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幼女は明日を迎えたい

 災厄か、初めて見たがありゃ化け物だ。

 人の身でどうこう出来るもんじゃない……だからアレに戦いを挑む奴等は例外なく大馬鹿だ。

 そんな馬鹿の中に他ならぬペド・フィーリアが含まれていたのは嘆かわしい事である。


 手助けしようとも思ったが止めた。

 私が手を出すのはきっと終わった後だと勘が囁いたからである。


 この世界に舞い降りた災厄をどうこうするのはこの世界に生きている奴等がする事だ。

 それに、この世界の私なら災厄ですらどうにかするんじゃないかという期待もあった。果たしてそれは叶えられた。


 自身も消滅してしまう様だがそれでも見事だと言えよう。

 まぁ私としては災厄を消滅させた事よりも先祖であるアイリスと共闘する事の方が驚きだったが。

 私は敵として戦う側だったが、同じ一族としてこちらの方が正しい姿なのだろうな……


 さて、あまり時間は無い。

 さっさと誰にも知られていない英雄の救出にでも行こうか。




 借りを返す。

 元の世界で肉体も失い、後は意識も消え行くだけとぼけーっと考えていた時にふと思いついた言葉だ。


 二度と目覚めないかもしれないという眠りから私は起きる事が出来た。

 他ならぬ別世界の私の手によってだ。

 

 私が長い気絶から目覚めた後、遅れながらも旅に出ることにした。

 私にとっても夢だったに違いない。

 旅のお供はユキとアリスだけ、この世界の私に比べれば寂しい旅路だろう。

 だけど、生まれた故郷の外は新鮮で楽しかった。


 こっちの私は何とも思ってないだろうが、私にとっては大きすぎる借りだ。

 起きて夢を叶えた事もそうだが、何よりも私が目覚めたおかげで一族が滅ぶ事はなくなったから。


 世界を旅して回ったのは僅かに2年。

 いつも通りつまらない依頼を受けつつ旅をしていると、アリスが倒れた。

 回復魔法も薬も、神獣の血ですら治せない症状。


 無茶をしたアリスへの代償だった。

 一族の跡継ぎを作る筈だったアリスは恋も知らぬままに息絶えた。

 先代の血筋はワンス王国のフィーリア一族だけ。つまりアリスが子を産まずに死んだという事は一族滅亡を意味する。


 存続させるにはもはや私がどうにかするしかない。

 考え付いたのは私の肉体を素材にしてユキを妊娠させる、という事だった。

 死ぬ寸前なら肉体が消滅しようが特に後悔もない。


 ユキが産むのは確実に私と同じ血を受け継いでいる者。というか中身以外は私と同じになるかもしれないなぁ……まぁいいや。

 残されるユキには多少申し訳ないと思ったがこれも一族を存続させる為だ。


 これで私の居た世界のフィーリア一族はどうにかこうにか存続出来るだろう。


 そして借りを返す為にここに来たと最初の話に戻る訳なのだが……


 流石に肉体の無い意識体だけの私じゃあの代償を背負う事など出来る訳無いだろ、常識的に考えて。


 さて困ったなー、借りを返しに来たのに何も出来ないなーとか思ってた時にソイツ等を見つけた。

 見つけたと言うか、何か呼ばれた気がしたのだ。


 ダンジョンらしき建物をスイーっと降りていくと、そこにはおあつらえ向きにほぼ同じ存在である偽者のペド・フィーリアが居た。

 しかも先代の使い手であるフィーリアの偽者までオマケに付いている。


 何でそんなもんがダンジョンに居るのか知らんが、コイツ等を利用すれば恐らくこの世界の私は助かるだろう。

 にしてもこの展開は誰の仕業だろうか……どうやら別世界のペド・フィーリアを利用してでも救いたいほどこの世界の私が大事であるらしい。


 言い換えるとまだこの世界の私が死んでは困るって事かもしれないけど。


 とりあえずこのガキっぽい私の身体を頂くとするか。


『貴女の身体、この世界のペド・フィーリアの為に使っていい?』

「いいよー」

『……軽いわね』

「わたしじぶんだいすきだから」


 ふむ、この世界のペド・フィーリアが大好きだという認識でいいのだろうか。

 とにかくくれるってんなら有難く頂くとしよう。


 どうやって頂くか、んなもん奇跡ぱわーでどうとでもなるわ。




「私、参上」

「急にどうしたのよ耳削ぎちゃん」

「何だその変な呼ばれ方」

「……耳削ぎちゃんじゃないわね」

「よう、生きてた時に私の妹が世話になったみたいね」


 そういやアリスがボッコボコにされたらしいが、今は置いておこう。

 先代にも手伝って貰うしな、それでチャラって事にしてやろう。


 先代も何となく察してるとは思うが一応これまでのいきさつを話しておいた。


「ふーん、なるほどねぇ……確かに何者かの思惑を感じるわね。本来ならこの部屋から挑戦者が居なくなったら私達は元の魔物に戻ってる筈だし」

「えぇ、でもそんな事はどうでもいいわ。私は自分の借りを返すだけだから」

「別に私はあの子に借りなんてないわ、と言いたいけど……アイリスが世話になったみたいだしね」


 私の居た世界ではアイリスは使い手許すまじ、絶対殺してやるわって感じで鬼の形相のババアだったなぁ……こちらのアイリスは一族想いの良きご先祖様と化していた。

 一体この差は何なんだと。


「恨みつらみを抱いたまま死んだ様だけど、未来で良き先祖として消えれるなら良かったわ」

「……そうね」


 私は最後には高笑いしながら消滅させたけどな。黙っておこう。


「けどここからどうやって出るのよ」

「はん、奇跡ぱわーに不可能はないわ」

「なるほど、貴女はまだ死んでなかった訳だ」

「肉体は消えてるけどね。じゃ、災厄相手に頑張った愚か者に褒美を与えに行きましょうか」



★★★★★★★★★★



「……寒っ」


 雪の上にずっと仰向けで寝てるもんだから背中が冷たくて仕方ない。


 奇跡ぱわーの野郎は私を家に帰してくれなかった。

 背中の慣れ親しんだ感覚が無くなったからリュックだけは帰宅したらしい。


 リュックだけ戻るとか何という遺品。

 絶対母は私が死んだものと勘違いした事だろう。いやまぁこのまま消滅するんだから間違っちゃいないけど……


「静かですねぇ」

「この辺は魔物も見なかったからね。狐はいたけど」


 誰と話しているかと言うとアザレアである。

 決して忘れていた訳ではない。うそ、忘れてた。


 災厄に盛大に吹っ飛ばされたが、事前に渡していたユニクスの血を飲んで事無きを得たようだ。

 ちなみに私がナイフで滅多刺しにしてたのもそれで治していた。


「しかしこうしてまだ消えないってんなら実家に帰せって話よ」

「置いていかれたら私が困るのですけど」

「歩いて帰れ」

「無理ですよ……」


 消えてないと言っても上半身だけだ。

 腕なんてほぼ見えなくなっている。

 気絶して意識無い時に死ぬ方がまだマシではなかろうか。


 徐々に消滅していく恐怖を与えるとかやらしい代償だこと。


「私が消えたら移動せずにしばらく待機してなさい。多分だけど私の仲間がやってくると思うわ」

「今の私が幸運をもたらす存在になっているならご主人様は助かる気がしますが」

「私にはそんなもの通用しないわ」

「じゃあ私が幸運になる様に願いましょう。ご主人様に消えられたら困るーって」


 そんなんで助かったら苦労せんわ。

 ここは現実世界なんだ。魔物に襲われてキャータスケテーと叫んだら助けが来る様な都合の良い世界じゃない。


 そもそも……こんな代償を代わりに引き受けられる存在なんて居やしないのだ。


「女の子の膝枕で消え逝くとかいいご身分ね」

「居た……だと……?」

「ご、ご主人様が、分裂した?」


 急に目の前に現れた二人組。この場に居る筈のない数百年以上前に死んだ先代ともう一人の私。

 まぁ間違いなくあのダンジョンで現れた二人だろう。

 だが耳削ぎとか言う不名誉な名前になっていた私とはまるで雰囲気が違うが。


「お互いめんどくさがりだから簡単に言うわ。私は貴女に借りを返しに来た。私の妹であるアリスが世話になったと言えば分かるでしょう?」

「アリスね……世話になったのはこちら側だと思うんだけど」

「それは個人の見解によりけりって事よ」


 しかし借りか。貸した覚えのない借りを返されても困るがな。


「消え逝くはずの貴女は救われる。どう?嬉しいでしょ?」

「どうせなら私に成り代わってこの世界で暴れたら?どれくらいユキ達を騙せるか見物だわ」

「あら面白そう。それでいきましょうよ耳削ぎちゃん。外に出れた以上私も好き勝手出来るし」

「そんな事してもコイツが消えた後で私達も消えるだけに終わるわよ、きっと」


 何がなんでも私を助けたいらしい。

 出来すぎた話だ。

 これではさっき考えた都合の良い世界じゃないか。薄気味悪いから拒否すると伝えると


「残念ながら都合の良い世界じゃないわね。貴女が助かる様に仕向けた何者かによる必然でしょうよ」

「えらく私に御執心な奴が居たもんだわ」

「ここで貴女に死なれたら困るって線もあるけどね」


 これ以上私に働けと言うのか。

 災厄だぞ災厄。普通の人生ではお目にかかれない存在を撃退してやったってのにまだ何かしろと言うのか。


「まぁそんなんどうでもいいわ。私はこの通りアザレアに膝枕されつつ昇天するからあんたらも残りの時間好き勝手にすればいいわ」

「何で二代目ちゃんはこうも拒否するのかしら?自分大好きなんだから生きたいんでしょう?」

「そうね。結果はともかく生きる為に災厄を消滅させずに反転させたんだしね」


 けっ、生きる為にやったが結果は負けだ負け。

 敗北者はこのまま消え去るのみってのが世の常なんだよ馬鹿野郎。


「分かった。二代目ちゃんはこのまま死んだらカッコいいとか思ってるタイプだわ」

「違うわアホ」

「違うなら素直にご先祖様の好意を受け取ればいいのに」

「……ペド・フィーリアは自分にすら本心を隠す。そうする事で相手に本心を悟らせない様にして生きてきた」


 何か語りだした。


「貴女は私で私は貴女。同じペド・フィーリアなのだから分かるわ」

「あの、ご先祖様が置いてけぼりなんですけど?」

「先代、コイツが何故ここまで拒否してるのか……それは私達では代償の身代わりになる事は出来ないからよ」

「……そうなの?」

「勘だけど。しかしそこまで災厄ってのは大きな存在だったか」


 ふむ。平行世界でも私は私か。

 正解だ。たかが感情の集まりだった災厄とは言え一体どれほどの人数の負の感情を食らってきたのか。

 わざわざ来て貰ったが結局消えるのが三人に増えるだけだ。


「えー、なら私達は二代目ちゃんを看取った後で残りの時間を楽しみましょうよ」

「あっさり見捨てるとか流石は私達のご先祖様だわ」

「打つ手無しなら仕方ないじゃない」


 何だか医者に手遅れですと言われた気分だ。

 おのれ、このままアザレアに膝枕されたまま消えればまだ楽な気持ちだったものを。


「手なら有る」


 そんな馬鹿な。

 ちらりと偽者の私に目をやると口から出任せを言ってる訳ではないと目が物語っていた。


 奇跡ぱわーでどうこうする気か?

 如何に私に甘い奇跡ぱわーと言えど代償に関しては厳しいぞ。


「この場にはね、私達以外にも貴女の代償をどうこう出来る奴がもう一人居るのよ」

「それって、このアザレアとかいう子?」

「違うわ」


 アザレアではないもう一人……

 代償をどうこう出来る奴。それって――


「奇跡すてっき」

「その通り。手に持っていれば代償の半分を引き受けてくれる可愛い子。それを私も持ってる」

「その子をどうする気よ耳削ぎちゃん」

「どうって、融合させんのよ。コイツのすてっきと」


 そんな馬鹿な……さっきも言ったなこの台詞。


「アホか貴様、そうなると貴女の居た世界では奇跡ぱわーは消えて無くなるんじゃないの?」

「要らないわよ、きっと。私の居た世界では先代の張った結界のおかげで妙な連中も来ないし平和も平和。平和すぎて後は緩やかに滅んでいくだけでしょうよ」


 ……そうか。あのアリスの居た世界は未だに代償を支払い続けていたんだっけな。

 平和の為にウチの一族が犠牲になってるとは胸糞悪い世界だ。


「もう時間は無い。決断しろペド・フィーリア、必ず助かるとしたら貴女はどうするの?」

「他ならぬ貴女が必ずと言うのなら決めたわ。お前等の命を寄越せ」

「くははは、そうよ、それでいい。自分の為なら別世界の自分だろうと利用する。それでこそ私だわ」


 そういうお前は別世界の自分の為に命を賭けるとか私らしくない奴だ。

 アイリスといい先代といいコイツといい、ペドちゃんに命賭けすぎなんだよ。何を私に期待してんだコイツらは。


「じゃあ始めましょう……と言いたい所だけど一つ伝えておくわ」

「ここにきて焦らす必要ないわよ」

「割と重要な事よ」


 私には似合わない妙に真剣な表情である。

 この時点で嫌な予感しかしない。


 どうでもいいやって感じで雪遊びを始めている先代が羨ましい。子供かお前は。


「肉体を失いつつある貴女を元に戻すにはきっと私か先代のどちらかの身体を犠牲すると思うの」

「……えぇ」

「どちらも人外です」

「世話になったわ、あの世で会えたらアリスについて語りましょう」

「まぁ待ちなさい。何も悪い話じゃないわ。別に人間から魔物になるって話じゃない……ただ、妙なパワーアップするかもって話よ。勘だけど」


 勘かよ。と言いたいが私の勘なら信用出来る。


 何だ。人間卒業する訳じゃないのか。

 いや先代の化け物っぷりは卒業してんだろ。あんなのにはなりたくないぞ。


「いいじゃない二代目ちゃん。力があれば物理だけで敵をボコボコに出来るのよ?」

「要らん」

「何も力が化け物になる訳じゃないわ。私達にも終わってみなきゃ分からない、もしかしたら何も起こらずただの幼女のままかもしれない」

「そうならいいけどね」


 でもこういう話聞いちゃったら結局妙なパワーアップするんだろ?

 知ってるんだぞ。そういうお約束。


「もういいや、さっさと復活して実家に帰りたいから早くして」

「いい覚悟だわ。なら始めましょう、先代も遊んでないで来なさい」

「アイリスの雪像作ってからじゃダメ?」

「ダメ」


 フリーダムな先祖だな……おかげで緊張がほぐれたけど。

 もしやそれが狙いだったのか。んな訳ないか。


 けど、そうか。私はまだ生きられるのか。

 身内を犠牲にはするが、それよりも諦めていた夢の続き出来る事が妙に嬉しくて思わずニヤけてしまった。

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