幼女に挑む者達
「死ぬ間際にだけ赤く見える桜ですか、それなら結構な範囲を探して見つからないのも頷けます」
「無駄骨じゃったの」
「いやいや、喋る魔物の方にもっと関心もとうよ!」
「喋った所で魔物は魔物ですし」
どうやら頼もしき家族達はこの短時間の間にかなりの数の桜を調べてきたようだ。
詳しく数を聞くと、およそ20本は見つけ出し調査したらしい。
結果はご覧の通りの収穫無しだったが。
「というか動いてないお姉様が一番の情報を得るとは何と言う理不尽」
「運の良さ的に仕方ないかと」
「必ずしも無駄になったとは言えないんだから文句言わないの」
お化け桜の噂があるのは東側にあるフィフス王国からヒノモト辺りまで。範囲で言えば結構な広さになる。
勿論推測したのは噂がある範囲なのでこれより更に広い範囲でお化け桜が存在してる可能性もある。というか可能性が高い。
「もしかしたら、この範囲に咲いてる桜は全部お化け桜かもね」
「野生の桜はそうかもしれません」
「そうなると……お宝探しは例の全裸小屋と滝の方を探すのがいいでしょう」
まあそうなるな。
全裸小屋とか我ながら意味不明すぎて探す気にならないので、探すとしたら滝の方だろう。
「しかし、死ぬ前にしか赤く見えない桜とは一体何なんでしょうね」
「死ぬ者の魂でも吸収してるんでしょ」
「まあその発想になりますよね」
「何で吸収してんですか?」
ふむ、こう言った場合は地下に住んでる何者か達の餌か何かの為に吸収してるとか。
もしくは魂を糧にして大規模な封印をしてるとか。広範囲な所を考えると巨大な何かだろう。
地下帝国に巨大な何かの封印とか正にロマンである。
「この辺りで死んでしまうと……その魂は地下に送られ地底人の餌になってしまうのですっ」
「マオと同程度の発想したとか死にたい」
「何でですかっ!」
「ま、お化け桜が何の役割をしてるかなんて今はどうでもいいわ。方針が決まったのならさっさと滝探しに行きましょうか」
喋る魔物もお化け桜の秘密もどうでもよし。
重要なら放っておいてもその内勝手に関わり合いになるだろ。
魔物はともかく、お化け桜に関しては何もしなけりゃ本当に何も無く終わりそうだが。
「にしても寄り道が過ぎたか、もう2週間は宝探しに時間潰してるわね」
「別にヒノモトに到着するのが遅くなろうと構わないと思いますが」
「まあそうなんだけど」
遅れたら遅れただけヒノモト産の食い物が収穫されてるだろうし。
おお、そう考えたら遅刻万歳じゃないか。
「おや、お姉様の実家から連絡ですよ」
「また食い物の催促?」
「その辺は直接お聞きになられては?」
つい先日ユキに届けさせたばかりだから、まだ食料が尽きるには早いだろ。
あれか、見栄っ張り精神が発動してご近所さんに分けたとか?
ないな、がめつい母がそんな事する訳ない。
『あのねペドちゃん。アリスちゃんがね』
「分かった。帰る」
「まだ何も聞いてませんが」
「アリスに関する事なら全力で帰らざるを得ない」
わざわざ連絡してきたって事は母では対処しきれない事態になったのだろう。
赤ん坊特有の何かしらの病気だろうか。ならばユニクスの血は必須だ。
病気じゃなかったとしたら……まあ帰れば分かる。
いざとなれば奇跡ぱわーであっさり解決だ。
★★★★★★★★★★
「ヒノモトの神の名が書かれた契約書を持ってきた、と?」
「そうです」
例の呪いでアルカディアとヒノモトをぶつける作戦だが、最初の契約の時点で躓いていた。
アルカディアもそうだが、対するヒノモトの神に名を書かせるのもまた不可能に近い。
だが、数日留守にすると言い国を出て行ったフミオ殿はあっさりと神に名を書かせた契約書を持ってきたと。
「むうぅ、確かに『てんてり』とはヒノモトの神の名だ。しかしなフミオ殿、これは本人以外が名を書くと契約は成立せず呪いは発動しないのだ」
「聞きましたよ、それは間違いなくてんてりって奴が書いた名前です」
んな馬鹿な……この数日でフミオ殿はヒノモトに潜入し、神に名を書かせたと言うのか。
潜入までは可能かもしれんが、神に名を書かせる以前にまず会えないと思うが。
「というか、俺としてはこんな紙一枚で本当に大層な呪いが発動するのか疑問ですけど」
「いや、それは間違いない。これは過去に使用された呪術道具と一緒だからな」
まあ確かに一見するとただの紙だ。
だが、これはヒノモトが独自に使う符術と言われる紙を使った術と同じ紙が使われているらしい。
素人目には普通の紙とどう違うのか分からん……作る工程に秘密がありそうだが、真似て作るのは無理そうだ。
「裏に面妖な模様が書かれているだろう?それが呪いの、いわゆる魔方陣の役割をするそうだ」
「こんなのがねぇ……まあ符術ってのが紙から魔法が出る意味不明技術だから納得しますが」
まあ謎技術だな。
それに我が国は長年苦しめられていた訳でもあるが。過去に本気で攻めた事もあったそうだが、やはり符術とやらに苦戦して敗北した。
「おいーーーーーっす!頑張っちょるかねチミ達!」
「兄上、ここに来るとは珍しいな」
「何でセロさんじゃなくてこんなのが王なんだろ」
陽気に部屋に入ってきた兄上に向かってフミオ殿は聞こえない程度で暴言を吐く。
まあこの様子を見るに気持ちは分からんでもない。
「兄上、ここには我等しかおらぬ。普通にしてよいぞ」
「……なんだそうか」
「え、演技だったの!?」
「ハッハッハ、フミオ殿は陽気でお馬鹿な余しか知らぬからの。驚いても仕方ないわい」
実は兄のミコスリは至って普通のオッサンだったりする。いや、普通ではなく結構な賢王だ。
何故にこんな馬鹿げた演技をしてるのかと言うと……
「当然、愚王のフリをしてヒノモトの連中を油断させる為……ではない」
「馬鹿なフリして実は有能、そんな自分がカッコいいらしい」
「予想以上にくだらない理由ですね」
まあ馬鹿のフリしてひたすら突撃するだけの戦をしてる時点で本物の馬鹿なのだが。
兄のしょーもない演技のせいでどれだけの兵が無駄死にしたのやら。
だがどうやらヒノモトでは歴代最低の王と思われてるらしいので何かしら利用出来ないかとは思う。
ここ一番の戦の時は私も参加し、油断しているヒノモトを蹂躙出来るやもしれぬ。
「それはそうとフミオ殿、公の場ではまともな謝罪が出来なかったので今言わせて欲しい。君の大切なパートナーであった叡智の書殿の事、まことにすまなかった」
「いや、それはもういいです」
「いいや良くない。あの能力一つ有るだけでフミオ殿は何の苦労もなく望みのまま生きていけただろう。それを無くしてしまわれたのだ、詫びの一つくらいさせて欲しい」
叡智の書か、何でも分かるんだから確かに凄い能力だ。
ああ……それさえあればナキサワメを手に入れる方法を聞けたのに。
…………
聞けば良かったんじゃね?
くっそおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!何で今頃思いつくのだ私はあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
聞いていればアルカディアもヒノモトも無視して簡単に入手出来たかもしれないのによぉ!!
「どうした弟よ」
「……気にしないでくれ」
「まあよい。さて、フミオ殿。叡智の書ほど凄い物ではないが、詫びとして余が大事にしていた、国宝とも言える書物がある。是非とも受け取ってくれ、ああ拒否は許さんぞ」
「……でしたら頂きます。何の本でしょう?」
「えっちの書だ」
「エロ本かよ。要らんわ」
あの兄が大事なエロ本を他人に譲渡するとは……叡智の書が消滅した事に余程罪悪感を感じていたのか。
でもまぁエロ本だもんなぁ……要らんよなぁ……
「叡智の書にえっちの書、語感も似てるだろうに何が不満なのだ」
「やかましいわ!……セロさん、もうさっさと続きを話しましょう」
「ん、そうだな。兄上」
「分かった、余は一旦退出するとしよう」
さて、何処まで話をしていたか……確かフミオ殿がヒノモトの神の署名を貰ってきた所だったか。
改めて呪いの契約書の名前を確認してみるが、確かに『てんてり』と書かれている。
どうでもいいが変な名前の神だな。
「王を追い出すとか……別に大人しくしてくれてれば居ても良かったのでは?」
「ああ、兄上ならすぐにでも戻ってくるさ。あれで私より知恵のある王だからな」
「……あれが?」
「あれとは言ってやるなフミオ殿。私では思いつかぬ政策なども思いつく男だぞ?」
「信じられない」
でなければ兄ではなく私が王に就いておるわ。
負け戦続きでなお亡国にならずに済んでいるのは兄の力が大きい。と言っても馬鹿なフリした兄のせいで負けてるのだが。
うむ……兄が愚王のフリなどせず最初からまともな王だったのならヒノモトへ大ダメージを与えていれたのではないか?
「そろそろ一分経ったか、間もなく帰ってくるだろう」
「何しに行ったんです?」
「気分転換だな、兄上が知恵を出すためには手間だが準備が要るのだ」
「はぁ」
と言ってる間にガチャリとドアが開いた。
そして先程と雰囲気の変わった兄が入ってくる……その何もかも見透かすような目はとても愚王とは呼べない。
フミオ殿もがらりと雰囲気の変わった兄を見て驚きを隠せないようだ。
「ふぅ……」
「ただの賢者じゃねぇか!」
「賢王だとうと賢者だろうと賢いのは変わらんだろ」
「何この緊張して損した感。そもそも移動時間合わせて二分足らずとかどんだけ早漏だよ」
「ミコスリの名は伊達ではないな」
兄も戻ってきた事だし、ここからは兄の知恵も借りながら進めるとしよう。
ヒノモトの方が無事に出来たのなら今度はアルカディア女王の方となる。
こちらはすでに調査は終わっている。
どうやらアルカディア女王の身内は故郷であるワンス王国に留まっているらしい。
親との仲が不仲、という訳でもなさそうだ。
「そういえばフミオ殿、どうやってヒノモトの神に名を書かせたのだ?」
「ふ、ヒノモトの神に何か頼んでませんよ」
「……と言うと?」
「この世界には名前を付けられる前に捨てられる奴だって居るんだ。そういうのを探して、神と同じ名前を名付けてやればいい」
「なるほど、考えたな。だが中々に悪どい方だなフミオ殿」
確かに、それならば本当にてんてりという名前の者であるから呪いは発動する。
ま、善悪云々など言ってる場合ではないか。
私達には時間がない、見知らぬ誰かが不幸になろうが知った事ではない。
「その不幸な者は今どこに?」
「俺の部屋で大人しくしてますよ」
「ならよい。呪いが発動すれば身体に相手の名前が浮き上がるのでな、それで発動したかどうかが分かるのだ」
「なるほど……なら後で連れてきておきましょう」
まあ実際に効果が現れるのはアルカディア女王の身内に呪いが成功した時なので数日はかかると思うが。
ただ、大丈夫とは思うが逃げ出さない様に監視はしておきたい。
何はともあれ一手先に進んだという訳だ。
「てんてりなどと言う変わった名前はフミオ殿が名付けた者とあの神以外におるまい、これならアルカディアの連中だって騙せるであろう」
「ああ、ついでにアルカディアの連中のヒノモトに対する敵対心を上げておきましたよ」
「ふむ、バレなかったかね?」
「相手から姿が見えない場所からやったから大丈夫な筈です」
それならばいいが……ヒューイの奴がやたら警戒していたからな、万が一見つかったならばそれだけで私達の策を見破ってくるやもしれぬ。
叡智の書が消滅覚悟であそこまで言わしめた人物だ、嘗めてかかってはいけない。
「次はアルカディア側だな。ワンス王国に住んでいるのならばヒノモトより楽に出来そうだ」
「楽観視はいかんな弟よ、相手はアルカディア女王だ。別居してるのならば相応の護衛をつけておるに違いない」
「そう、だな」
「何でもアルカディア女王は目を合わせただけで何もかも見透かすというではないか、親も同様、とは思えぬが念には念をいれて確実に怪しまれない方法で行きたいが……何かないか?」
流石にそれは警戒しすぎではないか、と思う。
だが私達に猶予は無い。失敗は許されないのだから兄ぐらい慎重になるべきなのか。
しかし確実に怪しまれない方法など早々に思いつくものではないが。
「宅配を装えばいいのでは?」
「たくはい……とは?」
「無知だな弟よ。本人に代わって対象に贈り物を届ける事を言うのだ」
「ああ、輸送か」
「輸送みたいに大掛かりなもんじゃないですけどね。アルカディア女王からの届け物と称して例の紙にサインを貰えばいいと思うんですけど」
「ふむ、良いかもしれんぞ。ギルドに依頼して何も知らない第三者に頼めば上手い事いくやもしれん。余達で事を成そうとすると敵意や焦りが出てしまうかもしれんでな」
まあ考える時間が無い今はその案でも構わない。
しかしこの紙にサインとな……明らかに怪しい模様があるのだが。
奇跡的に何かしらの依頼書に見えればいいのだが、どう見ても呪術書である。
すでに書いてある『てんてり』という名前がより一層怪しさを醸し出している。
「こればかりは折り畳んで誤魔化すしかないな」
「うむ、ギルドに依頼する際に紙は広げない様にと伝えねばな」
「でだ、兄上にフミオ殿。成功すると思うかね?」
「さあな」
「もうここまで来たんだ。後は祈るだけでしょう」
そうだな……もう少し猶予があればもっと慎重な作戦が出来たやもしれぬ。
呪いまではいけるだろう、だがアルカディアとヒノモトの争いがどうなるやら……
★★★★★★★★★★
「うー、あうっ」
「あらー、アリスちゃんってばお絵描き上手ねぇ。0歳で地獄絵図が描けるなんて画伯の才能あるわぁ」
「あいっ」
褒めてないんだけどアリスちゃんは嬉しそうに返事してくれた。
私とペドちゃんが紅い髪をしてるからか、どうやら赤い絵の具がお好きみたい。
ただ、手の平に絵の具を付けてぐっちゃぐっちゃと絵を描いてるせいで飛び散った血の絵にしか見えないんだけど。
これでご満悦なのだからこの子も狂人の才能あるわ。
我が子の将来を考えていると、ドアがノックされた。
同時に外からお届け物ですと声が聞こえる。どうやら配達みたいだ。
「はいはい。ほーらアリスちゃんも画伯は一時断念しましょう」
余所見してると何をしでかすか分からない赤ん坊なので一緒に連れて行く。
「はーい」
「あ、こんにちわ。自分冒険者ギルドで依頼を受けて配達にきたトウガって言います」
「配達ね、ご苦労様。ところで配達って何の品?」
「えーっと、ヒノモト特産のお茶の葉みたいです。差出人の方はペド・フィーリアさんですね」
へー、ヒノモト産のお茶ねぇ。
何なんだろうかこの怪しさ。まずペドちゃんが面倒な配達を頼む時点で怪しさ爆発だわ。
あの子ならユキちゃんに頼んでちゃちゃっと送ってもらうだろうし。
とはいえ、ペドちゃん程の観察眼はないにしてもだ、目の前の男の子が悪い奴には見えない。
ならば送った者が怪しい。
うーん、これは飲んだら毒に冒されるとかそんな気配がするわ。
「すいません。ここにサイン頂いていいですか?」
「残念だけど、何か怪しいから受け取らない事にしたわ」
「えぇー……2つ隣の町から配達に来たんですけど」
「ヒノモトって東にある遠い小国でしょ?……2つ隣の町から依頼されたとかやっぱり怪しいんだけど」
「単に中継されただけかと。途中の町までしか行かない冒険者がギルドに頼んで残りの距離を別の冒険者に運んで貰うのは割とよくある話ですし。まあその分依頼料は下がりますけど」
何にせよ、疑わしきは無視。
持って帰ってもらって処分してもらおう。
「捨てといてねー」
「こ、困ります……いえ、分かりました。ただ、せめてサインだけ頂けないでしょうか?……一応受け取ってもらえた証拠さえあれば依頼料は貰えると思いますので」
「あー、そうね。書かなきゃあなたが困るものね。はいはい」
セティ・フィーリアっと……
あ、本名じゃないや。まあいっか、ノエルちゃんなら私が書いたって分かってくれるだろうし。
私がサインを書き終わると同時に、ペシっと小さなお手々が依頼書の上に落ちてきた。
まあアリスちゃんなんだけど。
不幸な事にさっきまで手に直接絵の具を塗ってから描くというワイルドなお絵描きをしてたせいで依頼書に真っ赤な手のあとがついてしまった。
「あらまぁ、ごめんなさいね」
「いえ、サインはちゃんと読めるので大丈夫、だと思います」
「ダメだったらまたサインするから新しい依頼書を持ってきてね」
「分かりました。では失礼します」
冒険者のくせに妙に礼儀正しい男の子は帰った。
五丁目以外の町の冒険者は素行が良いのだろうか。
それはともかく、ペドちゃん程ではないが迫り来る危険を回避した私は流石ではなかろうか。
「ふ、伊達にペドちゃんの母親してないって事ね。ねーアリスちゃん」
「?」
「……」
『てんてり』
てんてり、訳が分からない言葉が愛する我が子の額に現れていた。
自分の額に覚えてもいない言葉を書くとは高度なテクニックを……と馬鹿な考えをしながら文字を消そうと指先で擦ってみるが消えない。
「あらー……どうもインクとかじゃないみたい」
「ぃぁぃ」
「痛かった?ごめんね……てか地味に喋らなかった?」
うーむ、これはひょっとしなくてもさっきの依頼書につけた手形のせいだろう。
という事は私の額も面白おかしくなってるかも、と思って鏡を見たが私は無事だった。やっぱ本名じゃなかったからセーフだったのかも。
「うん、こういうのは私じゃどうこう出来ないわ。ペドちゃんに頼もーっと」
いやー、持つべきものはとんでもパワーが使える娘だわー。
普通なら顔が真っ青になる場面なんだろうけどウチにはペドちゃんが居るからね、大体何とかしてくれるから有り難いわー。
という事でサヨ吉に貰った通話符とやらで早速ペドちゃんに連絡した。
あの子はアリスちゃんの名前を出したらこっちの用件を聞く前にすぐに行くといって切った。
顔も見えないのに私の声の調子からそれなりに深刻な事態だと把握したようだ。
我が子ながらヤバいシスコンである。




