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幼女は約束を守りたい

 アザレアを人質だと言ってから数秒ほど場が静まり返った。

 災厄としても何言ってんだコイツって感じなのだろう。


「人質、ねぇ……という事はそれなりに望みがあるんだろう?」

「コイツの命が惜しくばその場で死ね、ってところ」

「くは、馬鹿馬鹿しい。何でボクが塵芥一匹の為に命を賭けなきゃならない」

「まぁそうでしょうね」


 これでハイ死にますな展開がある訳がない。

 人質とは言ったがアザレアの役目は別にある。


 私が生きて帰る為だ。ろくに知りもしない奴であっても利用させてもらう。


「コイツは人質として役には立たない、と?」

「ふん、そうに決まっているだろう」

「なら用は無いわ」


 あらかじめ用意していた刃物を手にアザレアを見下ろす。

 当然縛ってある縄を切って解放するという訳ではない。


『……まさかとは思いますが』

「そのまさか。安心しなさい、人間を刺した経験はそれなりに有る」

『あっちゃダメな部類なのですが』


 心臓を刺さなきゃそう簡単には死にはしまい。

 うるさく無い様に口も塞いであるし遠慮なくいかせてもらおう。


 馬鹿な災厄は私が用済みになったアザレアを解放するとでも思っているのかリアクションは無い。

 アザレアが無残な姿になったら果たしてどうなるか。


「クソ馬鹿め、アザレアと名前を呼んだ時点で貴様にとって特別な存在である事はバレてるんだっての」


 せいぜい私の思惑通りに動いてくれよ。


 そして私は思いっきりアザレアの背中に突き立てる。

 当然一度で済ますつもりは無い。折角の雪原地帯なので綺麗な赤に染まる様に全身くまなく刺してやろうか。


『うわ……マジでやりましたよこの子』


 事情を知らない他人から見ればこちらがどう見ても悪と認定されるこの行為。

 致命傷は与えてないからまだ死にはしないだろう、たぶん。

 アザレアも刺される度にビクンビクン動いてるしまだいけるわ。


「何、をしている」

「用済みになったから始末してるに決まってるでしょ。コイツはお前のモノらしいじゃない?なら私の敵よ。そのまま解放してやられたりしたら困るからこうして仕方なく殺してるのよ」


 災厄の声が固くなったのを見逃さない。

 今のところは順調に進んでいる気がする。

 訳も分からず私に翻弄されてろ馬鹿め――


 何度目か分からないアザレアへの凶行を行おうとしているとふと勘が何かを避けろと囁いた。

 間違いなく災厄からの攻撃だと思いそちらを見る事もなくアザレアの身体から離れる。


 が、黒い何かが視界に入ったかと思うと私の左腕が吹き飛ばされた。

 いや、吹き飛ばされたというより消滅した……?


『ちょ、ちょっと!?』

「ぃぎ、つ、ついに欠損幼女に進化したかっ……くそ」


 幸いと言うか、傷口からは全く血が流れていない。これなら出血多量でぶっ倒れる事はないだろう。

 よく見てみると焦げているのか?


 だがあれに触れた瞬間熱さは全く無かった。むしろ冷たかった。

 炎のくせに冷たいとはおかしな話だな。


『あーもうっ!見てられませんっ!』

「邪魔はするんじゃないわよアイリス……上手くいってるんだから」

『そんな大怪我しといてどこが上手くいってると言うのですか!!』

「言ったでしょう……どれだけ死にかけようが邪魔をするなと」


 見ろ、災厄のあの顔。

 塵芥一匹を痛めつけられただけであれだ。


「あっははははは!良い顔してるわよ災厄!良かったじゃない?自分で負の感情を生み出してちゃ世話はないわ、自給自足出来るなんて最高でしょ。これからは自分の怒りでも食ってろよ」


 私の挑発に何の返事をする事もなく再びさっきの攻撃を仕掛けてきた。

 当然それを勘で察知して事前に避ける。


 ぶっちゃけ目で追える速度ではないのでここはもう勘頼りだ。外れたらそのまま死である。


 一つ分かったのは飛んでくる炎は災厄が纏っている黒いモヤみたいだ。

 少々厄介になった。触れれば燃やされるとか接近戦が出来ないじゃないか……私の勝利条件に一度は必ず奴自身にダメージを与えなければならないってのに。


『どうするのですか!』

「このまま奴が近付くまで耐える」

『……待って下さい。まずあなたの考えているシナリオを教えて下さい。それが出来ないのなら私は今からでも貴女を守る為に邪魔をしますよ』


 面倒な奴め。

 こちとら避けるのに集中したいってのに。 

 だが説明しなきゃホントに邪魔されそうなので仕方なく簡潔に伝える事にした。


「良く聞きなさい。私は今回一度しか奇跡ぱわーを使わない。何故かと言われれば最小限の代償に抑えて生き残る為よ。その為には強化もされてない弱小な幼女のままチャンスが来るまで耐えなきゃならないのよ」

『それと今までの凶行と何の関係が?』

「アイツは奇跡ぱわーを恐れていた。恐れている相手にはまずどうでる?……私なら初っ端から全力で消しにかかるわ」


 災厄の全力なんて星ごと破壊しそうだから本当の全力は出さないとは思う。

 それでも幼女の私なんざあっさりと消滅させられるだろう。


 だったら相手がそう簡単に私を殺さない様に仕向けるしかない。


「アザレアは奴にとっての特別。アザレアを痛めつければ奴は必ず怒ると踏んだわ、実際その通りに事は運んでる」

『怒ってると逆にすぐに殺されそうですけど?』

「そうね、それも考えられた。けど私のこれまでの経験によれば大事な存在を傷つけた相手にはねちっこく復讐する可能性が高い」


 そういやユキオも弟に対して死後も苦しむように仕向けてたな。


 確率としてはおよそ7割、いやもっと低かったかもしれない。

 だからこれは賭けでもあった。


 どれだけこの身が傷付こうが生きていれば私の思惑通りだ。


「結果はこの通りよ。私はまだ生きてる……第一段階の賭けには勝ったわ」

『何とも大胆な……』


 だが今もなお徐々に身体に出来る傷は増え続けている。

 避けてはいるがとろくさいこの身体では完全に避けきれないのだ。足場が雪ってのも動きにくくていけない。

 早いとこ次の手に移りたいところだが。


「私はこの戦いを10分以内で終わらせるつもりよ。それ以上だと身体が持たないわ」

『そこまでの短期決戦となると厳しいですね』


 厳しいものか。たった一撃を与えるだけでいいんだ。

 だが奴は未だに黒い炎でジリジリと私を追い詰めていく。未だに警戒しているのだろうか。


 何回目か分からない炎をこれまたかろうじて避けると側にアザレアが倒れているのが見えた。

 ……やってみるか。


 アザレアの背中にまたがり上半身を根性で持ち上げて盾にしてみるとピタリと炎が止んだ。

 は、最初からこうしてれば良かったな。無駄な傷を負ってしまったわ。


「どこまでも情けないカスだね君は。今までボクに挑んできた塵芥の中で一番醜い」

「災厄相手にまともに戦おうとする馬鹿共と一緒にしないで欲しいわ」

「どこまでも醜い君にいつまでもアザレアを触って欲しくないね……」


 やっとくるか。

 アザレアを盾にしている以上あの炎は飛んでこない。ピンポイントで私を狙う攻撃方法も考えられるが、恐らく接近してくるだろう。


「出番みたいよ。ちゃんと足止めしなさい」

『先祖使いが荒い子ですね。まぁ任せない、何と言っても私は偉大なるお母様の娘ですからね!』


 アイリスも結構なマザコンだと思う。

 何はともあれ頼もしいご先祖様でよろしい。血筋が同じならばそれは家族、アイリスを信じよう。


 ふと目の前に急に半透明の白い服が現れた。

 上を見上げれば金色に輝く髪。先代と似たような神官服を纏っているようだ。


 ではなくてだ、アイリスが急に出てきたという事は災厄の野郎が仕掛けてきたって事だ。

 それは半透明ゆえにアイリスの前で動きを止めた災厄を見てすぐに確認出来る。


 アイリスがどうやって災厄の動きを止めたか見ると……思いっきり両手で災厄を掴んでた。

 感情を操る云々はどこいった。思いっきり物理で止めてるじゃねぇか。


「この気配……あの町で邪魔してきた奴か」

『一族の末裔を害そうとする奴は邪魔して当然でしょう』


 アイリスには例の炎は効いてない様子。

 やっぱあの炎は負の感情で出来ている様だな。まぁどうでもいいけど。


 さて、ご先祖様はちゃんと仕事してくれた。

 次はリンの番だ。


「リン」


 人形のくせに妙に理解力のあるリンは名前を呼ぶと自分の役割を果たす為に隠れていた背中のリュックから飛び出す。


 リンの役目は災厄の野郎に唯一の一撃を与えること。

 ただ奴に物理攻撃をするって事はあの炎に触れなきゃならない。


 幸運な事にアイリスが加わってくれた事ですぐに退避すればリンは多少焦げる程度で済むはず。


 アイリスの足元を抜けて駆けていったリンはピョンとジャンプすると両手でしっかりと持っていた小刀を災厄の腹に思いっきり刺した。


「……やったわね」


 これまで想定していた通りの展開。

 ちょっと怪我をしすぎてる感があるが後でユニクスの血をがぶ飲みすればいい。


「奇跡すてっき」


 さて、準備が出来たところで私もやろうかとした所で気がついた。

 リンが未だに災厄の腹部に小刀を刺したまま逃げようとしていない……何やってんだあの馬鹿!


 当然だが黒い炎によってその身が焼かれていっている。


 リンに向かってどけ馬鹿と罵ろうとした瞬間、リンは顔だけこちらに振り返った。


 人形であるリンの表情は読めない。

 何が言いたいかも分からない。

 可愛らしかった姿はもはや原型を留めていない。


 ただ、きっとあの子は私の為に何かを為したのだろう。


「……何かと思えば、くだらない攻撃だね。今まで殺してきた塵芥共の方が余程マシな武器を持ってたよ」


 腕は拘束されていなかった故に右手を振り下ろされ、もはや炭の様な姿となっていたリンはそのままパラパラと瓦礫と化した。


「ありがとう、最高の働きをしてくれた」


 崩れ逝くリンの欠片を見てようやくあの子の真意を理解した。

 リンと共に雪の上に落ちた小刀の刀身は途中で折れている。リンが逃げなかったのは奴の内部に刃を埋め込む為だったのだ。


 あれはついこの前ダンジョンで先代から貰った反転刀。

 災厄を消滅させても私が生き残れるであろう唯一の手段の為の武器。


 それをあの子が成功させてくれた。

 悲しむ?逆だろ、成し遂げてくれたのだからむしろ喜べ、私!


「何も知らずに勝ち誇りやがって、訳も分からぬまま消え失せろ」


 リンが攻撃すると同時にリュックから出しておいたユニクスの血をがぶがぶ飲む。

 妙な炎に焼かれた腕が再生するか不安でもあったが、普通にうぞぞぞと再生された。見るときっとキモいので見ない。


 回復したところで奇跡すてっきを災厄に向ける。

 願うは当然ただ一つ、貴様の存在全てを反転させる。


 奴は私が力を使った事を察知したのか険しい顔を向け、邪魔をしているアイリスを引き剥がそうとする。


「鬱陶しいな死に底無いの塵芥!前ならまだしも今のボクに貴様程度が止められると思っているのか!」

『焦りが見えますよ災厄。そんなにあの子が怖いのですか?』


 アイリスの挑発に災厄は容赦の無い蹴りを与える事で応えた。

 てか普通に物理効くのかよアイリス。


 しかし頑丈なのか我慢しているのか災厄の一撃だってのにアイリスはそのまま災厄の動きを止めた状態でいる。

 すると今度はあの黒い炎がアイリスに纏わりつきだす……意識体に通用するのかと思ったが、アイリスから漏れる苦悶の声で効果があると分かった。


 耐えろよご先祖様。私が力を使い終わるまでは。


「その顔を見れば分かる。ボクの攻撃が通じてない筈がないんだ。今まで戦ってきた塵芥よりは頑丈らしいけど、そのままだと消えるよ?」

『……その前にあなたが消えますよ』

「くそ、塵芥ってのは分からないなぁっ!同族を簡単に殺し、自分の為に死に行く仲間を見ても悲しみも怒りも、何一つ負の感情も湧かさない様なクソガキの為に何故命を張る!」


 災厄という存在が消滅するまではどれくらいかかるのか。

 何といっても数多の世界に住む生物の負の感情を食らってきているのだ。そう易々とは終われまい。


『上位の存在であるあなたには分からないでしょうね』

「はぁ?」

『あなた、いや、貴様の言う塵芥であるこの子が……あの力が無ければただの無力な娘であるこの子がたった一人で貴様に立ち向かうのにどれほどの苦悩があったか分かるか』


 果たして反転刀という補助があったとしても完全に消す事が出来るのか……

 などと馬鹿な事を考えて不敵に笑う。


 奇跡ぱわーは想いの力。

 負け犬の集まり如きに敗れるほど私は弱くない。そうだろ、奇跡すてっき。


『母親の側でしか安心して眠れない程辛かったであろうに、それでもあの子はこの場に立った。そんな気高い姿を見せられたなら、すでに死したこの身が再び朽ちようが守ってやりたくなるでしょう、ご先祖様として!』

「何の罪もない少女を殺しておいて気高いとは笑わせる!」

『弱者であるあの子が貴様を倒す為にアザレアという少女を利用して何が悪い?アザレアが死んだのは貴様が気まぐれで拾ったせいだろ。災厄と共に居るなど、あの子でなくとも別の誰かがどの道殺してるよ、そうなると彼女を殺したのは貴様という事でもある』

「黙れ、塵芥めが!」


 あと……勘によれば5分。いや4分程度か。

 それだけ耐えれば私の勝ちだ。

 だから守れ、そのせいで死のうが私を守れ――


「……と、貴様に付き合う必要はなかったね。災厄を舐めるなよ塵芥、奴を殺す手段なんざいくらでもある」

『なに……』


 危険であると勘が囁く。

 ちらりと災厄の周りを目で見やれば災厄を離れて蠢く炎が視認出来る。

 分離したのか……やがて蛇の様な形をしたそれはこちらに向かってくる体勢を取った。


 相手が相手だ、そりゃ楽には終わらせてくれないだろうな。


 今は集中して力を使いたい……災厄を消滅させる為には少しだろうと想いを乱したくない。


「守れ、私を守れ!」

「かしこまりました」


 本来ならある筈の無い返事。

 それが聞こえるや否や私の前に躍り出る影が一つ。


 守る力などないくせに、それでも私の前で両手を広げて盾になってくれた。


 そして……災厄から放たれた蛇型の炎はその人物のすぐ前で止まった。


「あ、ざれあ……?」


 髪の色こそ黒から白へと変貌しているが、その姿は紛れもなくアザレアだ。

 服が血塗れな事でもすぐに分かる。


「馬鹿な、なぜ、君が……生き、じゃない。なぜソイツを守る」

「そんな事も察せ無いのかこの馬鹿は」

「何だと?」

「アザレアは私の奴隷だ」


 訳が分からない様子の災厄ははぁ?とでも言いたげな顔をしている。

 くは、自分の従者だと思っていたアザレアが実は私の奴隷だったのだ。把握するのにしばらくは時間がかかるだろう。


「いつ、からだ」

「お前がアザレアに会ったその日の夜からよ」



☆☆☆☆☆☆



「良い夜ね。初めましてアザレア」

「……どなたでしょうか」

「ペド・フィーリア。貴女を勧誘しにきたの」


 ……災厄という予想外の相手の次は急に現れた不気味な幼女ですか。

 どうにも不幸ではなく変な存在を招き入れてますね。


「勧誘、ですか」

「そ。貴女は私にとって居ても居なくてもいい様な人物の筈だったんだけど……災厄相手だってのに生きる為に取り入ろうとする貴女に興味が湧いてね」

「……何の事でしょうね」

「あはははは!私は鼻が利くのよ。貴女を初めて見たのはオークション会場だったんだけど……不幸になった事で絶望してるアマかと思ってたら全然違ったわね」


 何なのでしょうね。まるで私を見透かしてるかの様です。


「一つ伝えておきますが、オークションで売られていた時でしたら貴女の思っていた通りですよ。私が変わったのは買われた後ですので」

「へぇ」

「私は……人に利用される立場から利用する立場に変わってやろうと思った、それだけの事です」


 娘から幸運を招く道具と化した過去の私。

 奴隷として売られた事で名実共に道具になりました。


 最初の主となったあの異世界人……こんな奴に私は使われるのかと憤った事で吹っ切れました。

 何であんな家の為に私は喜んで幸運を招いていたのだ。

 何でこんな身体にしか興味のない様な男に仕える必要があるのだ、と。


「ほほぅ、その割には陵辱されてたわね」

「そこまでご存知でしたか。最初の主よりはマシな連中が私を勧誘に来たのであっさりと頷きました……が、あんな隠れる気も無い奴らすぐに見つかるに決まってます。仮に騎士団に見つかった場合、あの場面では私はどう見ても被害者です」

「は、だからわざわざ身体を売ったってのね。中々いい根性をしてるわ」

「純潔だろうが利用出来るなら利用する、それだけです」


 私が話す事を何とも楽しそうに聞く幼女。

 ああ、この幼女もきっと同じなのですね。利用出来るものは利用する……そうして生きてきたのでしょう。


 そして、私を利用する為に近付いてきた。


「私を利用する、という事は災厄絡みでしょうね」

「その通り。私は災厄を消滅させる」

「随分と大きな事を口にしますね」

「私は本気よ。ただ、その為には貴女の協力が必要なの」


 必要――


 今までどれだけ言われたでしょうか。


 必要なのは、私ではなく――


「アザレア、私に貴女の力を貸してちょーだい。商家で学んだ人に本心を悟らせない術、人を騙すのではなく災厄を騙す事に使って欲しい」

「……私の不幸を招く力が必要なのではないのですか」

「要らん。むしろ邪魔、けどそうねぇ……万が一があってはいけないから、私が災厄と対峙するその日に前の状態に戻ってもらおうか」


 私の……生まれた時から備わっていた力が必要じゃない?


「私自身が必要、そうおっしゃるのですか」

「ええ」

「ふ、ふはっ!あはははははははっ!」


 嘘か真か、いや、本当なのでしょうね。

 この子は……幸運なんかなくても自分で何とかする。むしろ与えられた幸福なぞ不要、そういうタイプなのでしょう。


 そんな幼女が、この私を必要だと。


 何だ、そんな簡単な事でしたか。

 私が欲しかった言葉というのは。


「分かりました。いい加減仮初の主ばかりで困っていたところです。私は……貴女の正式な奴隷となりましょう」

「ありがとうアザレア。契約は仕方が分からないから事が済んだらやりましょう」

「分かりました」


 心が軽い。こんな小さな主に仕えるんだってのに何とも心が躍ります。


「では、私は何をすれば宜しいのですか?」

「災厄の本体がやってくるまでこのまま災厄に仕えなさい」

「……もの凄く嫌ですが、かしこまりました」


 本体ってのが謎ですけど、記念すべき初の命令です。

 嫌ですけど頼まれましょう。本当に嫌ですけど。


「ただし、貴女は常に幸せな気持ちでいること。出来れば災厄を懐柔すること、これは食事でも作って胃袋を掴めば何とかなるんじゃない?」

「幸せな、気持ち?」

「そう……災厄に詳しいカルシウムが豊富そうな奴曰く、アイツは馬鹿だそうよ。つまり単純、貴女がアイツの側にいる事で幸せを感じていると思ってくれれば私の思惑通りに事が運ぶ」


 ……謎です。

 ちょっとは頭の良いと思っていた私ですが、この主の考える未来は読めませんね。


 ただ、命令は理解しました。


「かしこまりました。貴女が何をなさるのかは分かりませんが、その命令必ず遂行致します」

「ありがとう。あと……これは出来ればでいいわ。災厄の本体が来るのはまだ先の話、出来ればそれを早めて欲しい」


 それは私が災厄の側を離れるのが早くなるのと同じ、喜んでやりましょう。

 チャンスがあれば良いのですけどね。


「ところで、自分で言っておいて何だけど、常に幸せに過ごせるとか出来る?」

「ふふ、私は思っていたより単純だった様です。誰かに必要とされる、それだけで毎日幸せに過ごせます」

「……決行当日、私は貴女を傷付ける。それでも付いて来れる?」

「私はすでに貴女の奴隷。何をなさろうが信じましょう」


 そう、私は奴隷。

 ただただ命令すればいいのに、この小さな主様は我が身を案じて下さる。

 何者かも分からない方ですけど、不思議です。


 私はこの方に付いて行きたい。そう思っているのです。

 会ったばかりだと言うのに。



☆☆☆☆☆☆



 何とも、驚きましたというか呆れましたというか……あの子はそんな前から準備をしてたのですね。

 そこまで覚悟を決めておきながら何を不安になっていたのか。


「私は災厄ってのがどんなのか知ってる。本来は肉体なんか持たずに意識体なのよね、災厄って。それだと困るのよ、小刀を刺す為には肉体が必要……だからアザレアを使った」

「そう、なのですか」

「アザレアを特別な存在と思い始めたアイツの事、きっとアザレアの主で居たいが為にあの姿のまま現れると踏んだのよ」


 そして結果はご覧の通りと。

 ふむ、これがこの子の戦い方ですか。


 策というよりは心理戦。相手の知らぬ間にジワジワと自分の考えたシナリオ通りに動かしていく。

 何と言いますか、我が子孫ながら相手にしたくないタイプです。


「全て、まやかしだったのか……全て、塵芥の思惑通りだったと言うのか……!」


 っと、危ないです。

 自分が踊らされていたと理解した災厄が再び怒りを灯しだしました。


 身構えていると後方から鈍い音と僅かな呻き声が聞こえました。

 すると視界の端を吹き飛ばされる一人の少女が……我ながら酷いですが、あの子でなくアザレアという少女でホッとします。

 恐らく先ほど放った蛇の様な炎でやったのでしょう……意外な事に燃えてませんでしたが。


「ぐあぁぁぁっ!なぜ、ボクを騙していた憎い塵芥の筈なのにっ!!なぜ殺せない!なぜ戸惑うんだボクはっ!!!」

『……勝手に苦しみだしましたね』


 謎です。


「なぜ、負の感情を司る災厄であるこのボクがっ!どうしてっ……アザレアに騙された事より、生きていてくれた事の方が嬉しいと思ってしまうんだ……どうして、気持ち、悪い!」


 これは間違いなくあの子の力の影響でしょうね。

 ようやく効果が現れたみたいです。


 私も正直いっぱいいっぱいだったんですよね。


「やっと効果が出てきたわね」

「……やはりっ、貴様の仕業かぁっ!!……ああああぁぁぁっ!消えるっ!負の感情が!ボクを形成している感情がっ!塵芥ぁっ!ボクに何をしたっ!」

「反転させた」

「はん、てん?」

「慈悲の心は芽生えたか?優しさは?愛は?……やがてお前が食ってきた負の感情は一つ残さず善の感情へと変貌する。それが済めばお前はもはや災厄ではない、真逆の存在と化すのよ」


 それが、あの子の目的。

 確かに災厄は消滅しますね……


「真逆、だって?……ボクは、消滅しないのか?」

「えぇ、どうせお前を消滅させたところで新たな負の感情を食らう災厄が生まれて元通りでしょうよ。だからお前には真逆の存在となって今後この星にやってくるかもしれない災厄を排除する天敵になってもらう」

『災厄を災厄の天敵に?……どんな発想ですか』

「ウチの純粋な悪魔が災厄にビンタした時に思ったのよ。負の感情を食らう災厄には真逆の存在をぶつけりゃよくね?って」


 悪魔が純粋ですか、世の中の認識も変わったものですねぇ。


 そうですか、これがこの子が考えた一番代償が少なくて済む方法……犠牲は出てしまってますが。


「そんな、それじゃ、ボクは……生まれ変わるのか……?」

「そうとも言えるわね」

「ぁ、っうぅ、ボクが?……災厄の中でも塵芥の吐き出したゴミを食らう存在だと、自分で自分を蔑んでいたボクが、生まれ変わるというのか……!」


 どうやら自分に対して割とコンプレックスがあったようです。

 災厄というのも人間みたいに色々と思う所があるんですね。


「分かる、ボクの中に喜びという感情があるのが……!この星だったら、ボクは変われるかもしれない。そう思っていた……けどまさか、強い力を持っているとは分かっていたが、塵芥と称していた種族の子によるなんて」

「アホか貴様。お前に最初に喜びを与えたのは本当に私か?……アザレアだろうが。だから特別な存在だとお前は思ったのよ」

「アザレア、か。そうか、そうだね……偽りだったとは言え、確かにボクに暖かい感情を与えてくれたのはアザレアだ」


 ……どうやらこのまま終われそうですね。

 良かった、私が力尽きて消え去る前に終わってくれて。


『最初から生まれ変われるって伝えてれば良かったのでは?』

「馬鹿言いなさい。相手は負の感情の集合体よ?……ポっと出の他人の言葉なんか信用出来ないってのは私が良く知ってる。一度自分に善の感情が生まれて初めて信用出来んのよ」


 まぁ……言われてみればそうかもしれませんね。


「だが一つだけ知りたい。ボクは災厄だ。塵芥共が忌み嫌う存在だ、なぜ救おうとする」

「生きる為、と言っても分からないでしょうね。というか、私はその身体の持ち主だったユキオはともかく災厄なんぞを恨んだ覚えはない」

「……なんだって?」

「私は自分に害を為すか家族に害を為す事によって初めて敵と認定する。まぁ今回は私の夢の邪魔になるからってのが理由ね」


 生きとし生ける者にとっての敵とも言える災厄が相手でもどうでもいいと。

 全く……この子孫は。


「ふく、ははっ、そうか……まるで星の意思の様な事を言う。なるほどね、そんな存在だからこそ、この世界も君を愛しているのかもしれない」

「……」

「ああ、君はボクに出会って不幸だったかもしれない。だけどボクは君に会えて間違いなく幸運だった。ずっとどこかで願っていた夢が叶ったのだからね」

「……」

「ボクに願いがあるならば言うといい。君にはその資格がある」

「家族と、ついでにこの世界を守りなさい」

「……叶えよう、その願い」


 おかしい……

 何かがおかしい。


 何なのだ、この込み上げてくる不安はっ!


『なんなのですか、何か、何かがおかしい!』

「血族のくせに分からないのかい?」


 何が、言いたい?


『君には、彼女が崩壊していく音が聞こえないのかい?』


 崩壊?

 あの子が?そんな馬鹿な……あの子のシナリオ通りに事は進んでいたじゃないか!


 あの子の方を振り返れば丁度杖を落としたのか拾う姿が見えた。


 右手に持ってた筈の杖、それをあの子は左手で拾った。


『……右手、みせなさい』

「やだ」

『……っ!』


 拒否するあの子を無視して隠している右手を掴み確認する。


 あの子の右手は、徐々に消滅していっているのか、薄く透けていた。


『なぜ、なんで……』

「流石は災厄よね。私は一番生き残れる方法を取った……けど、それでもその存在の大きさには勝てなかったみたい」

『ふ、ざけるなっ!!なぜ、なぜ敵である災厄が救われてこの子が消えなければならないっ!!』

「その喋り方の方がウチの一族っぽいわよ」


 クソ、クソったれめ!

 やはり……やはりあの力は消すべきだったか。


 忌々しい……誰かを幸福に出来ても、ウチの一族には不幸しか訪れない。

 そんな力、消し去ってしまえばいいんだ。


『呪いの力め……!なぜ再び一族に宿ったのだ!お母様を奪っておいて、今度は私の目の前から愛し子を奪おうというのか!!』

「呪いじゃないでしょ。今まで役に立って貰ってるし」

『代償を払う時点で……そうか、今止めれば代償は』

「アイリス」


 私を呼ぶ強い声。


「貴女の母親も通った道よ」

『……だから見過ごせないのです』

「ふぅ、やれやれだね。ボクにはすでに善の感情が芽生えた。もはや災厄ではないさ……今その力を止めても人間達を襲いやしない」


 見ていられなかったのか、元災厄ですら忠告する有様です。


「私は、何の罪も無い民に慕われる貴族の娘だろうが自分の障害になりかねない……ただそれだけの理由で殺してきた。自分が死ぬ時だけ命乞いをする様な無様な奴に成り下がる気はない」

『……貴女にも仲間は居るのでしょう?その子達はどうするのです』

「元々あの子達は一人で羽ばたいていたの。それを鳥籠に閉じ込めたのは私、あの子達なら再び空へ羽ばたけるわ」

『飼いならされた鳥がそう簡単に羽ばたけるとでも?』

「大丈夫、一人じゃなくて皆で飛ぶもの」

『この、口だけは達者な分からず屋め!』


 あの子の目の前まで立ち持っていた杖を奪う。

 こんな玩具の様なくせに――


「アイリス」


 杖を睨んでいたが、名前を呼ばれたので睨む対象を変えた。


 死を目の前にしてなお恐れの見えない目。

 ほんと、自慢の子孫だ。


 私はあの子の背後に回り、消えかけた右手を掴み杖を握らせる。


『仲間だろうが奴隷だろうが犠牲にしてでも生きようとここまでやってきた、そんな貴女を今更邪魔するなんて無粋な真似はしないわ』

「……」

『右手、とくれば次は左手。そうなれば持てないでしょう?……だから、このまま私が杖を掴む手となる。足まで消えて立てなくなろうが私が支える身体となる』

「……」

『最後までやってみせなさい、愛し子よ。貴女は一人では逝かない。私が側で看取ってあげるから』

「うん」


 この子はもはや災厄しか見ていない。

 私も目線は災厄だ。


 下を向けば私はきっと涙を零してしまうだろう。

 涙なぞ、母の身体も入ってない墓前に置いてきた。だから、絶対に涙は零さない。


 災厄も最早何も語らない。

 ただ、この子を見るその目には悲しみが見える。あれだけ怒りやら憎しみを向けていたくせに。




 どれくらい経っただろうか。

 あの子は10分で終わらせると言っていた。だとしたらまだ10分経ってないのか?

 あまりに長い。


 だが唐突に終わりは告げられた。

 あの子が力を失ったかの様に私にもたれてきたのだ。


『ちょっと、最後までやるんじゃなかったの!?ペド・フィーリア!』

「…………うっさい。終わったっての」


 終わった……?


 やったのか……この子は。数多の星で戦い散った英雄達が為し得なかった災厄の消滅を、やり遂げたのか。


「見事だね……人の子よ。確かにその力は強大なれど、ただの人の身でここまでやるとは思わなかった」


 災厄が纏っていた黒い炎は光の粒へと変わり天に昇っていく。

 災厄もまた、徐々に光の粒となっていっている。その内消え果るのだろう。


「済まなかった……いや、違うね。ありがとう人の子よ。君のおかげでボクは生まれ変われた……君の願いは必ず守ろう。そして、アザレアにも感謝を伝えておいて欲しい」


 言うだけ言ってそのまま消えていった。

 元災厄が消えていった空を見れば、そこにあるのは黒い空ではなく青空。


 この景色を守ったのは私の腕の中に居る少女。

 最高じゃないですか、私の子孫は。


 後は――


『同じ血筋です。代償を支払うに問題はないでしょう?というか文句は言わせません』


 私が、この子を守ろう。



☆☆☆☆☆☆



 意識が飛んでいた。

 もはや消え去ったかと思ったが、まだ生き延びている様子。


 だが相変わらず身体は消えかかって……


「アイリス……」

『あら、そのまま寝ててくれれば良かったのに』


 私と同じく、元々半透明だったアイリスの身体も徐々に薄れていっている。

 アイリスの言いたい事は分かる。

 自分も犠牲にして私に助かれって事だろ?


「アリスは、良い子なの。元気で、お調子者で、姉想いでね」

『まだ赤ん坊ですけど?』


 私は知っているんだよ。

 けど、もはや未来は変わっている。育てるのはユキではなく母だ。


 私みたいな性格に育ってもらっては困る。


「何より、一人ぼっちは寂しいでしょう……だから、貴女にはこれからもアリスを守ってもらう」

『あなた、まさかまだ力を使うつもりでは!?』

「もはや貴女一人を犠牲にしても私は助からない。ただ消えるのが遅れるだけ……そんな退屈な時間は要らない」

『待っ』


 待つかよ。


 さようなら愛しいご先祖様。そしてありがとう。今回は親子二代で私を手助けしてくれた事になる。


 私は十分助けられた。だから今度はアリスを守ってやってくれ。


 奇跡ぱわーでアイリスを転移させた事で支えがなくなり後ろに倒れる。

 雪が積もっているので痛みはない。


「クソ馬鹿アイリスが、折角ユキ達の事を頭から忘れてたってのに」


 まだ、奇跡ぱわーを使う事は出来る。消滅は近付くけど。

 だが、あの子達の為に使う事は出来ない。


「リン」


 まず今回の功労者であるリンを再生させる。

 胸の辺りにぽとっと落ちてきた物体があるから、それがリンなんだろう。


 だけど、もはや前の様に動く人形に戻せるほど私に力は残っていない。


 すでに四肢は消滅しかかっている。

 全く見えないが、腹部に雪の冷たさを感じないって事は下半身も消えかかっているのだろう。


 リンの身体を再生した事でより加速している。

 もはや数十分どころか数分しか持たないかもしれない。


「ユキ……私の娘。貴女は私と共に没するとか言ってたけど、流石に3歳では死ぬには早すぎる。だから、私の夢を継いで欲しい」


 親の夢を継ぐのは子の役目だろう?

 声は聞こえてないだろうが、想いだけでも届け。


 あぁ、やはり別れぐらい言いたかった。

 ユキだけではなく共に旅をしてきたあの子達に。


 最後の力を振り絞れば可能だろう。

 でも、やらない。

 許せ、愛しい妹達よ。何も言わずに去る私を許せ。


 貴女達は愛しいけれど、私にはもっと大事な存在が居る。


 下手すれば気に食わない奴を片っ端から殺す様な、人の身でありながら災厄となっていたかもしれない私を導いてくれた人。

 クソガキだった私に、信じるなんて言葉を刻み込んでくれたのはあの人。


 今の私が在ったのは、全てあの人のおかげなのだ。


 だから――


「帰ろう、ウチに」


 あの人との約束だけは守る――










『ただいま』










「あら、あの子帰ってきたわね。間違いないわ」

「うー」

「なにその疑ってますって声!私のペドちゃんセンサーは優秀なのよ!」




「おかえり、ってあら……」

「あい」

「いやいや、幻聴じゃ……あ、ペドちゃんのリュック」

「う?」

「そう……お疲れ様、よくやったわ」

「あぅー」

「ふふ、お姉ちゃんはね?帰ってすぐにまた旅に出ちゃったみたい……大事なリュックを忘れるなんて、お馬鹿さんよねー?」

「……ぅぇ」

「ほんと……馬鹿な娘」

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