幼女、赤い桜の情報を得る
「今日もいい天気です」
いつもならお友達達と村の中で遊びまわりますが、今日は違います!
そう、今日は特別な日なのです。
「お、リリちゃんじゃないか。今日も元気に遊ぶのかい?」
「こんにちわギュンターさん。今日は遊ばないで森にいくの!」
「森かぁ……今は凶暴な魔物が山から下りてきてるから森には行かない方がいいぞ」
そうでした。
嵐のせいで食べ物が減って、獲物を探して山から強い魔物が下りてきてるってお父さんが言ってましたっけ。
でも……年に一度の大切な日ですし、リリは絶対に行くのです!
バレたら絶対に止められます。
なので内緒で行きます。
「そっかぁ、じゃあ村の中で遊んでるー」
「おう、そうしなそうしな。いやぁリリちゃんは聞き分けが良くていいねー。ウチの倅にも見習わせたいよ」
ギュンターさんに別れを告げて、いつも皆と遊んでる場所に行く、フリをしてこっそり村を出て行くのです。
リリが作った抜け道がある方向に進んでいると良く知ってる顔が見えました。
「おとうさん!」
「リリか。はっはっは、ここには無いがお父さんが立派な鹿を狩ってきてやったぞ!」
「すごいのです!」
「グドーの妄言に騙されるなリリちゃん!実際に矢でしとめたのは俺だかんな!」
どうやらおとうさんが言ったことは嘘だったみたいです。
おとうさんは見栄っ張りです。
「しかしそれだけじゃ心許ないな」
「北側に向かった連中に期待しようぜ」
今は毎日食べることが困難だって言ってました。
それでもリリに毎日ご飯をくれるおとうさんは尊敬します!
「とりあえず解体しにいくか」
「そうだな……ん?北の方から何か騒々しい声が聞こえるな」
「お前、そういう事言うとろくな事が起きないからやめろよな」
おとうさん達が言ってるように、ちょっと騒がしくなってました。
騒々しい方に向かうおとうさん達にとりあえずついていく事にしたのです。
どうやら騒ぎを聞きつけた皆さんが集まってるようです。
そして大声で騒いでいるのは北側の方に狩りに行ってたハンターの方達でした。
「おう、どうした!」
「賊だ!それも大規模な賊が近付いてきてやがる」
「何人だ!」
「分からん、だが100人以上は考えられる!」
何だか大変な事になってるみたいです。
リリは子供なのでどれくらい大変なのかは分かりません。
「そいつぁちとヤバイ数だな……どうするグドー?」
「ああ、ここを捨てて逃げるとするか」
「はっはっは、いいねぇ……流石は勇敢と無謀の違いの分かる奴だ。そういう訳で賊が来る前に逃げちまおうぜ!」
何だか知らない内にこの村を捨てて逃げる事になったみたいです。
リリは……とても困るのです。
村の外には、リリにとって大事な場所があるのです。
村を捨てたら……
「無理だ、無理なんだよグドーの旦那。奴等はすでにこの村を包囲しようと動いてる。この事を知らない連中に伝えてる間に逃げ道は塞がれちまうよ」
「……ち、ならば皆が揃い次第一点突破で脱出するしかないか」
「それが出来る程度の強さならいいがな」
おとうさん達から伝わる雰囲気でなんとなくですがリリも分かりました。
リリ達は、このままだと死んじゃうのです。
「なるようになれ、だ。念の為にリリや他のガキ共は先に逃がすとしよう」
「そうだな」
「リリだけ、先に逃げるんです?」
「そうだ。聞き分けのいいリリなら、ちゃんと分かってくれるな?」
分かりたくないけど、分かるのです。
リリや他の子供達が一緒だとジャマになるのです。
「分かったのです。リリはお先にとんずらするのです!」
「はっはっは!駄々こねずに真っ先に逃げるとは流石はグドーの娘だぜ!」
「馬鹿野郎!ウチのリリはお荷物になるのが分かってるからこう言ってるんだ、何て出来た娘なんだ。もう娘は誰にもやらん!」
「うわぁ……」
かなしいです。でもリリは良い子だから泣かないのです。
おとうさん達がいつもと変わらない態度をとってくれてるから、リリもいつものリリでいるのです。
「来たぞおおおおぉぉぉぉぉ!!」
「早いなクソッタレ!」
「多分、北側の奴等が村に逃げたのを見られたのだろう。相手さんはこっちが逃げるかもしれないと判断して早めに襲撃してきたんだ」
「賊め。リリ、南側から逃げなさい。まだ南側まで敵は回ってないはずだ」
リリ、だけ?
他の子供達は?
……逃げるです。
リリは何も聞かずに逃げるしかないです!
ここでおとうさん達を困らせて無駄な時間を取らせてはいけないのです。
「はいです!」
「森を突っ切って山中に逃げ込め!後で探しに行く!」
「グドー、俺は村の連中に知らせてくるぞ!」
「頼んだ!」
おとうさん達が走っていくのと同時にリリも走り出します。
逃げて、生き残るのです!
リリは良い子だから、ちゃんと山まで逃げて生きるのです。生きて、おとうさん達を待つのです!
普段から皆と遊んでいるので体力には自信があります。
だから、走って走って走って……
あ、そうだ。今日は大事な日でした。
でも、逃げないと……でもでも、もしかしたらもう行けなくなっちゃうかもしれないです。
「……ひっ」
前の方に誰かの姿が見えました。
リリは咄嗟に近くの草むらに隠れます。
おとうさんが言ってたゾクでしょうか……見つかったら殺されちゃうの?
そう考えると怖くなってきました。
「つーか腹減ったなぁ」
「だな。でも聞けよ、どうやら連中それなりに食い物を貯め込んでるらしいぜ?」
「お、マジかよ。そりゃいいな……全滅させた後で盛大に宴会しようぜ!」
「酒もありゃいいがなー」
「違いねぇや」
リリが隠れてるすぐそばまで近付いてきました。
お願いだから気付かないで……
そんな祈りが通じたのか、足音はリリに気付く事無く村の方へ遠ざかっていきました。
リリは馬鹿じゃないので足音が無くなってすぐには動きません。
じっくり待って、本当に近くに居なくなったと判断してから動きます。
まだ他の仲間が居るかもしれないので走るのはやめてゆっくり歩いて逃げます。
なるべく見えない草むらの中をゆっくり、ゆっぐ!?
「ぴぎっ!?」
あ、あああ、あし、足がいたい!
なに?なんなのです!?
激痛が走る左足を見てみると、金属のギザギザした刃がリリの足に噛み付いてました。
罠です。罠までしかけるなんてずるいのです。
「い、いたい……ぅ」
痛みを我慢して何とか外そうとしますが外れません。
もういっそこのまま歩こうとしても、鎖があって進むことも出来ません。
死ぬ。
ここで、リリは死ぬの?
「お、かあさん」
「リリ!」
あれ、この声は……友達のギュント君の声です!
ここです、リリはここですよ!
「た、たすけて」
「おう!この村一番の戦士の俺が来たからにはもう大丈夫だぜ!」
ギュント君はそう言いますが、罠を外そうと頑張っても全く外れません。
ギュント君は手に持ってる斧で鎖の方を切ろうとしますが、丈夫でそれも出来ません。
「くそ、俺ほどの戦士でもこれはてこずるぞ」
「ギュント君……リリの足の方を切って下さいです」
「お、おお、お前度胸あんな」
「リリは逃げると約束したのです。例え片足になっても逃げ切ってやるのです」
足を切断されるのはこわいです。
でもどうせ今も痛いのだから、いっそ無くなっても構わないのです。
「すまねぇ、リリ!」
!?
!!!?
い、いった!?
ものすごく痛いです!ちょっと考えが甘かったのです!これなら無理やり罠から足を外した方がマシだったのです!!
というか痛さで思考がパニックですよ!!
「我慢してくれリリ、早くにげ!?」
「!」
こわい人達がさっき通り過ぎて行った方向から声が聞こえます。
戻ってきたのです?
いけない、早く逃げないと。
「ふ、流石はリリだ。こうして村一番の戦士である俺に見せ場を作ってくれたんだろ?」
「何の、話です。い、いた」
「先に逃げろ。俺はここで賊共を食い止める。なぁに、すぐに追いつくさ」
死にそうです。
ギュント君はハッキリ言って弱いのです。リリにも勝てない弱さなのです。
「まあ、俺は弱いよ。でも男の子だからな、カッコつけさせろよこの野郎」
「……リリは悪い子です。だから、お友達でも見捨てて逃げるのです!」
「ああ、俺も薄情な奴は大っ嫌いだ。だからさっさといっちまえ」
ギュント君の言葉を聞き終えてすぐさま逃げ出します。
早く逃げたい、だけど片足ではやっぱり速くは走れません。
途中で使えそうな枝を見つけたので杖の代わりにして進みます。
何も考えずに進んで、進んで、進んだ先には!
わたしの大切な場所。綺麗な桜が咲いてる場所。
でも大切な場所には先客さんが居たようです。
「……」
「……」
「…………こ、こんにちわ?」
「ほう、頭悪そうだから喋る知能は無いと思ったけど、喋れるのね。びっくり」
し、失礼な子なのです!
リリに向かって失礼な言葉を浴びせてきたのは小さい女の子でした。
隣には何も言わずに佇む大人の女性が居ます。
あぅ、何だか気分が悪いのです。
立っているのも辛いので思わずその場に倒れこみました。
「あ、たすけて……」
「お断りよ」
バッサリです。
何だか清々しくなるくらいあっさり見捨てられました。
でも、リリもこうして見捨ててきたのです、大事なおとうさんや皆を。
生きなきゃ……皆を待つのです。
「たすけて、くれませんか?」
「ふむ、それなりに純粋な目をしてるわ。そうね、あなたがもうちょっと大人になってて、それでも今と変わらない目をしてる死にかけの悪魔だったら考えたわ」
「ぷぇー……」
「鳴くな」
何だかややこしい注文されたのです。
遠まわしに断るぐらいならさっきみたいにバッサリ断ってほしいのです。
「もし、今言ったみたいなあくまだったら、たすけてくれましたか?」
「いいえ、助けない。思わず目を背けたくなるほど眩しすぎる存在なんて、ウチには一人居れば十分よ」
「ぷぇー……」
「鳴くな」
結局ダメなんじゃないですか……
あれ、何だか震えてきました。どうしてだろう、怖くなってきたのかな。
「さむい」
「出血のせいじゃない?クソ暑い真夏だろうが寒くなる筈よ。不思議よね」
「やだ、生きなきゃ……みんなを待たなきゃ」
「ふむ、ならチャンスをあげましょう。あなたが私の手を握れたら助けてあげましょう」
「……むりだよぉ、もう動けないもん」
「世の中には酷い呪いのせいで動けない筈なのに私の手を取った奴もいるわ。たかが怪我程度で泣き言いうな」
這いずるように動こうとがんばってみたけど、ちょっと動いただけで気分が悪くなったのです。
視界もなんか白くなって意識がなくなりそうです。
「むり、です」
「ならその程度の想いしか無かったって事でしょ」
遠いです、あの子の場所が近くて遠い。
あ、そういえば、あの子が寄りかかってるのは。
「お、かあさん」
「誰がお前の母親だ」
「ちがう、桜の木」
「……変わった母親ね」
「ち、ちがくて……あのね、リリはおかあさんを知らないの。おとうさんとおかあさんが出会ったのがその桜の木、だから、その桜の木はリリのおかあさん」
「ガキ特有の何言ってるか分からん喋り方ね。大体は理解したけど」
リリが生まれてすぐ、おかあさんは死んじゃったっておとうさんに聞いたのです。
最初からおかあさんは居なかったから、リリは平気でした。けど、やっぱり何となく寂しいのです。
おとうさんが狩りにいってて一人の時はとくに。
だから、おとうさんから聞いたこの桜の木は、リリが寂しさを紛らわせる為に勝手に作ったおかあさん。
「生まれてすぐ死んだって訳か。ならどんな奴か知らないのでしょう?よくそんなに慕えるわね」
「リリの、おかあさんだから。おかあさんは、冒険者だったって」
「冒険者、か。そりゃいつ死んでもおかしくないわ」
はあ、はあ、つらいです。
リリはもうすぐ死ぬのでしょうか。
「みみみ」
「はい」
あう?
急に身体を持ち上げられました。
何をされるのかと思いましたが、あの子の近くに運ばれただけです。
「私は今ここで待ち合わせ中なの。暇だからあなたが死ぬまで話を聞かせなさいな」
「……ぷぇー」
「鳴くな」
ひょっとしてと思ったのです。
ひどいぬか喜びなのです。
でも、一人ぼっちで寂しく死ぬよりはマシなのです。
「――――でね、おとうさんはすごいハンターなの」
「ふーん」
「今日もね、鹿を狩ってきたんだって」
「鹿、ねぇ」
リリは村のみんなのこと。
あと、悪い奴等に襲われてからの事とか、とにかく怖い気持ちを紛らわせる為にどんどん喋ったのです。
「あ、そうなのです。悪いゾクが来るのです……早くにげてなのです」
「賊程度どうにでもなるわ」
そうなのです?
それなら、安心です。
「私より自分の事でしょ、死の足音が迫ってるわよ。母親に挨拶でもしたら?」
「おかあさん?」
おかあさん……リリは、おかあさんと同じ場所で、死ぬのですね。
リリは悪い子です。おとうさんの言いつけを守れませんでした。
「駄々こねずにすぐ逃げた事、躊躇せず足を切り落とした事、こういう危機的状況ではそう言った判断のおかげで助かる事もあるでしょう。どうやら罠には毒も塗ってあったみたいだし。ただ、マシな判断だったのはそれまで、私に助ける気がないと悟った時点でさっさと逃げるべきだった」
「びっぎゃああぁ!?」
い、いたい。
背中が、とんでもなく痛いのですっ!!
ドスドスと、リリの身体に何かが刺さってくるのです。
顔の横に刺さったモノを見てわかりました。矢なのです。
「そうねぇ、あなたは最初から、心のどこかで助からないと分かってたのかもね。だからここに来たの、母親代わりの桜のあるこの場所に」
「……ぁぅ」
「今日を生き残っても、明日以降はどうすんだって話だしね」
何だか耳も遠くなってきたのです……
後ろからは声と足音が近付いて来てます。
「ここはあなたが選んだ死に場所よ」
「ひ、リ、リリは、てんごくで……おかあさんに会え、ます?」
「あなたは良い子みたいだし……あの世で会わずに済むんじゃない?」
ぷぇー、会えないのです?
そっかぁ……せめて、おとうさん達には会いたいなぁ。
「ところで、鹿の肉ってのは美味しかった?」
ぅー、リリがこんな目にあってるのに、何でご飯の話なのです。
最後にせめて睨んでやる、と思ってその子を見たら……
とても、とても冷たい目をしてたのです。どうして?
真っ赤な目で、紅の髪を靡かせ、背中には真っ赤な桜――
「あれ、おかあさんの木、真っ赤、です」
赤に染まった景色、怖い、けど綺麗なのです。
★★★★★★★★★★
「変な奴」
「しかし貴き方、死の間際に気になる事を言ってましたね」
「言ってたわね。この桜が真っ赤だったそうよ」
振り返って見上げるが、どう見ても普通の桜である。
目に血でも入ったのだろうか。
桜について考察していると複数の足音がこちらに近付いてきた。
「ヒューッ、流石は俺、見事な弓の腕前と思わないか?」
「乱射してただけじゃねぇか」
「ところでだ、嬢ちゃん達はこんな所でなにしてんだ?」
「桜の木の下でする事なんて花見しかないでしょ」
「桜の木一本たぁ随分寂しいが、んな事よりこんな何処の国にも属してない森で花見とは常識知らずだな」
「そうかもね。最近では豚が流暢に喋る様になってるとか知らなかったし」
「それは安心していいぜ、俺等も最近知って驚いた」
冒険者らしき連中はさっき死んだ変な豚の側により刃物を構えた。
討伐証明の為に解体でもするんだろう。
「おっしゃ、やっぱりコイツが最重要討伐対象のオークの雌だぜ」
「逃げられずに済んでよかったな、嬢ちゃん達が足止めしておいてくれたからだ、感謝する」
「私は何もやってないけどね」
勝手にやってきて死んだだけだし。
この桜の木の下が豚の死に場所だったが、埋められる場所とは言ってない。
用が済んだらどっかに捨てられるんだろう。
「豚の雌ってのは厄介なの?」
「ああ……オークってのは滅多に雌が生まれないから動物なり魔物なり人間なりを襲って数を増やすんだが……たまにこうして出てくんだよな、雌が。コイツが本当に厄介でな、もっと成長してオーククイーンになろうものならポコポコ産んで数を爆発的に増やしやがるんだ」
「今回は早期発見できて運が良かった。一ヶ月くらい前か?たまたまやってきた冒険者パーティがオークの集落を見つけたって駆け込んできたんだ。どいつもこいつも人間みたいに喋るしオークの雌らしき個体まで確認したってな」
「当然だが嘘くせぇって思ったさ」
そりゃ豚が流暢に喋るとか言われてもすぐには信じないわ。
私だっていきなり普通に喋りかけられた時は内心それなりに驚いたからな。
「だがまぁ……ここ最近だが、依頼でこの付近に近付いた冒険者達がちらほらと行方不明になってな」
「それで正式な依頼として調査したら、驚きの結果だったって訳さ」
「そんで今日、結構な規模の討伐体を組んで壊滅させたんだ」
最近か、十中八九災厄がもたらした飢饉のせいだろう。
人間ですら食い物に困ってる状況なんだから豚だって困る。嵐のせいで食える野草も減って、やむなく人間を襲って食ってたって事かね。
「そういやオーク共がそれなりに食料を蓄えてたらしいぜ。嬢ちゃん達も宴会に参加するかい?」
「遠慮しておくわ。ここで人を待ってるし……そもそも豚の餌なんぞ食いたくない」
「おう……豚の餌って言われると何か食う気失せるな」
「だな、良く考えると人肉が紛れ込んでそうで肉類は食えないぜ」
「……帰って報奨金貰って飲みいくか、ツマミは無いだろうけど」
急にテンションが下がったみたいだ。
私の発言のせいかもしれんが、私は悪くないぞ。
むしろ共食いを阻止してやったんだから感謝しろ。
「んじゃ帰るか。嬢ちゃんも花見の日に俺等の討伐が重なるなんて不運だったな」
「別に。この桜が血を啜って赤くならないと分かっただけでも収穫はあったわ」
「こえぇな!」
「そうだ、真っ赤な桜について何か情報ない?」
「おう、東側のフィフス王国じゃ有名な話だな。俺等も噂は聞いたが、実際に見た事はないぞ」
「ふむ、噂はあれど、実際に目撃した者はなしって事か」
「まあ都市伝説だしなぁ」
さっきの豚の死に際のセリフと、噂はあれど誰も見た事はないという話。
単純に合わせて考えるなら真っ赤な桜とやらは死に際にしか見られないって事だ。
となると、自分の目で真っ赤な桜を見るのはほぼ無理だ。
「桜はもういいわ。後は喋る魔物だけど、豚の他にもいるの?」
「いや、聞かないなぁ……ただ、今回のオークに知恵を与えたのは天狗って奴の仕業じゃないかとギルドでは疑ってたぜ」
ここでも天狗か。
こんだけ話題になるほどサヨのしでかした功績は大きいらしい。
だが、サヨではあんな人間みたいに喋る豚にする事は不可能だ。
「そうだそうだ、そういやワンス王国の方の……白露花だっけか?詳しい場所は知らんが、その花が生えてる場所に居る地竜も喋ったって噂があるぜ」
「ふーん。喋るドラゴンなんて結構見てるから新鮮味がないわ」
「お、おう、そりゃ残念だ、ね?」
「情報ありがとう。聞きたい事が聞けてよかったわ」
「そりゃ何よりだ。じゃあ俺等は帰るよ」
「嬢ちゃん達も凶暴な魔物が山から下りてくる前に帰れなー」
解体した豚を袋に詰めて去っていく。
わざわざ解体したのに全部持って帰るのは私達に気を使ってからか。
「魔物に知恵か」
「この世界の人間達には脅威ですね」
ただでさえ人間より強い魔物が人間と同じように策を練ったり罠を張ったりする様になったらそりゃまあ脅威だ。
それが、魔物の本能を持ったままだったらの話だが。
あの豚一匹だけでは判断出来ないが、どう見てもサヨが亜人共にやった教育とは違う。
もはやあれは改造の領域だ。
「あの豚は、まるで自分が人間とでも思ってるみたいだった。ま、人を食らってた様だし魔物の部分も残ってるようだけど」
「この森にあった集落のオークだけ進化したとは思えませんし、やはり何者かの仕業でしょう」
だろうな。
そしてそんな事をやりそうな奴等を私は知ってる。
ズバリ天使だろう。
災厄のせいでただでさえ混乱してる世界を更に引っ掻き回したいようだ。
「あまり調子に乗ると世界に消されそうね。ま、私達には関係ない話よ」
「貴き方、皆様がお戻りになられましたよ」
確かにこちらに向かってくる見覚えのある娘達。
あの推測通りなら真っ赤な桜は見つからなかった筈だ。
「へぷしっ!……うぅ、お鼻がむずむずします。絶対にお姉ちゃんがわたしの噂してたに違いないです」
「ひょっとして、花粉症」
「花粉症ですか。ふむ、花粉と言えば謂わば花の精子」
「変態はお黙りなさい」
真面目空間が一気にほのぼの空間に変わってしまった。
「まあいいや、皆の成果でも聞きましょう。マオ、座椅子」
「はいっくしっ!」
……私に唾と鼻水は引っ掛けないでくれよ。
ユニクスの血じゃ治らないのだろうか?
と思って言ったら単に気付かなかったらしい。渡して飲ませたらちゃんと治ったようだ。
安全になったところで私はいつもの様にマオの太腿に座る。
「ふむ、やっぱ豚よりはマオよね」
「はぅー?」
やはり皆して何のこっちゃって顔をしている。
じゃあ初めに喋る魔物の事やらここで死んだ変な豚の事でも教えてやるか。




