幼女、北へ向かう
決行の日を迎えた。
すでに準備は終えている。すでに外に出て馬車の周りに集合してるので後は転移でサクっと向かうだけだ。
「場所ってどこなのよメルフィ」
「北」
北だそうだ。勿論そんなもんで分かる筈がないので地図を見て場所を確認する。
北は北だが最北端だった。
残念ながらユキもサヨも行った事のない場所なので途中までしか転移で行けない。
私が奇跡ぱわーで転移するという手もあるが、まぁしなくてもぺけぴーの脚なら今日中に着く位置までは転移出来るらしいのでそうするとしよう。
ナキリ御一行には私達が先に転移してある程度離れた位置まで移動した後でサヨに連れてきてもらう手筈となっている。
「日帰りで済ませたいからさっさと行きましょうか」
「では皆様馬車の近くに」
「いってらっしゃいませ皆様」
奴隷達に盛大に見送られて私達は転移した。
「寒い」
「やはり北となると寒さが厳しくなりますね」
「ダメだ。馬車の中に入ってよう」
転移すると思いっきり雪国だった。
転移した瞬間ぺけぴーと馬車が積もった雪に埋もれるというハプニングがあったがそこは魔法で周囲の雪を吹き飛ばして難を逃れた。
まさか2メートル近く雪が積もってるとは思わなかった。流石は誰も訪れない秘境って感じだ。
一部のお子様精神の娘らは喜んでたけど。
残念ながら今日は遊んでる暇はないのでユキが道を作りながらさっさと移動を開始する。
「距離的にここからどれくらいで着く?」
「雪が邪魔で多少遅れるとして3時間くらいでしょう」
「快適馬車じゃなかったら帰ってたわ」
「ふ、私の努力の賜物ですね。さて、そろそろ私は冒険者達を連れて来るとしますよ。大分離れて移動しても雪をどかした道を進めばはぐれる心配がないのがいいですね」
全くだ。移動に手間はかかるが進行方向を間違わなずに済むのなら雪も役に立つ。
15分ほど進むとサヨが転移で居間に現れた。ここに来たって事はちゃんと離れた位置に連れてきたって事だろう。どれくらい離れた位置に居るかは知らないが吐き気がしないので結構離れた位置に居るようだ。
「およそ1キロ離れた位置に連れてきました。お姉様を見る限り大丈夫そうですね、では私はオーランドと共に別件にあたりますよ」
「お願いするわ」
一礼するとそのまま転移で消えた。真面目にしてれば有能な奴等である。
強敵、と思われる相手ともうすぐ戦おうってのに緊張感が見られない。メルフィは何とも病んでそうな顔でニヤニヤ笑っているが……
長年の宿敵を倒せるのが余程嬉しいらしい。折角の美人が台無しだ。
「おや、狐がいますよお母さん。北には野生で生息してるのですね」
「野生のキキョウ?」
「素っ裸で駆け回る野生児のキキョウさんも見てみたいですが、残念ながら動物の狐です」
動物の狐イコール可愛いという事で食いつく女性陣。当然私もだ。
ここで重要なのは動物が居るって事は魔物はほぼ居ないだろうって事だな。あの狐が魔物を駆逐するほど強いって事はないだろうし。
遠くにいるのかと思えば案外近くに居た。こちらを警戒してるのか身動き一つせずじーっと見つめている。
おー、わんこも可愛いがお狐様も可愛いじゃないか。野生故に人を警戒して寄ってこないだろうがひょっとしたら呼べば来るんじゃないかと期待してしまう。
「ちょっと降りましょう。もしかしたらモフれるわ」
「野生の狐を触るのは普通は厳禁です。まぁ仮に触れたらその後に魔法で全身を浄化したあとユニクスの血を必ず飲んで下さい」
「はいはい。うんこの中にエノキだかキノコだかの病原菌もってんでしょ」
「いえ寄生虫です」
虫なの?
そうなのか、可愛い顔して嫌なものを飼ってるじゃないか。
だが関係ない。触れるなら触る。
狐に警戒されない様にそろりそろりと馬車を降りる。ちらっと前を見ればまだ逃げずにじーっと見ていた。そういや普通に雪の上に立ってるけど埋もれてないな……軽いかあの場所には積もってないのか。
餌でも与えれば寄ってくるかもしれないが、野生の動物がいきなり懐く訳がない。
だがしかし、この世界に愛される私にかかれば狐一匹くらい簡単に籠絡してみせよう。
あくまで向こうから来てもらう為にその場で止まって無害アピールする。ほーらこいこい――
スコーン――
別に狐の鳴き声ではない。
何か頭に当たってスコーンなんて音がしたのだ。
無言で頭を擦ってみるが怪我はなさそうだ。というか痛みもない。きっとリディアのお守りの効果だろう。
軽い衝撃が来たのは左側、という事で左を向いて下を見ると私の頭を直撃したらしい矢が雪の上に落ちていた。
ちなみに今の出来事で狐はどっか行ってしまった。
「リ、リーダー?」
「頭に矢を受けてしまってな?」
「知ってる」
まさかモブオの台詞を私が言う羽目になるとは思わなかった。
矢を拾って見ると案外軽い。私を殺すつもりで射った訳じゃなさそうだな。
「とりあえず犯人を探し出して嬲り殺しにしましょうか」
「まぁ待ちなさいユキ」
「待ちません。お母さんが無傷と言う事はリディアさんのお守りが発動してると言う事、それすなわち悪意があった証拠です」
「そりゃそうだけど、別に殺す気は無かったみたいよ」
矢は軽い。何故なら紙で出来てるからだ。
紙で作った矢を遠くに飛ばす芸当なんて難しいだろうから魔力でも使ってるんだろう。
ご丁寧に矢の先端は丸い球体で刺さる事もない仕様になっている。
そしてこの紙、何か書いてある。先端の球体と尻尾の部分をスポンと抜いて紙を広げると……
『ヒーキーカーエーセー』
「引き返して欲しいみたい」
「何ですか、封印を破られない様に守護する者でもいるのですか?」
「知らない。けど相手が相手だからそういうのが居てもおかしくない」
メルフィも知らないらしい。というかここ数百年はその場所に訪れた事はなかったそうなのでその間に何者かが住み着いたか、ユキの言うように守護する者が現れたかのどちらかか。
「何にせよ大人しく従う義理はないわね」
「勿論です。狐も居なくなりましたし不届き者を成敗しに行きますよ」
皆が馬車に向かったのを見届けてからもう一度紙に目を通す。実は左端の方に小さく何か書いてあったのだ。
『引き返さない場合はなるべくゆっくり来て下さい』
めっちゃ下手に出てた。
守護する奴なんかじゃなく私達同様にサイトウユキオに用がある奴が現在進行形でそこに居るって事だ。
獲物を横取りされても困るのでどっちにしろ従う義理はないな。
★★★★★★★★★★
「るーるるんるーるーるる」
「楽しそうですねお嬢様」
「ええ楽しいわ。やっぱりこういう大きな術を使う時が一番楽しい。魔女の性ね」
この地に素敵な反応が見られたのはほんの少し前。早速訪れて見れば中々に楽しそうな方が封印されてるようでした。
文献などほとんど残ってませんがかなり昔に封印された異世界人のようです。
どうやら当事は中々にやんちゃな方だったようで倒すのが難しく強力な魔法使い達が大人数で対処にあたり封印するに至ったみたいですね。
まぁ経緯に興味はありません。私が興味を持つのはその異世界人の能力……詳細は不明ですがさぞかし役に立つ力なのでしょう。
「2000年も保っていられる封印ですしね、とても優秀な魔法使い達が居たのでしょう」
「とはいえ2000年が限度だったようですが」
「違うわマリー、この魔方陣を解析してみなさいな。これは周囲の魔素を取り込み永久的に発動する術式よ。今回綻びが出来たのは外的要因によるものでしょう、ほらここ」
雪も積もらぬ平坦な土地に描かれてる数十メートルはあろうかと言う魔方陣。上側にある一部分に僅かだが罅が入っています。
これがこの地から多少とはいえ力が漏れ出している原因。そして私達が気付くことが出来た要因と言えます。
「しかしそれほどの相手となると如何にお嬢様でも厳しいのではないですか?」
「ふふん、私ほどの魔女となれば容易い事です。それにこの地に居るのはただの思念体、つまり魂です。肉体さえ無ければ私の敵ではありません」
さて、どうやら私達以外にもここに目を付けた者が居るみたいですからね、早めに行動するとしましょう。
罅の入ったあの部分を中心にとある魔方陣を書きます。所謂ドレイン系の魔術ですね。
これを用いて私はこの下に眠る魂の能力を根こそぎ頂く予定です。
「しかしお嬢様の描く魔方陣は意味不明ですね。文字なのか模様なのかよく分からない曲線ばかり。普通は五芒星とか使うものでしょう?」
「そうねー、五属性だったり六属性の魔法を使うならそうするでしょうねー」
しかし今回使うのはドレインはドレインでも魂の融合による吸収です。元々本人にしか使えない能力を頂くのですから馴染む為には魂ごと吸収するのが一番ですし。
ふともう一人、エリーの気配がしました。
こちらへ向かってくる者達を追い払うなり警告するなりしてきたのでしょう。
念のためこの場に転移して来ない様に魔力封じはしていますが。
「おかえりなさいエリー」
「大変」
「あら、貴女が喋るくらい厄介な相手なの?」
普段ほとんど喋らないエリーが喋るくらいです。ちょっと作業を中断して話を聞くとしましょう。
ついでに聞いてから対策を練ってみますか。
「それで、どんな方々?」
「お嬢の友達」
「私の友達?……どの方でしょうね」
「何を白々しい。お嬢様のご友人なんて一人しか居ないではありませんか。これだけ生きてきといて一人です。筋金入りのぼっちに出来た奇跡のご友人です」
「そこまで強調しなくてもいいじゃないっ!?」
酷い、酷いわこの子ったら。
じゃなくてペドちゃんが来てる?……いや鋭い勘をもつあの娘ならここに目を付けてもおかしくはないんですけど。
けど何しに来たのでしょう……って、こんな所に来る理由なんて一つですね。
上を向くと青空の遥か彼方に感じる明確な意思。
災厄……座標を詳しく調べた訳ではありませんが災厄が降りるのはこの辺になるかもしれません。というかなるでしょうね、何せ原因が下に居るのですし。
「ペドちゃんは災厄をどうにかしようと動いてるのかもしれません。そして災厄が来る原因がこの下にいる者だと勘付いてる」
「よくまぁ気付かれたものです」
「お得意の勘ではないでしょうか……何はともあれペドちゃんが相手なら説得で済むかもしれませんね」
恐らくペドちゃんはこの者を消滅させたいのでしょう。
そして私はこの者の力を奪いたい。
対象はどの道消え去るのだから私が獲物を頂いても構わないでしょう。
「やめた方がいい」
「どうして?大丈夫よ、ペドちゃんとはお互い誓いをしあった仲ですもの」
「やめた方がいい」
「……少々お待ち下さいお嬢様。エリー、貴女一体ペド様達に何をしてきたの?」
何やら不穏な気配がしてきました。
確かにこちらと目を合わせない様にしてるエリーはどう見ても怪しいです。
私は相手に引き返す様に警告する、聞かない場合は排除する様に言いましたが……流石に私のお友達相手に排除しようとはしなかったと願いたいです。
「警告対象がお嬢の友達だった。殺す訳にはいかないし、極秘のミッション故にバレる訳にもいかないからある手を考えた」
「え、私いつバレちゃダメなんて言ったかしら……」
「それは手紙を書くこと。幸いな事に野生の狐に夢中になって馬車を降りてきたからそこを狙う事にした」
聞いちゃいないわこの子……そもそも狙うっていう不穏な単語はなに?
あーやだやだ、この先を聞くのが辛いです。
「手渡しは無理。かと言って進行方向にさりげなく置いても気付かれない可能性が高い。だから頭の良い私は考えた、弓で射ればいいと」
「どうしてそうなったの!?」
「残念な事に私は弓なんかほとんど使った事がない。お嬢の友達に当てず、目の前に矢文が落ちる用にする技量はない。怪我はしない様に手紙自体を細く丸めてゴムを先端に付けた矢を作ったけど、魔力を込めて射るから当たればきっと痛い……だから頭の良い私は考えた、お嬢のお守りがあるんだし殺意を込めて射れば当たってもいいと」
馬鹿だこの子!
ただの馬鹿じゃなくて大馬鹿だ!
「……ちなみに聞くけど、当たったの?」
「友達の頭に無事当たった」
「…………ふぅ」
「お嬢様ーーーーー!?」
ペドちゃん側には殺意とまではいかないけど敵意がある相手と思われたでしょうね。
違うんです。私はお友達なんです……全てはエリーが悪いんです。
「メイドが憤慨してた。あの怒り様だとここに来るのも時間の問題。さっさと終わらせるべき」
「あなたのせいでしょうが……けどそうね、バレる前に終わらせて退散しましょう」
「いっそ謝ってみては?幸い殺傷力はない矢でしたし」
「やだ、怒ったペドちゃん怖いもの」
ペドちゃんは笑って許すタイプじゃないわ、きっと裏切り者には死を!って感じで迫ってくるの。今の私なんて会って二秒くらいで蒸発しちゃいそう。
だって星堕としを飼いならす猛者なんでしょ?私、知ってるんだから。
「急ぎましょう。二時間は猶予あると思ったけどそうも言ってられないわ」
「そうですね。必要なものは?」
「黒竜の血を魔方陣の周りに垂らして、私は自分の血を真ん中に垂らすわ」
周りに垂らす血はこの魔方陣から相手が逃げられない様にする為のもの。強ければ強いほどいいのだけど今は黒竜の血しかないから仕方ないですね。
ナイフで手の平をスパっと斬って血を足らす。ダラダラと結構な量を垂れ流します。相手の魂と私の身体が馴染みやすくなる様にです。
「本当は相手を限界まで弱らせてから融合する手筈だったのに……まあいいわ、私が死に損ないの魂に負ける訳がない。じゃあ術を発動するから二人は陣から離れて」
「かしこまりました」
二人が離れた位置に待機したのを見届けて術式を発動します。
紫色に発行する魔方陣の中に罅割れた隙間から目的の魂が少しずつ吸い上げられてるのが分かります。
私との融合に反抗しようと抗いますが、許しません。魔方陣の外に逃げようとも出られない……あなたは私の一部となるのですよ。
先ほど斬った手の平を垂らした血を上につけ吸い上げます。吸収する箇所はどこでも良かったりします。どこで吸収しようと最終的には心の臓に向かいますからね。
一番いいのは口からですが……どうやら対象は男性、殿方の魂を口から吸収するなんてはしたない真似はしません。
ただ……やはり封じられた魂だけの事はあります。
吸い上げる量が増えるにつれて身体に負担がかかりだしました。
この魂から感じる長年蓄積された憎悪、外の世界への渇望、そして孤独であり続けた悲哀。あらゆる感情が流れ込みます。
「そんなの知った事ではないですね、私はその強大な能力さえ頂ければいいのです。貰うもの貰ったら消えて頂きます。あなたもその辛さから解放されるのだから満足でしょう?」
実はこの魂がどんな能力を持ってるかなど私は知らなかったりします。
ただここまでの上物です、今後役に立つ力なのでしょう……融合が終わったら帰って試して見る事にしますか。
「ふぐっ……さ、さすがに、半分もくると、きますね」
「お嬢様!無理な時は中断してもいいのですよ!」
何を馬鹿言うのでしょう……こんな途中でやめてどうするのです。
がっくりと膝をつきそのまま続けます。
逆に私の身体を乗っ取ろうと足掻く魂、それを押さえ込む私の魔力。
根比べといきますか……だけど何となく確信しています。
私の方が負けて乗っ取られると。
このままでは、の話ですけどね。だから見せてやりましょう、魔女の意地ってものを。
持参してきた宝石をいくつか取り出し震える手で魔方陣に設置します。これには私が長年蓄積していた魔力が篭っているのです。
本当はここで使う予定はなかったのですが、出し惜しみして敗北しても意味ありませんからね。
魔力を増幅して、一気に――
急に誰かに引っ張られて魔方陣から引きずり出される身体。
お嬢様、と叫ぶ声が何となく聞こえたのできっとマリーの仕業でしょう。
何故ここにきて邪魔をするのかと怒鳴りたくなりましたが、すぐに聞こえてきた轟音と共に理由がわかりました。
「が、ぁ……」
「お嬢様」
「く、術が、中途半端で負担が大きいわ……何が?」
「……空から恐怖の大王でも降ってきたようですよ」
魔方陣から引きずり出され、今の私は自分の持つ魔力だけで吸収した魂を押さえ込んでいる状態です。
半分程度の魂とはいえ補助なしではかなりキツイです。
……しばらくは屋敷に戻って安定するまで寝るはめになりそうですね。
さて、人の邪魔をし宝石を無駄にしてくれやがったのはどんな奴……
動かすのも億劫な身体を前に向ければ眼前に見えるのは巨大な穴。
私が居た位置も当然上から落ちてきた何かによって破壊されています。あのまま居れば死……にはしなかったかもしれませんが大ダメージを受けたでしょう。
「空から降ってきました。魔法の気配はなし、見た限り空の向こうから飛来したかと」
「つまり、災厄が落ちてきたと?」
いや、災厄が到来するまでにまだ時間はある筈です。
しかし、穴の中から感じる禍々しさ、常人なら気が狂いそうになるほどの様々な負の感情から察するに災厄としか思えません。
まさか、一部だけを飛ばし私に魂を全て奪われる前に奪ったと?
星堕としは実体を持たない災厄です。ならば次に来る災厄も同じく実体を持たない意識の集合体である可能性は高い、集合体であるが故に一部だけを切り離す事も容易でしょう。
「……ぐ、逃げ、ましょう」
「放っておくのですか?」
「ええ、今の私に戦う事は出来ません。幸いな事に肝心の能力は奪えた気がします……そして、これまた幸いな事にこの場所に世界で最も頼もしい方々が向かってます」
「押し付けてお任せするのは心苦しいですね……ですが仕方ありません。私達にはどうしようもなさそうな相手ですからね」
全くです……ほんの一部でしょうに感じる力は甚大。万全の状態ならまだしも人の身体の中を暴れまわる不届きな魂のせいで動く事すら辛いです。
「完全体の災厄なんて相手にしたくありませんね」
「全くです」
「来る。逃げよう」
エリーの言葉通り穴から這い上がってくる気配。
私は目を離さず見ていましたが、転移を発動する直前に見えたのは黒、黒いとしか言いようが無い物体でした。




