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幼女、娘に力を使う

 採った茸を見てみると、15cmほどの長さだった。胴回りが4、5cm程のぷりぷりした茸、傘は胴の2倍ほどで茶色い。

 これは見た感じ絶対に美味しい…姿焼き、蒸し焼き、鍋…どれが良いか…


「これはヤバいわユキ。間違いなく絶品の予感しかしないわ」

「味は良いと評判です。この茸は王都にばかり流通して五丁目にはまず出回らない程の人気です」


 貴族が好む味という訳か…これもそれなりに高額なんだろうなぁ…


「これだけ有れば十分!行くわよユキ!茸が私に食されたがっているっ!!」

「そうですね。では戻りましょう」


 小さい茸しか食べた事ない私にとって、この茸は期待感が半端ない存在だ。



★★★★★★★★★★



 戻ってみれば、マイちゃんは娘の腹の上にいた。死にかけてた娘に群がる巨蝶…


「まさか…食べた?」

パタパタッ!


 違うっぽい。紛らわしい場所で待機する方が悪いんじゃないかと

 私達が戻った事で、マイちゃんはまた私の頭に戻った。


「んじゃ…もうここで夕飯にしよっかな」

「では結界と調理器具を用意しますね」

「お願い、その前にこの娘を喋れるくらいまで回復して」

「わかりました」


 ユキがあの娘を回復する間に如何にして茸を最上級の味に仕上げるか考える。

 私の頭の中では、今はあの娘より茸の方が気になって仕方ないのだ。


「ご主人様、終わりました」

「バター焼き?」

「いえ、あの娘の回復が」

「そう、わかったわ」


 すでにメニューを数種類考えるまでに至った茸料理。思わず返事に出してしまうくらい楽しみだ、だが今はあの娘の身の上話でも聞こう


「気分はどう?まあ完全に治ってはないけど」

「あ、痛みと苦しさはなくなりました。ありがとうございます」

「予想以上に幼い声ね…当たりか…」

「あの…あなたはわたしをいじめないのですか?」

「虐めるわ」

「あぅ…あわわわっ…逃げなきゃ…」

「冗談よ。ろくに動けないんだから寝てなさい」


 うつ伏せになり這って逃げようとする娘を制す。わざわざ怪我を治した相手を虐める訳ない。というか動けるのか…


「まずは名前を教えなさい。いつまでも娘とか言いにくい」

「名前……おい?ですか?」

「おい?私に聞かれても何の事やら」

「おい…って呼ばれてました」


 おい…オイか?変わった名前というか。そういえば近所のおじさんが自分の事をおいちゃんとか言ってたなぁ…


「…おいちゃんもな?昔はそりゃあ悪ガキでな?よく先生に…」

「そういうのじゃないです」

「わかってるわよ…」

「呼びかける時の掛け声じゃないですか?」


 下ごしらえ中のユキが会話に混ざってきた。呼びかける時の…そういう事か、というかそれ…


「名前じゃないわね」

「ですか」


 ふーむ…これは予想以上に扱いが悪かったと判る。何でだろ?


「貴女の種族ってなに?」

「おに…って聞きました」

「鬼?」


 オーガみたいなものか?それにしては普通の娘にしか見えないが…


「鬼とは人間と姿形が似ている種族ですね。異なる点は角の有る無しと、身体能力の高さです」


 へー…この娘は見た感じ角が無い。それが原因で虐められたのか?


「貴女は角が無いからこんな状態なの?」

「有るには有るのです。でも、大体あってます」

「よく分からない。それより角が見たいわ」

「あぅ…見ますか?汚いですが」


 と言いながらうつ伏せでこちらに頭を向ける。この状態だと、蛇に咬まれたお腹の部分に血のシミが広がっていて死体にしか見えない。なんでこの格好選んだ…


「…わかんないわ」

「頭のてっぺんにちょっとあるです」


 てっぺんね…これか?この…数ミリだけ出てる尖った物体。触ってみると固く骨みたいだ


「ありがと。ショボいわね」

「あぅ…ごめんなさい」


 …からかい辛い。何かとりあえず謝っとけって思ってる感じだ。低姿勢が身に付きすぎ…命令には逆らえないタイプか


「下ごしらえが終わりました」

「わかった。そのまま鍋をお願い。私は…焼くかな、貴女は…手伝えそうにないわね」

「です…ごめんなさい」


 危険は無さそうだし、奇跡ぱわーで治してあげるか?魔法だと完治には大分かかるってユキが言ってたし……奇跡すてっきを呼び出し、名無しの娘に向ける。


「わひゃっ?!あわわわわわ……っ」

「…何もしないわよ」


 奇跡すてっきが向けられた途端に急いで逃げ始めた。というかもがき出した。身体に力が入らないのでジタバタしてる。


「これは矯正の必要があるわね、とりあえず怪我よ治……」

「うぅー……あれ?」


 奇跡すてっきを下ろす。何か嫌な感じがしたから奇跡ぱわーを使うのをやめたのだ。自分の直感は案外当たるから素直に従う


「……何かしらね。」

「あの……?」


 不安そうに見つめてくる名無しの娘。どこに危険な要素があるのかね…



☆☆☆☆☆☆


 網の上で焼いている茸をじっと眺める。限りなく最高に近い焼き加減にするためだ


「ご主人様、私がやりますのに…」

「いい。私は茸の焼き方にはうるさいの」

「初耳ですが」


 そりゃこんな大きい茸を焼くのは初めてだもの。しかし、調味料はどうするか…


「バター…醤油…香草もいる…いっそ塩だけとか」

「茸の姿焼きを塩だけで食べるとか聞いた事ありませんが」

「案外いけるかも…色々試せばいいわ」


 なに、茸はそれなりにある。…そろそろ良い焼き加減か、私の茸焼き職人魂がベストだと囁くのだ。


「…ふっふっふ。貴様のエキスさえも一滴残さず喰ってやるわ」

「誰ですか?それ」


 ノリなんだから気にしなくて良い。皿に移してそのまま食す事にした。まずは素材の味だけを楽しむためだ。


 何となく手を合わせて一礼をする。ナイフとフォークを持って、巨大な蝶がまさに今モグモグしてる茸を食べ……







「……美味しい?マイちゃん…」

パタパタッ!

「…そう。……ふ…うぇ…ぐ…ふえぇぅ……よ゛がったね……う゛うぅぅぁぁ……」

パタッ!?


 茸ごときで私をここまで泣かせたのはマイちゃんが初だ。光栄に思え…タダでは済まさない……


「おいたわしや……?どうしました?」

「ふぁいっ?!…あ、あの…本当にわたしも食べていいのですか?」


 名無しの娘は上半身だけは動けるまでにはユキに回復させた。足はやっぱり短時間で完治は無理との事で、歩くのは難しいようだ。今は料理を手伝うだけで全く食べてない


「食べればいいじゃない、この蝶みたいに勝手に。何もしてない蝶よりは手伝いをしてる貴女の方が食べる権利があるわ」

パタ……

「そ…それじゃあ…」


 恐る恐る茸を食べる。まるで未知の食材を食べてるみたいだ。

 マイちゃんも反省しただろうし許してやろう


「別に怒ってないからマイちゃんも食べなさい。そもそもマイちゃんに一番多く茸をあげるって約束してたし」

パタパタッ!

「……」

「…?なに?茸が不味かった?」

「!いひぇ…いえ!とても美味しいです…」


 ぼけーっとこちらを見る名無しの娘に気付いて声をかけた。


「…家族って、今みたいな感じですか?」

「なかなか重そうな話をぶちこんで来たわね」

「ご、ごめんなさい…」


 しかし、家族ね。答えるのは難しいが、丁度いい話題が出たので聞いてみよう。


「あなたの両親は?」

「いませんです…小さい頃に死んじゃったって聞きました」


 という事は両親には虐待されてない、という事か。まあ、家族を知らない感じだし当たり前だ


「この服はおかあさんの形見なんだそうです」

「そうなの?」


 ボロボロになってるが、生地自体は上質なものだ。故郷で厄介者扱いされてたなら、この高価であろう服もとられてそうだが…


「貴女の以前の生活を聞きたいわ」

「おもしろくないですよ?」

「構わないわ」

「わかったです。…わたしの里はですね、森に囲まれた里でして、立派な角を生やした鬼の皆さんが狩りをしたり野菜を育てて暮らしてました」


 自給自足で、外の世界を完全に遮断していたと思われる。


「わたしはその中で角がない鬼の子として大人の皆さんにいじめられてました」

「…大人?鬼の子供達には?」

「こわがられてました。でも、たまに石をぶつけられてたです」


 謎すぎる。子供には恐がられて、大人には虐めを受ける


「わたしはひとりぼっちなので、いつも本を読んでました。外で遊んでもいじめられるので」

「本を読むのは良いことね」


 だがよく字が読めるな…本は両親が生前に所持していたか、自己流で文字を覚えたのか?その辺を聞いてみる


「文字は長さんに教えてもらいました。本も長さんが貸してくれたのです」

「長さんとやらは貴女を虐めなかったの?」

「はい、いい人なのです」


 長と言えば、一番偉い立場にいるだろう人物。名無しの娘に味方していたのか…じゃあ他の大人達が独断で虐めてた?


「長さんは角がないわたしにでも優しかったです。…あ、実はですね。この角、自分で付けたのです。大きいのは痛いけど、小さいのならガマンできます」


 結局いじめられましたけど、と寂しそうに笑う名無しの娘。

 …今の所、私としては好感しか持てないほど良い子だが…長以外の鬼達には名無しの娘がどう映っていたのか


「つまり貴女は長さんとやらの家に住んでた訳ね」

「あ、違うのです。わたしは里の隅にある小屋に藁を敷いて住んでたです」

「家畜みたいね。藁を食べてましたとか言わないでよ」

「食べ物は長さんがこっそりくれました。夜は明かりが無くて見えないけど、暗くなったらすぐ寝ちゃうので大丈夫です」


 …ダメだ。さっぱりわからん。うーん…


「そういえば…なんでこの山で死にかけてた訳?」

「あぅ…追い出されたのです」

「大人達に?」

「そうです。わたしは危険だからって、いっぱい大人たちが棒を持って叩いてきたです」

「人畜無害そうだけど…」

「痛いのが嫌なので、必死に逃げてきました。この服じゃ走りづらかったので何回も転んだです」


 聞けば何日もの間逃げ続けたらしい。何度山を登り降りしたか分からないとの事。途中で遭った魔物は全て逃げきったらしい。

 こんな痩せこけた身体でそこまで走り続けられるとは…やはり生命力、身体能力はかなり高いようだ。


「いよいよ限界になって魔物に襲われて、死にかけてたと」

「そうです…そして、えっと…あなた達に会って助けられたです」


 そういえば私達は自己紹介すらしていなかった。


「私はペド・フィーリアよ。特別にフルネームで教えてあげる」

「私はユキと申します」

パタパタ

「この子はマイちゃんよ」

「わかったです。わたしは名前無くてごめんなさい」

「構わないわ」


 大分料理は片付いている。鍋も姿焼きも蒸し焼きも最高だった。

 姿焼きは酢醤油が案外美味しかった。ひと味足りない気がしたけど



「貴女はこれからどうするの?」

「…どうすれば良いですか?」

「知らない。好きにすればいいわ」

「わたし…歩けないし」

「その辺は私達がなんとかするわ。歩ける様になった後にどうするかって話よ」

「えっと…うー……」


 一緒に来るか?とは聞かない。連れて行くにしても、この娘自身に付いていきたいと言って欲しい。


「里に帰りたければ帰ればいいわ。元気になれば里の虐めてくる鬼程度、貴女ならどうにでも出来そうよ…恐がられて追い出されるくらいだし」

「…あの、わたしは…家族が欲しいです……」

「欲しいなら作るといいわ」

「…お友達も欲しいです」

「同じね、欲しいなら行動すればいい」

「でも…っ…わたし…えぐ…ばけものだし……」

「化物は家族も友達も作ってはいけないわけ?そんな話は聞いた事ない」

「だって…っ…わだしがいると…ひぐっ…みんな、に…め、めいわくが……うぁ……っ」


 お馬鹿な娘。やっぱり子供だ。この娘の中では里での生活だけが自分の生きる道だと認識している節がある。


「小さな里しか知らないから無理もない事だけど、世界ってのは案外優しい存在なのよ」

「……ひっく…っ…やさ、しい…?」

「えぇ」

「…ぇぐ……じゃあ…かぞく…おともだちが欲しい、ですっ…」

「さっきも聞いたわ。答えは同じ、自分で行動しなさい」

「…ぐすっ…おねがい、です…うぅ…わだじ、と…一緒にっ…ひぐ…わたしのっ…かぞくに…うぁ……そばにいでくだざい…………ひ、ひとりは…いやですっ……うわぁぁぁぁぁっ!」


 目の前で号泣する娘、とりあえず落ち着くのを待つ。しかし、自分でそう言う様に誘導した感があるが、それでもこの娘の口から聞きたかった言葉が聞けた。

 たった数時間で私達をそんな風に思える程に心を許してくれたのは素直に嬉しい。



☆☆☆☆☆☆



「まだ私達は会ってたったの数時間よ?」

「はい…でも、わたしには、ペドさん達が絵本の中の救世主さんみたいに思えたのです」

「…命は助けたけど、その後はご飯食べさせただけよ?」

「いえ、ペドさんの言葉で、わたしは本当に救われたのです。逃げるしか出来なかったわたしとはバイバイですっ!にゃふふふ」

「…そう」

「はいです!まだ短時間の付き合いですが、わたしに光を与えてくれたペドさんに一生お供します!」


 なんかキモくなった。頼むからユキみたいにはなって欲しくない。だが、共に進むなら名無しの娘だと不便だ。


「名前が無いと不便だから、私がつけましょうか?」

「ホントですかっ!?」

「……え?」


 名無しの娘は喜びの表情、何故かユキが驚愕した後に可哀想なものを見る目を名無しの娘に向ける。失礼なメイドだ…流石にまともな名前を付ける


「考えるまで時間かかるし、それよりも先に貴女の身体を完全に治しましょう」

「わかりました」


 仲間になった記念に奇跡ぱわーでちゃっちゃと治してやろう。健康な身体と形見の服の修復…後は汚れを綺麗にすればいいか


「じゃあいくわよ」

「お願いします」

「健康的な身体でー、服も完全に直して、あとは清潔な状態に……!」


ゾワ…


 また悪寒がした。何故?この娘が私に危害を加えるとでも…?あり得ない…が。

 念のためユキに目で合図する。顔つきが厳しくなったので大丈夫だろう。


「…元気になれえぇぇ!奇跡ぱわあぁぁぁっ!」


 名無しの娘が激しい光に包まれる。恐らく要望通りに全て修復されている事だろう。




 私は気絶する間際、急に迫ってきた殺意に対し奇跡すてっきで防御の体制をとる。


 眼前には奇跡ぱわーによって元気になり、痩せこけた顔から年頃の美しい娘になった名無しの娘の顔。

 今は憎悪に満ちたその眼の持ち主は、私を殺さんと手を突きだす。

 奇跡すてっきはあっけなく弾かれ、私はお腹を貫かれ吹っ飛ばされた。


「誰よ…?お前…」


 身体はあの娘のものだが、明らかに中身が別人に感じた。

 急いで駆け寄ってきたユキにその場を任せる。貫かれた腹部の痛みが尋常じゃない…味わった事のない激痛だが、この時ばかりは有り難い、奇跡ぱわーによる気絶効果で私はさっさと意識を失う事が出来た

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