幼女と海と父
ユキに起こされた。つまり海に着いたのだ。正確には八番地の村にだが…五丁目と違って木造の家が主流なようだ
「家が木造ね。海の側は潮風がどうとか聞いたけど、木で大丈夫なの?」
「どうなのでしょうね?木造の方が安上がりだからと思いますが…村の住民の収入は町より低いですし」
「それもそうね。じゃあ中に入りましょ」
村の入り口は簡単な扉があるだけで門番も見張りも居ない。木の柵を村周辺に囲っているだけだが大丈夫なのか?
道は舗装してない砂利道。浅い穴があいてる箇所もあり、でこぼこな道になってて何か新鮮な気持ちになる。
「おや、貴族のお嬢様がこんな村にお出でになられるとは珍しいですね」
「…?」
村のおじさんらしき人に話しかけられた。ずいぶんとくたびれた布の服を着ている
今の言葉は多分私に言ったんだろうけど、別に貴族ではない。
「私が高貴なオーラを出してるのは分かるけど、残念ながら平民よ」
「そうなのかい?メイドさん連れてるからてっきり」
なんだユキか…そりゃメイド連れてたら貴族と思うか
「海を見に来たの」
「海?それなら道沿いを真っ直ぐだよ」
「わかった。ありがとう」
「どういたしまして、ただ…海なんて見てもつまらないと思うけど」
余計な事を言ってきた。別に気晴らしになればそれでいい
おじさんの言う通り道沿いを真っ直ぐ進む。村とは言え、それなりに広いのか30分も歩いてるのにまだ着かない。
たまに村の子供を見かけるが、綿製なのだろうか?失礼な話、みんな安そうな服を着ている。ゴスロリ姿の私はかなり浮いているんじゃなかろうか
「すんごい見られてる」
「まぁご主人様の衣装は町でも珍しいですし」
「ヒラヒラでフリフリに憧れてるのかも」
「女の子はそうかもしれませんね」
「じゃあ男子は?」
「好奇心ですよ、きっと…」
好奇心と思うなら私を見る男子を睨まないであげればいい。泣きそうじゃん
…む、何となく魚臭くなってきた。漁村というくらいだし、漁に出て魚を捕ってるっぽい。
「船が見えてきたわね」
「そうですね」
木製の船…というか、帆をつけた少し大きめのイカダか?乗れるのは5~6人くらいだろう。
「てっきり砂浜にでも行くと思ったけど、ないようね」
「ここは観光地ではありませんので…力を入れてるのは主に漁です。砂浜を埋め立てて船着き場を作ったみたいですね」
「潮干狩り出来ないじゃない」
船着き場に着き、海を見渡す。確かに海の先が全く見えず本で見た通り広い…が、桟橋から見る海は透き通る青ではなく、若干濁っていた。
「おじさんの言う通り面白いものではなかったわ。確かに見渡す限り水があるってのは凄いと思うけど」
「お気に召されず残念です。しかし、ここに来たのは海が目的ではありません」
本命は別にあるわけか。ならさっさとそちらに向かうとしよう。
☆☆☆☆☆
「…今なら大丈夫そうですね」
「私に何をさせる気?」
現在何をしているかと言うと、何とユキが漁港近くの魚を保管する倉庫らしき建物に忍び込むとか言い出したのだ。
で、裏口には人が居ないのを確認していざ侵入しようとしてる最中だ。
「あのね、欲しい物があるなら言えば良いと思うの。貴女は私の貯金と言い張るけど、やっぱり稼いだのは貴女な訳じゃない?欲しい物を買ったからって怒らないわよ?むしろ泥棒する方がおかしいでしょ?どうせ泥棒に入るなら民の税で私腹を肥やす貴族の家にいくべきよ」
「落ち着いて下さいご主人様」
どこで教育を間違えたのか、良き反面教師であろうと頑張ってきたのに……やっぱり私のせいかよ
「ご主人様こちらです。……ここを登って天井裏に行きます」
「下調べは万全って訳ね。嘆かわしい」
裏口から侵入し、入ってすぐの部屋で次の指令がきた。次は天井裏らしい。上を見上げれば天井まで2メートルほど、通気孔の蓋を外して侵入する計画らしい
「…登れるの?」
「私が持ち上げますので」
抱っこから降ろされ、腰の辺りを掴んで持ち上げられる。
「…ふぬっ!うわっ…埃だらけ……って落ちる落ちるっ!?」
普段動かない私が腕の力だけで天井裏に登るのはキツイ。埃がやたら溜まってるせいだろうか、気を抜いたら滑り落ちるっ!
「ご主人様、白いぱんつが見え…いえ、なるほど…これは良いものです」
「ぬぐおおおぉぉっ…後で、覚えとけよぉぉ!ていうか下からおせやあぁぁぁっ!」
「ご主人様、お静かに。気付かれてしまいます…っと」
「ぷはぁ…!…ぜえ、ぜえ…っくしゅん!……うわっ!埃がっ!?」
何とか最後のユキの一押しで登れたが、埃で鼻がムズムズしてクシャミがでた。それによって埃が舞い上がる…散々だ。髪も服も埃まみれだろう……
続いてパタパタとマイちゃんが上がる。羽ばたくのは控えて欲しい。そしてマイちゃんの後に軽々と登ってきたユキに恨めしい目を向ける。
「…無事に潜入出来ましたね。先に進みましょう」
「…先に進む前に何か言わなきゃいけない事があると思わない?」
「埃の中に虫の死骸が入っている可能性が有ります。吸ったら何か病気になるかも知れませんので、このハンカチで口を押さえておいて下さい」
「えぇ、ありがとう。でも私が言いたいのはそんな事ではないの」
見ろ…このお気に入り衣装の汚れっぷりを…虫の死骸付きかもしれないと思うと不機嫌さ倍増だ。
「見なさい。この袖…真っ黒に汚れちゃったじゃない」
「汚されたご主人様…」
「やめろ」
怪しい本のタイトルみたいじゃないか。…もういい、目的が何か分からないが早く終わらせたい…
「…次はどうしようっての?」
「もう少し進んで休憩室の上まで移動しましょう」
しばらく足音を出さない様に慎重に進む。天井裏に隠し財産でもあるのだろうか。
「……ここです」
「ここ?」
部屋二つ分ほど移動したが、特に何も見当たらない……
「この穴から下をご覧ください」
「……目的が覗きとか、後で話し合いが必要ね」
「見れば目的がわかるかと」
しぶしぶ穴から下を覗いてみる。…人の登頂部が見える。だが顔が見えない。
どうやら数人いる様だ。何か話し声が聞こえる……
「明後日には待ちに待った給料日だな」
「そうですね。今月は収穫が多かったので期待できます」
「楽しみだよな…何に使うかなぁ」
…多分、漁師達だ。どうやら今月は豊漁だったらしい。漁師の給料の使い道なんぞ盗み聞きしてどうするんだ?
「俺はやっぱ…貰ったその日に盛大に飲むな」
「いいねぇ…俺はダメだな。かみさんに取られちまう…」
「妻子持ちは辛いな…ダナンの所もそうなのか?」
「まぁ…そうです…」
ダナン?聞き覚えがありすぎる…覗き穴が小さすぎて良く見えないが、見る限り漁師にしては細い身体…というかこの人って
「私の父さんじゃない」
「左様でございます」
家に帰らず何をしてるかと思えば漁師なんてやってたのか…
「何言ってんだ?おめぇ…ダナンの所はな?毎月毎月かみさんが使い込んじまってそりゃもう大変なんだぞ」
「そうなのか?…何か悪い事を聞いたな」
「いえ違いますよ………いや間違ってはいませんが、僕がこんなに働いてるのは別の理由かな…」
クズな母の悪評が遠い地の村にまで広まってしまう…早く何とかしないと!
「違うのか?漁以外にも働いてんだから、てっきり借金まであるのかと」
「何というか…身内に凄い人がいてね。娘がその人の方が稼ぎが良い…みたいな事を言われて、良い所を見せたかったから、でしょうか」
家に帰らず働かれても良い所見せれないんじゃないか。しかし、予想通りあの時の一言が原因だったか
「娘にか…ウチにも娘がいるが、そりゃもう煙たがれてるさ。魚臭いから近寄るな!ってな…お互い気難しい娘をもったもんだ」
「いや、僕の娘は良い子ですよ」
「そうなのか?」
「えぇ…背は小さいですが、度胸はあるし…頭も良くていかに楽に生きるかを考えれるし…嫌がらせが得意だし…昼間からスヤスヤ寝てる時の寝顔が可愛いし……」
「…わかった。お前の親馬鹿ぶりはわかった。だが聞いた限りどの辺が良い子かさっぱりわからん」
すいません。ダメな母娘でホントすいません…
「何だかんだ言って優しい子なんですよ」
「褒める所ない時って、大抵優しいの一言で済ますよな……悪かった。そう睨むなダナン。で?その娘さんは今何をやってるんだ?」
「…家でゴロゴロしてるんじゃないでしょうか?」
何だと。私はすでに家を飛び出すまでに成長してると言うのに!…覗きするとかマイナス方向に成長したな……
「…いえ、案外冒険者にでもなって町を出たかもしれません」
む…父なだけはある。町は出てないが概ね合っている。
「冒険者?無いだろ、町中で働いてる方が全然いいじゃないか」
「んー…何というか、あの子には町の中だけの世界じゃ狭すぎると思うんです」
狭い?
「あの子は本が好きでして。小さい頃は暇さえあれば読んでました。勇者が魔王を倒しに行く物語とか、冒険者が英雄になる物語とか」
「なるほど、勇者や英雄に憧れて冒険者に…か」
「違いますよ、あの子は主役じゃなくて、物語にちょっとだけ登場する脇役に憧れてたんです」
……あ
「遠く離れた地から商売に来た商人とか、勇者のパーティには入ってない旅先で会う冒険者とか」
「変わってるな」
「ですよね…。良く僕に言ってましたよ、『たまに主人公に持ってた貴重な宝物を渡す為だけの脇役がいるけど、その宝物を手に入れた過程の方が気になる』って」
…わかった。いや…思い出した。私が幼い頃に憧れてた、なってみたいと思っていた存在。
「あの子は寄り道が大好きだから…きっと魔王を倒すためだけに真っ直ぐ進む勇者の生き方がつまらなく感じたんでしょうね…」
他ならぬ父の言葉が思い出させてくれた…
★★★★★★★★★★
忍び込んだ倉庫を出て、今は来た道を引き返している所だ
「…私は冒険家になりたかったのね、冒険者じゃなくて冒険家。魔物をばったばった倒すんじゃなくて、未知なる土地を歩いて…誰も寄らない様な場所で遺跡や洞窟を見つけてトレジャーハントして」
「楽しそうですね」
「えぇ、きっと楽しいわ」
少し考えれば分かる事だった。あっさり冒険者登録したり、薬草採りに行った日の朝、珍しくやる気があったり…実際に旅だ旅行だってはしゃいでたのに
「私はダラダラ楽をして生きたい…そりゃもう一歩も歩きたくないってくらいダメ人間よ、そんな私が世界中を旅する冒険家になりたかった何て夢を思い出せる訳ないわね」
仕事なんてしたくなるハズがない。依頼なんて受けて町の外に冒険しても、時間と行動を制限されて自由がない。
私は興味の向くままに進みたい。目指す土地の途中でフラフラ寄り道して、その過程でお宝見つかったりしたら最高だ。
「お金なんて出せる訳ないわ。お金に困らないならトレジャーハントする必要ないもの」
「そうですね」
「奇跡ぱわーは私以上に私を知ってるわね…気色悪いくらい……」
「ご主人様の心のお力ですからね」
想いの力…確かにそうなんだろう。人によっては想いが実現するとかまさに奇跡なんだろうけど、私にはただの便利な力だ。有って困る事はない、そのくらいの認識
帰り道の途中で再び子供を見かける。この子供達が勇者の物語を読んだら、やっぱり勇者に憧れるのだろうか…きっとそうだろうなぁ。脇役などほとんど記憶に残らないし
「やる気がない、動きたくない私が世界中を旅する冒険家になりたいとか、どうするべき?」
「私がこれまでの様にご主人様を抱えて、代わりに進む足となりましょう」
「ユキならそう言うと思った。でもそうね、それも楽しそうだわ。世界初の抱っこちゃん冒険家、いいじゃない」
世界中に一人くらいは自分の足で旅しない冒険家が居てもいいだろう。
「で?いつから仕組んでたの?」
「何の事でしょう?」
とぼける気か…あんな都合の良い会話が偶然聞ける訳ないだろ。だけど、おかげで私の道は決まった。それに免じて許してやろう…。
結局父には会わずに帰っている。ユキはあの後会う気でいたらしいが、何か恥ずかしかったので断った。
旅の途中で寄っても記憶に埋もれてしまいそうなこの村、久しぶりに見た父が働くこの普通の漁村が、私には本当のスタートを切った特別な地となった。




