幼女と愛しき一族
「災厄が降りてきたのが確認されたようです」
「ふーん。まぁ予定通りの日程よね」
「場所はフォース王国付近……それとナイン皇国から南東に50キロほど離れた平地です」
「一体じゃないの?」
「二体らしいですね。フォース王国付近に現れた災厄に関してはすでに近くに居たフォース王国の軍と冒険者達が交戦してるとの事です」
「……もう戦ってんの?」
「はい」
キキョウの報告を聞いて思った。
何だ、囮か何かか、と。
普通の兵士や冒険者が交戦出来てる時点で丸分かりである。というか二体いる時点でまず疑わしい。
こんなもの無視していいと思うが利用するのも手ではあるな……具体的には過保護なユキ達にはコイツらを戦わせてその隙に私が本体をこっそり消す。
「どう?相手するとしたらフォース王国の方になると思うけど……アンタらだけで何とか出来る?」
「リーダーは来ないの?」
「人目の多い所じゃあんまり奇跡ぱわーは使いたくないわ。使わないとなると邪魔になるだけだし実家に帰って自宅警備する」
「ニートじゃん」
「警備だっつってんだろ」
今まで割と人目に付く所で力使ってた気もするけどまぁ大してバレて無さそうだし理由としては十分だろ。
問題があるとすればユキの奴が疑いの目を向けてきた時だな。
「お姉様抜きとなると少々辛いのでは?」
「弱気になる前にとりあえずやれ」
余計な事は言うなよちっぱいめが。
修行と称したショタロウの救援活動にもっと時間かけてりゃ良かったのに。
ちなみに先日夜中に飯食ってたのは晩飯だったそうな。太れ。
「そんなに不安ならマイちゃんも同行させましょう。いざとなればバーニングしてくれるわ」
「エ、ワタシシンジャウ……」
ならそんな必殺技思いつくなよ。
とにかく災厄相手にする時はリン以外は邪魔だ。
ユキの肩にでも止まって付いていってもらわねばならない。まぁ神殿に放置しておくのも有りだけど。
「どうする?リーダー抜きで行くの?」
「……そうですね、私としてはお母さんがご実家に帰られてる方が安心出来ますが」
「そりゃそうですが」
「なら私抜きでもやってみせなさい。二体居るって事は力も半減してそうだし危なくなったら冒険者なり兵士なり盾にして防げばいいわ」
「勇者ぐらいじゃないと盾になりそうにないなぁ……ダイゴロウでも呼ぼうかな」
盾にされる為だけに呼ばれるとか哀れなりダイゴロウ。
案外すんなりと私だけ不参加の流れに出来たな。
「とりあえず死なない様にやりなさいな、特にマオ」
「わたし?」
「一番ドジ踏みそう」
「確かに」
ただしこうして忠告しておくとちゃんと注意する娘なので大丈夫だろう。
「さて、私は実家に帰るとするわ」
「もうですか?」
「災厄が来てるって事は魔物や人間達の精神に更に影響が出そうだしね、早いに越した事はないわ」
「なるほど」
この娘達はまだ準備すらしてないので出発するにはまだ時間がかかるだろう。今から準備しても完了するのは夕方あたりだろうから戦いに向かうとすれば明日か。
「お姉ちゃん」
「なに?」
「いってらっしゃい」
「……行ってくるわ。というより帰るんだけど」
一瞬マオなんぞに勘付かれたかと思ったわ。
いや、もしかしたら何かしら察したが何も言わなかったのやも知れぬ。
どちらにせよ止められなくて良かったわ。
おっと、実家に向かう前にフルートからこっそりと災厄の状況を教えてもらわないとな。
という事で実家に帰ってきた。
流れ的に実家に帰らずに本体の所へ向かうってのが物語としてはありがちな展開だが、どうせ来るとしても明日だし。
フルートから災厄の会話を盗み聞きしたのを聞いといて良かったわぁ……今日行ったら1日暇して待つ羽目になってた。
折角1日あるのだからアリスの顔でも見て癒されるとしよう。
★★★★★★★★★★
「今帰ったわ」
「滅多に帰って来ないくせに仕事帰りの旦那みたいな台詞しないでよ」
「滅多に帰らない娘が帰ったんだから労いなさいよ」
あら、アリスの姉である変な名前の子が帰ってきたようですね。
会うのは生まれた日以来でしょうか。
年の割に成長が止まってるせいか可愛らしい娘です。
ただし、その身に宿っている力は忌々しいですが。
何の因果かお母様の力を受け継いだ子孫が居る時代に転生……というか意識だけアリスという娘に宿って私が思ったこと。
それはあの人の身には過ぎたる力を消滅させることです。
確かに代償を支払うだけあって強力かもしれませんが、あれは一族をきっと不幸にする。
例えそれで二代目となったこの子が死ぬ事になってもです。
とはいえアリスが動けるくらい成長してくれなければ何も出来ませんけどね。
しかし私の意識がこの身体に入っても消えずに同居してるとは変な感じですこと。相手は赤ん坊ですから単純な思考しか無さそうですけど。
「ところで一人で帰ってきたの?」
「皆は張り切って世界を騒がせてる化物と戦うそうよ。まぁ準備する時間を考えたら明日になるだろうけど」
「ふーん」
ならなんでこの子は帰ってきたのだろう。と私は疑問に思いましたが母親である彼女は何も言わずに家に入るように促すだけでした。
ふむ、この辺は親子ならではの聞かずとも分かるという意思疎通があるのでしょうね。
そしてそのまま彼女は自分の部屋に……行かずに何故か母親の部屋に。
まぁ久しぶりに会ったのですから親子の語らいでもするのでしょう……
と思ってたのですが予想に反して母親はベッドをすぐ使用出来る状態に整理し、あの子はそのままベッドの上に寝転がるとそのまま寝てしまいました。
なんなのでしょう。
母親の方は一緒に寝る事無くただただ寝ているあの子を見つめるのみ。
「いつもぐーたら寝るこの子が寝不足になる程厄介な相手なのね」
……なるほど。流石に娘の事を良く分かってるようです。ただの先祖である私には寝不足であると判断出来ませんでした。これが親子との差ですかね。
災厄がどうとか騒がれてましたが、恐らくそれがこの子の敵なのでしょう。災厄など、肩書きだけは立派です。
私が防がなければこの町に影響を及ぼしていたであろう妙な力もその災厄とやらの仕業でしょうね。
「ほーらアリスちゃん、まだ良く分かってないだろうけどこの子が貴女のお姉ちゃんよ」
「あぃー」
すいません。私はアリスではないので良く分かってます。
……ふふ、生意気そうな子供に見えましたが、母親に寄り添い軽く服を掴んでいる姿は愛らしいではないですか。
「ぐひ、ぶひひゅひゅぃっ」
「乙女のくせに寝顔が可愛くないとかどんだけ深い悲しみを背負ってるのよこの子」
こほん……ま、まぁ人に見せたくない様な寝顔も曝け出せる間柄ということで。
あらあら、気味の悪い笑みが消えれば年相応の可愛らしい寝顔じゃないですか……この子いくつでしたっけ?
「アリスちゃんはお姉ちゃんの事をちゃんと理解してあげてね」
はて、どういう事でしょう。
「この子、他人から見れば理解するのが難しい生き方するのよねー。今回だってそう、自分が逃げない様にわざわざユキちゃん達を死地に向かわせてるし」
ああ、なるほど。
この子の持つ力ですら厳しい相手となれば普通の人間では……この子の仲間が普通とは思えませんけど。
とにかく、この子の仲間ではきっと勝てない相手なのでしょうね。
自ら向かわせた仲間達を死なせない為には自分が災厄を倒すしかない、と。確かに理解するのは難しいと言えます。
「まぁそんな風に育てたのは私なんだろうけど」
どんな育て方したらそんな面倒な生き方をする娘に育つのでしょうか。
「難儀な娘よね、自分が一番大事なくせにとんでもぱわーはほとんど他人の為に使うんだから」
それは素晴らしい。己の欲望の為に使ってた私のお母様に是非とも聞かせてあげたかった言葉です。
しかし困りました。聞く限りでは他人にはともかく家族や仲間にたいしては非常に良い娘な様です。これではこの娘を殺さない限り忌々しい力は消えない、という事態になってしまったら私にはこの手で殺すなど出来ないかもしれません。
「あー、もう嵐の被害の復興で旦那も居ないし今日の夕飯はいいや、私も寝よ寝よ」
そう言うとアリスを姉とは反対側に寝かせて自身も寝転びます。
あ、これですとあの子の寝顔が見れないのですけど……まぁいいです。赤ん坊は寝るのが仕事、アリスの意識に交代して存分に寝てもらうとしましょう。
☆☆☆☆☆☆
「丸聞こえだっての」
そんな呟き声が聞こえて私の意識も覚醒しました。
目を開けて周りを確認するも真っ暗でよく分かりません。夕飯どきなのか夜中なのか……
ともあれ、今の台詞から察するに母親の独り言は全て聞かれてたという事でしょうね。
「私の事をほったらかして夕飯でも食ってそのままリビングで寝てろっての。お陰でぐっすり快眠出来ちゃったじゃない」
ならいいじゃないですか。
というかなるほど、母親が何もせずに寝たのはそれが理由ですか。この子に安心を与えていたのですね、いい親子愛です。
その子はのそのそと起き上がると暗い部屋を黙って出て……行かずに何故か私の、ではなくアリスの側までやってきました。
「借りは返す。1年はほぼ旅に費やしたから16年間育ててくれた借りね。それとアリス……貴女が生まれた日、よく考えたら何もプレゼントしてなかったわ。一応誕生日だってのに。で、何をあげるべきか考えたんだけど……貴女には平凡で、退屈で、だけど幸せな明日をプレゼントしてあげる」
それだけ言うとアリスの頭を撫でてくれます。
優しい、まさに姉の手で。
「おいで、リン。行きましょう」
そのままあの子は部屋を出て……
行かせてよいのでしょうか、何故か良く分かりませんがこのままあの子を黙って見送ってはいけない、そう思えてくるのです。
「あぅ」
「あだだだだだっ!?起きてる、起きてるってばアリスちゃん!?」
私は何もしてません。
ですがアリスの手は母親の髪の毛を掴んでいます。これは間違いなくアリス自身の意思で動かしたのでしょうね……何も髪の毛を掴まなくてもいいと思いますけど。
「酷い、酷いわアリスちゃん。赤ん坊って地味に握力強いんだから……」
「そのままハゲてろよ」
「うっさいわね。人が折角死地へ向かう娘を泣き言言わずに黙って見送ろうと思ってたってのに」
「泣き叫んで止めない辺りにカスな性格が見え隠れしてるわ」
「例え娘だろうが私の平穏の為なら辛い戦いでもやってもらわなきゃ」
何という事でしょう。どっちもゲスでした。
さっきまでの良い話は何だったんでしょうか。
いやいや、あれですよ、親子特有の軽いスキンシップってやつですよきっと。
「は、貴女がゲスでよかったわ。おかげで私は貧弱な幼女のくせに戦う術を覚えられた」
「それは貴女が自分で身に付けたものよ」
「いいえ、間違いなくお母さんの言葉が切欠よ。私はよく覚えているわ」
『いじめっぽいことされたからなぐったらおこられた』
『ふーん。なら今度は殴らずに仕返ししなさい』
『なぐらずにいやがらせしたらまたおこられた』
『ふーん。なら今度はバレない様にしなさい』
『ばれないようにやったけどわたしいがいにはんにんはいないとかでやっぱりおこられた』
『ふーん。というか証拠も無しにウチの娘を疑うとは許すまじ』
『でもはんにんはわたし』
『それはそれ。というかペドちゃん、そもそも苛められなきゃ仕返しなんてしなくていいのよ。そうなる為にはどうすればいいか考えてみて』
「そして私は相手の弱みを握る事で立場が上だと分からせて黙らせたのよね。お陰でいじめる側に回れたわ」
「そこで仲良くするって発想が無いところが流石だわ」
この母親の回答が割と相手にするのが面倒で適当に答えた感が半端ないのですけど。
この辺はやはりお母様の血筋を感じます。
「ありがとうお母さん。貴女はいつも私が欲しい言葉をくれたわ。冒険に出たのも貴女がきっかけだったしね」
「そう。ならたまには私にも欲しい言葉を言ってくれてもいいんじゃない?」
微笑ましい感じでしたが、あの子の表情が若干強張りました。
何かを葛藤しているかの様ですが……
けれど、やがてあの子は決心したのか母親に向き直りました。
「しゃがんで」
「はいはい」
「右手の小指を出して」
「はいどうぞ」
……これは、指きり?
あれ、この光景って確か――
『何これ、指きり?』
『ちがいます。ふらふらしてなかなかかえってこないおかあさまのためにかんがえました。これはぜったいにやぶってはいけないだいじなやくそくです』
『約束?何の?』
『このゆびきりをしたままいってきますといったら、ぜったいにかえってこなきゃダメなのです。わたしがかんがえました。これはかくんにします』
『家訓ときたか。なら……守らなきゃいけないわね』
『……ぜったいです』
『分かってるって、行って来ます』
『いってらっしゃい……おかあさま』
「行って来ます」
「ええ、いってらっしゃい」
親子の立場こそ違いますが、あれは紛れも無く過去に私とお母様そのもの。
私が没してもはや何百年経ってるでしょうか……一族の名前や家はおろか、あんな子供が考えた馬鹿みたいな家訓ですら受け継いでくれてたのですか、愛し子達よ。
ああ、そうでした。確かお母様が居なくなった日、その日は私が寝ている間に旅立ってしまってましたっけ……
母親に背を向け、外の世界へ向かうあの子の背中に私は確かにお母様の姿を見ました。
私の意識は何故この世界に再び現れたのでしょうか。
憎き力を消し去る為……そう思ってましたが違うのではないでしょうか。
「あの子は帰ってくるわよアリスちゃん。ちゃんと約束したから」
そうですね、必ず帰ってきてもらわなければ困ります。私の作った家訓を守らないなど許されません。
ですから私が守りましょう。
あの子を。この親子が交わした約束を。
きっとそれが私が今ここに存在する理由です。
愛し子を殺してでも力を消し去るなんて馬鹿馬鹿しい考えは止めです。
忌々しい力ですが、それがあの子を救う手になるのなら仕方ありませんね。
『アリス、貴女のお姉さんは私が必ず連れて帰りますよ』
「あぃ」
行きましょうか。
あの子と肩を並べて敵に立ち向かうというのも楽しそうです。
★★★★★★★★★★
「こちとら早朝に来てやったってのに、災厄の野郎が遅刻とか腹立つわ。ねー、リン」
転移符を使ってやってきたのはユキオが封印されていたあの場所だ。
奴が降り立つ場所は間違いなくここだろう。
何せ空を見ればいかにもって感じで黒く染まっているからな。
そして一筋の霧状となって大地に降りてきている。
あれが集まったら災厄としての姿になるのだろう。
『待つというのはじれったいですよねぇ』
「うっさいアイリス。ご先祖様だろうが役立たずだったらぶん殴るわよ」
『ご安心を。何でも負の感情の集まりだそうじゃないですか。感情を操る私にとってはまたとない相手ですよ』
何か知らんがアリスに憑いていた筈の先祖であるアイリスが気付けば横に居た。
今見た通りやる気満々である。
邪魔な様ならお帰り願ったのだが、アイリスの力を考えると非常に役立ちそうなので協力してくれるならしてもらおう。
先代の娘であるアイリスなら災厄を目の前にしても平然としてるだろうし。
『ところでいつの間にか居たその娘は誰なのでしょう?』
「アザレア。今回の戦いで一番重要な存在と言っても過言ではない娘よ」
『へぇ、何で縛られてるのでしょうねぇ』
「人質っぽいから」
このアザレア、アイリスが現れる少し前に連れてきておいたのだ。
場所は事前にフルートに聞いてたおかげで容易に進んだ。
「さてアイリス、貴女は災厄の動きを止めるとか出来る?」
『さぁ?でもまぁ相手が感情の集合体だってんなら意外と出来るかもしれません』
「ふむ。そうだとしたらアイリスのおかげで生存率が上がるわね」
『最初からあなたを死なせるつもりはありませんけど』
私というかリンの生存率になるだろうけど。
今回、あくまで攻撃に回るのはリンだけだ。私はただリンが役目を果たすまでじっと待つだけ。
楽そうに思えるが、災厄の攻撃をただひたすら逃げ回る事になるだろうからかなり辛い。
「先に言っておくけど、私がどれだけ死にかけようが邪魔はしないで。私が指示を出すまでは隠れて待機よ」
『聞き捨てなりませんね。あなた一体どういう戦いをするつもりなのです?』
「秘密。剣だ魔法だの派手な戦いが見たいなら囮の方に行ってちょーだい」
『私はあなたを手伝う為に来たのです。他はどうでもいいです』
どいつもこいつも過保護だこと。
アイリスの容姿はまさにアリスが大人になったって感じの容姿をしている。
同じく身体が半透明だし、まるでアリスと一緒に戦うって気になるな。アリスはこんな気色悪い言葉遣いはしてないが。
「そうこう言ってる内においでなすったわ」
『なるほど、未だ遠くだと言うのに感じます。確かに常人ならまともに立っていられない程の威圧ですね』
「この程度で震えてないでしょうね?」
『なぜ負け犬の集まり相手に怯えなきゃならないのですか』
そういう事だ。負の感情なんて負け犬の吐き出す感情に過ぎない。
そんなもん恐れる道理はない。
上を見上げていれば、降り注ぐ黒い霧の中を見知った姿が降りてくるのが見える。
ただただ降っていただけの霧はユキオの姿をしたソイツに集まり吸収されだす。
それを見て私はほくそ笑んだ。




