幼女、身体を張る
「ほーらメルっち、叩け叩け!」
「ぶっ殺、ぶっ殺」
「何て野蛮な光景でしょうか」
どっちもローブを着ているどう見ても後衛職の二人によって杖でボコスカ殴られる哀れなユキオだが、実際にダメージはないのだろう。
未だにビクンビクンしてはいるが直に回復して活動しだすはず。その前に如何にするべきか考えなきゃな。
「うおっ、復活しそう!下がるわよメルっち!」
「……仕方ない」
おっと、考える前に奴さんが回復したらしい。
もっとビクンビクンしときゃいいのに。
マリアの言う通り動けるくらいには回復したのか起き上がろうとしている。相変わらず頭は左右に振ったままだ。
しかし、起き上がろうとしていたユキオだが何か重いものでも乗っかってきたかのように大地に突っ伏した。潰れたって方が正しい表現かもしれない。
「ふ、こんな時の為の重力魔法……カッコよく言うとグラビティです」
「おおっ、やるわねユキっち!てっきりパンツ下ろすだけの魔法と思ってたわ!」
「はい。工夫次第でこういう使い方も出来ます。お母さんの教えのおかげです」
「いや、本来こういう使い方が正しいと思う」
全くだ。何が悲しくてぱんつを下ろす為に魔法を創らないといけないのか。
何はともあれ再び時間は出来た。
すでに災厄は一部とはいえ来ている。もはやユキオを他の星に移動させる必要はない。
今必要なのは奴を消滅させる手段だ。
もちろん私なら可能だが、気絶しなくていい手があるのならしない方がいい。
「私の魔力では食い止められる時間はおよそ5分です」
「案外短いわね」
魔力の消費が大きい魔法なのだろう。後は序盤ばかすか魔法を撃っていた事もあるか。
しかしそんな疲れる魔法をぱんつの為に……いや、今はぱんつは置いておこう。
貴重な5分だ。無駄には出来ない。
だが倒す為のヒントはマオのビンタだけである。
「うーむ、判断材料が少なすぎるわ。もう一回マオに特攻してもらおうかな」
「えぇ……」
むしろ何故この娘の攻撃だけ通用したのだ。
他のメンバーが魔法や武器に対しマオは素手でのビンタだった。素手というのがヒントなのか?
「その謎を探る為にはマオの特攻が不可欠なのよ」
「嫌ですよ……私がお化け苦手なの知ってるくせに」
「アレのどこがお化けなのよ。ただの黒い人型じゃない」
ビビリはこれだから困る。
殴れる相手なら恐れる必要がないじゃないか。
しかしまぁ、マオのビンタがダメージを与えたのも偶然っぽいし特攻させても得られるモノは無いかもしれないな。
「姉さん」
「どうかした?」
「アレを消してもいいなら私が何とかする」
おぉ、やけに自信満々である。
「攻撃が通用しない相手にどうにか出来るの?」
「可能。今は災厄と同化してるっぽいけど元はユキオの魂……私なら消滅させる事が出来る」
「魂……そうか、分かったわ。何でマオが殴れたか不思議だったけどマオは悪魔、魂の扱いに長けた種族だったから」
「そう、でもマオの攻撃が通用したのは偶然。咄嗟の一撃がたまたま魂にダメージを与えただけだと思う」
そして元悪魔であるメルフィは私の一族に自力で転生する程の猛者だ。
2000年も転生し続けただけあって最早一流どころじゃないだろう。
「何だ、結局ユキオを倒すのはメルフィだったんだ。よく出来た話だこと」
「今から準備する。ただ、時間がかかるからその間任せたい」
「いいでしょう。けど早くしてよ」
ユキの重力魔法ももうじき消える。
後はメルフィの側に近寄らせないようにしつつ立ち回ればいい。言うは易いが実行するとなると厳しい。
すでにメルフィは地面に魔方陣を描き始めている。雪が積もっててドロドロになってるせいか描き辛そうだ。
長年の恨みを晴らす前の一苦労なんだから苦に思ってないだろうけど。
「ウチの奴等には私が指示を出す。ナキリ達はそっちで判断してちょーだい。メルフィの邪魔さえさせなければどう動いてもいいわ」
「わかったよ!」
「ユキ、多少は魔力を温存出来るくらいで解除しなさい」
「了解です」
とりあえず敵の注意をメルフィから逸らしつつ逃げ回るしかない。
一番身体能力の高いマリアを標的にしてくれれば時間稼ぎくらい楽に出来るかも。
忘れてはならないのはマリアの鑑定では注意が必要な程度は相手が強いって事だが、うーむ。
ユキオの意識はないのか今の所異世界人特有の謎のチートは使ってきていない。
そもそもユキオの能力って何だって話だ。
「私も全ては知らない。けど呪いだけは一級どころか特級なのは確か」
「それは分かるわ。強制的に転生させる呪いとかどんな呪いだって話よ」
他の能力が不明なのは少々不安要素ではある。
まぁいい、死ななければ治せるのだから気にしていても仕方ない。
と、そろそろユキが魔法を解除するようだ。
またアイツとの鬼ごっこが始まる訳だが私にはマオバリアがあるから一回は耐えられる。
「わたしは?」
「死ななきゃ治るわ」
「ひどいですっ!」
「安心と信頼のマオバリアよね。もしもの時はまた殴ればいいのよ」
ひどいひどいと言ってるが頼られるのが嬉しいのかやる気になっているの分かってんだぞ?
私も一応マオの背中ごしにワイヤーで攻撃するつもりではいる。
どうせ当たらないから狙うとしたら足元だ。
幽霊のくせに地面を歩いてるから躓いて転ばせるくらい出来るかもしれないからな。
「敵、動きます!」
「分かったわ」
ユキが重力魔法を解除するとにょきっとすぐさま立ち上がる。
立ち上がると同時にナキリパーティが初級であろう魔法を放って注意を引きつけようとするがガン無視だ。
効果が無いのが分かるとマリアが前に出て攻撃、すると思いきや後ろに下がったり目の前に行ったりと挑発する。
やはり目の前をうろちょろされると鬱陶しいのかマリアの思惑通り狙いはマリアに向かう。
「あっははは!ほーらこっ!?」
「マリアさん!?」
挑発していたマリアだが、敵に急接近されて殴られた。
と言ってもちゃんと腕で防いで最小限のダメージにしたようだが……
別にマリアが侮っていたのではない。ユキオが急に強くなったと考えられる。
「見なさい。頭を振ってないわ、きっと本気になったのよ」
「最初から振らなきゃいいと思うんです」
「やっぱり今までは災厄と完全な同化が出来てなかったからこそ弱かったんだと思うわ」
さきほどとは目に見えて動きが違う。
ユキオの攻撃は私には確認出来ないがマリアは必死に避けてる様子。
回避に徹すればマリアも大丈夫みたいだ。というかどうせ攻撃は当たらないのだし避け続けるだけでいい。
「ユキ、支援魔法とかあればマリアにかけてあげて」
「一応強化魔法はかけてるのですが」
「なら後はマリアの頑張り次第か」
ナキリ達も余計な援護はしない。
下手な援護はマリアの邪魔になるからな、誰の指示か知らんけどナキリパーティもそれなりに優秀だ。
「メルフィ!あとどれくらい時間かかる?」
「20、いや10分で仕上げる」
「分かったわ。ユキ、聖水かければ当たるんだから鞭にぶっかけてマリアを援護なさい」
「すでに準備済みです!」
用意がいいことで。
ダメージは入らないだろうが腕に巻きつけるなりすれば動きは鈍らせる事が出来る。ユキの役割はマリアの援護のみだ。
「マオはとりあえずこのままね。メルフィの魔方陣が完成したら誘導役よ」
「えぇ……」
「私も一緒だからいいじゃない。一回は緊急脱出可能だから安全よ」
「信じますよ?」
私達が魔方陣の手前でユキオを誘い、中に入ったのを確認したら転移符で逃走する手筈だ。
ふ、移動手段だけが転移の使い方ではないのだよ。
「ナキリ達にも聖水渡すからチャンスがあれば皇竜浄化斬か何かで攻撃してちょーだい」
「皇竜ネタは俺も後悔してるからやめてくれ」
だが断る。ナキリから皇竜ネタを取ったら何も印象に残らないじゃないか。
技の威力に関してはこの中ではナキリは優秀な部類だ。
もしかしたらユキオにも通用するかもしれない。同じ異世界人なんだから尻拭いしてもらおう。
「マリア!」
「ほいきたっ!」
「ふふ、呼んでみただけっ」
「張っ倒すぞテメェ!!」
わぉ……びっくり。
「てめぇとか言われた」
「今のはお姉ちゃんが悪いです。わたしにはわかります」
「殺伐とした戦場に憩いを与えただけなのに」
「流石に命の危険な場面でお茶目な行動は怒られるかと」
私のせいなのか、マリアが一瞬意識を逸らしたと同時に焦った様子で攻撃を受ける、前にユキが上手いこと鞭で防いだ事で何とかノーダメージで済んだ。
マリアは慌てて後ろに下がって再び仕切りなおしである。
「ルリも参加すればもっと楽でしょうに。結局着いてきたんだから役に立てと言いたい」
「そうですねぇ……ルリさんが足元を液状にしてくれれば敵の動きも鈍りそうですが」
全くだ。
役立たずなら嵐対策でもしてろ。
ルリの主な役割は最早津波になっているであろう波を止めることらしい。嵐本体自体は風の大精霊に任せるしかないようだ。
波が酷くなるのはもう少し先らしいのでユキオ退治に参加したのだがこの体たらくである。
しかし気の抜けない戦いだと1分がめっちゃ長い。
もう完成しててもいいだろうと思っても実際は3分くらいしか経ってないのが現状だ。
足元が酷い状態なのでマリアもいつ足を滑らせるかヒヤヒヤだ。
私もワイヤーを使って邪魔する予定だったが、素人の私がマリアとユキの援護してもそれこそ邪魔になるだけかと思い自重している。
ちらりとメルフィの方に目をやり早くしてくれと願うが、失敗されても困るからこればかりは――
「マオ、後ろに飛びなさい」
「ほぇ、あ、はい」
ユキオは未だにマリアが相手をしている。
けど何となく避けた方がいい勘が囁いたのだ。
素直にマオが後ろに飛んでおよそ3秒後、目の前を何かが高速で通過した。
飛んでいった方を見てもすでに見えないが、恐らく20センチほどの石か何かだ。ユキオが蹴りでマリアの足元を狙った時にたまたまあった石が飛んできたのだろう。
頭の位置を通過していたので勘が働かなければ酷い怪我を負っただろうな。
「あ、危なかったですっ!」
「私に感謝しなさいよ」
そして再びマリアとユキオによる攻防戦に戻る。
余裕が出来たのかマリアも杖で攻撃に出るが、やっぱりダメージは無いらしい。向こうも分かっているようで防御も回避もしない。
「姉さん、おっけ」
「よしきた、マリア!準備出来たわ!」
「りょーかいっ!」
マリアが飛びのくと今まで見守っていたナキリパーティの面々が魔法で攻撃を始めた。
どうやら攻撃しながらメルフィの待つ魔方陣の方へ徐々に移動しているようだ。
ならば私達も動かないとな。
「マオ、予定通りいくわよ」
「は、はい」
まだ不安なのか返事はよくない。
私が一緒だと言うのに失礼な奴め……私が勝算のない行動する訳がないだろ。
「うきゃあぁ!」
「ステラ!?くそ、こっちだ!」
ステラとやらが吹っ飛ばされた。一応防御はしてた様だし死んではいまい。
言っちゃ悪いがナキリの仲間ではユキオの相手は荷が重い。
幸いメルフィの魔方陣の側には近付いている。後は私達が誘導すればいいだろう。
マオに頼んで水魔法をユキオに放ってもらい注意を引き付ける。
一度殴られたから恨みでもあるのかすぐにマオに狙いを定めて向かってきた。よーしよし。
「ダッシュで予定の場所に行きなさい!」
「ひいぃぃぃぃっ!?」
悲鳴で返事をして猛ダッシュで向かうマオ。
ハッキリ言ってユキオの速さは先程までより段違いなので追いつかれてもおかしくない。
だがそこは頼もしいフィーリア一家の面々が標的にならない程度に妨害してくれているのできっと大丈夫。
「姉さん!」
「もうちょい待て!」
マオだって必死に走ってはいるが地面の状態がよろしくないのだ。
こけないだけ褒めてもいい。
何とか無事メルフィの目の前に到達したので今度は逃げる為の準備をする。
リンに頼んでリュックから転移符を出してもらい後は待つだけだ。
と言っても後数秒ほど……
「ごめん姉さんにマオ、完全に動きを止めるのに数秒欲しいから耐えて」
ここにきて中々の無茶振りである。
おーけーやってやろうじゃないか。どうせ耐えるのはマオだし。
「マオ、結局痛い思いしなきゃダメっぽいけどいけるわね?」
「お姉ちゃんのご先祖様の攻撃だって耐えたんです!いけますっ!」
いい返事だ。流石はフィーリア一家の一員だ。
「よろしい、ならば魔方陣の中に入って足止めよ」
「はいっ!」
目前のユキオの片足が魔方陣に入ると同時にメルフィが術を発動させたのか魔方陣が青白く光る。
後は全身が入ればいい。
多少は怖いのかマオの身体が強張っているのが分かる。
すでにユキオはマオを殴らんと攻撃モーションに入っていた。
あれに耐えれば終わりだ。
『姉御!』
あの喧しい鳥の叫び声と同時に横からこちらに向かってくる影を視界の端に捉える。
「マオさんは俺が守る!」
「うきゃっ!?」
ユキオの攻撃に鳥の叫び声、横から来たものがマオを押し出した事による衝撃、全てが同時にきた。
マオの背中に乗ってた私にも当然衝撃が来る。
厄介な事にそのせいか私は転げ落ちた。転移符を持っていたので片手だけで掴まってたのも原因だろう。
犯人は分かってる。
存在を忘れてた私にも多少の非はある。
邪魔してくれたド畜生に文句言ってやりたいがそれどころではない。
顔は無いがユキオの目線はこちらを追っているように思う。
つまりこのままだとユキオは魔方陣から出てしまうのだ。
「こっちだロリコンの変態野郎!」
一瞬で戻る為には転移符を使うしかなかった。落とさなかった自分を褒めてやりたい。
魔方陣の中に再び姿を現した私をユキオは標的に定めた。狙い通りである。
「姉さん!!」
「姉を信じろっ!」
奇跡すてっきを呼び出し防御の構えをする。
すでにユキオの足が迫っていた。私の身長的に蹴りがいいと判断したのだろう。
「マイちゃん支えろ!」
「ウン!」
一応自分でも踏ん張るつもりだが幼女だしどうせ吹っ飛ばされるに決まっている。
マイちゃんもだが足に感じる感触的にリンも手伝ってくれるようだ。何も言わずとも察してくれるとは本当に出来た人形である。
そして来るアホみたいな衝撃。
グキ、ゴキ、メキと続けざまに聞こえた気がした。
まず両手首が折れ、両腕の第一関節が折れ、更に胸の辺りがメキって言った。
幼女脆すぎだろ……常識的に考えて。
更に無理に踏ん張ってるせいか足首もグニャってなって立ってられなくなる。
幸い激痛がくるのはあと数秒後だろう。
そのまま相手の動きを封じる為に足を脇で掴まえて倒れこむ。
「お姉ちゃんっ!」
「力使いなさいよリーダー!」
うるせぇ黙ってろ!
と叫びたいが声が出ない。恐らく胸にきた衝撃のせいだ。
ユキオをやろうが後に残る可能性が高い災厄の事を考えると今気絶してらんないだろうが。
ええい、くそ!まだかメルフィ!
獲物を絶対に逃がさんと黒い足にしがみつく私の姿はさぞや無様な事だろう。
情けない姿を晒すリーダーだが、弱者な私にはこうするしかない。
上からグェっという声を共に殴打した様な音が聞こえた。
マイちゃんが身を挺して私を守ってくれたのだろう。後で花の蜜を奮発してやるとするか。
「姉さん、ありがとう」
しがみつく私がウザいのか足を蹴り上げ私を引き剥がしにかかってきた。
そういえば身体を乗っ取りに来なかったな……災厄と同化したせいか不要になったのだろうか?
そんな事を考えてる私だが実は宙に放り出されてる真っ最中だったりする。
メルフィの感謝の言葉が聞こえた、つまり準備は終わったのだ。
ならばしがみついておく理由も無いしユキオの蹴りをそのまま利用してあっさりと避難したってのが正しい。
「やっ、ちまえ」
ポフ、と軽い音がし誰かに抱き抱えられた。
あれだけの速度で放り出されたのにここまで衝撃を吸収して抱える様な奴は一人しか居ない。
「お疲れ様でしたお母さん」
「……回復して」
すでに用意されていたユニクスの血をグビグビ飲みながらメルフィの復讐を見届ける。
そう言えば結局ユキオの声も性格も能力も分からなかったな……
メルフィの予定通りユキオは魔方陣の中で動けなくなっていた。
そして徐々に青白い光が強くなり、ユキオの姿を全て覆う一筋の光となって天に昇っていくのを私はぼけーっと見ていた。
あ、何か泣きながら近付いてくるマオの声が聞こえる。




