく交渉とした。

 更にお互い偽者を連れてくる事は許さぬと条件に提示する。


「この依頼書はあからさまに交渉に重点を置いてるわ。あからさますぎて逆に怪しいと考えるのが普通、または有能な者。敵が普通以上ならこの依頼を受けては来なかったでしょう」

「つまり、依頼を受注してノコノコ出てきたという事は無能、と」

「絶対とは言わないけど」

「……なるほど、確かにこうして読んでみますと交渉条件の中のどこに罠が仕掛けられているか気になってナキサワメが本物かどうかの疑いが頭から抜けるかもしれません」

「そういう敵からの書類を見る時は一行ずつ読みなさい。その一行の中にどういう疑惑があるか見抜ける様になれば初心者脱出よ」


 と言っても怪しい点を探すとなれば腐るほど出てくるのが書類って奴だ。

 たった一枚の紙だが怪しい点を全て探すとなれば一日は要する。だから異世界人が呪いで死ぬ期限の4,5日前に仕掛けるという猶予を与えたのだが……まさか次の日に受注するとは思わなかった。

 何も考えてないことこの上なし。実に馬鹿である。


「ふむぅ……嫌がらせの達人への道は遠そうです」

「別に貴女は今まで通り脳筋でいいでしょうに。と、やっとこさ来たようよ」


 だだっ広い草原の向こうに数人の人影が見えた。

 念の為か護衛も連れてきたようで総勢で20人程は見える。


 対してこちらは3人。私とユキと……肝心のナキサワメ。

 ユキとの話で分かる通り当然ナキサワメの偽者である。


「偽者を差し出さぬと依頼者が言いつつ偽者を出すとは……流石はお母さんです」

「少なくともナキサワメではあるわ」


 騙されたくなければ相手が気付けばいいのだ。

 気付く為に必要なヒントは複数ある。


「お母さんは相手にチャンスを与えるのが好きですよね」

「そんな簡単な事に気付かず騙されたのか!……って悔しがる顔がいいのよ」

「私も姉さんが悔しがる顔は好きです」


 知らんがな。


 さて、もはや声量次第では声が届く位置まで近付いてきた。

 おしゃべりはここまでだな。


 こちらが3人という少なすぎる人数に驚いたのか、それとも伏兵を気にしているのか視線を彷徨わせながら偉そうなのが近付いてきた。


「お初にお目にかかる。ハン国王ミコスリ・ハンである」

「王弟のセロ・ハンと申す」

「俺はフミオ・スズキだ」


 割と偉そうに言ってきた。本当に偉そうとか何様だコイツら。

 まあこの際偉そう云々は許してやる。


 そんな事よりだ。

 まさか王と王の弟が来るとは思わなかった。自分達からフミオの共犯者と名乗りでるとは天晴れな無能である。別に私はお前等が共犯者だと知ってるなんて断言してないんだけど。

 私がそっちの立場だったら白を切る。当然交渉の場には代理を立てる。


 その程度もしないとかクソ雑魚もいいとこじゃねぇか。


「初めまして。アルカディア女王のペド・フィーリアよ。こっちは従者のユキ……で、こっちがナキサワメよ」

「おお……この者がナキサワメ」

「容姿は気にしてなかったが、美しい娘だな」


 ナキサワメの偽者は美人にしておいた。

 そっちのが欲を煽れそうだったし。現に必ず手に入れると息巻いている。

 ちょっと私の手の平の上で踊りすぎじゃない?


「ほう、その男が件の……縛りもせず連れてくるとはお仲間と見ていいのね」

「むぐ、いや、うむ……」

「ごほん。彼と私達の関係がどうあれ、こうして身柄を渡しにきたのだ。ちゃんとナキサワメと交渉させてくれるのだろうね?」

「ええ、そういう契約だもの」


 お互いの同意が得られた所で向こうが用意したガバガバの契約書の呪いを発動させる。

 これでどちらかが契約を破れば謎の呪いが降りかかるって訳か。


「……契約は無事、成立した。もはや後戻りは出来ぬな」

「元々俺には時間が残されてなかったんだ。これでいい……せめて最後に貴方達の悲願とやらを成し遂げた姿を見せてくれよ」

「……カドマツ殿!」

「カドマツじゃねーよ!?」


 何か茶番が始まった。

 カドマツが何か良い事言った感があるが、ぶっちゃけあの二人はすでにカドマツの事なんざどうでもいいと内心思ってるに違いない。


「では、ソイツの身柄を預かりましょう」

「分かった」

「ユキ、縛っておきなさい」

「はい」


 相手は異世界人だ。何の変哲も無いロープでは千切られる可能性もある。

 という事で頑丈な事に定評のある奇跡ぱわー製の鞭を伸ばしてしばっといた。


「次は貴方達の番よ。今から一時間、ナキサワメとの交渉を許すわ」

「スン……グス……」

「泣いてるご婦人相手に交渉とは些か難しいのう」


 仲間を差し出しておいてやけに楽しそうである。

 やっぱもうナキサワメの事しか頭にないんだな……


「とりあえず泣くのをやめて貰わねば交渉どころではないな」

「無理でしょ」

「……何だと?」

「ソイツはもう泣くことしか出来ない存在なの」

「どういう事、だね?」

「ナキサワメという者は……とっくの昔に死んでたって事よ。ずっと飲まず食わずで引き篭もって生きてる訳ないでしょうが……ソイツは未練を残して死んだナキサワメの残骸、アンデッドよ。今では知能も無くシクシク泣く事しか出来ない哀れな娘、それが今のナキサワメ」

「馬鹿な……!?」


 という馬鹿な設定である。

 いやぁ、バッチリ効果あるわー。本物がずっと引き篭もってくれてたお陰で信憑性が出ている。


「さあ、話の通じない相手に存分に交渉するといいわ」

「き、貴様……おのれ、最初からナキサワメを渡すつもりが無かったという事か!」

「……なるほど、これで相手は完全にナキサワメを渡す気が無いと判断するという訳ですか。ダメ押しまでするとは流石はお母さん、見事な心理操作です」


 感心するのはいいが、敵に聞こえない様にしとけよ。

 まあユキがそんなドジを踏むとは思わないけど。


 私の挑発に顔を真っ赤にしていたミコスリだが、ちらりと目配せをすると急に余裕を取り戻した。

 目配せした相手は異世界人。

 大方例の好感度操作の能力で偽者のナキサワメの好感度を上げるのだろう。


 分かり安すぎて笑うわ。


「ナキサワメよ、余達と共に来るのだ」

「スン?」

「さあ、この手を取るがいい」


 お、マジで反応した。

 今のナキサワメはミコスリに対して好意を抱いてる状態な様子。


 暴力で捕獲して調教した私達には恐怖しか抱いてないだろうし、間違いなくあっちに行くだろう。

 それで予定通りなんだけど。


「ナキサワメ」

「ヒグっ……!」

「交渉の最中に余計な口出しはしないで頂きたいのだが?」

「そうね、悪かったわ」


 これだけ。

 たったこれだけで相手には私がナキサワメを思い止まらせようと映ったに違いない。

 手渡したくない、と思われてる私からナキサワメを奪い取れて満足だろうよ。


 滅びる前にせいぜい私を出し抜いたと勘違いして勝ち誇るがいいわ。


「ち、やはり恐怖で支配するには暴力が足りなかったみたいだわ」

「仕方ありませんね」

「理想郷の女王が聞いて呆れる話だ」

「今から死に行く分際でやたらと偉そうね」


 フン、と鼻を鳴らして偉そうにそっぽを向く哀れな馬鹿。

 ナキサワメ入手が上手い事いって自分もきっと助かると希望を持ってんだろう。


 馬鹿が、貴様には死しか待ってないわ。


「こうしてナキサワメは余達と共に来る意思を見せた。連れて帰って構わぬな?」

「……そういう契約でしょうが」

「で、あったな。ふふふ、では早速だが余達は帰還させて頂く。何せ泣いている婦人を慰めねばならぬからな」


 もはや異世界人には何の興味も無いのか、最後の挨拶も無しに去って行った。

 哀れなり異世界人、所詮は人権も無い奴よの。


「くはは、残念だったな。ナキサワメを取られちまって」

「ほんと、残念にも程がある」

「そうですね、もうこの異世界人をさっさと殺して帰りますか?」


 さっさと殺してどうする。

 アリスというか実家を狙った不届き者をあっさり殺す筈がなかろう。


「は、どうせお前達は俺を殺せないさ」

「まあ、凄い自信。よっぽど好感度操作で生き残れると思ってるみたい」

「好感度?……何言ってんだか」

「別にとぼけなくていいわ。その能力でナキサワメの好感度上げたんでしょうに」


 余裕の態度してるが目が泳いでるぞ。

 ぬくぬく育った異世界人は腹芸も出来んのか。ここまで来ると異世界人に対して警戒なんて必要ないんじゃないかと思ってしまう。

 しかしまぁヨーコやダイゴロウというそれなりに侮れない者が居るのも事実。


 つまりコイツがただのキングオブザコって事か。


「もう無能共が居なくなったから教えてあげるけど……何もかも私の思惑通りでつまらないんだけど」

「思惑?」

「よくこんな怪しい依頼を受けたわね。自信満々にいけると考えた無能って誰よ。もはや呆れるレベルだわ」

「くは、よくもまぁ苦し紛れの遠吠えが出来るもんだ。負け犬の遠吠えって奴か」

「うわぁ……」


 何か気色悪いなコイツ。

 向こうの世界で苛められてた原因ってこの気色悪さじゃねぇの?

 やべーよやべーよ。


「まあいいや、ナキサワメの偽者なんぞと同じ価値しかない馬鹿よ、さっさと処刑に移りましょう」

「偽者……まだ言うか。よっぽどナキサワメを取られて悔しいんだな」

「いや偽者だけど」

「偽者では契約は成立しない。そもそもその条件を出したのはソッチだ」

「はっ、あはははは!」


 いいだろう。全部教えてやろうじゃないか。

 ただこの馬鹿さ加減では言った所で理解出来るか疑問だ。


「馬鹿め、あれはナキサワメという名の豚だ。詳しく言えばオークね」

「なに?」

「知ってるか、この世界には姿を変える事が出来る精霊魔法ってのがあるの。あれは私が個人的に嫌っている喋らない豚を捕まえて適当な美人に姿を変えた偽者よ」

「よくまぁ口の回る」

「お前依頼を見てナキサワメが本物か少しでも疑ったか?……疑う訳ないよなぁ、そうならこの場に来てないだろうし。さっき契約云々言ってたな……答えを言ってやる」


 私の喋り方が急に変わったからか、ようやく相手も様子がおかしい事に気付いたようだ。

 遅すぎる。


「名も無い豚にナキサワメと名付ければ、それはナキサワメという偽者じゃなくなる。お前が使った手と同じだ。自分で使っといて気付かないとかクソ馬鹿すぎだろ」

「なっ……!?」

「何その何でバレたって顔。お前この世界の人間舐めすぎじゃない?過去にどれだけの異世界人がこの世界で殺されたか分かってんの?」


 私は知らんけど。

 知らないが、良い様に操られるか殺された奴の方が多いに決まっている。

 能力が高くて扱いやすいから呼ばれてんだ。


「数日は猶予を与えてやったのにこの体たらく。雑魚にも程がある。使い魔を持ってる奴にヒノモトに向かわせてナキサワメを連れ出した奴が居ないか調べるぐらいはやれよ」

「ぐ……」

「そもそも無能じゃなきゃ気付く事がまだある」

「……」

「知らないのか?……ナキサワメって名前は過去のヒノモトの連中が勝手に付けた名前だ。引き篭もってる奴の名前がナキサワメだという偶然、早々あるわけねぇだろバーカ」

「て、めええぇぇぇぇ!!」


 おうおう、やっと自分の馬鹿さ加減に気付いたか。

 だけどそれは逆切れって奴だ。

 気付かずに騙される方が悪い。こっちは散々チャンスやらヒントやらやったんだ。むしろ優しさに感謝しろ。


「ふはははははっ!顔を真っ赤にしたところで処刑に移るわよ」

「分かりました」

「クソが!俺はお前等なんぞに殺されたりしねーんだよっ!」


 お?


 何か知らんがこの異世界人に対しての好感度が上がっていくぞ。

 ほほう、これが例の能力か。好感度というか、忠誠心も心なしか上がってる感がある。

 まあ好意とか忠誠心とか目に見えないから実際は何がどうなってるのか分からん。


「おー、殺意が減っていく」

「くはは、何の力か知らんが俺を助けられる力はあるんだろ?……俺を助けろ、呪いを解け!」

「嫌よ」

「……は?」

「馬鹿か貴様は。何で好きになったり忠誠心が上がったぐらいで殺すのを止めなきゃならない。貴族社会を知らんのか、この世界は好きだろうが愛してようが、罪を犯した身内を処刑する事なんざそれなりに有るわ」


 アリスを呪った罪は重い。死罪だ死罪。

 どんだけ好きだろうが必ず殺す。というかこんなのがアリス以上に好きな訳ないし殺すのに何の躊躇も無いわ。


「と言いたいけどしょうがない。私はどうやらコイツを殺せないようだわ。あー残念残念」

「は……はは、何だよ驚かせやがって」

「だから別の奴に処刑して貰いましょう」


 今の私はそれはそれは嫌らしい笑みを浮かべてる事だろう。

 この異世界人も表情が強張ったし、内心かなり怯えている事だろう。

 やはり死が近付くとどこの世界の人間もこうなるのかね。


 ユキにとある資料を出してもらう。

 ここ数日の間にマリア達に調べて貰ったデータだ。


「スズキフミオ。アイチケンのカスガイという町の出身。家族構成は両親と妹2人の5人家族、この世界に召喚されるまでは地元の高校に通う2年生だった、と。高校ってのはこっちでいう高等部か」

「な、何でそんな情報」

「学生生活は順調……とはいかなかった。ある日を境に私物が次々と無くなっていったのだ。一気に無くなる訳でもなく、日に日に少しずつ無くなる事から本人は同じクラスの誰かの仕業だと推測した。が、誰を問いただしても犯人は出てこなかった。それどころかクラスメイトを怪しみ、疑っているスズキフミオに対して、周囲の人間は嫌悪感を抱きだした。それが原因で苛めが始まる……ふむ、まあ当然の結果よね」


 これが原因で人間不信になったのかね。

 好感度操作なんぞ、人間不信の者からしたら欲しい能力だ。自分を好きな者しか信じられない奴にとっては得るべくして得た力って事か。


「そんなスズキフミオだが、数ヶ月前に忽然と姿を消した。しかしスズキフミオが居なくなり悲しむ存在は居なかった。逆に居なくなってホッとしたと談笑するクラスメイト……家族の方はフミオの心配というか外聞が気になってる様子。ぶっは、人望ねー」

「黙れよ!」

「しかしキチガイのスズキフミオが居なくなってホッとしたのも束の間、数日前に急にスズキフミオが帰ってきたのだ」

「……は?」


 食いついたな。

 これから貴様に対する処刑が始まるのだ。


「何があったのか暴力的に豹変したスズキフミオはまず学校に乗り込みクラスメイト達を鈍器で襲い数名を殺害する。そしてそのまま捕まる前に逃走、次は道を歩く通行人を襲いだした」

「なにデタラメ言ってやがる!」

「人間なんぞ死んでしまえと言わんばかりに襲撃を繰り返すスズキフミオだが、手を出すにはあまりにリスクの高い者達に手を出してしまう。まあチンピラの集団に手を出したって訳か」

「どこの世界にも居るのですね」

「みたいね。続きよ、チンピラ集団に手を出したのが運の尽き、結構な数のチンピラに追われスズキフミオは逃げ切ったが、舐められたままでは怒りが収まらないチンピラ共は狙いを家族に変えた」

「な!?」

「良い反応だわ。その焦った顔、実にわくわくする……そうよね、お前にも妹は居るものね。妹に手を出されたらどう思うか、私はよく分かるわ。まあ私はお前と違って妹に嫌われてないけど」


 あの偉そうで勝ち誇った態度からようやっとここまで変わった。

 雑魚は雑魚らしくそうやって顔を青くしてりゃいいんだ。


「人の妹に手を出したんだから、自分の妹だって手を出されてもしょーがねーわよね。まあ私は何もしてないけどー?」

「何なんだよお前……家族は関係ないだろ、やめろよ」

「残念、もう事後だ。黙って聞け。とりあえず結論だけ言えば母親は死んだわ、父親は入院中……こっちもその内死ぬかもね。で、肝心の妹だけど、上の妹は精神が弱かったみたいで散々乱暴された後に自殺したみたい」

「嘘だ!!」

「本当。安心なさい、下の妹は生きてるわよ……同じく乱暴されて、右目は抉り取られたみたいだけど。平和な世界でも人間ってのはエグい事するのねー」


 ショックのせいか、だんまりになった。

 異世界人ってのは精神が弱いな。


 と思ったが、ハッとした様に顔を上げると再び生気が宿った。

 おっと、雑魚のくせに何かに気付いたか?


「俺はここに居る。貴様の言ってる事はただのデタラメだ、そうに決まってる」

「マジもんの馬鹿かよ。さっき言った事をもう忘れたか……姿を変える精霊魔法があるって言っただろうが、私の仲間がそれでお前に化けて暴れた事ぐらい察せよ無能」

「う、そだ……」

「というか別にいいじゃない。家族仲が良かった訳でもないし、むしろ嫌われてただろ。特に上の妹とやらはこのまま帰って来ないのを願ってたくらいよ」


 我がファミリーとは大違いだ。

 世界が変われば家族の価値観も大幅に変わるのかね。


「話は変わるけど、異世界人は元の世界に戻れない。こんなくだらない話を知ってる?」

「あ?」

「ありゃ嘘よ。少なくともこの世界では。ただまぁ無数にある平行世界から同じ世界を探すのは難しいかもね……けど幸運な事にお前の世界はすでに特定してあるわ」

「何が、言いたい?」

「お前を元の世界に帰してあげましょう」


 先程までの憎悪の表情と違って訳が分からんという変顔になった。

 察しの悪い奴よ。


「私に楯突いたお前はすでにこの世界に居場所はない。だから元の世界に帰す……ただし、あっちでもお前の居場所は無くなってるかもしれないけどねぇ。でも安心なさい、牢屋の中が新しい居場所になるかもしれないわよ?」

「ぎ、ぐぅおおああぁぁ」

「その鞭は特別製よ。お前程度の力じゃ千切れる事はないわ。さて、ここでぎゃーぎゃー騒がれても鬱陶しい、さっさと送ってやりましょう。マリア」

「あいよー」


 姿は見えぬが声は聞こえる。

 まぁマリアはメルフィの透明化の精霊魔法で消えてただけだ。

 事が終わるまで黙っているように徹底しといて良かった。コイツ五月蝿いから放っておくと喋ってバレそうだし。


 若干の浮遊感がしたと思えば私達は見知らぬ部屋に居た。

 もちろん騒いでる馬鹿の部屋だ。


「お、俺の部屋!?何しやがった!」

「うっさいわね。いいの?そんだけ騒いでたら家の奴に見つかるわよ?」

「誰か来ます」

「ほーらバレた」


 扉の向こうに人の気配がしたと同時に荒くドアが開き放たれる。ぶっ壊してやるって思いすら感じる衝撃だ。

 姿を現したのは元の顔が分からない程痣だらけで顔が腫れた女。

 眼帯している方が抉られたって目か。


「あは、兄さんだ。私ね、兄さんはちゃんと帰ってきてくれると信じてたよ?」

「こ、ことりか?」

「そう、あれあれ?ひょっとして分からなかったの?……酷いなぁ、こんな顔してるからって。そもそもこうなった原因って兄さんじゃない」

「違う!俺は何もやってない!」

「あはは、そっくりさんがやったとでも?面白いね、ふざけてるね、兄さんのおふざけのせいでウチがどうなったと思う?……もう皆いないよ?私以外はね」


 おーおー、良い感じに病んでるわ。

 すでに武器になる尖った金属持ってるしやる気満々だな!


「あれはアイスピックですね」

「ふむ、名前から察するに氷属性の武器か」

「いえ調理道具です」


 ふーん。包丁といい調理道具って人を殺すのに使える道具が多いのな。

 あれは拷問には良い感じの道具だ。あれなら何度か刺さないと死にはしまい。


「お、おい、やめろよ……俺は何もやってない、本当なんだ!」

「どうでもいい。もうどうでもいいの!お前のせいで私達は滅茶苦茶だ!お前のせいで皆死んだ!私だって……もう生きていく勇気も失った!!」

「ぐ、がああぁぁっ!」

「ちょっとー、上半身と顔は最後に狙ってよ。両腕両足、下半身を重点的に攻撃しなさい。それならすぐには死なないわ」

「あははははは!!死ね!だけどすぐには死なないでね。私達が受けた痛みを思い知ってから死ね!ぶざまに喚け!お前の罪の重さを知れ!!」


 やだ、セリフがカッコいい……

 私がアドバイスしたからか上半身は狙わずにすぐには死なない他の部位を狙ってぶっ刺している。

 もう二人の世界に入っているので私達は無様に泣きながら絶叫しているフミオを至近距離でニヤニヤ眺める事にしている。


「た、ずけ……おれ、じゃないんだ」

「私はね?先に皆が死んじゃったから生きてたの。だって、一人は生き残ってないとお前を殺せないでしょ?いいよね?殺していいよね?私も後から死ぬし」

「ふむ、流石に何度も刺しているとショックで死ぬかもしれません」

「そう」


 ここで死んでもらったら困るので止めるとするか。

 笑いながら凶行に及んでいる妹の後ろに回って背中をよじ登る。

 おんぶちゃん状態になった所で耳元で話しかけた。


「ダメよ、コイツはここで死んでもらったら困るから」

「あはぁ?」

「あらやだ、興奮して私まで襲わないでちょーだいね」


 まだ物足りないのか不承不承と言った感じで大人しくなった。

 そしてフミオの方を見れば両腕に両足、ついでに下半身は血塗れで無事な部分が無いんじゃないかってくらい刺されている。


「くは、ちょっと前と随分姿が変わったわね。あの余裕の態度だったお前はどこ行ったのか」

「はひ、ふぅぅ……はぎぃ」

「なるほど、死にそう。仕方ない、さっさと済ませるか」


 ユキに頼んである物を出して貰った。

 フミオに止めを刺す為の武器ではない。まあ精神的に殺す道具ではあるか。


「フミオ、苛めにあってから歯車が狂ってしまった哀れな道化。仮に普通の学生生活を送れていたなら異世界に逃げたいなんて思わずこの世界で生きれたかもしれないわね」

「……ぁあっ」

「目が見えなくなる前にこれを見なさい。分かる?」


 ずいっと目の前まで手に持った物を差し出す。

 差し出した物はマオが使ってる教科書……元はコイツの私物だ。


「ほーら、こんな所にスズキフミオの物らしき教科書があるわ。それも一冊だけじゃない、ついでに他のも色々あるわね。見覚えない?」

「……そ、ぞれ」

「何で、私が、こんな物、持ってるのかね。あははははははははっ!」

「ごふ、ごろす!殺して、必ず!!」

「おうおう、恨め恨め、貴様がここまで堕ちて死ぬ原因になった元凶が目の前に居るわよ。死の間際まで憎んで災厄の餌を生み続けろ。ただし災厄が来るのはお前の居た世界だけどなっ!」


 やる事はやった。

 後は予定通りに捨てるだけだ。

 これだけやればアリスちゃんも大満足してくれるだろう。当の本人が成長したらこんな馬鹿が居たと語ってやるか。


「捨てろマリア」

「おっけ」


 フミオの身体の下に魔方陣が現れる。

 マリアの盗人召喚魔法だ。ただし今回は送還の方に使う。


 捨てる場所はフミオが住んでいた家の前、あえて人に見つかる場所に捨てる。

 こんな傷だらけのフミオが家の前で捨てられていたら果たしてご近所さんはどういう反応するのやら。


「皆ご苦労様。あまりにも上手く行き過ぎたけどまぁ満足よ。メルフィも元の姿に戻っていいわ」

「……そう」

「というかメルっちの演技は迫真なんてもんじゃなかったね!もう本当に兄を恨んだ妹って感じだったわ」

「確かに鬼気迫る演技でした。役者が向いているのでは?」

「むふー、実は私もやってて楽しかった」


 会話で分かる通りさっきの妹は偽者だ。

 メルフィに精霊魔法で姿を変えてもらって暴れてもらった。何とも役者魂を感じる演技だった。


 本物のスズキフミオの家族は無事だ。というか何もしていない。

 メルフィに演技の為に数日対象である妹がどんな奴か観察して貰っていただけだ。


「いつものリーダーなら家族すら皆殺しにしそうだったけど、よく許したね。やっぱ異世界の連中だから?」

「いいえ、スズキフミオの人生が狂った原因はこちらにあるからね。罪滅ぼしとして家族に手を出すのはやめてやっただけ」

「なるほど……というかごめんね。あれ元はあたしの仕業だったのにリーダーのせいになっちゃって」

「構わない。別の世界ですぐに死にゆく者に恨まれようが気にならないわ」


 事が終わったのでマリアが用意したフミオの部屋、を再現した部屋を探索する。

 この部屋自体はこちらで用意したものだが、私物に関しては全てフミオの部屋から盗んだ者だ。

 流石は異世界、訳の分からない物が置いてある。


「さて、フミオを始末した後は残りの問題ね。ハン国に関しては動きがあったら対応する形でいいわ」

「その言い方ですと他に問題が?」

「貴女達が初めてスズキフミオを見た時、側にはもう一人女の勇者が居たのよね?」

「はい」

「ソイツはフミオとどの程度の仲だったか分かる?」

「……申し訳ありません。流石にそこまでは」


 だろうな。

 うーむ、災厄のごたごたに紛れて始末出来ていれば良かったが、今となっては後の祭りか。

 仮にフミオの彼女で、私達に復讐を考える様な奴だったら厄介だ。


「いかに私でも時間を止めて殺されちゃ敵わないわ。フミオが死んだ事を知って復讐の意思が湧く前に始末したいわね」

「確かに。精霊達に監視させて、隙があれば殺すとしましょうか」

「ここにマオっちが居たら罪のない人を殺すのはいけないですっ……とか言ってる場面だわ」

「誰かを殺すのに必要なのは罪ではなく理由よ。残念ながらその女勇者には殺す理由がある、私にはね」


 こればかりは女勇者の動向次第だ。

 誰にも見つからず、確実に殺せる機会があればやろう。

 一度時間を止めたらしばらく使えないってパターンなら狙うべきタイミングが決まるのだけどな。


「姉さんに質問。何でわざわざスズキフミオを異世界に捨てた?」

「それか。雑魚とはいえ普通の人間と違って特殊な力を持った奴を……誰とも知れぬヤツの餌にする必要はない」

「ああ……赤い桜の事ですか。そういえばこの辺も対象内でしたね。ここで殺していれば魂が吸収されていたでしょう。確かにタダでやるのは癪ですね」

「ほんとリーダーは色々な事に頭が回るねー」


 ふーむ。余計な時間を使ったな。

 再びお化け桜の調査を再開するか、それともヒノモトに向かうか。

 まあそれは明日から考えるとしよう。

 今日は実家に帰ってアリスに頑張った私を褒めてもらうとするか。

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