幼女、星堕としと語る
五丁目から帰ってきたらゴテゴテした服に着替えろとか言われた。
どうやら私宛に客が来たらしい。いつも通りキキョウが対処すればいいだろうに何故か私が対応する事になったのだ。
女王っぽく白を主張した高そうな衣装を着る羽目になった訳だが、買った覚えのない服が何故にあったのか。王妃が着てそうなドレスっぽいのではなくローブみたいな奴なのでまだ我慢できるけど。
それより何だこの母が身に付けてる様な無駄に宝石が散りばめられたアクセサリは……ネックレスまではまだ許すが指輪とか正直嫌い。ついでにティアラも装着させられた。
こんなもんよりマイちゃんか猫耳ニット帽でいいじゃないか。
「お似合いですよフィーリア様」
「やっぱりフルートの差し金か」
こんな本格な衣装しなきゃならんとかどんな相手だよ。
「身分で言えば平民の方ですよ。ただ滅多にお帰りになられないフィーリア様に女王気分を味わっていただこうかと」
「そんなもん要求した事ないわ。くそめんどくせぇ……」
「お客人の前では汚い言葉を吐かない様にお願いします」
おのれフルート、キキョウだけじゃ飽き足らず私まで教育しようってのか。だが今まで散々勉強してこなかった私が真面目に女王面する訳なかろう。
「では用意できた様なので謁見に向かいましょう」
「この屈辱は忘れないわ。そこの着替えを手伝ったミニマムじゃないメイドも覚えてろ」
「えっ!?」
「彼女に罪はないでしょうに」
そういや久しぶりに見たなミニマムより高かったメイド。初日以来見た記憶がないが今まで何処にいたのやら。
その辺を移動中にフルートに尋ねてみると
「彼女には奴隷宿舎の方で管理人兼メイドとして働いてもらってますよ」
「ほぅ、だから神殿では見なかったのね」
自分からユキに売り込む割に有能だったようだ。料理や掃除はもちろん着付けなども割と習得が早かったらしい。
買った値段を考えると大当たりと言える。
そんな事を考えてるともう着いた。
お偉いさんが出入りする方の扉から入室すると愉快なフィーリア一家とメイド達、そして玉座の前に跪く三人の姿が見えた。
何で跪いてるんだろうか。
とりあえず玉座に座る様に指示されたので座ろうとするが……この椅子高くない?
ジャンプしなきゃ座れない椅子とかどうよ。マオが座ってりゃ拾い上げてくれるってのに何してんだ。
座ってから前を見れば相変わらず跪く誰だか分からない奴等。男一人に女性一人にガキ一人だ。
顔を上げる気配がないので上げるまで待ってみよう。
地につかない足をぶらぶらさせながら待っている姿は正に女王の貫禄じゃなかろうか。
誰も喋らない謎の空間だったがキキョウが隣にきてコソコソと助言してくれた。私の合図がないと先に進まないらしい。
なるほど、つまり本の中の王みたいな感じでいけばいいんだな。
「くるしゅーない、表へ出ろ」
「惜しい、惜しいですよフィーリア様。次は面を上げろでお願いします」
「かたっくるしいわね……面を上げなさい」
その一言でやっとこさ客とやらが顔を上げた。
男の顔にはどこか見覚えがある。女性とガキの面は全く知らない。
「次は発言の許可を」
「何か言え」
そう言ったらフルートだけがしかめっ面してた。ウチはこんなんでいいんだ馬鹿者め。
「お久しぶりでございます。賊討伐の件では大変お世話になりました」
「あぁ、思い出したわ。久しぶりねスイッチョン」
「オーランドでございます」
全然違った。
依頼を受けた直後までは覚えていたんだがなー……それはさておき隣に居る女性は奴隷落ちした妻でガキは娘か。
「無事に嫁さんと娘は買い戻せたみたいね」
「全てはフィーリア女王陛下のおかげです。娘はまだ教育中で商館にいたので買い戻す事は楽でしたが、妻はすでにある貴族に買われた後でした。もちろん連れ戻す為に交渉に向かいましたが、中々渋る相手でして……交渉に数日を要しましたがフィーリア女王陛下に取り返して頂いた宝石のおかげで何とか」
「ほーら、役に立ったじゃないあの宝石類」
しかし宝石類を全部売らなきゃならんほど高値になっていたか……
嫁さんに目をやればまぁ美人だと思う。金髪碧眼とか王道美人じゃないか。まぁワンス王国の王都基準でいくと普通の美人って感じだけど。
ただし顔に限って言えばだ。
「エロい身体だわ。服を着てても分かるスケベボディね、どこの貴族か知らないけど手放したくない理由も分かる」
「お客様の顔が真っ赤になりつつあるのでその辺で」
「大体理解したわ。あなたは身分的にも交渉相手としても下手にでなきゃいけないからね、難色を示すフリをしてどんどん金額を吊り上げられ、更に手放すまでの数日の間さんざん奥さんの身体を貪り尽くされたって事ね」
図星だったのか女王の前だってのにぬわーっと叫びながら頭を抱えるオーランド。結果的にタダ同然で奥さんの身体を堪能したであろう何処ぞの貴族はラッキーだな。
奥さんが半泣きになったのでこの辺りでやめておこう。
が、私はやめとこうと思ったのにオーランド夫妻に近付く者が一人。誰かと言えばユキである。
「オーランドさん」
「ぐおぉぉ……?貴女は、確かユキ様でしたか」
「はい。私の調査によれば貴族に寝取られた奥さんが旦那様の身体じゃ満足出来なくなる確率は9割を超えるようです」
「がふっ……」
「オーランドが死んだ!」
「この人でなし!」
「む、失礼な……私はただ先に知っておいた方がダメージが少ないだろうと」
どうせエロ本調査だ。真面目に聞く必要はないと言っておく。
そう言ったもののオーランドに続いて奥さんも死んだ。恥ずかしさのあまり顔を両手で覆っている姿は何とも漲ってくる。
苛めたくなる奥さんだこと。
「さて、和んだ所で本題に入りましょう。ところで奥さん達の紹介はまだ?」
「はっ……取り乱しました。妻がサニアで娘がミリアでございます」
「ふむ。で、御礼を言いに来ただけ?」
「いえ、女王陛下さえよければこの国で店を構えたいと思っております」
「いいよー」
「軽いなリーダー!」
いや、元々そのつもりだったじゃん。
商人だけあって口は固いだろうしウチの不利益になるような事はベラベラ喋りはしまい。
ただガキんちょはどうだか分からんが……
「店って何を売るつもり?」
「何でもでございます。ただ、今後は行商はせず、他国から来る商人と取引して仕入れる形にしたいと思っております」
「構わないわ。商人に扮して偵察しようと考える奴等が来そうだけど、そういう奴等は森で魔物に襲われるでしょうし」
店が出来ればウチの奴隷連中も金を使う機会が増えていいだろうし。
後は飲食店を開く奴でも来ればいいかな。
「他国との取引となればウチだけの特産品とかも用意しなきゃいけなさそうだけど……その辺は後でキキョウ達と相談してちょーだい」
「かしこまりました」
しかし喋らない女性陣だこと。あれか、この二人にも女王である私が発言を許さないと喋れないとか?
ミリアの方はまだ7歳くらいだろうに黙っていられるとは天晴れだ。めっちゃガン見されてるけど。
「しかし、この時期に来るなんて商人としては不運だったけど、命に関してはラッキーな奴ね」
「?」
「嵐が来るらしいわよ、この大陸に。あなた達が本格的に店を開くのはまだ先になるかもしれないわねー」
流石に嵐の事は知らなかったのか驚いた顔をしている。
というかほぼ移動してただろうし知らなくて当然か。
「あなたにはまずやってもらいたい事がある。明日からサヨと一緒に行動して欲しいの、詳細はサヨに直接聞いてちょーだい」
「……内容はわかりませんが、お引き受けいたします」
内容も分からず引き受けるとか商人としてどうなんだと思うが、助けられた手前断れないよなぁ。
ま、転移で飛び回って食料を買ったり素材を売るだけのお仕事だし商人なら問題ないだろう。
「ところで娘の方は商人の娘らしく口は固いんでしょうね?」
「そう教育しております」
「ふーん。まぁいいわ、子は宝よ。余計な事を喋らないのなら問題ないわ……そうだ、ウチで暮らす初めての奴隷以外の住民って事で素敵な贈り物でもしましょう」
という事でキキョウに頼んである品物を持ってきてもらう。
ものの数分で戻ってきたキキョウの手にはある書物が目に入るや否やザワっとした空気になるアルカディア面々。
「ふ、私が自ら考案したこの本を賜るなんてあの子供は幸せ者よ」
「一応確認しますが、私はフィーリア様に頼まれて運んだだけです。仮にその魔典のせいであの子供が今後おかしな成長を遂げたとしても罪はありませんよね?」
「すげーボロクソに言われた」
何て狐だ。後で増刷させてやる。
大体この本の面白さを知らないとか読んでない証拠だ。
不穏な気配を感じたのか緊張した面持ちになりかけてるオーランドが拒否する前に渡すとしよう。
「ミリアとか言ったわね。初のまともな住民記念としてウチでしか読めないこの本を与えましょう」
「えーと、じょおうへいかからたまわるなどこうえいとともに」
「長い。簡潔に」
「……ありがとうございます」
恐る恐る受け取った本をじーっと見つめる幼女。
難しい字はそんなに使用してないから読めるとは思うが……どうだろう。
しばらく見つめていると本と私を交互にチラチラ見始めたので私がさっさと読めと催促してる事が分かったのか、気合をいれた表情と共に本を開いた。
何故か震えていた。
というかガキんちょ以上に両親が緊張している。私の本を読むのにどんだけ勇気が要るのだ。
ミリアが本を読み、その目の前で私が仁王立ちしてる状態のまま静寂が訪れている。
じっくり読んでいるのかミリアに動きはない。
まさか商人の娘だってのにまだ字が読めないのか?
そう思ったその時、歴史が動いた――
ペラ……
静寂の中ページが捲られる音がすると一気にザワつきが大きくなった。
私の名作「桃女郎」が輝かしい一歩を歩き出した瞬間である。
「初めて……私が見ている時にページが捲られたわ」
「目の前に立って威圧感だすから……」
「こんな幼子にひどい主殿じゃ」
「作者の目の前で読むの放棄した奴等は黙ってなさい」
ふむ、ただのガキんちょだと思っていたが見所がある。
一気に好感度が急上昇だ。高待遇を約束しよう。
「全て読むのは時間かかるだろうから後で読んでいいわよ。で、最初の方しか読んでないけど何か質問ある?」
「え……と」
「遠慮は要らないわよ?……分かった、続編の話?そこまで頼まれたら書かなきゃいけないわね。ただ今は忙しいからゴタゴタが終わってからになるけど」
「お姉様はちょっと遠慮しては如何でしょう?」
横からやかましい奴等よ。
こっちは数少ない読者を確保しようと必死なのだ。
「ミリア、何か気になった事があったら言ってみたらどうだい?」
「じゃあ……なんでヒロインのひとはおならするのですか?」
「哲学の話はちょっと」
「ただの屁こき系ヒロインの話じゃないですか」
「ミリアちゃんはソレ面白いと思うんです?」
「マオにまでソレ扱いされるとかショック」
「おならをぬきにしてよむとおもしろい、かもです」
屁が登場しないとか全くの別作品じゃねぇか。
私がどれだけおならを活躍させようと頑張って書いたと思ってんだ。
「実際、ご主人様の書いた物語は割と面白い」
「急にどうしましたキャトル」
「写本を手伝ってたから全部読まざるを得なかったけど、2巻のヒロインが初めて主人公に声で気持ちを伝えるシーンはうるっときた」
「つまり、それまでは屁で伝えていたと」
「くさそう」
2巻と言うとあれか、他人の屁をコントロール出来るライバル令嬢が主人公とヒロインを仲違いさせる為にヒロインの屁を操った時の話か。
ちなみにヒロインの返事は簡単だ。おなら一発で「はい」とか二発「いいえ」とかそんな簡単な決まりだ。
キャトルが言っているシーンは主人公に対してだけはまともに喋る事が出来ないヒロインがなんやかんやあってライバルの策略通りに別れる事になりそうって時に勇気を出して初めて口に出して好きって言う場面だな。
「何て恐ろしいライバルなのでしょう……」
「私はジャンルがギャグじゃなくて恋愛だった事が恐ろしいです」
「おならじゃなきゃ不覚にも読んでみたい内容だわ」
「急に大好評だわ。自信がついた」
それもこれもミリアのおかげだ。
御礼に頭をぐしぐし撫でておいてやろう。
「さて、オーランド一家は長旅で疲れているでしょう。適当に家を貸すから休むといいわ」
控えていたミニマムメイドの一人が案内しながら出て行く。いい幼女だった。やはり幼女は最高だ。
で、これでもう客の相手は終わったと思うじゃん?
何かもう一組いるんだよなぁ……再び玉座に座らされた後に入れ替わりで入ってきた奴等が。
男一人に女五人というハーレム状態の冒険者パーティがフルートに連れられて私の数メートル前まできた。
オーランド達みたいに跪こうとしたが面倒くさいのでそのままでいいと伝える。
「あなたは覚えてるわ。皇竜列斬波」
「え、覚えてるのそこ!?」
「ようこそペペロッテ、あとその他一同」
「久しぶり、です」
「別に敬語じゃなくていいわよ」
「……私達って、その他なんだ」
また会うとは思わなかったな。てっきりあの姫さんにとっ捕まって騎士にでもされたかと思ってた。
どうやらワンス王国の王都からオーランド一家をここまで護衛してきたらしい。
そのまま帰るのもアレなので一応挨拶に来たそうだ。
こっちとしても丁度いい奴等が来てくれたと思う。
「こうして冒険者やってるって事はリーベに捕まらずに済んだって事ね。私の予想じゃ押し切られて私兵になると思ってたけど」
「いやぁ……そうなりそうだったけど彼女達がキッパリ断ってくれて何とか」
「役立たずなナキリに代わって断った。ただ、相手もしぶとかったからワンス王国王都の冒険者にさせられた」
「そりゃご愁傷様」
王都の冒険者とか王族からの緊急依頼でバリバリ働かされそうなポジションじゃないか。
結局リーベの近くに居るか居ないかの違いしかない。
「にしても丁度いい時に丁度良さそうな冒険者が来てくれて感謝だわ」
「え、何か用でも?」
「依頼したい事があるの。と言っても今回のオーランド一家の依頼と一緒で護衛よ」
「……護衛の必要の無さそうな貴女方が?」
「護衛されるのは私達じゃなくてある異世界人よ」
異世界人と言った所でそれぞれに反応が見られた。
不思議なのはナキリだって異世界人だろうに仲間の連中が眉間に皺をよせて難しい顔をしている事だ。
「なぁにその不服そうな顔は?」
「いや、そいつってナイン皇国とやらに召喚された勇者?」
「違う、と思うわ」
「そうなんだ……」
これは何かあったな。ナイン皇国に召喚された奴を知ってるかの様な反応だし見た事あるのだろうか。
「リーベ姫に探る様に依頼されてさ、ちょこーっと見に行ったのさ」
「ほぅ、複数召喚されたらしいけどどうだった?」
「4人居たね。男3人に女1人だ。一応鑑定はしたけど……そんなに大した奴等じゃなかった」
「鑑定か、初めて会った時にステータスがどうとか言ってたわね。マリアとは見えてるモノが違うみたい……一体どう見えてるの?」
「うーん、俺のは名前と種族、それと相手の体力とか魔力の残り量が見えるくらいかなぁ」
マリアより優秀じゃね?
聞けば横向きのグラフで残り体力が表示されて無くなったら死ぬそうだ。魔力は何となく分かるが体力が減るってどういう事よ。
ちなみに馬鹿みたいに体力と魔力を持ってる奴ほどグラフが伸びるそうだ。
「鑑定って人によって見えるの違うんだ。まぁあたしの方がシンプルで分かりやすいわねっ!」
「そうね。にしても勇者って言うわりにそんなもんか……ま、召喚された異世界人なんかこの世界じゃ大した事ないのばかりだしね」
「……そうだね。現地人の君達の方が怖いもんね」
「女神にチート貰って異世界に召喚されたら異世界人がチートばかりだった。リーダー、屁の話なんかやめてこれで物語書けば流行るわ!」
「書かん」
「まぁそれはともかく勇者関係じゃないなら依頼は受けるよ」
それは助かる。少なくとも数百メートルは離れてもらわなきゃ困るからな。
離れた位置に転移して後ろから着いてきてもらうことにしよう。
「しかし、そこまで嫌悪するとかどんな勇者よ」
「急に力を貰って調子に乗ってるのか街中で威張り尽くしてるよ。腹立つから詳細は言わないけどやってる事が賊と一緒さ……もしあれが同郷の者だったら泣けるね」
……ほーん、ナイン皇国が召喚したって事はこれまで召喚された奴等と一緒の世界と思うのだが、そんな好戦的と言うか性格に難ありな奴等を果たして呼ぶのだろうか?
たまたまゲスい奴等が召喚されたとしても外聞を気にするナイン皇国の奴等がそのまま放っておくわけないし。
「じゃ、明日出発だから宜しく頼むわよ。報酬は後払い、難易度によってそれなりに払うから期待しなさい。空き家は腐るほどあるから適当に使って休むといいわ」
「分かった、そうするよ」
話が終わると商人一家同様に別のミニマムメイドに連れられて退出していった。
流石にもう客人はおらんだろ。ダルいから居てもキキョウに丸投げするぞ。
「お客様は以上ですね」
「そりゃ良かったわ、女王オーラ出し続けるの疲れるもの」
「知り合いの冒険者パーティが来たのはラッキーでしたねぇ」
後は明日に備えて夕飯食って寝るだけだ。
まだ夕飯まで一時間はあるから……今の内にニボシに会いに行くか。別に用は無かったが客にあった事で聞きたい事が出来たのだ。
☆☆☆☆☆☆
一階に降りて広間に行くと相変わらず広間の奥、祭壇の前にニボシが座っていた。
ぼけーっと座ってて何が楽しいのやら……
ニボシが座っている隣まで無言で歩き、よっこらせとニボシに膝枕をしてもらう。
「お前は何をしてるのです」
「ホシオトシの膝枕ってどんなもんかと」
てっきり邪魔なのですとか言われてどかされると思ったけど案外すんなりしてくれたな。
そのまま上を向くと……身長に不釣合いな二つの塊が目の前に降臨した。
「これを見に来た」
「お前はどれだけおっぱいが好きなのですか……」
「ぐへへ」
「気持ち悪いのですっ」
こんな人間くさい奴だってのに災厄なんだよなぁ……と言っても災厄なんて名付けたのは人間だけど。
「ところでニボシ、もう直球で聞きたいんだけど」
「何です?」
「……今更、例の災厄を招く存在をどうこうしたって、ソイツはこの世界に来るんじゃない?」
「……」
「さっき来た冒険者に聞いたわ。ナイン皇国で召喚された勇者の話なんだけど、大人しい奴等を召喚した筈なのに派手にやってるみたいね。きっとこの世界に降り注いでる悪意に感化されてんでしょうよ」
商人一家の方も感情が表に出てたし。以前会った時のオーランドなら女王の前で無様に喚く真似などしなかっただろう。
「負の感情が餌になるんだっけか……サイトウユキオを上手く別の星に誘導したとするわ、でもすでにこの世界の生物が吐き出してる負の感情は個々では小さいモノだろうけど全てを合わせればかなりの餌になってると思うけど?」
「来る、来ないで言えば、来る可能性の方が高いのです」
「やっぱり」
「結局はアイツの気分次第なのです。ただ、この星の輝きは強すぎるのです……アイツの憂さ晴らしにはもってこいの星です。この星の奴等を蹂躙する為だけに来てもおかしくないのです」
輝きねぇ……美人をボコボコにするとスカっとするみたいなもんか。学園時代に経験あるから分かるわ。
あーあ、もう来ると思って行動した方がいいな。
「災厄か……ニボシも来てるしどんだけ災厄に好かれるのよこの世界は」
「む、我はこの星が呼んだから来たと言ってるのです」
「そういや言ってたわね。折角だから聞かせなさいよ、何でわざわざ来たってのにそのまま居残る羽目になったか」
「別に複雑な事情がある訳ではないのですが……我がこの星に来た時、この世界は見渡す限り焼け野原、大地は塵芥共や獣共の死体で汚れきっていたのです」
そりゃまた凄惨な光景が目に浮かぶこと。
どうやら当事、とある暴君が興した国が原因でそんな事になったようだ。ニボシ曰くただの喧嘩馬鹿らしく何か問題があれば武力で解決していたらしい。
当然そんな暴君を他の国が放っておく訳がなく戦に次ぐ戦で年を重ねるごとに世界は荒廃していったそうだ。
ちなみにその暴君とやらは人間に姿を変えていたが人外だそうだ。どこぞの次元からやってきた龍神とのこと。
名前から察するにドラゴンの親玉みたいなもんだと思うが、トカゲの分際で統治しようとか身の程を弁えない奴だ。
で、そんなこんなで暴君に同調された人間達も何はともあれまず暴力みたいな世界に変わり果てたと。
特に数が少ない亜人や獣人は今と同じく人間による数の暴力によって不遇な生活を強いられたらしい。数の少なさゆえに逆らっても返り討ちの連続だったとか、ご愁傷様だが恨むならトカゲを恨め。
「ところがです、我がいざ星に死を与えようとしていた時、この星は元の世界に戻ったのです」
「端折りすぎてよく分からん」
「暴力的思考だったあらゆる生命体が正気に戻ったのですよ。龍神の奴まで理性が芽生えたのは流石の我も呆気にとられたのです」
かくして戦はなくなり変わり果てた世界の復興にそれぞれ動く。
その時に生まれた国同士、または種族間の遺恨は今現在も残っているらしいがそれは仕方の無い話だ。如何にトカゲのせいだろうが事実は事実、なかった事には出来ないのだ。
「ふぬー!今思い出しても腹立つのですっ!あと少しでこの星を壊せたのに土壇場で生き続けたいと願うとは何事です!我は何しにここに来たのですか!」
「まぁ落ち着け。しかし不思議ね、よくまぁ都合よく正気に戻ったもんね」
「ふん、我は原因を知っているのです。あらゆる生命体の感情を操りあるべき姿にした奴を。滑稽なのは世界の惨状を見た龍神の奴が妙に慌てていた事です。しかも何とか自分の力で世界を修正したと思い込んでいる事ですー。暴力しか取り得の無い脳無しのくせにあの時のやり切ったって顔ときたら……」
よほど龍神の馬鹿さ加減が面白いのかけらけら笑いながら足をバタつかせるが、膝枕されてる私に被害がくるので止めろと思う。
せめてその無駄にデカい乳も揺らせ。
だがそれも束の間、当事の腹立たしさを思いだしてまたふぬーふぬー言い出した。
かと思えば急に黙り込んで膝枕状態でニボシの乳を眺めている私の顔を覗き込む体勢になる。もっと屈めば私の顔に乳が当たるという至福を味わえそうだ。
「私の顔に乳を当てたけりゃもっと頑張って屈むことね」
「んな事しないのです!……一つ思い出したのです」
「何だ一つだけか」
「ソイツ、世界をあるべき姿に戻したせいかこの星に祝福を受けたのです。お前と同じです」
同じ、というのは加護の事だろう。
大精霊であるルリによれば世界から授かる加護を持つ奴は少ない。だがまぁ少ないだけで居る事は居るんだし、世界を救ったとなれば授かっても不思議ではない。
「凄い奴が居たもんね。私と違って功績が立派すぎるわ、能力も凄まじいみたいだし」
「は、我より存在が上の奴が何を言ってるのです。お前は我にお願い出来る事がどれだけの偉業なのか考えろです」
「全く偉業に聞こえないところが凄い」
むくりと起き上がる。床にゴロ寝してたから汚れているであろう無駄に豪華な刺繍が入った服を払う。
もうすぐ飯の時間だろう。いい時間潰しになったと思う。
「明日の為にガッツリ食うか」
「結局元凶の元に行くのですか」
「相手はメルフィの怨敵、どの道ぶん殴りに行く予定だったのよ」
飯の支度が始まっているだろう部屋を目指す。
ニボシはどうするのかと思ったが普通に後ろを着いてきてた。コイツの場合は飯よりデザートが目当てなんだろうな。
そうだ、肝心な事を聞いてなかったので道中に尋ねるとしよう。
「で、結局この世界に居座り続けてた理由は?」
「次に、この星が破滅を望んだ時にすぐさま破壊する為です」
嘘や冗談じゃないことはニボシの顔が物語っている。
別にニボシにとってはそれが仕事なんだろうし私からどうこう言う気はない。そもそもまた世界が死を望む事があったのならこの世界に生きる奴等の自業自得だ。
「ふっふっふ、今日はお前が居るからきっと気合を入れてぷりんを作るはずなのです。絶対に3つは食べてやるのですー」
やたらと上機嫌である。星を滅ぼし、元のホシオトシの姿に戻ればプリンが食えなくなる事を分かっているのやら。
ちなみに今日はプリンは無い。
私が小豆を使ったデザートを作るように伝えていたからだ。キャロットの腕なら美味しいデザートを用意してくれてる事だろう。
ニボシの表情が歓喜から絶望に変わる様を想像したら思わず笑みがこぼれる。
何を勘違いしたか「お前が楽しみにするくらいならきっと凄いぷりんなのです!」と更に期待を膨らませるニボシを見て我慢出来ずに笑ってしまった。




