幼女、天の裁きを受ける
転移した先にはそれなりの大きさの門が待ち構えていた。
鉄製ではなく木製なので何とも簡単に突入されそうだが、見た目と違って頑丈なんだろう。
「周りの防壁は良く分からん不揃いの石と」
「石垣ですね。国一つを囲む様に造られているので途方も無い時間を要した事でしょう」
「外に門番は居ないと」
「中にある物見櫓から外の状況を把握するのです。あそこですね」
確かに石垣とやらの向こうに2メートルほど突き出た建造物がある。
見張りの兵も居るようですでに私達の急な登場に気付いており何やら慌てて下に向かって叫んでいた。
常駐してる兵士にでも報告してるのだろう。
「あっちが私達を敵だと思ってたらまず門は開かないでしょう。という事で馬鹿力で開けて」
「閂、つまり鍵もかかっているんですけどね。後で色々と言われそうです」
んなもんすぐ修理出来る様に予備ぐらい用意してあるだろうに。
ぶち破る前に一応「開けないと壊しますよー」と気の抜けた掛け声をするが当然開かない。
という事で人外姉妹がヨイショと左右それぞれ担当して門を押すとバキッと素敵な音を立てて門が開いた。
「ご苦労」
「ご覧の通り兵士達が集まってきてますが?」
「でしょうね。という事で私達が何者かを教えてやりなさいな」
まぁ教えた所で敵意は消えないだろうけど。
この戦時中に堂々と門を破って来るなど怪しいなんてもんじゃない。
私達がアルカディアの女王と重鎮であると言ってもまるで信じちゃいない。
そんな時はアレだ。
困ったときの妖精頼み。一匹だけだが呼んで見せてやるとかなり驚いた様子だった。
やはり妖精は偉大だな。ただし他所に限るが。
「ぐぬ、私達では判断しにくい。しばし詰所で待っていてくれないか?」
「まぁそんな所でしょうね」
そこでお偉いさんを待てって事だろう。
城に行かずとも向こうから来てくれるなら楽でいいわ。
「隊長、そりゃ甘すぎる判断です。仮に妖精を無理やり使役してるだけの敵だったらどうするのです?……そもそも、国の要所である門を破壊する行為など賊と同義、そんな奴等は信用なりません。ここで斬り捨てましょう」
「ほぅ」
それも極めてまともな判断である。
隊長とやらもそれが分かってる様だが、仮に私が本当のアルカディア女王だとしたら下手な真似をすればこの国が滅ぶかもしれない、そんな葛藤と戦っているのだろう。
事実なんですけど。
だが……この男の判断はまた別の思惑があるようだな。
「ユキ、あの五月蝿いのを斬り殺していいわよ」
「承知しました」
「は?」
何を言ってるんだ、そう表情に出た時にはソイツの首は胴体とお別れしていた。
この私を利用しようなどと考えた愚か者の末路だな。
「て、敵襲ーーーーー!!」
「む、攻めてきたの?」
「私達がその敵でしょうに」
だろうよ。
さてどうするか、さっき殺した奴はともかく、普通のオッサン兵士共まで虐殺するのはマズイかもしれない。この国の戦力低下にもなるし。
でもまぁ向かってきたら殺せばいいか。
おぉ、まるで戦をしにきたみたいだ。
「みたいも何も、侵略そのものじゃないですか」
「そうね……あの馬鹿のせいで予定が狂ったわ」
あんな奴をホイホイ国に居座らせてる方が悪いんじゃないかと。
そう思うとあら不思議、コイツらを殺しても言い訳出来そうな気がしてきた。
「静まりなさい」
「!……こ、これはミコ様」
「事態は把握してますので説明は結構です」
ミコ様だそうだ。名前なのか職業なのか……まぁ普通に巫女服着てるから職業の方の呼び名だろうけど。
その巫女とやらは異世界人と同じく黒髪だった。異世界人の末裔なのかね。
ただ……黒髪と巫女服の組み合わせってええやん。
「お偉いさんみたいね。まぁ色々と理由があっての行動だから聞いてちょーだい」
「結構です」
「おや?」
「貴女方が誰であろうと構いません。自分達が我が国の敵でないと言い張るつもりならば」
ならば?
「他の誰でもない、天に裁いて貰います」
「ほほぅ、天ときたか」
たかが人間風情が天に裁きを委ねるとは笑わせる。
しかし本当に天罰を下せる事が出来るのならヒノモトの奴等ってのは案外厄介な奴等だ。流石は異世界人の末裔の国だと言える。
まぁあくまで出来たらの話だが。
「この国を荒らす賊共に天の裁きを」
巫女が手にしていたじゃらじゃらしてる杖を掲げると、不思議と辺りが暗くなった様な気がした。
「ちょっと!何かよく分からないから黙ってたけどヤバそうじゃん!」
「そうよねぇ、ちょっと置いてけぼりよねぇ」
「何落ち着いとんじゃい!」
どこの人だ。
ま、あちらさんにも何かしら都合ってものがあるのだろう。
賊共と言いつつ標的は私だけっぽいし。
「転移で逃げましょう!」
「平気でしょ」
「何の根拠があるんですか?」
「勘」
「ふむ、なら大丈夫ですね」
私の勘に対してのこの信頼度よ。
裁き裁き言ってるけど、敵意ぐらい見せればこっちもそれなりに焦るのに。
でもまぁ天の裁きってのは本当なのだろう。
理由は知らんが、あの巫女は裁きを食らっても私が無事であると分かっている様だ。なら、黙って見てようじゃないか。
さてさて、どんなものか――
「あ」
天、というからには空から何かしら降ってくるのだろうと思って上を向いてたら。
雷っぽいのが私に降ってくるのが見えた。
と思ったら打たれていた。
「ぎゃあああ!?リーダーが死んだ!やっぱりねっ、あたしは裁かれると思ってたのよ!!」
「わたしもですっ!……じゃなくて!?お姉ちゃんが死んじゃいますよ!!?」
「あんたらお姉様が生きてたら後で酷いですよ」
「お、おぉ……主殿があまりにも余裕な態度であったから大丈夫かと思ったのじゃが……」
「いえ、別に雷に打たれた訳ではないみたいですよ」
その通り。
眩しい光が超速で落ちてきた時は焦ったが、別に痛みも何もない。
むしろほわほわ暖かい。
何だろうかこの裁きは。
『この者に祝福を――』
ふと、何かしら声が聞こえた。
奇跡すてっきみたいに頭に直接語りかける様な声。声質からして奇跡すてっきではない。
にしても何故に祝福。裁きじゃなかったのか。
声が聞こえた瞬間、周辺を覆う様に光が集まり、それが私の中に入っていった。これが祝福とやらなのか。
『……ペド・フィーリアに祝福を』
「またかよ」
サービスいいなおい。
何か知らんが二つくれるらしい。貰えるものは貰っておこう。
『小さな英雄に祝福を』
「どんだけくれるつもりよ。有難みが減るわ」
『この者に祝福を……もう一度祝福を、祝福を祝福を祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福祝福シュクフク祝福祝福祝福祝福を、祝福をシュクフクヲ祝福祝福祝福しゅくふく祝福祝福シュクフク』
「狂気を感じる」
祝福連打されてるせいか眩しいんだよ、何だこれ。
「何かお姉様が光って見えないんですけど」
「何が起こってるんですか」
どうやらこの声は他の連中には聞こえないらしい。
何が起こってるかは私の方が知りたい。
しばらく待ってみるが、終わる気配がない。どうしたもんか。
「貴き方はこの世界から祝福を与えられてるようです。今現在で79回目です」
「多っ!?」
「祝福って何度もされるもんじゃないでしょうに」
「これは病んでますわ」
分かっちゃいたが、やっぱりこの世界からの祝福か。
となるとこの声は世界の声……世界の声を聞くとか中々貴重な経験だな。
「そんなに要らんからアリスにもちょーだい」
『…………アリス・フィーリアに祝福を』
「やったぜ」
今頃急にアリスが光って母が驚いているに違いない。
しかし私が言えば誰にでもくれるのなら他の連中にもくれるように言ってみるべきか。
そう思ったら眩しかった光が収まり、世界の声も聞こえなくなった。
ち、世界の野郎察しやがったか。
祝福とやらが終わったので身体を確かめてみるが、異世界人みたいに身体能力がチート化してるといった様子はない。
何かしら強化されてるとは思うが……分からん。
ともかく、天の裁きという名の祝福が終わったので巫女の方を見ると、何故か地に三つ指ついて頭を下げていた。土下座と違って偉い相手に頭を下げる感じだ。
「ご無礼、平に御容赦を」
「私は裁かれなかった、無罪でいいのね」
「天に祝福される御方を裁こうとしたのです。裁かれるべきは私です」
「貴女を裁く気なんてないわ。罰が欲しけりゃこの国の城まで連れてってちょーだい」
異論はないのか、巫女は立ち上がると付いてくる様に告げて背を向けた。
話が早い、出来る巫女である。
「ミコ様!……あの」
「斬り殺された者は敵国の間者です。大方アルカディアを我が国に仕向けるつもりだったのでしょう。私達が始末する手間が省けたので感謝しましょう」
「間者!?……しかし、長年我が国に仕えていた者ですが」
「5年ほどでしょうか。その者から簡単に敵国の情報が仕入れられたので泳がせておいただけです」
へぇ……情報の為にあえて懐に置いておいたか。
簡単に仕入れられる筈がない。敵国の中でペラペラ重要な情報を喋る訳ないしな。
つまり、この国は間者から有用な情報を仕入れる手段があるって事か。
小国のくせに長年存続できてるだけの事はある。
「天に祝福された以上、この方達は我が主神様と同位の存在、今後はそれ相応の態度を取るように」
「……はっ!」
なるほど。
それであんな急に天の裁きとやらを行ったのか。
賊みたいな入国した私達に負の感情を抱かせぬように。
あれだけ派手にやったのだ、私達の事はすぐにでも国中に広がる事だろう。
賊から一転して聖女扱いでもされそうだな。
「優秀ね、貴女が災厄の到来を予言した巫女なの?」
「いえ、主神様のお告げをお聞きになったのはヒミコ様です」
「まだ上が居たか、てっきり私達が来るのを予期してここで待ってたかと思ってたわ」
「予期してお待ちしてたのは合ってます」
「間者を安易に殺したのは悪かったわ」
「敵の情報など知る手段は多々あるので構いません。それに……情報などなくとも、周りの弱小国など相手になりませんので」
この自信である。
小国とは言えこの規模だ。他の国からすれば欲しいだろう。
時には小国同士で同盟を組んで攻められた事もあるだろう。
それでも今日まで勝ち残っている。
アルカディア程ではないだろうが、中々に堅牢な国だこと。
★★★★★★★★★★
はふぅ、何とかアルカディアとの第一の接触は無事に済みましたね。
カオルちゃんがペド様に向かって天の裁きを下した時はちょっと焦りましたが、良く考えたら世界ちゃんがペド様に害する訳ありませんでした。
それにしてもヒミコったら、ちゃんと私のお告げを伝えてくれないと。
裁きじゃなくてただ単に世界ちゃんとお話させてあげるだけで良かったのですよ?
「見た感じ非常識なのは分かったわね」
「……そうですね。ただ、敵味方の判断能力は素晴らしいです。会って間もなく他国の兵の一人が間者であるなんて普通は気付きません」
「まぁ、その辺は確かに恐ろしい観察眼だと思うわ」
「カオルちゃんの天の裁きも、自分は大丈夫だと確信していた様ですし」
天、つまり世界の裁きです。
あれ程の加護を持っているのですから自分は大丈夫だと思うのは分からないでもないです。
ただ、仮にカオルちゃんが天の裁きと称した雷魔法を使っていたのなら、あの子はそれに気付いて防いだのでしょうか。
いえ、防いだのでしょうね。カオルちゃんが害するつもりがないと分かっていた様ですし。
ちなみに現在、大きい水晶に映った彼女達を覗き見中です。
「ヒミコ……私はあの幼女が恐ろしい」
「敵ではありませんよ?」
「分かってる。それでも、勘なのか見透かしているのか、何だか分からないけど……あの幼女の思惑通りに何もかも進む気がするのよ」
「そうですか……確かに、いきなり門を壊すなど普通はありませんしね。あそこでカオルが出てくるのを見越していた……いえ、予期していた、その可能性もありえます」
いえ、残念ながらあの子は行き当たりばったりで行動してるだけだと思います。
あそこでカオルちゃんが出て行かなかったら敵となった兵士達は殺されていたでしょう。
あの子、いえあの国ほどの強者には常識など通用しませんよ。
だって、どれほど偉い者だろうと、私の様な存在だろうと、力だけで黙らせる事が出来るのですから。
「あの子だけに好き勝手されるのは嫌よ。武力は勝てないでしょう。だから、一つくらいは弱みを握ってせめて対等ぐらいにはもっていきたい」
「サユリ……まさか」
「覗くわ、あの子の心を」
「覗いたからと言って、弱みが分かるとは限りませんが」
「まぁね、ただ……あの子がどういう奴かくらいは分かるでしょう」
読心術。サトリとも言います。
カオルちゃんが生まれ持った能力ですね。
異世界から来た先祖から譲り受けた能力とでもいいますか。
彼女の力のおかげで敵国の情報は筒抜けです。
あの子の心の中ですか……ちょっと気になりますね。
……よし、カオルちゃんに同調して私も聞いてみましょう。世界ちゃんとお話する時のネタにもなりそうですしね。
「やるわよ」
「疲れない程度にして下さいよ」
『ふえぇ……股間から硫黄の臭いがするよぉ……』
……はい。
「?……どうしました?」
「ねぇヒミコ、今のお嬢ちゃんってどんな様子?」
「別にどうとも、カオルにこの国の事を興味津々でお聞きになってますが」
「そう、そうよね……」
「いや、本当にどうしました?」
「ヒミコ、私疲れてるのよ」
「自分で言いますか、いえ自分の体調に気付くというのは良い事です。しかし貴女はろくに疲れる事なんてしてないでしょうに」
残念ながらわたくしにも聞こえましたので幻聴ではございませぬよ。
しかし驚きましたというか……あんな不敵な顔をしておきながら考えてる事がその、あれだなんて。
「気のせいかもしれないわね、もう一回聞いてみるわ」
「はぁ……一体何を聞いたのでしょう」
貴女は知らなくても良い事ですよヒミコ。
さて、サユリちゃんが再びサトリの能力を使うという事はわたくしもまた盗み聞きする義務があるという事。
『股間から硫黄の臭い、まさかとは思うが……先生!ワシの孫はもしや!?』
『これは……10万人に1人、選ばれし者にだけ現れる間欠泉……その名も股間欠泉ですぞ!!』
『股間欠泉ですとな!』
続いてました。誰ですか先生って。
実は密かに続きに期待しております。
何故なら常人なら考えつかない様な話だからです。
しかし現実であれほどカオルちゃんと談笑しておきながら心の中で創作物語を展開するとはどんな精神してるのでしょうか。
『お前に股間欠泉があるとはのぉ……やはりお前の両親は』
『両親?ねぇお爺ちゃん、僕の両親がなんなの?』
『坊、お前の両親か。お前の両親はなぁ……』
…………
………………………
「言わないのかよ!」
「ひゃっ!?……もう、一体何なんですか?」
「ごめん。ちょっと取り乱したわ」
「はぁ、それで、何か分かりました?」
「ええ、とりあえず主役は男の子みたい」
「何の話ですか」
特殊な場所の間欠泉の話です。
『はぁ……はぁ……』
『坊、しっかりしろ!……先生!坊は、坊の容態はどうなんじゃ!』
『……この子の股間欠泉の温度はおよそ60度。本来なら魔力で膀胱に膜を張り高温から守る筈なのですが……この子には魔力があまり無い。このままでは内側から焼け爛れて死に至る可能性も』
『なん……じゃと……?』
本当に誰ですか先生って。
ツッコミどころは有りますが、妙な設定だけはしっかりしてありますね。
「……急に真顔になりましたが、何か変化でも」
「うん……どうやら強引に感動路線に持ち込むみたい」
「ごめんなさい。私にも分かる様に話して下さい」
「そうね、強いて言えば……ダイジェストかと思ったけど、重要な部分は隠してある所を考慮するとこれは予告編だわ」
「貴女には何が聞こえてるのですか」
誰も考えなさそうなお話ですよ。
ほらサユリちゃん、さっさと続きを聞きましょうよ。
『生きていると知った両親を求め、カドマツは村を旅立った。果たしてこの先彼を待ち受けているものとは……ふぃりあ先生の次回作にご期待ください』
終わっとる!?
「予告編なのに打ち切りかよっ!何で終わり際に主人公の名前が初披露されんのよ!!」
「うひっ!?だ、だから驚かさないでください!」
「くおおおぉぉぉぉっ!!肝心な部分は闇に葬られたまま終わるってどういう事よ!こんなの読者、いえ視聴者を馬鹿にしてるわ!」
「何を興奮してるか知りませんが、貴女は勝手に盗み聞きしてるだけですからね?怒るのはお門違いってものです」
「そういえばそうだった。そもそも割と真面目に聞きたい話でもなかったわ」
え……真面目に続きに期待してたわたくしって一体……
それはそれとして、主人公の男の子が一度はピンチになるというお約束を考えると構成としては良く見かける感じですね。
まぁ題材が誰もがまともに考え付かない内容ですからそこは評価出来ます。
『ふぃりあ先生の大ベストセラー『桃女郎』①巻~②巻まで、アルカディアにて好評発売中!
春の柔らかな日差しと共に暖かな風をお届けします。尻から』
尻から。
たった一言で臭そう。
でも気になるから誰か買ってきてお供えしてくれないかしら?
「宣伝までしやがったわ!自分で大ベストセラーとか自画自賛もいいとこでしょ!というかタイトルがあからさまなパクリ!!」
「……そう、そうね。サユリ、あなた疲れてるのよ」
「怒ってんのよ!!」
……宣伝?
誰に対しての宣伝?
サユリちゃんの言葉を聞いた瞬間ゾクリとしました。
まさか、あの子は――
サユリちゃんの、読心術に気付いている――
もしかして、カオルちゃんから貰った数少ない情報の中から、私達の国に、そういう術を持つ子が居ると気付いたのかもしれない。
いや、気付いている。
だって、水晶を通して私と目が合ってるから――
常人には見えない筈の、私と。
……恐ろしい娘ですね。流石は世界ちゃんのお気に入りと言いますか。
あの子と顔を合わせるのが楽しみなような怖いような。




