幼女と謎の剣
「凄い、雪です」
「ホワイトクリスマスって室内に雪が降るもんだっけ?」
「白けりゃいいんでしょうよ」
ディーセットの力によって神殿内に降り注ぐ雪に一部を除いて大はしゃぎである。
料理に積もると冷めると思うが、すでに皆満腹で片付けに入っているので問題ない。ディーセットも皆が楽しんでるのを見て満足気だ。
特にはしゃいでいるのは妖精達だ。最近は神殿に当たり前の様に出入りしてるようだが奴隷達の邪魔はしてない様なのでお咎めはない。
「綺麗ですね」
「純白という響きが興奮しませんか?」
「貴女はユキという名前のくせに雪に対して失礼すぎでしょう」
ぶれない変態がここに一人。雪を降らせるのは構わないが、冷たい雪なだけあって多少寒くなってきた。
確かリュックの中に寒さ対策出来そうな帽子があったっけ。マイちゃんが頭に乗ってないし被っとこう。
「あ、猫耳リーダーだ。萌え路線に変えたの?」
「違う。寒いのよ」
「最近被って頂けなかったので捨てられたのかと」
「マイちゃん乗ってたら被れないもの」
「猫耳ニットに大きい蝶のリボン……確かに変かもしれません」
まぁファッションとかどうでもいいんだけど。
今日のディーセットは大人気なようでミニマム達に囲まれて照れた顔をしている。きっと褒め称える言葉をかけられているに違いない。夏にもきっと大人気になるだろう。
今日見た限りでは奴隷連中の仲は良好なようだな、種族違いの衝突とか無さそうでなにより。同じ奴隷という身分のおかげなのだろうか?
ともあれこの様子ならキキョウだけでも何とかなりそうだ。
★★★★★★★★★★
あと3日もすれば年越しを迎えるというのにこの国に初めての来訪者が現れました。しかも二組……対応は案の定『キキョウに丸投げする』と言われたので私がします。めんどくせーです。
とりあえずまずは一組目、めんどくせーと思ってしまう奴等の対処からです。
男一人に女一人の二人組みです。二人組みと言っても人間ではありませんが……
人間にはない頭についてる少し丸みがあるもさもさの耳、赤い髪と合わせて判断するに赤虎族という獣人と思われます。
赤虎族に限らず虎の獣人というのは力が強いパワーバカであり無駄にプライドが高い連中です。獣人の中では一応上位種という事でやたら傲慢な態度をとります。
こいつらは何と山越えしてこの国に来たようです。山越えで侵入された事でサヨ様が山にドラゴンを放とうとフィーリア様に申請して許可されてました。次回からの山越えは地獄です。
「……我が国に住まわせろと?」
「そうだ。赤虎族がこんな小さな国に住んでやるのだ、感謝するがいい」
ほらこんな風に傲慢な態度です。。
亡命してきたくせに馬鹿じゃないでしょうか。私が天狐族という事で上から目線になっているのでしょう。
亡命、この二人組みはどうやら里から出て食料調達をしていた時に人間達に遭遇し、捕まりそうな所を逃げてここまで来たそうです。
どうしたもんでしょうかねぇ……住まわせたら問題を起こすと分かってる獣人ですし。ただその力は確かに役に立つと言ってもいいでしょう。
しばらく悩むと赤虎族の男は考え込む私にイライラしたようで早くしろだの結論は一つしかないだろだの好き勝手言ってきます。うぜーです。
こんな時フィーリア様ならスパっとお決めになられるのでしょうが……そのフィーリア様は部屋の隅で子供の奴隷を相手にあや取りをなさってます。もう私も混ざって遊びたいですよ。
ただしウンチマークを作れと無茶振りされた奴隷を見たらやっぱり遠慮したいです。
「なんと……2人がかりでウンチマークを作るとは見事よ。あや取りを複数でやるという発想はなかったわ」
「やった」
「ほめられました」
あちらの平和さに嫉妬。
もう一組が待ってるしもうこいつらには出て行っていただきましょうか。如何にも規律を乱しそうですし要らないでしょ。力だけしか役に立たないならデメリットの方が大きいですしね。
ただしこいつらは不許可と伝えてからが問題でした。狐の分際で何様だと言ってきやがるのです。
どっちが何様なんだと。
赤虎族というだけのただの浮浪者の分際で偉そうにも程がある。もう不敬罪とか言って処刑してやろうかと思ったところで
「うっさいわそこの獣」
「なんだぁこの人間のガキが」
あまりに私が頼りないのかついにフィーリア様が機嫌悪そうな顔で文句を言ってきました。ボコボコにしてやってください。
「そもそも理由が酷い。何が食料調達中に人間に追われたからよ、同族に売られそうになったから逃げたって素直に言え。プライドが高い奴ってのはこれだから困るわ」
「な、なんだとてめぇっ!そんなわけねぇだろうがっ!」
「はん、だったら何で里に逃げずにわざわざこんな遠くまで山越えしてきたのかねぇ。まぁいいわ、なら人間から逃げてきたって事にしましょう。そう言う事なら私達が責任をもってお前達を住んでいた里まで送ってあげるわ」
「い、いや待て」
「サヨ、こいつらを転移で送って差し上げろ。ちゃんと、里の長に、確実に、逃がさずに渡して来なさい」
「御意に」
なるほど。確かに良く考えてみれば自分達の里に逃げ込まずにここまで来るのはおかしいです。天狐族同様にサヨ様の恩恵が失われた事で食料不足にでもなったのでしょう。ざまぁねーです。
どこに里があるのか知ってるのか知らないのか、サヨ様はご命令通り転移で赤虎族の二人を連れ去っていきました。
「ふむ」
フィーリア様がこちらに振り向きジッと見つめてきます。
あ、怒られるんですね、わかります。
「あれね、可愛さで言えば天狐族の方が上ね」
「はぁ、ありがとうございます?」
「だんまりしてた雌の方が奴隷行きだったんでしょうね」
なるほど。あの女獣人が売られる事になって惚れてるか知りませんがあの男獣人が売られる前に連れ去って里を出たと。
「駆け落ちですか」
「はん、あの馬鹿虎の自己満足でしょ。キキョウは見てなかったみたいだけど、里に連れて行くって言った時にホッとした顔してたわよ、あの雌虎」
するとだんまりしてた理由は惚れてもいない男が勝手に連れ出した上に里に迷惑がかかると思ったからでしょうか。何とも笑える話です。おめーに惚れてねーからっ!って言ってやればいいんです。
あの馬鹿虎にはムカムカしましたが、こうなると厳しい罰を受けるでしょうし許してやるですよ。
そんな事よりお叱りを受けずに済んでよかった……
…………
……
…
「纏めるとここは最近出来た小国で住民の数はおよそ50人、その大多数は奴隷であると……その他に妖精が無数に暮らしてる、で宜しいか?」
「そうですね。ただ妖精は遊びに来てるだけで住んではいません」
二組目は突然現れた防壁の中の調査に来た冒険者4名。発見されたのはもっと前ですが、防壁をくぐるとそこは森であり更に魔物に襲われる為低ランクの冒険者は返り討ちに遭うか逃げかえる羽目になったそうです。という事で実力のあるこの冒険者達が今回調査の為に出向いたと。
こうして突破されたので森の魔物やあの大きな犬でもそれなりの強さを持つ者たちには通用しないという事ですね。
そして再びサヨ様が燃えて森にドラゴンを放ちましょうとフィーリア様に申請しましたが今度は却下されてました。森にあんなデカいドラゴンが入るわけねーです。しかし幻獣か神獣なら許可という一言で森の護衛獣にとんでもない生物が追加される事になりました。山に続いて森越えも地獄です。
「なぜ防壁の中に森を?」
「妖精からの要望です」
「森の中に魔物を放って危険では?」
「魔物使いがおりますのでこの国の住民とお客様に対しては攻撃しない様に調教しております」
「妖精は人間の住む町では姿を現しません。なのにここでは自由に飛び回ってるのは何故でしょう?」
「妖精が襲われる事件があった時に助けた事があったので仲良くなれました。それにエルフもこの国には居ますし」
今回ペラペラと口からでまかせを言っているのはサヨ様です。一部は嘘ではないのでより真実味を出している様ですね。私では上手く誤魔化せないだろうと交代して頂きました。
こうしてちゃんと調査された事によって今後この国の事は世界中に認知されるでしょう。記憶に残るかは別として。
「……これだけは聞いておきたいのですが、最近サード帝国が乗っ取られ、魔王を称する者が現れました。その者達と関係はありますか?」
「それを聞かれてはいそうですとお答えするとでも?」
「思いません。しかし調べようがないので」
「信じるかは任せますが関係ありません。そもそも私達はあなた方と同じくワンス王国出身の冒険者です」
「なるほど、それを聞いて安心しました。妖精と友好を築かれてるここと争うと勝とうが負けようがワンス王国は多大な損害を被りますからね」
妖精の怒りを買えばその国は恩恵を失う事になりますからね。妖精を味方につけるというのは大きなアドバンテージです。精霊ともども舐めちゃいけない存在です。
「では最後にこの国の名前を教えていただきたい」
「アルカディアです」
「……なるほど、良い名前です。ありがとうございました、我々はこれで失礼すると致します」
フィーリア帝国じゃありませんでしたっけ?
冒険者にしては常識のありそうな4名が去っていった所でサヨ様に質問してみます。
「なぜアルカディアに?」
「お姉様が嫌がるので」
とても分かりやすい理由でした。しかしアルカディアですか……まぁこの国に暮らしてる種族を考えると確かに理想郷と言えなくもないです。
「アルカディアとユートピアとデスヴィレッジどれが良いかと尋ねたらそうなりました」
「3番目はナイン皇国が嬉々として攻めてきそうな名前ですね」
先ほどの冒険者達には黙っていましたが、すでにユニクス達もマリア様によって移住完了してたりします。ただ神域であった森を空間に移すと神域としての効力はほぼ失われました。神域はその土地でなければダメだったみたいですね、ユニクス達は別に神域じゃなきゃ生きられない訳じゃないから問題ないとは言ってましたが……
「今後鬱陶しいくらいウチと友好を築きたいと言って来る輩が増えると思いますが、対応は任せましたよ」
「……未だ未完成な小国ですのに?」
「妖精と友好を築くという事は国の発展が約束された様なもんです」
そうですか、例え弱小な小国相手でも友好に接してやって恩恵に預かろうって事ですか。めんどくせーです……ウチと友好国になろうが妖精達とも友好になれるって訳でもないでしょうに。
恐らく領主持ちの貴族連中が来国するでしょうが、私は獣人ですからね。はてさてどんな対応をされるやら。まぁ気にいらなければさっさと追い出せばいいでしょう。
★★★★★★★★★★
「ちょっとリーダーこの世界の冒険者ってのはどうなってんの?」
「いきなり何?」
もう年は明けた。今年は結局実家で過ごす事はなくこっちで年越しする事になった。建国初の年明けという事で何故か全員の前で新年の挨拶をさせられる事になったが「あけおめ」と一言で済ませた。
ただそれだけで大歓声を浴びたので割と引いた。
年が明けたら旅を再開する訳だが、正月早々出発する訳ではない。10日ほどはこの国に残って各自色々と教えたり作業したりする事になっている。私は当然のんびりしているだけだ。
で、暇なマリアが依頼を受けてくると出て行ったのが1時間ほど前の事だ。
「初の依頼で薬草採取の依頼を受けたの」
「うん」
「それだとつまらないからついでにAランクの魔物を狩る事にしたの」
「うん?」
「で、受付に薬草を採取してたら偶然こいつに襲われたって言いながら空間からそいつを出したの」
「まず何を狩った」
「なんか大きい熊」
Aランクの熊って言ったら物凄く大きそうだな、そんなもん受付で出すなよ。
「何かチタンベアって言う硬くて凶暴な熊だって。並の武器じゃまず討伐出来ないみたい」
「ふーん」
「あたしは殴って倒した」
「貴女ローブ着てるくせに物理派よね」
あの女神を装っていた羽衣は今は着ていない。私服はどうしたかと言えば空間と言えば最強の魔法使いという事でメルフィと同じくローブを着る事になった。
魔法ではないので杖は要らないのだが格好つけたいが為に一応木の杖を持っている。
「素材は高値で売れたよ。ユキっちに全部渡しといた」
「ちゃんと家に入れるとか偉い娘よね」
「それはいいのよ。問題は別だよっ!初の依頼で大物をし止めたってのにランクは初級者から上級者になっただけっ!あたしの予定では一気に八段くらいまではランクアップするはずだったのに」
「そりゃ試験受けなきゃいけないしね」
「それよそれ、試験とか面倒だからやだ」
ならこのまま上級者でやってればいいだろ。ウチは低ランクばっかなんだし。
要するにいつも通り本で見た感じにならなくてつまんなかったって事だ。現実はそんなもんだ。
「あと熊殺しの称号ついたけど嬉しくない」
「抱っこちゃんよりマシでしょうが」
「ちっ……リーダーとは共感できないようねっ、ちびっ子メイド達に愚痴ってこよっと」
なんと迷惑な、だけど矛先があっちに向いてくれるならいいか。
うっさいのが去った所でそろそろ次の旅の目的地を決めておこうか。サヨが符術を習った国に行く事に立ち寄るのでワンス王国から東になる。
地図を見れば東にある大国と言えばまずフィフス王国。実は北にもフィフス王国はあったりする。同じ国の名前で別々の場所に国があるのだ。
『飛竜を調教して短時間で行き来できるフィフス王国だから出来る事ですね。飛竜を10頭ほど使って空飛ぶ船に物資や大勢の兵や民、更には奴隷を運ぶ事も出来るとか。北と東、ワンス王国が戦をすれば挟撃は免れないでしょう』
とサヨは言っていた。北にあるのが本国で東は王子が治めているそうだ。
聞くだけならフィフス王国も厄介そうな国ではあるが、残念ながら魔法使いの数は少ないそうだ。その辺りがサード帝国やフォース王国より劣ると言われる所以であると。
「本日の家族会議を始めます。何かあればどうぞ」
「私達が旅に出ると国内の戦力がガタ落ちするのですがどうしましょう?」
「何を今更」
「ここ最近の強敵ラッシュで少々不安になりましたので」
「そう言われてみれば……万が一を考えたら確かに不安ではあります」
お前らみたいな化け物がそんなに居るわけねーだろ。
と少し前なら言えたが今ではその辺にごろごろ居るんじゃない?と言いたくなる遭遇率だ。
異世界人、奇跡人、天使……うん、また会いそうだわ。
「それとは別に妖精の恩恵を求めて取り入ろうとする輩も出てくるでしょうし」
「強制的にお帰り願えば?」
「小国というのは大国の領地を治める貴族と同程度というのが共通の認識です」
「問題ないわ。どうせ妖精を敵に回せないのなら強く出て大丈夫でしょ」
「それはいいのですが、問題なのは別の手口でウチを乗っ取ろうと画策する者がいる場合ですね」
「キキョウさんに婿を押し付けてくるとかの話ですか?」
何で私ではなくキキョウにそんな話が出るのかと言えば、この国のTOPが私ではなくキキョウだと勘違いされているからだ。調査にきた冒険者が来た時に対応したのがキキョウとサヨだったから普通はそう思うだろうが。
「縁談など跳ね除けますが」
「魔法で洗脳されたら難しいでしょう?」
「ついでに獣人でもキキョウさんは美人ですからね。小国云々を抜きにしても手に入れようとする馬鹿も居るかもしれません」
「高ランクの冒険者を雇って誘拐もありえますね」
「つまりキキョウっちが攫われた挙げ句犯されながら身体は許しても心まではっ、な展開になる事もあるのねっ」
「何かつい最近聞いた言葉です」
「キキョウさんってエロそうですしダメ、快楽には抗えないっ!……で、堕ちた後に小国は乗っ取られました。という方がしっくりきます」
「なぜ本人の前でそこまで言えるのですか!?」
要するにキキョウとアンと奴隷兵達だけでは心もとないって事だ。人数だって少ないし分からなくもない。
マリアが残れば万事解決なのだが当の本人は冒険したいと強く主張しているため残しても空間を渡って無理やりついてくるはず。
「結論としてはライチさんやマリアさん並の実力者を用心棒としてここに置いておきたいという事でいいですか?」
「そんな都合のいい者いませんよ」
「お母さんの人脈で何とかなりませんか?」
「自分の母親になんという無茶振り」
人脈言われても元ぼっちに無理言うなって話だが、当然そんな都合の良い者はいない……様なこともなかった。
居たわ。都合の良い化け物が。
実際に会った事はないがとんでもない化け物だってのは分かってる。
「どんな奴か分からないけど下手したらライチより化け物かもしれないのなら知ってる」
「聞いてみるものですね……しかし、会った事もないなら交渉は難しそうですね」
「今の所役立たずなんだし折角だから頼んでみましょう」
「役立たず?」
マリア達は知らないだろうがユキ達は忘れてるだけで知ってる者。いや今は物か……本当なら出たくなったら自力で出て来させるつもりだったけど、安心して旅に出られないなら仕方ない。
「じゃあ早速会いに行きましょうか」
「どちらへ?」
「神殿の広間」
結局駄々漏れな力を利用するには至らず飾りと化した封印された何者か。
フォース王国の研究所の地下に保管されていたあの剣だ。
協力してくれるかは分からないが、私としてもどんな奴が入ってるのか気になる。少しワクワクしながら飾られている剣の元へと向かった。




