幼女と封印された男
「どうせ転移で脱出するなら直接帰還すれば良かったのでは?」
「ダンジョンに潜ってる間に世の中が変化してんなら見るべきでしょ」
脱出した後いつも通り気絶していたがわざわざ私が起きるまで入り口から動かず待っていたらしい。
あの鬼畜ダンジョンの事だから転移で帰還は出来ませんになると思ったが……コリャマイッタワーとは違うみたいだ。
とりあえず適当な町を見る前に外はどんな感じかとダンジョンの入り口に出てみた訳だが……
「悪意を感じる」
「何ですか?また暗殺者にでも狙われてるのですか?」
「違うわよ」
ダンジョンから外に出てきて感じたのが何とも不愉快な悪意だった。
鈍感な連中は分かって無さそうだけど……確かに世界がおかしな事になってる様だな。誰かに向けられてるのではなく上空から降り注いで世界中に蔓延してるって感じだ。
「うーん……私は特に何も感じませんがねぇ」
「わたしもです」
「人外すら何も感じないなんて厄介ね」
「その悪意とやらによって何か問題でも?」
あるっちゃあるなぁ……こんなの浴び続けたらストレス溜まってしまうわ。
その内世界中でイライラする奴等が増えて争いが至る所で起こってもおかしくはない。
いつもならただの喧嘩だったのが殺人にまで発展する恐れもある。酷けりゃまーた戦争とかやる国も出てくるだろう。
「このアルバデュー波を受け続けると精神に影響が出ると思われるわ。これをデューエスバレス状態と呼ぶ」
「何ですかそれ。頭おかしくなりました?」
「女王に向かって失礼なペタン娘ね。適当に作った単語だけどこう言うと何だか頭良く思えるでしょ?」
「ふむ、なるほど……そうですね、よくよく考えてみると頭おかしいと思います」
「変わってねぇよ。もっと考え直せ」
はっ、サヨのこの暴言もこの悪意の影響を受けたせいなのだろうか。きっとそうに違いない……何せこんな頭良さそうな説明に共感しないんだもの。
「リーダーの頭がおかしいのはいいんだけど、もっと分かりやすく説明してよ」
「よくない。けど分かりやすくったってねぇ……まぁこのまま気付かぬ悪意を浴び続けるとついカッとなって衝動的に人を殺しちゃったりする奴等が出てくるかもしれないって話よ」
「なるほど……場合によっては結構な大問題になりそうですね」
結構ってもんじゃないかもしれないがな……今は然程影響は無いのだろうが、その災厄とやらが近づいて更に強い悪意を浴び続けたらどうなる事やら。
ま、世界中の連中が殺し合いを始めようが構わないけど。私に面倒がなきゃどうぞご勝手にって感じだ。
「アルバデュー波が私達にまで影響を与えて来るとしたら対策はしておいた方がいいかと」
「なに採用してんですか」
「この際だからもうアルバデュー波って名前でいけばいいんじゃない?」
「それだと考案者である私が悶死するからやめろ」
他人に使われると途端に恥ずかしくなる不思議。
アルバデュー波はともかく、ユキの言う事はもっともだ。この人外共がついカッとなって私に反旗を翻したら大ピンチだ。
おそらくアルカディアではニボシが結界っぽいものを張って対策してるだろうから事が過ぎるまでは国内で大人しく引き篭もるのも手だ。
「その辺の町の様子でも見て回ってみますか?」
「いえ、まだ大した影響は出てないでしょうし見る必要はなさげね、帰りましょうか」
★★★★★★★★★★
「おかえりなさいませ」
「よう無能」
「あのあとすぐに例の飼い主を連れてくる様に兵を派遣しました」
「有能」
「判定ぬるいねっ!」
まだまだ精進が足りないキキョウでも即断即行するぐらいは出来たらしい。
飼い主が異世界人だったら元の世界へ戻せばいいって話だったか?
まず間違いなく異世界人だろうから奴隷兵が連れてこれれば災厄の件は解決だな。ただし私の勘が正しかった場合だ。
「そういや、キャトルもアザレアに似たような状態だったわね。まぁあの子の場合は悪霊だったらしいけど」
「そうでしたね……まぁお姉様があっさり解決されたので結局不運を撒く事はありませんでしたが」
まぁそうな訳だが、ふぅむ……キャトルの身の上話なんか聞いた事ないから経緯は全く知らんが誰の仕業だったんだろうなぁ。呪い云々って事でヒノモト辺りらしいけど。
「それよりも例の飼い主も異世界の者、という可能性が高いのですよね?」
「恐らくだけどね」
「マリア様が拉致したナキリとやらはともかく、何故その男はどこの国にも縛られずに済んだのでしょうか」
「召喚じゃなくて偶然来たんでしょう」
偶然と言うよりはアザレアの影響のせいかもしれない。だがこの世界がそんな不穏分子をあっさり招き入れるとは思えんなぁ……そんなもん入れずにどっかの次元にポイすると思うが。
となるとその飼い主がこの世界に来れるだけの何かがあるのだろう。その辺は思いつかんので他の奴等にも意見を聞いてみよう。
「向こうに召喚ゲート的なものが存在するなら事故で来ることもあるかと」
「魔力無いのですからそりゃ無理ってもんですよ」
「なら思い入れのある代物や大事な人でも居るんじゃないですか?」
「それな、仮にマリアが盗み出した物にスズキフミオにとっての宝物があったのなら来れても不思議じゃないわ」
「ここでその名が出るとは思わなかった」
大事な人、もしくは宝物か。ずっと探していて、かつそれがこの世界にあったのなら来れても不思議ではない。何せ想いが物を言うって事を私は知ってるから。
「異世界人と言えば、この世界に来るのってほとんど同じ世界か似たような世界の奴等ばっかなのは何で?」
「露骨に話題を変えましたね。そんなにスズキフミオの件については言及されたくないのですか」
「最近は盗んでないもん」
「その辺は見逃してやんなさいな。それはともかく良い質問だわ」
異世界の奴等は同じ世界どころかほとんどが同じ時代からやってきたと思われる。
マリアがかっぱらってきた向こうの教科書を見るにほんの数百年前では文字が大分違うと分かった。予測だが喋り方も割と違ったと思われる。
「この世界に異世界人が言葉と文字をもたらしたのは数百年どころか数千年は昔よ。変わらずこの言語を使い続けてるのだから大昔に来た異世界人もナキリやヨーコと同世代だと思われるわ」
「下手すれば数万年前ですけどね……しかし同じ世界の同じ時代からしか来ないとは変な話ですね」
「そうでもない。私的にその理由は二つある。一つは召喚する奴等が世界と時代を設定してる可能性」
「何で?」
「一番扱いやすいから。英雄になりたいって奴と世界を冒険したいって奴ばっかでしょ。ヨーコの兄を考えるに駒としてはベストな奴等が来るのよ」
この世界に来たけど目立たずひっそりと暮らしたいって奴は?
と聞かれたらそもそもそんな奴をこの世界は迎え入れない。あくまでこの世界、というか異世界に行きたいと思った者だけが来れるのだ。
「という事でこれが二つ目の理由。その時代の奴等が一番異世界に行きたがっているって事」
「あー、分かる。何せ異世界に行くって本がいっぱいあるからねぇ」
「本の影響で憧れを抱く者が多いのでしょうね、その時代は」
「まぁこの世界の住民が剣と魔法のファンタジーな世界に行きたいと思う訳ありませんものね」
元々ファンタジーな世界だからな。
うむ、中々興味深い話が出来たもんだ。良い暇つぶしになった。
そんな事より気持ち悪い。
「吐きそう。おえぇ……」
「のじゃ……のじゃ……うぷ」
「二人してどうしたのですか!?」
どうやら私の他にルリも吐き気を催したようだ。何でかは知らんが。
この気分の悪さには覚えがある……マオに纏わりついていたあの気色悪い気配だ。
つまり例の飼い主とやらが到着したのだろう……が、これはたまらん!
「例の奴が来たんでしょ……これ以上近づかれても困るからどっかやって」
「なるほど、お母さんにこうも影響を与えるとなると隔離した方が良さそうですね」
「悪いけど私はこんなだからあんたらが対応してさっさとお帰り願って」
「わかりました」
耐えられないって訳ではないがゲーゲー吐く幼女と言うのは如何なものか。いや我慢が出来ない私には耐えられんわ。
それにビジュアル的にもよろしくなさそうだ。
飼い主にはユキとサヨが会いに行く事になったようだ。
マオについてはマリアが必死に止めた。別に会わせてもいいとは思うのだが……
「ところでルリ、何であんたまでそんななってんのよ」
「うぬぅ、その飼い主とやらだが……そやつ世界に嫌われておるのじゃ。主殿と真逆じゃな」
「世界に、嫌われるねぇ……この甘っちょろい世界に嫌われるとか何者よ」
「さあの、まぁ相性の悪い主殿がそうなるのも無理はないのじゃ」
ルリはこの世界が生んだ大精霊なので同じく相性が悪いからこんな状態なのだろう。
しかし世界が嫌う程の奴ならますます元凶くさい……さっさとお帰り願うのが吉か。
「帰ってきたくせにお前は一体何をしているのです?」
「見ての通り寛いでるわね」
最近は帰ってきても飛びつかなくなったなニボシ。
何が気に食わないのかジト目で見てくるが、元凶らしき人物はもうすぐ返還して始末出来るじゃないか。
「アホですかお前は。あんなのがアイツを呼び寄せてる訳ないのです」
「……何?」
「アイツは塵芥共の負の感情を餌にしているのです。お前が元凶だと思ってるのはただの気色悪い奴なのです」
中々に扱いが悪い奴だ。しかし私の読みが外れたという事はまた元凶を見つけなきゃならんという事か。
だが本当に無関係なのだろうか……このタイミングで現れるとか怪しいなんてもんじゃないのだが。
「やっぱり直接会えばよかったわね。実物を見なきゃ何者かなんてわかりゃしないわ」
「オススメはしないわリーダー」
「どうします?無関係なら釈放しますか?」
「うーむ、そうねぇ……どっちでもいいんじゃない?帰りたければ帰ればいいし」
「ではそう伝えておきましょう」
「ワシとしては世界に嫌われてる者など帰って欲しいがの」
確かに。世界が嫌うって事はさっさと消えるか帰って欲しいって事に等しい。
「放っておいてもすぐに死ぬでしょうね」
「むしろ今まで無事じゃったのが不思議なのじゃ」
「何のんびりしてるのです!全く役立たずなのですっ!だから我が最初から他の星に行けと言ってるのです」
「安心しなさい。私だって手は考えているわ」
嘘だけど。そんな災厄相手にする気無かったし何も考えちゃいない。
まぁもしもの時は奇跡ぱわーで何とかなるだろう。とりあえず異世界の勇者という捨て駒がソイツを弱らせるぐらいしてくれる事を祈ろう。
「勇者ねぇ……こういう時にチート勇者が出てくるのが王道ってもんだよね!」
「お前もアホですか。そういう勇者やら英雄やらは今まで滅ぼした星に何人もいたけど返り討ちに遭ってるから我もアイツも未だに生きてるのですー」
「そうね、そもそも召喚されてすぐにラスボスと戦わされるなんて勝てる訳ないのよ」
戦いどころか魔物とも無縁な世界だったようだし……
今一番のチートであろうライチでもしかしたらってレベルだ。やれやれ、次元生まれってのは面倒だな。
のんびりと二人の帰還を待っていると通話符からサヨの声が聞こえてきた。
『もしもーし?一応例の男を追い返す前に身の上話を聞いたのですが興味深い話が出ましたのでお知らせを』
「ほう、聞きましょう」
『まず、こいつの名前はサイトウユキノジョウというらしいです』
いつも通り変な名前だこと……だが何処かで似たような名前を聞いた気がする。
「姉さん……元マスターの名前と似てる」
「それか」
『気付かれましたか、そうです。こいつはサイトウユキオとやらの弟だそうです』
同姓同名の別人でなければの話だが、まず間違いなく関係者だろう。
となると……アレを呼び寄せたのはサイトウユキオか。
『聞いてます?』
「考える事が出来た。後の処理はあんたらに任せるわ」
『はぁ』
『おいおい!加護持ちに会わせてくれってばよ!』
『黙りなさい駄鳥』
……何か知らん声が聞こえたな。
ま、今は考えを纏めるとしようか。
メルフィの元マスターか……今頃になって弟を呼ぶのは何故か、だ。
2千年も前の人物らしいから人の身など朽ち果ててるだろう。
つまり意識というか魂はあるが器がない、それで相性はいいであろう弟を呼んだって事か。弟の身体を乗っ取って復活する気かね。
次に何故今更になって活動し始めたか……切欠があるとしたら私がメルフィの呪いを解呪したからかもしれない。
呪いを解かれたら意識が目覚める様に仕掛けられてた可能性はある。
ぐぬぅ、予想があってるとしたらあの時呪いを解くだけでなく始末しとくべきだったか。
「お前達が話してる奴は何者なのです?」
「2千年ぐらい前に封印された馬鹿よ。そうだ、ニボシ的にそいつが災厄を呼び寄せてる可能性はあると思う?」
「それだけ長い時間封印されてるなら相当な憎悪が溜まってるはずなのです。可能性は大いにあるのですー」
やはり私のせいかもしれん。まぁそうだったのなら自分の尻拭いくらい自分でするが。
「でも2千年も経つ前にアイツは気付いて普通は来てるはずなのです」
「仮に一ヶ月くらい前に目覚めた場合は?」
「それならアイツがここに目を付けてやってくる時間的に合うのです。納得ですー」
「つまり、姉さんが私の呪いを解いた日に元マスターが覚醒した?」
「でしょうね……マオ、サヨ達に弟はまだ還さない様に言っといて」
「え、はぁ……」
残念ながら事情が変わった。
本当はお帰り願いたいが利用させてもらおう。
「まだ仮定の話だけどサイトウユキオが私のせいで目覚めてたってんならツケは自分で払うわ」
「どうなさるつもりで?」
「あの弟が呼ばれたのは2千年も経ってるせいで肉体が朽ち果てたから器として呼ばれたと見てる」
「でしたら先に器をどうにかした方がよいのでは?」
「何言ってんのよキキョウ。サイトウユキオが災厄を呼ぶ存在だとしたら別世界に行ってもらわなきゃならないでしょ、魂だけとか捕まえにくそうなモノより人の身の方がやりやすいわ」
そもそも魂とか意識とかって見えるのかが分からん。幽霊みたいなものなら見えるが、あんなすり抜け自由な奴を捕まえるなんて至難の業だ。
「この手の話だとサイトウユキオが身体を乗っ取っても馴染むまで時間がかかるってのが王道よリーダー!」
「良い事言うわねマリア。そうだったなら本調子になる前に作戦を完了しましょう」
「もはやあの弟やらは道具扱いじゃのう……まぁ不憫じゃが仕方ないか」
「元マスターに乗っ取られたらまず魂ごと消滅する」
予定では旅の途中でついでにメルフィの元マスターをぶちのめす予定だったがまあいい。
問題は相手が奇跡ぱわーに抵抗してくる程度には厄介な奴って事だ。
メルフィの話では強かったようだが昔の基準ではイマイチ予想がつかない。先代ほどではないと思うが……
「メルフィ、いよいよ元マスターとやらと対峙しなきゃならないみたいだけど……いけるわね?」
「当然」
「良い返事よ。そいつを知ってるのはメルフィだけだから頼りにしてるわ」
決行は明日にするか。
ただ、サイトウユキオとやらをどうこうした所で災厄が向かってこなくなるなんて保障はないんだよなぁ……うむ、今年も始まって少しだってのに忙しい年になりそうだ。




