幼女と悪魔とストーカー予備軍
昨日で予定していた休日期間は終わりだ。しかしまぁサヨが未だ例の奴隷を調査中なので絶賛延期中である。別に急ぐダンジョンでもないし問題ない。
「へぇ、昨日の知らない奴はユニクスの血目当てだったのね」
「結局何もせず帰りましたけど」
「早いわね。冒険者を雇ってたって事は馬車で来たのでしょう、それでも移動時間を考えたら一番近い街からでもギリギリ到着するくらいよ」
情報を得てちょっぱやで行動しなきゃ厳しい時間だ。
商人より動きが早いとは侮れない貴族だな。まぁ急すぎて領主本人は来れなかった様だが。
「次は領主自ら来るかもね」
「面倒な話です」
来たところで売ってくれるかは私達次第だがな。必死さは見受けられなかったから重病人が居るって訳でもなさそうだった。
ご婦人が身につける宝石と同じくただの他貴族に対するアドバンテージ扱いならまず売らん。
それはともかく休日の延長日だ。休みが増えるだけなので私は一向に構わん。
そんな休日の今日は奴隷達の給料日らしい。別に私達が支払う訳ではなく代理であるキキョウが渡す事になっている。
まさかの現金手渡しで面倒な事に一人一人に労いの言葉と共に渡していた。
それを私はぼけっと眺めている訳なのだが、たった一万に良くまぁあそこまで喜べること。
「奴隷は解放される額を稼ぐまで無給で無休が普通ですから」
「むきゅぅ。一万ずつじゃ天狐達は自分を買い戻すのは難しそうね」
「実際の給金はもっと多いですよ。手渡しする自由に使えるのが一万というだけの話です」
なんと。私の条件は一万となっていた筈だが……
どうやら私の決めた固定給の他に能力で給金が上乗せされているらしい。まぁそうじゃなきゃヒメはおろか天狐族も死ぬまで解放されないかもしれないからな。
「普通の奴隷の給金っていくらよ」
「平均で2万ってところです。まぁそれも能力と雇い主によりますがね……前のサード帝国なら給金無しでこき使うのが普通でしたね」
2万か、安いな。1万で働かせようとしてた私が言うのもなんだが。さっさと解放されて何処かへ行かれても困るからこその額か。
そして肝心のウチはどうなってんだと聞いたら何と平均7万は与えているとのこと。
「払いすぎでしょ」
「優秀な奴隷が多い証拠でしょう」
稼ぎ頭である奴隷兵達が一番高く、何もしてないヒメが一番安いようだ。まぁヒメは居るだけでいいし10億とか返済無理だしなぁ。
「ところが一番の稼ぎ頭がもしかしたらヒメさんになるかもしれませんよ」
「なぜ」
「趣味の編み物ですが、絶世の美女という言葉が生温いヒメさんの手編みとなればかなりの高額でも売れそうです。数もそんなに作れませんし」
「まぁヒメを世間に公表する気は無いからもしもの話ね」
「ですね。そもそも本人が何処へ行く気もないのでのんびり暮らしてもらいましょう」
何もしない奴隷というのはどうなのかと思うが。
現在給金を受け取ってささやかに喜びを表しているミニマムメイドを見てふと思った。
「ちょっとそこのミニマム」
「はい?」
「驚きの安さだったあなた達ならすでに自分を買い戻せるんじゃない?」
「短い奴隷生活でしたね」
「……え?」
無給なサード帝国付近の中継都市に居たままなら一生奴隷のままだったろうがここは私の国だ。
さよならミニマムメイド諸君。出て行く際には記憶を消去する様に。
しばらく手に持っている現金入りの封筒を眺めて考えていたミニマムメイドだが、何かを決心したのか顔を上げて告げてきた。
「わかりました。神殿内の高そうな調度品をこわして借金を増やしてきます」
「なんという犯行声明」
「要するにこのまま奴隷でいたいという事ですよ。そもそも自分を買い戻すのは結局自分の意思次第ですし」
「だそうよ。物を壊すのは止めなさい」
「はいっ!」
一応ミニマムメイドの他、奴隷兵や天狐達にも聞いて見たがどいつもこいつも自分を買い戻すつもりは無いらしい。そんなに奴隷の身分がいいのか。ドMの巣窟かここは。
「おやまぁ、それなら差し引きするのは衣食住の分だけで良かったのですね。それならこれまでの分も合わせてお渡ししますか?それとも貯金という事にしますか?」
「某は大金を目にすると発狂しそうなので貯金でお願いするであります」
「私達もそれでよろしゅうございます」
皆貯金するらしい。
札束ビンタとかしたくないのか?無欲、あまりにも無欲。
「いや使えよ。自分を買い戻さないなら貯まる一方よ」
「いやいやフィーリア様、お忘れかもしれませんが最大の買い物である自分の家を買うという手もありますよ」
「そんな話もあったわね」
すでに個室は与えているが結婚を考えたら家が欲しくなるだろうって考えだったっけ。そもそもコイツ等結婚する気あんのかね。未だにカップル居ないんだろ?頑張れよ数少ない男共。
にしても奴隷達も私達に負けず劣らずの物欲の無さだ。新規組も小遣いはもらったし使ってんだろうか。
「マリアとか散財しそうなキャラだけどどうなの?」
「あたしは異世界から色々頂いてるから。欲しい物はそれで揃えてるよ」
「盗人め」
「まま、そう言わずにリーダーも一緒に戦利品を漁りましょうや」
共犯にするべく空間から色々と取り出すマリア。はっきり言って何なのか不明だ。
まず素材が不明な袋っぽいもの。絵を見る限り食べ物っぽい。
鉄っぽい筒状の物は持って見ると中身は液体のようだ。
量的にこの場に居る者達全員に振舞うみたいだ。
「好き嫌いは好み次第だけどさぁ頂くといいよ!」
「袋は開ければいいのか……うわぁガサガサうるせぇ」
「これは缶って言うんだって。ここを持ち上げれば開くよ」
ガサガサ耳障りな袋を開けると何やら芋っぽいスライス状の物体。ただのぽてちじゃないか。
「別に珍しくもないわね」
「でもこの袋だと半年は保存が出来るみたいだよ」
「それは素直に賞賛ね。けどどう見ても土に還る様な素材じゃないわ……この缶もだけど。捨てるなら異世界に捨てなさいよ」
「そうしてるから大丈夫」
かれーるーを召喚した時もるーはこんな素材の容器に入ってたっけか。
こんなゴミ向こうじゃどうしてんだって話だ。便利を追求してもこんなゴミを生み出すんじゃなぁ……向こうに精霊が居たら怒り狂って滅ぼされそうだ。
「どう?このジュースどう!?」
「不自然な甘さ」
「まぁ果汁3%らしいし……」
それほとんど果物入ってないじゃないか。何を飲んでるか分からんとかたまったもんじゃない。
一応原材料が書かれてはいるが聞いた事ないものばかりだ。
「私はもう飲みたくないわ」
「この身体に悪そうな感じがたまらないのになー」
ほぼ不死な奴ならいいだろうが私は寿命を縮めたくは無いぞ。
ちなみに奴隷を含め皆で試食したがやはりお気に召さなかったらしい。結局マリアが一人で処分する事になった。
「お姉様に悪い知らせと悪い知らせがあります」
「じゃあ良い知らせから聞きましょう」
「ありません」
マリアの戦利品を試食してから数時間後、調査が終わったのであろうサヨが帰ってきた。
が、開口一番の言葉がこれだ。
「ふむ、なら私が良い知らせをしましょう。さっきヒメが飲んでたお茶に茶柱が立っていた様でね、控えめだけどそれはそれは素敵な笑みを浮かべていたわ」
本人は見られていた事に気付いてなかった様でほんのり赤くなっているがな。
いや恥らう表情もよいではないか。
「それは見たかったですね。ではなく、言い方を変えますと悪いかもしれない知らせと残念な知らせがあります」
「はいはい、悪い方からでいいわよ」
「例の奴隷ですが、売れてました」
「売れたとな……それはどういう存在か私達より先に気付いて入手した、あの不幸体質を利用する為、エロ目的、この中のどれよ」
「横から失礼しますが、私がエロ本で得た知識によりますとどのルートでもエロい目に遭う恐れが」
「そりゃエロ本なんだからどう足掻いてもエロ不可避でしょうよ」
「それは盲点でした」
エロ本の事だけ言い放ってユキは黙った。エロ本について言いたかっただけらしい。
至極どうてもいいのでサヨの報告の続きを聞こう。
「買った者がゲスい顔した男らしいのでまぁエロ目的かと」
「素人が顔だけで判断しても信用できないけどねぇ……ま、売れちゃったならいっか」
「おや、諦めるのですか?」
「居ても居なくても良かったし。で、もう一つの残念な知らせってのは?」
「私の調査が無駄になりました」
ざまぁ。と言いたい所だが奴が何者だったのか一応知っておきたい。
そうそう嫌な感じとかする奴は居ないのだがアレに関しては見る前からしてたし。
という事で調査で分かった事を報告してもらおう。
「商人の家に生まれた長女、意外な事に生まれた当時は黒髪ではなく白い髪だったそうです」
「ほう。という事はやっぱ花にちなんで名付けられたのね」
「別にアザレアの花は白だけではありませんがね、私は赤の方が好みです。ではなくて続きですが、件の商人は彼女が子供の頃は不幸続きどころか逆に運が良かったみたいですよ。取引は悉く上手くいってた様ですし、王族からも懇意にされたりしてたとか……しかし数年前から徐々に業績は伸び悩み始めたそうです」
ちょっとしたミスで王室御用達から外れたり取引相手に急に手を引かれたりと何が何だか分からない内に破滅の道を歩んでいたらしい。
何をやっても上手くいっていたのが逆に何もかもダメになっていったってか。
「衰退の道を辿る事になった辺りでアザレアには妹が出来てたみたいです」
「それって妹が元凶だったのでは?」
「いえ、時を同じくしてアザレアの髪が徐々に黒に染まり始めていたそうです。年々色が濃くなる、それに比例して商人一家は衰退していったって事です」
そう聞くと妹の怪しさが際立つが、恐らく妹は無関係だろう。
あくまで幸運を招くのも不幸を撒き散らすのもアザレア次第だ。
「虐待とかは無かったの?」
「それは無かった様です。妹が生まれる前はかなり溺愛されてたみたいですし……ただ妹が生まれてからはそっちにばかり意識がいって姉の方は使用人に任せて構う事が無かったそうで」
「更に年々髪が黒に染まっていく不気味さも相まって結局は売り払う事にしたと」
「概ねは」
大体分かった。めんどくさい存在なのは間違いないな。
ふと思ったのは似た様なアイテムがあったなぁ、という事。
「アレだ。アレに似てるわ、着けてる間は幸運が舞い込むけど外すとそれ以上の不幸がふりかかるアイテム」
「それはまた随分懐かしい話ですね。という事はアザレアという少女は幸運も不幸もばら撒く存在なのですか」
「多分そうだけど、それ以上に面倒な奴よ。アレには幸せを与えれば幸運を運んでくれるけど、不幸だと感じたら周りに不幸を撒き散らす厄介者な気がするわ。自分だけが幸運にも不運にもなるアイテムとは訳が違う」
奴の状態を分かりやすく表しているのが髪の色なのだろう。
黒だったから不幸状態だな。
「またみょうちくりんな存在が生まれたもんですね。おかっぱと言い座敷童っぽいのを想像してました」
「残念ねぇ、それと違って家に居るだけじゃダメだもの」
「与えよ、さすれば与えられんですね」
「そういう事。求めるだけじゃダメってね」
だが幸せを与えるってのは案外難しい。あっちが幸せと感じなければ何を与えようが無意味と化すから。
それを考えると拾わなくて良かった代物かもしれない。
「えらくあっけなく手を引きましたね。ラッキーデイはどうなったのですか」
「ラッキーデイね……」
ポケットに入れてた例の占い用紙を広げてテーブルに置く。
そして中央に奇跡すてっきを立てて今日の運勢を告げて倒す……すると
「ラッキーデイですね」
「今日だけじゃないわ。明日も明後日も来週も年がら年中ラッキーデイよ」
「何と都合の良い占いでしょう」
「毎日ラッキーなんて良い事じゃない。どうせ何をやってもラッキーデイなんだから今後やる必要ないわね……今日のマオの運勢はいかにーってね」
こてんと倒れた奇跡すてっきが指し示す運勢。それは勿論――
『びみょー』
「さて、サヨも戻ってきた事だしいよいよ例のダンジョンに挑みましょうか」
「待ってください!?今わたしにとって無視出来ない結果が出てたんですけど!?」
「このラッキーデイしか出ない占いでびみょーを出せるなんて誇っていいわ」
「うわああぁぁぁんっ!」
人が折角触れないでやったのに触れる方が悪い。
いい歳して占い如きで泣き喚くアホの娘を見て思うが、たかが親からの愛情を受けられない程度で不幸と感じるとはアゼレアという娘は甘ちゃんな奴だ。
根性が無さ過ぎる、次に会う事があったら雑草でも食ってろって言ってやろう。
「じゃああと宜しく。あのダンジョン魔法不可で通話符も使えないから何か困った事があったら適当にやっといて」
「一国一城の主の言葉とは思えませんね。まぁ分かりました、何かあれば何とかしますのでお気をつけて」
食料もダンジョンにいたゴーストタイプの魔物用の武器も用意した。私以外の皆が。
後はマリアの空間がダンジョンで使えるかだが……使えなかったら使えなかったでその時考えるとしよう。
「そうだお姉様、念には念を入れてもう一回物資を調達しておきましょう。具体的にはトゥエンティ国で買い物しましょう」
「何でわざわざ」
「私達は行ってないからです」
どうやらハブられた事が遺憾らしい。
買い物と言ってもすでに必要な物は揃ってるのだが……そう指摘したら調味料が足りない!万が一の為に荷物を入れる大き目のバッグが必要です!と謎の主張をしてきた。
まぁ前回はオークション目当てでろくに散策してないからなぁ……いいだろう。要望に応えて行くとしようか。
★★★★★★★★★★
「ちくせう……本当ここに来てからツイてないですねぇ。相変わらず私の運気は最悪ですよ」
『最悪なのはてめぇの面だろ』
「いつまでも顔に触れないで下さい」
この世界、異世界と思われる場所に来て今日でどれくらい経ったのだろうか。
もう何ヶ月も経ったようで実際は一月も経ってないのだろうが。
元の世界に愛想が尽きたというか絶望したというか、ビルから飛び降りて今頃はあの世でヨロシクやってると思ってたらコレだ。
起きたら妙にだだっぴろい草原だったし側には喋る上に口の汚い青色の変な鳥が居たしでもう何が何やら……
ただね、初遭遇した生物がコイツだし次に遭ったのが魔物だってんだから察したね。ここ異世界だろうと。
やっべ、テンション上がるわ。
そう思ってたのも束の間、自分は何の変哲も無いただの人間だった。お約束の強力な能力なんかありゃしない。
「定番の全魔法使用可能とかあればなぁ……」
『アホか。全魔法使える奴なんてそもそもいねぇよ、いや居るかもしれんが……いややっぱ居ねぇな』
「異世界に来たんだから能力なり加護なりくれてもいいでしょうに」
『……無けりゃ俺様が一緒にいる必要ないんだがなぁ』
隣で羽ばたいている相棒が小声で何か言っていたが聞き返しはしない。
どうせ聞いても文句や悪口以外返ってこないし……にしても世知辛い世の中だ。
異世界に行ってもただの人間、これが現実か。
あと、どうせ異世界に来るのなら……
「転生したかったですね」
『そんなにその不細工な面とさよならしたいのかよ』
当然だろ。
見ろ道行く通行人共を……人の顔を見た瞬間に顔を顰めるってどうよ?
時には兵士に捕まりかけたりもした。そんなに犯罪者面してるか?
『犯罪者は犯罪者でも性犯罪者だがなっ!げははははは!』
「ほっといてください」
まさか顔面偏差値で生活に苦しむとは思わなかった。
定番の冒険者になろうとギルドへ行けば受付嬢に犯罪者お断りと言われる始末。
掃除や整理の依頼を受ければ面接で断られる。おかげで一般人と同じ身体能力しかない俺が魔物討伐で日銭を稼ぐ羽目になった。
それでも弱い魔物をコツコツ狩ってれば何とか生活は出来た。
武器さえ入手すれば後は食事代だけでいいしな。宿?高いから野宿だわ。
貯金が5万ポッケになった頃、トゥエンティとか言う国でオークションがあると聞いて暇つぶし感覚で来てみたら何と物凄く安い奴隷少女がいるではないか。しかも誰も買う気配がない。
手持ちでギリギリの値段だが買うだろ、常識的に考えて。
異世界で奴隷を買うなんて使命感しか感じない。だが――
「まさか奴隷用の首輪が別売りとは思いませんでした……」
『説明ぐらい聞けよ変態。エロい事しか頭にねぇからそうなるんだよ』
普通セットだろうが。
仕方ないので普通の動物用の首輪をつけ、奴隷の首輪として騙しちゃいるがいつ普通の首輪とバレて逃亡されてもおかしくない。
エロい事しようにも抵抗されて主人に暴力を振るえる事が分かったら下手すれば殺される。
ここは小説に習って好感度を上げるしかないと奴隷少女に同じ食事、買ったその日に必死で稼いで宿に泊まりベッドを提供してみたが上がった気配が全くしない。何故だ……
次なる手として会話をしようにも全く話さないし。
やはりエロスな展開にする為には何としても首輪代を稼がなければ……
「いてぇ……」
『うひゃひゃひゃひゃ!ちょっと肩が当たった程度で痴漢扱いされるたぁ誇るべき不細工だぜ』
笑い事ではない。
こんな狭い通路歩いてたら肩ぐらいぶつかるだろうが、あのブスめ。
厄介な事にあのブスには男が居た。怪我してないくせに慰謝料要求するとは何事だクズめ。
オマケにマシな面にしてやるよと殴られるし……あのクズ共いつか殺してやる。
『つーかさっさと起きろよ。ゴミ捨て場と一体化しすぎて何処にいるかわかんねぇんだよ』
「こんな時ぐらい心配できないんですかねぇ」
クソったれ、何が異世界だ。
あっちに負けず劣らずのクソじゃねぇか……
「だ、大丈夫ですかぁ?」
「え?」
倒れたまま現状に嘆いていたら誰かに声を掛けられた。
いや俺に掛けられたか分からんぞ。だがこんなゴミ捨て場にいるのは俺かクズ鳥くらいだしやっぱ俺か。
「俺ですか?」
「はぁ……そうですけど」
バッチシ目があった。あった瞬間やべって思ったけど特に動じる気配が無い。
天使だ。思いっきり目があったのにしかめっ面しなかった女の子が果たして今まで居ただろうか。とろそうと言うか眠そうな目をした少女は嫌悪感を感じさせない目でこちらを見ていた。
とりあえず差し伸べられた手を握って立ち上がる。
女の子の手を握るという歴史的快挙を達成した瞬間だ。言ってて泣けるわ。
『マジかよ……コイツに触れて大丈夫とか何者だよこの女』
「失礼だよ鳥君」
『マジきめぇ』
「あ、あのー?」
「ふひ?」
おっと、思わずくせでキモい返事をしてしまった。危ない危ない、今日の俺は紳士で行くのだ。
『つーか手を離せよ変質者』
「……これは失礼」
名残惜しいがバッチシ感触を覚えてから離した。
今なら握手した手を洗わないというアイドルファンの気持ちが分かる。
さて、この後どうする?モテ男ならどう行動するのだろうか。
ここはやっぱり一緒に食事でも……いや、有り金はさっきのクズカップルに奪われてゼロだ。やはりいつか殺す。
「じゃあ、大丈夫そうなのでわたしは行きますね」
「え?」
『おう、早いとこ逃げねぇと犯されちまうからな!』
「しねぇよ!じゃなくて、その……そう、お名前とか……」
名案だ。名前さえ聞いておけば何とか探し出せる気がする。
言ってる事がストーカー的だが問題ない。
「なにやってんのマオっち、浮気か?浮気なんだな!リーダーに言いつけてやる!」
「な、なな何言ってるんですか!?違いますよ!」
「あははー、ごめん、冗談。で……うわっ、犯罪者面してる」
天使の知り合いらしきものっそい美人が現れたがこっちは思いっきり犯罪者扱いしてきた。
顔はこっちのが良いが中身がダメだ。やはり俺には天使しかいない。
「ダメよマオっち、こういうストーカーになりそうな奴に親切にしちゃ……こういう奴は捨てたゴミ漁ったり部屋に侵入してきたりするのよ?きっとエロの為に奴隷買ったりもしてるハズよ」
『大体合ってんな。安いからって何も聞かずに買って失敗してるがな』
あってねぇ……と思いたい。というか会ったばかりの女の子にそんな事言うなボケ。まだエロい事なんかしてないしノーカンだろうが。
「いい?ここで勘違いさせて自分に気があるんじゃないかっていう思わせぶりな態度はダメよ、一生付きまとってくるに違いないわ」
「そんな決め付けよくないんじゃないかなぁって」
「あたしには分かる。リーダーの占いでもびみょーって出てたし間違いない」
「う、それは説得力があります……」
まるで俺の事を知ってるかの様に決め付けてくる。
というかびみょーって出る占いって何だよ。
「てか行くよ、もう出発するって言ってたじゃん」
「あ、そうでしたね。わかりましたっ」
え、待って……と言う前に天使の方だけぺこりとお辞儀した後走って何処かへ去ってしまった。
おぉい……せめてまた会う約束ぐらいさせてくれよぉ……
『……加護は無さそうだったが、近くに加護持ちが居たお陰で影響が無かったのかもしれねぇ……それも世界の加護なんて強力なモノだ。じゃなきゃコイツに普通に触れる訳ねぇしな』
「何言ってるのですか鳥公」
『ああ、あの子がちゃんと手を洗ってるといいなぁと思ってただけだ』
口を開けば失礼な奴だ。
まぁいい。今日の俺は実に気分がいい。
「ふ、まさかこの世界に容姿ではなく中身を見てくれる女性がいたとはな」
『てめぇは中身もクソじゃねえか』
やかましい。
よし、行こうか。このクソな世界に希望が見えた。
「私はもう一度あの子に会います!会って結婚します!」
『無理だろ。ありゃ金髪の女同様にリーダーって奴の女だぜ、間違いない』
「ふん。ハーレム野郎なんてそれこそ浮気野郎じゃないですか、私なら一途に愛せます」
『奴隷買ってる奴が何言ってんだ』
それはそれだ。奴隷は……あれだ、セフレ枠だ。そこに愛は無い。
あの子と恋人になった暁には何処かへ売れば問題ない。
旅の目的は決まった。
まずは宿に待機させている不気味な奴隷を連れてくるとしようか。近くに居ると不幸になるらしいしあんまり近寄りたくないんだよなぁ。




