幼女、まおうに敬意を示す
ふぅ…いい仕事をした。足元にはマオウが這いつくばっている。この辺で許してやるか…
「私は優しいからこれで許してあげるわ」
『き…きさま……』
「後は貴女が私の代わりにやっちゃって。そうね…思いっきりビンタしてあげて」
「はぅ!?わ、わたしがですか?」
「当然、積年の恨みと、私を殺そうとした罪を何もせずに許すの?」
ビンタぐらいして欲しい。魔物を楽に殺せる実力は持ってるのに逃げ続けてたのなら、ひょっとしたら殴った事など一度もないのかもしれない。
この先、魔物と戦闘をしない何てまずないだろう…魔物の攻撃を防御するだけでは大怪我をするか、それだけでは済まない可能性もある。会った時に死にかけてたのが良い例だ
「貴女が誰にも手を上げれない優しい娘だとは知ってるけど、私達と共に行くのなら立ちはだかる相手を傷付ける覚悟ぐらい持っておいて欲しい」
「わたしが…傷付ける…」
「…まぁ、流石に無理強いはしないけど」
相手はあんなのでも母だし…斜め上にいきすぎた行動だが、娘の為と言えなくもない…か?
まだこの娘には無理かもという私の心配をよそに、娘は何かを決心した顔付きで倒れ伏す母親の元へ向かった。
「…お母さん」
『…なに?』
「わたしは…別に里でいじめられた事でお母さんを怒ってないです」
『…』
「でも…わたしの、会ったばかりだけど…何のつながりも無いけどっ、わたしの!もう一人の家族を傷付けた事はゆるしません!」
『……あなた』
「わたしは…!強くなりますっ…お母さんの様にっ!だから…っ…わたしが、踏み出す一歩を……他でもないお母さんに…」
『…いい。それ以上言わなくていい。やりなさい』
「…っ!うわぁぁぁぁぁっ!」
ばっしいぃぃぃぃいいんっっ!!!
「…あれは痛い」
「…痛いですね」
「…もう一人って…ユキは含まれてないわね」
「でしたら私はお友達になりましょう」
初めてで加減がわからなかったのか、首が吹っ飛ぶんじゃないかと思う程の強烈なビンタだった
「あわわわわわわっ!?だ、大丈夫ですっ?!」
『いっ…たぁ……首が取れるかと思った……』
「あぅ…」
『…強いな。流石は私の娘だ』
「は、はい!とーぜんですっ!」
……
…娘は凄い、お母さんのが凄い談義が延々と続いている。良い話してるとこ悪いが、そろそろ娘に名付けでもしてやりたい。マオウとか継いでもらっても困るし
「母娘愛を確かめあってるとこ悪いけど、私がその娘に名付けしてもいい?」
『…なんだと?』
「あ、思い付いたです?」
「えぇ、素晴らしい名前が」
『この子はマオウだ、それ以外にない』
「まぁ、私の素晴らしい名前を聞いてから考えなさいよ」
「お、教えて欲しいですっ!」
期待に瞳を輝かせる娘。失礼な話だが、今までの出来事があったからこそ、今のこの娘があるのだ。
だから感謝しよう。この娘を不幸にしてきた元凶達に…私に興味を持たせる存在に育ててくれてありがとう、と…
私は産みの親では無いけど、あなたが私を家族と呼ぶのなら…せめて私は名付け親となってあげよう。
「貴女の名前は……マオ」
これから母は共に出来まい。ならば母の一部と共にすれば良い。母の名前と、母の衣服と、それと……
「マオ……わたし、の…名前…」
『マオウではなく、マオ、か』
「この娘にはそっちの方がお似合いだと思うけど?」
…ホントは「ぺけぴー」とか付けようと思ってたとか言えない…。
『…娘が、気に入ってるなら仕方あるまい』
「貴女はいつ成仏するの?」
『私は死んでないっ!…だが、そうだな……娘はもう私の手を離れた、か』
「誰であろうといつかは巣立つわ」
『…ならば私は身体を癒す事に専念しよう…娘は、マオはお前達が守ってくれるのだろう?』
「もちろん」
後は長い別れとなるだろう母娘の挨拶を済ます
「お母さん…またね」『…またな』
その一言を交わすだけで母娘の挨拶はあっけなく終わった。いずれ旅の最中に再会するかもしれない。だったら「またね」の一言で十分か……
「お別れの前に貴女にお願いがあるの」
★★★★★★★★★★
私達の前にたたずむ一人の女性。舞王として凛とした表情でこちらを見つめている。
お別れの前に、私はマオウの舞いが見たいと言った。それ以外は何も言わなかったが、きっとマオにとって目指すべき道の一つとなる。
彼女の舞が始まった。貴族が踊るステップを踏む様な踊りではなく、緩やかに動く…なるほど、これが舞…。
彼女が旋回するたびに長い袖が靡く。この服は舞を美麗に魅せるためのものか…
「…この動きは、なるほど…彼女は舞を武へと昇華できたのですか」
彼女と戦ったユキには何かを感じとれたのだろう。私にはわからないが…
舞う彼女は憂いの表情をしている。今の彼女は母親として、娘の為だけに舞っているのだ。
きっと貴女の想いは娘に届いている。涙を流し母の姿を焼き付けているマオを見れば分かる。
旋回を主とした躍りがこうも美しいとは思わなかったが、見れて良かった…確かに彼女は舞王だった。
そして舞は終幕を迎えたのか、彼女は一礼をし、何故かその場に正座した。
今の彼女は私達を、いや私だけを見つめている。彼女は母親として、私を娘を託す相手として見ている。そんな気がする。
ならば私も答えねばなるまい。彼女は決断したのだ、故郷を襲った同じ人間の私に娘を託すと。
ユキ達を、マオすらもその場に残し、私だけが彼女に近付く。
彼女と一定の距離をとり、同じく正座して彼女と視線を交わす。
しばらくお互い視線を逸らさず見つめ合ったが、ふと彼女の瞳に優しさが見えたと思った時…彼女は両手を地につけ私に向け深々と礼をする。
私もそれに習い、同じく礼をした。
『…娘を、宜しくお願いします』
「貴女の娘を確かに託されました。私達を信じて頂きありがとうございます」
普段の私とは思えない言葉遣いだが、流石に場は弁える。
『お腹の怪我…誠に申し訳ありませんでした』
「それは私達とて同じ事です。それに、私の怪我の痛みを私に代わって貴女の娘が返してくれました」
『…私は母親失格かもしれない。あなたと出会った後の娘の姿を見ると…そう思ってしまう…あなたの方が親に、家族にふさわしいと……』
「それでも貴女はあの娘の愛する母親です。今の慈愛に満ちた貴女は本当にあの優しい娘の親だ…私はそう思います」
『…あなたの様な人間に会えて良かった』
「他でもない貴女の娘に会えて良かった」
『ありがとう…大きな優しさを持つ小さな人』
「ありがとう…大きな愛を持つ偉大なる舞王」
時間にすれば一分にも満たないかもしれないが、私と彼女にとっては大事な、神聖な儀式だった。
「…マオはきっと貴女の舞を受け継ぐでしょう…マオウの名前は無理でも、舞王の称号は確かに継ぐはずです」
『舞王マオ…ふふ、いつか…この眼で見るのが楽しみです』
「いつか、あなた方母娘で共に舞っているのを見るのも楽しみです」
『ふふ…あなたがマオの家族であるなら、私の家族でもあります…本当に感謝してます、私の可愛いもう一人の娘』
「…どういたしまして、もう一人のお母さん」
今の彼女は書物で見聞きする悪魔とは程遠い…最初は確かに憎悪に満ちたまさしく悪魔であったが、人間だって同じ様な存在だろう
彼女の姿が薄くなりだした。マオとは別れを済ませた。私にも娘を託した…やるべき事はやったのだろう。
また会いましょう…お母さん…
しばらくして彼女の姿は消えた。私は彼女が消えた場所に再び一礼をして、私を待つ家族の元へ帰って行った。




