幼女、祝福を確認する
ヒノモトに入国してまず気付いたこと。
それは意外にも貧困に喘いでいる様子があまり見られないという事だ。
初っ端からこちらの思惑が不発に終わってしまった。
他では珍しいはずの着物とやらを着た住民がそれなりに見られる。
それらの表情を見ても飢えてますとは書いていない。
ではあまり嵐の被害が無かったかと言うとそうでもないらしい。
木造が主流っぽいヒノモトの民家は見る限り無事な家が見られない。
中には全壊の家もちらほら見えるのでやはりそこそこは大変な目にあったのだろう。
「大国よりも余裕そうじゃない」
「いえ、備蓄していた各倉庫を強固にしていたお陰です。後一月もすれば蓄えも尽き他国同様貧困に喘ぐ事になるでしょう」
「でもちょっと我慢すれば新しい作物も育ち終わるんじゃない?」
「それがどうにも育ちが悪いようでして」
嵐からたった一ヶ月経っただけで育ちの良し悪しが分かるものなのか。
一つ目ちゃんクラスになると分かるんだろうなぁ。当の本人はアルカディアでバンバン育つ作物に狂喜してる事だろう。
「貴き方、その作物の育ち云々は災厄だった頃の私のせいでしょう」
「ほぅ」
「あの嵐がもたらす大雨はただの雨ではありません。あの雨が染み込んだ土地は例外なく不作になるのです」
「負の感情のせいか。それって人間もヤバいんじゃない?」
具体的には馬鹿みたいに濡れて遊んでいたマリアとかアホの子とか。
「生物には影響はありません。あくまで作物が不作になるだけです。土地自体をどうこうしますとこの星に悪いですしね」
「何でそんなめんどい仕様にしたのよ」
「飢えに苦しむ生物というのは怒りや憎しみとはまた違う負の感情を湧かせてくれましたので……もちろん今は負の感情などどうでもいいのですけど」
なんだ餌の為だったか。負の感情の味の違いなんぞ私達には分からん。
まぁ今は食料があるなら私達がヒノモトの料理巡りをするまではもちそうだ。
じゃあ別に妖精に頼んで恩を売るとかしなくてもいいか。後で飢えようが知った事じゃない。
「つまり別に城に行く必要も無くなったわね。のんびり馬車旅から再開は時間的に無理そうだから美味いもの食べ終わったら別の国にでも旅に出ましょう」
「はっはっは、何を言いますお姉様。よく見てください、店なんてどこも開いてないじゃないですか」
「なんだと」
どれが飯屋か分からなかったが、暖簾が入り口に掛けてあるのは大体飯屋らしい。
確かに見た感じ開いてない。というか入り口の前に店休日と書いてある。
「そりゃ一月分の食料しかないのなら店を開けれる程の食料を与える余裕なんかありませんわな」
「ならば結局は主殿が手を貸さねばならんのか」
「お母さんと言いますか妖精ですけど。しかし災厄の影響を妖精達でどうこう出来ますでしょうか」
確かに。
「貴き方には容易かと。丁度先程の祝福の中に使えそうな能力がありましたし」
「ちょっと待った」
「待ちましょう……再び貴き方に呼ばれるまで……」
そこまで待たんでいい。
それよりも聞き捨てなら無い台詞を聞いた。
「能力とな。あれか、私に何だか分からない能力が増えたっての?」
「それはもう祝福ですから」
祝福なら当たり前らしい。
あの光って私の身体に吸収されたのが何かしらの能力って事か。
マジかよこの世界サービス良すぎ。
「お姉ちゃんって沢山祝福されてましたよね?」
「丁度100回でした」
「という事は100個も能力が付与されたってこと?いくらなんでもリーダー酷すぎ」
「私の時代始まったな、ハハン!」
「調子に乗り出すとヘボい能力ばかりでガッカリするという法則がありまして」
嫌な事を言う変態娘である。
ユキの言った事が本当になりそうではあるが、世界とやらは私を好きすぎているのだろう?
そりゃもうヤバい能力ばっかで人生勝ち組待ったなしな感じになってるんじゃなかろうか。
すでに一つは不作な食材をどうこう出来るという凄そうな感じの力があるし。
「だが何の力が得られたのか分からん」
「あたしの鑑定でも分からん」
「何を持ってるか分からないとか意味無いですね」
全くだ。
一つは災厄塗れの作物をどうにか出来る能力らしいが……おい。
「みみみが把握してんじゃん」
「はい。バッチリと」
「へー、じゃあ残り99個ってなに?」
「皆様、ご歓談の途中で申し訳ありませんが、お話の続きは宿の中でゆっくりとされて下さい」
何故に宿。
偉い人の所に行くんじゃなかったのか。
聞けば今から城に歩いて向かおうなら夜を通り越して朝になってしまうそうだ。
まぁ五丁目より広そうな国だしな……
歩いてそれなら走ればいいんじゃないかと思うが、ミコちゃんには無理か。
「分かった。なら宿に案内なさいな」
「目的の宿はすぐそちらに……申し訳ありません。アルカディアの方々が参られるのは把握してましたが、何時かは不明でしたので馬車の手配をしておりませんで。明日には手配が済んでいる筈なので城までご案内出来ます」
「分かったわよ堅苦しい」
言われた通り一旦会話を中断してミコちゃんの案内で宿に入った。
中に入ると他国と比べるとヒノモトの宿は大分違うのが分かる。
一番良い宿、という訳ではない。
一番被害が少なかった事で選ばれたそうだ。それでもヒノモトの中ではそれなりに高級な宿だそうだが。
「今までの宿とは雰囲気が違うわね」
「宿と言うより旅館ですから」
「旅館ねぇ……」
「部屋に入れば分かります。恐らく土足禁止の畳部屋でしょう」
タタミか、ゴロゴロするのに適した部屋だっけか。
じゃあさっさと部屋に入ってゴロゴロしよう。
従業員に案内されるかと思ったがミコちゃんがそのまま部屋まで案内してくれた。
その辺の雑魚には私達の案内など任せられないとでも言うのだろうか。
ちょっと時間がかかったが部屋に着いたらしい。
場所的に一番奥の部屋っぽい。
「ここは皆様にとって他国、ですので個人で別れるより大部屋で固まってる方が安心と思いこの部屋を用意させて頂きました」
「気が利くのやら」
「敵意無しと意思表示されてるのでしょう」
部屋に入りタタミとやらに上がる、前に靴を脱いだ。
んー、何とも独特の臭いだこと。草っぽい。
何かゴロゴロすると痒くなりそうだから止めておくか……マリアは速攻で転がっているけど。
「それでは茶でも飲みながら先程の話の続きでもしましょうか」
「今更なのですが、それは私も同席して良い話でしょうか?」
「いいんじゃないの?」
別に敵な訳でもなし。
ところで椅子がないと座るのにちょっと悩むな。まぁ結局マオの太腿の上に座るんだけど。
そのマオは正座で座っているので話が終わる頃には悲惨な事になってるだろう。
「それでは先程の作物事情に関係した能力からですね。しかしこれは説明しようにもただ貴き方が元気に育てと願えばそのまま元気に育つ、そんな感じの能力なんですけど」
「災厄の影響は?」
「関係ありませんね。災厄と言いましても、私は元々この星よりも格下だった訳でして……この世界とほぼ同等の権限を行使出来る貴き方の願いの方が優先されるのは道理です」
いつから私がこの世界と同等の権限を行使出来る様になったのだと。まぁ祝福連打のせいだろうが。
この弱っちぃまま格だけが上がっていくモヤモヤ感は一体……
「凄いですね、まさに農家にとっての女神」
「妖精に頼るのとどう違うの?」
「妖精に頼らずとも同じ様な事が可能になったって感じですよきっと」
「より強力になったと思って頂ければ宜しいかと。妖精達では災厄の影響をどうのこうの出来ませんし」
とりあえず食うには困らない力だって事だろ。
そんなん後でいいから他の素敵能力について聞かせろや。
「では一つ目です。貴き方は……指パッチンが出来る様になりました」
「なんと!?」
ぺちん。
「おお、子供でも出来る者はいるとはいえ、あの柔らかお手々で成功なさるとは!」
「この普通よりも情けない感じの音が味わい深いと言いますか」
「ふむぅ、あれはあれでコツとか聞かないと難しい筈ですが、流石は祝福です」
「ん、神の所業」
そこまでスケールの大きな能力だろうか。
「で?」
「それだけですが?」
……そうか。
ぺちん。
「早くも期待出来なくなったけど、次に行きましょう」
「では二つ目に行きましょう。二つ目は……空腹時に通常の2倍ご飯が美味しく感じられる能力です」
それは能力と言えるのだろうか。
能力無くても美味く感じるだろうが。
「分かった。質問を変えましょう。使えそうな能力を言ってみて」
「冒険者として有能そうなのですね。でしたらまずは身体能力2倍がございます」
「そういうの待ってた。マオ、腕相撲で勝負よ!」
「え、あ、はい!」
「ぐはぁ」
「弱っ」
マオの太腿から降りてテーブルで勝負したら1秒かからず負けた。
そりゃ負けるわな……
「5歳児並の能力が8歳児ぐらいに上がった程度でしょうしね」
「いっそ一般成人女性並の身体能力貰った方が良かったね」
「良さそうな能力を自ら潰していく、流石は姉さん」
「やかましい」
身体能力関係はダメだ。素直に奇跡ぱわーに頼った方がいい。
まだ100個の内の数個だ。未来はある……たぶん90個くらいはどうでも良さそうな力だろうけど。
「では次ですが、これは凄いですよ。全ての魔法の適正付与です」
「はいはい魔力ない魔力ない」
「いえ、これは魔力を使わない魔法でして、言うなれば魔法の亜種、略して亜法です」
「誰がアホだ。いやそれはいい、魔力を使わないという事は私でも使えると?」
「この祝福を持った者なら誰でも」
私の時代が来てしまった……
「適正付与なのでそれ相応の頑張りが無ければ使えないでしょう」
「魔法が使えれば嫌がらせのバリエーションが増える、だったら努力だって怠らない」
「動機がダメすぎます」
ついに奇跡ぱわーのなんちゃって魔法から卒業する時がきたか。
魔力を使わないから通常の魔法とは違う様だが、魔法は魔法だ。
「魔力を使わないとなると何を使うのですか?」
「カロリーです。大きな魔法を使えばすぐに空腹になってしまうでしょう」
「割とお手軽な代償でいいじゃないですか」
「主殿にも自衛手段が増えて良かったのじゃ」
何という好感触。
魔法を使う人外がウチには多いし教師にも事欠かない。やるじゃないか世界の祝福とやらは!
「ちなみにこれはアリス様に渡された様です」
「オチつけんなよ……ガッカリするだろ……」
「うわ、マジ凹みしてるよ」
何で一つだけ譲った奴が使える奴なんだよ。
いや、アリスが強化されたのならそれはそれでいいのだが。
ぐぬぬ、だが私も魔法が使いたかった……!
「落ち込まないで下さいませ。貴き方にもってこいな祝福もありましたよ?」
「へー」
「このやさぐれっぷりよ。で、どんなのヤツなのみみみ?」
「はい。第六感の強化です。つまり今までより勘が鋭くなったと言えましょう」
おおっ!
私の数少ない武器である勘が強化されたか。
良いじゃないか。
……て事は、さっき人の心の中を覗き見されてそうと感じたのはそのせいか。
何となく視線を感じたし。
「ふ、勝ったな」
「お姉ちゃんが元気になってよかったです」
「何に勝ったか不明だけどね」
「後は、ヤバ気な祝福ですと『ペドちゃんと好き嫌い一緒!』がありますね」
何だそりゃ。
急に台詞調になりやがった。数が多すぎて世界の野郎も適当になってんじゃなかろうか。
「好き嫌いが一緒で何がヤバイのか分かりませんね」
「いえ、割とえぐい祝福です。簡単に言いますと貴き方が嫌いと言ったモノは世界も嫌う、という事です」
「……えぐいのぅ」
「つまり、お姉様に嫌われた人間はユキノジョウの様に世界に嫌われると」
「そうなりますね。どう頑張っても長くは生きられないでしょう」
何だろうか、急に皆から距離を置かれた感が出てきたぞ。
私が味方に対してそんな暴挙を取るとでも思っているのか?
「へへ、ささリーダー、美味しいお饅頭でもどうぞ?」
「要らんわ。キモいから下手に出んな」
「まぁ貴き方が心底嫌いにならない限り世界に嫌われたりはしませんのでご安心くださいませ」
「割と早々に犠牲者が出そうな気がしますが」
「お母さんは嫌いになるととことん嫌いになりますから」
何にせよこれは合っても無くてもどっちでもいい力だな。
嫌いになった奴ならそもそも殺しそうだし。
「奇跡ぱわー関係で何かないの?気絶タイム半減とか」
「そう、ですね……有りますね。気絶関係ではありませんが、最初に発動した際に陥る状態異常の代償で命に関わる症状は出ない様になっています」
「状態異常?」
「ああ、お姉様が酔っ払っていたのは状態異常でしたか」
「命に関わると言いますと、毒とかそんな感じのですか。何にせよ有り難い祝福です」
ある意味気絶より酷い代償だったのか。
あれからサッパリ使ってなかったけど、祝福を受ける前に使わなくて良かったかもしれない。
「何じゃ、つまり心配しておった酔っ払い状態には毎回なる訳ではないのか」
「ランダムで何かしらの症状が出るのでしょう」
「それはそれで怖いわね」
状態異常ってどんなのがあるんだよ。出来れば微熱とか来てください。
しかしメリットも判明したな。
意識がある代償なら2回は奇跡ぱわーが使えるって事だ。
これなら余程の相手でも勝てるな。
「とりあえず後一つだけ聞いて残りは後日にしましょうか」
「最後ならやっぱ良さ気なのがいいんじゃない?」
「でしたら幸運上昇でしょう」
「ただでさえラッキーガールな幼女が更にラッキーになったと?」
これまた自分では判別しにくいな。
運が良くなったとか何処で判断すればいいのやら。
セブンス自由都市でギャンブルでもすれば実感出来るかもしれない。
「お話が済みましたのなら、温泉でもいかがですか?」
「え、温泉あんの?うひょー、あたし入ってくる」
「ヒノモトの温泉は久しぶりですし、私もご一緒しましょう」
一瞬で関心が私の祝福から温泉にチェンジしてしまった。
所詮他人の能力だからな……
私は後から入るとして、折角のタタミ部屋でも満喫する為にゴロゴロしてようかね。




