幼女、ダンジョンに再挑戦する
「近寄んな気持ち悪い」
「……」
「ああっ、マオっちが自分の首にワイヤーを巻きつけて今にも自殺しそうにっ!」
おお、言い方が悪かったようだ。
戻ってきたマオ達から、正確にはマオから妙に不快感を感じる気配がしたもんだからつい口が滑った。
「悪かったわ、マオが気持ち悪い訳じゃないの。何か気色悪いもんに近付いてきたでしょ」
「分かった!あの不細工よ!会ってもいないリーダーが認める害悪よアレはっ!」
「そ、そうなんですか……わたしが気持ち悪いわけじゃなくて良かったです……」
不細工とは何なんだろうか。マリアから見れば大体が不細工に見えるんじゃないかという疑問もあるが、マオを強く問いただした所どうやらまごうことなき不細工らしい。
あの良い子ちゃんなマオが不細工と認めるのだ。相当な顔をしてるのだろう。
「リーダーも見れば分かる。口の周りは髭が濃いのか青いし、鼻は潰れた饅頭、目に至っては開けてんのかってくらい薄めな上に素でニヤけてる。あれは犯罪者の顔だったわ」
「そこまで言うか」
「ほら……顔が醜い人は心が綺麗なんていう物語も」
「実際は性格の悪さは顔に出るけどね。賊や犯罪者の面が良い例よ」
だがその程度で不快感を感じる気配が纏わりつく訳が無い。
顔とか性格はこの際関係ないのだ。そいつの存在自体が肌に合わん。
「あれはマオっちのストーカーになるから要注意よ」
「何でマリアじゃなくてマオなのよ」
「だってマオっちが優しくしちゃったから」
「意味が分からん」
だが説明を聞いたら意味が分かった。
嫌われ者がちょっと優しくされたら俺に気があるんじゃね?ドゥフ、ドゥフフフって事か。
倒れている奴が居たら止めを刺すか放置しろとあれほど言ってるのに……
「どうでもいいや。二度と会わない可能性の方が高いんだし」
「ストーカーをなめちゃいけない」
「でもマオが不快感を表さなかったのなら中身が良い奴の可能性もあるじゃん」
「ないね、エロ目的で奴隷を買う様な奴だし」
「まさか例の奴隷を買った者じゃないでしょうね?」
しかめっ面でサヨが話に割り込んできたが、この娘の場合は時間をかけた調査が無駄になった事にイラっとしてるだけだ。
しかしそうか、仮にあの奴隷の飼い主ならあの不快感はあの奴隷の側に居た事によって染み付いていたのかもしれないな。
「まあ……あれよ、とりあえずダンジョン行きましょうか」
★★★★★★★★★★
何てことだ。
予想外というか予期していたというか……当初の予定より大幅にキツイ探索となった。
「まさかマリアの空間まで使えないとは……」
「何とも不気味になってきましたね」
「こんな事もあろうかと大き目のバッグを買っといて良かったですね」
むぅ、まさかサヨのどうでも良い買い物が役に立とうとは思わなかった。
とりあえず魔法が使える場所で亜空間から食料なりゴーストタイプの魔物用の武器なり取り出す。
今回役立たず筆頭であるメルフィとルリが多めに背負って歩くことになった。
メルフィはともかくルリが自分の背の数倍の荷物を背負っている姿は異様である。
準備も出来た事だしいざ出発と進んで行くとあっさりと例の魔物が現れた。
「出てくるの早いわね。サヨ、例の武器は?」
「ありますよ、その名もゴーストバスターソード」
胡散臭い。
皆に隠す様に袋を被せていたどう見ても大きい武器を取り出すとそれを天に掲げた。
だがそこまで広くないダンジョンなので当然天井にガンっと当たって中途半端な格好になっていた。場所を考えて武器を選べと。
なんだその身の丈に合ってない妙な形した剣は。
「私にはただのバスターソードにしか見えませんが」
「ふ、まあ見ていて下さい」
自分の身長に大分合わない剣を突きの形にしたまま魔物に突っ込んでいくと、意外というか当然というかそのまま魔物に突き刺さって霧散させた。
「効果がありましたね」
「どんな造りしてんのよ」
「バスターソードに聖水かけただけですが?」
それはバスターソード要らないんじゃなかろうか。
ナイフでいいだろ。もしくはそのまま聖水ぶっかければいいだろ。
「ゴーストバスターという単語に出来るのがこの剣しかなかったので」
「そういうこだわりは捨てろ」
当の本人は改める気は無いらしくそのままバスターソードで戦うつもりらしい。
まぁいい、一応有効らしいからそのまま頑張ってもらうとしよう。
魔物はそんな数はいないらしくそこまで遭遇する事無く前回狐っ娘が罠にかかった場所までやってきた。
今回は人外仕様のパーティなので壁から槍が飛んでこようが矢が飛んでこようが素手で叩き落していた。
「ここから先が未知のエリアね」
「どうやらまだ一方通行みたいですね」
「分からないわ、落とし穴があったら入り口かもしれない」
「入り口の穴、意味深……はいはい、黙っていますよ」
いつもの奇行に走ったユキに対しマオを除いた全員で白けた目を向けたら黙った。
未探索とはいえ一方通行なら特に気をつける必要はないだろう。
「うおっ」
とか思ってたら魔物が壁をすり抜けてきた。
ソイヤ、と軽い掛け声と共にサヨが剣で始末したがついに壁をすり抜けてきやがったか。
「困りましたね、後ろにいるメルフィさん達が襲われたら怪我するかもしれません」
「でしたら私にお任せ下さい」
「おや、何か良い方法でも?」
「はい。何となくこのダンジョンについて分かってきました。次に例の魔物が現れたら試してみます」
何も考えなかった私に代わってユキがこのダンジョンの攻略方法を思いついたそうだ。
本当に使える考えなのかは置いておく。
だがユキが試したい事をやろうとすると魔物が出なくなる不思議。
こっちとしては都合が良いので今の内にサクサク進むとしよう。相変わらず罠はあるがノーダメージで切り抜けられるから無視。
その後数時間進んだが魔物は出てこなかった。
通路も新しいエリアに来たのか広くなったので丁度いい時間だろうし飯にする。
馬車での旅と違って物資が少ないので大分質素な食事になるが。しかも量が少ない。
「く、普段良いもの食べてたから物足りないっ!」
「ひもじぃです……ひもじぃです……」
だからひもじぃ言うなと。
別に持ってきた食べ物が少ない訳ではない。ただこのダンジョンがどのくらい深いのか分からないので念のため節約しているだけだ。
「滅多に食べる事はありませんが、やはり干し肉というのは何とも」
「食べられる魔物でも出てきたら話は別でしたけどね」
全くだ。死んだら消えるゴーストばかり放っているとかやらしい奴が造っただけの事はある。
あー、ダンジョンのボスらしくドラゴンでも出ねぇかなー。
無いものねだりしても仕方ない。今食べられる分だけ食べておこう。
「もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ」
「めっちゃもぐもぐしとるっ!?」
「もぐ?」
「ええいっ!何でリーダーだけこんな頬がパンパンになるくらい食べてんのよ!さっきから肉の焼ける良い匂いしてんなぁって思ってたのよ!」
「そこで気付かないとは……やはり天然ですか」
「やかましいわっ!納得のいく説明をしてもらうわよ!」
んな事言われてもなぁ……言い訳しようにも頑張って噛んでる最中なので喋る事が出来ない。
そんな私に代わってユキが代弁してくれるらしい。
今日絞め殺した鶏肉うめー。
「ご覧の通りお母さんが食されているのは日持ちしない食べ物です。腐っても勿体無いのでこうして自ら処理されているのです」
「そ、そうなんだ……」
なら仕方ないと何故か納得して自分の食事を再開するマリア達だが――
「いやいや!?それなら皆で食べようよ!?」
「そうですよ!」
「これに関してはマリアに同意する」
別に私だけ食べる必要が無い事にやっぱり気付いたらしい。気付かなかったらどんだけ馬鹿なんだと逆に戦慄する所だった。
食には滅法うるさいメルフィまで参戦してくるのは予想してた。が、メルフィだけは特別に多めになっているんだから文句言うなと。
「てかいい加減飲み込みなさいよ!そんでさっさと皆で食べましょう宣言するのよリーダー!!」
「お母さんは良く噛んで食べる良い子ですので」
「知るか!」
おお、これはもしや難関ダンジョン名物のパーティがギスギスした雰囲気という奴じゃないか。
原因が途轍もなくしょーもないが良い経験になる、訳がないな。
「ん、はふぅ……お茶」
「どうぞ」
「ダンジョンで食後の一服までしやがった!」
うるせーな。飯食った後は食べかすを流し込む為にお茶ぐらい飲むだろ。
「食事の時くらいカリカリしなさんな、大体マリアは異世界から味も良く日持ちする食べ物盗んでたんでしょ?用意しときゃ良かったのに」
「……それに気付くとは、やはりリーダーは天才か」
「このパーティ残念率高くない?」
どうせ私はもうお腹いっぱいだから残りは皆で分ける様に伝えた。
分かりやすい娘達でさっきまでの不機嫌は何処へやら、何とも和気藹々とした雰囲気で食事を再開した。
だがその背後にさっきまで現れなかった魔物が居る事に果たして気付いているのだろうか。
まぁ気付いてない訳ないか。
ユキがのっそり立ち上がると魔物に近付きバチンとビンタで吹き飛ばしたらそのまま消滅した。
ゴーストにビンタ出来るのか。
「何しれっと物理攻撃しておるのじゃ」
「いえ、多分イケると思ってましたので。このダンジョンは魔法は使えませんが魔力が無くなる訳ではありません。ふとルリさんが普通に活動出来ていたので気付きました」
「あー、確かにな。魔力無かったらワシ消えるし」
「という事で手から魔力を放出して殴ればイケるのではと考えました。結果はあの通りです」
なるほど、言われてみればそうだな。
という事は一応あの魔物も倒せる様に配慮されているのかもしれない。それでも魔法使いが居なきゃ攻略が厳しいクソ仕様だが。
対処法が分かるとメルフィやルリにマオにも出番はある。
食事を済まし、少し休憩した後に出発した。
意地でもバスターソードを使うボケ以外はユキが編み出した魔力ビンタで魔物を蹴散らしていく。
あえて言おう、バスターソード使ってる奴が一番効率悪いと。
「く……高かったのに」
「だからナイフにしとけと」
「いえ、聖水が高いんです。と言っても一瓶25万ポッケですが」
いや高ぇよ。ギルドでゴースト系の魔物討伐するなら依頼料より高いんじゃなかろうか。
もう魔力にしとけ、な?なんせタダだぞ。
「分かりました。しかし使わないとなるとこの剣がとても邪魔なんですが」
「捨てちまえ」
「……こう見えて安物とは言え捨てるのは勿体無いです。持って行きましょう、マオさんが」
「なんで!?」
理由は分かる。魔物にすら慈悲を与えて結局殺しちゃいないもの。
一応ビンタしてるがものっそい手加減してるので効いちゃいないのだ。そりゃ荷物持ちになりますわ。
役割が再度決定した所で探索に戻った。
あれからどれくらい潜っただろうか。少なくとも数日は過ぎているだろう。
感覚としてはどんどん地下に向かっていると思われる。あと、恐らくこのダンジョンの形状は螺旋状になっている筈だ。
特に分岐点も無いし、ただ罠と魔物が厄介なだけでダンジョンとしては難易度が低い。それは人外連中を引き連れている私達だからこそ言える事ではあるが。
「うーむ、こうも一直線を進むだけだと飽きますね」
「直線ではありませんがね」
「螺旋階段を下りてる気分なのじゃ」
そろそろ新しい展開があっても良さそうなのだが……
そう思っていると前を歩いていたマリアが振り返ってきた。
「何か音しない?ゴゴゴって感じの」
「音ねぇ…………確かに」
「壁からしますね」
壁からゴゴゴという音がする。これが意味するのはまぁアレだろ。
お約束としては壁が動いて潰されるってパターンだ。
「うおっ!?やっぱり壁が動いてるって!」
「姉さんの怪力で止められませんか?」
「無理です」
「あっち!あそこの通路から先は壁が動いてないみたいだよ!」
確かに遠くに見える通路から先は壁が動いていない様だ。つまり潰される前に走ってあそこまで行けって事だろう。
「んー、私はパス」
「何が!?」
「私はのんびり先へ進むわ」
「では抱っこしてる私もそうしましょう」
「じゃあ私も」
一人、いやマオを合わせると二人だけあたふたしてる様だが私達が逃げる気がないと分かると諦めたようだ。まぁ死にはしない。
「何で逃げないのじゃ?」
「だって床に壁が動いて擦れた痕が途中までしかないし。そこまでしか動かないなら真ん中は安全地帯でしょ。どうせ途中で止まるなら逃げる必要ない」
「……確かに。しかしかなり痕が薄いですよコレ、お姉様じゃなきゃ気付きませんって」
鍛え方が足りんのだお前等は。
迫り来る壁を横目にのんびりと進んでいると案の定途中で壁が止まった。
そして本来なら逃げた先、安全地帯となっている場所に天井から何かしらの液体が降ってきた。
「何でしょうか、溶解液の類ですかね」
「逃げてたらアレをまともに被ってたって事ですね」
「あたしはリーダーを信じてた」
「焦ってたじゃないですか」
調子の良いマリアは置いといて、例の液体が落ちてきた場所までやってきたが何処にも濡れた箇所は見当たらなかった。
これでは何の液体だったのか検証は出来ないな。床に隙間があるしそこから流れていったのだろう。
そして再び退屈な直進である。
だが今度はすぐに退屈タイムは終わった。
継ぎ接ぎの無い真っ白な壁からブロックを積んだかの様な壁に変貌したのだ。ここから先がまた新たなエリアって事だろう。
「……ここにきて上り階段?」
「なんですか、今度は延々と上に行けと?」
「むー、このダンジョン、何処かで見覚えあるんですよねー」
と呟いたのはサヨである。何処にでも修行に行ってた過去があるので似たようなダンジョンもあったんじゃね?
と思ったがどうやら違う様子。
「……何か流れてきたのですが」
ユキの言葉に皆で階段を眺めていると緩い流れで液体が流れてきた。ひょっとしてさっきの液体と同じなのだろうか。
ちなみに階段の前にこれまた隙間があるのでそこから落ちてこちらまでは流れて来ない安心設計だ。
「おぉ、思い出しました。このあからさまに先へ進ませんという意思表示、これはコリャマイッタワーで見た罠です。何で思い出せなかったのでしょうか……出現する魔物は違うとは言え魔法が使えないと同じ条件が揃ってましたのに」
「ふーん。ならここを進む方法も知ってんの?」
「いえ、私はこれと同じ仕様の階段でリタイアしましたので」
という事で知らないらしい。
それよりもどんな液体なのか調べる必要があるので不要なモノは……丁度いい事にバスターソードという一番要らないモノがあったので持っているマオに投げ込む様に伝えた。
ジュッ
何とも軽い音と共にバスターソードが蒸発した。金属をこうもあっさり溶かすとかどんだけ強力なんだと。
「……剣を捨てる前に知識のある私に聞こうとか思わなかったのですか?」
「見た方が分かりやすい」
「私のゴーストバスターソードが……」
うーむ、これは触れたらアウトだな。
魔法が使えないので当然飛ぶ事も出来ない。
そこで使用するべき物がある訳だが、聞かれるまで黙っておこう。
「濡れる前にジャンプすればいいんじゃない?」
「触った瞬間溶けますよ」
「実は服だけ溶けるとか」
「エロから離れなさい」
この様に真面目に考える気が無いらしい。ユキが輝いていたのはゴーストを殴る手段を思いついた時だけだった。
案が無くなった所で皆して私を見てきた。ずっと私任せでやる気かコイツら。
「ヒント、壁」
「あ、なるほど。このダンジョンの壁は溶けないみたいですからね」
「しかも急にブロック状になる仕様」
「壁からブロックを抜いて敷いていけって事じゃな」
ただ壁から取り出すと言っても隙間が狭い。
そこで役に立つのがマオの武器であるワイヤーだ。自在に変化出来る優れものなので隙間に入れて奥に当たった所で曲げて引っ掛ける。
そして思いっきり引っ張ればゴロっと取れる。
「これお姉様の作った武器が無ければ結局苦労してたパターンじゃないですか」
「苦労しなかったんだからいいじゃん」
崩れても困るから間隔をあけてブロックを取り出し、階段に設置していく。
ブロックも幅は小さいからバランスを崩すと落ちてお陀仏になりそうだ。死の危険もあるのでここでは皆真面目に行動した。
階段を上がっていくと案外距離は短かったようで数十分もすれば安全な床に着地する事が出来た。
そこから先は坂になっていなかったので終点は近いと感じる。
小一時間ほど進むとついに頑丈そうな扉が現れた。
「いかにもこの先にボスが居ますって感じですね」
「ろくに魔物も居なかったしボスも不在だったりして」
「行けば分かりますよ、早速蹴破りましょう」
「いや普通に開ければいいじゃん」
「普通に開けたら中に入ると閉まって逃げられなくなるかもしれませんし」
ダンジョンあるあるだな。
だが言わせてもらうと蹴破れるなら中で閉じ込められても蹴破れるだろ。
サヨとマリアのダブルドロップキックが炸裂すると壊れないかもという不安を裏切りそのまま鈍い音を立てて扉が飛んでいった。
念のため警戒しながら中に入るとデカいボスでも居るのかかなり広い部屋になっていた。
「……天井が高いですね」
「さて、何が出てくるのでしょう」
球状になっていて高い天井。
何かぶらさがっている鉄棒みたいなモノ。
「まるで鳥籠ね」
「間違いではない。姉さん、あれ」
メルフィが指差した場所を見れば嘴の鋭い大きな鳥。
暗いから全貌は分からないが多分鷹とか鷲みたいな鳥だ。顔がキョロキョロ動いているので生きている模様。
こんな何時造られたか不明なダンジョンでよく今まで生きていたもんだ。
あちらさんも私達を獲物と判定したのか翼を広げて威嚇してくる。
恐らく見た事はない魔物だ。ぶっ殺して食べて見るとしよう。




