幼女、明日から本気出す
「明日から私達はユキオ狩に行くわけだけど、それとは別に嵐の問題もあるから分散しましょうか」
「と言いますと?」
「ルリとエルフ組は嵐を何とかしてもらう」
「おいおい待つのじゃ、馬鹿デカイ嵐を消すとなるとワシもじゃが精霊達も魔力を使い果たして消滅してしまうのじゃ!」
のじゃのじゃ騒いでるロリっ娘が一名いるが、その辺はちゃんと考えてある。
様は消滅するまで力を使わなきゃいいだけの話だろ?
キキョウ達から大昔にきた嵐をどう対処したかはあらかた聞いている。別に前と同じ対策を取る必要はないのだ。
「今より弱くなれば嵐が来たっていいじゃない。前の大精霊達は愚かにも嵐を消さなきゃダメって考えたようだけど」
「……なるほどのぅ、ただまぁ多少の人的被害や農作物の被害は避けられないのじゃ」
「問題ないわ。むしろ人的被害が少ないってのはいいわね、愚民共が嵐の事を知らない今の内に食料をありったけ買い漁る事にしましょう。これに関してはサヨと奴隷兵達に任せるわ」
「そうなりますと私はユキオ退治からハブられると?」
「そうなるわね、黒竜の素材なり何なり売れるものは全部売り払っていいわ。嵐で滅茶苦茶になれば金なんて役に立たないし」
ぶっちゃけルリの言っている以上の被害は出るだろう。学園とか頑丈な建物に避難してない人間が果たして無事でいられるやら……
植物に関しては気にしてない。どうせ妖精達があっさりと再生するだろうし。
「フィーリア様、恐らく大量に余るであろう食料ですが一部を拝借してもよろしいでしょうか?」
「ほう、何で?」
「いえ、ちょっとナイン皇国の評判でも落とそうかと。食糧危機になった際にナイン皇国の馬鹿達が果たして信者達に食料を分け与えるでしょうか?」
「まぁ……自分大好き人間共の集まりみたいだしないでしょうね」
「という事でこちらはペド教信者達には食料を分け与える事にします。こちらが信者に食料を分け与えてるというのにあちらは信者を見捨てるとなればどうなるか見ものです」
変態共に食料を分けるとか私としては御免被りたい。
だがまぁ考えとしては分かる。いざって時に何もしてくれない教会とこっちを比べたら分かりやすいほど不満が出るだろう。
「私としては向こうの信者が流れてきて変態が増えるとか避けたいんだけど」
「はっはっは、何を言いますお姉様。ペド教は幼女神を愛ではしますがあくまで心の中です」
「見なさい。創設者がこんなクソよ」
「ノーコメントでお願いします」
私としては微妙だが、この国の事はキキョウに丸投げしてるからいいか。
キキョウの行う行為によって向こうの信者がこっちに流れてきたら評判を落とす嫌がらせどころか喧嘩売ってんじゃないかと思う。まぁあの国がウチに喧嘩売る度胸なんざないだろうけど。
「そうそう、食料を買い漁る時はちゃんと姿を変えるように」
「嵐を見越して他国の食料を買い漁ったとなれば反感買いますもんね、ちゃんとアンさんに頼んで変装しますよ」
「よろしい」
これで三班に別れて行動する事になる。
一番大変そうなのは私達と見せかけて多分ルリだろうな。相手が嵐なんだから風の大精霊でも居なけりゃ対処は出来まい。
それはルリも分かってる様でまずは風の大精霊に助力を頼むらしい。
何か嫌そうな顔をしているから仲が良いという訳ではなさそうだ。
決める事は決まったので後は明日まで自由だ……このまま寝て過ごすのもありだが。
ふむ、嵐の事もあるし五丁目に帰ろうか。
★★★★★★★★★★
「ふ、相変わらずの町よの」
「しかし何故急に五丁目へ?」
「答えましょう、例の悪意によってお母さんがアリスを害そうものなら始末しなきゃ、と」
「夜泣きにイラついて殺害という話はありますね」
実際の所はそんな心配はしてないけど。
ただ殺すまでは行かずとも暴力も振るう可能性は無きにしも非ずだ。
しかしまぁ……何故だろうか。五丁目にはあの空から降り注ぐ悪意が全く感じられない。
良いことなのだろうが逆に警戒するわ。
「ここはお母さんの故郷ですからね。世界が守護でもしてるのでは?」
「そこまで贔屓する世界とか嫌ね」
「別に悪い事ではありませんよ」
そりゃそうだが。うーむ……
まぁいいや、害が無いなら無いに越したことはない。
「とりあえずギルドにでも行きましょう。ノエルの奴に嵐がくるぞーって伝えてやりましょうか」
「そうですね、恐らく国はギルドにも通達してなさそうですし」
王都や一丁目辺りの大きな所には伝えてあると思う。
まずは偉い貴族連中が避難出来る段階になってから民に通達する算段だろう。いつだって逃げ遅れるのは民と相場が決まってんだ。
……まさか上自体が未だに嵐の事を知らないって事はないだろうな?
そこまで情報に疎い国ではないだろうが。
「大変よノエル、何が大変って貴女の婚期が」
「お久しぶりですペド様、婚期については黙ってろこの野郎」
まぁ、しばらく会わない内に言葉遣いが汚くなったこと。
これも悪意の影響に違いない。
「こちらも色々大変ですよ……具体的にはいつもの馬鹿達が」
「……何を騒いでんのアイツら」
モブオ率いる五丁目のクズ共が俺は冒険者をやめるぞー等とのたまいながら声を上げている。
冒険者以外に仕事出来ない奴等が何言ってんだろう。
私達に気付いたのか、モブオ達が決意を固めた目で見てくる。しかし残念な奴等が真面目な顔をした所で残念なのは変わらない。
「良い所にきたなペドちゃん。俺達が脱冒険者となる日を見届けに来たのかい?」
「冒険者を辞める、となるとスラムにでも住むの?」
「いきなりスラム行きという飛んでる発想、嫌いじゃないぜ」
「いや、無職じゃ食うもん食えないじゃない」
「ふっ……そりゃ金が無ければ生きていけないさ、だが!俺達は就職するのだっ!」
ば、馬鹿な……モブオ達が就職だと……!
あり得ない、こんな奴等を雇う奴が居る筈がない。
「仮に本当にモブオ達が就職するのなら……災厄を呼び寄せる奴ってのはあんたらの事かもしれないわ」
「流石に酷いと思う」
「まぁ、まだ職は見つかっちゃいないけどな」
なんだ、てっきり働き口が見つかったのかと思った。
じゃあ結局どこも雇ってくれずに冒険者に戻って終わりだな。
「というかな、実際のとこ就職は厳しいぜ?何せ5段のランクアップ並に難関と言われてるメンセツがあるんだからなぁ」
「怖気づいたのか?たかがメンセツ、このアインの敵ではない!」
「ぷふぅ!あなた達みたいなカスの集まりがまともな仕事出来る訳ないじゃないですかー」
「ペドちゃん、最近ノエルちゃんの辛辣さが増してるんだが?」
「きっと婚期が」
「聞こえてますよっ!?」
面接と言えば、前にどこぞの冒険者達をミラの私兵に推挙した時にやったなぁ。今となっては懐かしい。
「よろしい。初対面の冒険者をとある国の姫付の騎士にした実績を持つこの私が仮面接をしてあげましょう」
「お、おぅ……何かすげぇ実績が聞こえたな」
「で、どうせ聞かれるであろう何で冒険者を辞めたかって言い訳は考えてんの?」
経歴はほぼ確実に聞かれると父が言っていたので間違いない。
そして前職が冒険者の時点で9割方は落ちると思われる。
「くっくっく、ペドちゃんの事だからどうせ俺達が膝に矢を受けての引退とでも言うと思っているだろう?」
「うん」
「その通りだ。何故なら冒険者は膝に矢を受けて引退するのが鉄則、そして俺達は冒険者……ならば言うしかないだろう」
無駄にポーズを決めながらのたまうモブオを殴るべきか悩む。
ギャグで言ってんのと普通は思うだろうがコイツらは本気だからやはり馬鹿である。実は就職する気ねぇだろ。
「じゃあ聞きましょう。何で冒険者を辞めたの?」
「膝に矢を……受けてしまったので」
「何で膝に矢を受けたら冒険者を辞めなきゃならないの?」
「…………え?」
え?
じゃねぇだろ。まさかその先の理由を何も考えてないとは思わなかった。
「え、だって、歩けないし」
「あなた普通に立ってるし歩けるじゃない。そもそも矢を受けた程度ならポーションでも完治するわよ」
「……頭に矢を受けてしまってな?」
「致命傷じゃねぇか」
膝に矢を受ける以外の言い訳を考えてなかったのかモブオ共はその場に崩れ落ちた。
どうやら予想通り冒険者を続ける事になりそうだ。
「で、何でコイツらは急に冒険者を辞めるなんて言い出したの?」
「それはですね、戦争に行きたくないからですよ」
「戦争ねぇ……フォース王国にでも攻めんの?」
「いえ、ナイン皇国が何か言ってるようですがフォース王国に攻める兵力なんて無いので別件みたいです。大変な事にお相手はサード帝国ですよ」
フォース王国に攻める兵力無いくせにサード帝国には喧嘩売るのか。
言っちゃなんだがまず勝てんぞ。
「いやいや、仕掛けるのではないんです。どうやらついにトゥース王国に出兵したらしいので援軍にですよ」
「うん?あっちからトゥース王国には仕掛けない筈なんだけど……もしや、ついにライチの元を離反した奴等が出たか」
「どういう事でしょう?」
「いえね、サード帝国の自称魔王が喧嘩売ってきたから殴って倒したのよ。で、ウチとこの国とトゥース王国には知り合いが居るから手を出すなと約束させたわ」
「ペドちゃんの人脈どうなってんだよ」
それは私が聞きたい。何で偉そうな奴が私に関わってくるのだ。
どう考えても一般人の幼女が知り合う人物じゃない。
「何でモブオ共なんかと知り合ったのか」
「いずれビッグになる俺らだ。知り合ってて損はないぜっ!」
「数年後には誰もが知る冒険者パーティになってるに違いない」
無駄に自信満々である。
就職の話は何処いった。
しかし大事になってきたなぁ……ライチは居ないだろうからまだ勝てる見込みはある。
と言いたいがワンス王国もトゥース王国も兵士がへっぽこだからまず負ける。
ライチが居なかろうが相手はチート集団なのだ。他の国からの援軍も無ければ勝てまい……
進軍ルートとしてはルリが住んでた大森林を通ってくるだろうが、幻獣達でも瞬殺されるだろう。
一応ルリの分体も居るが、どうだろうか……足止めくらいは出来そうだが。
「話は大体分かった。相手が相手だから冒険者達も急遽出陣になったのね」
「はい。しかも冒険者達が前線です……まぁ間違いなく壁扱いでしょうね」
「ほぼ死ぬんじゃあ金貰ったって行きたくねえよ」
「というか俺らは冒険者であって傭兵じゃないんだぜ?この国が攻められたならはともかく他国の為の戦争とか御免だぜ」
だがトゥース王国の次は隣国であるこの国が標的になるだろう。
ウチという可能性もあるが、ウチを攻めたらもれなく化け物に殺されるだろうからまず標的にはしまい。
ちなみに化け物はニボシと援軍と称して来そうなライチである。
「ちなみにペド様もユキ様も冒険者である前に小国とは言え他国の住民なので参加する必要はありません」
「それだ!……俺等も小国を建国しよう!」
「その手があったか!」
「国とか無理だからこのギルドをモブ王国としよう」
「あなた達はさっさと散ってこい」
自分からモブと認めるとか潔い奴等だ。
まぁ建国はともかく、冒険者が戦にいったらいったで魔物とかの問題が浮上すると思うのだが……
「上からの指示です。魔物の脅威は減るだろうから冒険者達は戦争に集中しろ、と」
「脅威が減る……?」
「私にはよく分かりませんが」
悪意を浴び続けたら狂暴化するだろうし脅威が減るどころか増えるだろうに……
減るとしたらどうしてだ?
「魔物が死んで数が減るならそりゃ脅威も減るか……」
「何の事でしょう?」
「私がここに来たのって嵐が来るから避難でもすればって言いに来たのよ。そのままの勢力で上陸したら町どころか山も全て吹き飛ばす規模の」
「……マジですか?」
「マジよ。なぁるほど、やっぱり上の連中は知ってるのね、嵐が来る事を」
水害なども考えると数ヶ月は飢えに苦しむ事になるだろう。民は多数の犠牲が出るだろうが冒険者はどうだろうか?
誰か一人でもダンジョンに潜ってやり過ごす事を思いつけば安全を求めて殺到するだろう。
戦える力を持った奴等が生き残り食料を求めて賊と化すのが困るって事か。嵐によって食える魔物も死にそうだし。
お偉い連中が逃げてから民に通達すると考えていたが、それ以上に最悪な見捨てるという選択をしたか……如何に故国と言えどやっぱ人間の国だな。生き残りが僅かなら問題と踏んだか。
「ま、嵐の規模は小さくなるんだけどね」
「お、何かペドちゃんが何とかしてくれるって感じだな」
「流石はペドちゃん、嵐なんて何ともないぜ」
「という事よノエル、魔物の脅威は減ったりしないわ。むしろ結界が壊れたりしたら逆に脅威よ、飢えに苦しむのは人間だけじゃないからね。コイツらはともかくヨーコやニーナは戦争に行かせない事をオススメするわ」
まぁ五丁目のクズ共はすでに謎の祝勝会として水で乾杯してる奴等だから行く気ないだろうけど。
恐らく五丁目はこれで何とかなるだろう。他の町は知らん。仮に私が言った通りになったらせいぜい冒険者不在で魔物に蹂躙されたまえ。私兵は居るだろうし何とかなるかもしれないしな。
残る問題はミラ達か……まだ返済が済んでないってのに滅亡されたら困る。
戦となると期間的に災厄が来る方が早いだろう。
あれが来たのが間接的に私のせいだってんなら私は始末する気でいるが……恐らくタダでは済まない。ニボシクラスの相手を消滅させるのに一体どれほど気絶しなきゃならんか。下手すりゃ一生だな。
うむ、ユキオをぶっ殺してどっか行ってくれるのを願おう。
「じゃ、明日から忙しいし伝える事は伝えたから帰るわ」
「はい。情報ありがとうございました……上の連中に捨てられたと知ったのはショックでしたが」
「下手に生き残る住民が多いと上も困るんでしょ」
「俺等はギャグキャラだから安心だな」
だろうよ。
コイツらが災害で死ぬとは思えないもの。死ぬとしたらもっとアホっぽくて恥ずかしい死因だ。
しかし災厄まで迫っているというのに暢気な奴等だ……ノエルだってそうだ、未来の事なぞ心配してる様子がない。
だがまぁ五丁目に住む住民は明日も来月も来年も、更にその先もこんな感じで緩くていいのだ。
明日から本気出すなんて戯言があるが、今回は有言実行してやるのも悪くないな。




