幼女、災厄の象徴を得る
ニボシが逃走してから早一日、一体どこまで行ったのやら。案外近くでこっそり見ているかもしれない。
神殿の外では現在ユキ達が訓練の真っ最中である。あんまり見た事無かったが、今日は本を読む気分じゃないので紅茶片手に椅子に座って偉そうに観戦している。
被害が出ない様に物理と補助系の魔法のみ使用可という条件でそれぞれ対戦形式で戦っている。
「ん。勝負あり」
「はぁ、ありがとうございました」
「ありがとうございました。ふふん、最近はユキにも勝ち越せる様になりましたね」
ちょうどユキとサヨの戦いが終わったが、聞いた通りサヨの勝利だ。最近はさん付けしなくなったらしくより姉妹っぽくなっている。
今日はユキ、サヨ、マリアの三人で訓練してる訳だが、やはりマリアが飛びぬけており一人だけ無敗に終わった。魔法有りでも同じ結果になっただろう。
そして一人だけ全敗なのがユキだったりする。マオには勝てるだろうが今日は私の座椅子と化しているので不参加だ。
「はぁ、姉さんにまで勝てませんでしたか」
「3歳児に今まで負け越してたのは情けないですがね」
「あたしは完勝だった」
「マリアさんはニボシさんとでも訓練してください」
「あの娘はキツイかなー?」
一応奴隷兵達にも参考になるかは分からないが観戦させていた。
どいつもこいつも尊敬の眼差しで3人を見ておりこれで向上心が上がってれば良しとキキョウは言っている。そのキキョウは心折れたがな。
「お姉ちゃんから見てどうでした?」
「ユキとマリアの乳揺れは良かった」
「そんな事は聞いてないです」
「まぁユキが勝てなかったのはしょうがないわね」
これは訓練なんだし。各自戦闘場面を想定して訓練してるんだからそりゃユキは不利になる。
「しょうがないとはどういう事でしょう?」
「ほら、私とユキってほぼセットでしょ。ユキの訓練内容は私を守りながら戦う事に重点を置いてるから」
「むむ、つまりユキりんは手を抜いてたの?」
「もちろん本気です」
「本気でもサヨっちはハンデ有りのユキりんに勝って喜んでたって事か」
「むっ……確かに左手は全く使ってませんでした。おのれ愚妹」
気付かないサヨもどうかと思うが。
「しかしこれではお母さんを守りながらの戦いは厳しいですね。私もまだまだです」
「ホシオトシを萌えキャラにする様な異世界人も真っ青な力を持つリーダーなんだし自分で何とかするでしょ」
「幼女に過度な期待しないでちょーだい」
「サヨさんとルリさんはどっちが強いんですか?」
「恐らくルリさんかと。全力ならばですが」
「なるほどです。つまりフィーリア四天王はユキさんとサヨさんとメルフィさんとわたし。その上の三英傑はマリアさんとルリさんとニボシさんって事ですねっ」
「あなたそんな事考えてたんですか」
その内キキョウ達にも変な部隊名が付きそうだ。まだニボシは逃走中なのだがマオの中ではすでに仲間入りしてるとは気が早い。
「では今度は私達で奴隷兵達を鍛えるとしましょう」
「あと少ししか相手出来ませんから厳しくいきましょう」
奴隷兵たちの顔が引き攣るが頑張ってくれたまえ諸君。
何もせずにただ見てるだけでいられるのは素晴らしいなっ。これぞ一番偉い位置に居る者の特権である。
「って思うんだけど私って結構戦ってない?」
「はい。ボスキャラ専門みたいになってますよー」
「幼女が戦わなきゃならないとか世知辛い世の中だわ」
大体自分からこいつは任せろとか言ってた気もするけど。
笑いながらビンタして奴隷達の首が取れるんじゃないかってくらいふっ飛ばしてるマリアを見ると何でこんなのをボコボコにしようと思ったのか。今なら即死間違いない。
てかマリアのはまるで訓練になってない。奴隷達に攻撃させる前に瞬殺だ、これではただの苛めじゃないか。
「ニボシさん帰ってきませんねー」
「今は人間に見えるしね、自由を謳歌してるのかも」
とは言っても人間社会の常識とか知らないだろうから何かやらかして追われてたりして……ないな、殺すか逃走できるし。
あと二日くらいして帰って来なかったら強制的に呼ぶかな。
「ですー」
「ですー」
うむぅ……?
何か聞こえたせいか夜中だってのに目が覚めた。
夜中に起きるとか久しぶりじゃなかろうか、夜中まで起きてた事はしょっちゅうあったが。
「ですーですー」
デスーデスー……
まだ眠いのでまともに思考出来なかったが何となく分かった。
これは、即死魔法だっ!
「ですー」
「ええい、寝ている人間に向かって即死魔法を放つボケはどこのどいつよ?」
起き上がりたくはないが犯人の顔を拝むためにのそりと起き上がる。
明かりはついておらず、月の光だけで照らされた部屋の中にいた物体。暗くて正体はあまり分からないが、それは四つん這いで爛々と光る赤い目をこちらに向けてじーっと見ていた。
「こえぇよっ!」
「ふしゃーっ!やっと起きやがったのです!」
側で護衛していると思うリンに頼んで部屋の明かりをつけてもらった。
明るくなってハッキリと姿が分かる。ですーで何となく察していたがやっぱりニボシだった。
「この薄情者っ!我を放置してぐっすり熟睡とは何事ですっ!」
「あんたが出て行ったんじゃない」
「し、知るかですっ」
意外に戻ってくるのが早かったな。
出て行ったはいいけどどうしたらいいか分からなかったのか。引き篭もりぼっちの悲しい性だ。
「勢いで飛び出したけど、誰も追ってこなくて寂しくなって帰ってきたのね」
「んなわけないのですっ!我は……そうっ、自分の寝床を取りにきたのです」
「寝床?」
「我が封印されていた剣なのです」
「あれか、神殿にそのまま置いてるし勝手に持ってけば良かったのに」
「ぐ……」
「というか今は生身なんだし入れないんじゃない?」
「ぐぬぬ……」
私が起きたからかベッドに手を乗せて身を乗り出している。ワンコがやりそうな格好だ。
悔しそうにぐぬぬってるが上がって来たり危害を加えようとはしてこない。ホシオトシなんて物騒な名前しておいて好戦的ではなかったかのかも。
「まだ夜中だし私は寝る」
「また我をほったらかしにするつもりですかっ」
何だコイツやっぱり構ってほしいんじゃないか。昔の夜型生活ならともかく、今は夜は寝たいんだよ馬鹿野郎。
起こしていた身体を横にして再び寝ようとすると
「ですー」
「その即死魔法やめなさいよ」
「お前を殺すとリスクが大きいからそんな事しないのです」
「そりゃ良かった」
「ぐぬぅ……分かったのです。とりあえず起きるまで待つのです」
と言うとベッドから離れた。
だが未だにそこに居るという気配がある。まさかとは思うが私が起きるまで側で待ってるつもりではあるまいな……それはそれで快眠出来ない気がするのだが。
と思ったけどそんな事はなかった。
リンに明かりを消してもらうと案外すぐに睡魔に襲われる。
もう少しで完全に寝付くって所で何やらもぞもぞと動く気配がした。別にニボシが潜り込んできた訳ではない、何か布団に手を入れて私の手をふにふにしてるようだ。
「やっぱり……この手、覚えてるのです。我を撫でて起こしたのはお前でしたか」
撫でたっけ……あぁ、なんか剣を見つけた時に一撫でした様な気がする。
まだ手を触られてるが、気にせず寝る事にした。だって眠いし。というかニボシも寝りゃいいのに。
☆☆☆☆☆☆
「おや、お帰りなさいませ」
「ただいまなのです。って違うのですっ!我はここに住んでる訳じゃないのですっ!」
「……いやホント可愛らしくなりましたね」
朝起きたら手を触られてる気配は無かった。
ひょっとしたらまた何処かへ逃走したかもしれないなぁ……と思いながら起き上がるとベッドの側で正座してるニボシが居た。主人を守る忠犬みたいな奴だ……
起きて洗面所で顔を洗ってから脱衣所で着替えを済まし、ニボシにリビングに行くから着いて来いというと素直について来た。
寝て起きると素直になるとか一晩のうちに何があったのか。
ただリビングにいる他のメンバー相手には対応が変わってる様子は無い。
「素直になったかと思ったけどそうじゃないのね。他の国の奴等はともかく、ここの連中には普通に接しなさいよ」
「我はホシオトシです、凄いのです。本来なら何人たりとも我に気安い態度はとらせないのです。……お前は特別なのです」
「私がニボシにとっての特別って噂されると恥ずかしいし」
「気持ち悪いのですっ!」
まだ完全にデレ期に入った訳ではないようだ。かと言ってまたここから逃走する気配もない。
でも今なら何か頼みごとを聞いてくれる気がする。
たった一夜の内にどんな心境の変化があったのやら……
「前に言ったけど、ニボシにはこの国を守ってもらいたいんだけど」
「我に命令するなです」
「これは命令じゃなくてお願いよ」
「お願いですか?……それなら考えてやらない事もないのです」
チョロくないと見せかけて実はチョロかった。
一晩放置してたら忠誠度が上がってましたとか凄い奇跡だ。
ただ素直になれないめんどくさい奴と違ってニボシは純粋に命令は拒否でお願いは可と言っている様だ。
「お願いならいいんだ」
「元々我は星の願いを叶える為に生まれたのです。塵芥共はともかく、同格かそれ以上のお前の願いなら聞かなくもないです」
「ほほぅ、まぁ何にせよ助かるわ」
「でもここを守るにも具体的に何を守るか言えです」
「この国に害をなした者、この国に居る者達に手を出した者は容赦なく殺していいわよー」
「むむ、わかったのです」
本当に分かったのかはニボシにしか分からない。
それはともかくこれで漸く安心して旅を再開できる様になった訳だが。
「次は東に行くわよ」
「フィフス王国の方向ですね」
「この大陸の地図見て思ったんだけど、この右上の空白地帯ってなに?」
壁に掛けられている馬鹿でかい地図を見ながらマリアがその空白地帯とやらを指差して言った。言われなきゃ気にしなかったが海とはまた違うようだ。
「その先は調査出来ずに何があるのか不明となっている場所ですよ」
「そんなに危険な場所?」
「神獣と幻獣がかなりの数で襲って来るので。ルリさんが住んでる森とは比べ物にならないほど危険です」
「ふーん、それってあたし達でも厳しい?」
「ええ、まず結界がすぐぶち破られるので。あそこの神獣はユニクスより数倍は上です、ただ倒せる倒せないではなく単純に体力がもちません」
「空からも無理そうね」
「飛べる神獣だって普通に居ますもの」
未知の領域はとんでもなく危ないようだ。
結界の中で休む事が出来ないなら奥まで探索するのもほぼ不可能か、なんせ広さも分からない。ワンス王国の数倍の広さは有ると考えられているので休み無く突破するのは無理。
先代かニボシくらいの強さならもしかしたらいけるかもしれないが。
「ま、未知の領域は置いておきましょう。明日……は早いから明後日か明々後日に旅立つとしましょう」
「了解です」
「キキョウさんにアンさんにニボシさん、ここはお任せしますよ」
「お任せ下さいな」
「一応、頑張るけど」
「我を誰だと思ってるです」
この三人で大体何とかなりそうだけど、旅の途中でもう一人くらい使えそうな奴を見つけてくるか、主に頭脳面で。
あとアンがダメそうな感じがするから新たなエルフか。
☆☆☆☆☆☆
二日というのは早いものでフィーリア様ご一行の旅立たれる日がやってまいりました。
今日からこの神殿も賑やかさを失って少し寂しくなりますね。
小国とはいえ一国を任されるのですから感傷に浸ってる暇はありませんが。
久しぶりに役に立てるからかぺけぴーさんが張り切ってますね。いえ、捨てられる危機感があるからか必要以上にやる気になってるからですかね。
「途中で賊討伐をなさるのでしたか?お気をつけて」
「マリアが余計な依頼を受けてきたらね」
「冒険者と言えば賊討伐でしょっ!むしろ今まで賊を殲滅してないリーダー達がおかしいのっ」
冒険者と言えばと言いますが賊とか滅多に出ません。
奴隷になるのが嫌で逃げた者やワケ有りで冒険者にすらなれない様な奴が賊になるのです。ただ魔物が蔓延るこの世界で賊をやれているって事はそれなりに強く人数も多いのでしょう。
それでもフィーリア様達の敵ではないでしょうが。
「罪も無い人から搾取するなんて非道な奴等はあたしが成敗してやるわっ!」
「お前が言うな」
たまに異世界から色々と盗んでおられるマリア様は確かにお前が言うなですね。しかもマオ様の教科書関連は全てスズキフミオという方から頂戴してるそうで……
『多数の犠牲より一人の犠牲で済ませる方がいいでしょ』
というのがマリア様の弁なのですが可哀想すぎます。スズキフミオ様がイジメと勘違いして不登校になられない事を祈りましょう。
「お前が居ないと面白くないのです。たまには帰ってこいです」
「もちろん様子見に帰ってくるわ。にしてもロリ巨乳巫女っていいわぁ……背が高いままだったらシスターのが色っぽかったけど」
「お前の趣味は変なのです」
そうです。今のニボシ様はシスター服ではなくサヨ様の着ている巫女服に似た衣装を着ておられます。
大体は同じですが、袴はサヨ様と違って赤い色です。更に千早と呼ばれる柄の入った衣装を更に上から羽織ってます。頭には花簪、足には草履を履くという徹底ぶり。
サヨ様曰く気合を入れた巫女装束なのだと。
「ペド神様に仕えるに恥じぬ格好となりました」
ニボシ様の知らぬ所で災厄の象徴は神に仕える巫女にされたようです。
当の本人はフィーリア様に褒められて満更ではない様ですが。
「キキョウ、任せたわよ」
「はい。浅学非才な身ですが全力を尽くします」
「そういうセリフを言う奴って大体デキる奴だから安心だわ。アンも宜しくね」
「私には期待しないでよ」
「でしょうね。新しいエルフを見つけたらアンと交代させて貴女を旅に同行させてあげるわ」
「その言葉忘れないでよ」
アン様は一時的な補佐でしたか、いやまぁ慣れたのか最近のお転婆っぷりを見ると冒険者の方が性に合ってるって分かりますが。
一人よりは複数のエルフが居た方が色々と助かりますので是非とも連れてきて欲しいです。出来れば真面目な方で。
「じゃあ頼んだわよ。いってきます」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃーい」
「ですー」
馬車では森を通れないので外まで転移で向かわれました。
「はぁ……いよいよフィーリア様達のお力無しでやらなければなりませんか」
「まぁ何とかなるでしょ」
アン様はこの通りお気楽です。
フィーリア様が新しい人材を補充してくださる事を願いましょう。
フィーリア様達が旅立って数時間後、私専用の部屋で今後のプランを練っていると冒険者として稼ぎに行ってた者達が帰ってきました。
すでにフィーリア様達が居ないと分かるとやはり寂しげです。
今日の稼ぎはおよそ80000、まあまあです。
「そうです、キキョウ様に一応お伝えしとこうって話があります」
「なんでしょう?」
「フォース王国と戦をしてた何とかって国がフォース王国付近にあった中継都市を占拠したそうです」
「は?」
「中継都市を占拠したそうです」
小国ではなく中継都市を占拠とはまた前代未聞といいますか……
「中継都市は各国の冒険者が利用してる筈です。それを占拠するなど周辺国全てに宣戦布告してる様なものです……馬鹿ですかその国」
何故中継都市を襲ったか、それは今のペロ帝国の状況で大体予想出来ました。
どうやらフォース王国がやっていた非道な実験の証拠とやらが見つからなかったとの事で大儀も無く大国へ戦を仕掛けたペロ帝国はただの賊集団の様な扱いをされてるそうです。
何も知らない者達からすれば言いがかりで戦を仕掛けて数多の戦死者をだしたペロ帝国に与える情けなどないって事ですね。
大軍を維持する食料を売ってもらえずやむなく中継都市を襲った、と言った所でしょうか。
そういえば戦中に優秀な次女が亡くなったらしいですね。もしかしたらフォース王国の証拠とやらはその次女が握っていたのかもしれません。
しかし馬鹿ですねぇ、大人しく自分達で国を興す方がよっぽど良かったでしょうに。
非道な実験をしている証拠を入手したと言いながらこの体たらく、笑うしかねーです。
「ねえキキョウ、小国って好きに建国できる代わりに宣戦布告もなく攻めれるって暗黙の了解を知ってる?」
「もちろんです」
「ひょっとしたらウチだって戦に巻き込まれるかもしれないじゃない?もしそうなったらどう?」
まあ確かに妖精と友好な関係であっても攻める馬鹿が居ないとは限りません。
ですが――
『攻められたら虫人達にまた協力してもらいましょう』
『そうですね、亜人達にでも手伝って貰いましょうか』
『うーん、お母さんに言ったら悪魔さん達が手を貸してくれるかもしれません』
『精霊に頼んで世界中の妖精を集める』
『ワシの居る森の幻獣でも呼ぶのじゃ』
実は攻められる事を想定して以前皆様にお尋ねした事が有ります。その時の回答が以上になるのですが、交流関係が鬼畜すぎます。
もはや小国の戦力じゃありませんね……
そもそもフィーリア一家だけでも過剰戦力と言えます。もうマリア様かニボシ様だけで大体どうにかなるんじゃないでしょうか?
「全く問題ありません。有事の際はサヨ様に頂いた通話符を使えばすぐに駆けつけてくださるみたいですし」
「だよねー。私この国以上に凶悪な国知らないや」
「……そうですね」
では力だけな国と言われない様に本腰いれて発展させていくとしましょうか。
最終目標を考えると自国の生産力のみで生活できる様にしなければなりませんが、農地を広範囲にするにしても人手不足、やはりまずは奴隷を増やす為に資金を増やす事にしましょう。




