アリスちゃんとねぼすけ幼女
「ん……んにぃ?」
頭の中がぼけーっとしてる……ぼーっと天井を見続けていると段々と脳が活動し始めた。
でも身体を動かすのはまだダルいので目だけで周辺を見回して見る。
ああ、何か久しぶりに見るけど……ここは私の部屋だ。
「帰ってきたんだ。というか夢?」
何とも現実味のある体験だったけど、いざこうして考えてみると夢であった気もする。
だけど私達が過去に行ったのは事実だ。……事実、だよね?な、なんか不安になってきたぞ!?
うーうー唸っていると部屋のドアが開く音がした。
この家で私の部屋に入ってくる者など今は一人しか居ない。すなわちユキだ。
「おはよー」
「……お目覚めになられたのですね」
あんまり表情が変わってない様に見えるけど、今のユキはかなり驚いている様子。
「そこまで驚くほど私は寝てたの?」
「およそ3ヶ月。アリス様は目を覚まされませんでした」
「うっそ、そんなに寝てたんだ……」
「まぁ過去に二人で行くなどと無茶をしたのですから、3ヶ月で済んだのは幸いかと」
良かった。ユキも覚えているって事はちゃんと過去には行ってたって事だ。
となるとちい姉と一緒に旅をしたのも現実だったって事か。
「どうしました?気持ち悪い笑みをお浮かべになられて」
「失礼なっ……何ていうか、ここで寝てる間にね?私は精神だけの幽霊みたいな状態で別の世界のちい、じゃなくてお姉ちゃん達と旅をしてたんだ」
「ハハ、ワロス」
「え?」
「何でもございません」
嘘付けっ!
今明らかに変な言葉が聞こえた!
「……」
「……」
「……んんっ。ご主人様に続きアリス様も寝たきりになられて、お二人の世話と家事を済ませれば暇になるのも仕方ない事です。一人起きてする事となれば本を読むくらい、異世界のごく一部で使用されてるという言語辞典を読み私が習得して何か問題でも?」
「ごめんなさい」
でも読むにしてもジャンルを選ぼうか……
「まぁとにかく私はお姉ちゃん達と旅したわけ」
「ドリームですね」
「夢オチと断定する前に全部聞きなさいよ」
それから一部始終をユキに話したが、ユキも思い当たる事があるのか不思議そうな顔になっていた。
「何ともよく出来た夢でした。起きたのですから軽く何かお召し上がりになりますか?」
「真面目に聞いてよ」
「私は常に真面目です」
「嘘付け。そうだ、実際に私が生まれる前に亜人の襲撃はあったじゃない?……その時にボスが五丁目に来たと思うんだけど、その娘が」
「アリス様」
少し目つきが厳しくなったユキに話を遮られた。
「なに……?」
「何度も言いますがそれは夢です。夢でなければ、今ある現実が辛くなりますよ」
「……ぐ」
分かってるってば。だけどお姉ちゃんが幸せになってる未来だってあるんだって、私達が変えたんだって思わないとやってらんないじゃないか。
『私の可愛い妹に祝福を、あの娘の未来が常に笑顔であらんことを』
幸せと言えば、消える寸前に聞こえたちい姉の言葉を思い出す。
うへへ……あのちい姉が私の為にあんな事を言ってくれるなんて思わなかったなぁ。
……あれって、もしかして奇跡ぱわーを使った?
「ユキちゃん。もしかしたら驚く事があるかもしれない」
「私の事をユキちゃんなどと呼ぶ事がすでに驚きです」
「ぐ、言い慣れちゃったのっ!」
えーと、えーと……そうだ、奇跡すてっきだっ!
奇跡すてっきこーい!
「来ない……!」
「お通じがですか?」
「違うお馬鹿!さぁ、お姉ちゃんの部屋に連れてってちょーだいっ!」
「何がなにやら」
「奇跡すてっきが呼んでも来なかったのっ!……お姉ちゃんが起きて、元の持ち主の所に戻ったのかも」
聞くや否や私を小脇に抱えて部屋を飛び出すユキ。もっと違う運び方あるじゃん、雑すぎるっ
私が寝てる間に暴力的になったのか、私の部屋のドアを蹴破り、更に壁を蹴って勢いづけるとそのままお姉ちゃんの部屋まで猛ダッシュで向かった。
そして当然お姉ちゃんの部屋のドアも蹴破って破壊する。ちゃんと直せよ。
「……」
「……お」
「んぁー、おはよう?」
「お姉ちゃんっ!?」
マジか……いやきっとこうなってるとは思っていたけど、まさか本当に起きてるなんて。
「ホントにお姉ちゃん?」
「ホントなんじゃないの?」
「ホントに三十路すぎたおねえぢゃっ!?」
「死ぬが良い」
まさか枕ではなく時計を投げてくるとは思わなかった……!
寝たきりだったくせに力があるじゃないか。というかずっと寝てたくせに三十路って自覚があるのも凄い。
「ご主人、様」
「おはようユキ、とりあえず紅茶」
「かしこまりました」
少し泣いてるんじゃないかって顔で、だけども笑顔でユキはキッチンへと向かった。
あー……現実なんだ。
奇跡すてっきに力を借りてまず最初に試したのはお姉ちゃんを起こすこと。だけどそれは叶わなかった。
ユキが言うには奇跡ぱわーの代償は奇跡ぱわーでは治せないとのこと。
「でも、こうして起きてるんだよねぇ」
「何の事よ」
「あのね……」
旅をした時の事は省くが、最後のちい姉の言葉をそのまま伝えた。
そしてそれが覚めない眠りについていたお姉ちゃんを目覚めさせた事も。
「なるほど、そのちい姉とか言う私がズルをしたか、もしくは世界がオマケしてくれたのか」
「ズルって?」
「アリスが常に幸せになるのに私が起きてなきゃならないなら、起こすしかないでしょ?」
「おおっ」
流石はちい姉っ!奇跡ぱわーを適当に使って寝たきりになる三十路とは訳が違うっ!
「何でまた時計を振りかぶるかな?」
「勘よ」
ゴスっと今度は至近距離で額に時計が当たった。
☆☆☆☆☆☆
「まぁ何にせよどこかに居る私には感謝ね」
「そうだね、感謝してね」
「で、その別の私はどうだった?」
「楽しそうだった。仲間も一杯で、自由に旅をして」
「そう、その私はちゃんと夢を叶えたのね」
少し羨ましそうに言うお姉ちゃん。だけど、起きたんだからこれから旅を始めたっていいと思う。世界中の全てを見るのは無理かもだけど。
お姉ちゃんがちい姉の話を聞きたいと言うのでどんな旅をしてどんな風に皆と付き合っていたかを簡単に話した。
ユキがお母さんって呼んでたって所で一番驚いてた気がする。そんな事を話してると噂のユキが紅茶を淹れて戻ってきた。
「んー、気分的には久しぶりじゃないけど久しぶりの紅茶ね」
「そだねぇ」
「うむ、美味しい」
「恐縮です。改めましてご主人様がお目覚めになられた事を喜ばしく思います」
「私もねっ」
「ありがと。そう言えば私は何年眠っていたの?」
14年くらいだよっ!
そう言おうとする前にユキが信じられない事を言った。
「およそ8年になります」
「え……」
「そう、8年も……まぁ仕方ないわね」
「ちょっとまって……14年じゃないの?」
私が生まれる時、私を産んでる途中でお母さんは息を引き取った。
お母さんの亡骸から私を引っ張りだした時、私は死ぬ寸前だった。それをお姉ちゃんが奇跡ぱわーで何とかしてくれたおかげで私は助かり、お姉ちゃんは目覚めぬ眠りについた。
そう思っていたんだけど――
「違うわよ。生まれたばかりのアリスを助けた時は数日の気絶で済んだわ」
「うっそ……」
「ホント。元気になれーってだけでそんなに寝たきりになる訳ないじゃない。ユキを創った時の気絶時間より長いわよ」
衝撃の事実だ。
ちゃんと聞いてなかった私が悪いとは思うが。
「じゃあ、8年も意識を失うほどの代償を払った出来事ってなんなの?」
何故か顔を見合わせるお姉ちゃんとユキ。
なんだ?なんか聞きたくない予感がしてきたよっ
「本当に覚えてないのね」
「そのようで」
「……何が?」
「私がこんなになった理由って……私とアリスが戦ったせいじゃないの」
は?
私とお姉ちゃんが?
有り得ないっしょ。てか感謝はすれど戦う理由はないし。
「正確にはアリス様に宿っていたワンス王国五丁目の初代フィーリア家の主……アイリスと、ですがね」
「アイリス?」
そういえば向こうの世界でルリちゃんと初めて会った時にアイリスがどうとか言ってたっけ。私に似てるんだって。余計な事まで話しそうだからその時はルリちゃんを脅して口止めしたけど。
「あん畜生は母であるフィーリアを毛嫌いしてたようでね、フィーリアの力を受け継いだ者が生まれた時に自分の意識も誰かに生まれる様に操作してたみたいよ」
「母親に晴らせなかった恨みを同じ力を持つ子孫で晴らそうとか思ってたのですよ」
「何て迷惑なご先祖様なの」
「その通りね、全く厄介な6歳児だったわ。ユキまで敵に回ったし」
ユキが?あの忠誠心がカンストしてると自称してるユキが?
「アイリスはその存在だけで例外なく人を惹きつける力を持ってたみたい。洗脳じゃないから治すのは不可能」
「あの時は何とも申し訳ありませんでした」
「別にいいわ。全てがアリスの味方で敵は私一人、何とも無茶振りな戦いだったけど私が何とかアリスに宿っていたアイリスを消滅させて今に至るって訳ね」
「その代償が何年にも渡る気絶?……そのアイリスってヤバすぎじゃない?」
「フィーリアの娘だしねぇ。世界の加護とかも持ってたみたいね、おかげで妖精やら精霊やらウザいウザい」
「それはお姉ちゃんも持ってるんじゃない?」
「ねーよ」
「うそ……ちい姉は持ってたよ?」
「何その勝ち組。同じペドちゃんとは思えないわ。とにかく、こんな幼女がたった一人で一国を相手にしてるんじゃないかって多勢に無勢な戦いはもう御免だわ」
二度と戦いたくねぇとはお姉ちゃんの弁。その言葉には重みがあった。何か知らない私がご迷惑をおかけしました。
「って、皆アイリスの味方になるならちい姉の周りとかヤバイじゃんっ!?」
「あぁ、人数が多いもんねぇ、しかも皆が皆強いらしいじゃない」
「そうっ!どうしよっ、教えてあげた方がいいよねっ!?」
「落ち着きなさいな、教える方法なんてないじゃない」
「奇跡ぱわーで!」
「やぁよ」
「恩知らずっ!」
こんな事なら私をよろしくとか言わなきゃ良かったっ!
私を殺してねっ……それはそれで嫌だっ!
「大丈夫よ。聞けば家族なんでしょ?あっちの私の仲間とやらは」
「え?……まぁ、名目上は?」
「なら、大丈夫でしょ。主と従者ならともかく、母と娘ならユキだって裏切る事はないでしょ」
「ぐふっ」
あ、こっちのユキが死んだ。
そうか、強い絆があればアイリスなんかに利用されないかもしれない。というかされないっ!
ユキに限らず他の皆だってきっとそうだ!
「そうっ!ちい姉の家族はきっとちぃ姉を裏切らないっ!ウチのユキとは違うんだっ!」
「そうね。ここのユキとは違うわね」
「……」
そろそろ可哀想だからやめてあげよう。
お姉ちゃんはニヤニヤ笑ってユキを眺めている……性格の悪さは健在みたい。
窓際まで歩き、空を見る。晴れて青い空が広がっていた。
「ほぼ間違いなく私が迷惑をかけると思うけど、頑張ってね、ちい姉」
不安だったけど、私のお姉ちゃんが大丈夫って言うんだしきっと大丈夫。
ちい姉も凄いけど、たった一人でアイリス達を倒した私のお姉ちゃんだって凄い、はず!
そのお姉ちゃんが言うんだから間違いない。
だからもう私は心配しない。ちゃんとちい姉の願った通り笑顔で本来の世界を生きていこう。




